第四十七話:ネゴシエーター
長瀬は木々を避けて駆け抜ける。後ろからついて来ているのは、先ほど倒した小太郎だ。
『負けを認めたら逃げない』らしく、現にロープで縛っている訳でも無く、後ろにいて逃げだせる状態にあるのに逃げない。
眼を向けるのは、行先にある光の柱。
(……あの光の柱、ちと不味いかも知れんでござるな)
不穏な空気。奇妙な気配。
異質で禍々しくも、神々しい。矛盾した様な感覚が肌を打つが、気にしていられない。
「小太郎。少し速度を上げるが、付いて来れるでござるか?」
「バカにすんなや。これ位何ともあらへん」
小さく笑みを作り、元から速い速度を更に加速させる。小太郎もなん無くその速度に追従し、森を駆け抜ける。
だが、数分ほど行ったところで、光の柱が急に消えた。肌を打つような感覚も無くなり、何かがあったと予測するには十分過ぎる。とはいえ、見ない事には確かめようがない。桜咲達が其処にいる可能性も踏まえ、やはり一度向かう事にした。
そう考えていた時だ。長瀬は急に足を止め、先にいる誰かを見る。
いつもは糸目の細い状態の目だが、今はハッキリと開かれて先を見据え、誰かを見定めているようだ。
「……追いついた、でござるか?」
ポツリと言葉を漏らす。視界の先にいるのは桜咲とネギ、詠春だ。龍宮が援護に来た事で詠春もあの大量の敵を退けられたのだろう。
草木をかき分け、桜咲達の前にでる。彼女達もまた戦闘をしたのだろう、疲労の色がうかがえる。
木乃香が桜咲の手の中で眠っている所を見て、長瀬はほっと一息つく。無事を確認できた事で気が緩んだのだ。
だが、まだここは戦場だと気を引き締め、質問をする。
「あの光の柱、消えた様でござるが。何があったか確かめる必要があるのではないのででござるか?」
「……あそこには、長谷川がいる。大丈夫だろう、心配の必要も無い」
大丈夫、と言うよりも心配するだけ無駄だと思っているような口調。それだけ実力を信用していると言う事なのか、はたまた信用せざるを得ないほどに圧倒的な力を見せられたか。
少なくとも、潤也が倒した。と言うこと自体は疑う事無く受け入れているらしい。
「そうは言っても、完全に封印もしなくてはなりません。鴉部隊も直ぐに合流できるでしょうし、木乃香の護衛は私がやります。白髪の少年は見ましたか?」
相手をするなら、恐らく一番厄介な相手。状況を知っておく必要があり。
だが、桜咲はそれに対し、頭を振って答える。
「……彼は、SMGからの援軍に殺害されました。確かに本物でしたから、もう心配の必要は無いかと」
詠春が眼を見開く。
実力差で鴉部隊と自身を退け、更には木乃香の誘拐までやってのけた人物が、殺された──少なくとも、大戦時代に手を焼かされた詠春にとっては衝撃的だろう。
「そうですか、あの少年が……」
「お嬢様を連れても大丈夫だと思います。スクナの危険性も無く、あの少年もいませんから」
月詠は光の柱が消えると同時に逃げた。それまで追いついて戦っていた詠春は、追うよりもスクナの方を優先した為、今に至ると言う訳だ。
「木乃香にはネギ君が『眠りの霧』をかけていますから、暫くは起きないでしょうね」
この惨状は、魔法を知ったばかりの木乃香には刺激が強過ぎる。
戦闘の痕は其処彼処に残り、飛び散った血は地面に染み込んで色が変わっている。
これらが全て、自分を狙って起きた惨劇だと知れば、木乃香は抱え込むのではないか。詠春はそう思って、眠らせたままにしたのだ。
「とにかく、あの場所へ向かわない事には始まりません。とりあえず、君は抵抗する気は有りませんね?」
小太郎に向けて質問を投げかける。
「敗者は勝者に従う。これは当たり前の事や。やから、俺が負けたこのねーちゃんに従うんも当たり前や」
女に負けた、と言う事が悔しいのか、軽くそっぽを向きながらそう答える。
「ならば問題は無いでしょう。さぁ、急いで向かうとしましょうか……先ほどから、どうにも変な音も聞こえますしね」
もし何かあっても小太郎一人で何かできる訳でも無い。放っても大丈夫だと判断した。
