第四十五話:追走する者たち
足元が揺れるその感覚を、桜咲は今まさに味わっていた。
桜咲だけでは無い、周りの鬼、それらを召喚した陰陽師。ネギや鴉部隊の二人までも、その揺れを感じていた。
訝しがりながらも、意識は目の前にいる鬼達へと向ける。油断すればやられる事は目に見えているの以上、隙をさらす訳にはいかない。
一呼吸置き、足に気を込め、地面を蹴る。
瞬動で鬼の足元へと入り込み、下から切り上げて鬼の一体を切り裂く。そのまま、刃を逆に向けて近くにいた別の鬼へと振り下ろす。続けて流れる様に行われた一連の動作の間に、更に二体の鬼が還った。
その間に桜咲の背後へと動いた鬼は龍宮に狙撃され、強制的に還される。
「魔法の射手 連弾・雷の十七矢!」
ネギが詠唱を終え、桜咲の背後から魔法の射手が吹き荒ぶ。魔法の射手は鬼達を吹き飛ばし、桜咲はその間に更に多くの鬼を斬る。
だが、敵が多い。このままでは木乃香の奪還が間に合わない可能性がある。それには鴉部隊も気付いているだろう。しかし、数が多い為に抜けようにも抜けられない。一旦合流し、対策を練る必要がある。
背を合わせる様にして周りに注意を払い、四人は会話を始めた。鬼達とは睨み合いの硬直状態だ。
「どうするんですか? 時間がありませんよ」
「そんな事は分かってる。西洋魔法使い、お前杖で飛べるだろう?」
「あ、はい。飛べますけど……」
「桜咲、お前は空中を飛ぶ手段はあるか? 虚空瞬動でも使えればいいんだが」
ネギの返答を聞いて直ぐに桜咲へ、どうにも上から抜ける算段らしい。
「……あります。虚空瞬動ではありませんが、飛ぶ手段なら」
その言葉に、ネギ以外の二人は眉を顰める。そして、長がこの戦いの前に言っていた事だと判断した。
この身は長に忠誠を誓っている。長が大丈夫だと判断したからこそ、この娘はお嬢様の傍にいると、そう判断したのだ。
何体かの鬼達は痺れを切らしたのか、大振りでこん棒を振り上げ、横凪に振るう。
桜咲はそれを避けて斬ろうとした所で、何者かが横から攻撃した。気を纏った体で、武術を使った様な動きで。
「刹那どの、助太刀に参ったでござる」
長瀬は音も無く着地し、立ち上がって桜咲の方を見る。
「……忍か。動きから見て、甲賀だな」
「いやいや、拙者は忍者などではないでござるよ」
糸目のまま、笑いながらそう言う。佐久間達は相手にする気も無いらしく、桜咲の方を向いた。
「手段は選ばない。長が認めているんだ、何か隠しているなら、使え」
桜咲は、頷いた。
姿勢を少し前かがみにし、背中に力を入れる。そのまま制服は何かにたくしあげられ、姿を現すのは──真っ白い翼。
「……これが、私の正体です」
「なるほどな。烏族の忌子だったと言う訳か」
佐久間は、小さく呟いた。人間と烏族のハーフであり、禁忌とされる白い翼の持ち主。迫害されるか何かしていた所を長が拾ったのだろう、と思考する。
桜咲は忌子と言う言葉を否定せず、ネギの方を向く。ネギは何か言いたそうな顔をしていたが、ここで問答をしている暇は無い。
「では、ネギ先生。上空から彼らを追います」
「……分かりました!」
ネギもまた、今は時間が無いと分かっているのだろう。追求しようとせず、杖に跨って浮かび上がろうとする。
「む、状況が良く飲み込めんでござるが……拙者はどうすれば?」
「出来ればこっちの戦力に欲しいが……」
「お前はそいつらについていけ。俺達はこいつ等を全滅させてから行く」
カモの言葉をさえぎり、佐久間がそう告げた。カモが喋る事に驚く長瀬だが、魔法があるならありかも知れんでござるなぁ。と簡単に受け入れる。
懐から何枚もの符を取り出し、いくつか投げつける。符を使った攻撃で、爆炎に包まれる鬼達。
「了解でござる。では、桜咲どの」
「ああ──行くぞ」
翼をはためかせ、上空へと飛び上がる。長瀬はそれに続く様に虚空瞬動で後を追い、夜空へと駆けあがる。
そして、視界に入るのは巨大な石柱。跳び上がる直前に、またも地面に衝撃が走っていた。恐らくあれが原因だろうとあたりを付ける。
だが、あんなものを使える魔法使いなど、桜咲には今現在一人しか心当たりがない。
その一人が、誰と戦っているかが問題だ。
「楓」
「どうしたでござるか?」
