第四十二話:取引
龍宮は携帯を閉じた。
桜咲からの連絡があり、直ぐに準備しようとギターケースに入れてある銃を確認し、弾数を確認して、潤也に連絡しようと携帯を開く。
だが、携帯に何度かけても繋がらない。長谷川(妹)ならどこにいるか知ってるかも知れないな、と考えて千雨を探す。部屋にいるだろうと思考し。
ロビーを通って部屋に向かおうとしている時、長瀬と会った。携帯を持ち、誰かと会話をしているようだ。
「……ふむ、なるほど。ピンチでござるか。真名と共にそちらに駆けつければよいのでござるな?」
携帯で話している内容が聞こえ、足を止める。無関係ではないと判断したためだ。
「楓、お前も刹那から依頼を受けたのか?」
「珍しいと思ったでござるが、クラスメイトのよしみでござる。これ位で良ければ手伝うでござるよ」
笑いながら携帯を仕舞い、立ち上がる。戦闘なら得意分野だ。チャイナ服で戦闘というのも珍しい体験だろう。チャイナ服を着たままの忍者には違和感を覚えるが、スタイル等を考えれば良く似合っている方だ。
「そうか。……所で、長谷川を知らないか?」
「長谷川殿でござるか? それなら先ほど売店で飲み物を買っていたでござる。それがどうかしたのでござるか?」
「いや、ちょっと野暮用さ」
どうせ一緒に行く必要がある為、龍宮について行く事にした長瀬。二人が並んで歩くと大学生に見えるから不思議だ。
更に言えば、鳴滝姉妹が隣にいると妹を通り越して娘に見えるから摩訶不思議だ。
その二人が同時に自分の所に来て、千雨は正直、「面倒臭い事に巻き込まれた気がする」と心の中で呟く。
「……で、何の用だよ」
「いや、潤也の居場所を知らないかと思ってね。携帯に何度かけても繋がらないんだ」
「あ? 潤也なら私達の部屋にいるけど?」
それはそれでいろいろ問題なのだが、今更な事の上、潤也の
いや、実際には驚くべきではあるのだろうが、最早慣れている。
「今もまだいるだろうし、私も丁度戻る所だ。さっさと行くぞ」
千雨に先導される形で歩き始め、千雨達の部屋を目指す。
三人の間には特に会話は無い。だが、長瀬としては何故このタイミングで潤也の事が出るのかが不思議でならない。唯ちょっと喧嘩に強いだけの一般人の筈。と思考している時。
「楓、潤也の事だが」
「……何か、秘密でもあるでござるか?」
「むやみに調べようとしない方がいい。死ぬぞ」
『危ない』では無く、『死ぬ』。警告以上と取るべき類の言葉だ。
「……承知した」
少なくとも、この状況で会いに行こうとしている時点で、何かしらの秘密はあると言う事。それに無造作に突っ込めば、どうなるかは想像に難くない。
それを察した長瀬は、緊張した面持ちで千雨の後に続く。
その危険人物認定された男の妹は、また面倒臭い事に巻き込まれたな。とため息を漏らしていた。
部屋の前に着いたところで、三人は歩を止めた。
理由は簡単だ。「そこは弱いから駄目ぇっ!」とかいう声が、妙に艶めかしく聞こえてくるから。扉がきっちり閉められている所為か、近づかなければ聞こえないほどの音量ではあるが。
龍宮は千雨の目を見るが、口元は薄く笑いながらも目は全く笑っていなかった。軽く恐怖を覚えた程だ。
長瀬も同じ様に軽い恐怖を覚え、千雨の周りに黒いオーラを幻視した。
(……潤也の奴、神楽坂と……しかも、旅館で何やってるんだ……)
(幾らなんでも、旅館で其処までやる度胸があったでござるか……)
その手の話にはあまり慣れていないのか、若干顔を赤くしながら千雨の爆発に備える。この場合は空気を呼んで入らないでおくべきじゃないのか? とか、むしろ空気を読まないで入るべきなのか? 等と思考しつつ、千雨を見る。
千雨はしっかりとした足取りで扉の前まで行き、ゆっくりドアを開けた。
「何やってんだ、お前等」
声色が怖い。と思考がシンクロした龍宮と長瀬。千雨を含めて、三人が見たモノは──
「え?」
「ちょ、潤也、背中は駄目、背中は弱いから駄目だって、あ、あはははははははは!!」
──アスナの背中をくすぐっている潤也の姿だった。
「紛らわしい!!」
「勘違いしたでござる!!」
龍宮と長瀬はスリッパを高速で投げ、軽快な音と共に潤也にぶつかる。
「理不尽!」
意味が分からず抗議するも、聞き入れてもらえず。そもそも当たった所で原石の能力があるので大してダメージは無い。スリッパを投げ返すが、二人とも純粋な身体能力だけでソレを避ける。
