第十五夜:接触
ナギ達は首都での休暇を楽しんでいた。
エクソシスト達は忙しく、今は動ける人員がいないと言う事で、ナギ達は一時的に足止めを喰らっているのだ。
あまり来た事の無い首都に来たからか、アリカは少しばかり興味が湧いた様で、ナギを連れてショッピングに出かけている。
ラカンはプールで遊び、詠春はこれを使って怪我をしっかり治す事にし、アルとゼクト、ガトウは諜報活動に精を出していた。
だが、当然ながら伯爵について少し諜報活動をしただけで分かる様な情報がある筈も無く、頭を悩ませている。
「そのAKUMAとやらの所為で、この世界は戦争をしているのか?」
「正確に言えばその製造者。千年伯爵っつー奴の所為だよ」
ナギとアリカは大量の荷物を運びながら会話を続ける。
と言っても、ナギが荷物の殆どを持っているのでアリカは手ぶらと言ってもいい状況だが。
「実力はふざけた程に高い。このままじゃ、いつか世界はあの野郎に滅ぼされる。冗談じゃ無く、マジだって事が笑えねぇよな」
ボロボロにやられた自分達の事を自嘲する。
伯爵一人にあの様。数千数万数十万といる大量のAKUMAも相手にしなくてはならないと言うのに、状況は悪化している様な気しかしない。
本来ならイノセンスを持たないナギ達がAKUMAに勝てる事自体がおかしなことだ。だが、それを成し得る以上、ナギ達は自分達に"AKUMAの破壊"を絶対の目的にしている。
破壊する事は当然として、作らせない事もまた然り。
戦争を終わらせなくては、この世界はAKUMAを作る為の工場になってしまう。
「千年伯爵、か……」
どこかで聞いた事がある。AKUMAも何も関係ない別のどこかで、その名を聞いた事があると思考する。
だが、思いだせない。それほど重要な事では無かったのか、と思い直し、アリカは歩を進めていく。
「どの道戦争は終わらせなきゃならない。何か都合良く敵さんの証拠でも手に入ればいいんだけどな」
尻尾が見えない。AKUMAを使っているのか、証拠は基本的にその人物ごと消しているのだ。
関係があると疑われた人物は、全て死んだ事になっている。関係無い人間が混じっていた可能性もあるし、AKUMAが混じっていた可能性もある。
「ままならねぇな」
溜息をつき、こういうのは俺の仕事じゃないよなぁ。と考える。戦闘こそが自分のフィールドだと確信しているのだ。
役割を決め、それぞれその役割に従う形で動く。RPGゲームの様な感覚だ。
それにしては、ラスボスの規模がいささか大き過ぎる気がしないでもないが。
「……とにかく、まだ動く事は出来ぬのだろう?」
「まーな。誰が敵で誰が味方かも分からねーし、戦い様がない」
操られているだけ、と言う可能性も否定できないのだ。無闇に殺せば、それが元でAKUMAを作る事に繋がりかねない。
「……敵がハッキリわかっても、勝てるかどうかは別問題、か」
小さく呟くその言葉は、隣にいるアリカにも聞こえた。
絶対の戦力を誇る伯爵。それに相対するエクソシストとナギ達。このままなら結末は見えている。
「気になるのは、アレだけの戦力を誇っていながら何でさっさと俺達を殺さないのか、だ」
「……殺す価値がないと思われたのか?」
「その可能性も捨て切れねーけど、アルが言うには、俺達を生かす事にも何か意味があるのかもしれない。って事らしい」
それは、伯爵しか知りえない事柄だ。情報が足らな過ぎる。
「ま、結局戦うしか方法は──っと」
念話だ。盗聴されない様配慮した念話。ガトウからの連絡が来た。
ナギは二、三言葉を返して念話を切る。
「戻るぞ、姫さん」
「何かあったのか?」
「いや、客人だ。持て成してやる必要があるから、早めに戻って来いってさ」
荷物を抱え、宿の方を顎で示しながら、ナギはそう告げた。
●
宿の中。ナギとアリカが戻り、調査にでていた紅き翼も戻ってきて、全員が揃った夕刻。
「で、其処の奴は誰よ。その服着てる所を見ると、エクソシスト何だろうけどよ」
ローズクロスの入った服。魔力的な防御壁があってあり、並大抵の攻撃なら防いでくれる位の防御力は存在している。それを着ているのは連合のエクソシスト。
肩まであって、切りそろえられた黒髪。地毛は恐らく金髪なのだろう、根元の色が少し薄い。ナギと同じ位の体格で、筋肉質な肉体をしている。
「オイオイ、俺はお前等の為にここに来てやったんだぜ? 感謝はされてもそんな蔑むような眼を向けられる言われはねぇ」
「って言ってもなぁ……」
そのコートの下、上半身裸だし。とナギが続ける。
ついでに言うと、ズボンもボロボロでもはや服としての意味がない。いろいろと見えそうで仕方がない状態だ。
「別にコートはちゃんと着てるだろうが。これも服だぞ」
「前開けて全部見えてる時点で服としての意味がねぇよ」
冷静に突っ込みを入れるナギ。頷く一同。アリカは汚物でも見るかのような目を向けている。ラカンも同じ様な格好をしているのだが、ズボンまでボロボロで色々と見えそうになっている訳では無いのでスルーしている。
「止めろ、止めてくれ。俺の心のライフはもうゼロだ」
其処まで心が強い訳じゃねーんだよぉ。来る途中でAKUMAと戦闘して破けたから予備のコート着てるだけなんだよぉ。と言う。
「ならせめて前を閉じろよ。何で開けっぱなしなんだ」
