第五十話:修学旅行最終日
修学旅行五日目。今日は午前中の内に新幹線に乗り、麻帆良へと帰る手筈になっている。
駅に集まり、整列させて並ぶ麻帆良女子中と男子中の生徒。二つとも疲れ切った様な空気が流れているが、その中でも3-Aと3-Wのテンションは初日と変わらずハイだった。
「ハーイ、皆さん。この後、私達は午前中の内に麻帆良学園に到着。その後は学園駅にて各自解散となりまーす」
男子中の方からいろんな眼差しが送られている源先生。興味無さそうに半分寝ながら見ている潤也は、早く帰りたい、と心の内を小さく吐露していた。
「皆さーん、修学旅行は楽しかったですかー?」
その言葉に各自反応し、イエー! やら、おーッ! とかいう声が其処彼処から聞こえる。
千雨はこの状況を見て「だから幼稚園かっつー……」と、心の内を小さく吐露していた。
千雨と潤也は同時に互いが居るであろう場所を見て、視線を交わし、意志の疎通をして肩をすくめあった。何とも意思の伝達が速い兄妹である。
アスナは木乃香と話しているが、一応アスナは魔法関係の事は知らない事になっているので、昨日どこにいたの? と聞かれても、実家に帰ってたんや、と返すだけで詳しい事は何も話さない。
一応潤也にもその辺りの事は情報が入ってきている。
新幹線に乗り込みつつ、今朝早朝に伝えられた情報を頭の中で繰り返す。
木乃香は陰陽術を習う事になった。関西の跡継ぎ候補が西洋魔法を覚える事はやはり駄目だろうとの事で、講師として鴉部隊の佐久間と呼ばれる男が麻帆良へ行く事になる。
桜咲と兼任で護衛もして、関東と関西との情報のやり取りをする事になっている。いわゆる大使の様なものだ。
木乃香と桜咲の不仲は治ったらしく、翼の事も隠さず話し、仲を取り持つ事が出来た、と詠春は若干声が上擦りつつ入っていた。
……と、まぁここまでが麻帆良にいる近右衛門の下に入った情報で、そこから『
随分と手際が良いが、鴉部隊が手をまわしていたようだ。かねてから木乃香に陰陽術を教えると言う事は、関西の中で度々議題に上がってはいたらしい。
準備は既に出来ていた、という事だろう。
ネギはナギの別荘を案内され、何やら手に入れてるみたいだなぁ、と潤也は他人事の様に……というか、実際他人事なのだが……思っている。
座席に座り、アイマスクをして睡眠準備。さぁ、後は寝るだけだと思っていた最中、行きの新幹線と同じ様にまたもアイマスクを剥がされる。
「何だ何だよ何ですかぁ? 俺には安眠妨害の呪いでもかかってんのか?」
自分で言っておいて何だが、無いわーと思ってしまう潤也。
「何だよそれ。黒子的なアレか? あの四次ランサーの魔性の黒子なら俺は大歓迎だがな!」
「はいはい。魚の骨でも喉に詰まらせてろ」
椙咲を適当にあしらってアイマスクを取りかえし、さぁ寝ようとした所でまた剥がされる。
「だから何で取るんだよ。今回はトランプも出してねぇみたいだし」
「トランプは出して無いが、麻雀なら有るぞ?」
何でだよ、と突っ込む潤也。むしろそっちのほうが違和感があるよな、とは護の談。
「鳥の骨でも喉に詰まらせてろ」
「致命的!」
またも同じ様にアイマスクを取り返し、一度睨みつけてから寝る態勢に入る。
だがまぁ、繰り返しネタは三度までと相場は決まっており、それを分かっている椙咲は当然ながら潤也のアイマスクは奪い取った。
そろそろ本気でイラついて来たから殴って良いか? と問う潤也。アイマスクを取った椙咲は拒絶の意を示す。
だが、知った事かとばかりに拳骨をかまして、椙咲の意識を強制的にスリープモードへ移行させる。頭から煙が上がっているのは最早お約束だろう。
「人の骨でも喉に詰まらせてろ」
