第十六夜:人間
「警備は大丈夫なのか?」
「心配は、無い。エクソシストはAKUMA破壊に特化した、連中だ。が、対人となると其処まで能力は高く、無い」
「それでは駄目なのではないか? 相手がAKUMAだけとは限らんぞ?」
「対処は、してある」
長門と呼ばれる青年は、アリカの半歩後ろを着き従って歩く。質問には答えるが、要領を得ない答えにアリカは少々辟易していた。
そうしながらも、会談の場所へと向かって歩を進める。
相手は帝国の第三王女。同じ様にエクソシストの護衛を連れているのだろう。護衛の立場は同じでも、アリカと第三王女の立場は違う。
アリカは立場的に粗相の無い様にしなければならない。
「……ここだな」
ノックをし、中から返答があったので開けて、入る。
中にいたのは、白い髪が特徴的な二人の男性。そして、帝国の第三王女テオドラと、その後ろにいるローズクロスの入ったコートを着ているエクソシストの男。
エクソシストの男はフードまでかぶっており、顔が見えない。肌の色等から亜人と言う事は判断できるが。
「意外と遅かったね、長門。アリカ姫、お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
「……お主たちは?」
「我々はエクソシストと協力している組織のものだ。私の名はセクンドゥム、こっちはプリームムと言う」
「対AKUMAに特化したエクソシストと、対人に特化した我々で護衛を務める予定です。御心配は有りません」
セクンドゥムとプリームムが一礼をする。
手慣れた様子で執事の様に振る舞い、先に来ていたテオドラの様子を見ても、警戒の必要は薄い様に感じられた。
「我らが主の命 により、アリカ王女及びテオドラ王女の護衛を務める。我らの命に代えても、あなた方を死なせるような事はしない」
椅子に座り、アリカの目の前に紅茶が置かれる。エクソシストと協力していると言う事は、少なくとも伯爵の一派では無いのだろう。アリカはそう判断する。
無論、伯爵の一派ならば、手間をかける必要さえ無くこの場で戦闘を始めるのだろう。それも加味すれば、確かに問題は無いと言える。
「一応、あなたを護衛している紅き翼とも協力関係にあります。警戒を解く事は難しいでしょうが、今はテオドラ王女との会談を始めて頂ければと」
プリームムは静かにそう言う。一応この辺りにも結界を用意してある。ある程度のレベルまでは侵入できないだろう、と判断はしているのだが。
それでも、相手は千年伯爵。準備不足は合ってもし過ぎと言う事は無い。
「……まぁいい。では、テオドラ王女。会談を始めましょう」
「うむ。では──」
●
戦争を止めさせるために動くアリカとテオドラ。テオドラは第三王女である為、王族の中では三番手の権力を持つ。
とはいえ、王も姉二人も戦争を止めさせる事に関しては大体賛成している為、実質的に帝国の権力を殆ど扱える状態にある。
「……うむ。では、徐々に戦線を退かせればよいのじゃな?」
「恐らくは。ナギ達『紅き翼』の調査結果が正しければ、今の執政官 があちら側の人間の様ですので」
その職から離せば、恐らくは戦線を退かせようとする者が出てくるだろう。元々物量を帝国に挑む事自体が無謀だ。ナギ達が居たからこそ、ここまで連合は生き延びていると取っても良い。
とはいえ、帝国か連合どちらかに勝たせようとしても、AKUMAが動いて戦力の微調整を施すだろう。結局、目立つか目立たないかの違いでしか無い。
実際、連合は勝ち戦だと思っている様だが、それは違う。
この戦争は元から連合に勝ち目など存在しないのだ。戦力はもちろん、規模も、技術も、全てにおいて帝国に勝る要素が無い。
帝国は元々AKUMAに対して有効な策が少ないため、魔法具や精霊砲などの技術に頼る部分が多かった。その所為か、連合がイノセンスに頼って戦う間にも、帝国は技術を伸ばし続けた。
結果、帝国は魔法具に関して魔法世界一の技術を有し、大国であるが故に資材や資金に困る事が無いため、魔法世界で連合を下せるだけの力を持っている事になる。
ここまで拮抗しているのは、単に紅き翼の活躍に寄るところが大きい。そして、裏で操るノアやAKUMA達の動きも然り。
紅き翼を退かせ、帝国にも退かせれば、自然と戦争は規模を小さくしていく事になるだろう。とはいえ、納得するかどうかはまた別の話になる。
「仕方がない、ということじゃろうな。亜人の子供を殺したのは、恐らくAKUMAなのじゃろう?」
「私もそう考えています。連合とて、AKUMAの事を知っている以上、帝国と戦争をしても利は無い筈でしょうし」
金になる事があるからと言っても、AKUMAに殺される可能性が高まる以上は迂闊な事はしないだろう。そこまで命知らずならば、元老院に入る事など出来はしない。
いや、逆に言えば、その為だけに元老院に入ろうとする者がいてもおかしくは無いのかもしれない。
千年伯爵の手駒として、傀儡となるだけの協力者。そう言った存在が入り込んでいる可能性も否めないのだ。
「……それよりも私が気になっているのは、千年伯爵と呼ばれる者の事です」
「千年伯爵、かの? 我々の敵、それ以外に何かあるのか?」
「いえ、そう言う事では無いのです。唯、どこか別の場所で聞いた事が──」
アリカが言葉を続けようとした時、カシャン、と音がした。
音の正体に気付いた四人は直ぐに動き、アリカとテオドラを守る様に周りを固める。
「な、何事じゃ!?」
いきなりの展開に着いていけていないテオドラは、驚いた様な声を出す。
四人の視界の先にあるのは、扉。先ほどまで壁だった場所に、不思議な形で、奇妙な装飾の扉が其処にあった。
ドアはゆっくりと開き、中から三人の男が現れる。