「いやだって此処暑いしさ。俺冬国育ちだから暑いの苦手でさー」
しらねーよ! と一斉に突っこみが入る。
「まぁ良いか。自己紹介をしよう。俺の名はギュスターブ・シンクレア。イノセンスはこの右眼だ」
恐らく染めているであろう黒い髪をかき上げ、その瞳を曝け出した。
「『魔滅の眼 』っつーんだけどな。便利なんだぜ、この眼」
見た目には何ら自分達と変わりない、普通の眼。そして、ギュスターブはその眼のイノセンスを発動させる。
途端に眼が燃える様に真っ赤に染まり、獲物を求める猛禽類の様な印象を受ける眼となった。
「能力はAKUMAと人間の識別。この眼で見れば、人間かAKUMAかを一発で判断できるっつー便利モノだ。AKUMAの破壊活動をするときは主にもう一人のエクソシストと組む事が多い。今はいないが、直ぐに着くだろう」
発動を解き、普通の状態に戻す。
そのまま、ガトウの隣から円を描くように歩き始めた。
「そして、俺のこの眼で見て、分かった事が一つある」
ガトウ、と続け、言われた本人は一つの資料を取り出した。
「そいつには、俺の調査資料が入っている。中身は今のメガロのNo.2である、執務官 に関しての情報だ」
ナギ達の後ろを回り、更に円を描き、歩く。
「そいつはAKUMAだ。更に言えば、他にも上層部に入り込んでる奴が何人かいる」
上層部とエクソシストが会う機会はほぼゼロに等しい。上層部にとってエクソシストは唯AKUMAを倒す為だけの"駒"に過ぎないし、指示ならアリシアを通してすれば済む事だ。
故に、上層部に入り込んでも気付かれなかった。
「最近会う機会があってな。俺の眼が反応したんだよ。で、AKUMAと判明ってわけさ」
「……これを使えば、戦争を終わらせられるのか?」
「多分な」
元の位置に戻ってきたギュスターブ。少なくとも、これ以上の無意味な戦線拡大は防げるだろうし、伯爵が政治に干渉することも難しくなるだろう。
「既にマクギル元老院議員と連絡を取ってある。今夜にでも接触を図る予定だ。ナギと俺は当然として、ジャックも行くだろう? 後はギュスターブもだ」
「俺も?」
ギュスターブが嫌そうな顔をして、ガトウは煙草を吹かしながら問いに答える。
「当たり前だろう。お前が手に入れた証拠だからな」
「……何か、お前等元から知り合い? 仲良くね?」
「そりゃそうだろう。元相棒だしな」
国際捜査官時代からの知り合いであり、同期。一緒に捜査した事件は数知れず。
国際捜査官を止めた後も、偶に連絡を取り合う事をしていたほどだ。
「まぁ、それはどうでもいい。……ここが分かれ目だ。ここから先、一歩踏み込めば、伯爵は動く可能性が高まる。お前等もそれは承知の上だろう?」
ほぼ全員が頷く。そんな事は分かっている。覚悟ならば、とうの昔に決めている。
だが、アリカは違う。戦いで散る訳にはいかない。伯爵を倒し、国を救わねばならない。それが、国の治める者としての定めだ。
「アリカ姫は帝国の第三王女との会談が入っている。そちら側にはエクソシストが護衛につく予定だ」
「俺達はどうなんだよ? 俺達の誰かが護衛に着いちゃ駄目なのか?」
「アホ。俺達が行くのは駄目に決まってるだろうが。相手は帝国の王女だぞ。俺達が行けば戦争やりに来たと思われる」
会談なのだ。傭兵であり、帝国から恐れられている存在の紅き翼のメンバーが行くわけにはいかない。
その点、エクソシストは安心できる。両方の組織にそれぞれエクソシストがいて、何か有事の際には対応が出来るからだ。
もし、仮にAKUMAが襲ってきたとしたら、唯の正規兵程度では相手にならないし、エクソシスト以外では戦闘にさえならないだろう。
「そう言う訳だ。後ろにいる男がついて行く。安心して良いぜ」
その場にいた全員が一斉に後ろを向く。そこには、音も無くドアを開けた形でこちらを見ている青年の姿があった。
「長門。こいつ等が紅き翼だ。仲良くしてやれよ」
「五月蠅い、変態。お前は黙って、ろ」
のっけから言葉のボディブローを食らわされ、少しへこむギュスターブ。
「さて、役者はそろった。後は行動を起こすだけだ」
ガトウは煙草をふかしながらそう言った。
●
マクギルの自室。ノックをして中へと入り、夜空を見ているマクギル元老院議員を見る。
机の後ろにある窓から見える夜景は美しく、町の光がイルミネーションとなって輝いている。
「……来たか」
振り向きつつ、マクギルはそう言った。
「マクギル元老院議員」
「ご苦労。証拠品はオリジナルだろうね?」
「ハ……法務官 はまだいらっしゃいませんか」
歩みを止める事無く、ガトウ達はマクギルへと近づく。ギュスターブの方を見れば、頷き、AKUMAでは無いと教える。人間ならば、味方だ。
そう、判断した。
「法務官 は……来られぬ事になった」
「ハ……?」
「あれから少し考えたのだがね。いや、考えたと言っても私個人の意見では無い。──この戦争は、勝ち戦だ。ここで水を差して連合が止まると思うかね? 答えは否だ。AKUMAが混じっていたとしても、恐らく次は伯爵の傀儡になった組織として、また帝国そのものに標的を再度定めて侵攻を開始するだろう」
そもそも、大衆に知らされる事柄が全て真実とは限らない。だが、大衆にとっては知らされた事だけが真実であり、隠された事までは知り得ない。