白純先輩!? と突っ込む護を無視し、睡眠を取り始める潤也。四日目夜は十分な睡眠を取れたが、ぶっちゃけ疲れが溜まっているので一日ちゃんと寝た位では疲れを取り切れなかったらしい。
というか、白純先輩は噛み砕くから喉に詰まらせる事なんて無いだろう。と思いつつ、睡魔に身をゆだねる。
●
肩を揺さぶられ、何だと言わんばかりにアイマスクをずらして揺さぶった奴を見る。
「おい、長谷川。もうすぐ着くぞ、起きろ」
欠伸を噛み殺しつつ、席に座り直して起こして来た魔義流先生を見る。
「どーも、先生。他の奴等は?」
「まだ寝ている。手伝ってくれ、その為に一番早く起きそうなお前を起こしたんだ」
人使い荒いですねー、と棒読みで言いつつ、シャットダウン気味の椙咲を能力で強制覚醒させる。
バチッ、と音がするが、静電気レベルだし椙咲だから大丈夫だろ。と判断し、続けて護と濱面を普通に起こす。相変わらず椙咲の扱いはこんなものである。
各々降りる準備を整え、駅に着いた段階で既に全員準備万端だった。
人数が多い為、手早くドアから降りていく生徒達。中には欠伸を噛み殺している者やおしゃべりしている生徒もいる。
駅に着いた時点で既に各自解散となっている為、午後からは丸々休みになる。新幹線の中で寝て充電し、さぁ遊ぶぞー! と意気込んでいる連中もちらほらといる様だ。
点呼を済ませ、どうしようかと悩んでいる千雨達へと潤也が近づいてくる。
「どうした、潤也」
「いや、疲れてるだろうし、荷物持ちぐらいならやってやろうと思ってさ」
後ついでもあるけど、それはまぁいいや、と言って千雨の荷物を持ち始める。いつも通りの行動なので、3-Aでは最早気にされる事さえ少ない。
「ほれ、アスナも荷物貸せ。持って行ってやるから」
「私の分は?」
「お前は自分で持っていけ」
零の言葉に若干イラッとしつつも、アスナの荷物を背負う。ベクトル操作をすれば重さなんて無いも同然であり。
木乃香も潤也に荷物運びを頼み、桜咲は遠慮する。一昨日の一戦を間近で見て、印象が変わらない事など無い。多少なり桜咲の中で潤也に対する評価などが変わっている事だろう。
両手一杯に荷物を持つ形となった潤也は、電車に乗って寮まで移動する事になる。
「……で、ついでとは何の事だ?」
「お前の事だよ阿呆。後でウチに来い。いろいろとやる事があるから」
設定変更や使用された武装の調整、メンテナンスなど、やるべき事は幾らでもある。ほったらかしにしても良いが、いざという時困るのは潤也なのでやれる時にやっておくのが最善だ。
どの道メンテナンスを行うのは『窓の無いビル』なので、持っていく物は何一つ無い。必要な物は全部揃っているのだし。
こいつのペナルティどうすっかなぁ……とぼんやり考えつつ、駅から女子寮まで歩く。
「木乃香、今回は休みね?」
「そうやね。ウチも疲れたし、今日位食堂行ってもええやろ」
「夕飯の話にはちょっと早い気がするが?」
アスナと木乃香の会話に介入してみる潤也。千雨は携帯を弄っており、話す相手が他に居ないのだ。零は論外。
休みって言ってるあたり、何かやってんの? と問う潤也。
それに対し、アスナは悪戯っぽく笑って、
「今はまだ内緒だよ」
と、言う。隠し事かよー、とデフォルメされた様な雰囲気を出しつつ、文句を言う。文句を言うと言っても、非難している様な雰囲気はどこにもない。
恋人同士のやり取りに近いんかなぁ、と木乃香は考える。千雨は携帯を操作しつつ、チラチラとアスナと話す潤也の方を見る。
そうこうしている内に女子寮前に着き、寮監が出迎えてくれた。
「おかえり。長谷川、神楽坂、近衛、桜咲、御上」
寮に住む全員の名前覚えてるのか、それとも3-Aが有名だから覚えているのかは知らないが、寮監は五人の名を呼ぶ。