「……ここが、帝国第三王女テオドラとウェスペルタティア王国王女アリカの会談の場所で間違いないな?」
大柄の白い服を着た男。回りを見渡す様に目を動かし、後ろから続いて同じ様な格好の二人が姿を現す。
「そのようだ。アリカ王女の方には見覚えがある」
こちらもまた白い服。だが、身長はプリームム達と同じ位だ。前に来た男が大き過ぎると言うだけの話なのだが。
続いて、それより少し低い身長の男。青年と言うよりも少年と形容した方が近い気もする程、身体的な幼さが垣間見える。
精神は、肉体とは違って成熟しきっている様だが。
「ロードもよくこの場所を知ってたものじゃのう」
浅黒い肌、額の聖痕。ただならぬ雰囲気を放つ三人に、二人のエクソシストはイノセンスを手に持った。
帝国に属するエクソシストは六名。内一人は元連合のエクソシストだ。
数年前から帝国の組織に属する男。黒髪は短く、身長は高い。鍛えられた筋肉はラカンの様な力任せに使うモノでは無く、必要最低限の筋力を得るためのもの。
手にかけたそれは弓の形をしており、全体は赤で統一され、所々は黒色で装飾された折り畳み式の弓。一応ククリ刀としても扱えるが、今は弓として構える。
長門は背負っている袋からそれを取り出し、同時に発動する。
──イノセンス、発動。
『悠久の弓』と『銀の杭打ち機 』。
前衛に長門、後ろには亜人のエクソシストが着く。その間にはアリカとテオドラ、それを横に挟むようにセクンドゥムとプリームムが陣を構える。
「……貴様等は、一体何だ? 伯爵の協力者か?」
「ふむ。流石の『完全なる世界』のメンバーとて、ワタシ達の事は掴めなかった訳か」
セクンドゥムの言葉に対し、ワイズリーは考える様にして答える。
その言葉を聞き、セクンドゥムは再度ワイズリーへと問いかけた。口調は威圧的に、答えなければ無理矢理にでも吐かせると言いたげに。
「我々の事を知っているのか?」
「当然だろう。お主たちはワタシ達と敵対しておるのだからな。敵の情報は幾らあっても良い物だろう?」
「なら、君達は一体何だ? 見た目は人間の様だし、AKUMAなのか? そうでなければ伯爵に協力する筈がない」
ブローカーの可能性も存在しない訳では無い。だが、彼らはAKUMAの元となる人間を伯爵に売るだけで、戦闘など出来る無いものが殆ど。
だからこそ、目の前にいる三人が解せない。
「ふふ、気になるか? だが、教える筈も無い。……まぁ、執政官の所へ行ったナギ・スプリングフィールド達なら、恐らく知っておるだろうな」
「ラストルの奴は口が軽いからな」
それはつまり、ナギ達は同じ様に戦闘していると言う事。首都メガロからは多少なりとも距離がある為、ナギ達が直ぐにここに来ると言う事は無いだろう。
ワイズリーは五つの眼をアーウェルンクスに向け、小さく笑う。
「まぁ、生きておればの話だがのう」
「ほう、それだけの自信があるのか? ナギ達を倒せるだけの力を持っていると」
「自信等という不確かなものでは無い。我々が、お前等人間如きに負ける事など無い」
トライドが口をはさむ。人間を見下しきった目と態度。なるほど、伯爵と協力して人類に敵対してもおかしく無い。
鼻の辺りまで伸びている前髪を揺らし、吊りあがっている冷やかな目で六人を見る。
「人間如き、か。お前も同じ人間だろう?」
「一緒にしないで貰いたい。我々はお前等とは違う」
言葉に少しだけイラつきを滲ませ、目を動かしてセクンドゥムを睨みつける。
「まぁ、どの道俺達は敵だと分かってくれればいい。其処の、戦争を止めようとしている二人の姫様を殺す為に来たとして、な」
その言葉で、プリームムとセクンドゥムは戦闘態勢を整え、エクソシストはイノセンスを構える。
「行く、ぞ。アルヴァ」
「分かっている。援護はオレに任せろ」
アルヴァ。アルヴァ・セーデルルンドと言う名の亜人のエクソシストは、弓を構え、弦を引く。
矢は番 えられておらず、弦だけを引く形になる。だが、弦を引くと圧縮された力の塊の様な物が矢となり、自動生成される。
「ワイズリー、裁 。ここは俺が行こう」
「獲物を取る気か?怒 」
「ワタシは別に構わん。どの道武闘派では無いしのう」
三人の内、一際大きい体躯の男が前に出る。得物は持たず、両腕を構えるだけだ。そのまま、ラースラは背後にいる二人へと声をかける。
「お前等は両隣のアーウェルンクスでも相手をしてろ。姫二人はその後でも始末できるだろう」
「お主にそう言う知的なセリフは似合わんのだがの」
茶化す様にワイズリーが言う。それに対し、ラースラは一度目を向けるだけ。ワイズリーの性格を分かっているのだろう。
文句は、言うだけ無駄だと。
「──行くぞ」
地面を蹴る。ノアになった事で基礎的な身体能力などが跳ね上がり、魔力を使用しなくても瞬動などの技術が使用できるようになった。
高速で動くラースラに対し、長門は『銀の杭打ち機 』を斜めに構えて振りかぶられた右腕を受け流し、そのまま脇腹へと杭を打ち抜く。
杭を紙一重で避け、ラースラは長門の後ろから放たれる矢を避ける。
「雷の精霊十七頭 集い来りて敵を切り裂け 魔法の射手 連弾・雷の十七矢」
魔力を精製、右手を振りかぶり、魔法を発動させる。
アルヴァは魔法の射手を弓で全て撃ち落とし、長門はその合間を抜けて杭を打ち込む。
だが、ラースラはその杭を素手で掴んだ 。
「むんっ! ……その程度か、エクソシスト。AKUMAに対しては強くても、人間が相手ではやり辛いか?」
本来イノセンスとはAUMA相手に使うモノであって、人間に対して使う武器では無い。
ただし、それはノアを除いて、というモノだが、ノアの存在を知らない以上、全ての人間に対して適用してもおかしくは無い。
(……我々では無く、エクソシストを狙った?)
