魔法を超えた科学 第五十二話:休日・後篇
自室のドアを開け、部屋の中へと入る。中はある程度は片付いているものの、爆睡している椙咲、護、濱面の三人が動く度にテーブルから何かが落ちている。コップも置いてあるが、中身は入っていない様なので放置。
部屋の中央にテーブルは置いてあり、今は電源が落ちているテレビの横にはPS2。ソフトは格ゲーらしいが、よくは知らない。だって俺やらないからね。
つーかこいつ等、マジで夜通しで格ゲー大会してたのか。元気あり余り過ぎだろ。
ゴミを片付け、散らかっていた室内を多少見栄え良くする。寝てる三人は……放っておくか。面倒臭い。
「……あごぁ!」
鈍い音がしたと思ってそちらを向いてみれば、椙咲が寝ぼけて護にアッパーカットを喰らわせていた。
おかげで目が覚めたのだろう、護はのそのそと動きながら目を開け、起き上がる。
頭を掻きながら辺りを見渡し、大きく欠伸をして立ち上がる。そして俺の方を向き、
「……あれ? 潤也、いつ帰って来たんだ?」
「お前が寝てる間だよ。取りあえず、残りの二人も起こそうぜ。このままここで寝たら邪魔だし」
「気にする事無いと思うけどな……誰か来るのか?」
「千雨が来る」
「よーし、お前ら起きやがれ!」
一言告げただけでこの変わり様。護め、千雨の事をまだ諦めていなかったのか。ウチの妹が欲しくば俺を倒していけ、とでも言いたいが、多分そんな心配はいらないと思う。
だって護ってヘタレだし。告白とか出来ねぇと思う。
まぁそれは一旦置いといて。
「じゃ、俺コーヒー買ってくるわ」
「待て潤也。俺の飯もついでに買って来てくれ。こいつ等起こして部屋に戻して置くから……と言っても、濱面はこの部屋なんだが」
「ベッドで寝させろ。そしてお前はTKG(卵かけご飯)でも喰ってろ」
「せめてもうちょっと何とかなりませんかねぇ!?」
なら御茶漬けでいいだろ、と思いながら護の一言を無視し、コンビニへとコーヒーを買いに行く。こんな時に限ってコーヒー豆も切れてるんだもんなぁ。やっぱり予備は常に用意しておくべきだと思う。
使い切ったのは多分護たちなんだろうけど。昨日まではあったから、起きておくために飲みまくったのだろうと予測。間違ってはいないと思うが、これなら俺が行く必要無くね? むしろ護に行かせればよかったかなぁ、と若干後悔した。
コンビニは既に近く、今更なので諦めて缶コーヒーを購入。次々にかごに缶コーヒーを入れる俺を見て、若干店員が引いていたのは見間違いでは無いと思う。いい加減慣れようよ、何度目だと思ってるんだ、店員A。
激しくどうでもいいので、一旦思考を放棄。
ゴールデンウィークはどうやって過ごそうかなぁ、と思いつつ、寮の自室へと足を運ぶ。
ドアを開けて中を見ると、濱面と護が千雨の前で正座していた。
数秒の沈黙。
一旦ドアを閉め、深呼吸。何で? これどういう状況? 意味不明なんですけど?
若干パニックになりつつ、再度ドアを開けて中を見る。
「何してんだ? 速く入れよ」
千雨が普段と同じ様に接してきた。が、やはり後ろには正座した状態の護と濱面。状況が不明過ぎてなんか嫌な汗をかき始めた。
取りあえずはコーヒーと適当に買って来たつまみを冷蔵庫やら何やらに入れ、千雨の前まで来る。
「さて潤也。聞きたい事があるんだが、いいか?」
「バッチ来い!」
「うん。何でそんな返事したのかは意味が分からねーけど、これ、何?」
そう言って千雨は俺に一枚のカードを見せる。全体的にピンクで装飾され、所々を黒でアレンジされた一枚のカード。
そこに書いてあるのは『ネットアイドルちう・
「……ちなみに聞きたいのですが、これ、どこで?」
「お前の机の上。出しっぱなしだったな」
オイ、俺このカードはずっと机の奥深くに入れてたぞ。未元物質で作って核に耐えられるレベルの箱に入れてたぞ……いや、言い過ぎた。ダイナマイト位なら余裕で無傷な位の強度の箱に入れてたぞ。
それが何で机の上に……と、其処まで思考して気付く。そして、目線を動かして正座している二人を見た。
二人揃って俺から目を逸らし、確信犯である事を悟る。後で見てろよこの野郎ども……。
「潤也、正座」
「はい」
逆らえない。というか、逆らおうと言う気が起きない。何だこれ、この威圧感。こんな威圧感は初めてだ。
「所でこれさ、会員ナンバー1って書いてあるんだけど。何で?」
