第三十一夜:居ない筈の者達
雑談しつつ学校へと戻り、ネギは香奈とのどかに連れられて教室の前まで来ていた。
そして、同時に角を曲がってネギと同じ様に連れてこられたベル。連れて来ているのは木乃香だ。
「あ、香奈ちゃん。そっちも見つけたんやな」
「まーね。じゃ、二人とも教室に入って入って」
背中を押されながら扉の前まで来て、ベルが扉を開ける。
すると、中からクラッカーを鳴らす音が聞こえてくる。それと同時に、声が聞こえた。
『ようこそ、ネギ先生ーッ! ベル先生ーッ!』
非常にノリの良い3-Aの生徒たちは、新任教師となったネギとベルの為に歓迎会を開こうと言う事になった。
香奈が買出しに行っていたのは、その為のお菓子やらジュースを用意する為だ。流石に教室に用意してある訳がない。
「ささ、主役二人は真ん中へ」
朝倉と雪広が、ネギとベルを教室の中心に用意されたテーブルへと案内する。
次々に開けられては用意されていくお菓子にジュース。超や四葉の用意した肉まん等も並べられ、教室内はパーティー状態になっていた。
そんな中、宮崎がおずおずとネギの傍に寄って行き、話しかける。
「あ、あのー……ネギせんせい……」
「あ、確か、出席番号二十六番の図書委員、宮崎さん」
クラス名簿に書かれていた事を思い出しつつ、そう言うネギ。
「あのー、さっきは危ない所を助けていただいて……あ、ありがとうございます。……え、えっと。それで、お礼です」
恥ずかしがりつつも図書券を渡し、お礼の意を示す宮崎。
誰かが囃し立てたりしているが、宮崎は小さい声で反抗するだけであり、全員特に気にせず笑っている。
そこから更に、委員長である雪広がネギの銅像を用意していたりと、常識はずれな行動を見せ始めるクラスメイト達。
「初日の授業お疲れ様、ベルちゃん」
「あ、タカミチにしずな先生。まぁ、これ位ならどうってことないわね」
「あはは。そう、それなら良かった。これから大変だからね。いない時もあるけど、僕で良ければ何時でも頼って貰って構わないよ」
「一応心に留めておくわ」
ベルの素っ気無い態度に苦笑しつつも、手元のジュースを一口飲むタカミチ。
同じ様にジュースを飲みながら、周りにいるクラスメイト達を見回す。そして、簡単な疑問をぶつけてみた。
「桜咲さんと神谷さんって似てるわよね。実は姉妹とかだったリするのかしら」
神谷刹那と桜咲雪音。
白髪で紅眼の刹那と、黒髪で黒眼の雪音。髪の色と瞳の色こそ違うが、髪型も顔の細部も似ている。
当然の疑問だ、と思ったのだろう。タカミチは少し離れた所にいる当人達に聞こえない配慮し、ベルの耳元に口を寄せる。
「双子なんだよ。でもまぁ、いろいろとあってね。当人達は互いに互いを無視している様な状況なんだ」
「ふぅん、そうなの」
複雑な事情があるのだろう、と流すベル。
そもそも名字が違う時点で分かる事でもあるが、確実に入り組んだ事情がある。こういった事は他人がどうこうするものではなく、当人達で解決するものだ。
下手に口出しする事はしない様に注意しておこうかしら、と頭の中にメモをする。
ネギの方をちらりと見てみれば、未だにクラスメイト達に遊ばれている。小さく笑みを浮かべながらジュースを飲んでいると、一人の人物が近くに来た。
「お姉ちゃんって顔してるねぇ、ベルフローレ先生」
「あら。確か、結城さんだったかしら」
「正解正解。何なら香奈でもいいよ」
ニコニコと笑いながら、お菓子を薦める香奈。自分の分はちゃっかり確保している。
そのお菓子を一つ摘まみながら、ベルが答えた。
「そう? なら、香奈さんと呼ばせて貰うわ。一応教師と生徒だし」
「オッケーオッケー。全然良いよ。私英語さっぱりだからさ、偶に教えてもらえるとうれしいんだけど」
「良いわよ。教師なんだから、頼って貰って構わないわ」
一度だけ視線を交わし、にこやかに笑って香奈は何処かへと歩いて行った。
その後もネギは遊ばれ続け、ベルが止めるまで話のネタにされていたりした。
●
ナイフが宙を舞う。
手元のナイフを宙に投げ、クルクルと回転させて手元で掴む動作を、何度も繰り返す。
辺りは一面血の海で、其処彼処に倒れている人物がいた。だが、一人だけ残っている人物は、この状況を作り出した少女に銃を向けながら、怒鳴る様に問いかける。
「何で……何で俺らがこんな目にッ!!」