「じゅーんーやー」
間伸びした声。黒いオーラを纏った千雨が潤也へと近づく。酷くゆっくりとした足取りだが、一歩近づく度に潤也に本能が警報を鳴らす。
口元を引きつらせながら、潤也は疑問を口に出した。
「……え、っと。俺、何かしましたか、妹様?」
「んー? いやいや、ちょっとな」
笑っているように見えるが、目が笑って無い上に口がひくついている。
あ、ヤバイなコレ。と思考した時には、既に鉄拳制裁が食らわされていた。痛いのは痛いしタンコブが出来たが、実質的なダメージは無い。スキンシップの様なものだ。
殴ってくる千雨に対し、スキンシップでグーは流石に駄目だろうと呑気に考える。もっとも、千雨とて限度をわきまえた上での行動ではあるのだが。
(……何かしたかなぁ……)
先ほどの事が外まで聞こえてるとは思って無い。アスナを弄っていたのは認めるが、其処までうるさくは無いだろうと思っていたのだ。
アスナの方を見てみれば、軽くはだけた浴衣を戻そうとしており。アスナは潤也が見ている事に気付いたのか、そちらを向く。
「ここまでやるなんて……酷いよ……潤也」
はだけた浴衣とか、上気した頬とか、笑い過ぎて涙目になってる上に上目遣いをしている所為で、妙にエロティックに見えてしまう。
いろいろと誤解されそうな言葉であるが、潤也自身、くすぐっただけなので特に悪い事をしたとは思っておらず。というか、アスナ自身も特に嫌がってた訳でも無かったので、口ではそう言いつつも責める気は毛頭ない。流石にやり過ぎだとは思ったが。
だが、それを聞いてファイティングポーズをとる千雨に、潤也は両手を上げて降参のポーズ。兄妹間での肉体言語は勘弁願いたいらしい。
●
「で、お前等は何用だよ」
頭の上に出来たタンコブを無視し、『
それで多少機嫌を直したのか、壁に寄り掛かって座っている潤也の隣に座り、ジャンプを覗き込んで一緒に読む。
「せめて話す時位漫画から顔上げろ」
龍宮が銃(本人は頑なにエアガンだと主張)を向け、渋々ジャンプから眼を上げる。ジャンプはそのまま千雨がとって読み始めた。
潤也は軽く座り直し、龍宮は銃を仕舞って問いかける。
「頼んでおいた弾薬とかあるかい?」
「ああ、アレか。仕入れるのに苦労したぞ。だがまぁ、俺らにしてもこれは使えるから良しとするけどな」
術を施した弾丸。魔に属する類の存在を相手取るときに使えるものだ。今回は桜咲から敵の数が多いと聞いたので、弾丸を多めに持っていくことにした。
龍宮から頼まれており、業者……というより、旧世界のとある魔法組織から購入した物。取引相手は選ばないらしい。弾丸が祓魔用のもので人間には殆ど意味がないからだろうか。
まぁ、普通の弾丸程度の威力はあるので、普通に危険物ではある。
ソレを取り出し、中身を確かめて龍宮が受け取る。金は振り込んでおくとの事。
「で、用件はそれだけか?」
そう聞かれ、咄嗟に頭に浮かんだ事を聞く。
「ちなみに聞くが、何故携帯に出なかった?」
「携帯? いや、鳴ってねーけど」
そんな筈は無い、と龍宮が主張するので、ポケットから取り出した携帯を見る。仕事用の黒い携帯だった。
アレ? と呟いて服の中をあさくるが、見つからない。ここまで探して見つからない所を見ると、どうやら部屋に忘れて来たらしい。
「……あっちは特に必要性感じ無かったからな。持ってこなかったんだっけ」
うっかりうっかり、と話す潤也。単純に自分達の部屋に携帯を忘れてきただけの様だ。
「多分刹那から連絡があったと思うんだが」
「あん? 何で?」
「近衛の事でさ」
ああ、なるほど。と軽く頷いてから、数秒思考に耽る。その後、考えをまとめた潤也は振り向かずに一言告げる。
「零、携帯貸せ」
無言で懐から携帯を取り出し、潤也の顔の横へと持ってくる。派手さのない白い携帯で、無駄な装飾は一切されていない。機能美を追求したと言えばそれまでだが、この年頃の少女が持つには酷く簡素な携帯だ。
「…………」
無言で携帯を弄り始め、直ぐ様桜咲の携帯番号を探り当てる。元々、零の頭脳内部には連絡用の無線通信機が実装されているので、携帯などは無用の長物でしか無い……のだが、実際に使うと唯のイタイ人と成り果ててしまう為、見た目を気にした潤也が形だけでもと携帯を持たせているに過ぎない。
電話番号とて零にとってはバックアップ程度の価値しかないのだが、『何時』『誰が』必要になるか分からない為、暗号をかけた上で携帯と言う外部出力を用意しているのだ。
