第四十四話:フェイト・アーウェルンクス
時は数十分前までさかのぼる。
旅館の前、潤也は特に気追った様子も無く携帯を操作し、ここから最短で迎えるルートを弾きだしていた。
特に時間を気にした様子は無いが、同時に別の事を考えている様な雰囲気だ。
「……準備が終わったよ」
「そうか、ならさっさと行くぞ」
龍宮が声を掛け、潤也はそれを聞いて振り返る。
背中には大きめのギターケース。中身はギターでは無い、銃だ。潤也の用意したものでは無く、龍宮の私物。修学旅行にそんなモン持ってくんなよ。と非難がましい目付きで龍宮を見る。当人は素知らぬ顔で視線を受け流した。
「……ちなみに、何故拙者達は寝ていたのでござろうか」
「俺が知る訳ないだろう」
長瀬の寝ぼけ眼で呟く声に、律儀に返す。ところで、と長瀬は潤也の方を向いて話し出した。
「移動手段は、もしかしなくてもそれでござるか?」
「当然だろう。徒歩で行くにはちょっと遠すぎる」
長瀬の指差す先にあるのは、一台のバイク。サイドカーのついたSMG製の1000ccオンロードバイクだ。『ドラゴンライダー』ほどの化物的性能がある訳ではないが、そもそも使用用途として舗装された道路を通る事しか考えられていないため、分野が違う以上は比べる意味も無い。
全体的に黒で統一されており、所々に白いアクセントが垣間見える。
今回は『垣根帝督』ではなく『長谷川潤也』として出る為、手の内は出来るだけ伏せておきたい。それに、ここから本山近辺に向かうまでにやられているようなら、それでも別に構わないのだ。
潤也の目的はあくまでも『
「でも、潤也どのは中学生でござるよ。バイクに乗ると不味いのではないでござるか?」
「必要なのはカードじゃ無い。技術だ」
バイクにまたがり、フルフェイスヘルメットを付け、エンジンをかけながらそんな事を言う。もっとも、技術云々と言うよりベクトル操作で意外とどうにでもなるので、操作を誤るような事はないだろう。
むぅ、と言いながらも渡されたヘルメットを被り、サイドカーに座りこむ長瀬。龍宮もフルフェイスヘルメットを被り、ギターケースを背負ったまま潤也の後ろに乗る。
調子は良好。問題は無し。
「忘れ物は無いな? 途中で何か忘れたとか言っても戻らねぇぞ」
ついでに言うと長瀬は一応魔法関係の事は知らない筈なのだが、なんとも適応力の高い奴である。あっさりと魔法を受け入れて尚且つ依頼まで受けているのだから。
「忘れ物は無いでござる」
「私もだ」
それぞれ頷く様子を見て、なら良いな。と告げた。
「それじゃ、出発と行きますかね」
エンジンをスタートさせてギアを入れ、アクセルを徐々に上げていく。元は軍用バイクとして開発されているものなので、バイクの音自体もかなり低い。
エンジンの振動を直に感じるが、ベクトル操作を用いて速度を上げながら移動を続ける。
十数分ほどだろうか。バイクに乗り続けてついた場所からは、爆発の煙や攻撃による閃光。遠くには光の柱も見えていた。
「……遅かった、という訳でも無いな」
まだ、完全には出ていない。出だしで潰せれば被害は少ないだろう。が、ソレはこの状況では難しい。詠春は囮、鴉部隊は足止めに苦戦中、ネギと桜咲も足止めを喰らって戦闘中。
『
森が見渡せる丘の上、其処に三人が降り立つ。
森の中では爆発が連続して起きている場所もあり、戦闘中という事が良く分かる。遠目には詠春が派手に戦闘しているのも分かるほどだ。
「私はここから狙撃に専念するよ。爆発で大体の場所は分かるしね」
「ならば拙者は応援に行くでござる。後ろは任せるでござるよ、真名」
「俺はさっさと用事済ませるとしよう」
それぞれ行動目標を掲げ、動き出した。
潤也は最も危険かつ第一目標であるアーウェルンクスを探す為、辺りの戦闘を完全に無視し、地面を蹴って高く跳ぶ。
そのままベクトルを操作して光の柱のある場所へと向かう。目立つ場所に行けば、何かしら分かる可能性は高い。
それに、
トン、と土を踏みしめて降り立つ。その先には光の柱とかなりの数の過激派の連中。潤也の事を敵と認識したのか、鬼達を召喚して向かわせてくる。
