第三十四夜:図書館島侵入
重々しいと言うべきか、仰々しいと言うべきか迷う様な扉を開け、内部へと足を踏み入れた九人。
九人がいるここ図書館島は、明治時代の中頃、学園の創立と共に戦火を避ける意味合いを持って、世界中から貴重な蔵書が集められた。
何故世界大戦の途中に日本にこれだけの蔵書が集められたかについては、何者かがそう言う風に誘導したから、としか思えない。
真実を知っている者が居るかどうかも分からないし、どういう理由で集められたのかは全く持って不明。
世界でも最大規模の蔵書量を誇り、何度も地下へ地下へと増改築を繰り返していく内に、その全貌を知る者は居なくなってしまった。
そして、麻帆良に存在する部活の一つである『図書館島探検部』という部活動は、此処を調査する為に存在するのだ。
中・高・大の合同サークルでもあり、割と中の地図などが出来てはいる。
階段を下りて地下三階へとやって来た一同。周りを見渡せば、本、本、本。本の山だ。
足場が本棚になっていたり、無造作に本を取ろうとするとトラップが動いたり、中々に危ないのだが、ほとんどの者が凄まじい身体能力を有しているので問題無い。
「やー、始めて来たけど、これは凄いね」
「やろ? 香奈ちゃんも図書館島探検部に入ればええのに」
木乃香が笑いながら勧誘する。香奈はそれに対し、苦笑いで返した。
刹那との『仕事』で忙しい為、部活をやっていては大変なのだ。
ちなみに、木乃香が今回着いて来たのは安全確保と念の為である。完全に一般人の綾瀬等は、何かあった際に危ない事にならないとは言い切れない。
学園長から許可はキッチリ得ている為、この行動が問題になる事は無い。行動の速い子である。
「ちなみに、これってどれくらい歩けばいいの?」
「部室から内緒で持って来た地図によると、地下十一階にまで降りて、地下道を進んで行った先に目的の本があるらしいです」
「往復で四時間かかるんだね。まだ夜の七時だし、一応帰って寝れるんだ」
アスナが横から地図を覗き込みながら、呟いた。それを聞いて肯定の頷きを返した綾瀬は、気張って歩きだしてしまった。
それを後ろから見ながら、香奈と刹那は会話を続ける。
「で、此処はどう見る?」
「魔力があるな。誰かが監視しているのは間違いないだろう。尤も、こんな事をやっているのでは、隠した所であの学園長が気付かない筈がないが」
性格がどうであれ、学園長の実力は刹那も認めている。長年この世界で生きてきたため、政治に関する事でも慣れているのだ。
木乃香が許可を取っている為、彼女達のこの行動は問題にならない。念の為と言う事で木乃香も認めているのだろう。
「……まぁ、そうだよね。と言うか、監視して無いならそっちの方が問題じゃない?」
監視しないと言う事は、逆に言えば安全確認を怠ったと言う事になる。大事な孫の身もある訳だし、そんな事は流石にしないだろうけど、と自己完結する。
「それより、あっちは見てて飽きないよねぇ」
まき絵が本棚と本棚を繋ぐ橋を真っ二つに割るスイッチを押したり、本棚が落ちてくるトラップを踏んだり。
前者はまき絵自身がリボンを使って事無きを得て、後者は長瀬と古菲で対処した。
しばらく進んだ先で持って来た弁当を広げ、夜食を食べ始める。
「香奈さん、貴女の荷物は全て食べ物だったですか……」
「ん? そうだよ?」
暗器術と、怪しまれない様にリュックサックを使って食料を運んでいたらしい。用意していた大量のカロリーメイトやサンドイッチを食べ、腹を満たす。
「…………」
刹那はとある一点を見ながら、皆と少し離れた所で何も言わずに手に取ったサンドイッチを食べる。
「せっちゃん。はい、これ」
「ああ、ありがとうございます、お嬢様」
ポットに入れていた暖かいお茶をコップに注いで渡し、木乃香は刹那の隣に座った。
無言のまま一口飲み、湯気が立っているお茶で暖まる刹那。それを見て、小さく笑みを浮かべた木乃香。
「ウチ、せっちゃんはこういうのは嫌いやとおもっとったんやけどなぁ。ウチの心配してくれたん?」
「まぁ、それもありますが……大体は香奈の所為ですよ。無理矢理連れて来たんです。アイツが」
雪音がいる以上、殆ど木乃香の心配はしていない。確かな実力者ではあるし、刹那自身がそれ以外の事に意識を向け過ぎていると言う事もあるのだが。
