第四十三話:逃走と追走
詠春は溜息を吐いた。
予想外の展開ではあったが、援軍を得られた事は大きい。事前に桜咲が連絡していた者を含めれば、少なくとも三人以上。SMGからどれだけの実力者が出てくるかは分からないが、期待し過ぎるのも酷だろうと思考を切りかえる。
増援を頼んだと言っても、こちらが何もしなくていいと言う訳ではない。むしろ、SMGから派遣される戦力は予備と考えるべきだ。
その為の、最低限木乃香を奪還するための戦法を考える必要がある。
「……先程の電話は、なんだったのですか?」
「SMGから助力の連絡です。とはいえ、それなりに代価を支払う羽目になりましたがね……何はともあれ、戦力面では一応の増援があると思って良いでしょう」
桜咲の問いにハッキリとした口調で答える。
リーダーとは、いついかなる時も冷静沈着でいなければならない。
司令官としての真価が問われるのは、時々刻々と変化する状況への対応力。冷静に、最終目的までの影響を最小限にとどめる判断を下せるか、だ。
この場合の最終目的は木乃香の奪還。そして、応援の来る明日までの篭城戦。ソレによる過激派の殲滅。
詠春は言う程有能では無い。自分でもソレは分かっている。だが、親として、長として、守らなければならないものがある。
自分の手に余る事でも、やるしかないのだ。
「まずは、作戦を確認します」
辺りの地図を広げ、地形を確認して赤いマークで覆う。本山からフェイトが逃げた方向、恐らく目的の場所まで一直線のルート。その間。
「この辺りは開けていて視界が広く、比較的戦闘のしやすい場所です。真正面から突き破るならこの道が一番でしょうが……」
それには、戦力が足りない。
相手の戦力は本山に攻め込んでいる過激派よりよほど多い。元々の目的が木乃香の誘拐である以上、そちらの方に力を裂くのは当然だろう。
「……では、ここは囮として使うのですか?」
「ええ、私が囮となります」
夕凪は桜咲に預けたまま。本山に用意してある別の刀を持ってきている。愛刀では無いが、十分な業物だ。
どれほどの相手がいるのか分からない。だからこそ、詠春が行くしかない。
鴉部隊の者は二人。そちらにはフェイトの相手をして貰わねばならず、ネギと桜咲には木乃香の奪還を最優先させる。
援軍は最低でも三人。いつ来るかわからないが、最悪間に合わない事も考えに入れる必要がある。いや、能力者がいるとするのなら、それなりの移動手段を持っていても何らおかしくは無い。気を付けるのは同士討ちだろう。
「これでも英雄と呼ばれた時代もありましたからね。……最低限の時間は稼ぎましょう」
英雄とは、数の暴力を質で上回った者に与えられる称号だ。例え歳で技が衰えていても、体力が少なくなっていても。一介の術者や、もしかしたらいる神鳴流にも、遅れを取る事は無いだろう。
だが、あくまでも全盛期での話。現時点ではあまりに多くの数を相手にすれば、分が悪いと言わざるを得ない。
「それでも、他の場所に隠れていないとも限りません。気を付けてください。合図は分かりやすいようにしますので、それを確認したら動いてください」
幾らか時間をおいて行けば、他の場所からも長を倒すためと過激派の連中が集まってくるかもしれない。
そうなれば、別の場所から攻め込む事も容易になるだろう。最も、それに乗ってくれるかは相手次第だが。
「……大まかに言ってしまえば、私が囮、鴉部隊がアーウェルンクス及び並の敵の排除。刹那君とネギ君は木乃香奪還、と言ったところですか。当然余力があれば私達も木乃香奪還をします。援軍が来た場合、木乃香の奪還に回って貰いましょう」
本当であれば、ネギなどを捨て駒として詠春と鴉部隊で攻め込む方が勝機は高いだろう。一旦本山へと戻ってしまえば、フェイトを押さえつける事も出来ない事は無いのだ。
だが、詠春は甘い。故に、人を捨て駒として扱えない。
ネギを捨て駒として扱えばまずいと言う事もあるだろう。桜咲を捨て駒に使えば木乃香が泣くと言う理由もある。
だが、それ以前に人を利用すると言う事が出来ない。協力は出来ても利用が出来ない。それが詠春の長として弱いところだ。
「ネギ君、派手な魔法は木乃香を奪還する際、木乃香に被害が及ばない様使用してください」
「はい、分かりました!」
自分の役割を告げられ、緊張を持って杖を握りしめる。その胸の内にあるのは木乃香を救いたいという気持ちか。