潤也はそれらを見る事さえせず、風のベクトルを操って暴風の塊を起こし、その包囲網を突破する。そのまま奥へと向かい、目的の人物を見つけた。
「よぉ。始めましてだな、アーウェルンクス」
「……君は」
白髪の少年は、感情の無い目で赤髪の青年を見る。赤髪の青年は、敵意を込めた目で白髪の青年を見る。見間違える事など無い。既に一度確認しているのだから。
「まぁいろいろと聞きたい事があるんだが……ここじゃ何だ。浮遊術は使えるだろ、お前?」
その問いに小さく頷き、肯定の意を示す。ソレを確認した後、上空へと転移した。
竜巻の様に、空気で足場を作って佇む。フェイトは相変わらず感情の無い目で見るだけ。
「……それで、聞きたい事とはなんだい?」
「問一、お前は『
何の前置きも無く、ハッキリと問いかける。フェイトはそれに対し、表情を何ら崩すことなく答える。
流石にこの程度で動揺する様な奴じゃないか、と潤也は思う。
「違ったら、どうするつもりだい?」
「そうだな……少なくとも、構成員かどうかわからないなら手は出すつもりは無い」
関係がなければ、接触しても意味は無い。フェイトが言うのは嘘という可能性もある。言葉だけを信用する事は出来ない。もっとも、心理戦に置いて『
読心の手段はいくつかある。魔法にしても、魔法具をつかうにしても、何らかの準備が必要だ。
だが、潤也にはそれが必要ない。一度問いかければその反応で大体判別が可能となる。
「だからこそ、お前に聞いたんだよ。『完全なる世界』の構成員か? ってな」
フェイトにしても、潤也を敵に回す事は避けたい。余りにも得体が知れ無さ過ぎるのだ。
使っている力が魔力も気も用いていないと言う時点で『超能力』であるという予測はつくし、関西の術者達が召喚した鬼をあっさり叩きのめしたその実力も加味すれば、警戒しない理由が無い。
そして、フェイトが知っている限り『能力者』はSMGにしか存在していない。故に、潤也の事をSMGの関係者だと判断する事も可能だ。
SMGは魔法世界には何の干渉もしていない。元々魔法技術に特化している為、科学技術はあまり必要とされず、現時点では利益も少ないとされているからだ。もう少し科学が発達し、技術が必要となれば分からないが。
それに、魔法使いとはあまり仲も良くない。
しかし、その裏組織としての力はフェイトもよく知っている。今は魔法世界に干渉していなくても、今後利益が発生すると考えられれば干渉してくる可能性も高い。
敵に回せば厄介。世界でも最強クラスの実力者とはいえ、超能力は完全に未知の力。油断は出来ない。
「……だったら、どうだと言うんだい?」
「問二だ。お前等はまだ『黄昏の姫御子』を狙っているのか?」
ポーカーフェイスをしていたフェイトの顔が、一瞬だけ動いた。潤也は読心等も使用して当たりだと判断を付け。
そもそもアスナが見間違える事も無いだろうと思い、力量からしても恐らく外れではないと考える。
フェイトからしても、何故知られているのかが判断できない。詠春が教えた可能性も考えたが、二人の接点は少ない。そう言った情報を話す可能性は高くは無いだろうと考える。
「黄昏の姫御子。『
潤也は、ソレを確認するかのように告げた。
「『
最終的な目的、そして経緯を考えれば、そこまで予測する事は不可能ではない。何せ、実際に攫われたお姫様が話してくれた情報もある。大凡間違ってはいないだろうと判断し。
事実、言葉のゆさぶりと『
「まぁその辺は割とどうでもいいことだ。魔法世界がどうなろうと、俺には何の関係も無い」
だが、と一息ついた次の瞬間には、潤也はフェイトの視界から消えていた。
「アイツを未だに狙い続けてるってンなら、ここで死ね」
ゴガンッ!! と、鉄の壁でも殴りつけたかのような派手な音がする。
空間転移をしたのだ、眼で追える訳がない。背後に転移したにも関わらず、空気を引き裂く小さな音で後ろへ移動したと判断したフェイトは、振り向きながら腕で防御しようとするが、無駄だった。
