第五十三話:日常風景
ゆっくりと、目を開ける。
一応ながらベッドがあり、粗末に布団が被せられている状態の零。目が覚めた、と言うよりも、時間が来たので目を開けた、と言った方が正しいのかもしれない。
そもそも彼女に睡眠は必要ない。睡眠状態は低消費になるだけで、何かあれば直ぐ様動けるように出来ている。
テキパキとベッドから起き上がり、朝食の準備を始める。今日は洋食で良いか、と思考し、スクランブルエッグやコーンスープなどの料理を作り始めた。
野菜を切り、サラダとして準備してトーストも焼き上げ、コーンスープも出来上がり、スクランブルエッグやウインナーも焼けた。その状態で、千雨が丁度よく起きてくる。
香ばしい朝食の匂いに誘われた、等と言う訳では無く、この時間に潤也がモーニングコールをして千雨が起きると言う事が、零には分かっているからだ。
それに合わせて昼の弁当を作り上げ、制服に着替える。
『……では、次のニュースです。ここ最近、世界中で騒がれている行方不明者の続出ですが、捜査は依然として進展しておらず、各国の警察機関はこの事件に関わる人数を増やして更に捜査範囲などを広げるとしています……』
「……物騒な世の中だな」
「麻帆良はある意味で最も安全な場所だ。そして最も安全からかけ離れた場所でもあるがな」
千雨の呟きに対し、零はつまらなそうに言った。
千雨の髪を梳かして結び、部屋を出る。千雨は朝の混雑を嫌う為、いつも一つ速い便に乗って学校へと向かっている。
欠伸を噛み殺している千雨を横目に、零は今日の授業の確認を行う。必要な知識は『
まだ早い朝。人も其処まで多くない道を歩き、学校へと歩を進める。
しかし、その少ない人達はどうにも誰かを待っているらしく、しきりに何か呟いている様だ。
「中武研の古菲部長、何時頃来るんだ?」
「さぁな。だが、待ってりゃ来るだろ。あの人挑戦者は何時でも受け付けるって言ってたし」
「俺は当然一番目に行かせて貰うぜ。何度やられた事かわかりゃしねぇ……だが、今日こそ勝つ!」
「おいおい馬鹿を言うな。最初に行くのは俺だ。俺があの人を倒して見せる」
段々とヒートアップし、千雨や零の方にも声が聞こえ、遂には取っ組み合いまで始まる。
誰が最初に挑戦するかでもめているらしく、アホらしいと無視する千雨に続き、零も無視する。興味など無いのだから当然と言えば当然だが。
しかし、運が悪かった。
誰かが投げ飛ばしたのだろう。大柄の男が宙を舞って千雨達の方へと飛んで行く。不味い、と咄嗟に悟った男達は、千雨達へと警告を飛ばす。
「おい、嬢ちゃん達! 危ないぞ!」
いきなりの事に対応できず、飛んでくる男にぶつかる直前に気付く千雨。
そしてその間に割って入り、飛んで来た男を受け流す様にして衝撃を殺し、地面へと降ろす零。
男の方は衝撃を殺しきれなかったのか、または単純に浮いて平衡感覚が狂った所為で受け身を取り損ねたのか、ゴロゴロと地面を転がる。
周りから歓声が上がる中、まるで何事も無かったかのように歩き始める零。ポカンとしていた千雨だが、直ぐに零に追いつく。
「おい、今のなんだよ、零」
「見ればわかるだろう。受け流した。方向さえ分かれば、後はそれを流す形で向きを変えられる」
武術の知識を入れられた事が効いたのだろう。的確に相手の動きを流す事が出来た。どんな武術かははっきりしないが。
焦る事の無い機械は、咄嗟の事にも対応できる。この辺は便利だよな、と千雨は呟きつつ、学校へと足を運ぶ。
●
その数十分後。
いつもの通学ラッシュに紛れ、古菲はいつも通りかかってくる挑戦者たちを倒していく。
「さぁ、もっと強い相手はいないアルか?」
全員を薙ぎ倒した後で、古菲は息一つ乱さずそう言う。
