第二夜:殺人兵器
空は暗く、墓地には生温い空気が漂っている。
灰色の空を見上げているのは一人の少女。その眼は真っ赤に腫れており、泣き晴らしたのが一目瞭然という状態だった。
少女は、親友を失った。
昔から仲が良く、姉妹同然で育って来た少女が、自分の目の前で死んだのだ。
盗賊に襲われ、人質に取られた少女は、自分の目の前で暴れて盗賊に殺された。
あまりに理不尽だと、盗賊を呪う。
盗賊に襲われる事自体は、この時代、そこまで珍しい事では無い。荷物があれば欲しがる者がいるのは当然だし、それを金を払わずに取ったのは盗賊。金を払って取ったのが客と言うだけの話。
墓地には、一人佇んでいるのみ。葬儀から一週間。ずっとここにきては泣いていた。
何故、何故。どうして、どうして。何故殺されたのが彼女だったのか。どうして彼女は殺されねばならなかったのか。
疑問が次々と少女の心を蝕んでいく。後悔の念が後から後から押し寄せてくる。
もしかしたら、あの時何かが出来たかもしれない。もしかしたら、殺され無くて良かったかもしれない。そんな、あるかもしれない"IF"の話を考えていた。
墓に彼女の名を刻んであるのを見て、またその瞳からは涙が溢れ出す。
いつも一緒だった彼女を失った事は、少女にとって心に穴があいたような感覚だった。酷い喪失感。空虚な心。
何も考えられない。何も考えたくない。
死を、受け入れる事が出来ない。
「どうして、どうして死んじゃったの……エリー」
呟きは、誰にも聞こえる事無く消えて行く。
今にも雨が降りそうな、灰色の空。まるで彼女の心を現したかのように暗く、ポツリポツリと降り始めた雨は彼女の涙を連想させる。
雨が降り始めた事にも気付かず、彼女は涙を流し続ける。その頬を伝うのが涙か、それとも雨か。それさえ彼女には分からない様な状態だ。
墓を見つめる少女の視界に、ふと奇妙なモノが映った。
かなりの肥満体形に眼鏡をかけた男。顎と口が非常に細長い上に大きく、鋭い歯がむき出しになっている、傍から見ればとてもおかしな人物。
服装は黒く長いシルクハットをかぶり、白いコートを着ている。手には手袋。眼鏡をかけていて耳が長い。
差している傘も奇妙で、色は黄色、先端にはかぼちゃの顔の様な物が着いている。
「始めましテ。吾輩の名は千年伯爵といいまス」
笑った様に見えるその顔で、話しかけられる。だが、少女の反応は薄い。
「こんな所で泣いていたら、風邪を引いてしまいますヨ」
「構わないわ……彼女がいなくなったなら、私はどうしたらいいか分からないもの……」
疲れ切った顔。声には一度聞いただけで憂鬱になりそうな程悲しみが込められていた。
「大切な人が死んでしまったのですカ」
男──千年伯爵は、墓に刻まれる少女の名を見る。
「ええ……家族同然で……とても、大切な人だったわ」
そしてまた、思い出して涙があふれてくる。泣き虫だと言われても構わない。家族同然の者が死んだのだ。ショックを受けない方がおかしい。
「始めて神を呪ったわ……どうして、彼女が死ななくてはならなかったのかと」
「ならば、憎き神の手からエリーを取り戻しましょウ」
伯爵は、事も無げにそう告げる。だが、彼女にとってそれは甘い蜜。何を代償にしても、もう会う事の出来ない人に会う事が出来ると言う、甘い誘惑。
取り出したのは、プラモデルの様な形をした、一体の骨組み。二メートル強位の大きさがあるその骨組みは、外側だけで中は何も無い。空っぽだ。
「これは吾輩が造った魔道式ボディ。これを使って魂を取り込み、復活させまス」
あたかも、それが素晴らしい物であるかのように説明をする。
そんな事が出来る筈がない。普通ならばそう反応するだろう。だが、憔悴しきった彼女にはそれさえ考える力は無かった。
「魂を取り込み、復活させる……?」
「そうでス。ですが、彼女を復活させるには、あなたの協力がいるんですヨ」
聞いてはならない悪魔の囁き。それを受け入れてしまえば、後に待つのは死のみ。
だが、少女はそれが分からない。
「私の、協力?」
「ええ、エリーと絆の深いあなたの『呼び声』が……」
