第五十四話:駁の目的
目の前で起こっている争い。
諍いと呼ぶには少々過激で、戦闘と言うには余りに温い。そんな争いだ。
殴り、蹴り、掴んでは投げ、誰もが我先にと駆けていく。
それを目前として、うんざりとした表情で立っているのは、俺を含む数名のやる気の無い生徒。
誰が予想できるだろうか。こんな争いが学校内で頻繁に起こっているなどと。
履いているスリッパが飛び、物が飛び、時には人も飛ぶ。投げ飛ばされたのか、自分で跳んだかは知らないが。
隣で立ち尽くす仲芽黒も、もうこれがいつもの光景、風景として受け入れてしまっている。それほど恒常的に起こっているのだ、この争いは。
もちろん、時には俺も参加する事があるが、本当に偶にだ。ここでそんな事をしても、時間の無駄にしかならない。
逆方向には護がいて、参加している濱面や椙咲を見守っている。参加する気はゼロの様だが。
本当に、一体だれが予想できるだろうか──こんな事が、学校の購買で起こっているなんて。
安く美味いパンが多くても、買う人間が圧倒的に多い為に、毎日こうして購買前で争っているのだ、この連中は。もう戦争と形容したい位に過激になっていってるし。
ぶっちゃけてしまえば、これも一種の戦争だよね。購買戦争。聖杯でも巡って争った方がまだ有意義だ。安全かどうかは別として。いや、この状況も安全では無いんだけど
「さて、仲芽黒。お前どうするよ」
「そうだね……食堂の方に行こうか」
「今日の購買がこの調子だからな。なんかいつもより激しくないか?」
「期間限定のパンがあるらしくて、椙咲君、朝から気合い入れて取りに行くって言ってたよ」
「ああ、なるほど」
隣で護と仲芽黒が話している。俺も食堂行こう。今日は面倒臭がって弁当作って無いし。
しかし凄まじい。パン一つの為に戦場と化した購買前を見る。購買のおばちゃん、当たり前の様に雑誌読んでるし。全く意に介して無いんですけど。
スルースキルは相当なレベルだ。何に役に立つかと言えば、こういう所くらいしか無いのだろうけど。
「あ、椙咲君が吹き飛んだ」
人ごみの中で的確に椙咲を見つけられる仲芽黒半端ねぇ、と思ったのは俺だけじゃない筈。
相当数の人数が居るこの場で、何でそう簡単に見つけられるんだか。今吹き飛んだのも数人いたぞ。
「……此処にいると二次被害受けそうだよな。早く行こうぜ」
護に急かされ、俺と仲芽黒は食堂へと足を運ぶ。
●
食堂。
男子校の食堂はかなり広く、料理人の人数も相当多い。一人一人がかなりのハイペースで作る為に、ちゃんと火が通っているか疑問に思う事も多々ある。
いや、流石に教育機関の食堂だし、火はちゃんと通してあると思うのだが。前に冷凍食品使ってんのかと思って厨房除いてみると、そう言った類の物は殆ど無かった。
常識外れだとしみじみ思う、ここの料理人。
まぁそんなどうでもいい事は置いといて、早速注文をする。いろいろメニューがあるが、今日はサイコロステーキ定食だ。学校の食堂にこんなモンまであるって、麻帆良スゲー。
これもまた、どうでもいいに類される事だな、と思いつつ定食を受け取って席に着く。
食堂はいつも通り喧騒に包まれていて騒がしい。
「そういや、もう直ぐ麻帆良祭だな」
「もう直ぐ、って言っても、まだ後一カ月位あるぞ?」
「一カ月なんて直ぐだろ。現に、もう三年になってから一カ月たっちまってるしさ」
時間が速く感じるのは当然かなぁ。何事も無く過ごしていると、時間が立つのが速く感じてしまうモノだし。
それに引き換え、俺は長かったと言いたいね。最近は速く感じるけど。
ここ最近の事件と言うと、ネギが図書館島の地下に入り込んでドラゴンと遭遇。監視こそしていたが、特に何か手出しをする様な事はしなかった。
特に興味も無かったから、と言うのが理由だ。一応死なない様に見張る意味もあったんだが。間に合うかどうかは別として。
実際、一緒にいた一般人は死なれると少しばかり面倒だ……流石に死ぬ事は無いと思うが。学園長も見張ってるだろうし。
宮崎に綾瀬。あの二人、どうにも危機感が薄いみたいなんだよなぁ……どちらかと言えば綾瀬か。会話から察するに、宮崎は巻き込まれてるだけかも知れん。
まぁ、いつか
クラスメイトから『行方不明者』なんて出すのは、千雨達も望む所じゃないだろう。
