第三十五夜:蠢く時
「あ、パル? ……うん、うん。心配させたのは分かるからさ、取りあえず落ち着きなって……うん。でも、木乃香達がトラップに引っ掛かって下の方に落ちちゃったんだよね……私と刹那は無事だよ……そんな訳で助けてくるから、二人はもう寮に帰って寝てていいよ。遅くなりそうだし……大丈夫だって、私と刹那の運動能力は知ってるでしょ? ……うん、それじゃね」
携帯を操作し、香奈は通話を切る。
香奈達が今居る場所から下は携帯が通じないと言う事なので、先に連絡して安心させておく必要があったのだ。
通話を終えたタイミングを見計らい、アルビレオは一歩前に出る。
「この下から脱出するには、滝の裏にある扉から階段を上る必要があります。学園長がいろいろと仕掛けていた様ですが、あなたたちなら恐らく大丈夫でしょう」
アルビレオはにこやかにそう言って、此処から出る方法を教えてくれる。学園長のゴーレムがいるだろうが、脱出に協力的だとは限らない為だ。
尤も、香奈なら壁を破壊してでも外へ出る為の入り口を見つけそうだが。
「分かったわ。ノア達の事と、此処からの脱出方法。教えてくれてありがとう、クウネルさん」
最後に情報をくれた事に関して礼を告げ、香奈と刹那は穴の中へと跳びおりた。
「…………」
ソレを見送った後、背後から聞こえたカシャン、という音に疑問を持ちながらも、アルビレオはそそくさと通路を歩いて地下にある自分の住居へと戻って行った。
●
着地場所は水面だった。
着地の前に穴から出た時点で気付き、虚空瞬動で陸地へと飛び移る。
「お、っととと」
着地した場所が若干傾いていた為、少しだけバランスを取り損なう香奈。それを横目で見て、キッチリ着地した刹那。
辺りを見回し、湖と本という組み合わせてはならない組み合わせを見た後、綾瀬達を見つける。
先に落ちた面々は少し離れた場所でどうするか相談しているらしく、頭を捻って何やら唸っていた。
「あ、二人も落ちて来たの?」
ふと、後ろから声がしたので、二人が振り向いてみれば、其処にはアスナが居た。
軽く辺りを見て来たらしく、それでも出口は見つからなかったらしい。溜息を吐きながら頭を振って、呆れた様子で落ちてきた穴を見上げる。
アスナと共に綾瀬達の所へと行き、状況を確認する事にした。
「此処は恐らく、『幻の地底図書館』という奴でしょう。地底なのに光に満ち溢れ、貴重な本が数多く保管されているという、正に本好きにとっては楽園の様な場所です。……と言っても、この図書室を見て、生きて帰ってきたものは居ないとも言われているですが」
「つまり、脱出は難しいって事アルか?」
「簡単に言えばそうですね。昇る場所も見当たらないですし、落ちてきた穴も登れるようなものではありませんから」
うむむ、と頭を悩ませるメンバー。元々テストでいい点を取る為だけに魔法の本を探しに来たと言うのに、このままではテスト自体に出席できるかどうかも怪しくなって来た。
全く持って、本末転倒もいい所である。
しかも、これでは翌日の授業にさえ出られない。他のクラスメイト達にも迷惑をかける事になるだろうし、あまつさえテストに出席できないのでは足を引っ張るどころでは無い。
陰鬱な雰囲気が場を満たす。
そんな雰囲気になっている中、どこかから香奈が全員に呼びかけた。
「おーい。ちょっとみんなこっち来てー」
声はするが、場所が分からない。キョロキョロと周りを見渡すと、刹那が滝の方を指さしているのを木乃香が見つけた。
それに従う様に滝の方へと行くと、流れる水で分かりにくいものの、非常口があることが分かる。
香奈はその扉を開けており、どこかへ繋がっていると言う事が確認出来る。
「此処から外に出れそうよ。行ってみよ、う……」
香奈が振り向きながら言う。最後の方が尻すぼみになっているのは、視界の先に巨大な
水をまき散らしながら現れた石像が背後から迫り、香奈の様子と足音で他のメンバーも気付いた。
「ちょ、動いてるんだけどアレ!」
「は、速く進むアルよ!」
石像にいち早く気付いたまき絵と古菲が先に行き、それに続く様にして他の面々が扉の中へと入って行く。