少女は、笑った。そんな簡単な事でいいのか、と。
「そうでス。エリーと絆のあるあなたの声だからこそ、魂をあの世から呼び戻す事が出来ル」
少女に、戸惑いは無かった。躊躇は無かった。困惑は無かった。
唯、言われるがままに、その名を呼ぶ。嬉々として、喜々として。
「エリー!!」
一筋の光が魔道式ボディに降り注ぐ。そして、その額には逆さ五つ星(ペンタクル)と『エリー』という名が刻まれた。
ギギギ、とゆっくり動きだし、呼んだ少女は笑みを浮かべる。
彼女が、戻ってきてくれたと。もう一度、あの楽しい日々が戻ってくると。
だが、次に聞いたのは、感謝の言葉では無かった。
「ル、ルナ……なんて事を……」
「……え……?」
ルナと呼ばれた少女は、そこで初めて困惑する。
「よくも私をAKUMA にしたな!! 捕まった! 逃げられない!!」
骨組みは叫ぶ。悲痛の叫び、何故自分を呼んでしまったのかと。激情を隠さない。隠せない。
死者に与えられるのは安らぎ。だが、この魔道式ボディに閉じ込めてしまえば安らぎなど与えられない。
AKUMA に内蔵された魂に自由など無い。永遠に拘束され、伯爵の兵器 となるのみだ。
「フフ。お前はもう吾輩のモノです、エリーちゃん。命令です。この女を殺して被りなさイ」
「ヴヴヴ……」
伯爵の命令に抵抗するかのように頭を抱えるエリー。だが、その抵抗も空しく消え、エリーは両手を剣の様に振るってルナを殺した。
悲鳴など無い。唯、驚愕がその瞳に映っているだけだ。
血を流し、ゆっくりと崩れ落ちる。魂を囚われ、操られたエリーは泣く様に声を出す。
死体となったルナ。そして、その中へ入ろうとするエリー。
「Happy birthday to you」
伯爵は歌う。新しいアクマが生まれた事を喜びながら。
到底人間の体からは鳴らない様な歪な音を立てながら、骨組みは口を大きく開けさせて、そこから体の中へと入って行く。
ゴキッ、グチャッ。聞いている方が不快になる音が、墓地に鳴り続ける。
「Happy birthday to you dear……エリー、出来上がリ」
むくり、と無表情で起き上がる。
一番最初のアクマ。終焉への第一歩を、世界は踏み出した。
「伯爵サマ……」
「フフ、問題はなさそうですネ。では、最初にこの村の人間達を殺しつくしてしまいなさイ」
ハイライトの無い虚ろな目で伯爵を見ていたルナ。だが、中の魂はエリー。命令を聞き、人間の皮は破れておぞましい姿が現れる。
形状は逆向きのタマゴ型で、ボディ中央部に皮となった人物の顔がある。
いくつもの砲台を備え、その体はイノセンス以外まともな方法で壊す事は出来ない。
そして、AKUMAは空中をゆっくり漂いながら、村へと向かう。
●
「お、おい。何だアレ……?」
始めに気付いたのは、村の入り口にいる若者だった。遠目に見えた、おかしな形の空中に浮かぶモノ。
見たことが無い為か、それとも単純な興味の所為か。若者は近づいてしまった。
瞬間、連続した発砲音。
銃では無く、砲にカテゴリされるレベルのサイズの弾丸。それはAKUMAの血 を使って造られた弾丸であり、生物にとって猛毒。
人体を容易に打ち抜き、穴だらけに出来る弾丸だ。
弾丸に打ち抜かれた若者は地面に倒れた後、AKUMAの血の成分が体内に入った為にみるみるうちに黒いペンタクルに侵され、そのまま黒い霧状になって霧散した。
バラバラになった若者。粉の様になり、風に吹かれて消える。死体から出る死臭 は有毒だが、唯の人間はここにはいない。
AKUMAは、嗤う。
AKUMAは、製造者である伯爵に絶対服従であり、空腹に似た強い殺人衝動を持つ。人を殺すことで進化し、自我を有するようになり、形状や能力を変化させるという特性を持っているのだ。
この自我は取り込んだ魂と別の人格であり、AKUMAの自我は殺戮のたびに快感を覚える一方、魂のほうは苦しみ傷つけられる。
一人、殺した。それだけで、囚われた魂は苦しんでいき、AKUMAとしての自我は更にその快感を得ようと村へ急ぐ。
