第四十八話:尋問
朝倉は皆に魔法についての説明をしていた。
魔法、魔法使い、ネギ、オコジョ。知っている事は全て話したが、それら朝倉の持つ知識は全て、ネギを通じて手に入れた情報に過ぎない。
あまりにも断片的すぎる。綾瀬はそう思っていた。
とはいえ、これ以上は望むべくも無い。情報源が朝倉しかいない以上は、黙って話を聞いておくだけだ。
時折聞こえる小さな爆発音。結界などを張って安全を約束されてはいるが、本当に大丈夫なのか疑問はある。
当然だ。今の今まで『魔法』などと言うファンタジーなモノは知ってすらいなかった。科学が当然のこのご時世、誰が真面目な顔をして『魔法が存在する』などと言えようか。
いや、仮に言ったとしても、それは一笑を買うだけで誰も真面目に取り組むなどあり得ない。
だが、今は違う。
目の前で、本物の魔法を行使している者たちがいる。正確に言えば、陰陽道と呼ばれる類だろうか、と今まで読んだ本の知識を使って考えてみる。
──日本には昔から陰陽師がいて、陰陽道が使えると言うのは結構メジャーな部類の話です。しかし近衛さんがその一番偉い人の子供だったとは……。
そんな考えを頭の中で反復させる。驚きは隠しきれない。
早乙女は顔を輝かせるように聞き入り、何やら考えている様なそぶりを時折見せる。何やら怪しい事を考えている様でいやな予感しかしないのは、もはやお約束だろう。
それに対し、宮崎は終始聞き入った様に静かで……というか、完全に聞き入っていたのだろう、集中しているのが隣にいるだけで分かるほどだ。
古菲はちゃんと理解できているかは分からないが、真剣な顔をして聞いている事は分かる。
人を救う為に魔法を使う。素晴らしいと思うと同時に──もっと知りたい、とも思った。
魔法。その甘美なるモノは、内包する危険性など度外視して、唯知りたいという欲求のみが湧きあがる。
唯の一般人であったならば知りえなかった存在。かつて誰でも憧れたであろう非日常へのチケット。それが、正に存在して、その使い手までが存在している。
ここまで知っておきながら、朝倉は何故話さなかったのか。理由を知ったとしても、頭では分かっているつもりでも──ずるい、と思ってしまった。
こんな面白そうな事を何故教えてくれなかったのか。朝倉の性格ならば直ぐにでもクラスどころか学園中に広めそうではある。ネギに迷惑がかかると聞き、それはのどかが望む事では無いと自分自身に言い聞かせる。
「……と、まぁ私が知ってるのはここまでかな」
随分と長い時間だった気がする。実際の時間は一時間にも満たないが、その濃度は正に一時間では収まっていないようにさえ思えた。
「では、昨夜のアレもネギ先生の仮契約、と言うモノをする為のものだったですね?」
「そうなるね。でもまー結果的に失敗しちゃったし、ある意味失敗して良かったとさえ思ってるし」
全員がハテナマークを頭の上に浮かべる。説明してよ、と早乙女が言い、朝倉はあまり思い出したくないとばかりに顔をしかめて話す。
「えーとね……実は、警告されてるんだよねぇ」
「警告? 誰に?」
「知らない。でもまぁ、仮契約してたら危険な目に会ってたかもしれないからさ、ある意味運が良かったんじゃない?」
「危険な目にあってたって……どういう事?」
聞き捨てならないとばかりに顔を近づけて聞きだそうとする早乙女。朝倉は落ち着かせながら話を続ける。
「さっき説明したと思うけど、ネギ君のお父さんは魔法使い達の中じゃ結構有名なのよね。英雄って呼ばれてるらしいし。でも、私に警告した奴曰く、『英雄の息子は敵が多い。狙われたらどうする気だ』って言われちゃったのよ。
どうするって言われても、私は知らなかった訳だし。だから多分態々警告しに来たんだと思うけど……流石に私も、お金の為にクラスメイト売るような真似はしたくないしね」
危険性を知っていれば、それなりの対処をする。ある程度はちゃんと常識を持っているのだ。ただテンションが異常で、時たま暴走するだけで。