だが、エクソシストを優先して狙ったラースラに対し、プリームムは疑問を覚える。対AKUMA専用の武器。神の物質と呼ばれる物質で、人間に対しては唯の武器としての力しか無い。
対人における戦闘力で言えば、アーウェルンクスである二人の方が上の筈なのだ。
トライドはラースラに対し、「獲物を取る気か」と言った。戦闘を楽しんでいる様にも取れる発言。より強い者を求めるなら、こちらの方に来るべきだ。完全なる世界の情報を持っている以上、彼らはアーウェルンクスの実力を知っている筈なのだから。
つまり、
「長門、アルヴァ! 彼ら、もしかするとイノセンスが弱点かも知れない!」
ワイズリーが目を見開く。驚きの表情を浮かべ、その直後に、面白い、とでも言いたげな笑みを浮かべる。
直後、ラースラは長門をイノセンスごと殴り飛ばして外へと出し、続けて魔法を放ってアルヴァも外へと強制的に連れ出す。
そして、ワイズリーは魔力の精製を開始する。ノアになった事で基礎的な身体能力はもちろん、気や魔力と言った類の力も底上げされている。スペックで言えば、ナギ達にも引けを取らない。
更に言えば、ノア達の魔法の師匠はエヴァであり、脳を覗けるワイズリーはメモリーに存在する記憶を簡単に引き継げる。
つまり、ワイズリーはエヴァや伯爵に次いで魔法の扱いに長けたノアだという事。
「契約に従い 我に従え 炎の覇王」
詠唱を始めたワイズリー。詠唱している魔法が不味いものだと判断し、セクンドゥムが動く。
雷速でワイズリーに殴りかかろうとするが、その直前に横から殴られ、吹き飛ばされる。
「な──ッ!?」
雷速に反応した。その時点で既に人間技では無い。だが、初動と来る場所が分かっていれば対処が出来ない訳ではないのだ。
その離れ業をやってのけたトライドは、変わらず冷めた目でセクンドゥムを見る。
「来れ浄化の炎 燃え盛る大剣」
「させないよ!」
プリームムが動く。掌には幾つもの魔法陣。そこから、相手を石化させる幾つもの釘が打ちだされる。
高速でワイズリーへと迫るその釘は、それ以上の速度を叩きだした剣によって弾かれた。
「遅い」
つまらなそうに呟く。トライドは両手に持った剣を使い、全ての釘を叩き落とす。
「ほとばしれよ ソドムを焼きし火と硫黄 罪ありし者を死の塵に──『燃える天空』」
轟音と共に爆炎が部屋を包む。壁を破壊し、アリカとテオドラを連れてギリギリで部屋から脱出したセクンドゥムとプリームム。
とはいえ、流石に無傷で済む筈も無く、プリームムはテオドラを庇って背中に火傷を負っている。セクンドゥムは速度に秀でている為、逃れる事が出来たようだ。
多重障壁を張っていたとはいえ、『燃える天空』をあそこまで近距離で放たれては、流石にアーウェルンクスと言えど不味い事になる。
使い手の技量にもよるだろうが、ワイズリーはまず間違いなくトップレベルの使い手だ。威力も相応のものが出ている。
外を見れば、アルヴァと長門がラースラと未だ戦い続けている。どちらも傷は少ないが、見た感じ長門達は疲労が激しい。このまま戦い続けても得は無いだろう、とセクンドゥムは判断した。
「……プリームム、エクソシスト二人を連れて転移しろ。時間は私が稼ぐ」
「だが、あの三人を相手にしてたら君は──」
「奴等は相当な実力者だ。このまま全員戦っていたら、まず間違いなくやられるぞ! ……やられる訳にはいかんのだ。お前は傷を負っているし、私は適役だろう?」
足手まといが二人いる時点で、既に勝ち目は薄い。造物主に『護れ』と命じられている以上、方法はこれしかないのだ。
速度と囮 で翻弄すれば、あの三人が相手でも時間稼ぎ位は可能の筈だと、セクンドゥムはそう言う。
長門達に合流するよう魔法で合図をし、トライド達が追ってきている事も確認する。
体を雷化し、魔力を練る。広域殲滅魔法を使えば、彼らとて無事では済まない。
プリームム達の足元には水が広がっている。転移する為の水で、長門達が到着し次第全員転移が可能だ。
「……来たか」
長門達とトライド達がこちらに着くまで、恐らくそんなに差は無い。時間稼ぎと攻撃を兼ねて、『千の雷』を放った。
雷鳴を響かせ、トライド達が砂煙に包まれて見えなくなる。逆側には長門達が到着し、転移し始めているプリームム。
「……セクンドゥム、お主」
アリカがセクンドゥムを見る。転移の途中の為、既に下半身は沈んでいる状態だ。
「私はそう簡単には死なん。何せ、我が主の作り出した最強の使徒だからな」
口元に薄く笑いを浮かべながら、セクンドゥムはそう言った。
プリームム達が完全に転移した事を確認し、後ろから拳を振るうラースラの懐に入り、一撃を入れる。多少退かせるだけだが、十分だ。