「そりゃあもちろん、活動当初からずっと応援して来たからな!」
ついでに言うと、このファンクラブの創設者が俺だったリする。費用? そんなの俺のポケットマネーですよっと。
しかし、千雨からの目線が痛い。俺は実質何もしてな──くは無いか。ちう=千雨って俺が気付いてる事に千雨は気付いているのかは知らんが。俺の事が分かっている千雨なら、多分気付いてるだろう……ええい、無駄にややこしい。
ここは褒め倒して置くべきか。どんな思考回路を通ったのか、俺の頭はそんな判断を下した。
「これはだな千雨。ネットアイドルであるちうの容姿が千雨に似て可憐で華麗で美麗で端麗で美脚かつ肌のきめ細かさが素晴らしく身長等も千雨と同じで千雨に似ていたからこそ応援しようと思ったのだよ分かってはくれないか?」
一息で言い切る。ちょっときつい。
そして、言われた千雨の顔は、茹でダコの様に真っ赤になっていた。ぶっちゃけた話、これって自分が褒められてるのと同じだしね。
「あいつ、よく自分の妹相手にあそこまで言えるよな」
「そりゃあ、お前。潤也のシスコンはもう広々と知り渡ってるしな」
聞こえてるぞ、そこの二人。後で覚えとけコノヤロー。
顔を赤く染めたままの千雨は、一旦咳払いをしてこっちを見る。
「……まぁ、何だ。お前は全部分かってる訳か。というか、其処の二人も?」
「知ってる。ちう=千雨と言う事実は俺達三人のみが知ってることだな」
椙咲には言わない。だって直ぐ噂を流しそうだし。こいつらにしても話せない様に思考にロックかけてるし。読まれない様防壁も張ってる。
いや、こいつ等の思考を読もうとする奴がいるのかも疑問なんだけどな。
千雨は頭を抱えて溜息をつく。なんかもういろいろと諦めた感じだ。
「……まぁいいや。なんか疲れた。この事を誰にも話すなよ。知り合いにバレるってかなり恥ずかしいんだからな?」
「分かってるって。対処は施してるからさ、何とかなる」
「……いや、まぁ。本当はお前に一番知られたく無かったんだけどな」
兄だから? という質問に、兄だから、と返す千雨。まぁ家族にこういうのってばれたく無いよねぇ。
俺の場合は知ってたって言うのもあるんだろうけど。俺の知識は役に立たない情報ばかりだと思ってたが、意外と役立ったものだ。というか、何で覚えてたんだろうか、俺。
まぁどうでもいい事か。そんなどうでもいい事に思考を裂く必要は無い。
「と、言う訳で正式にスポンサーになろうじゃないか。本当は千雨の顔やら肌やらを不特定多数の野郎どもに見せてやるのは抵抗があるが、千雨がやりたいってんなら仕方ない。全力でサポートしようじゃあないか」
千雨の住所等を調べようとした馬鹿はもれなくSMGの実験台コース。新薬開発のモルモットだな。
しかしそれでは行方不明で済ます必要もあるし、後始末も必要、と。猟犬部隊で全部済ませられるか?
と、割と本気で思い始めたそんな時。護達が足が痛いと弱音を吐いた。千雨は俺が出た直ぐ後に来て、椙咲はさっさと逃げたらしい。
そしてこのカードを見つけて正座の刑、と。洗いざらい正直に話そうとしたら内容を忘れたらしいが……うん。まず間違いなく俺の所為だろう、これ。
余計な事を話さない様に、いろんな事を知ってる奴にはいざという時の為に思考のロックをかけてある。それが今回作用して話せなかった、と言う訳だ。
でも出したのこいつらだし、結果的には自業自得……というか、俺の方が被害者と言う気もするんだが。
足が痺れたと言いつつ、護達はそそくさと部屋を出て何処かへ行った。逃げたな、あの野郎ども……。
「潤也も足崩せば? 別にもう怒って無い……というか、別に怒ってる訳じゃ無かったんだけどな」
「え? そうだったの?」
「いや……だってアレだろ、ネットアイドルやってるって言うと、あんまり良いイメージ持ちそうにないし……」
詰まる所、俺がどう思うかが心配だっただけ、と。……まぁ、分からんでも無いか。最初に正座させたのは多分、俺がネットアイドルに興味持ってると思った事辺りが原因なんだろう。
胡座をかきながら、そんな事を思う。俺が他に知ってるネットアイドルっていないしなぁ……そもそもネットアイドルのイメージが掴み辛い。
まさか某秋葉原で活動してる四十八人みたいな感じではあるまいし。というかアレは完全に芸能界の存在だろうし。
ぶっちゃけた話、ネットアイドルって自称だろう。誰でも名乗れるアイドルの称号、的な?