先ほどフェイトにやられた事を考え、どうにかしたいと思っていても、直ぐ様出来る事では無い。
だからこそ、ネギが選択したのは『近づかない』という戦い方。
前衛の桜咲と後衛のネギ。オーソドックスだが、博打に出るよりは余程良い選択だろう。
「そして、刹那君」
「はい」
詠春は桜咲の目を見て、ハッキリとした口調で、告げる。
「もし、木乃香を取り戻すためというのなら──『あの力』を使う気は、ありますか?」
「──ッ!?」
一瞬、驚いた様な表情を見せ、数秒。胸の内で葛藤を繰り返し、木乃香の事を想う。眼を瞑り、覚悟を決める様に考え────答えを出した。
「……お嬢様の為であれば」
迷いはあった。
葛藤もあった。
力が必要になったその場で言われても、恐らく決め切れなかっただろう。
詠春もその辺が分かっているからこそ、この場で聞く。一瞬の判断が生死を分ける戦場で悩まれれば、命の危険があるのだ。
例え嫌われようとも、あの力を使ってでも助け出すと覚悟を決め直した。
「分かりました。──では、作戦を開始します」
詠春は桜咲を見て小さく頷き、顔を引き締めて作戦を開始する。
●
本山近くの森の一角。
其処には、フェイトと千草、月詠に小太郎。過激派の初期メンバーが集まっていた。
「おお、凄いやないかフェイトはん。まさか本当にあの本山からお嬢様攫ってくるとは……最初からアンタに任せとけばよかったわ」
驚きに眼を見開きつつ、魔力量などを調べて本物の木乃香である事をしっかりと確認する。
ここまで来て偽物でした、では笑い話にもならない。
本当に初めからフェイトに任せれば話は早かったのだろうが、その場合千草含む全員が皆殺しにされても文句は言えなかっただろう。
何せ、このタイミングでフェイトが動いたからこそ、木乃香を攫えたのだ。それ以前であれば潤也が動いていた。
桜咲との契約で生かす事はあるかもしれないが、抵抗させない様に手足の一本や二本程度なら簡単に潰していただろう。その点で考えれば、運がいいとも言える。
「もう直ぐ追手が来るだろうね。早めに行った方が良い」
フェイトからしても、鴉部隊と詠春を同時に抑えるのは少し面倒だ。面倒なだけであって不可能ではないのだが。
「わかっとる。その為にいろんな場所行ったんや。戦力増強出来たし、問題はあらへんやろ」
木乃香を本物か確認し終わり、本物だと判断して祭壇へ向かおうと抱える。
「さて、あんた等はここで足止めを。長に出てこられると面倒やしな」
周りにひっそりと佇む陰陽師達にそう告げ、足早に祭壇へと向かう。
計画成就の時は、近い。
そう思って歩き出そうとした時、森の奥から爆発音が聞こえた。
煙が上がっており、気も感じられる。戦闘が始まった証拠だろう。陰陽師達も各自符を用意し、戦闘態勢を整える。
「……来た様やな。あんまりノロノロとやってる暇も無さそうや」
数では恐らく勝っているだろう。だが、相手は大戦の英雄。千草からすれば気は抜けない相手だ。
式神に木乃香を運ばせ、自身も同じ様に向かう。他三人も護衛として付いて行く為、後を追う。
●
その数分後。
詠春が陰陽師達の召喚したであろう鬼達を次々と返し、開けた場所にまで辿りついた。
とはいえ、流石に無傷とは行かない。数の暴力で徹底的に抗戦した結果、大きくないまでも多少の怪我を負わせることが出来た。
加えて、これは耐久戦だ。陰陽師の数は多く、その召喚する鬼はゆうに三ケタを超え、四ケタにまで迫る数。
幾ら詠春とて、人間だ。体力的な問題はある。
それでも、負けられないのだ。
「神鳴流決戦奥義 真・雷光剣!!」
広範囲に渡る、雷を纏った剣の攻撃。退魔の為の技を使う神鳴流は陰陽術師にとって天敵とも取れる相手だ。それを初撃で放つ。
その範囲からこぼれ、詠春を仕留め様と動く複数の鬼。
一体がこん棒を振り上げ、他の一体が横凪に振るう。
詠春はまず振り下ろされたこん棒を避け、横凪に放たれたこん棒の楯として使う。とはいえ、横から放たれている。完全には止めきれない。
故に、振り下ろした腕を斬りつけ、懐に入って大きく斜めに袈裟切りにする。
そのまま鬼は還り、もう一体に目を向け、振り返りざまに刀をこん棒の上を滑らせるように振るう。
肩口を斬られ、次に首を落とされた鬼。煙と共に消え去って他の鬼が攻めてくる。
鬼の数は瞬く間に数は減って行き、陰陽師は自身の召喚した鬼がやられ、次々に気絶させられて倒れていく。