直後に上空へと飛び、追撃するように放たれる魔法の射手の弾膜を避け続ける。同時にデコイを創りだし、牽制としてワイズリーとラースラに向かわせる。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト イグドラシルの恩寵を以って来れ貫くもの 『轟き渡る雷の神槍 』!!」
長大な槍を近くへと迫っていたトライドへ投げつけた。
紙一重で簡単に避けられたが、続けて『雷の投擲』を詠唱し、手に二槍を持ってトライドの剣とぶつけあう。
風のアーウェルンクスとしての速度を最大限利用し、デコイを織り交ぜながらの高速戦闘。完全に反応して戦えるのは、恐らくノアでも伯爵とエヴァくらいだろう。
それほど『雷化』とは高等技術であり、強力なものなのだ。
とはいえ、ノア達にしても個々の能力というものが存在する。今、セクンドゥムと戦っているトライドを含め、三人は未だ誰もその能力を使っていない。
(不利等というレベルでは無いな、これは)
圧倒的な戦力差。恐らく奴等は一人一人が我らアーウェルンクスよりも高い実力を備えているだろう、と判断した。
ノアは対極に位置するイノセンスの力で無ければほぼ死ぬ事は無い。セクンドゥムはその事を知らないし、知っていたとしても持っていない以上はどうしようもない。
「諦めて死ね、人形」
トライドが短く、セクンドゥムへ告げる。
時間は十分に稼げた。プリームム達は十分な距離を稼げただろう。ナギ達と合流するのは遅くなるだろうが、逃げられただけでも僥倖とするべきだ。
ここでやられても大丈夫だ。セクンドゥムは、ついそう考えてしまった。
「……いかんな。私は、まだ死ぬわけにはいかない」
一度アリカに死なないと言ったのだ。なら、男としてそれは守らねばならない。そう思考する。
ラカンの受け売りだが、男に二言は有っちゃいけないらしいからな、と考えた。
『雷の投擲』を捨て、『轟き渡る雷の神槍 』を詠唱して構える。
「オオオオオオォォォォォォォォォッ!!」
セクンドゥムは叫びながら、トライドと刃を交えた。
「ワイズリー、ラースラ。手を出すなよ。こいつは俺の獲物だ」
トライドが二人のノアにそう告げ、剣を構えて近接戦闘を始める。
セクンドゥムは、トライドの攻撃一つ一つに対処していては確実にやられる。障壁で耐えられる物は障壁で耐え、避けられる物は避ける。
言うほど簡単な事では無い。極限まで集中し、尚且つ無駄を一切なくした動きで無ければ、一瞬の隙をつかれてやられる。
傷を次々に作りながらも、セクンドゥムは退かない。
イノセンスを持たずにノア一人に食い下がる事でさえ、アーウェルンクスとしての能力を超えている。魔力も枯渇しかけ、体力も殆ど奪われ、満身創痍の状態でも、セクンドゥムは死なないと確信していた。
半ば意識も飛び、視界がぶれる。
左眼は潰され、右腕は殆ど動かない。足もふらつき、頭からは血が流れている。魔力も体力も枯渇し、気力だけで立っているに過ぎない。
いや、立っている事さえ不思議に思える状態。
「……解せぬのう。お前なら、あの後逃げる事も出来た筈じゃろう? 何故逃げなかった?」
雷速を出せる以上、その速度には追いつく事はほぼ不可能。プリームム達を追跡しようにも、既に魔力の残痕は存在していない。
セクンドゥムが、ワタシ達に魔力の残痕を分からなくさせるために、辺り一面に放った大量のデコイの所為だろう、とワイズリーは考える。
「ハァ、ハァ……そうすれば、お前達は私の魔力の残りを辿って、追ってきただろう?」
「そうじゃな。ここまで簡単にボロボロに出来るなら、今のうちに潰して置いた方が後々面倒は無いじゃろう」
放っておいても良いと思うかもしれない。だが、紅き翼はイノセンスさえ持たずにAKUMAを破壊する。万が一イノセンスの適合者となれば、厄介な事になるのは間違いない。
万全を期すならば、殺して置くべきだ。
「なら、余計に逃げられないな」
小さく笑みを浮かべ、セクンドゥムは言う。
「彼らは、イノセンス無しにAKUMAと戦える。彼らを、殺させる訳にはいかない」
そして、自身も死ぬわけにはいかない。
左手にある『轟き渡る雷の神槍 』を握りしめ、気力を振りしぼってノア達を睨みつける。
トライドが地面を踏みしめて歩いてくるが聞こえる。だが、それに対して避ける事も出来なければ防ぐ事も出来ない。アクションを起こせない。
(……やられる、な)
酷く冷静に事を考える自分が居るのに気付く。
障壁も、既に魔力が枯渇している為に意味を成していない。今のセクンドゥムなら、魔法の射手を受けただけでも倒れるだろう。
結局、アリカ王女には嘘を吐く事になったか、と自嘲する。
だが、造物主の命令は守る事が出来た。命に代えても、姫を守る事が。敬愛する主の命 を守れただけ、まだマシなのだろう。
トライドが剣を振りかぶり、振り下ろすのが見える。
──そして、真っ赤な血 が辺りに飛び散った。