つまり、連合に伯爵が入り込んでいたとしても、帝国の中枢に入り込んでいるとして戦争を続ける。
それが、今の元老院のやることだ。
「伯爵の手で踊らされていたなど、他の元老院議員が必死の思いで隠蔽を施す。それでは意味がない。今は時期が悪いのだ、君達も本意では無いだろうが、今は手を引いて──」
「待ちな」
真剣な顔つきで、ナギはマクギルが話している途中に言葉をはさむ。
確信を持った様子で、次の言葉を告げた。
「アンタ、マクギル議員じゃねぇな。何モンだ?」
無詠唱の魔法の射手。着弾と同時に爆発し、マクギルの頭に直撃した。
「な……!」
ガトウとラカン、ギュスターブはナギの所業を見て呆然となり、ガトウが慌ててナギに問い詰める。
「ちょ──ナギおまっ……何やってんだよ! 元老院の頭燃やすっておま……」
未だに燃え続けている元老院を見て、思考がフルスロットルでこの後の事を考える。だが、ナギの告げる一言でそれから無理矢理意識を戻された。
「バーカ、よく見てみなおっさん」
「何!?」
炎の中、マクギル議員は無傷だった。いや、服は所々焦げている。だが、それだけで傷一つ無いし、顔色一つ変えていない。
「……何故分かった?」
焦げた服を脱ぎ捨て、その中の白い服を着たその人物をハッキリと視認する。
凶悪な存在感。本能が逃げろと警鐘を鳴らすほど、目の前に姿を現そうとしている彼女に威圧されている。
「違和感バリバリなんだよ。マクギル議員は戦争を終わらせる事に必死だった。反対されても、俺らが何とかするからって信用してたんだよ。それをいきなり掌返されたら誰だって不審に思うさ」
それに、
「普段感じてた魔力が殆ど感じられないってのも、おかしな話だろ?」
「ふむ……それもそうだな。やはりもう少し何とかする必要がある、か」
マクギルの姿を取っていたその人物は徐々に姿を変え、金髪の女性の姿となった。エヴァの"色"の能力だ。
万物への変身。マクギルの姿を取ってナギ達を引かせようとしていたのだろう。
押さえつけていた魔力を解放し、睨みつけて威圧する。
「本物のマクギル議員は、残念ながら苗床になったよ」
苗床? と疑問を浮かべた刹那、辺りに蝶が舞っていた。つまり、ティーズに喰わせた、と言う事だ。
人間を食べる事で力を増し、数を増やす蝶型のゴーレム。人一人を食べれば意外と大きくなるもので、既に掌には収まりきれないほどの大きさと化している。
咄嗟に退避し、その範囲から抜け出すナギ達。先ほどまで居た場所には蝶達が群がり、その中心には一人の男性がいた。
老練な雰囲気を醸し出す、熟達した実力を持つ男。肌で感じられるほどに鋭くピリピリとした雰囲気は、ナギ達を射抜いていた。
周りにはLv2のAKUMAが数体。ここで戦闘を始めれば、厄介な事になるのは目に見えている。
「全く、最初から始末に動けばいい物を……お前なら、あの程度の三人位簡単に殺せるだろう?」
「千年公に言われただろうが、出来る限り殺すなと。理由は知らんが、千年公の言う事に一々文句付ける気も無い」
二人の共通点を上げるとすれば、白いコートの様な服、似たような雰囲気──そして、浅黒い肌と額の聖痕。
ギュスターブを見れば、あり得ない、と呟いている。
「AKUMAじゃ無い、そのくせ、AKUMAと一緒に行動しているだと……!?」
「何!? AKUMAじゃ無いだと!? なら、何故AKUMAと行動している!」
「私達は人間だよ。いや、私は人間ですらないか」
くくっ、と笑いを堪え切れずに、口から笑い声を漏らす。ナギ達は驚きに染まった表情を見せる。
心底おかしそうに、エヴァが笑みを浮かべながらナギ達を見る。
悪意に塗れた笑み。見ている者を魅了する様な笑みでありながら、その表情には恐怖さえ覚えてしまう。
「何だ、その顔? 人間がAKUMAと仲良くしちゃいけないのか?」
「AKUMAは! 人間を狙う、最悪の兵器なんだぞ……!」
ナギは、堪え切れずにそう叫ぶ。エヴァはそれを一笑し、言葉を続ける。
それが当然だと言わんばかりに、先生が生徒に教える様に、ゆっくりと。
「兵器というものさ、人間同士で争う時に使うモノだろう? 動物が兵器を使うか? 植物が兵器を使うか? 魔法も含め、それと同じだよ。人が人を殺す一つの手段にすぎない。道具に対して何か感情移入でもしてるのか?」
愉快だとばかりに口元を歪め、笑みを作る。
「バカバカしい。道具は唯の道具だろう。それ以外の何物でも無い」
吐き捨てる様に言う。AKUMAを道具としてしか使わない、ノアとしての気質だ。気に入ったAKUMAを傍に置く事はあるが、それこそノアの中では珍しい方だろう。
幾らでも替えのきく便利道具。その程度の認識しか無い。
「お前等、何モンだ?」
ナギはあくまで冷静に、エヴァ達に問う。
「私達は"ノア"さ。千年公の兄弟で、そこのエクソシストの様に偽物の神に選ばれた存在では無く、神に選ばれた本当の使徒。それが"ノアの一族"だ」
「お喋りが過ぎるぞ、エヴァ」
「今はラストルと呼べと言っているだろう。ジョイド」
白髪交じりの男に対し、エヴァは素っ気なくそう言う。
根本的にナギ達を敵として見ていない。油断と慢心がありありと見てとれる。だが、その癖隙が見当たらない。