「あの石柱が見えるな? あれを使える魔法使いは、恐らく敵側に一人しかいないだろう。問題は誰と戦っているかだが、長はあっちでまだ戦闘中だ。気も感じるからな……お前、心当たりは無いか?」
指差された方向を見れば、雷撃が迸るのが見えた。神鳴流の奥義を放ったのだろう。気も感じられる。
そして、石柱を見た。桜咲には、あそこの近くから魔力は感じても、それ以外は感じられない。魔力も、気さえも。
「……多分、潤也殿が戦っていると思うでござるよ」
「何!? 彼が戦っているのか!?」
桜咲の顔に浮かぶのは、驚愕。──それは、潤也がこの場に来ていると言う事それ自体に。
桜咲が知る限り、潤也はあくまでもSMGの『連絡係』だ──故に、戦闘能力は無いものとして認識していたが、どうやらそうではないらしいと考えを改める。援軍として此処に来ているということは、それなり以上の戦闘能力を有すると言う事の証拠になるのだから。
「拙者と真名がここまで速かったのも、彼が送ってくれたからでござるし……というか、刹那殿は連絡を受けた訳では無かったのでござるか?」
「私達が受けた連絡は『援軍が来る』という事だけだ。誰が来るかまでは知らされていない」
「なるほど……拙者には、潤也どのが闘えるとはどうにも思えんのでござるがなぁ」
のんきに言う楓。桜咲とて、普段の潤也の様子を見ていればそう感じても仕方が無い。SMGという名は基本的に良い方向で売れている。少なくとも表向きには。
とはいえ、「あの島の一件」を鑑みる限り、表ざたに出来ないこともやっているらしいと判断出来る。超能力も似たようなもので、魔法同様に隠匿されているのはそれだけ価値があると言う事──もしくは、表沙汰に出来ないほどの「何か」が存在する事になる。
どちらにせよ、深入りしても得は無い。今は援軍という利が得られた事を素直に喜んでおくべきだ。
桜咲は石柱の方に目を向ける。未だ感じる強大な魔力、それが更に高まった。恐らく、かなり強力な魔法でも使うつもりなのだろう。
石柱の辺りが紅く色付いている。遠目からではよく分からないが、木々を飲み込む紅い奔流が見えた。
だが、そちらばかりを気にしている訳にもいかない。目指すのはあくまでも木乃香の奪還。一番厄介な魔法使いを抑えていてくれるなら、それはこちらにとってもありがたい。
そう思った時だった。
「──ネギ先生っ!」
光の柱へ向けて一直線に進んでいた自分達の前に、複数の黒い何かが飛来する。
桜咲と長瀬は巧みに動いてかわし、或いは防いだ。だが、杖に乗ったままで詠唱を唱えようとした所でネギは杖を攻撃され、バランスを崩して落ちた。
風の魔法で着地の際の衝撃を緩和し、殆ど衝撃が無く着地する事に成功する。
「よう、ネギ」
「君は……」
森の奥から現れたのは、黒い学生服の様な物を着た少年。犬上小太郎。
「探したで。ちょこまかと動くもんやから迷ってもうたや無いか」
知らないよ。とネギは冷たく返す。実際、相手にしている暇は無い。詠春から頼まれた以上、優先するはそちらだ。
「『杖よ』」
呟き、右手を横に出す。それだけで弾き飛ばされていた杖はネギの右手に戻ってきた。それを両手で構え、道を開ける様に促す。
「あの人たちは悪い事をしようとしてるんだよ? 何で荷担するのさ。道を開けてよ!」
「そんなん知らんわ。道を開けるなんて嫌にきまっとるやろ。俺は、お前みたいに強い奴と戦う為に千草ねーちゃんの仕事手伝っとんねん!」
ネギを指差し、挑発するように笑う。
「それとも、俺と戦うのが怖いんか? 男なら、俺を倒して先に行けや、ネギ!!」
「兄貴、挑発に乗るなよ。時間を稼がれたらアウトだ!」
「俺と戦え! 上手く行けば、間に合うかもしれへんで!?」
ネギの肩でカモが囁く。ネギはその言葉に頷き、どうあっても先へ進もうとする。
小太郎の言葉はあくまで倒せる場合に限る。近接戦闘では勝ち目の薄いネギが戦うと言う事は、即ち木乃香奪還時の戦力低下を示す。
カモは勝率以前に、相手をしていれば間に合わないと悟る。だが、抜ける方法が無い。杖に乗って上空へ跳んでも、さっきと同じ方法で落とされるだろう。
そう思っていた時、長瀬が上空から降りてきた。柔らかく着地して地面に降り立つ。そのままネギと相対してる小太郎を見て、告げた。
「ここは拙者に任せるでござる。ネギ坊主は先に」
「糸目の姉さん、勝てるか?」
「見た感じ、拙者の方がまだ強いでござるよ」