村はものの数十分程度で壊滅してしまった。
穴だらけになり、もはや建物としての構造を保っている事すら怪しい家々。
辺りには死体さえ残っていない。あるのはアクマに殺された事で発生した有毒の死臭 のみ。
そもそも、AKUMAの体はイノセンス以外では傷つきさえしない。男達が果敢に武器を持って攻撃した所で無駄。近づくだけで銃撃の雨にさらされ、近づけても傷一つ入れられない。
男達は次々に殺されていき、女達も逃げようとして殺される。逃げる事など出来はしない。
悲鳴と怒号が飛び交う。我先にと村の外へ逃げようとして、AKUMAに狙い撃たれる。勇猛果敢に挑んでも撃たれて死ぬ。
伯爵は笑う。
素晴らしいと、ここまでとは予想以上だと、笑う。
「上出来ですネ。吾輩の可愛いアクマちゃン。もっともっと殺して進化するのでス」
AKUMAを見ながら、そう呟く。そして、人の気配に気づく。
一軒家。小さい家だが、モノは多く隠れる場所は多い。次々にモノを退けて人の気配を探す。
「見ーつけタ」
怯えながら、涙を精一杯堪えた目で伯爵を見る。その目に映るのは恐怖と悲しみ。親が死んでしまったと気付いてしまった。
聡い子だと、伯爵はニッコリ笑った。
「お母さんやお父さんに、もう一度会いたくはありませんカ?」
甘い誘惑は続く。父や母がここに隠れていろと言い、その数十分後には誰もいないと言う事を感じ取った子供。顔は悲痛に歪んでいる。
AKUMAとは『機械』と『魂』と『悲劇』を材料に造られる悪性兵器。
アクマとは、魂を内蔵した生きる兵器。その魂は<製造者>に支配され、罪に苦悩し、己の姿に絶望し、現実を憎悪する。
そんな魂のフラストレーションがアクマを進化させるエネルギー源となる。
人の心には誰しも闇がある。その闇が『悲劇』によってより深くなった者の前に、千年伯爵は現れ、アクマを生む。
「……お父さんやお母さんに、会いたい」
親を殺された少年は、伯爵の手を取ってしまった。
悲しみは廻る。一体のアクマによって人は簡単かつ次々に殺されていき、その悲しみは新たなアクマを生む事になる。その繰り返しだ。
きっと、この地球上に、世界に人間がいる限り、アクマは消える事は無いのだろう。
空は暗く、墓地には生温い空気が漂っている。
灰色の空を見上げているのは一人の少女。その眼は真っ赤に腫れており、泣き晴らしたのが一目瞭然という状態だった。
少女は、親友を失った。
昔から仲が良く、姉妹同然で育って来た少女が、自分の目の前で死んだのだ。
盗賊に襲われ、人質に取られた少女は、自分の目の前で暴れて盗賊に殺された。
あまりに理不尽だと、盗賊を呪う。
盗賊に襲われる事自体は、この時代、そこまで珍しい事では無い。荷物があれば欲しがる者がいるのは当然だし、それを金を払わずに取ったのは盗賊。金を払って取ったのが客と言うだけの話。
墓地には、一人佇んでいるのみ。葬儀から一週間。ずっとここにきては泣いていた。
何故、何故。どうして、どうして。何故殺されたのが彼女だったのか。どうして彼女は殺されねばならなかったのか。
疑問が次々と少女の心を蝕んでいく。後悔の念が後から後から押し寄せてくる。
もしかしたら、あの時何かが出来たかもしれない。もしかしたら、殺され無くて良かったかもしれない。そんな、あるかもしれない"IF"の話を考えていた。
墓に彼女の名を刻んであるのを見て、またその瞳からは涙が溢れ出す。
いつも一緒だった彼女を失った事は、少女にとって心に穴があいたような感覚だった。酷い喪失感。空虚な心。
何も考えられない。何も考えたくない。
死を、受け入れる事が出来ない。
「どうして、どうして死んじゃったの……エリー」
呟きは、誰にも聞こえる事無く消えて行く。
今にも雨が降りそうな、灰色の空。まるで彼女の心を現したかのように暗く、ポツリポツリと降り始めた雨は彼女の涙を連想させる。
雨が降り始めた事にも気付かず、彼女は涙を流し続ける。その頬を伝うのが涙か、それとも雨か。それさえ彼女には分からない様な状態だ。
墓を見つめる少女の視界に、ふと奇妙なモノが映った。