その事に、ナギが歯がゆそうに奥歯をかみしめ、悪態をつく。
「クソッタレ……どうなってやがる」
「どの道、あいつ等敵なんだろ。だったらやるしかねぇだろうが!!」
ラカンはアーティファクトを出し、ナギは杖を構えて、ガトウは両手をポケットに入れる。ギュスターブは既にイノセンスを発動しており、いつでも攻撃できる体制だ。
その様子を見たエヴァが、小さく構えた。相手を見下さんばかりの態度だが、実力はある程度認めているのだろう。
そうでなければ、エヴァは構える事すらせずに殺してしまうのだから。
「フ、私達を倒すつもりか。格の違いを教えてやろう」
エヴァとナギの拳がぶつかり合い、衝撃で周りのガラスが割れる。二人とも同じ様に魔力で強化しているとはいえ、吸血鬼とノアの力が混ざった膂力に敵う筈も無く、ナギは無残にも弾き飛ばされた。
ジョイドが一歩前に出てティーズ達を召喚する。
チラリとエヴァへ視線を向け、手早く言葉を伝えた。
「私が行く。お前は予定通りやれ」
「フン。……わ、わしだ! マクギル議員だ……うむ、反逆者だッ! ああ、うむ。確かだ。奴らに暗殺されかけた、早く救援を頼むッ! スプリングフィールド、ラカン、ヴァンデンバーグ。奴等は帝国のスパイだった! 奴らの仲間もだ! 今も狙われている。軍に連絡を……」
ジョイドがナギ達と戦っている間にエヴァが通信の魔法で連絡し、紅き翼を反逆者として仕立て上げる。予定通りだ。と言っても、千年公は特に指示した事では無く、彼等が勝手にやった事だが。
この程度で千年公のシナリオに支障は出ないと、そう確信している。
そして、はめられた紅き翼の面々はと言えば、今になってはめられた事に気付いていた。
「げ……」
「……やられたな。面倒な事になるぞ」
「お前等は少々暴れ過ぎだ。邪魔なんだよ」
都合のいい駒でもあるがな。と聞こえない様呟き、蝶 の光線が視界を埋め尽くす。
ぶつかり合う様に魔法をぶつけるナギ、剣をぶつけるラカン。ガトウとギュスターブはAKUMAの破壊を優先した。
『魔滅の眼 』は視界にAKUMAを入れるだけで破壊できると言う優れモノだ。が、Lv2のAKUMAは一分以上視界に入れる必要があるし、イノセンスの影響を受けて自身の居場所がバレる。
攻撃を防ぐ事の出来る味方がいればそれだけ確実に破壊できる、強力なイノセンスだ。
ガトウが豪殺居合拳で時間を稼ぎ、ギュスターブが眼で破壊する方法を取り、確実に破壊する。
ラカンとナギは快楽 を相手に戦うが、攻撃がすり抜けてしまい、ダメージを与えられない。
「退け、ジョイド。一撃で沈める」
エヴァが右手を掲げ、予め遅延してあった『氷神の戦鎚』を発動させる。巨大な氷塊で部屋が壊れ、同時に右手と同じ様に遅延してあった左手の『闇の吹雪』を放つ。
ナギ達は咄嗟に回避して海に落ちた様だが、エヴァには小さくはあったが確実に手応えがあった。恐らく誰かに当たっているだろう。
ジョイドはその跡を見て、エヴァへと問いかけた。
「追う必要は?」
「無いな。どの道、これは唯のデモンストレーションだ。私達の事が多少知れたくらいでは、何と言う事も無い」
金色の髪をなびかせ、現れた方舟の入口に入っていく。AKUMAは既に破壊されていたらしく、残骸だけが残った。
●
「ゲホッ、ゲホッ!」
「大丈夫か、ナギ。お前あの一撃をまともに喰らっただろ」
ナギに肩を貸しながら、ガトウが傷の具合を見る。エヴァの魔法を防ぐ盾となったのだ。咄嗟に障壁を全力展開したとはいえ、その程度で止められる様な威力では無い。
腹部と胸部から血を流しており、エヴァの使う魔法の威力の高さを物語っていた。
一方のギュスターブとラカンはと言えば。
「ブクブクブク」
「おい、アイツ溺れてるぞ! 泳げねぇのかよ!!」
ラカンがギュスターブを掴んで水面上へと顔を出す。カナヅチだったギュスターブは、ラカンに掴まることでようやくしっかりと空気を吸っていた。
咳をしながら飲んでしまった水を吐き、息を整える。
「ゲホッ。た、助かったぜ……」
「クソッ。完全に負けだった! また、負けだった……!」
ナギの傷を手当てするためにも、急いで岸まで泳ぐ三人。いや、二人。一人は泳いでいる奴につかまっているだけだ。
結構距離があった上に、憲兵に見つかる訳にもいかない。その所為で数分かかって岸まで辿りつき、ナギは自分の怪我の治療を始める。
腹部の血は魔法でダメージを受けて血を吐いたせいらしく、防いだ左手は不自然に曲がっていた。胸部の傷は肉が少し抉れているらしい。
粗いながらも自分で大雑把に治療し、後はアルに任せようと立ち上がる。
それでもダメージは大きかったのか、立ち上がった際には足がふらついていた。
「あいつ等、なんて強さだよ……ノア、だったか」
「ああ、化物だ。AKUMAと比べても、あの強さは異常だぞ」
油断があったのは否定できない。Lv2だからと緊張感を緩め、ノアと言っても多少強いだけの唯の人間だと思っていた。
その結果が、これ。油断していたのはノア達も同じだろうが、実力差が如実に表れる結果となった訳だ。
「しかもあのジジイ、俺の剣をどうやってか無傷で通過しやがったぞ」
快楽のノアの能力は万物の選択。イノセンスでは無いラカンのアーティファクトでは、怪我を付ける事さえ叶わない。