そして、湖へと向かう。
●
視界の先にいる大柄の男を観察する。
ローブを羽織っていて体つきはよく分からないが、筋肉質な事はよく分かる。何せ筋肉質な腕を開けっ広げているのだし。
まさか腕だけ筋肉がついていると言う事もあるまい。もしそうなら気持ち悪いし。等と下らない事を考える。
顔もごつく、ぶっちゃけた話、顔が濃い。
「……で、何だって?」
『第三勢力ですよ。恐らくはあなたに話があるんじゃないでしょうか? 垣根さん』
「……俺は話す事なんて無いんだがなぁ」
嘆息をつきつつも辺り一帯を透視で確認する。隠れてる敵も十数人いるようだが、何しに来たんだろうか、と考える。
リーダー格の男が一歩前に出て、見下した態度で話し始める。
「貴様が誰かは知らんが、SMGの者で間違いないな?」
「そうだが、何の用だ? 営業ならアポ取ってから来い」
「違うな。私達は交渉をしに来たのだ」
「何のだ。営業の交渉をしたいならアポを取れと言ってるんだよ」
「違う! 営業では無い、交渉だ!!」
だから何のだよ。と小さく呟く。
このままじゃ堂々巡りになりそうな雰囲気しか無いので、潤也は溜息をつき、携帯で未だ話しながらも男に言う。興奮しているのか、顔は真っ赤だ。
交渉向いてないんじゃねーかなぁ、と潤也が思ったのは仕方がないだろう。
「分かったからその濃い顔を更に濃くするな。で、続きはなんだ。言え」
ぶっちゃけ速くすませろよ。と言外に告げ、男は先を話し出す。
「今、麻帆良中学の生徒達が居る旅館を我々の仲間が包囲している。怪我をさせたく無ければ、超能力者に対する情報を渡せ」
「……八重?」
『既に駆除済みですね。零が捕縛せずに始末しました』
声がでかいので聞こえているだろうと判断したが、予想通りだった。
「零が、ね。あいつ本当に人の言う事聞かねーな。一遍バラしてみるか」
どうにかしてもう少し従順に出来ないもんかな……と溜息を吐く。潤也よりも『王の財宝』が似合いそうで仕方がない。ロボット三原則などどこ吹く風である。
そんな折、ふと視界に何かが入る。
距離が遠い為、よくは見えない。『遠隔透視』を使ってみてみれば、森の中に逃げ込もうとしている千草の姿をとらえた。
ここまでやったら逃がす訳にはいかないよなぁ。と半ば自棄になりつつ、隣へと転移させる。
いきなり視界が変わった事で驚いたのか、何か言おうとする千草に対し、潤也は右手を触れるだけ。スタンガンの要領で電流を流して気絶させたのだ。
もっとも、陰陽師や神鳴流等は唯の雷撃で気絶などしない。それなりに強い電撃を喰らわせる必要がある。
軽く煙り出てるけど多分大丈夫だろ。とたかをくくって、目の前の男をもう一度見た。
「いちおう聞いておくが、何故あの旅館を包囲した?」
「超能力者があの旅館にいると情報が得られたのでな。貴様と取引をする為にこうして用意して来たのだ」
へー、そう。と興味が無い様な返事をする。
(仲間からの連絡は……あ、皆殺しにしたから連絡がいって無いんだっけか)
零が誰か捕縛していれば手早く済ませたのだが、誰も捕まえていない為、捕縛する必要がある。
使う魔法は恐らく西洋魔法。とはいえ、だ──世界最強クラスのフェイトを相手取った直後の潤也にとって、それ以下としか思えない彼らの相手をするのは些か以上にめんどうなものがあり。
特に駆け引きをする必要もないと判断した潤也は、先手必勝とばかりに雷の槍を飛ばして片っ端から気絶させる。
無論、隠れている者たちも軒並み雷撃を浴びせて無力化していく。もはや一つの作業のようにさえ思えるが、殺さない程度には力を抑える必要があるため、意外と神経を使うのだ。
と、まぁそんな訳で右側に倒れている男を見降ろし、千草を引き渡して帰ろうと能力を発動させようとした所で、派手な爆音が耳を貫く。
空気を引き裂く音と共に、空気摩擦によって膨大な熱が発生し、光の尾を引いているそれを見た。
「……おいおい、何で森の中からアレが出てくるんだよ」
そんな事を呟くと、森の中から誰かが焦った様子で出てきた。