フェイトの後ろへと転移した潤也は、集積したベクトルをフェイトへとぶつけたのだ。
障壁をいとも簡単にブチ抜いて殴られたフェイトは高速で地面へと激突し、その動きを止めた。
そのまま追撃し、フェイトに強烈な拳を喰らわせ、その肢体を地面にめり込ませる。
同時に、ズ、ズン! と地面が揺れた。その余波か、周りを見れば地面にひびが入っている場所もある。
一旦上空へと跳び、微妙な手応えの少なさを感じて推測を立てる潤也。
(……随分と何枚も障壁を張ってるよォだな。エヴァンジェリンみてェに強力な一枚を常時展開している訳じゃねェ。強力かつ複数の障壁をいつも展開してやがンのか)
壁を一枚壊すのと、二枚壊すのでは必要なエネルギーは違うのは当たり前だ。
一枚破った後、直に相手に当たるならベクトルを再計算して集積し直すのは簡単だが、フェイトの様にいくつもの障壁を常時展開しているとなれば話は別。
障壁を盾として使う為に、一時的に何枚も展開させる魔法使いはいる。だが、そちらの方は近距離での高速戦闘でもして発動できない様にさせれば良い。
しかし、フェイトは常時展開している為に威力が毎回落ちてしまう。大した差は無いが、何度も再計算して集積し直すのは面倒だ。
故に。
「まァ、ちっとばっかし勿体ねェが、手札切るとするか」
空気を引き裂く音と共に、三対六枚の真っ白い翼が展開された。
ソレは月光を受けて白く発光し、フェイトが激突した地面を照らしだす。
「……ッ!?」
地面に激突し強烈な拳を受けたフェイトは、魔力を練ると同時に詠唱を開始していた。アレ以上の追撃が無い事を疑問に思ったが、この機を逃す手は無いと、そう判断して。
だが、ある程度準備を整えた所で異変が起こった。潤也の背中に真っ白な翼が展開されたのを、フェイトは視認した。
(……あれは……?)
まるで天使の様な白い翼が展開され、月の光を受けて輝く。その光が、フェイトに異変を起こした。
障壁を張っているにもかかわらず、肌にジリジリと焼けつくような痛みが走る。
思わずその場から離れ、潤也の背中を取る様に高速で移動する。潤也はそれを知っていながら、あえて背中を取らせた。
「知っているか? この世界は素粒子で構成されている。だが、俺の使う能力にその常識は通用しないンだよ」
潤也がフェイトへと向き直る。フェイトの掌に映し出されている魔法陣が空中にいくつも映し出され、無数の釘が、潤也の体を貫こうと迫ってくる。
「さっきのは『回折』って現象だな。細かい
無数の釘に興味すら抱く事は無く、動く事もせずにベクトルを反射させる。傷などある筈が無い。
その間に、潤也の背中にある白い翼が無数の粒子へと姿を変え、消えた。
「光波や電磁波の波は狭い隙間を通ると波の向きを変えて拡散する。複数の隙間を使えば波同士を干渉させられる」
ならば、といくつもの黒い剣を作りだし、潤也を攻撃しようとした所で。
空気を引き裂き、もう一度白い翼が展開される。
意味の無い行動だと思うかもしれない。だが、『
つまり、『別の現象を起こす為』に、『翼の構成』を作り変えたのだ。
「そして、何も『回折』ってのは光だけに影響を及ぼす現象じゃねェ」
六枚の翼の内、左右共に中央に位置する二枚が潤也の背後で派手にぶつかって音を立てる。その音が翼の
石で造られた黒い剣を衝撃波で破壊され、フェイト自身も衝撃波で吹き飛ばされる。
『
ある程度は潤也の意思で融通が効くが、自由自在にはいかないのだ。
それでも、十分過ぎるほどの戦闘能力を有する。
防御には『
続けて放たれる烈風。障壁で防ぎ切りながら、フェイトは詠唱を終えた。
「『冥府の石柱』」
人間を殺してはならない。本来アーウェルンクスはそう言った命令を受けているのだが、余程の時にはリミッターが外れる仕組みらしい。
人間一人を押しつぶすには過ぎた大きさの石柱が、空中に何本も現れる。そのまま、潤也を押しつぶさんと重力に従って落下を始める。
「甘いンだよ」
潤也は、その数本の石柱の内一本に指をめり込ませて