暴走の頻度もまた、異常なくらいに高いが。
「だから、知っていても知らない振りが常道だと思うよ。あんまり深くかかわると、それこそ命にかかわるかもしれないしね」
流石に死ぬのは嫌だし。と続ける。
ネギを信用して、仮契約しても守って貰えるだろうと思っていた。その考えを打ち消したのが、この本山での出来事だ。
あまりにも印象が強過ぎる出来事。月下の夜空で刃をぶつけ合う二人をみて、ネギを見て、この世界が危険過ぎると半ば本能的に察した。
そう言う意味で言えば、ある意味このメンバーが本山に来たのは正解だったのかもしれない。何も知らず、危険など考えずにネギの従者となっていれば、狙われ、利用され、殺される可能性があったのだから。
自身の眼で、何の脚色も無く、偽りも無く、真実を見た。だからこそ朝倉は、話した上でも関係者にならない方が良いと全員に言う。
「……でも、その世界には、きっと強い奴が沢山いるアル」
「……戦ってみたいとか、考えてる? 止めておいた方が良いと思うよ。私に警告した奴、デコピンで私をふっ飛ばしたし」
『え……?』
全員が一斉に眼を見開く。驚きに染まって、宮崎など口が半開きになっている程。
「……デコピンで、人一人をふっ飛ばしたアルか?」
「うん、吹っ飛ばされたね。アレも魔法なのかな」
魔法のまの字も知らないゆえに、魔法を知ったばかりの一般人とは何でも出来ると思いがちだ。だからこそ、アレも魔法だと勘違いした。
「そんなことも出来るアルか……」
より強い者と戦う事を目標にしている古菲にとって、魔法使い側の人間は魅力的だ。魔力強化をすれば筋力や反射神経を補う事が出来、武術があまり出来なくても、並大抵の人間はスペック差で押さえつけられる。
純粋な武術勝負をしたい、と言うのならばまた話は変わるのだが。
「桜咲さんとか、その筆頭じゃ無い? 麻帆良四天王の内、二人は最低でも魔法関係者って事になるね。長瀬さんは違ったっぽいけど」
桜咲の会話を聞く限りでは、長瀬は魔法関係者では無く、忍として仕事を受けると言う事だった。魔法関係者は気だの魔力だのと不思議な力を使うらしいが、長瀬は気を使う、と聞き。
「と言う事は、麻帆良四天王の内、古菲以外はそう言った力が使えるって事?」
「マジアルか……」
道理で楓に勝てない筈アル。と古菲は納得する。戦った事も殆ど無いのだが、数少ない手合わせした時も、本気でやっているとは思えなかった印象がある。
そんな事を考えていると、唐突に扉が開けられる。
後ろを向いていた早乙女はビックリした様子で後ろを振り向き、其処に立つ人物を見た。
「まだ眠っていなかったんですね」
ネギだ。疲労感を残した顔で、隣に立つ桜咲と共に部屋の中に入る。桜咲の腕の中には木乃香が眠っている。
「木乃香、無事だったんだね。良かった」
「桜咲さん達が連れ戻したですか?」
「……いえ。実際には私達ではありません。私達の味方が救出しました」
言葉に詰まるが、絞り出すようにして答える。実際、味方の様に思っても大丈夫だろうと判断したのだ。
木乃香を布団の上にそっと寝かせ、ネギは朝倉にどこまで話したかを聞く。
「うん。まぁ私が知ってる事は全部話したよ?」
となると、僕が教えた事は大体全部ですね、とネギは小さく呟く。
「本当なら、貴女達の記憶を消さなくてはならないのですがね」
声が発されたのはネギの後ろから。そこには詠春がいた。屋敷の防衛は突破される事無く保っており、戦力が減った現状では過激派が結界を超える事はもうないだろう。
かと言って、油断する訳にもいかないのだが。
「記憶を消す……って、どういう事ですか!?」
「どういう事も何も、魔法関係の事は一般人が知れば記憶を操作して消さなくてはならないのですよ。今後巻き込まれない為にも、ね」
魔法は秘匿されるものである。ネギは朝倉に頼み込んで黙って貰っていたらしく、話して無い事を忘れていたようである。
「それに関してはネギ君が責任を負うと言う事で話はつきましたが」
この事に関しては、関西は何も言わない。