「た、助けてくれっ!! ば、化物が──」
何かを言いかけた男は、先ほどと同じ何かによる攻撃で、上半身が吹き飛んだ。
「他愛も無い。この程度か、この組織の連中は」
森の奥、その一撃を放った痕が残っている道を悠然と歩く零。木々はその余波だけで薙ぎ倒され、地面は焼け焦げた直線の痕が残っている。
零は左腕をこちらに向けたまま、焼け焦げた地面など気にする事も無く歩いて来た。
「……お前、何でそれ使ってんだよ。弾数制限があるから無闇に撃つなっつーの」
弾丸もタダじゃねーんだから、と説教を喰らわせ、左腕の状態を見る。
『
零の左腕には携行用のそれが取り付けられており、強力な兵器として使用できる。右腕の『アルファダガー』と違い、弾が必要なので無闇には使えない代物だが。
「こちらの方が都合が良かった。何せ、道を作るのに一々攻撃しなくていいしな」
一本の道を作る為だけにアレを撃った。全く持って無駄遣いもいい所だ。威力にすればどちらも同じ位のモノなのだが、その余波がもたらす惨状は『超電磁砲』の方が大きい。
「一応言っておくがな、味方がいたらどうするつもりだったんだ?」
「味方はお前だけだろう。それ以外は全部敵。そう認識していたが?」
桜咲達と会ってねーだろうな。と冷や汗をたらしながら考える。森の中から現れた所でその桜咲達の存在に気付き、安堵した。
敵か? と呟いて右腕を向ける零を黙らせ、転移して詠春達の近くまで来る。
驚く詠春達を後目に、お辞儀をして挨拶をする潤也。零も空気を読んでそれに倣い、会釈をする。
「直に会うのは始めてですね。SMG社長代行、長谷川潤也と申します」
「近衛詠春です」
形式ばった挨拶をして、早速本題へと入る。
「リョウメンスクナノカミは、どうなりましたか?」
「ああ、アレなら還しましたよ。私は封印なんて事は出来ませんが、恐らく、もう二度とこの世界に現れる事は無いでしょうね」
幻想殺しで触れた所為か、消滅して消えた。何処へ行ったかなんて知る由も無いし興味も無い。
本体だろうと分霊だろうと同じだ。それが異能である限り、あの右手は最大の効果を発揮する。
「よって、封印作業は必要ありません。この辺り含め、隠蔽の手配は?」
「本山は未だ戦闘を続けており、隠蔽にまで気を配るとなるとかなり時間を喰う事になるでしょう」
「なら、こちらで処理してしまっても? こちらが仕事の量を増やしてしまった分もありますからね」
フェイトとの戦闘、零の『超電磁砲』の無駄撃ちetc……。
破壊規模が増えた事だけは間違いないだろう。死体処理もしなくてはならない。その辺りの事は詠春も分かっているらしく、渋々と言った様子ではあるが、承諾した。
直ぐ様八重(瀬流彦)に連絡を入れ、猟犬部隊を動かす。京都内にいる第三勢力の連中は零が粗方殺してしまっている為、放っておいても問題は無いだろう。
既に猟犬部隊が死体処理に動いている。隠蔽も含めて、だ。
「さて、何か質問は?」
「あの白髪の少年は、あなたが倒したのですか?」
詠春が最初に問うたのは、フェイトの事だった。
フェイトを狙う理由は理解出来る。最も厄介な魔法使いにして、最も垣根が知りたがっている情報を持つであろう人物。いの一番に狙うのはむしろ予想通りとも取れるかもしれない。
「ええ。そうですね……あなたなら、聞いていると思いますが。我々の保護に入っている人物の事が」
「……えぇ、聞いています。彼女の事は」
フェイトとの因縁を持つ少女。──アスナのことを考えるなら、確かにフェイトは最も最初に狙うべき「敵」である。そこには詠春も異論は無い。
しかし、やはり気になるのは──どこから彼女の事が漏れたのか。近右衛門もタカミチも、そう簡単に情報を漏らすような真似はしないと信頼しているのだが──
詠春の表情を見て考えている事を悟ったのか、潤也は手早く言う。
「まぁ、それについてはご自分でご一考下さい。さて、其処の君達は何か質問でも?」
「……一つ、良いですか? 何故、御上さんがここに?」
「私は元からこちら側の人間だ。垣根帝督の関係者さ」