「す、凄いですね……」
「古は学園の格闘大会で優勝してるからな。いつもああして挑戦者が絶えないでござるよ」
それを見ながら、感嘆した声を出すネギ。そしてその横で解説する長瀬。
自分の身さえ守れなかった修学旅行。それを反省し、力をつけようと思い始めた矢先にこれだ。ネギにとっては天啓にも等しい。
「ぐぅ……やはり、強かった……誰が最初に戦うとか、関係無かったぜ……」
「俺はやっぱりアレが原因で負けたんだ……転がされて頭を打ったから……みろ、デカイタンコブが出来てる」
「あの女の子に迷惑かけようとしたからだろ。……しかし、アレは綺麗に受け流されたなぁ……古菲部長と同じ制服だったし、あの子も武術やってんのかなぁ……」
負け犬になった者達がそんな事を口走る。その中で、気になる言葉を聞いた。
戦闘狂である古菲がそれを聞き逃す筈も無く、すぐに振り向いてその人物の事を問う。
「む? 私と同じ制服で、武術を使う女の子?」
「というと、咄嗟には思い浮かばんでござるなぁ。いいんちょ殿でござるか?」
倒れたままの男をつつきながら、特徴を聞きだそうとする古菲と長瀬。特に何か言われている訳でも無く、隠す必要も無いので、正直に話す。
「えっと……確か、黒髪が肩甲骨くらいまであって、身長は……百五十位かなぁ。後、赤髪を後ろで縛ってる子と一緒に登校してた。後は……ああ、そうだ。『れい』って呼ばれてたよな?」
回りにいる連中に問う。死屍累々な状況だが、一応意識はあって話は聞いている為、頷きで返す者や返事する者がいた。
そんな中、一人が重要な情報を告げる。
「ばか、知らないのかよ。あの赤髪の子、『男女平等』の長谷川潤也の妹だぜ。その妹を下手にナンパしようとした奴等が長谷川潤也に会って、威圧感だけで失禁しそうになったとか言われてるしよ。気を付けたがいいぞ」
おかしな二つ名と共に、知り合いの名前が挙げられる。何度か会った事のある三人は、あの妹第一主義者なら妹の為にそれ位威圧感出せるだろうなぁ、と思っている。
そして、其処からの関係者で黒髪の女の子。なら、該当する人物はネギ達の中には一人しかいない。
まず、同年代で黒髪の女の子と言う時点で古菲には該当する人物が少ない。そこから更に武術をやっている人物となると、更に少なくなって殆ど該当しないのだ。
極めつけに、最後の一言。その名前には心当たりがある。
「零……御上殿でござるか?」
「御上さんは武術をやってるのか、誰か知らないアルか?」
「仲の良い長谷川殿辺りに聞けばわかるとは思うのでござるが」
長瀬はそう言うが、ネギはちょっと不味いかもしれないなぁ、と思い始めていた。
元々魔法関係はもちろん、あまり不用意に干渉する事は好ましくない。学園長から修学旅行前に言われていた事を律儀に守っているのだ。カモは身の危険を感じているのか、やはり女子寮に潜入する事は無いが。
無論のこと、長瀬はその事を知らない。学園側とは何ら一切関係無いのだから、知らなくて当然だ。ちなみに古菲は朝倉から聞いているので、あまり余計な事はしない方がいいアルね、等と思っている。
それでも武術が出来ると聞き、一度相対してみたいとうずうずしている様だが。
長瀬は零が垣根関係者だと言う事を知っているが、其処から自身の不利益になる様な事は無い、と判断している。修学旅行では味方だったのだ。問題は無いと思い。
「取りあえず、後で聞いてみるでござるよ」
大丈夫かなぁ、と若干不安になるネギであった。
●
教室。ガヤガヤと喧噪の止む事が無い教室内で、零は一冊の本を読んでいた。
全く変わる事の無いペースで、同じ本を何度も何度も読み返す。ちなみに内容は一度目で完全に記憶している。二度目以降は読んでいる振りだ。
主に時間を潰す為の。