全員が入った事を確認すると、香奈と刹那はそれぞれ得物を構えた。ソレを見た石像は、驚いたのか動きを止めた。
「さて、学園長先生。何がしたいのか教えてくれる?」
『フォ!? わ、ワシは学園長等では無いぞ!?』
あくまでもしらばっくれる気らしく、返答は要領を得ないものだった。
「……じゃ、知らない誰か。両腕位は貰って行くね」
ダン! と地面を蹴り、両腕に構えたトンファーを振るって石像の右腕を叩き壊す。同時に刹那が動いて左腕をナイフでぶった切り、石像の後ろに着地する。
振り向いて同じ様に両足を壊し、達磨の状態にされた石像は、地面に転がってそのまま動かなくなった。
「……パスは切れたのかな?」
そんな事を呟きながら、石像の顔をガンガン蹴る香奈。相手は一応この学園で一番偉い人なのだが、そんな事はお構いなしである。
「このタイプは痛覚を共有している筈だからな。激痛で強制的に切れた可能性もある。とはいえ、一定以上の痛みなら遮断されている可能性は高いが」
それでも、多少のお灸をすえる事は出来ただろう。これに懲りて、余計な事をしないで貰いたいモノだ、と溜息をつく刹那。
学園長の行動に、普段から振り回されているのかもしれない。
滝の裏の扉から中に入ると、円形の部屋があった。壁に直接取り付けてある階段を上っている綾瀬達は、等間隔で仕掛けられている問題付きの扉を開けようと四苦八苦している様だ。
ぶっ壊した方が速いかなぁ、と思いつつも、勉強には丁度いいか、と問題を解いている綾瀬達の所まで歩いていく。
一時間以上の時間をかけ、螺旋になっている階段を登り終えてエレベーターの前に辿りついた。
「……エレベーターがあるんだ」
「……これがあると分かっていれば、態々正規ルートを通らなくても良かったかもしれないでござるな」
とはいえ、魔法の本があったのは別の場所だ。繋がっていない以上、此処からでは魔法の本を取りに行けない。
地上まで直通のエレベーターに乗り込み、宵闇に包まれた風景が目に入る。
疲れが出たのか、目を擦って眠そうにするまき絵や古菲。体力はあっても、精神的な疲れが大きかったのかもしれない。
「魔法の本は手に入らなかったけど、取りあえず勉強しなきゃねぇ」
香奈がそう呟くと、綾瀬等からは若干ながら陰鬱な雰囲気が漂って来た。魔法の本に頼る気満々だったのだろう。
時刻は既に十一時近い。手早く寮に帰ってシャワーを浴び、それぞれ就寝して明日に備えなければならない。
身体的な疲れと心労もあり、寮への道中は誰も話す事は無く、その夜は終わりを告げた。
●
テストを無事乗り越え、終了式となった日。
学年一位にこそなれなかったものの、学年五位という3-Aにしては大健闘を見せた。
これによってネギとベルは正式に麻帆良で教師となり、新学期からもまた、3-Aの担任として働く事となった。
「つーか、なんっで十歳と十二歳のガキが教師なんて出来んだよ! 普通に考えたら労働法の違反だろーが!」
イライラしながら、赤髪の少女──長谷川千雨は寮への帰路へ着いていた。
非常識な者が多い3-Aの中において、常識人を自称する彼女は、ネギとベルが教職についたことで心労が溜まっていた。
元々常識外れな行動が多い3-Aの面々によって、彼女は普段から胃が痛くなる様な心労を受けている。そんな中で小学校に行っている様な子供が教職に就いたのだ。気にするなと言う方が無理だろう。
「そもそもロボだとか留学生だとか、ウチのクラスは異常に変人が多過ぎなんだよな。誰かが裏で集めたみたいに……」
手のかかる生徒ならば一か所に集めた方が良いと言うのもあるのだろうが、それにしたって偏り過ぎている。留学生にしても、普通は他のクラスと平均的になる様分けるだろう。
「……ええい。考えれば考えるほどあのクラスが異常に見えてくる」
「長谷川さん。大丈夫?」
「大丈夫だよ……え?」
ふと千雨が振り向くと、其処にはベルが歩いて来ていた。息切れした様子もなく、普段通りの姿だ。
──コイツ、寮へ行く電車には乗って無かったよな?