最近転校して来たのに、よく零の名前覚えてるなぁ。と感心する潤也。実際、覚えていなくてもおかしくは無い筈だが。
「長谷川兄は荷物持ちか? 妹思いだな。妹のクラスメイトの分まで荷物を持つとは、噂と違って意外とフェミニストなのか?」
「いえいえ、そんな事は無いですよー」
若干棒読みになりつつ、答える。この人、桜咲と龍宮を同時にノックアウト出来るので逆らったりはしない方が賢明である。規則を破ったりした場合等を除けば、良い人ではあるのだが。
「というか、噂ってなんすか」
「ん? 長谷川兄は長谷川妹を溺愛しているので他の女性には振り向かない、と言った噂だな。女子寮では割と広まっているぞ」
マジすか……と呟く。特に問題は無い(しかも特に間違ってもいない)ので放っておくのは放っておく。
唯、一つ訂正するとすれば。
「別に妹溺愛してるからって、他の女に振り向かない訳じゃないですけどね。妹が相手じゃ結婚とか出来ないですし」
「……割と普通の思考回路してるんだな。特にこうやって会話した事も無かったから、印象が変わるよ」
そりゃどーも、と返し、寮の中へ足を踏み入れる。
というか、ああいう風に返されると言う事はつまり、ぶっ飛んだ思考回路してると思われてたんだろうか、と若干ショックを受ける。
が、気にしない。まぁいいや、と開き直る事にしたのだ。
寮監との会話をキッチリ聞き逃さなかった千雨とアスナ。勝機はある、と意気込むアスナといろいろと複雑そうに潤也を見る千雨。
一歩離れた場所では木乃香と桜咲がその様子を見守っている。
その後、寮の部屋へと全員の荷物を運び込み、片付けて一息つく。買って来たばかりの生八つ橋をパクつきながら今後の予定を確認。
潤也としては、一端部屋に戻って荷物を置き、零のメンテナンス等を行いたい所だ。アスナ達にしても修学旅行の直後に遊ぶ気にはならないようで、ゆっくりすると言っている。
「じゃ、零。後の予定忘れんなよ」
「分かってるわよ」
木乃香と桜咲が居る為、口調を変えて対応する零。
潤也が部屋から出ていき、帰った所で木乃香が口を開いた。
「なぁなぁ、零ちゃんって潤也君と知り合いなん?」
さっきの会話などを見る限り、どう見ても知り合いとしか思えない。修学旅行の時も大分砕けた話し方をしていた事を思い出した木乃香は、これを期に聞いてみる事にした。
「まぁ、知らない仲じゃないわよ。ちょっと前に知り合って、そのまま仲良くなっただけだし」
素直に「潤也が作ったから」と言えればいいのだが、木乃香の中では潤也はまだ一般人のカテゴリだ。迂闊に話す訳にもいかない。
桜咲は正体を知っているが、特に何も言わない。理由は同上である。後は余計な事を話せば何かしら被害を受けるだろうから、というのもあるだろう。
「へ〜。潤也君と仲良くなぁ……アスナ、ライバルの出現やで?」
「ああ、私は別に彼に対してそう言う感情は抱いて無いわよ。修羅場なんて勘弁だし」
木乃香がアスナへ言った事に対し、否定の意を述べる。そもそも好き嫌いが有るのかも疑問ではあるのだが。
アスナもその辺りが分かっているので、苦笑いしつつ返す。
この分だと今日は五人でガールズトークか、と千雨は小さく呟き、お茶を飲む。
●
数刻後、『窓の無いビル』内部。
ガチャガチャと工具をあさくり、部分ごとに分けて整備や摩耗などの状態をチェックしている。
零の電源は落としてあり、其処にあるのは唯の機械の塊でしか無い。
「あーあ。やっぱレールガンは無理があったか? 見ろよ八重、弾丸を発射する際の熱で若干焦げてるぜ」
本来ならば、腕に収まる様な大きさでレールガンを放てる筈がないのだ。出来ない事は無いのだろうが、威力を抑える必要がある。それを無理して威力を高めたうえで腕に収めたものだから、無理が生じて内側が焦げている。