「そうなん? 京都にいた時から、せっちゃんと遊ぶ機会は雪ちゃんよりも少なかったからなぁ。香奈ちゃんはあっと言う間に仲良くなって、ちょっと羨ましいわ」
懐かしむ様に笑う木乃香。修行に明け暮れていたのは確かだが、木乃香は雪音と遊ぶ事が多かった。
元々刹那自身が対人関係を築くことが苦手だと言う事もあったが、それ以上に切羽詰まった様子で、真剣に修行に勤しんでいた為、声がかけづらかったと言うのもあるのだろう。
そして、刹那は雪音が一緒にいるときは、絶対に一緒に遊ぼうとはしなかった。
「そうですね。遊ぶということ自体、私は殆どして来ませんでしたから。香奈にしても、同じ部屋だから仲良くしているだけですよ」
「でも、昔よりも笑う様になったえ。ウチはそっちの方が好きや」
「おーい、其処の二人ー。そろそろ出発するってー」
笑いながらそう言う木乃香。驚いた様な顔をする刹那を置いて、呼びかけて来た香奈の方へと歩いていく。
●
その後、本棚の上を歩いたり、水が張ってある場所を超えたり、ロープで降りたり、ほふく前進で進んだりしつつ、奥へと進んでいく九人。
いつもと変わらない表情に見える綾瀬も、いつも共に行動している木乃香にとっては燃えている様に見える。
「この区域には大学部の先輩も中々到達できません。中等部では、恐らく私達が初めてでしょう」
ほふく前進を続けながら、綾瀬はそう言う。
「此処まで来れたのは、バカレンジャーや他の皆さんの運動能力の
ほふく前進を止め、天井を押すと、ゆっくりと開いて光が差し込んだ。
そこから出て見れば、どこぞのRPGにでも出て来そうな大仰な空間が存在していた。
「すっごーい……」
「ラスボスの間アル!」
「こんな所が学校の地下に……」
興奮した面々は、次々に思い思いの言葉をぶつける。だが、此処まで辿りついた事に感動している場合では無い。
目的の本は、直ぐそこにあった。
「じゃあ、早速行きましょう!」
綾瀬を先頭として、大方のメンバーが走って橋を抜けようとする。だが、抜けようとした橋はいきなり崩れ、その下にあった床に落ちる。
体勢を崩さなかった長瀬とアスナ、雪音及び雪音に抱きかかえられている木乃香は、その床を見て驚く。
「これって……ツイスターゲーム?」
そもそも落ちなかった香奈と刹那は、橋の下で浮いているとしか思えない盤面を見て、唯苦笑いを浮かべるしか無かった。
何せ、英単語ツイスターなんてものが、曲がりなりにも学校の地下に用意されているのだから。用意した学園長も学園長なのだが。
石像がゆっくりと動き出し、声が響き渡る。
『この本が欲しくば、ワシの質問に答えるのじゃー! フォフォフォ』
鎚と剣を持った二体の石像は、それぞれ本を守る様にして武器を構える。
明らかに聞いた事のある声を聞き、頭を抱える者が数名いるが、それはそれ。事情を知らない者達はツイスターゲームに参加し、勝利するしかないだろう。
「頑張ってー。私は此処で応援してるからー」
「やる気の無い声援でござるなぁ……」
呆れた声を出しつつ、長瀬達は石像の声に耳を傾けた。
●
ツイスターゲームが着々と進み、悪意のある問題も最後と言う所で、まき絵が間違えた。
「違うアルよーッ!」
『ハズレじゃな』
石像が大きく振りかぶり、持っていた鎚を振るって盤面を叩き壊す。盤面は衝撃で粉々に砕け散り、咄嗟に攻撃から逃れた長瀬と古菲は、どうするかと頭を悩ませる。
雪音は木乃香を抱えて落下しており、翼を出す気は無いらしい。
結局どうにも出来ずに重力に従って落ちていく面々を見ながら、香奈は素早く動いてゴーレムに引っ掛かっている本を奪い取った。
ついでに、体勢を崩す様に足元を蹴り飛ばして。
『フォッ!? か、返すんじゃ!!』
体勢を崩して落ちつつあるゴーレムを尻目に、悪戯っぽい笑みを浮かべる香奈。
「じゃ、貰ってくよ。学園長」
もう一体の石像を投げ飛ばし、何とか耐えようとしているゴーレムにあて、そのまま落下させる。
「……アレまで落として、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。
「……本が、だと?」