(……鴉部隊、刹那君、ネギ君。頼みましたよ……)
そして、詠春はまた剣を振るう。囮として、出来るだけ派手に戦いながら。
●
詠春が戦っている場所とは別。回り道をしながら、ネギ達は進んでいた。
コソコソと動いているが、敵に出会わない分総合的に見れば速いと取れる。
だが、それもここまで。目の前には複数の鬼を召喚した術師が十数人。恐らくグループで動いているのだろう。統率された動きには無駄が少ない。
「チッ。面倒な……手早く済ませるぞ」
鴉部隊の二人は舌打ちしつつ手早く符を構え、桜咲は剣を構え、ネギは杖を構える。
「一応我々は時間稼ぎとなっているのでね。悪いが、少しばかり遊んで行って貰おう」
次々に鬼が召喚され、所狭しと鬼が現れる。木々が邪魔になったのか、鬼が薙ぎ倒してスペースを確保する。
辺りが小さく開け、鬼達がネギ達を見て武器を構えた。
鬼達が何か言葉を発そうと口を開けた瞬間、その頭は吹き飛ばされて還される。
「喋っている暇は無い。さっさと済ませてお嬢様を救うぞ」
鴉部隊の一人が命令するかのように力強く、ハッキリと響く声で告げた。
もう一人が同じ様に符を放ち、鬼を還す。
桜咲、ネギも同じ。刀と杖を構え、神鳴流と魔法を使って数を減らす。こちらは若干いつもと比べて動きに差異が出ているが、始めて共闘するのだ、比較的うまくいっている方とも取れる。
ネギと桜咲の力か、鴉部隊の実力か、あっという間に殲滅して陰陽師を倒し、先を急ぐ。
だが、行っても行っても先に進んでいる気がしない。そして、これはネギには心当たりがあった。
「……あの、コレもしかして……」
「ああ、『無間方処の術』だな。迂闊だった、さっきの戦闘の間に張り巡らされてたのか」
忌々しい、とでも言いたげに顔を歪める。こんな事に時間を取られている場合では無いのに、気付けなかった自分が不甲斐無いのだ。
「さっさと破る。佐久間」
「分かっている」
佐久間と呼ばれた男は符を手に持ち、額にあてる。
そのまま数秒動かず、何かに集中し続ける。
「……分かった、二時の方向に二百メートルだ」
「二百か意外と範囲は広かったな」
佐久間のやった事は簡単だ。木々に張り付けられていたであろう符を探索しただけ。これが結界で、内部にいる以上はその影響を受け続ける。
ならば、その力を発している大本を探し出してしまえば問題は無い。
直ぐ様瞬動で近づき、符を剥がす。そして、結界が解けた。ガラスが砕ける様な音が響き、辺りの風景が一変する。
同時に、この場に起こる異変も視界に入った。
「おい、アレは!」
佐久間が指差す方向に見えたのは、地面から天へと昇る光の柱。神々しい光を放ち、それが神聖なものである事をこの距離からも分からせる。
未だ相当な距離があるのにもかかわらず、だ。
そして、陰陽師である二人は、あの柱が何を意味しているのか悟る。
「クソッ、急ぐぞ!!」
何よりも焦りが勝った。ネギと桜咲を置いて、瞬動で先へと進む二人。後から合流した方が良いと判断したのだ。
今はともかく、先に行ってアレを妨害する必要がある。
だが、数分後。先に行った筈の二人は、恐らくは時間稼ぎの為に放たれたであろう鬼達を相手していた。
自分達から攻撃をしてくるが、一体一体別々。まるで時間を稼ぐ事が重要だと言わんばかりに。次々と波状攻撃をしてくる鬼達。二人はイライラし、焦りが決定的な隙を生む。
例え相手が格下でも、隙をつけばダメージを与える事は不可能では無い。増して、数で勝っているならなおの事。
符を放ち、業火が鬼を焼き尽くす。先に進もうと、足を一歩踏み出したその時。横凪にこん棒が振るわれる。
鬼のこん棒が佐久間の背中に打ちつけられようとした時、何かが鬼を打ち抜いた。
「ぬおっ!? こいつは、術を施された弾丸!?」
続けて、何体もの鬼が打ち抜かれる。特殊な弾丸故か、当たった個所から煙が出始め、次々に還されていく。
追いついた桜咲は、鬼達が打ち抜かれている様子を見て、恐らく龍宮が来たのだろうという事を悟る。ならば楓も。と思って周りを見るが、どこにもいない。
いまだ追いついていないのか、それとも長の方に助力に行っているのか。
ソレはともかく、今は目の前の鬼達を倒そうと刀を構え、ネギは杖を構える。それぞれ気と魔力を練り、攻撃に転じようとする。
そして、桜咲が攻撃の為の一歩目を踏み出そうとした所で──
──ズ、ズン!! と、地面が大きく揺れた。