あとがき
今回は二話更新です。ぶっちゃけ元があるのに、加筆するだけでどんだけ時間食ってんだ、って話ですがw
余計な設定を付き足したりしてたからかなぁ……。
「警備は大丈夫なのか?」
「心配は、無い。エクソシストはAKUMA破壊に特化した、連中だ。が、対人となると其処まで能力は高く、無い」
「それでは駄目なのではないか? 相手がAKUMAだけとは限らんぞ?」
「対処は、してある」
長門と呼ばれる青年は、アリカの半歩後ろを着き従って歩く。質問には答えるが、要領を得ない答えにアリカは少々辟易していた。
そうしながらも、会談の場所へと向かって歩を進める。
相手は帝国の第三王女。同じ様にエクソシストの護衛を連れているのだろう。護衛の立場は同じでも、アリカと第三王女の立場は違う。
アリカは立場的に粗相の無い様にしなければならない。
「……ここだな」
ノックをし、中から返答があったので開けて、入る。
中にいたのは、白い髪が特徴的な二人の男性。そして、帝国の第三王女テオドラと、その後ろにいるローズクロスの入ったコートを着ているエクソシストの男。
エクソシストの男はフードまでかぶっており、顔が見えない。肌の色等から亜人と言う事は判断できるが。
「意外と遅かったね、長門。アリカ姫、お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
「……お主たちは?」
「我々はエクソシストと協力している組織のものだ。私の名はセクンドゥム、こっちはプリームムと言う」
「対AKUMAに特化したエクソシストと、対人に特化した我々で護衛を務める予定です。御心配は有りません」
セクンドゥムとプリームムが一礼をする。
手慣れた様子で執事の様に振る舞い、先に来ていたテオドラの様子を見ても、警戒の必要は薄い様に感じられた。
「我らが主の
椅子に座り、アリカの目の前に紅茶が置かれる。エクソシストと協力していると言う事は、少なくとも伯爵の一派では無いのだろう。アリカはそう判断する。
無論、伯爵の一派ならば、手間をかける必要さえ無くこの場で戦闘を始めるのだろう。それも加味すれば、確かに問題は無いと言える。
「一応、あなたを護衛している紅き翼とも協力関係にあります。警戒を解く事は難しいでしょうが、今はテオドラ王女との会談を始めて頂ければと」
プリームムは静かにそう言う。一応この辺りにも結界を用意してある。ある程度のレベルまでは侵入できないだろう、と判断はしているのだが。
それでも、相手は千年伯爵。準備不足は合ってもし過ぎと言う事は無い。
「……まぁいい。では、テオドラ王女。会談を始めましょう」
「うむ。では──」
●
戦争を止めさせるために動くアリカとテオドラ。テオドラは第三王女である為、王族の中では三番手の権力を持つ。
とはいえ、王も姉二人も戦争を止めさせる事に関しては大体賛成している為、実質的に帝国の権力を殆ど扱える状態にある。
「……うむ。では、徐々に戦線を退かせればよいのじゃな?」
「恐らくは。ナギ達『紅き翼』の調査結果が正しければ、今の
その職から離せば、恐らくは戦線を退かせようとする者が出てくるだろう。元々物量を帝国に挑む事自体が無謀だ。ナギ達が居たからこそ、ここまで連合は生き延びていると取っても良い。
とはいえ、帝国か連合どちらかに勝たせようとしても、AKUMAが動いて戦力の微調整を施すだろう。結局、目立つか目立たないかの違いでしか無い。
実際、連合は勝ち戦だと思っている様だが、それは違う。
この戦争は元から連合に勝ち目など存在しないのだ。戦力はもちろん、規模も、技術も、全てにおいて帝国に勝る要素が無い。
帝国は元々AKUMAに対して有効な策が少ないため、魔法具や精霊砲などの技術に頼る部分が多かった。その所為か、連合がイノセンスに頼って戦う間にも、帝国は技術を伸ばし続けた。
結果、帝国は魔法具に関して魔法世界一の技術を有し、大国であるが故に資材や資金に困る事が無いため、魔法世界で連合を下せるだけの力を持っている事になる。
ここまで拮抗しているのは、単に紅き翼の活躍に寄るところが大きい。そして、裏で操るノアやAKUMA達の動きも然り。
紅き翼を退かせ、帝国にも退かせれば、自然と戦争は規模を小さくしていく事になるだろう。とはいえ、納得するかどうかはまた別の話になる。
「仕方がない、ということじゃろうな。亜人の子供を殺したのは、恐らくAKUMAなのじゃろう?」
「私もそう考えています。連合とて、AKUMAの事を知っている以上、帝国と戦争をしても利は無い筈でしょうし」
金になる事があるからと言っても、AKUMAに殺される可能性が高まる以上は迂闊な事はしないだろう。そこまで命知らずならば、元老院に入る事など出来はしない。