「タカミチ君達は無事脱出できたかな……」
ガトウは弟子と仲間の事を思って、いたであろう場所を見つめる。
「……姫さん達があぶねぇな」
怪我をある程度治した所で、ナギは立ち上がった。
ナギ達は首都での休暇を楽しんでいた。
エクソシスト達は忙しく、今は動ける人員がいないと言う事で、ナギ達は一時的に足止めを喰らっているのだ。
あまり来た事の無い首都に来たからか、アリカは少しばかり興味が湧いた様で、ナギを連れてショッピングに出かけている。
ラカンはプールで遊び、詠春はこれを使って怪我をしっかり治す事にし、アルとゼクト、ガトウは諜報活動に精を出していた。
だが、当然ながら伯爵について少し諜報活動をしただけで分かる様な情報がある筈も無く、頭を悩ませている。
「そのAKUMAとやらの所為で、この世界は戦争をしているのか?」
「正確に言えばその製造者。千年伯爵っつー奴の所為だよ」
ナギとアリカは大量の荷物を運びながら会話を続ける。
と言っても、ナギが荷物の殆どを持っているのでアリカは手ぶらと言ってもいい状況だが。
「実力はふざけた程に高い。このままじゃ、いつか世界はあの野郎に滅ぼされる。冗談じゃ無く、マジだって事が笑えねぇよな」
ボロボロにやられた自分達の事を自嘲する。
伯爵一人にあの様。数千数万数十万といる大量のAKUMAも相手にしなくてはならないと言うのに、状況は悪化している様な気しかしない。
本来ならイノセンスを持たないナギ達がAKUMAに勝てる事自体がおかしなことだ。だが、それを成し得る以上、ナギ達は自分達に"AKUMAの破壊"を絶対の目的にしている。
破壊する事は当然として、作らせない事もまた然り。
戦争を終わらせなくては、この世界はAKUMAを作る為の工場になってしまう。
「千年伯爵、か……」
どこかで聞いた事がある。AKUMAも何も関係ない別のどこかで、その名を聞いた事があると思考する。
だが、思いだせない。それほど重要な事では無かったのか、と思い直し、アリカは歩を進めていく。
「どの道戦争は終わらせなきゃならない。何か都合良く敵さんの証拠でも手に入ればいいんだけどな」
尻尾が見えない。AKUMAを使っているのか、証拠は基本的にその人物ごと消しているのだ。
関係があると疑われた人物は、全て死んだ事になっている。関係無い人間が混じっていた可能性もあるし、AKUMAが混じっていた可能性もある。
「ままならねぇな」
溜息をつき、こういうのは俺の仕事じゃないよなぁ。と考える。戦闘こそが自分のフィールドだと確信しているのだ。
役割を決め、それぞれその役割に従う形で動く。RPGゲームの様な感覚だ。
それにしては、ラスボスの規模がいささか大き過ぎる気がしないでもないが。
「……とにかく、まだ動く事は出来ぬのだろう?」
「まーな。誰が敵で誰が味方かも分からねーし、戦い様がない」
操られているだけ、と言う可能性も否定できないのだ。無闇に殺せば、それが元でAKUMAを作る事に繋がりかねない。
「……敵がハッキリわかっても、勝てるかどうかは別問題、か」
小さく呟くその言葉は、隣にいるアリカにも聞こえた。
絶対の戦力を誇る伯爵。それに相対するエクソシストとナギ達。このままなら結末は見えている。
「気になるのは、アレだけの戦力を誇っていながら何でさっさと俺達を殺さないのか、だ」
「……殺す価値がないと思われたのか?」
「その可能性も捨て切れねーけど、アルが言うには、俺達を生かす事にも何か意味があるのかもしれない。って事らしい」
それは、伯爵しか知りえない事柄だ。情報が足らな過ぎる。
「ま、結局戦うしか方法は──っと」
念話だ。盗聴されない様配慮した念話。ガトウからの連絡が来た。
ナギは二、三言葉を返して念話を切る。
「戻るぞ、姫さん」
「何かあったのか?」
「いや、客人だ。持て成してやる必要があるから、早めに戻って来いってさ」
荷物を抱え、宿の方を顎で示しながら、ナギはそう告げた。
●
宿の中。ナギとアリカが戻り、調査にでていた紅き翼も戻ってきて、全員が揃った夕刻。
「で、其処の奴は誰よ。その服着てる所を見ると、エクソシスト何だろうけどよ」
ローズクロスの入った服。魔力的な防御壁があってあり、並大抵の攻撃なら防いでくれる位の防御力は存在している。それを着ているのは連合のエクソシスト。
肩まであって、切りそろえられた黒髪。地毛は恐らく金髪なのだろう、根元の色が少し薄い。ナギと同じ位の体格で、筋肉質な肉体をしている。
「オイオイ、俺はお前等の為にここに来てやったんだぜ? 感謝はされてもそんな蔑むような眼を向けられる言われはねぇ」
「って言ってもなぁ……」
そのコートの下、上半身裸だし。とナギが続ける。
ついでに言うと、ズボンもボロボロでもはや服としての意味がない。いろいろと見えそうで仕方がない状態だ。
「別にコートはちゃんと着てるだろうが。これも服だぞ」
「前開けて全部見えてる時点で服としての意味がねぇよ」
冷静に突っ込みを入れるナギ。頷く一同。アリカは汚物でも見るかのような目を向けている。ラカンも同じ様な格好をしているのだが、ズボンまでボロボロで色々と見えそうになっている訳では無いのでスルーしている。
