第四十一話:奪還作戦
ネギは油断なく杖を構え、フェイトを視界に入れつつ魔力を練り始める。
ここに来たのはカモの案だ。今本山前に行っても、恐らくネギに手伝える事は無いと判断した。
統率されている陰陽師達の中に一人西洋魔術師がいたとしても、連携や統率を乱すだけで協力することは難しい。加えて、ネギ自身の経験があまりにも少ない。これでは邪魔になるだけだ。
その為、木乃香達の護衛として部屋の近くにいようと提案した訳だが、それが功を奏した。
「兄貴、油断するなよ。コイツ、長が言ってた相当な実力の奴だ」
油断するなよといいつつも、ネギでは相手にならない事を悟る。大戦の英雄が一人では勝てないと言ったのだ。今のネギに勝てる筈がないと思考し。
どうすればいいかを考えるも、長は恐らく別の場所で戦闘中。鴉部隊も戦闘中であるとすれば、頼れる人物は一人。
「僕の邪魔をするのかい? 別に良いけど……石になって貰うよ」
突如、魔力を解放する。ネギに勝るとも劣らない魔力の渦が肌を叩き、向けられる敵意に恐怖する。
何の経験も無い──ましてや、戦闘経験など皆無である──ネギに、フェイトが発する強烈な圧力は耐えられなかった。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」
「なっ!? 始動キーだと!? お前、西洋魔法使いか!」
カモが驚いた様な声を出す。だが、フェイトは気にも留めない。詠唱を続け、魔力を練って魔法を発動させようとする。
「『石化の──」
「雷鳴剣!!」
呪文を唱え終わる直前、フェイトへと雷撃を伴った斬撃が繰り出される。放ったのは桜咲だ。木乃香を守る事が桜咲の役目である為、ずっと近くにいた。
だからこそ、ネギに向けられた敵意に気付き、駆けつける事が出来た。
フェイトは障壁で防ぐが、余波で土ぼこりが起こり、視界が狭まる。同時に放たれた石化の光線はわずかにネギからずれて外れ、桜咲もまた一旦距離を取る。
「兄貴、しっかりしろ!」
「……あ、う、うん!」
カモはその間に硬直したネギをどうにかしようと声を掛け、意識をしっかり保たせる。これまで、ここまで緊張した状態に陥った事の無いネギは、軽いパニックを起こしている。
カモとしては一端退いてネギの状態を何とかしたいところだが、木乃香が近くにいる以上、ここで退けば攫われる。桜咲では、勝てない。
木乃香達の部屋にいる者達には陰陽道で眠らせている。同時に結界の役割を果たしており、生半可な実力者では入れない結界を築いているのだ。
ネギが落ち着こうとしている最中、桜咲とフェイトは一進一退の攻防を繰り広げている。
いや、それは間違いだろう。桜咲は防ぐ事、避ける事に全力を尽くし、攻撃をしようとはしていない。明らかに引き気味の戦闘。攻撃を加えることはないが、喰らう事もあまり無い。
実力差を分かった上での戦闘であれば、幾らか対処は可能だ。時間さえ稼げれば、桜咲の目的は十分果たせる。
「ふぅ、面倒だね。これ以上時間をかける訳にはいかないんだけど──」
「魔法の射手 連弾・雷の十七矢!!」
桜咲との戦闘に集中しつつも、視界の外から放たれた魔法の射手を障壁だけで防ぎきる。実力が違い過ぎるのだ。障壁を貫くには、魔法の射手では威力が足りない。
チラッとネギを見た後、フェイトは一旦距離を取る。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う毒の吐息を──『石の息吹』」
詠唱を唱え、石化の雲が充満する。ある程度の距離を取ったおかげか、桜咲もネギも回避する事で石化せずに済んだ。
だが、甘い。その後の対処が遅かった。
「が、あっ……」
『石の息吹』を目くらましとして使われ、瞬動で近づいた事に気付けなかった。いや、仮に気付いても近接戦闘の経験が殆ど無いネギでは対処は出来なかっただろう。
顔を殴られ、障壁で多少威力が和らいだとは言っても、そのダメージは大きい。近くの壁にぶつかって止まり、ピクリとも動かない。
「ネギ先生っ!?」
「余所見をする余裕があるのかい?」
咄嗟に刀を振った事で初撃こそ防げたが、刀ごと上に弾かれ、隙だらけになった腹部へと強烈な拳が入る。
数メートルを何度かバウンドして吹き飛び、壁にぶつかって止まった。
「……ネギ・スプリングフィールド、か。少し期待外れだったかな」