「この本は、というか、この本を本体として、とある人物が現れる事が出来る筈なのよね」
姿を現さない代わりに、重力魔法で落ちた者達をフォローしているのだろう。故に、今実体化する事は出来ない。
だが、それは魔力が足りていないからだ。木乃香にこそ劣るものの、十分な魔力を持つ香奈が魔力を供給すれば、実体化するのには事足りる。
そして、現れたのは──アルビレオ・イマ。
美麗で中性的な顔立ちで、長い髪は一纏めにされている。白いローブを着た、正に魔法使いのイメージそのものと言った男性。
恐らく、監視していたのは学園長では無く彼。
「……まさか、私の事を知っている人がいるとは思いませんでしたよ。誰に聞いたのですか?」
「ん? 誰にも聞いてないよ。強いて言うなら、貴方が此処にいる事を私は知っていた、って感じかな」
その言葉に、警戒感を強めるアルビレオ。魔力量の事もあり、警戒するべきだと悟ったのだろう。
「やだなぁ、そんな警戒しないで貰いたいんだけど。唯単に学園長とナギさんの会話に出て来たのを盗み聞きしただけだって」
笑いつつ、香奈はそう言う。
余りにもあり得る答えの為、アルビレオは若干呆れながら、香奈と刹那を見た。
「取りあえず、私の事はクウネル・サンダースとお呼びください。縮めてクウネルで良いですよ?」
胡散臭い笑みをみて、若干引きながら香奈は頷く。満足そうに見た後、アルビレオは質問をぶつけた。
「それで、態々私を実体化させたのは何故ですか?」
「ちょっと聞きたい事があったから、ね。──AKUMAと、ノアについて」
今までの軽い雰囲気では無い。裏の仕事で見せる、ピリピリとした雰囲気。それを放ちながら、香奈はアルビレオに問い詰める。
「此処にいる理由は分からないけど、知ってるんでしょ? ノアの情報。刹那を態々連れて来たのは、それを聞きたいだろうからよ」
ノアの情報が手に入ると分かり、目を見開く刹那。それに加え、香奈にそう言った類の気遣いをして貰った事も驚きだった。
「あなた方がこちらがの戦力だと言うのなら、話すのは構いませんが。期待に添えるかは分かりませんよ? 私が知っているのは、伯爵とノアについてのほんの一部のみです」
「構わないわ。それと、イノセンスなら二人とも持ってるのよね」
刹那が取り出したのは、刀型のイノセンスである『六幻』。香奈が取り出したのは、一対のトンファーの形をしているイノセンスだ。
一際異質さを放つその物質は、アルビレオの目から見ても間違いなく本物だった。それをハッキリと認識し、胡散臭い笑みを浮かべて、言う。
「……なるほど。分かりました。私の情報で良ければ、お渡ししましょう」
「ありがと。じゃ、刹那。聞きたいんでしょ? 先に聞いていいわよ」
「……悪いな。感謝する」
いいのよ、と言って手をぷらぷらと振り、刹那はアルビレオに向き直って質問する。
「私が探しているのはノアの一人だ。ウェーブのかかった、長い金髪のノア。従者には人形が居た」
怨念でも込める様に、呪詛を吐く様に、その特徴を上げていく。知らずの内に『六幻』を持つ手には力が入っている。
言葉を聞き、様子を見て、アルビレオは確信した様に一度目を瞑り、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。『六幻』が此処にあると言う事は、蓮は彼女に殺されたのですか」
「……蓮を知っているのか? それに、ノアの事も」
「ええ。一度と言わず、彼とは何度か共闘した仲ですからね。長年生きているエクソシストなら、彼の事は大体知っている筈ですよ」
昔を懐かしむ様にアルビレオは目を細めた。
「いつも赤黒いマフラーを大切そうに巻いて、六幻は決して手放さず、ノアの一人を倒したエクソシスト……いえ、彼自身は確か、エクソシストと呼ばれる事を嫌っていましたね」
「……そう。蓮が、ノアを……」
昔を思い出しているのか、刹那の顔に小さく笑みが浮かんだ。その思い出は、彼女にとって大切なものだと言うのは、一目で分かるほどに。
「話を戻しましょう。それで、貴女が言っているノアは──恐らく、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルです」
その言葉に、今度は香奈が驚いた。