肉やら白米やらを口に運び、咀嚼しながらそんな事を考える。食事中にグロい事って考えるものじゃないよな。
「結局、ゴールデンウィークは特に何も無く終わったしよ。なんか面白い事無いのか?」
「と言っても、しばらくは学園祭の準備にかかり切りになるだろうしね。僕は椙咲君がいれば文句ないかな」
「うん。初めからお前の答えには期待して無い。余程の事がなきゃ、お前は椙咲が居ればオールオッケーだもんな」
「まぁ、ね。……それよりも、潤也君は神楽坂さんとかと一緒に遊んだりしなかったの?」
「ん? ……ゴクン……いや、遊んだよ?」
いきなり話を振られたので、口の中のモノを飲み込んでから、ちょっと間をおいて返す。
「コイツ、朝から夕方までずっと出かけてたぜ。神楽坂はともかく、千雨ちゃんと一緒に出かけるって言うのがなぁ……」
「何だよ、兄妹で遊びに行く事のどこが悪いんだよ」
「いや、悪くはないけどよ……でも、買い物してる時のお前と千雨ちゃんの距離感が、普通の兄妹のそれじゃないって言うか……」
若干どもりながらそんな事を言う。そんなに言う程では無い、と思ってはいるが、護は廻という姉が居るからな。
俺達兄妹とあいつ等姉弟を比べたんだろう。そして、その結果が『距離感がおかしい』と。
……そんなにおかしいかなぁ。
「いやおかしいだろ。何で兄妹で出掛けただけでプリクラを一緒に、しかも密着状態で撮ってんだよ。何で『あ~ん』とかして食べさせたりしてるんだよ。ほとんど恋人状態じゃねぇか」
「何で知ってるんだよ」
ストーカーめ。後でアレイスターの刑(唯の逆さ吊り)だ。
「しかもそれを神楽坂ともやってるからタチが悪い。ハーレムか。ハーレムなのかこの野郎ッ」
「妹って時点でハーレムは不味いんじゃあ……」
護の発言に対し、仲芽黒がそう言う。
何でハーレム作ってる事前提でそんな事を話す。椙咲じゃあるまいし、俺がそんな欲望に塗れた様な男に見えるか。
「仲芽黒、俺にとっての千雨は、お前にとっての椙咲と同じ様な存在だぞ」
「それなら仕方ないね」
「仕方無いのか!?」
一緒にするのは凄まじく嫌だが、仲芽黒を味方につけるにはこれが一番だ。護と適当に駄弁ってろ。
定食を食べ終え、屋上で暇を潰す為に階段を上る。その途中で椙咲と濱面と会った。
歓喜の表情を浮かべており、俺達を見つけた二人はボロボロのまま手に入れた物を喜々として見せてくる。
「フ、フフフ。フハハハハハハハハッ!! やった、やったぞ! 『期間限定りんごと蜂蜜&ホイップクリームの激甘☆カスタードパン』をゲットしたぞぉー!!」
「何だか名前からして既に胸焼けを起こしそうだね」
「食べたら最後、また食べなくちゃ気が済まない程の美味さ!」
「それなんかおかしなもの入ってたりしないよね?」
「やめられない、とまらない」
「か〇ぱえ〇せんかよ」
仲芽黒と俺から酷評を受けている椙咲。よくそんな甘いものを食べられるもんだ……甘い物は好きな方だが、甘過ぎるのはあまり好きじゃねーからなぁ、俺。
後、コーヒーが無いと喰えない。
「俺は『ダブルメガビッグてりやきチキン&ハンバーグ&ビーフステーキ&天麩羅バーガー丼デラックス』だ」
「重ぉい! 名前でわかる量の多さ!」
「プロレスラーも大満足のボリュームだぜ!」
「お前プロレスラーじゃねぇだろう!」
「カロリー控えめで量が多いから食べ盛りの俺達にはうってつけだぜ!」
「食べ盛りってレベルの量じゃないだろそれ!?」
護に絶叫されるほどの大ボリュームのパン(?)を買っている濱面。本当に一人で食えんのか、それ。
明らかに一人で食える量を逸脱してますけど。ていうか『丼』ってついてますけど。もうパンじゃねぇよ、その『ダブルメガ(略)』は。
「取りあえず屋上に行こうぜ」
此処で話していても埒が明かない。どうせ食べるのにも屋上は良い場所だし、文句は無いだろう。
●
雑談しながら辿りついた屋上は、晴々とした空が広がっていて、気持ちが晴れやかになる。
俺達の他に生徒は居ないようで、広々と屋上を使える。ラッキーだ。
早速パンを開けて食べ始める二人……匂いがすげぇ。甘そうな匂いとか、いろいろ混じった匂いが鼻をくすぐる。
美味そうではあるが、二つとも見た目がアレだ。ボリュームが凄過ぎてみただけで食べる気が失せる。
よくもまぁそれにかぶりつけるものだ、と半ば称賛も含みながら、呆れた目で見る。