そう呟いて、息一つ乱さずに部屋の前へと歩を進め始める。
ふとして、足を止めて振り返る。其処には、ネギがふらふらになりながらも立っていた。
「……木乃香さんは、攫わせない……」
顔に受けた一撃が重かったのだろうが、咄嗟に自分の体に魔力を流して身体能力を上げた。刹那や鴉部隊が気を自分に纏って身体能力を上げた事を知り、近接戦闘に弱い自分に使えないかと考えていたのだ。
だが、ちゃんとした術式で無い上に魔力の消耗も激しい。あまり長くは持たない。
「……それで、どうするつもりだい? 僕を倒す? 止めた方がいい。君じゃ僕に勝てない」
客観的な事実を告げられる。だが、あくまでもネギは諦める気は無い。杖を構えて、魔法を使おうと構える。
フェイトはそれを見ても、行動を起こそうとはしなかった。ネギの事などもはや眼中にないとばかりに、木乃香達の居る部屋へと向かう。
「よくやった、坊主」
声が聞こえた。鴉部隊の一人の声。──時間稼ぎは終了だ。
同時に雷撃を伴った符が放たれる。フェイトの障壁を削りつつも止められるが、続けて放たれる十枚近くの符は避ける。一枚で削られた障壁を見て、大量の符を障壁だけでは防ぎきれないと判断した。
符を避け、一旦下がって詠唱を開始しようと準備するが、またも符で牽制される。
「斬岩剣!!」
同時に、詠春による神鳴流の斬撃。鴉部隊と共に異常を感知し、戻ってきた。刹那をネギと共に符で回復させながら、詠春と鴉部隊で攻め立てる。
派手な魔法は使えない。誘拐が目的であるフェイトにとってはどうにも芳しくない状況だ。
だから。
「『石化の煙』」
戦闘しながらの詠唱で、大きめに発生させた石化の雲で辺り一帯を覆う。触れれば石化する魔法だ。回避せざるを得ない。
木乃香達の寝ている部屋には符で護ってある為、石化の煙が入り込んでいない。ある意味では好都合。
符で形作られた結界を転移魔法ですり抜け、内部へと侵入する。直ぐ様木乃香を抱えようとして、部屋を仕切る戸が開けられた。仕掛けたのは鴉部隊の一人なのだろう、解除するのがあまりにも早過ぎる。
部屋で寝ている早乙女達を挟んで相対する形になり、詠春やネギがむやみに攻撃できない状況へと追い込まれた。
「悪いけど、お姫様は連れて行かせて貰うよ」
「させると思っているのか?」
詠春は、声に怒気を孕ませつつ、そう言う。刀は油断なく構えられ、隙があれば直ぐにでも攻撃をしそうな雰囲気だった。
「君達の意志なんて関係無い。唯、連れていくだけだよ」
感情の無い目で詠春達を見て、木乃香を抱えて後ろの壁を壊し、反対側から脱出して奥の部屋へと入る。それと同時に奥の部屋の天井を壊し、上空へと飛ぶ。
「上です!」
誰かが叫び、全員が外に出て空中へと目を向ける。其処には、フェイトが呼び出したであろう悪魔。木乃香はその悪魔が抱えており、フェイトは詠春達を見ている。
タ、タン──と空中を蹴り、詠春と陰陽師達は虚空瞬動でフェイトへの間を詰める。その間にフェイトは悪魔に指示して木乃香を連れていかせ、自身は時間稼ぎを行うつもりだ。
「『千刃黒耀剣』」
「雷光剣!」
いくつもの黒い剣を作り出し、詠春の足止めにかかろうとしたフェイトを、広範囲攻撃である雷光剣で剣ごと包み込むように攻撃する。その隙に陰陽師達はフェイトの横を抜け、木乃香を追う為に空を駆ける。今ならまだ追いつけると、そう判断した。
だが、雷光剣を障壁で防いだフェイトは、そのまま『石の槍』を使って陰陽師達へ牽制しながら詠春へ無数の石の剣で攻撃する。
石の槍を符で消滅させながらフェイトを抜けようとするも、元から実力差のある相手に時間稼ぎをされては突破する事が出来ない。
「一体、どうしたのですか? 何やら騒がしい様ですが……」
破壊された部屋から、目を擦りつつ綾瀬が出てくる。同じ様に目を擦りながら、一般人である3-Aの生徒達が部屋の外へ出てくる。結界が解けた所為で眠らせておくことが出来なくなっていた
それに気付かず、空中に目線が固定されているネギ達。それを見て興味を持ったのか、全員が上空へと目線を上げる。
そこには、空中を駆けて爆炎を伴った符を放つ陰陽師や、剣を振って雷撃を放つ神鳴流剣士、呪文を唱えて石の剣や石の槍で攻撃する魔法使いの姿があった。
当然ながら、一般人である彼女達の思考が停止する。
(アレは……魔法使い?)