こういった機械的な動作を繰り返す事には何ら抵抗感は無い。他人から見て『人間の様に』見えていればいいのだから、それ以外は特に気にしてはいない。
そんな読書中の時、横から声がかかる。
「御上殿、今は暇でござるか? ちょっと聞きたい事があるのでござるが」
「何? 今は特にやる事無いから、聞きたい事があるなら構わないわ」
いつも通り機械的な笑みを浮かべ、本をカバンへなおして長瀬と向き合う。
「御上殿は武術などはやっているでござるか? 今朝そう言う話を聞いたもので、気になったのでござるが」
「そうね……まぁ、護身術程度には使えるわよ。覚えておいて損は無いでしょうし」
見た目には余り筋肉は着いておらず、ひ弱なイメージを受ける腕。武術をやっているならもう少し筋肉があってもおかしくは無いのだが、細い腕は筋肉がある様には見えない。
尤も、見えないだけで人工筋肉などが埋め込まれており、普通の人間よりも余程強い筋力を持っているのだが。
「どんな武術アルか? 護身術と言うと、合気道辺りが日本では有名だと思うアルが」
古菲が長瀬の後ろから現れ、そんな事を聞く。
「合気道も出来るわよ。柔術とか空手とか、大体メジャーなのは基本的に抑えてるわ」
「ほぅ。どんなものか見せて貰ってもいいアルか?」
「遠慮したいわね。人に見せられるほど卓越している訳じゃ無いもの。かじった程度のレベルで、護身術程度に身につけたものだし」
動きを再現するだけであれば、どんなものでも出来るだろう。ただし、機械的な動きになってしまい、人間味が薄くなると潤也に言われている。
そもそも動きの合間にある筈の呼吸が感じられないのだ。これでは人間味が薄いと言われても仕方が無い。出来るだけバレないようにしろと言われている以上、余計な事でボロを出す事は避けたい。
「むぅ……なら仕方ないアルね。諦めるアル」
えらく潔く引いた古菲。あまり深く干渉すると不味い、と判断した所為だろう。
「皆さん、席についてください! 授業を始めますよー」
タイミング良くネギが入ってくる。そそくさと自分の席へと戻っていく古菲と長瀬。それを見ながら、零は教科書を取り出し、準備する。
時たまこちらを見る長瀬達の視線を無視しながら。
●
放課後。
世界樹前広場にて、ネギと古菲は相対していた。ただし、構えもしていなければ敵意も無いが。
「古菲さん。貴女にお願いがあります」
「む。何アルか?」
「僕に、武術を──中国拳法を教えてくれませんか?」
フェイトと戦闘し、小太郎と戦闘し、自身の近接戦闘での弱さを思い知ったネギは、前衛としての働きも出来る様、武術を誰かに師事するつもりだった。
誰かそれに適格な人がいれば、と探していた所、今朝の古菲を見て師事しようと思ったらしい。
「ふむ。私は厳しいアルよ?」
「構いません! 僕は、強くなりたい。修学旅行では足を引っ張ってばかりでしたから、今後は僕でも力になれる様鍛えたいんです」
しっかりと目を見据え、強い意志を持って告げた。
「……うむ。分かったアル。中国拳法を教えるアルよ」
「あ、ありが──」
「ただし、条件があるアル」
ネギの言葉を遮り、続ける。
「私に、魔力だか気だかの使い方を教えて欲しいアル。楓達も使ってるみたいアルから、私も使える様になって驚かしたいアル」
ニカッ、と笑って、そう言う。事実、魔力や気が使えていれば修学旅行で戦力として数えられただろう。
そして、自身もまた、強くなりたいと思っている。気や魔力を使うのはその第一歩目だ。
「え……僕が教えられるのは魔力の扱いだけですが、武人の古さんなら気の方が向いているかと……でもそうなると僕は教えられませんし……」