暗号は無論のこと、何も知らない第三者に情報を読み取られない様にするためだ。
『……もしもし?』
携帯からは桜咲の訝しげな声が聞こえてくる。誰のモノとも知れない番号から電話がかかって来たのだから、その反応も仕方ないのだが。
パチン! と一度指を鳴らし、この部屋において意識を保っているのは潤也と零の二人のみとなった。千雨やアスナには情報を開示してもいいかもしれないが、出来れば聞かせたく無い類の話になるかもしれない。
「桜咲刹那だな。あの一件以来となるか──垣根帝督だ。関西の長が近くにいるのであれば、替わって頂きたい」
『──ッ!? どうして、貴方が……?』
「余りのんきに話している場合では無いと思って、手早く連絡したが、そうでもないのか?」
声は事前に変えてある。立場の違いもあるし、これは正式なものではないため、口調はある程度砕けたもので話している。関西の一件に関わる気は起きないが、場合によっては動かざるを得ない状態になる可能性がある為、こちらから連絡したのだ。
桜咲が電話の向こうで動揺する。先程の会話でも既に動揺が見て取れる程だが、潤也が気にする様子は無い。
『長に替わります』
数秒後、緊張した声色の詠春の声が聞こえてきた。
『どうも、始めまして。関西呪術協会の長、近衛詠春です』
「始めまして、セブンスミストグループ社長、垣根帝督です」
互いに自己紹介をした所で一拍置き、詠春が疑問を零す。
『どのような用件でしょうか。こちらは現在切羽詰まった状況でして、余り時間はありません』
「それを承知で連絡したのです。京都にいるこちらの手の者からの連絡によれば、近衛木乃香嬢は拉致され、何か強力な術を行使しようとしているとか。それによって召喚されるであろうモノは、既にこちらでも見当がついています──正直、現状の関西で手に負える案件では無いと判断しました」
潤也の述べる言葉に、反論する事無く沈黙する詠春。潤也はそれを肯定と受け取り、話を続ける。
「本来、こちらの者と共同で護衛を行う筈が、護衛対象である近衛木乃香嬢が本山に行ったので手出しが出来なくなった──此処まではよろしいでしょうか?」
『ええ。それは、間違っていません』
「事前に在る程度の戦力が京都に入る事を申請している為、京都に滞在する事には文句は無かったのでしょうが……流石に関西呪術教会の本山にまで入る事は不可能。護衛役にはその時点を持って役目を終わらせています。ああ、無論のことながら、残りの日程に関しては護衛をさせるつもりです」
『確かに申請はこちらで受理しましたし、本山に関しての配慮もありがたいところです。……して、その再確認を行うと言う事は、ある程度の戦力増強を期待しても良いと言う事でしょうか?』
不信感を抱きつつも、この悪化の一途を辿る事件を終息させる為には、SMGの力が必要不可欠だと判断した。
元来、詠春は武闘派の人間であり、このような駆け引きとは無縁の存在だった。故に、この手の会話はある程度克服したとはいえ、焦りを生んでいる現状では冷静な判断が出来ない。
だからこそ、潤也はそこに付けいる。
「一つ、条件があります」
『……聞きましょう』
資金か、立場か、繋がりか。
資金など腐るほどあるだろうし、立場なら今の詠春より余程盤石な組織運営を行っている為、必要とされる事は無いだろう。ならば繋がりか。今後、必要に応じて依頼を受けることになるかもしれない、などと考える詠春。
だが、そのどれでも無いものを、潤也は欲した。
「情報が欲しい」
『……情報、ですか?』
声に困惑の色が混じる。私の持つ情報で、科学のトップに立つ青年が欲しがるような情報などある様には思えない──と感じたが、次の言葉で絶句する。
「ええ。具体的には、貴方が二十年前の大分裂戦争で手に入れた情報──『
『──ッ!!?』
何処でそれを知った、と直ぐ様問い詰めようとして、沸騰した頭では駄目だと強制的にクールダウンさせる。如何に武闘派とはいえ、関西の老害を相手どるにはこの程度の技能は持っていて然るべきだ。
ナギは行方不明、アルは麻帆良にいる筈だが、簡単に情報は喋らない筈。ガトウは死に、タカミチ君があの子の情報を売るとは思えない。ラカンも行方をくらましている筈で、お義父さんとて彼女の情報はトップシークレットとして扱っている。一体どこから──!?