唯、事情を知っている朝倉だけは違う反応を示した。早乙女達にしても、あれが現実だなどとは思っていない。
精々が映画の特撮。だが、そう判断するにはあまりにも周りが悲惨過ぎる。
破壊された部屋、砕かれた石の槍や剣の破片が振ってきて、触れればそれが本物であると知覚させる。
それらがあまりにも、
「ネギ君、ネギ君!」
一度では反応を示さなかった。それだけ、空中での戦闘に気を取られていると言う事。
本当であれば、ネギも杖を使って空を飛び、詠春達の援護をしたかった。
だが、ネギは悟ってしまったのだ。自分が入り込むには、あまりにもあの戦闘はレベルが高過ぎる、と。
今の実力を考えれば、生き残れないだろう。既に速度は知覚できる範囲を超えている。詠春はフェイトとの戦闘で徐々に戦闘の勘を取り戻し、陰陽師達も速度こそ劣るものの、今の詠春と並んで戦闘できるだけの実力がある。
フェイトは当然ながら世界でも十指に入るほどの実力者。本気では無いとはいえ、六人相手に怪我さえ負っていないのがその良い証拠だ。時間稼ぎに徹しているから、というのもあるだろうが。
桜咲もまた、ネギと同じ状態だった。
『アレ』を使えば、空中戦をする事は出来る。だが、それを使う勇気が出無い。
禁忌の姿。それを知っている長はともかく、ネギや陰陽師達に見られれば、どう思われるかなど予想はつく。一般論を考えれば、それをみて当然の反応を返すだろう。
未だ虚空瞬動は会得していない。いや、出来ていないし、そもそも出来た所であの戦闘についていけるとも思えなかった。先ほど、一瞬油断しただけでまともに一撃を喰らった。これでは駄目だと、拳を堅く握る。
詠春の技はキレが上がり、大戦期の実力の一端が現れていく。
それをみて、拳を握りしめて見ているだけしか出来なかった。唇を噛み、木乃香を守れなかった事を悔やむ。幾ら実力の差があったからといっても、そう簡単に割り切れるものでは無い。
「ネギ君!!」
「……あ、朝倉、さん?」
今気付いた、と言わんばかりの態度で、朝倉を見る。朝倉はそれを気にすることなく、質問を投げかける。
「今、どういう状況?」
「いえ、それは、その……」
後ろの一般人である生徒達を見て、口ごもる。最早魔法バレがどうこうと言っている場合では無いのだが、それでもまだ、ハッキリ「アレは魔法です」と言えるほどの胆力は無かった。
「かなり不味い状況だ。説明してるほど時間はねぇ。兄貴、取りあえずあの白髪を長さん達が相手してる間に、俺らは木乃香嬢ちゃんを追うべきだ!」
オコジョが喋った事に驚く一同だが、それに対して一々突っこんでいられるほど、余裕のある状況でも無かった。
上空では、未だ戦闘が続いている。
「……結構距離を取ったね。これ以上は必要ない、かな」
フェイトはふと、目線をずらして悪魔が去った方向へと向ける。小さく呟いた後、地面に降りてネギを見る。
まるで、「期待外れだ」とでも言わんばかりの目で。
「…………」
無言で数秒ネギを見るが、特に何も言わずに水を使った転移魔法で移動した。それを追えるほどの魔法使いは、この場にいない。
タン、と軽い音を立て、小さい傷をいくつも作っている詠春達が下りてきた。
「やはり歳ですね。キレが多少戻っても、昔ほど体がついてきません」
「いえ、相手が相手ですから、しょうが無いかと」
軽く乱れた息を整えつつ、直ぐ様木乃香を追う為の準備を始める。ネギと桜咲の近くまで歩み寄り、符を張って傷を直しつつ、状況を確認する。
「鴉部隊の内三人は本山の守護を。未だ本山前は戦闘中です。指揮を取り、過激派の相手をしてください」
「しかし!」
「木乃香は、私が追います。
恐らく、過激派は木乃香さえ攫えれば問題は無いだろう。だが、だからと言って本山の守りを手薄にする訳にはいかない。また攻撃してこないとも限らないのだ。
「彼女達に説明している暇はありませんが……」
「それは私がやるよ」
詠春の呟きに、朝倉が申し出る。ここにいる3-Aの中で唯一、魔法を使えないが、知っている者。
そもそも話す事自体に抵抗があるが、この場合は仕方がない。どの道、後で記憶処理をすれば大丈夫だろうと判断し。
「状況は分からないけど、魔法についての説明なら、簡単だけどできるよ」
「では、任せます。木乃香を追う具体的な手段ですが、戦力として私、刹那君、ネギ君。鴉部隊から二人……流石に、少しきついですかね」