自身の生命力を扱うのが気。外部の力を扱うのが魔力。武人であり、肉体を鍛えている古菲ならば、魔力の練り方を教えるよりも気を使わせた方が習得は速いだろう。
その辺を鑑みると、ネギは師には向いていない。
「兄貴、兄貴。いっその事仮契約しちまえよ。そうすりゃ魔力を練る練習なんて必要ねーだろ」
カモが口をはさみ、そんな事を言う。
「仮契約アルか? 修学旅行でそんな事言ってたアルね」
この期に及んで未だにネギの仮契約を諦めていなかったらしい。全く持ってがめついオコジョである。
確かに仮契約カードを使って魔力を供給すれば直ぐにでも強くなれるだろうが、それはネギの魔力頼りであるし、何より古菲自身の実力が上がっているとは言えない。
古菲自身もまた、方法がキスと言う事もあって躊躇している。
「えっと、あの……桜咲さんに頼んでみます」
「……出来れば皆には秘密にして、使えるようになってから驚かせたかったアル。でもまぁ、使える様になるのなら文句は言わないアルよ」
腕を組み、少し考えてからそんな事を言う。というか、驚かせる為だけに隠れて練習する気だったのだろうか。
「もちろん、ネギ坊主にちゃんと中国拳法を教えるアル。私の修練は厳しいアルよ?」
「……ハイッ!」
中国拳法を習えると聞いて、嬉しさ故か顔を綻ばせるネギ。カモは仮契約には失敗したものの、諦める気は無い様な表情だ。具体的に言えば、悪い笑顔を浮かべていた。
●
「お願いします。魔法を指示するならあなたが一番だと思ったんです」
床の上で土下座をしつつ、目の前にいる人物に頼み込む。
「もちろん、教職の仕事をおろそかにするつもりもありません。仕事の合間にゆっくりでも良いので、僕に魔法を教えてください!」
無論ながら、この部屋には外から聞かれてもいい様に認識阻害の結界が張ってある。でなければ、十才の子供に土下座させていると言うある意味犯罪臭のする行為が目の前で起こっているのだ。パニックになる事は間違いない。
それでも、ネギの目の前にいる人物は苦い顔で誤魔化すだけだ。弟子など持った事が無い為、当然と言えば当然だが。
「お願いします──瀬流彦先生」
何でこんな事になったのかなぁ、と遠い目をする。
夜になり、職員寮に戻ってきた。其処までは良い。ネギが相談があると言うので訪ねてきた。それもまだいい。
だが、魔法を教えて欲しいと来た。まだ一度もネギの前で魔法を使っている所を見せていない瀬流彦の所に、だ。ネギ君、頭でも打ったのかなぁ、と軽く現実逃避する。
「そうは言ってもね。僕もまだ若輩者で、教えれる事なんてそう無いんだよ?」
「瀬流彦先生は若いですよね。その年で教員免許を取って、麻帆良学園の魔法教師もやっている。才能が無ければ出来る事じゃありません。それに、瀬流彦先生は頭の回転も速いと聞きますし、実際修学旅行でも助けられました。無詠唱魔法が得意と聞きますし、僕が目指すスタイルには無詠唱魔法は不可欠です。お願いします。僕に魔法を教えてください!」
困ったなぁ……、と溜息でも吐きそうな顔をした。
SMGの社長秘書の様な事と教職を両立させている以上、仕事のやり繰りや頭の回転は速い方だと自負している。だが、魔法まで上手く使えるかと言うと頭を捻らざるを得ない。
ガンドルフィーニ辺りは随分と過大評価している様だが、瀬流彦の本領は相手と相対していない所にある。
つまりは策。奇策や策謀を張り巡らせる事が瀬流彦の土俵なのだ。実質的な戦闘能力では神多羅木やガンドルフィーニに大きく劣る。真正面からの戦闘には向いていないのだ。
……何でもありの殺し合いならば、多少の戦力差は引っ繰り返せるのではあるが。
「……さっきも言ったけど、僕はまだ若輩者だ。僕に教わるよりも、ガンドルフィーニ先生や神多羅木先生に教わったほうが余程いろんな事を得られるよ?」