かなりの肥満体形に眼鏡をかけた男。顎と口が非常に細長い上に大きく、鋭い歯がむき出しになっている、傍から見ればとてもおかしな人物。
服装は黒く長いシルクハットをかぶり、白いコートを着ている。手には手袋。眼鏡をかけていて耳が長い。
差している傘も奇妙で、色は黄色、先端にはかぼちゃの顔の様な物が着いている。
「始めましテ。吾輩の名は千年伯爵といいまス」
笑った様に見えるその顔で、話しかけられる。だが、少女の反応は薄い。
「こんな所で泣いていたら、風邪を引いてしまいますヨ」
「構わないわ……彼女がいなくなったなら、私はどうしたらいいか分からないもの……」
疲れ切った顔。声には一度聞いただけで憂鬱になりそうな程悲しみが込められていた。
「大切な人が死んでしまったのですカ」
男──千年伯爵は、墓に刻まれる少女の名を見る。
「ええ……家族同然で……とても、大切な人だったわ」
そしてまた、思い出して涙があふれてくる。泣き虫だと言われても構わない。家族同然の者が死んだのだ。ショックを受けない方がおかしい。
「始めて神を呪ったわ……どうして、彼女が死ななくてはならなかったのかと」
「ならば、憎き神の手からエリーを取り戻しましょウ」
伯爵は、事も無げにそう告げる。だが、彼女にとってそれは甘い蜜。何を代償にしても、もう会う事の出来ない人に会う事が出来ると言う、甘い誘惑。
取り出したのは、プラモデルの様な形をした、一体の骨組み。二メートル強位の大きさがあるその骨組みは、外側だけで中は何も無い。空っぽだ。
「これは吾輩が造った魔道式ボディ。これを使って魂を取り込み、復活させまス」
あたかも、それが素晴らしい物であるかのように説明をする。
そんな事が出来る筈がない。普通ならばそう反応するだろう。だが、憔悴しきった彼女にはそれさえ考える力は無かった。
「魂を取り込み、復活させる……?」
「そうでス。ですが、彼女を復活させるには、あなたの協力がいるんですヨ」
聞いてはならない悪魔の囁き。それを受け入れてしまえば、後に待つのは死のみ。
だが、少女はそれが分からない。
「私の、協力?」
「ええ、エリーと絆の深いあなたの『呼び声』が……」
少女は、笑った。そんな簡単な事でいいのか、と。
「そうでス。エリーと絆のあるあなたの声だからこそ、魂をあの世から呼び戻す事が出来ル」
少女に、戸惑いは無かった。躊躇は無かった。困惑は無かった。
唯、言われるがままに、その名を呼ぶ。嬉々として、喜々として。
「エリー!!」
一筋の光が魔道式ボディに降り注ぐ。そして、その額には逆さ五つ星(ペンタクル)と『エリー』という名が刻まれた。
ギギギ、とゆっくり動きだし、呼んだ少女は笑みを浮かべる。
彼女が、戻ってきてくれたと。もう一度、あの楽しい日々が戻ってくると。
だが、次に聞いたのは、感謝の言葉では無かった。
「ル、ルナ……なんて事を……」
「……え……?」
ルナと呼ばれた少女は、そこで初めて困惑する。
「よくも私を
骨組みは叫ぶ。悲痛の叫び、何故自分を呼んでしまったのかと。激情を隠さない。隠せない。
死者に与えられるのは安らぎ。だが、この魔道式ボディに閉じ込めてしまえば安らぎなど与えられない。
「フフ。お前はもう吾輩のモノです、エリーちゃん。命令です。この女を殺して被りなさイ」
「ヴヴヴ……」
伯爵の命令に抵抗するかのように頭を抱えるエリー。だが、その抵抗も空しく消え、エリーは両手を剣の様に振るってルナを殺した。
悲鳴など無い。唯、驚愕がその瞳に映っているだけだ。
血を流し、ゆっくりと崩れ落ちる。魂を囚われ、操られたエリーは泣く様に声を出す。
死体となったルナ。そして、その中へ入ろうとするエリー。
「Happy birthday to you」
伯爵は歌う。新しいアクマが生まれた事を喜びながら。
到底人間の体からは鳴らない様な歪な音を立てながら、骨組みは口を大きく開けさせて、そこから体の中へと入って行く。
ゴキッ、グチャッ。聞いている方が不快になる音が、墓地に鳴り続ける。