楓は笑いつつ、小太郎と相対する。背後においたネギへ、振り返る事無く判断を下させた。
「先へ。刹那殿は既に向かったでござる。今は近接戦闘だけの拙者より、遠距離からのサポートもできるネギ坊主が向かった方が良い。拙者も直ぐに追いつくでござる」
「……分かりました。気を付けてください!」
「分かってるでござるよ」
「おいおい、勝手に話進めんといて貰えるか?」
狗神、と小さく呟く。足元から黒い獣の様な物が出てきて、長瀬へと向かう。
「甲賀中忍、長瀬楓。参る」
それに対し、長瀬は十六体もの分身を作り、小太郎へと向かう。
激突、そして──爆発音が鳴り響いた。
●
上空、刹那は長瀬にネギを任せ、先を急いでいた。
実際問題、時間が無い。あのまま三人とも時間を稼がれていたらアウトだっただろう。
「──遅れました!」
ネギは杖に跨っており、魔力でブーストして桜咲の隣に並ぶ。
「楓は?」
「小太郎君……過激派の一人と戦っています」
首尾よく足止めを食らわされた訳だが、楓なら大丈夫だろうと判断を下し、先を急ぐ。
光の柱は既にかなりの眩さを誇っており、近づいて行く度に、封印されている鬼神の強大な魔力が肌で感じられるようになる。後数分もすれば、儀式は完全に終わってしまうだろう。鬼神が完全に出てしまえば、止める手段など無くなってしまう。
二人は最高速度で湖へと向かい、その湖のほとりへと降り立った。
「……これが……リョウメンスクナ……っ!?」
二面四手の巨躯の大鬼。千六百年前に打ち倒された飛騨の大鬼神。
それが、
「不味い、急がなければ──っ!」
瞬間、横からの鋭い殺気。咄嗟に剣を振って防ぐが、変な体制で受けてしまったせいか、体制が崩れる。
だが、敵の剣士は追撃をして来なかった。追撃どころか数歩分離れ、桜咲と相対するようにして刀を構えている。
「お前は、月詠……」
このタイミングで、桜咲にとって最も相手にしたくない敵。野太刀を振るう桜咲と、対人戦を想定して二刀を扱う月詠では、相性が悪い。
「ここから先は行かせませんえ、刹那センパイ」
口元を愉悦の笑みに歪め、興奮したように刀を構える。
「楽しみにしてたんやから。今までずっと、な。何度も邪魔されたけど、今回ばかりは誰にも邪魔させませんえ」
月詠はネギを見て、そう言う。ネギは殺気に気圧されたのか、軽く動きが固まっている。
桜咲も、相手にしている暇は無いと分かっている。だが、ここで相手をしなければ後ろから斬られる可能性もある。
ならば、桜咲には戦うしか選択肢が無い。
「……ネギ先生、先に行ってください。アイツは私が相手をします」
「……大丈夫か。あの嬢ちゃん、何かいろいろとヤバそうだが」
カモが心配したように言う。だが、桜咲は気に留めなかった。油断している訳ではなく、客観的に判断して──自分の方が少しだけ強いと。
「大丈夫です。全力でやれば、恐らく勝てるでしょう。ネギ先生がお嬢様を奪還できれば、それで終わりますから。先に行ってください」
「随分な自信どすな~。ウチ、もう我慢できません~」
姿勢が低くなる。その瞬間には、既に桜咲は刀を構えていた。
月詠は瞬動で剣の間合へと入り込み、刃物がぶつかり合う甲高い音が響いた。ネギはその間に千草のいる場所へと向かう。
一歩踏み込む、月詠は左手に持った短刀を突き出して桜咲の腕を狙った。それに対し、桜咲は腕を捻って短刀を避ける。
突き出された腕へと夕凪を振るい、月詠はそれを右手に持つ長刀で防ぐ。
「神鳴流奥義──百花繚乱」
「神鳴流奥義──にとー連撃、ざーんくーうせーん」
正面から夕凪を振るって月詠へと肉薄する桜咲。それに対し、迎え撃つように飛ぶ斬撃を放つ月詠。
実力はほぼ同レベル。しかし、野太刀を使っているか長短二刀を使っているかで戦いやすさが違う。この時点では月詠が有利。
しかし、桜咲には制空権がある。
翼をはためかせ、上空へと飛び上がる。烏族としての力は空を飛べるという所にある。剣を使う以上は間合に入り込む必要があるが、それを差し引いても、桜咲の持つアドバンテージは大きい。
二人は睨み合い、刀を構え、動く。
桜咲は滑空するように動き、月詠と刃をぶつける。連続して続く金属音。
一旦距離を取って、神鳴流の技を使おうと二人の声が重なる。
「「神鳴流奥義──」」