濱面が完食しようと頑張っている間に椙咲は食べ終わり、俺達と同じ様に屋上のフェンスに寄り掛かる。このまま寝てしまいそうだ。
そんなほのぼのとした雰囲気の中、いきなりドアが開かれた。
「伏せろ!」
唐突に、そんな事を言いながら魔義流先生が入って来た。俺以外の四人はビックリして数秒硬直するが、当の本人は気にするでもなく近くに来てパンを食べ始める。
この空気の中で良く普通に食事を始められるな……図太いだけか。
「何やってんですか、アンタ」
「いや、屋上を覗いてみたら、えらくほのぼのとした雰囲気だったのでな。何となく壊してみた」
「相変わらずいい性格してますねぇ!」
椙咲が突っ込みながら座り直し、俺も欠伸を噛み殺しながら座り直す。下がコンクリートだと、硬いから尻が痛くなるんだよな。
「で、何か用でもあるんですか?」
「特にない。強いて言うなら一発ギャグでもしてみてくれ。私を楽しませる為に。カ○ジ的な展開だとなお良し」
いつも通りの傍若無人振りを発揮しながら、先生はそう言う。この人マジ自己中だわー。後、中学生に賭博進めんな。
「何様ですかアンタ。というかそれ以前に本当に教師かっ!」
「唯の教師では無い。GTMだ」
「いや、確かにグレートなティーチャーなのは認めますけどね!」
「違うぞ、椙咲。ゴッドなティーチャー、魔義流だ」
「神の様な教師ってなんですかっ!?」
「マギ○テル・マギを目指し、大量の女子中学生をオトしていく教師とかだな」
「それは確かに俺にとって神の様な存在だっ!」
……俺、この人は偶に本当に神様と知り合いなんじゃなかろうか、と疑問に思う時があるんだ。後、ウチの妹の近くに凄いピンポイントでそれをやってる奴が居ますけど。
オトしているかどうかは全く別の話だけども。まぁそれは良いとして。いや良くない気もするけど、一旦置いといて。
「先生、仕事は?」
「私の仕事はほとんど終わっている。書類作業など直ぐに終わるからな。授業の準備も終わっているし、特にやることも無いからこうして見周りをしている訳だ」
「此処に居座ってパン食べてる時点で、既に見周りって言いませんよね」
「それはアレだ、屋上から運動場を見渡してだな……」
「要はサボりたいだけなんですね」
厳密には仕事終わってるらしいからサボりじゃないと思うけども。まぁその辺はいいか。
「あ、そう言えば先生。俺、来週の水曜は休みますんで」
「む? 何故だ?」
「アレですよ、
この場の全員に『
イギリスのロンドンで、魔法協会とSMGの会談が行われる予定だ。
最近の『失踪事件』は魔法使いが起こしているものと判明し、更にはSMG関係者を狙っているとも分かった。
それは、俺達に対する『宣戦布告』だと、受け取るつもりだった。
しかし、あっちの魔法協会は良い顔をしなかった。当然と言えば当然だが、ならばどうなるか。そう言った事を含めての会談の予定になっている。
戦争は、あちらとしても控えたいところだろうしな。俺達が経済に与える影響は大き過ぎる。下手に敵対して、資金を減らすような真似はしたくないのだろう。
尤も、連合傘下では無い者たちがそう言ってるだけで、連合傘下の魔法組織は大抵俺達を嫌ってるようだが。
難儀だね、本当。
●
彼女は、今の世の中は何時にも増して不公平だと不満を漏らす。
「知ってるか? 今に不満があるのは、未来にそれよりももっと希望があるって信じてる事の裏返しなんだぜ?」
俺は軽く髪を掻きながらそんな事を言う。歯が浮く様な台詞と言う気もするが、別段どうこう思う事は無い。
「ふーんだ。アンタは才能があって、努力出来て、それが認められるからじゃ無い。あたしは、そんな環境じゃ無かったもの」
彼女は、そっぽを向いてそんな事を言う。
その言葉には、隠しきれない羨望があった様な気がする。それが俺に対しての事だと言うのに、気付かない奴はいないだろう。
「努力なんて意味無いさ。結局才能だからな。漫画じゃお決まりのパターンだろ、『努力すれば報われる』なんてのは。俺は、そうは思わない」
「何で? アンタも努力して、いつか自分が頂点に辿りつくんでしょ?」
「追いつくにしても、努力するにしても、伸び幅は絶対に才能なんだよ。人間、才能以上の事はどれだけ頑張ったって出来やしない」
俺は、アイツと会った事でそれを思い知らされた。