「止めろ、止めてくれ。俺の心のライフはもうゼロだ」
其処まで心が強い訳じゃねーんだよぉ。来る途中でAKUMAと戦闘して破けたから予備のコート着てるだけなんだよぉ。と言う。
「ならせめて前を閉じろよ。何で開けっぱなしなんだ」
「いやだって此処暑いしさ。俺冬国育ちだから暑いの苦手でさー」
しらねーよ! と一斉に突っこみが入る。
「まぁ良いか。自己紹介をしよう。俺の名はギュスターブ・シンクレア。イノセンスはこの右眼だ」
恐らく染めているであろう黒い髪をかき上げ、その瞳を曝け出した。
「『
見た目には何ら自分達と変わりない、普通の眼。そして、ギュスターブはその眼のイノセンスを発動させる。
途端に眼が燃える様に真っ赤に染まり、獲物を求める猛禽類の様な印象を受ける眼となった。
「能力はAKUMAと人間の識別。この眼で見れば、人間かAKUMAかを一発で判断できるっつー便利モノだ。AKUMAの破壊活動をするときは主にもう一人のエクソシストと組む事が多い。今はいないが、直ぐに着くだろう」
発動を解き、普通の状態に戻す。
そのまま、ガトウの隣から円を描くように歩き始めた。
「そして、俺のこの眼で見て、分かった事が一つある」
ガトウ、と続け、言われた本人は一つの資料を取り出した。
「そいつには、俺の調査資料が入っている。中身は今のメガロのNo.2である、
ナギ達の後ろを回り、更に円を描き、歩く。
「そいつはAKUMAだ。更に言えば、他にも上層部に入り込んでる奴が何人かいる」
上層部とエクソシストが会う機会はほぼゼロに等しい。上層部にとってエクソシストは唯AKUMAを倒す為だけの"駒"に過ぎないし、指示ならアリシアを通してすれば済む事だ。
故に、上層部に入り込んでも気付かれなかった。
「最近会う機会があってな。俺の眼が反応したんだよ。で、AKUMAと判明ってわけさ」
「……これを使えば、戦争を終わらせられるのか?」
「多分な」
元の位置に戻ってきたギュスターブ。少なくとも、これ以上の無意味な戦線拡大は防げるだろうし、伯爵が政治に干渉することも難しくなるだろう。
「既にマクギル元老院議員と連絡を取ってある。今夜にでも接触を図る予定だ。ナギと俺は当然として、ジャックも行くだろう? 後はギュスターブもだ」
「俺も?」
ギュスターブが嫌そうな顔をして、ガトウは煙草を吹かしながら問いに答える。
「当たり前だろう。お前が手に入れた証拠だからな」
「……何か、お前等元から知り合い? 仲良くね?」
「そりゃそうだろう。元相棒だしな」
国際捜査官時代からの知り合いであり、同期。一緒に捜査した事件は数知れず。
国際捜査官を止めた後も、偶に連絡を取り合う事をしていたほどだ。
「まぁ、それはどうでもいい。……ここが分かれ目だ。ここから先、一歩踏み込めば、伯爵は動く可能性が高まる。お前等もそれは承知の上だろう?」
ほぼ全員が頷く。そんな事は分かっている。覚悟ならば、とうの昔に決めている。
だが、アリカは違う。戦いで散る訳にはいかない。伯爵を倒し、国を救わねばならない。それが、国の治める者としての定めだ。
「アリカ姫は帝国の第三王女との会談が入っている。そちら側にはエクソシストが護衛につく予定だ」
「俺達はどうなんだよ? 俺達の誰かが護衛に着いちゃ駄目なのか?」
「アホ。俺達が行くのは駄目に決まってるだろうが。相手は帝国の王女だぞ。俺達が行けば戦争やりに来たと思われる」
会談なのだ。傭兵であり、帝国から恐れられている存在の紅き翼のメンバーが行くわけにはいかない。
その点、エクソシストは安心できる。両方の組織にそれぞれエクソシストがいて、何か有事の際には対応が出来るからだ。
もし、仮にAKUMAが襲ってきたとしたら、唯の正規兵程度では相手にならないし、エクソシスト以外では戦闘にさえならないだろう。
「そう言う訳だ。後ろにいる男がついて行く。安心して良いぜ」
その場にいた全員が一斉に後ろを向く。そこには、音も無くドアを開けた形でこちらを見ている青年の姿があった。
「長門。こいつ等が紅き翼だ。仲良くしてやれよ」
「五月蠅い、変態。お前は黙って、ろ」
のっけから言葉のボディブローを食らわされ、少しへこむギュスターブ。
「さて、役者はそろった。後は行動を起こすだけだ」
ガトウは煙草をふかしながらそう言った。
●
マクギルの自室。ノックをして中へと入り、夜空を見ているマクギル元老院議員を見る。
机の後ろにある窓から見える夜景は美しく、町の光がイルミネーションとなって輝いている。
「……来たか」
振り向きつつ、マクギルはそう言った。
「マクギル元老院議員」
「ご苦労。証拠品はオリジナルだろうね?」
「ハ……
歩みを止める事無く、ガトウ達はマクギルへと近づく。ギュスターブの方を見れば、頷き、AKUMAでは無いと教える。人間ならば、味方だ。
そう、判断した。
「
「ハ……?」
「あれから少し考えたのだがね。いや、考えたと言っても私個人の意見では無い。──この戦争は、勝ち戦だ。ここで水を差して連合が止まると思うかね? 答えは否だ。AKUMAが混じっていたとしても、恐らく次は伯爵の傀儡になった組織として、また帝国そのものに標的を再度定めて侵攻を開始するだろう」