たった五人で、未だ潜んでいるであろう過激派を全て相手取るのは、無理がある。量より質といっても、詠春はと鴉部隊はフェイト一人に抑えられる可能性もあり、そうなった場合は桜咲とネギの二人に戦わせる事になる。
しかし、他にあてになる人物も思いつかず、これで行くしかないと思っている時。
「戦力……なら、クーフェイさんは?」
「ほえ? 私アルか?」
事情を理解できていないが、会話から察して、木乃香が誘拐され戦力が必要。という事を理解した綾瀬は、戦力としてクーフェイを推す。
「……確かに、古は一般人では最強の部類に入ります。魔力や気が使えない為、実力は私達には劣りますが」
「……魔力や気が使えないなら、戦場へは出せませんね。本来ならネギ君や刹那君を戦場へ出す事も反対したい所なのですが……」
状況を考えれば、文句を言っている場合では無い。
だが、それでも。
『大人』として、子供を戦場へは出向かせたくない。そんな思いがある。
「なら、
「……確かにそれは良い手段ではありますが、一般人である彼女を裏の世界へは巻き込めません。これは、私達の問題ですから」
あくまで詠春は首を縦に振らない。これがきっかけで、何が起こるか分からない。無理矢理関係者にさせるのは、抵抗があり。
「なら、刹那の姉さんに仮契約させればどうだ? 気も使えて更に魔力を上乗せしてスーパーパワーアップって寸法よ!」
「無理ですね。気と魔力は反発する性質を持っています。それを制御する
あっという間に抑え込まれるカモ。ならば関東に連絡してはどうだ、とネギは提案する。
「恐らく、関東に余剰戦力は残っていないでしょう。修学旅行という事で、魔法先生も出張っているでしょうしね」
タカミチがいればまた違ったのであろうが、生憎彼は出張中だ。それに、同盟を組んだからといって直ぐに救援を要請する様では、関西の組織としての権威が落ちる事になる。
この状況でそんな事、と思うかもしれないが、組織とはそういうモノだ。権威が落ちれば、存続しても意味は無い。
「欲を言える状況ではありませんが、裏の関係者で気もしくは魔法を使える人物が好ましいですね。……最悪の場合の手段としてはSMG、ですか」
傭兵などは、今すぐにこれる距離にいる者はいないはずだと思考し。
出来れば、SMGは頼りたくは無い。島根の一件で借りがある上に、この状況では何を要求されるか分からない。木乃香の友人に関係者がいる為、頼んでもよいのではあるが……。
「私が、断ってしまったせいですか」
刹那が、そう呟きを漏らす。あのまま宿へ戻っていれば、少なくともエヴァンジェリンを圧倒できるほどの実力者が統率する組織の庇護下に置かれる。
だが、実力がハッキリと分からない相手を信用しろというのも、無理な話だ。
「そんな事ではありませんよ。唯、私達の組織として内乱を外側の組織に解決を要請すると言うのが問題なんです」
それはある意味で弱みを握られていると言う事であり、外部から見れば反乱も押さえつけられない組織と認識される。
鬼神が復活すればそんな事を言っている場合では無いのだが、外部の組織はそうは見ないだろう。下手をすれば、これが好機だと攻め込んで自分達の土地にしてしまうかもしれない。
京都は、関西に攻め込んででも手に入れる価値のある場所でもある。龍脈の事もあり、価値は大きい。
その点で言えば、魔法関係で強請られる事の無いであろうSMGは選択の一つとして考えるべきではあるのだが。
その理由で、出来れば関東は頼りたくない。弱みを握らせる事はしたくないのだ。例え、休戦協定を結んで和睦したとしても。詠春はMM元老院の黒さを知っている。だから余計に、とも取れる事だ。
(……確かに、刹那君のやった事が全くの無関係とも言えませんね)
とはいえ、流石に口には出さない。士気が下がるのは避けたいところだ。
「……では、二人心当たりがあります」
「誰ですか?」
「一人は裏の関係者で、傭兵業をやっていますから、恐らく大丈夫でしょう。もう一人は裏に関係しているかは分かりませんが、気を扱える人物です」
龍宮と長瀬。龍宮は傭兵だと公言しているから、恐らく大丈夫だろう。長瀬の方は忍者だ。頼めば手伝ってもらえる可能性はあり。……本人は頑なに忍者だと認めようとはしないが。