ネギの質問に本人が答える。
桜咲は知っていた為、特に驚きは無い。だが、長瀬とネギは驚いている様で、ぽかんとした表情をしている。
関係者と言う事にもだが、性格が普段と違い過ぎる所為と言うのもあるだろう。
「他に無いなら、我々はもう戻りますよ。こいつはともかく、私はまだ仕事があるのでね」
隠蔽、書類など、やるべき事がある為、さっさと移動したく。
千草を引き渡し、倒れている男を掴んで転移した。
移動する直前に、ある能力を発動させて。
●
同時刻、魔法世界。『墓守り人の宮殿』
デュナミスは特に何をするでもなく、本を読んでいた。
静かなひと時を楽しんでいたが、ドタドタと騒がしい音で静寂が破られる。ドアが開けられ、入ってくるのは寝間着姿のフェイトガールズ。
「一体どうした? そんなに慌てて」
本に栞を挟み、閉じて机の上に置く。顔を向けて彼女達を見れば、泣きそうな顔で一枚のカードを見せた。
「こ、これ……フェイト様との仮契約カードなんですけど……」
カードから「称号」「徳性」「方位」「色調」「星辰性」「アーティファクト」が消えている。
仮契約カードがこうなる可能性は一つだけ。つまり──
「──テルティウムが死んだ、と言う事か」
それを告げると、彼女達が必死にせき止めていたであろう涙が頬を伝って落ちていく。全員が悲しそうな顔をして、「どうして……」と小さく呟く。
デュナミスにとって、これは気になる事でもある。
何故なら、造物主の使徒であるアーウェルンクスの一体がやられたと言う事。それだけの実力者は、今までに紅き翼のナギ・スプリングフィールドしかいない。
(ナギ・スプリングフィールドが……? いや、彼は確か……ならば別の者、か。可能性があるのは他の紅き翼の連中だが、クルト・ゲーデルはMM元老院から離れておらず、タカミチはほんの二日前に『悠久の翼』として魔法世界に来ていた。戻るには時間が足りない。近衛詠春はもう歳だ。テルティウムには恐らく敵わぬ筈。アルビレオ・イマは行方不明。ジャック・ラカンは魔法世界から出られない。となれば──)
垣根提督。テルティウムにも告げていた要注意人物のリストの一人だ。
可能性からすれば、会長である湊啓太の方も視野に入れる必要がある。テルティウムを倒せるだけの実力者、どこで、誰にやられたのか。
『黄昏の姫御子』と繋がっていればいいのだが、其処まで話は上手くは無いだろう。と思考し、更に思案する。
(実力は不明、超能力と言う力そのものも不明。最悪だな。テルティウムめ、私の様に逃げに徹しようとせんからだ)
デュナミス自身、死んだふりで生き延びた為、それより実力が高いであろうフェイトならば逃げる事も簡単だろうと思った。
(もしくは、逃げる事さえ叶わぬほどの実力差があったか。後者ならば厄介だな。死んだふりでどうにかできればいいが)
この期に及んで未だに死んだふりを続けるつもりらしい。
それは置いておくとしても、これは無視出来ない重大な出来事であると言う事は、デュナミスも正しく認識している。
(……ともかく、調べる必要がある。原因を探れば、何かしらの糸口が掴めるかも知れん)
当然ながら敵にばれる訳にもいかない。徹底的にこちらの情報を断った状態で、敵の情報を探る。簡単なことではないが、もしフェイトの正体を知っての戦闘だとすれば、鍵である『黄昏の姫御子』への糸口となり得る可能性も存在する。
もちろん、可能性は存在するだけであって低いのだが。
(……調べる価値はある、か?)
どこかでばれて、フェイトを倒した誰かと戦闘になる可能性もある。念の為にアーウェルンクスシリーズを起動させておくべきか、と思うが、方法が無い。
アレは造物主の力を持ってして生み出せる人形だ。唯の作られた人形でしかないデュナミスには、多少の調整は出来ても作り出す事は出来ない。
だが、だ。
(念の為、と言う事で用意していた物があった筈……我が主の力を一時的に入れ込んだ宝石を使えば、起動できる筈だ)
取りあえず、情報を探る事から始めるか。と呟いた。