数発撃っただけでこの有様だ。アレ以上撃たせてたら腕が吹っ飛んでたかもな、と呟く。
「興味本位で付けるからじゃないですか。威力はありますけど、それなら右腕の奴で十分カバーできるでしょう?」
潤也の隣で同じ様に工具を使って解体し、整備をしている瀬流彦。一応自分の分の教職としての仕事は終わらせて来ているので文句は言われない筈である。
ちなみに、彼に出来るのはあくまで表面部分の解体だけで、あまり深い部分までやる事は出来ない。
元々機械工学の知識が少ないのもそうだが、零は特別複雑だ。潤也以外の人間が触っても壊す以外の結果は無い。
……茶々丸を作った葉加瀬や超ならば、出来ない事は無いのだろうが。
潤也は右手に持った、弾丸を打ち出す際に焦げたのであろう部品を見る。
「……未元物質で作ったほうが良いかもな」
「其処までレールガンに拘りますか。単純に近接戦闘用の兵器を用意した方がいいのでは?」
「そうだな。未元物質で鍛えた『新物質』だけじゃ、不安もある」
頑丈なナイフを持たせて、扱い方を『
銃は一応持たせてあるが、近距離で有利かと言えば微妙な所だ。龍宮ほどの使い手ならばともかく、零ではそんな真似は出来ない。
「……格闘術位は覚えさせておくか。適当にピックアップして……メジャーな所で空手、柔道、中国拳法、ムエタイかね」
「梁山泊に弟子入りでもさせたいんですか」
「いや、そう言う訳じゃねーけど……ぱっと思いつくのはこれ位なんだよな。後はボクシングとかテコンドーとかカポエラとかか?」
虚刀流とか七夜の体術とかは動き分かんねーしなぁ。と思いつつ、適当に上げていく。
単純な話、体制を崩せれば相手を押さえつける事は可能だろう。なら、ありったけの情報を入れておけば問題は無い。
そう判断し、分解した零を組み直していく。
レールガンは廃止。代わりに強度を増し、新物質を右腕に比べて若干厚めにしておく。変形させればナイフの代わりになるし、落とす事も無い。
後は人工頭脳に細工を施し、相手を殺す前に捕縛する事を最優先とする。例外はあるが。後、他にもいろいろ細工をした。
「……まぁ、こんなもんかなぁ」
「そうですね。あまりやり過ぎると言うのもアレですし、そもそもこの時点で僕勝てませんし」
「反逆の意思を見せようと思うなよ」
「思いませんよ。僕はあなたの部下であり、手足ですから」
手足は脳に逆らわない。そう言いたいらしい。
その言葉に軽く笑みを浮かべ、椅子に座り直す。
「ま、しばらくは傍観だ。各国の魔法協会や敵の動きを見落とすなよ。……それと、超の動きもな」
「了解しました」
●
同時刻。某国某所。
「……ふむ。ここが旧世界か」
デュナミスはその仮面の下で小さく笑いながら、地図を見て場所を確認する。
フェイトの任務は英雄の息子の実力判断と近衛詠春が長を務める関西のスパイ。そして、タカミチが務める麻帆良学園周辺に対して『黄昏の姫御子』の情報を集めていた。
ガトウと一緒にいた事は分かっているが、その後どうなったかは分かっていない。弟子であるタカミチの周辺に『姫御子』が居る可能性は高いと考え、探らせていた訳だが、死亡。
まずは関西周辺から探ってみようと思うデュナミス。
「フェイト様を殺した敵を殺す。フェイト様を殺した敵を殺す。フェイト様を殺した敵を殺す」
隣では
その後ろでは、焔と同じく見た目が人間と言う事で選ばれ、焔と同じ仮の肉体でこちらへ来ている栞。
「殺して解して並べて揃えて晒してやる。殺して解して並べて揃えて晒してやる。殺して解して並べて揃えて晒してやる」
「……いろいろミスったかも知れんなぁ」
溜息をつきつつも、一歩目を踏み出すデュナミスであった。