抗争に巻き込んだ責任はあるが、全員無事で尚且つネギが自分で責任を負うと言ったのだ。余計な手間をかけずに済み、人手が足りない状況の関西としてはありがたい。
「ではみなさん、時間が時間ですし、そろそろ休んだ方が良いですよ」
龍宮と長瀬に関しては別室で報償の話をしている。それが済み次第休んで貰うつもりだ。
──長い夜は、終わった。
●
「零、お前は先に戻ってろ」
「何故だ?」
「分かり切った事聞いてんじゃねぇよバカ。お前のやった事の後始末と情報を聞きだす必要があるからだ。後お前ペナルティな」
「何故だ。私は仕事はちゃんとやっただろう」
「お前アレで仕事ちゃんとやったって言えると思ってんのか。捕まえろって言ったのに皆殺しにしやがって。死体処理も楽じゃねぇんだよ。情報聞きそびれてるしな」
バイクに乗って移動している二人は、ヘルメットに内蔵されているマイクを通して会話を続けている。
潤也の声は不機嫌そのものであり、仕事が山積みだと溜息を吐く。
「第一優先の命令はあの二人の身の安全だろう?」
「だからってなお前。そう簡単にあれを使ってんじゃねぇよ。分かってるだろ? かなり派手なんだぜ。隠蔽する方の身になれってんだよ」
「こういう兵器を付けたのはお前だろう。もっと捕縛に使える様な装備を付けておくべきだったな」
この野郎……、と額に青筋を浮かべながら零を見た。当の本人は素知らぬ顔で前を見ている。
「っと、中に転移させるから、後は戻って護衛の続きだ」
旅館の前、三日目の夜だと言うのに未だ衰えを知らぬ3-Aのテンションに辟易しながら潤也は言った。
バイクの音を出来る限り小さくして、『王の財宝』の中へとバイクを収納する。
「お前がいなかった間の情報操作は?」
「八重に一任してる。問題は無い筈だ。と言うかこれ以上は問題あっても持ってくんな、面倒臭い」
今の仕事量だけでも十分突貫の徹夜作業だ。時計を見れば既に夜中の三時を回っている。実質六時くらいまでには戻っている必要がある為、タイムリミットは三時間。
あの二人は流石に寝てるだろう、と思考する。
「全く、軽く思考を見ただけでも、俺達に恨みがある連中ばかりだったみたいだし、根元はどれだけ深いんだか。怨返しはいらねーっつの」
「一人でぶつくさ言ってるんじゃない。早く転移させて仕事に戻ったほうが良いんじゃないか?」
「分かってる。つーか誰のせいで仕事が増えたと思ってんだか」
零を転移させ、一人になった所で移動を開始する。強烈な脚力で夜の京都を駆け抜け、付いた場所には少し大きめの一軒家。
京都に用意した隠れ家。SMGの拠点の一つだ。姿は当然垣根の姿に変えており、服装もそれなりのものへと着替えている。本来、長谷川潤也の名は余り広めるべきではないのだが──垣根帝督が出張ってまでやることではない。かと言って他人の姿を使うのも、それはそれで面倒事の種になりかねない。余り高い立場の身代わりを何人も用意するのは不都合も多い。
それはともかくとして──この隠れ家は見た目こそ普通だが、地下に大量の部屋と機械類が置いてあり、いざという時の備えもしてある。
その一室。
扉を開け、中を見る。地下の為に月明かりも星明かりも無く、うす暗い四方を壁で囲まれた部屋。その中央には、何の枷も無く一人の男が座っていた。
ここから出ようと言う様子も無く、意気消沈していると言う訳でも無く。眼からはハイライトが消えており、意識があるようにさえ思えない。
捕縛した際、潤也が洗脳して置いたのだ。態々思考を読み取って自分で全部聞きだすより、そっちの方がはるかに効率が良い。
無論の事、精神攻撃に対する防壁は張ってあったが、大したものでは無かった。
「おい、必要な事は全部聞きだしたのか?」
近くにいる猟犬部隊の一人に話しかける。話しかけられた男は恐縮した様子で資料を渡してくる。
潤也はそれを軽くめくり、中身の情報を確認していく。
作戦規模、計画の発案者、超能力者に関する情報源、バックの組織etc……。