そもそも、大衆に知らされる事柄が全て真実とは限らない。だが、大衆にとっては知らされた事だけが真実であり、隠された事までは知り得ない。
つまり、連合に伯爵が入り込んでいたとしても、帝国の中枢に入り込んでいるとして戦争を続ける。
それが、今の元老院のやることだ。
「伯爵の手で踊らされていたなど、他の元老院議員が必死の思いで隠蔽を施す。それでは意味がない。今は時期が悪いのだ、君達も本意では無いだろうが、今は手を引いて──」
「待ちな」
真剣な顔つきで、ナギはマクギルが話している途中に言葉をはさむ。
確信を持った様子で、次の言葉を告げた。
「アンタ、マクギル議員じゃねぇな。何モンだ?」
無詠唱の魔法の射手。着弾と同時に爆発し、マクギルの頭に直撃した。
「な……!」
ガトウとラカン、ギュスターブはナギの所業を見て呆然となり、ガトウが慌ててナギに問い詰める。
「ちょ──ナギおまっ……何やってんだよ! 元老院の頭燃やすっておま……」
未だに燃え続けている元老院を見て、思考がフルスロットルでこの後の事を考える。だが、ナギの告げる一言でそれから無理矢理意識を戻された。
「バーカ、よく見てみなおっさん」
「何!?」
炎の中、マクギル議員は無傷だった。いや、服は所々焦げている。だが、それだけで傷一つ無いし、顔色一つ変えていない。
「……何故分かった?」
焦げた服を脱ぎ捨て、その中の白い服を着たその人物をハッキリと視認する。
凶悪な存在感。本能が逃げろと警鐘を鳴らすほど、目の前に姿を現そうとしている彼女に威圧されている。
「違和感バリバリなんだよ。マクギル議員は戦争を終わらせる事に必死だった。反対されても、俺らが何とかするからって信用してたんだよ。それをいきなり掌返されたら誰だって不審に思うさ」
それに、
「普段感じてた魔力が殆ど感じられないってのも、おかしな話だろ?」
「ふむ……それもそうだな。やはりもう少し何とかする必要がある、か」
マクギルの姿を取っていたその人物は徐々に姿を変え、金髪の女性の姿となった。エヴァの"色"の能力だ。
万物への変身。マクギルの姿を取ってナギ達を引かせようとしていたのだろう。
押さえつけていた魔力を解放し、睨みつけて威圧する。
「本物のマクギル議員は、残念ながら苗床になったよ」
苗床? と疑問を浮かべた刹那、辺りに蝶が舞っていた。つまり、ティーズに喰わせた、と言う事だ。
人間を食べる事で力を増し、数を増やす蝶型のゴーレム。人一人を食べれば意外と大きくなるもので、既に掌には収まりきれないほどの大きさと化している。
咄嗟に退避し、その範囲から抜け出すナギ達。先ほどまで居た場所には蝶達が群がり、その中心には一人の男性がいた。
老練な雰囲気を醸し出す、熟達した実力を持つ男。肌で感じられるほどに鋭くピリピリとした雰囲気は、ナギ達を射抜いていた。
周りにはLv2のAKUMAが数体。ここで戦闘を始めれば、厄介な事になるのは目に見えている。
「全く、最初から始末に動けばいい物を……お前なら、あの程度の三人位簡単に殺せるだろう?」
「千年公に言われただろうが、出来る限り殺すなと。理由は知らんが、千年公の言う事に一々文句付ける気も無い」
二人の共通点を上げるとすれば、白いコートの様な服、似たような雰囲気──そして、浅黒い肌と額の聖痕。
ギュスターブを見れば、あり得ない、と呟いている。
「AKUMAじゃ無い、そのくせ、AKUMAと一緒に行動しているだと……!?」
「何!? AKUMAじゃ無いだと!? なら、何故AKUMAと行動している!」
「私達は人間だよ。いや、私は人間ですらないか」
くくっ、と笑いを堪え切れずに、口から笑い声を漏らす。ナギ達は驚きに染まった表情を見せる。
心底おかしそうに、エヴァが笑みを浮かべながらナギ達を見る。
悪意に塗れた笑み。見ている者を魅了する様な笑みでありながら、その表情には恐怖さえ覚えてしまう。
「何だ、その顔? 人間がAKUMAと仲良くしちゃいけないのか?」
「AKUMAは! 人間を狙う、最悪の兵器なんだぞ……!」
ナギは、堪え切れずにそう叫ぶ。エヴァはそれを一笑し、言葉を続ける。
それが当然だと言わんばかりに、先生が生徒に教える様に、ゆっくりと。
「兵器というものさ、人間同士で争う時に使うモノだろう? 動物が兵器を使うか? 植物が兵器を使うか? 魔法も含め、それと同じだよ。人が人を殺す一つの手段にすぎない。道具に対して何か感情移入でもしてるのか?」
愉快だとばかりに口元を歪め、笑みを作る。
「バカバカしい。道具は唯の道具だろう。それ以外の何物でも無い」
吐き捨てる様に言う。AKUMAを道具としてしか使わない、ノアとしての気質だ。気に入ったAKUMAを傍に置く事はあるが、それこそノアの中では珍しい方だろう。
幾らでも替えのきく便利道具。その程度の認識しか無い。
「お前等、何モンだ?」
ナギはあくまで冷静に、エヴァ達に問う。
「私達は"ノア"さ。千年公の兄弟で、そこのエクソシストの様に偽物の神に選ばれた存在では無く、神に選ばれた本当の使徒。それが"ノアの一族"だ」
「お喋りが過ぎるぞ、エヴァ」
「今はラストルと呼べと言っているだろう。ジョイド」
白髪交じりの男に対し、エヴァは素っ気なくそう言う。