「さぁな。お前等の行動が、誰かの琴線にでも触れたんじゃないか?」
白いサイドテールの髪にも、着ている服にも返り血一つ付いておらず、余裕を持ったまま無表情で銃を持った人物を見る。
だが、少女の声が聞こえていないかのように、男は怒鳴り散らす。
「何でこんな事になるんだ!! 俺達が何したっていうんだ!!」
「……やれやれ、本当に心当たりがないらしい。それだけ恨みを買っているのか、自分たちの行動が誰かの恨みを買う筈が無いと思っているのか」
まぁ、どっちでもいいが。と続ける。
「ふ、ざ、けんなァア──!!」
右手で持った銃に対し、左手を添えて真っ直ぐに少女を狙い撃つ。弾丸は真っ直ぐに飛び、少女の心臓を抉らんと突き進んだ。
しかし、そんな物は意に介さず、未だに遊び続けていたナイフを掴み直して弾丸を正面から弾き飛ばし、懐に入り込んで一瞬の間に数度切り刻む。
返り血がつかない様に極力努力し、最後に喉を横から突き刺して絶命させる。
男が地面に崩れ落ちるのを確認してから、この部屋にいる全員の死亡を順に確認した。
一息つき、少女は部屋に置いてある金庫を強制的に壊し、中に入っていた金を根こそぎ奪い取って懐へと仕舞う。
「相変わらず行儀が悪いよねぇ、刹那」
「……香奈か。そっちは終わったのか?」
「もちろん。あの程度じゃ相手にならないよ。……やっぱ、刹那位強くなきゃね」
香奈が笑いながら告げる言葉に対し、刹那は一瞥するだけで手を止めない。まるで、興味がないとでもいう様に。
「何事にも先立つ物は必要だ。私達がやっている事は慈善事業では無いが、特に報酬が入る訳でもないからな」
大量の金をどこかにしまい込んだ刹那は、身軽な様子で次は武器をあさくり始めた。
「……私が教えた暗器術。そんな事に使うとは思って無かったなぁ……」
「大分重宝させて貰っているよ。と言うか、いつも見ているだろう、お前」
使えそうな日本刀や銃などを物色し、見た目だけで使えない物と使える物を選別している。無駄に装飾に凝って使い辛いモノより、質素でシンプルな武器が一番使いやすい。
武器とは言ってしまえば消耗品だ。ストックは幾らでもあった方が便利だし、何かと不慮の事態にも対応できる。
大体全ての武器や金庫の中身を見終えたのか、寒空の中で夜の街に出る。
赤黒いマフラーは夜の闇で分かり辛く、町に明かりがある状態でも刹那の顔を隠していた。
麻帆良の敷地に入った辺りで携帯が鳴りだし、刹那が携帯に出る。
「もしもし?」
『ああ、
「どうもこうも無いな。やはり連中、特に自分達がやった事は覚えていないらしい」
『そりゃそうだろうさ。あいつ等がやってたのは、資金に困った連中の身近な人物が死んだ際、伯爵に電話して金を得てた事なんだから』
多額の報酬と引き換えに、伯爵にAKUMAの材料を提供する者。とはいえ、大抵が伯爵のやっている事を知らない。多額の金がこんな楽な事で手に入るなんて、チョロい商売だ、とでも思っている連中が居るのだろう。
そんな連中は──日本国内だけだが──刹那たちが殺して回っている。
伯爵の足取りを追う為に、
それでも、時たま腕の立つ用心棒と戦う事がある為、戦闘の良い経験になる。何事も積み重ねが大事、と言う訳だ。
「また何か情報が入ったら、最優先で回してくれ。頼んだぞ、桃」
『はいよ。今後とも御贔屓に、
携帯を切り、ポケットに仕舞う。ちなみに言っておくと、
桃は情報屋であり、刹那にブローカーの情報を流してくれる貴重な情報源だ。金さえ払えばキチンと情報を教えてくれるので、人としては信頼出来ないが、情報屋としては信用出来る。
「あーあ、もう夜中だよ。遅くまで起きてるのは美容の大敵なのに」
「今更気にしてどうする。お前、この仕事をやり始めた時から対して変わって無いだろう」
「そりゃあもちろん。なんたって努力してるしね。刹那もお洒落すれば綺麗になると思うんだけどなぁ……」
「必要無いな。敵の内部に潜入する時ならばともかく、日常的に動き辛い服装をする連中の考えが分からん」
どう見ても女子中学生の意見とは思えないが、刹那はそれだけお洒落などとは無縁の生活を送ってきたという事なのだ。
小さい頃から武器を使って体の使い方を覚え、長大な野太刀は使い辛いからとナイフを使ったり、多種多様の武器を一度は試した事がある。
最も使いやすかったのは、やはりナイフだったのだが。