「はあっ!? 魔法使いの間でナマハゲ的な扱いされてる、あの『
知識として知っている中では、彼女はそんな存在では無かった。だが、伯爵がいてAKUMAがいて、ノアがいる。そして、伯爵もまた『知識』を持っているのならば、確かに彼女を味方に引き入れてもおかしくは無い。
何せ、彼女の実力は凄まじい。雷速にさえ軽々と反応する様な、最強状態では敵う者がいるかどうかすら怪しい強さを誇るのだから。
香奈からすれば、最悪の予想が的中した事になる。
「そのエヴァンジェリンです。私も知ったのはつい二十年ほど前ですがね」
「それってつまり、大戦の時に知ったって事じゃない」
相変わらず胡散臭い笑みを向けるアルビレオに対し、香奈は呆れた表情を浮かべる。
「まぁ、そうですね。……彼女は、今でも時折目撃情報があります。とはいえ、それは殆ど魔法世界で、ですがね」
「そうか……」
少なくとも、刹那にとってこの情報は貴重だ、今まで名前も知らなかったのだから、名前が手に入った事で探し易くもある。
悪名高い『闇の福音』ともなれば、その噂は直ぐ様駆け巡るだろう。探すこと自体は困難ではない。
「……貴女がどれだけ強かろうと、今のままで戦うのは止した方がいいでしょう。殺されますよ」
比喩的な表現など使わず、隠喩的な表現など必要とせず、単刀直入に告げた。
真剣な表情のまま、アルビレオは刹那へと伝える。
「彼女には六百年の経験があり、元からの膨大な魔力に加え、伯爵からの魔力供給もある。アーティファクトを使用しただけで、元帥三人を相手にするほどですからね」
その情報に、香奈は唯驚くしかない。
元帥三人を相手にしてアーティファクトを使うだけなど、化物にしても度が過ぎる。一体どうやって倒せと言うのだ。
「……なら、今まで以上に練磨するだけだ」
目標は手に入れた。目的は手に入れた。
ならば、後はそれを達成するだけだ。何の問題も無い、単純な事。
「私が聞きたいのはそれだけだ。香奈は何が聞きたいんだ?」
「あー……実は、無いのよねぇ。強いて言うなら、ノアの本名とか能力とか、そう言うのが分かれば教えて貰いたいんだけど」
「キティは『色』のノアで、能力は万物への変身。聞いた話によると、目が五つあるノアもいるとか。後は……ネギ君とベルちゃんの祖父。知っているかどうかは知りませんが、アリカ様の父が『欲』のノアだそうです。こちらも能力は不明」
唖然とするしかない。本来ならば、クーデターで死んでいる筈のアリカの父。それが、生きている上にノアだと言うのだから。
「確か、蓮が倒したノアは『快楽』で、能力は万物の選択だとか。イノセンス以外の物質では、攻撃すら通らないそうですよ」
「なるほど……ちなみに、何でクウネルさんは此処にいるの?」
「此処には大量の蔵書がありましてね。時折ナギと共にAKUMAを破壊しに外へ出てもいるのですが、普段はもっぱら紅茶を楽しんだり、調べ物をしたりですよ」
「調べ物?」
「そう、この図書館島の奥深くには、古い文献や古書が大量に眠っている。残っているかは不明ですが、『
もっとも、大した結果は出ていないのですが。と続ける。
七千年前に戦い、そして勝利したと言うイノセンスの使い手たち。その情報を求めて、アルビレオは日夜本をあさくっているのだ。
もしかすれば、"ハート"について何らかの情報が得られるかもしれない。その淡い希望を抱いて。
「なるほどね……確かに、イノセンスについては殆ど分かって無い事ばかりだし、過去の事について調べるのは間違って無いとは思うわ」
本当に文献が存在しているかどうかもまた、怪しい所ではあるのだが。
「取りあえず、いろいろサボって此処にいる訳じゃないんだね」
「まぁ、静かで過ごし易い場所ではありますけどね。それより、もう質問はいいのですか?」
「私は良いけど?」
刹那の方を見れば、大丈夫だと頷き、これからどうしようかと頭を悩ませる。
「取りあえず、パル達に連絡してから救出しないとね」
そこが見えない穴を見降ろしながら、香奈はそう言う。
「必要があるのであれば、何時でも来て貰って結構ですよ。学園長に伝えておきますので、私が普段いる場所の地図等を受け取ってください」
「分かったわ。そうさせて貰うわね」
携帯を取り出しながら、香奈はそう言った。