「ネットアイドルなんてよくは知らないが、千雨は可愛いから何やっても許す」
「お前に言われると、本当に何やっても許されそうだから逆に怖いんだが」
限度はあるけどな。流石に犯罪は見過ごせない──とか、俺が言えるセリフでも無いけども。
率先して破ってますし、俺。他人にどうこう言える立場じゃ無いね。
深く息をつき、後ろに倒れて寝転がる。これでも一仕事終えて帰ってきた身だから疲れがあるんだよ。何処かのサラリーマンの如く。
そんな俺の胸の上に、千雨が馬乗りになって俺の顔を両手ではさみこんで掴む。
「ちなみに聞くけど、いつから知ってた?」
「……中一の頃から、かな」
「つまり、私がネットアイドル始めた頃から、と」
「さっきもそう言ったじゃないか。活動当初から応援してるって」
掲示板に書き込んだりはしてないけどな。だって千雨が相手だとどうしてもバレそうで怖い。杞憂だと分かってても怖い。
「……お前、本当に何で知ってるんだよ」
「いや、千雨が俺に隠れて服装の装飾関係やPC関係の本をあさくって読みまくってるって知ってたからさ、其処から何をやるかといろいろ思考して、最終的に辿りついたのがネットアイドル」
咄嗟についた嘘については中々上出来じゃなかろうか。
「嘘吐くなって。お前が嘘吐く時は絶対目を見せないで笑うから分かるんだよ」
と、思ったらバレた。俺にはそんな癖があったのか、どうにかして直さねぇと。嘘吐く意味が無い。
「……アレだ、アレ。服とかパソコンとかの本を読んでたのを知ってたのは本当。で、最終的に千雨の部屋にサーバーがつけられたのが分かったから、いろいろ考えつく限り調べた結果が──」
「……私のネットアイドルのホームページ、と?」
「Yes」
「どうやったらそんな事調べられんだよ……」
「どうやってって……勘? もしくは双子のテレパシー的な」
「勘で見つけられたらたまらねぇっつの。というか、お前は素でテレパシーが使えるだろうが」
まぁね。否定はしない。知らなくても多分『滞空回線』で……と、思ったけどプライバシーを考慮して女子寮の室内は見て無いんだよ、俺。
信用無いのは分かってるけどな!
でもまぁ、魔法関係者の室内は監視の意味合いも兼ねて音だけ手に入れている。まさか寮の室内で筆談なんてやらんだろう。
特に近衛近右衛門とタカミチ・T・高畑の室内は常に映像含め監視している。何をやるとも分からないしな、こいつ等。
後は……図書館島の地下深くにいる『奴』とか、世界樹に封印されてるらしい『誰か』とかも観測している。
前者は図書館島の地下深くを調べた時、ドラゴンの事とかも一緒に気付いた事だ。
後者は世界樹について詳しく調べている時に、魔力の残留痕とかがあったから気付けた。それが無くても、多分一番奥まで調べてれば分かっていた事だろうけどな。
話がずれた。閑話休題。
「まぁまぁ。分かっちゃったものは仕方が無いだろう。千雨のネットアイドル姿は可愛かったぞ……けどまぁ、本当はさ。さっきも言ったみたいに、誰とも知れない奴に千雨の姿を見せたくない、って言うのもあるんだけどな」
「……これは、私が好きでやってる事だからな。どうこう言われる筋合いは無いぞ」
「分かってるって。千雨がやりたい事だって言うなら、俺はそれを応援するだけだよ」
最低限の安全ラインは確保してるだろうけど、俺も後でいろいろ見て情報の安全ライン上げとこう。個人情報の流出とか洒落にならん。
後はスポンサーとして資金提供。そしてファンクラブ会員ナンバー1として、ネットアイドルちうを応援していく所存だ。
「……なんだかんだ言っても、潤也は私の事を心配してるんだな」
「そりゃあもちろん。心配で仕方ないさ。千雨に何かあったなら、俺は火の中水の中、溶岩の中だろうが雷の中だろうが魔王城だろうが突き進むぞ」
そのどれもこれも全部、物理的に行けるんだけどな。攻め込まれた魔王はどうなっても知らん。
「魔王はきっと涙目だな」
「城ごと物理的にぶっ壊すだろうからな」
そういって、二人で笑い合う。俺の上に乗ったまま、千雨は聞く。
「もし、私が人質に取られたら?」
「人質になんて取らせないさ。俺は千雨の傍にいるって、前にも言っただろ? 俺が傍にいれば、誰が来ようと一緒だ」
「それもそうだな。私も潤也が傍にいるなら安心出来そうだ」
そう言ってくれると嬉しい限りだ。こういう事では信用されているらしい。
千雨は立ち上がって、そのまま玄関へと向かって帰った。俺は一杯コーヒーを飲んで気分を落ち着ける。
……それじゃ、逃げた護達の捕獲に行こうかね。
●
同日、夜。
「あ……ありのまま、今、起こった事を話すよ! 気付いたら隣に座っていた椙咲君達がボコボコにされていた。な……何を言ってるのか、わからないと思うけど、僕も何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃあ、断じて無かった。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……」
とは、仲芽黒の談だった。