「……なるほど、連絡は直ぐに出来ますか?」
「大丈夫です」
桜咲が提案し、詠春は数秒考えた後手伝ってもらう事を了承する。少なくとも、傭兵であれば大丈夫だろうと判断したのだ。
桜咲は携帯を取り出し、直ぐに龍宮へと連絡を入れる。
「……ああ、龍宮か?」
『どうした、刹那。随分と焦っているようだが?』
いつもと声の調子が違う。ルームメイトは伊達では無い、と言ったところか。声の調子で判断したらしい。
「依頼を頼みたい。かなりきつい仕事になるだろうが、大丈夫か?」
『依頼か。分かった、直ぐに準備しよう。……ちなみに、近衛関係か?』
「そうだが、何故だ?」
『いや、"彼"に連絡したのかと思ってね。協力を得られれば、戦力差など一瞬で引っ繰り返せるだろう』
脳裏に浮かぶのは、かつての島での殺し合い。それを簡単に終わらせた能力者達を顎で使う男。
権力が実力と比例するとは限らないが、この場合においてはそれが当てはまる。エヴァンジェリンを下したのだから当然だ。それと繋がりを持つ彼も、それなりに権力を持っている可能性は高い。
だが。
「……いや、いろいろあってな」
『……自分から頼んでおいて、断ったか』
旅館にいる式神を見れば、桜咲達が偽物である事位は分かる。つまり、庇護下にいないと言う事。そこまで分かれば、依頼をしたと知っている龍宮なら予想を立てるのは簡単だ。
『まぁいい。直ぐに準備するが、何か必要な物でもあるか?』
「出来るだけ大量の弾だろうな。敵の数が多い。気を付けた方がいいだろう」
『了解した。一応"彼"にも伝えておこうか?』
「……いや、少し待ってくれ」
携帯の電話口から少し離し、詠春へと顔を向ける。
「SMGには、依頼を頼みますか?」
「出来る事なら頼みたくは無いのですが……四の五の言っている場合では無いですね。受けて貰えるのなら、依頼をしたい所ですが」
SMGの関西への貸しがまた一つ増えるだけ。それで木乃香が無事に戻るなら安いものだ。事態は悪化の一途をたどっている。無理に意地を張れば、最悪の事態になる可能性も否めない。
そう考えるが、実際には依頼を受けてもらえるかさえ分からない。頼んでみるだけ頼むべきだろうと判断した。
「龍宮、伝えて……いや、出来ればこのまま携帯で連絡した方がいいか」
『そうだな。私も自分で言っておいて何だが、そっちの方がいいと思うぞ。どの道私も会う必要があるんだがな』
龍宮の同意を受け、取りあえず連絡をする事に決めた。長瀬の方も、快く引き受けてくれた。
「龍宮は楓と共にこちらへ向かうそうですが、ホテルからの距離を考えると少し時間がかかるでしょう」
「そうですか……SMGへの連絡は、どうなっていますか?」
「今から、連絡します」
そう言って、潤也の携帯へコールする。だが、何度かけてもかからない。携帯の電源が切れているのか、そもそも電話に出る気が無いのか。
もう一つの携帯の番号は知らないし、恐らく知っていても普通の携帯ではかからないだろう。
早乙女や朝倉の携帯を借りても、繋がる気配は無かった。
「……拒否されている、という事ですかね」
潤也であれば、本山にいるメンバーを把握する事位は簡単だろう。手を貸してほしいと連絡が来ると分かっているからこそ、電話に出無いのか。それとも、別の理由か
「ともかく、今のうちに準備を整える必要があります。鴉部隊は五人中三人が残り、後の二人は私達と同行。目的は木乃香の奪還です。敵の目的は、逃げた方向からして恐らくリョウメンスクナ。あれを出されれば、私達では勝ち目はありません」
作戦としては、木乃香を奪い返す事だけに戦力をつぎ込む。周りの過激派を詠春が抑えて、鴉部隊含むネギ達がフェイト達を追う。
フェイトは鴉部隊の誰か一人で相手する事になるが、時間稼ぎならば何とかなるだろうと考え。
ネギと桜咲。もう一人の鴉部隊の男で木乃香を奪還する。後は頼んでおいた傭兵二人がどのタイミングで来るかが重要となる。早ければ早いほどいいが、距離から考えてそこまでは望めないだろう。
最悪の場合、スクナが敵の手に落ちる事も考えなければならない。その場合は、関西の全戦力を持って封印にかかる必要がある。
「では、これより作戦を決行します」
回復用の符。魔法薬などをいくつか仕込み、長期戦に備えて準備を整えた。──夜は、まだまだ深まっていく。