驚きを隠しながら心の内でそう思うも、見なかっただけか、と自己完結する。
「……何か用ですか?」
平静に問いを投げかける。それに対し、ベルは笑みを浮かべながら答えた。
「ううん。何だか調子が悪そうだったから、一応確認にね。これでも教師の仕事に就くんだから、生徒の体調くらい把握して無いといけないでしょ?」
割と普通の考えだったのに驚き、大学を飛び級出来るならこれ位は出来て当然なのか? と、また疑問を持つ。
そんな事を考えている間に、ベルは考え事をするように腕を組んだ。
「それに、何だかちょっと気になるし」
「? 気になるって、何がですか?」
「うーん……何と言うべきかは分からないけど、何かを感じるのよね。まぁ、長谷川さんは気にしなくていいと思うわ」
余計に気になりそうな気もするが、さっさと忘れる事にする千雨。
体調等の状態を聞き、最後に「体調管理には気を付けてね」と言って、ベルは学校へと戻って行った。
その姿を見送った後、昼まで誰もいない道を通って寮へと帰り、ハァ、と一度溜息を突く。
「……全く、普通の中学校生活を送らせて貰いたいもんだ……」
古ぼけた小さな置き時計を見ながら、千雨は呟いた。
●
「ハァ、ハァ……!」
息を切らしながら走る。その表情は険しく、かなりの速度で走っていると言うのに振りきれた気がしない。
森の中で遮蔽物は多く、身を隠す事も難しく無い様に思える。だが、それをすれば追いつかれると言う事であり、隠れた所で見つかる事は必然だと感じていた。
何しろ、相手と自分では地力に差があり過ぎる。圧倒的量の魔力と気。飛び抜けた身体能力。優れ過ぎた感知能力。
更には、AKUMAを手足の様に扱う。これでは分が悪いどころの話では無い。
「セブテンデキム、町までどれ位だ?」
「……少なくとも、後二十キロはある」
コートを着た髪の長い女が、男の問いに返す。周りの雪を溶かして足止めさせようと画策するも、やった所で無駄だと頭では分かっていた。
「クソッ、なんて運の悪い……こんな場所で、ノアと会うなんてな」
咥えている煙草を噛みながら、ガトウが愚痴を漏らす。咸卦法で出力を上げて移動しているのに、追いかけて来ているノアは魔力を使っている様にさえ思えない。
隠蔽能力が恐ろしく高いのか、はたまた純粋な身体能力がずば抜けているのか。
どちらにせよ、この状況を抜けるには戦闘しか無い。この時期のロシアでは雪で方向が直ぐに分からなくなるし、雪で足が取られる為、移動能力も著しく落ちる。
セブテンデキムは転移魔法を使えるが、使おうとすると集中する必要があり、立ち止まらなければならない。その数秒の間で追いつかれそうなほど、ガトウ達とノアの距離は縮まっていた。
「────」
詠唱呪文か無詠唱呪文か。どちらを使ったにせよ、魔力で練った爆炎が飛んでくる。咄嗟に反応したセブテンデキムが辺りの雪を溶かして防御し、ガトウは振り向き様に豪殺居合拳を放つ。
マシンガンの様に乱射された拳圧の嵐は、周りの木々を薙ぎ倒してなお止まらず、地面を抉りとって敵へと向かう。
「アクエリ・エタルナ・デッド・シー」
始動キーを唱え、ガトウの豪殺居合拳に合わせて魔法を放った。
「『闇の吹雪』!」
魔力を凝縮した黒い力の奔流は、敵を飲み込まんとして放たれる。木々を貫いてノアへと迫るが、セブテンデキムに手応えは無い。
豪殺居合拳も当たっている様な手応えは無く、セブテンデキムは立ち止まって振り返る。
その後ろでは、驚いた様な顔でガトウが何か言おうとした。だが、ガトウよりも速く、セブテンデキムが口を開く。
「逃げろ、ヴァンテンバーグ。ここは私が囮になる」
「だが……」
「つべこべ言うな。我が主からの命令でもある。お前等を死なせる訳にはいかない」
「……スマン!」
町の方へと駆けていくガトウ。背後から迫るAKUMA達を破壊しながら、セブテンデキムは追いついたノアを見る。
浅黒い肌に聖痕。これはノア全員に共通する特徴だ。
目の前の男には、それ以外の特徴として高い身長と黒いドレッドヘアが挙げられ、目はサングラスで覆われていて見えない。
「あーあ。逃げちまったじゃねぇか。ま、千年公は特に重要視してねぇし、イノセンスも持ってねぇみてぇだからどうでもいいか」
木々が薙ぎ倒され、雪原となりつつある森の中にいてなお、その存在感は強大。
ピリピリとした威圧感を感じながら、セブテンデキムは始動キーを唱える。
「アクエリ・エタルナ──」
ズドン! と地面に叩きつけられる。
始動キーさえ唱え終わらず、顔面を素手で掴んだノアはセブテンデキムを地面に叩きつけ、詠唱を強制的に中断させたのだ。
仮にも世界最強を誇る造物主の使徒である彼女が、こうも簡単に詠唱を中断させられる。一体どれほどの実力なのか、彼女には判断がつかない。
「おい、そこのポンコツ共。あの髭を追え。逃がしたら自爆な」
背後に控えていたAKUMAの一体を指差し、そう告げる。指差したAKUMAは素早く動きだし、その周りにいたAKUMAも同じ様に動きだしてガトウを追う。
口を塞がれているが、無詠唱呪文なら発動できる。
セブテンデキムは魔法の射手を複数放ち、ノアはそれをいとも容易く避ける。距離を取って詠唱をしようとした所で、また地面に叩きつけられた。
「ぐ……」
「甘ぇよ。テメェ程度の雑魚に呪文詠唱をさせるほど、俺は甘くねぇ」
凄まじい速度で動いたノアを視えはしたが、反応できなかった。それは、意識が詠唱の方へと向いていたからだろう。ノアの動きだけに集中していれば、避ける事は不可能では無かった。
だが、次の機会は訪れない。二度目の奇襲を赦すほど、この男は甘くは無かった。
「残念だが、お前は此処でゲームオーバー。次の人生に期待だな」
驚くほどにあっさりと頭蓋を握り潰し、セブテンデキムは絶命した。
脳髄が飛び散り、人形であるが故の白い血液が雪に混じる。
崩れ落ちるセブテンデキムを蹴り飛ばし、Lv1のAKUMAに弾丸を撃たせて死体を処理し、背後に現れた方舟の"