「Happy birthday to you dear……エリー、出来上がリ」
むくり、と無表情で起き上がる。
一番最初のアクマ。終焉への第一歩を、世界は踏み出した。
「伯爵サマ……」
「フフ、問題はなさそうですネ。では、最初にこの村の人間達を殺しつくしてしまいなさイ」
ハイライトの無い虚ろな目で伯爵を見ていたルナ。だが、中の魂はエリー。命令を聞き、人間の皮は破れておぞましい姿が現れる。
形状は逆向きのタマゴ型で、ボディ中央部に皮となった人物の顔がある。
いくつもの砲台を備え、その体はイノセンス以外まともな方法で壊す事は出来ない。
そして、AKUMAは空中をゆっくり漂いながら、村へと向かう。
●
「お、おい。何だアレ……?」
始めに気付いたのは、村の入り口にいる若者だった。遠目に見えた、おかしな形の空中に浮かぶモノ。
見たことが無い為か、それとも単純な興味の所為か。若者は近づいてしまった。
瞬間、連続した発砲音。
銃では無く、砲にカテゴリされるレベルのサイズの弾丸。それはAKUMAの
人体を容易に打ち抜き、穴だらけに出来る弾丸だ。
弾丸に打ち抜かれた若者は地面に倒れた後、AKUMAの血の成分が体内に入った為にみるみるうちに黒いペンタクルに侵され、そのまま黒い霧状になって霧散した。
バラバラになった若者。粉の様になり、風に吹かれて消える。死体から出る
AKUMAは、嗤う。
AKUMAは、製造者である伯爵に絶対服従であり、空腹に似た強い殺人衝動を持つ。人を殺すことで進化し、自我を有するようになり、形状や能力を変化させるという特性を持っているのだ。
この自我は取り込んだ魂と別の人格であり、AKUMAの自我は殺戮のたびに快感を覚える一方、魂のほうは苦しみ傷つけられる。
一人、殺した。それだけで、囚われた魂は苦しんでいき、AKUMAとしての自我は更にその快感を得ようと村へ急ぐ。
村はものの数十分程度で壊滅してしまった。
穴だらけになり、もはや建物としての構造を保っている事すら怪しい家々。
辺りには死体さえ残っていない。あるのはアクマに殺された事で発生した有毒の
そもそも、AKUMAの体はイノセンス以外では傷つきさえしない。男達が果敢に武器を持って攻撃した所で無駄。近づくだけで銃撃の雨にさらされ、近づけても傷一つ入れられない。
男達は次々に殺されていき、女達も逃げようとして殺される。逃げる事など出来はしない。
悲鳴と怒号が飛び交う。我先にと村の外へ逃げようとして、AKUMAに狙い撃たれる。勇猛果敢に挑んでも撃たれて死ぬ。
伯爵は笑う。
素晴らしいと、ここまでとは予想以上だと、笑う。
「上出来ですネ。吾輩の可愛いアクマちゃン。もっともっと殺して進化するのでス」
AKUMAを見ながら、そう呟く。そして、人の気配に気づく。
一軒家。小さい家だが、モノは多く隠れる場所は多い。次々にモノを退けて人の気配を探す。
「見ーつけタ」
怯えながら、涙を精一杯堪えた目で伯爵を見る。その目に映るのは恐怖と悲しみ。親が死んでしまったと気付いてしまった。
聡い子だと、伯爵はニッコリ笑った。
「お母さんやお父さんに、もう一度会いたくはありませんカ?」
甘い誘惑は続く。父や母がここに隠れていろと言い、その数十分後には誰もいないと言う事を感じ取った子供。顔は悲痛に歪んでいる。
AKUMAとは『機械』と『魂』と『悲劇』を材料に造られる悪性兵器。
アクマとは、魂を内蔵した生きる兵器。その魂は<製造者>に支配され、罪に苦悩し、己の姿に絶望し、現実を憎悪する。
そんな魂のフラストレーションがアクマを進化させるエネルギー源となる。
人の心には誰しも闇がある。その闇が『悲劇』によってより深くなった者の前に、千年伯爵は現れ、アクマを生む。
「……お父さんやお母さんに、会いたい」
親を殺された少年は、伯爵の手を取ってしまった。
悲しみは廻る。一体のアクマによって人は簡単かつ次々に殺されていき、その悲しみは新たなアクマを生む事になる。その繰り返しだ。
きっと、この地球上に、世界に人間がいる限り、アクマは消える事は無いのだろう。