根本的にナギ達を敵として見ていない。油断と慢心がありありと見てとれる。だが、その癖隙が見当たらない。
その事に、ナギが歯がゆそうに奥歯をかみしめ、悪態をつく。
「クソッタレ……どうなってやがる」
「どの道、あいつ等敵なんだろ。だったらやるしかねぇだろうが!!」
ラカンはアーティファクトを出し、ナギは杖を構えて、ガトウは両手をポケットに入れる。ギュスターブは既にイノセンスを発動しており、いつでも攻撃できる体制だ。
その様子を見たエヴァが、小さく構えた。相手を見下さんばかりの態度だが、実力はある程度認めているのだろう。
そうでなければ、エヴァは構える事すらせずに殺してしまうのだから。
「フ、私達を倒すつもりか。格の違いを教えてやろう」
エヴァとナギの拳がぶつかり合い、衝撃で周りのガラスが割れる。二人とも同じ様に魔力で強化しているとはいえ、吸血鬼とノアの力が混ざった膂力に敵う筈も無く、ナギは無残にも弾き飛ばされた。
ジョイドが一歩前に出てティーズ達を召喚する。
チラリとエヴァへ視線を向け、手早く言葉を伝えた。
「私が行く。お前は予定通りやれ」
「フン。……わ、わしだ! マクギル議員だ……うむ、反逆者だッ! ああ、うむ。確かだ。奴らに暗殺されかけた、早く救援を頼むッ! スプリングフィールド、ラカン、ヴァンデンバーグ。奴等は帝国のスパイだった! 奴らの仲間もだ! 今も狙われている。軍に連絡を……」
ジョイドがナギ達と戦っている間にエヴァが通信の魔法で連絡し、紅き翼を反逆者として仕立て上げる。予定通りだ。と言っても、千年公は特に指示した事では無く、彼等が勝手にやった事だが。
この程度で千年公のシナリオに支障は出ないと、そう確信している。
そして、はめられた紅き翼の面々はと言えば、今になってはめられた事に気付いていた。
「げ……」
「……やられたな。面倒な事になるぞ」
「お前等は少々暴れ過ぎだ。邪魔なんだよ」
都合のいい駒でもあるがな。と聞こえない様呟き、
ぶつかり合う様に魔法をぶつけるナギ、剣をぶつけるラカン。ガトウとギュスターブはAKUMAの破壊を優先した。
『
攻撃を防ぐ事の出来る味方がいればそれだけ確実に破壊できる、強力なイノセンスだ。
ガトウが豪殺居合拳で時間を稼ぎ、ギュスターブが眼で破壊する方法を取り、確実に破壊する。
ラカンとナギは
「退け、ジョイド。一撃で沈める」
エヴァが右手を掲げ、予め遅延してあった『氷神の戦鎚』を発動させる。巨大な氷塊で部屋が壊れ、同時に右手と同じ様に遅延してあった左手の『闇の吹雪』を放つ。
ナギ達は咄嗟に回避して海に落ちた様だが、エヴァには小さくはあったが確実に手応えがあった。恐らく誰かに当たっているだろう。
ジョイドはその跡を見て、エヴァへと問いかけた。
「追う必要は?」
「無いな。どの道、これは唯のデモンストレーションだ。私達の事が多少知れたくらいでは、何と言う事も無い」
金色の髪をなびかせ、現れた方舟の入口に入っていく。AKUMAは既に破壊されていたらしく、残骸だけが残った。
●
「ゲホッ、ゲホッ!」
「大丈夫か、ナギ。お前あの一撃をまともに喰らっただろ」
ナギに肩を貸しながら、ガトウが傷の具合を見る。エヴァの魔法を防ぐ盾となったのだ。咄嗟に障壁を全力展開したとはいえ、その程度で止められる様な威力では無い。
腹部と胸部から血を流しており、エヴァの使う魔法の威力の高さを物語っていた。
一方のギュスターブとラカンはと言えば。
「ブクブクブク」
「おい、アイツ溺れてるぞ! 泳げねぇのかよ!!」
ラカンがギュスターブを掴んで水面上へと顔を出す。カナヅチだったギュスターブは、ラカンに掴まることでようやくしっかりと空気を吸っていた。
咳をしながら飲んでしまった水を吐き、息を整える。
「ゲホッ。た、助かったぜ……」
「クソッ。完全に負けだった! また、負けだった……!」
ナギの傷を手当てするためにも、急いで岸まで泳ぐ三人。いや、二人。一人は泳いでいる奴につかまっているだけだ。
結構距離があった上に、憲兵に見つかる訳にもいかない。その所為で数分かかって岸まで辿りつき、ナギは自分の怪我の治療を始める。
腹部の血は魔法でダメージを受けて血を吐いたせいらしく、防いだ左手は不自然に曲がっていた。胸部の傷は肉が少し抉れているらしい。
粗いながらも自分で大雑把に治療し、後はアルに任せようと立ち上がる。
それでもダメージは大きかったのか、立ち上がった際には足がふらついていた。
「あいつ等、なんて強さだよ……ノア、だったか」
「ああ、化物だ。AKUMAと比べても、あの強さは異常だぞ」
油断があったのは否定できない。Lv2だからと緊張感を緩め、ノアと言っても多少強いだけの唯の人間だと思っていた。
その結果が、これ。油断していたのはノア達も同じだろうが、実力差が如実に表れる結果となった訳だ。
「しかもあのジジイ、俺の剣をどうやってか無傷で通過しやがったぞ」
快楽のノアの能力は万物の選択。イノセンスでは無いラカンのアーティファクトでは、怪我を付ける事さえ叶わない。
「タカミチ君達は無事脱出できたかな……」
ガトウは弟子と仲間の事を思って、いたであろう場所を見つめる。
「……姫さん達があぶねぇな」
怪我をある程度治した所で、ナギは立ち上がった。