他者が足元に這いつくばる事しか出来ないほどの、才能の塊。この力は、努力だけでどうこうできるものじゃ、無い。
「『
まぁ、尤も。
「
元から才能がある奴を『心理掌握』で洗脳すればいいのに、それをしない。あの男は、それ無しでも信用できる人物を傍に置きたがる。
理由は知らない。だが、奴にとって有益かつ信用のおける人物が、奴の傍には居る。
例えば、『八重』と呼ばれる男。その存在は知っていても、詳細は垣根以外の誰も知らない。何故なら、徹底的に情報を秘匿し通しているからだ。
才能の有無については、右腕とまで称されるレベルになっていることから推し量れる。並大抵の存在ではないだろう。
「ふぅん、其処まで気に入られてるんだ、その人」
「多分な。奴自身が隠したがっている以上、何か別の秘密がある事も否めない」
「秘密、ね。……何があっても、きっと大丈夫。あたしはあんたの事、信じてるからさ」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。ま、今の状態で奴に勝とうと思うなら、死ぬ覚悟が必要だ……それでも、勝てるかどうかは別問題だがな」
横になりながら、俺はそう言う。それに対して、彼女は笑いながら言った。
「大丈夫だよ。アンタならやれるって。自信を持ちなよ──駁」
そこで、意識が途切れる。
●
「あら、目が覚めたのね」
ライダースーツを着ている、髪の短い女が言う。
手に持ったコーヒーからは湯気が立ち上っており、挽きたて特有の香りが鼻をくすぐる。上半身を起こしながら眼を擦り、彼女へと質問をした。
「……どれくらい寝てた?」
「ざっと四、五十分て所かしら。私が飲むつもりだったけど、飲む?」
そう言って、コーヒーを手渡してくる。俺はそれを受け取り、少し冷ましてから口に付ける。
「『
「八重と連絡を取ってるわ。別室にいるけど、直ぐに戻ってくるでしょう」
女の言っている事を聞きながら、夢の中での試行を思い出す。確か、垣根の事だった筈だ。
気に入った奴、もしくは有能・有用と判断された人間は、確実に垣根の近くにいる。
それでも、いざとなれば捨て駒として扱うだろう。『グループ』も、『スクール』も。重要度は全部同じだ。後始末は全て遺伝子レベルで葬られる。
奴にとって本当に価値があると認識しているのは、何なのか。奴の持つ科学力は計り知れないが、それに価値を見出しているかと言えば首をひねらざるを得ない。
何を考えているのか理解出来ない。
個人情報だって一から十まで全てが出鱈目だし、家族関係もプライベートも何処をどう洗ったって出てきやしない。能力を使っている以上、誤魔化す事は何ら不可能ではないだろうが──それでも、不可解な部分だって存在する。
可能性として考えられるのは、麻帆良に存在する『窓のないビル』だ。あれの中に、垣根提督を知る上で最も重要なパーツが存在する。
弱点になり得るからこそ、麻帆良の警備は異常なまでに厳しい。例え侵入出来ても、確実に奴に気付かれるだろう。
気付かれても構わない。だが、奴と相対して、勝つのは俺だ。
「後一カ月。それで、あなたの野望の行く末が決まるわね」
「ああ、留意すべきは垣根。後は八重だな。零、っつー機械もいるようだが、そっちは超鈴音の方に任せるさ」
麻帆良祭の最中にのみ使える『切り札』を用意している、と言っていたからな。何とかなる筈だ。
本来なら、あいつと手を組む事は避けたかった。だが、計画を成すにあたってあの女は利用できる。奴の目的も相まって、使うには好都合。使わない手は無い。
第二位のいない今が、計画を進める上で最大の好機だ。あの女が居れば、こんな計画は最初から成功しないことが分かり切っている。
「『グループ』も『猟犬部隊』も動くわ。文字通り、血みどろの殺し合いになるでしょうね」
「構わねぇさ。俺も、お前も、『鋭敏感覚』も、アイツも。どうせ逆らった時点で、あの野郎が生温い処理をする筈がねぇ。加担したと疑われれば終わりだろうさ」
俺達の動きに勘付いていない、っつーのも考え辛い。俺なら、反逆の可能性は種から潰して回るだろうからな。
気付いた上で俺達を泳がせているのか、それとも本当に気付いていないのか。『外』に居るから、って可能性も無い訳じゃねぇが……。
「……注意は、しておくか」
絶対に、俺がSMGを掌握してやる。何を代償にしたとしても、必ず。