石柱同士をぶつけ、破壊しながらフェイトへと近づく。石の破片があたりへと飛び散っているが、そんな物は気にも留めない。
「君は厄介だね。ここで倒す必要がありそうだ」
「フン。遅ェよ──逆算、終わったぜ?」
確固たる膨大な殺意と共に放たれる六枚の白翼。それは障壁を
そのまま翼に吹き飛ばされ、石柱にぶつかった。衝撃と重力で石柱ごと地面に落ち、地面を揺らす。
「ぐっ……何、が……」
障壁は確かに展開されている。あの翼に攻撃される際、何か術を施された訳でも無い。だが、確かに曼荼羅の様な多重高密度障壁をすり抜けて、フェイトへと直にダメージを与えた。
理解が及ばない。『障壁突破』の呪文なら魔法技術として確かに存在するが、障壁を『すり抜ける』呪文など、聞いた事も無い。
『魔法』では無く、『超能力』。これが超能力者。フェイトは自身の認識を改める。
「諦めて死ねよ。どうせお前じゃ俺には勝てねェ」
数十メートルにも伸びた白い翼は、フェイトの急所に狙いを定めて固定してある。今なら、確実に殺せる。
「……君は、何故僕を殺そうとするんだい?」
「あ? 世の中の平和のため、悪人は死んで償え──とでも言えば良いのかよ」
茶化す様に言葉を紡ぐ潤也。だが、その眼からは殺意が消えていない。逃がすつもりも、無駄な足掻きをさせるつもりも無い。
「お前が死ねば万事解決。まァそンな訳だ」
「僕が死ねば解決? 君は、何故『黄昏の姫御子』を守ろうとするんだい?」
それは、目の前にいる少年──潤也と
潤也は、何を今更、とばかりに溜息を吐く。
「俺が誰かを守るのに、理由がいるのかよ?」
そして、六か所の急所へ向けて白い翼が放たれた。だが、潤也とフェイトの間に砂塵が吹き荒れる。フェイトが使った魔法によるモノだ。
ズシャァァァ!! と派手な音を立てながら砂塵が舞い、潤也の視界を埋める。
チッ、と舌打ちし、躊躇無く砂塵の中へと突っ込んで、フェイトがいる筈の場所に強烈な拳を叩きこむ。
しかし、その攻撃は石柱を砕くのみ。フェイトは既に其処にはいない。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」
声は背後から。それも、距離を取りながら詠唱を唱えている。
「契約により我に従え、奈落の王。地割り来れ、千丈舐め尽くす灼熱の奔流。
それは地系の中でも最強レベルの魔法。広域殲滅として使うべき魔法は、標的を個人に狙い定めた。
「『引き裂く大地』!」
溶岩へと姿を変えた灼熱の大地。紅く滾り、放たれた攻撃は唯一人を焼かんと迸る。
それに対し、潤也は何ら動じる事は無い。躊躇も戸惑いも悩む素振りさえ一切無く、灼熱の溶岩へと身を投じた。フェイトへの最短ルートを迷い無く選んだ。
本来ならば、人間などいとも簡単に焼き殺す事の出来る魔法。一人の人間に使うなど、オーバーキルもいい所だ。
だが、潤也はその溶岩を無傷で抜けた。
圧倒的な威力を持ち、溶岩の熱と濁流による質量で、普通の人間──いや、例え強力な力を持つ魔法使いでも、一部を除いて真正面から受けてなお生きていられる筈がない。
「無駄なンだよ。そンなモン使ったところで同じだ。俺が臆するとでも思ったのか? 情報の為に殺す事は無いだろうと思ったか?」
白い翼が爆発的に展開される。質量を変え長さを変え。絶対的に死を与える為に作り直される。
「そンな物は関係ねェ。俺は、手段は選ばない主義だからな」
そして、その翼を──放つ。
最後の抵抗とばかりに砂塵を巻き上げるが、それで白翼を防げるはずも無く、あっさりと貫いてフェイトへと致命傷を与えようとした。
しかし、次に目に入ったのはフェイトの左腕。手応えはあったが、視界が砂塵で埋まった所為で狙いが微妙にズレたらしい。
切り口から見て、確かに『未元物質』で切り落としたモノ。転移魔法を使ったのだろう、辺りに水が染み込んでいる。
フェイトの左腕を踏みつぶし、『未元物質』を辺りに散布して、辺りに漂う魔力の残りから転移魔法の逆算をする。座標が分かれば追う事も可能だ。
奴は、絶対に逃がさない。