いや、逆に言えば、その為だけに元老院に入ろうとする者がいてもおかしくは無いのかもしれない。
千年伯爵の手駒として、傀儡となるだけの協力者。そう言った存在が入り込んでいる可能性も否めないのだ。
「……それよりも私が気になっているのは、千年伯爵と呼ばれる者の事です」
「千年伯爵、かの? 我々の敵、それ以外に何かあるのか?」
「いえ、そう言う事では無いのです。唯、どこか別の場所で聞いた事が──」
アリカが言葉を続けようとした時、カシャン、と音がした。
音の正体に気付いた四人は直ぐに動き、アリカとテオドラを守る様に周りを固める。
「な、何事じゃ!?」
いきなりの展開に着いていけていないテオドラは、驚いた様な声を出す。
四人の視界の先にあるのは、扉。先ほどまで壁だった場所に、不思議な形で、奇妙な装飾の扉が其処にあった。
ドアはゆっくりと開き、中から三人の男が現れる。
「……ここが、帝国第三王女テオドラとウェスペルタティア王国王女アリカの会談の場所で間違いないな?」
大柄の白い服を着た男。回りを見渡す様に目を動かし、後ろから続いて同じ様な格好の二人が姿を現す。
「そのようだ。アリカ王女の方には見覚えがある」
こちらもまた白い服。だが、身長はプリームム達と同じ位だ。前に来た男が大き過ぎると言うだけの話なのだが。
続いて、それより少し低い身長の男。青年と言うよりも少年と形容した方が近い気もする程、身体的な幼さが垣間見える。
精神は、肉体とは違って成熟しきっている様だが。
「ロードもよくこの場所を知ってたものじゃのう」
浅黒い肌、額の聖痕。ただならぬ雰囲気を放つ三人に、二人のエクソシストはイノセンスを手に持った。
帝国に属するエクソシストは六名。内一人は元連合のエクソシストだ。
数年前から帝国の組織に属する男。黒髪は短く、身長は高い。鍛えられた筋肉はラカンの様な力任せに使うモノでは無く、必要最低限の筋力を得るためのもの。
手にかけたそれは弓の形をしており、全体は赤で統一され、所々は黒色で装飾された折り畳み式の弓。一応ククリ刀としても扱えるが、今は弓として構える。
長門は背負っている袋からそれを取り出し、同時に発動する。
──イノセンス、発動。
『悠久の弓』と『
前衛に長門、後ろには亜人のエクソシストが着く。その間にはアリカとテオドラ、それを横に挟むようにセクンドゥムとプリームムが陣を構える。
「……貴様等は、一体何だ? 伯爵の協力者か?」
「ふむ。流石の『完全なる世界』のメンバーとて、ワタシ達の事は掴めなかった訳か」
セクンドゥムの言葉に対し、ワイズリーは考える様にして答える。
その言葉を聞き、セクンドゥムは再度ワイズリーへと問いかけた。口調は威圧的に、答えなければ無理矢理にでも吐かせると言いたげに。
「我々の事を知っているのか?」
「当然だろう。お主たちはワタシ達と敵対しておるのだからな。敵の情報は幾らあっても良い物だろう?」
「なら、君達は一体何だ? 見た目は人間の様だし、AKUMAなのか? そうでなければ伯爵に協力する筈がない」
ブローカーの可能性も存在しない訳では無い。だが、彼らはAKUMAの元となる人間を伯爵に売るだけで、戦闘など出来る無いものが殆ど。
だからこそ、目の前にいる三人が解せない。
「ふふ、気になるか? だが、教える筈も無い。……まぁ、執政官の所へ行ったナギ・スプリングフィールド達なら、恐らく知っておるだろうな」
「ラストルの奴は口が軽いからな」
それはつまり、ナギ達は同じ様に戦闘していると言う事。首都メガロからは多少なりとも距離がある為、ナギ達が直ぐにここに来ると言う事は無いだろう。
ワイズリーは五つの眼をアーウェルンクスに向け、小さく笑う。
「まぁ、生きておればの話だがのう」
「ほう、それだけの自信があるのか? ナギ達を倒せるだけの力を持っていると」
「自信等という不確かなものでは無い。我々が、お前等人間如きに負ける事など無い」
トライドが口をはさむ。人間を見下しきった目と態度。なるほど、伯爵と協力して人類に敵対してもおかしく無い。
鼻の辺りまで伸びている前髪を揺らし、吊りあがっている冷やかな目で六人を見る。
「人間如き、か。お前も同じ人間だろう?」
「一緒にしないで貰いたい。我々はお前等とは違う」
言葉に少しだけイラつきを滲ませ、目を動かしてセクンドゥムを睨みつける。
「まぁ、どの道俺達は敵だと分かってくれればいい。其処の、戦争を止めようとしている二人の姫様を殺す為に来たとして、な」
その言葉で、プリームムとセクンドゥムは戦闘態勢を整え、エクソシストはイノセンスを構える。
「行く、ぞ。アルヴァ」
「分かっている。援護はオレに任せろ」
アルヴァ。アルヴァ・セーデルルンドと言う名の亜人のエクソシストは、弓を構え、弦を引く。
矢は
「ワイズリー、
「獲物を取る気か?