その時、二人の間に乱入者が現れた。
いや、乱入は言えない。何せ、ボロボロの体を引き摺る様にして、木々をかき分け、現れたのだから。
「フェイトはん……?」
フェイトは頭からホムンクルスの証でもある一筋の白い血が流れ、左腕は肩と肘の半ばで切られた様な形となっている。
魔力も大分消耗しており、満身創痍と言う状態だ。月詠は、相当な実力を持つ筈のフェイトがここまでやられている事に驚く。
桜咲にしても、一度自分が負けかけた相手がここまでボロボロになっている事に驚いた。
「ちょっとヘマをしてね……流石に、強い。僕じゃ勝てないね、アレは」
自己修復機能でもあるのか、はたまた自分に治癒呪文でも使ったのか、頭の傷は、ゆっくりではあるが治っていく。左腕は無くなっている為、治せないらしい。
「フェイトはんが勝てへんて、どれだけ強いんですかー?」
相変わらず間延びした声で、月詠は問う。視線は桜咲に向いたまま。
「……そうだね、相当だよ。僕が手も足も出無かったからね。それより、早くここから離れさせて貰う。これ以上ここにいると、流石に殺されそう──っ!?」
咄嗟に頭を下げ、伏せた。
その頭上を、巨大な石が空気摩擦で赤熱しながら通り過ぎる。発生した衝撃波は障壁で防ぐが、体勢を崩された。
「チョロチョロと逃げ回ってンじゃねェぞ」
悠然と現れたのは潤也。右手には掌大の石を持っており、先程同様それを投擲して攻撃に移さんとしている。
「まさか、転移魔法を使っても追ってくるとはね」
「あの程度で逃げられるとでも思ったのか?」
魔法を使った痕跡と言うものはどうやっても残る。『未元物質』を使ってそれらを逆算。法則と魔力量を弾きだして距離と方向を割り出した。
移動方法など、腐るほどある。
「いい加減、死ね」
手に持っていた石を蹴り飛ばし、フェイトへと音速を超えて射出される。だが、月詠が潤也とフェイトの間に立ちふさがり、弾丸の如く飛来した石を弾いた。
「目の前で戦闘始められても困りますー。ウチ、今桜咲センパイと死合いしてるんですからー」
石を弾いた衝撃で、辺りに衝撃波が吹き荒んでいる。こんなものをここで乱発されては、戦闘どころでは無い。
出来れば別の所でやって欲しいものだと、月詠はいうが。
「知った事か。今の一撃をお前が防がなきゃ、そいつは死ンで俺はここにいる意味が無くなってたンだがなァ」
苛立ちを隠そうともせず、次は先の攻撃で折れた大木を蹴り飛ばそうと構える。
「一応フェイトはんは味方なんどす。フェイトはん、千草さんの方行ってくれませんかー?」
「……分かったよ。彼女なら回復用の符を持ってるかも知れないしね」
「逃がさねェっつってンだろォがよ」
潤也はさながら空気を操るように腕を振るう。それを見て、フェイトは咄嗟に残っている右手を動かした。
砂塵と烈風がぶつかる。凄まじい音を立て、衝撃で木々が揺れた。
「……チッ、自分から飛ばされたか。逃げ足だけは速いヤツだ」
面倒臭そうにそう呟く。逃がす事は無い。確実に追い詰め、息の根を止めようと動き始めたその時。
桜咲が、驚きを隠せないまま、唯問いを投げかける。
「……その力、は……一体……?」
「SMGに所属している。それだけでわからねェ程、お前の頭は飾りじゃねェだろ」
ぶっきらぼうに言う潤也だが、それだけで単純な事実を現していた。桜咲とて、これが分からないほどばかではない。
なおも聞きたい事がありそうな顔をしている桜咲に対し、潤也は一度舌打ちして吐き捨てた。
「聞きたい事があるなら後で聞いてやる。今は邪魔すンじゃねェ」
潤也が地面を蹴って上空へと飛んだ直後、光の柱が一際強い光を放った。湖の中心で
「まさか……リョウメンスクナが!?」
それは、ネギが間に合わなかった事を示す。先に行って、時間はあった筈だ。なのに、間に合わなかった。
「雷光剣!!」
神鳴流の奥義を使い、雷撃で土煙りを起こして目くらましをする。
その間に桜咲は上空へと飛び上がり、光の柱の方へと向かう。
(お嬢様、ネギ先生、どうかご無事で──)
木乃香はスクナを呼びだす為に必要だ。ならば、恐らく大丈夫だろうと判断する。だが、ネギは違う。魔力量はあっても、スクナが復活した以上は利用価値が無い。
最悪、殺されている可能性がある。
後に残して来た者達、先に行ったネギを思いながら、その場へと向かう──。