無詠唱にしても、指パッチンで風の刃を作り出せる神多羅木は麻帆良でも上位の実力者だ。
というか、本当に自分の所に来る理由が分からない瀬流彦。出来るだけ目立たない様にしてたんだけど、と今までの行動を振り返る。
「神多羅木先生は『攻撃』特化と聞きます。対して、瀬流彦先生は『防御』特化。護る事に適した魔法使いでしょう? 僕自身、護る為に魔法は使いたいですし、魔法は使い方次第でどんなこともできます。頭の回転が速いなら、そう言った事も教えてもらえるかと思いまして」
「いや、だからね。そういう経験がものを言う使い方こそ、僕の預かり知らない所だよ。僕は魔法を奇抜な使い方をしているだけで、良く思って無い人もいるしね」
警備向きの魔法使いなのだから、文句は言わないで貰いたいモノなのだが。
「学園長とか、どうだい? 時間がある時に聞きに行ってみると言い。あの人は麻帆良の中で一番の実力者だからね。いろんな魔法も知ってるし、応用の仕方も知ってると思うよ」
「……分かりました。今度学園長に頼んでみます」
「うん。物分かりの良い子は好きだよ」
心の中では面倒くさかった、と溜息をついている瀬流彦。そんな事はおくびにも出さず、手元のお茶を飲む。
ネギは至極残念そうな目で一度瀬流彦を見た後、部屋から出ていった。
その直後、タイミングを計ったように鳴る電話。相手を見て直ぐに電話に出る。
「……もしもし?」
『よぉ、八重。さっきのは楽しかったか?』
「けしかけたのはあなたですか。一体何の意味があって?」
『特に何もねぇよ。唯、偶々会ったから軽ーく思考を誘導してやっただけだ』
こちらはお遊び程度だが、能力を使わずとも人を操れると言う思考実験にも近い。まぁ、もっと大規模なところでやっているから、ネギにやったのは本当の意味で「遊び」だ。ちなみに潤也が情報を与えたという記憶は既にない。
もう一つの目的は、フェイトの関係者の情報を知らないかと言う淡い期待。ナギが『完全なる世界』と戦い、十年前に行方不明になった事も分かっている。
もしかすれば、その辺りに関して何か情報があるかもしれない。そんな淡い期待だったが、予想通り何も知らなかった。
フェイト程の使い手が下っ端と言う事は流石にないだろう。そして、それを殺した以上は目を付けられる可能性がある。ならば、先に殲滅に動けばいい。
どうにも京都辺りでコソコソと戦闘の残痕を調べている連中もいる様であるし、フェイト死亡の知らせは『完全なる世界』の連中の耳に入っているのだろう。
後手は取れない。狙われているのは、自身が庇護を約束した少女。後れを取れば護り切れない可能性がある。
相対さえ出来れば負ける気はしないが、そもそも居ない時を狙って来ないとも限らない。警戒は十分にしておくべきだ。
「不用意に殺すからですよ」
『阿呆。あの野郎はアスナを狙ってやがったんだぜ? 人の女狙うような奴はぶち殺さなくちゃ俺の気が晴れねぇさ』
つくづく感情で動きやすい人だ、と溜息をつく。
どの道、零が居る以上は幾らでも時間稼ぎは出来るだろう。学園に通達すれば動かざるを得ないし、魔法教師とて捨て駒として位は使える。
裏方が本分とはいえ、この二つの板挟みも楽ではない。学園長だって決して無能では無いのだから。
『それじゃ、情報収集頑張れよ、八重』
「あなたはどうするんですか?」
『俺も調べてるさ。だが、「スクール」の動向も知っておく必要もあるし、ここ最近の失踪事件に関しても情報を調べて欲しいと各国から依頼が来てる』
「……分かりました。こちらでも調べておきます。では」
黒塗りの携帯を切り、備え付けのベッドに横になる。
「完全なる世界、ね……」
輝く月を見ながら、瀬流彦は一人ごちた。