「ワタシは別に構わん。どの道武闘派では無いしのう」
三人の内、一際大きい体躯の男が前に出る。得物は持たず、両腕を構えるだけだ。そのまま、ラースラは背後にいる二人へと声をかける。
「お前等は両隣のアーウェルンクスでも相手をしてろ。姫二人はその後でも始末できるだろう」
「お主にそう言う知的なセリフは似合わんのだがの」
茶化す様にワイズリーが言う。それに対し、ラースラは一度目を向けるだけ。ワイズリーの性格を分かっているのだろう。
文句は、言うだけ無駄だと。
「──行くぞ」
地面を蹴る。ノアになった事で基礎的な身体能力などが跳ね上がり、魔力を使用しなくても瞬動などの技術が使用できるようになった。
高速で動くラースラに対し、長門は『
杭を紙一重で避け、ラースラは長門の後ろから放たれる矢を避ける。
「雷の精霊十七頭 集い来りて敵を切り裂け 魔法の射手 連弾・雷の十七矢」
魔力を精製、右手を振りかぶり、魔法を発動させる。
アルヴァは魔法の射手を弓で全て撃ち落とし、長門はその合間を抜けて杭を打ち込む。
だが、ラースラはその杭を
「むんっ! ……その程度か、エクソシスト。AKUMAに対しては強くても、人間が相手ではやり辛いか?」
本来イノセンスとはAUMA相手に使うモノであって、人間に対して使う武器では無い。
ただし、それはノアを除いて、というモノだが、ノアの存在を知らない以上、全ての人間に対して適用してもおかしくは無い。
(……我々では無く、エクソシストを狙った?)
だが、エクソシストを優先して狙ったラースラに対し、プリームムは疑問を覚える。対AKUMA専用の武器。神の物質と呼ばれる物質で、人間に対しては唯の武器としての力しか無い。
対人における戦闘力で言えば、アーウェルンクスである二人の方が上の筈なのだ。
トライドはラースラに対し、「獲物を取る気か」と言った。戦闘を楽しんでいる様にも取れる発言。より強い者を求めるなら、こちらの方に来るべきだ。完全なる世界の情報を持っている以上、彼らはアーウェルンクスの実力を知っている筈なのだから。
つまり、
「長門、アルヴァ! 彼ら、もしかするとイノセンスが弱点かも知れない!」
ワイズリーが目を見開く。驚きの表情を浮かべ、その直後に、面白い、とでも言いたげな笑みを浮かべる。
直後、ラースラは長門をイノセンスごと殴り飛ばして外へと出し、続けて魔法を放ってアルヴァも外へと強制的に連れ出す。
そして、ワイズリーは魔力の精製を開始する。ノアになった事で基礎的な身体能力はもちろん、気や魔力と言った類の力も底上げされている。スペックで言えば、ナギ達にも引けを取らない。
更に言えば、ノア達の魔法の師匠はエヴァであり、脳を覗けるワイズリーはメモリーに存在する記憶を簡単に引き継げる。
つまり、ワイズリーはエヴァや伯爵に次いで魔法の扱いに長けたノアだという事。
「契約に従い 我に従え 炎の覇王」
詠唱を始めたワイズリー。詠唱している魔法が不味いものだと判断し、セクンドゥムが動く。
雷速でワイズリーに殴りかかろうとするが、その直前に横から殴られ、吹き飛ばされる。
「な──ッ!?」
雷速に反応した。その時点で既に人間技では無い。だが、初動と来る場所が分かっていれば対処が出来ない訳ではないのだ。
その離れ業をやってのけたトライドは、変わらず冷めた目でセクンドゥムを見る。
「来れ浄化の炎 燃え盛る大剣」
「させないよ!」
プリームムが動く。掌には幾つもの魔法陣。そこから、相手を石化させる幾つもの釘が打ちだされる。
高速でワイズリーへと迫るその釘は、それ以上の速度を叩きだした剣によって弾かれた。
「遅い」
つまらなそうに呟く。トライドは両手に持った剣を使い、全ての釘を叩き落とす。
「ほとばしれよ ソドムを焼きし火と硫黄 罪ありし者を死の塵に──『燃える天空』」
轟音と共に爆炎が部屋を包む。壁を破壊し、アリカとテオドラを連れてギリギリで部屋から脱出したセクンドゥムとプリームム。
とはいえ、流石に無傷で済む筈も無く、プリームムはテオドラを庇って背中に火傷を負っている。セクンドゥムは速度に秀でている為、逃れる事が出来たようだ。
多重障壁を張っていたとはいえ、『燃える天空』をあそこまで近距離で放たれては、流石にアーウェルンクスと言えど不味い事になる。
使い手の技量にもよるだろうが、ワイズリーはまず間違いなくトップレベルの使い手だ。威力も相応のものが出ている。
外を見れば、アルヴァと長門がラースラと未だ戦い続けている。どちらも傷は少ないが、見た感じ長門達は疲労が激しい。このまま戦い続けても得は無いだろう、とセクンドゥムは判断した。
「……プリームム、エクソシスト二人を連れて転移しろ。時間は私が稼ぐ」
「だが、あの三人を相手にしてたら君は──」
「奴等は相当な実力者だ。このまま全員戦っていたら、まず間違いなくやられるぞ! ……やられる訳にはいかんのだ。お前は傷を負っているし、私は適役だろう?」
足手まといが二人いる時点で、既に勝ち目は薄い。造物主に『護れ』と命じられている以上、方法はこれしかないのだ。
速度と
長門達に合流するよう魔法で合図をし、トライド達が追ってきている事も確認する。
体を雷化し、魔力を練る。広域殲滅魔法を使えば、彼らとて無事では済まない。
プリームム達の足元には水が広がっている。転移する為の水で、長門達が到着し次第全員転移が可能だ。
「……来たか」
長門達とトライド達がこちらに着くまで、恐らくそんなに差は無い。時間稼ぎと攻撃を兼ねて、『千の雷』を放った。