そんな考えが詠春の脳内を駆けずり回るが、答えは出ない。
「情報源なんて、意外と身近にあるものですよ。それに、我々はそれを悪用しようとしている訳では無い」
現在の情報源はアスナのみ。別にそれだけでも構わないと言えばそれまでだが、過去の大戦に関する情報は少ない。アスナ自身が偽の情報を掴まされている可能性もある為、念には念を入れて調査をしておく必要がある。なにせ、事は魔法世界全土にわたる事でもあるし、それによって旧世界に影響が無いとも言い切れない為だ。
情報が手に入らないのはSMGが魔法世界へ進出していないのも理由の一つではあるが、潤也が足場を固めるために旧世界の事に集中するのが予想以上に時間がかかったことがあげられる。
『それを信用しろと、そう言う訳ですか』
「別に信用する必要はありません。情報を開示するかしないか。貴方がとる行動は二つに一つと言うだけの話ですよ」
情報を開示すると約束しなければ、今夜関西が滅んでもおかしくは無い。いや、それだけでは済まない可能性だって存在する。リョウメンスクナはそれほどに厄介な存在であり、伊達に神格を名乗っている訳ではないのだ。
逆に、情報を開示すればこの場を凌ぎきる事は不可能ではなくなる。しかし、今度は別の問題が浮上する事となる。
保守的な考えを持つ者であれば即座に後者を選ぶだろう。だが、詠春は後者の危険性を知っている。身を持って止めた二十年前の悪夢が再来する可能性。それは徹底的に潰す必要があるもので、絶対に広めてはいけない類の情報なのだと知っている。
だからこそ、問う。
『貴方は、敵から「彼女」を守り切れますか?』
ある程度の情報は手に入れているのだろうと予測しての発言。『黄昏の姫巫女』の名称を知っていると言う事は、性別位は分かっているだろうし、その先に付随するであろう危険性も考慮していて然るべきだと。
敵は魔法世界全土を敵に回すような頭のいかれた集団だ。魔法世界でもトップクラスの実力を持つ者が組織内に存在し、今なお息を潜めて活動している。生半可な覚悟では、痛い目を見るだけだと。
故に、答える。
「確実な約束は出来かねます。内容によっては、こちらとしても動かざるを得ない可能性がありますので……しかし、善処する事は約束しましょう」
言葉こそ冷静に。しかし絶対の自信を持って『守りきる』と。
『……分かりました。条件を呑みます』
「では、こちらから派遣しておきます。旅館側にもある程度戦力を残す必要があるので、全員を動かす事は出来ませんが」
その言葉を信用したのか、詠春は納得した様子で通話を切った。
潤也は立ち上がり、零に向かって携帯を放り投げる。傍から見ていた零は、感情を表す事無く潤也の指示を待つ。
「お前は寝ずの見張りだ。『グループ』の連中は好きに使って良いと八重に伝えてある。必要なら奴に指示を仰げ」
「了解した。それで、彼女達はどうするんだ?」
「記憶をある程度改竄した状態で目覚めさせる。必要ならお前の裁量で情報を開示しても構わないが、その場合は俺に報告しろ」
再度パチン! と指を鳴らし、全員の意識を揺り起こす潤也。
徐々に意識を取り戻していく四人を見ながら、零は尋ねた。
「それで、誰が行くんだ?」
「──俺が出る」
首の骨を一度鳴らしてから、潤也は確固たる意志を持ってそう告げた。