そして、気になる単語を見つける。
『神を我らが手に』
(……こいつは、確か)
柊。グループのリーダーが提出した報告書にも上がっていた。詳しい事を聞きだすと、
「作戦名、と言うよりも、味方かどうかを確かめる仲間内の暗号の様な物だそうです」
バックについている組織が宗教組織と言う事も関係しているのだろう。聞きだした事も随分と宗教じみている。
声紋を魔法的に読み取り、喉の奥にとある魔法がかけてるか確かめるものらしい。この単語を発した時にしかこの魔法は発動せず、喉の奥ならば探られる事も少ないと踏んでの事だろう。
「超能力は神に反逆する異端の力、ね」
「馬鹿馬鹿しいですよね。科学的に手に入る力を、よりにもよってオカルトを扱う魔法使いが異端扱いするなんて」
「……まぁ、
原石に関していえば、SMGでも正確な方法は分かっていない。
どれだけ研究しようとも、それが余計に謎を深めているようにしか思えないのだ。
「ま、そっちはどうでもいい。問題は規模。こいつ等、どれだけ集めてるんだか」
ヨーロッパの魔法組織に手当たり次第連絡を付けたらしい。良い返事が返ってきたかは知らないが。
情報を引き出した男が其処まで知らなかった、と言う事だろう。ある程度の立場にいたおかげで必要な事は聞き出せたが、後一歩足りない。
「……やはり、一度攻めるべきか?」
だが、下手をすれば戦争になる可能性を秘めている。ここまで規模がでかくなっていているとすれば、欧州の魔法協会も黙ってはいない筈だ
連合の後ろ盾が無い組織も多い。
予想以上に規模が大き過ぎる。少し敵が多過ぎるのが問題だ。
「協会を味方につけた方が速い、か」
EU連合の資金や大企業の資本を元にして、欧州の魔法協会と言うモノは動いている。其処へ介入してやれば、多少影響を与える事は難しくない。
とはいえ、組織に離反してなおSMGと戦争をやらかそうとする者がいる可能性は捨てきれないし、魔法協会がSMGの傀儡と分かれば従う者がいなくなるだろう。
行き過ぎず、退き過ぎず。中途半端な状態がベストだ。魔法協会が内々で処理してくれれば、こちらが手を出さなくても済む。後押しをするだけで、余計な起爆剤は用意しない。
こうなると、立場も重要になってくる。科学側であるSMGがオカルト側である魔法協会の事に口出しをする事は好ましくない。故に、一任する必要がある。
一任すると言う事は、その組織を信用すると言う事。となれば、協定を結ぶ方が速いか、と潤也は考える。
関東のように日本と言う小さい国ですら魔法組織を統一出来ない連中と違い、欧州の魔法協会は協定を結ぶだけの価値がある。それは良い。
問題は、あちら側が何を条件に協定を結ぼうとしてくるか、だ。
流石に超能力の秘密等と言う事はあるまい。それはSMGの秘密をばらすと言う事であり、超能力者が外部でも生まれる事を示す。それはこちらが許さない。絶対に譲歩してはならない一線だ。
となると、資金提供と隠蔽の助力、と言う所が妥当か。魔法バレの危機感はどこも同じだ。隠蔽するための人出は多ければ多いほどいい。
更に言えば、世界的に影響力のあるSMGが助力をする事によって、今まで魔法だけで済ませてきた事を科学で補えると言う事でもある。
情報伝達、敵対した組織に対する追跡者。戦力としても多少使えるよう言えば、十分な筈だ。
多少低く見積もっても、それなりに利益は出るだろう。
何せ、こちらの武装にかける費用は少なくできるだろうし、ある程度グレードを落とした科学製品を売り込む事も難しくない。買うかどうかは別問題だが。
「……まぁ、後で考えようかね」
別の部屋で書類作業をする必要がある為、深くため息をつきながらも歩き始めた。資料は渡した男へ返し、もっと情報を聞き出せないか調べる様に命令。
死体処理、情報操作、破壊の隠蔽等の書類が置いてあるであろう扉を開け、中の書類の量を見て、また溜息を吐く。
……これ、二時間ちょっとで終わるかなぁ……。
大量の書類を前に、現実逃避をしたくなった。