隠し易く、持ち運びやすく、殺傷力が高い。銃では神鳴流の様な相手に対して通用しない為、必然的に近接戦闘のやり方を覚える必要があった。
結果、刹那は一流の"殺し屋"と比喩される様になっていた。
香奈が暗器術を刹那に教えた事も、刹那の戦闘能力を高める一つの要因になっている。
「……なんか、いろいろと損してるよねぇ、刹那」
「損、ね。特にそう言った事を考えた事は無い。私がやっているのは、私自身の唯のエゴだからな。お前も何時までも付き合わなくて良いんだぞ?」
香奈は全く持って関係無い、損得無しに存在する刹那の個人的事情だ。しかし、香奈は刹那と共に仕事をして経験を積むと言う。
「何時までも負けっ放しは趣味じゃないの。何時か絶対追いぬいてやるからね」
「言ってろ。私は常にお前の一歩前を行くさ」
ニヤリと笑みを浮かべ、武器を構えて互いに一瞬だけ交差した。
●
寮の内部。管理人室の余り部屋。
元々使われていなかった部屋だが、ネギ達が入る事になった為、管理人の人が掃除をしてくれていた。その為、汚れなどはほとんどない。
イギリスから持って来た荷物を部屋の中に整理し、明日の準備をしていたら少し遅い時間になってしまっていた。
遅い時間、と言っても八時過ぎだ。だが、帰って来たのが六時過ぎで、夕食を食べた後もずっとやっていた為、ニ時間程度を使った事になる。
多少汗もあるだろうし、大浴場を使っても良いと許可が出ている為、ベルは嫌がるネギを連れて大浴場へと歩を進めた。
「へぇ、凄いじゃない」
「うわぁ……確か日本の銭湯、って奴じゃないの。これ?」
「まぁ、それに近いものではあるんじゃないかしら。今の時間は誰も入って無いみたいだし、丁度いいわね」
服を脱ぎ、タオルを巻いてお湯を流す。
「……さて、ネギ。こっちに来なさい」
笑っているが、黒いオーラが見える。ネギの風呂嫌いは今に始まった事ではない為、多少強引にでも洗っておかないと駄目なのだ。
この状態のベルに逆らうとろくな事になったためしがない為、ネギはおとなしくベルの前に座って頭を洗われ始める。
「まったく。十才にもなって頭を自分で洗えないなんて。父さんも母さんも甘やかしすぎなのよね」
わしゃわしゃと頭を洗いつつ、ベルが呟く。
「うー。仕方ないじゃん。頭洗ってる間は目を開けられないんだから……」
「はいはい。じゃ、流すから目を瞑ってなさい」
お湯を何度か流してシャンプーを洗いながした後、体は自分で洗わせる事にした。その間にベルは自分の頭を洗ってしまう事に。
大方洗い終えた後、湯船に入ろうとした所で3-Aの生徒達が次々に入って来た。
夕刻の騒ぎにも負けず劣らず、3-Aの生徒達が騒ぎ始めた。
「ネギ先生達は何処に住んでるの? 女子寮の大浴場にいるって事は、女子寮のどこか空いた部屋?」
「管理人室に空きがあったから、其処に住ませて貰ってるわ。片付けとかしてたら割と綺麗になってたわね」
朝倉と話しつつ、大浴場に集まった3-Aの生徒達を見る。
「……神谷さんと香奈さんがいないわね」
「ああ、あの二人は偶にいなくなるんだよ。そんな時は大抵次の日の授業はすっかり寝てるし、何やってるのかはこっちが知りたい位だね」
ベルの横に座った龍宮がそう言う。
その話題に喰いつくかのように、朝倉が告げた。
「あの二人も大分仲良くなったよね。入学当初は険悪なムードだったのに」
「何か仲良くなる事でもあったんじゃないか? ほら、喧嘩して互いに打ち解けたとか」
「そんな少年漫画的な展開、あり得るの?」
笑いながら、朝倉が龍宮に聞く。龍宮は肩を竦めるばかりで答えようとはしない。二人に口止めされているのだろうか。
「……まぁ、刹那に関してはあっちの方が深刻だと思うけどね」
「ああ、桜咲さん? 本当、何があったんだろうね。パパラッチとしての血がうずくよ」
フフフフフ、と笑っている朝倉。それに対し、ベルが宥める様に言う。
「他人の事情に口を突っ込むのは野暮ってものよ。ま、何時か何とかなるんじゃないかしら。当人達で解決すべき問題だし、私達の出る幕は無いわね」
木乃香と話している雪音を見つつ、ベルは立ち上がる。
ネギは大分長く入っていたせいか、のぼせかけていた。その為、ベルが無理矢理湯船から上げて連れて行く。
「それじゃ、また明日ね」
軽く手を振りつつ、ベルとネギは大浴場から出て行った。