雷鳴を響かせ、トライド達が砂煙に包まれて見えなくなる。逆側には長門達が到着し、転移し始めているプリームム。
「……セクンドゥム、お主」
アリカがセクンドゥムを見る。転移の途中の為、既に下半身は沈んでいる状態だ。
「私はそう簡単には死なん。何せ、我が主の作り出した最強の使徒だからな」
口元に薄く笑いを浮かべながら、セクンドゥムはそう言った。
プリームム達が完全に転移した事を確認し、後ろから拳を振るうラースラの懐に入り、一撃を入れる。多少退かせるだけだが、十分だ。
直後に上空へと飛び、追撃するように放たれる魔法の射手の弾膜を避け続ける。同時にデコイを創りだし、牽制としてワイズリーとラースラに向かわせる。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト イグドラシルの恩寵を以って来れ貫くもの 『
長大な槍を近くへと迫っていたトライドへ投げつけた。
紙一重で簡単に避けられたが、続けて『雷の投擲』を詠唱し、手に二槍を持ってトライドの剣とぶつけあう。
風のアーウェルンクスとしての速度を最大限利用し、デコイを織り交ぜながらの高速戦闘。完全に反応して戦えるのは、恐らくノアでも伯爵とエヴァくらいだろう。
それほど『雷化』とは高等技術であり、強力なものなのだ。
とはいえ、ノア達にしても個々の能力というものが存在する。今、セクンドゥムと戦っているトライドを含め、三人は未だ誰もその能力を使っていない。
(不利等というレベルでは無いな、これは)
圧倒的な戦力差。恐らく奴等は一人一人が我らアーウェルンクスよりも高い実力を備えているだろう、と判断した。
ノアは対極に位置するイノセンスの力で無ければほぼ死ぬ事は無い。セクンドゥムはその事を知らないし、知っていたとしても持っていない以上はどうしようもない。
「諦めて死ね、人形」
トライドが短く、セクンドゥムへ告げる。
時間は十分に稼げた。プリームム達は十分な距離を稼げただろう。ナギ達と合流するのは遅くなるだろうが、逃げられただけでも僥倖とするべきだ。
ここでやられても大丈夫だ。セクンドゥムは、ついそう考えてしまった。
「……いかんな。私は、まだ死ぬわけにはいかない」
一度アリカに死なないと言ったのだ。なら、男としてそれは守らねばならない。そう思考する。
ラカンの受け売りだが、男に二言は有っちゃいけないらしいからな、と考えた。
『雷の投擲』を捨て、『
「オオオオオオォォォォォォォォォッ!!」
セクンドゥムは叫びながら、トライドと刃を交えた。
「ワイズリー、ラースラ。手を出すなよ。こいつは俺の獲物だ」
トライドが二人のノアにそう告げ、剣を構えて近接戦闘を始める。
セクンドゥムは、トライドの攻撃一つ一つに対処していては確実にやられる。障壁で耐えられる物は障壁で耐え、避けられる物は避ける。
言うほど簡単な事では無い。極限まで集中し、尚且つ無駄を一切なくした動きで無ければ、一瞬の隙をつかれてやられる。
傷を次々に作りながらも、セクンドゥムは退かない。
イノセンスを持たずにノア一人に食い下がる事でさえ、アーウェルンクスとしての能力を超えている。魔力も枯渇しかけ、体力も殆ど奪われ、満身創痍の状態でも、セクンドゥムは死なないと確信していた。
半ば意識も飛び、視界がぶれる。
左眼は潰され、右腕は殆ど動かない。足もふらつき、頭からは血が流れている。魔力も体力も枯渇し、気力だけで立っているに過ぎない。
いや、立っている事さえ不思議に思える状態。
「……解せぬのう。お前なら、あの後逃げる事も出来た筈じゃろう? 何故逃げなかった?」
雷速を出せる以上、その速度には追いつく事はほぼ不可能。プリームム達を追跡しようにも、既に魔力の残痕は存在していない。
セクンドゥムが、ワタシ達に魔力の残痕を分からなくさせるために、辺り一面に放った大量のデコイの所為だろう、とワイズリーは考える。
「ハァ、ハァ……そうすれば、お前達は私の魔力の残りを辿って、追ってきただろう?」
「そうじゃな。ここまで簡単にボロボロに出来るなら、今のうちに潰して置いた方が後々面倒は無いじゃろう」
放っておいても良いと思うかもしれない。だが、紅き翼はイノセンスさえ持たずにAKUMAを破壊する。万が一イノセンスの適合者となれば、厄介な事になるのは間違いない。
万全を期すならば、殺して置くべきだ。
「なら、余計に逃げられないな」
小さく笑みを浮かべ、セクンドゥムは言う。
「彼らは、イノセンス無しにAKUMAと戦える。彼らを、殺させる訳にはいかない」
そして、自身も死ぬわけにはいかない。
左手にある『
トライドが地面を踏みしめて歩いてくるが聞こえる。だが、それに対して避ける事も出来なければ防ぐ事も出来ない。アクションを起こせない。
(……やられる、な)
酷く冷静に事を考える自分が居るのに気付く。
障壁も、既に魔力が枯渇している為に意味を成していない。今のセクンドゥムなら、魔法の射手を受けただけでも倒れるだろう。
結局、アリカ王女には嘘を吐く事になったか、と自嘲する。
だが、造物主の命令は守る事が出来た。命に代えても、姫を守る事が。敬愛する主の
トライドが剣を振りかぶり、振り下ろすのが見える。
──そして、
あとがき
今回は二話更新です。ぶっちゃけ元があるのに、加筆するだけでどんだけ時間食ってんだ、って話ですがw
余計な設定を付き足したりしてたからかなぁ……。