第四十二夜:奇妙な存在
「いやー、流石に死ぬかと思ったよ。ノア相手って言うのは、流石にちょっときついね」
香奈はあっけらかんとした様子で、笑いながらそう言う。額から出ていた血は既に止まり、止血もしてある。魔法でやった為、不自然さも残らないだろう。
刹那は香奈の言葉を聞いてノアの実力を測り直していた。一応、以前の模擬戦では香奈に勝利した。とはいえ、刹那と香奈では実力の差は紙一重。ほぼ変わらない。
となれば、今回現れたノアは必然と刹那よりも強いと言える。
この場に集まったのはイノセンスについて知っているメンバーで、香奈、刹那、龍宮、祐奈、アスナの五人。
「……お前が其処まで言う程なら、今後は気を付けて置いた方が良さそうだな」
「うん。そうした方が良いよ。まぁ、額を割られたのは初撃で舐めてかかったせいなんだけど」
時が経つとともに香奈の身体能力は上がっていく。上限は人間の範疇には収まらないほどに高くなるが、女子中学生の身の上ではそこまで上がる事など望めないだろう。
時間が足りない。せめて、後四年もあれば確実にマーシーマと同等のレベルまで上がれる自信がある。
それが、香奈の得た"異能"の力。
イノセンス、咸卦法と組み合わせて、超接近戦タイプに特化した怪物。千年伯爵に対抗するための神が用意した切り札の一つだ。
無論、香奈はその事を誰にも話してはいない。話す必要性を感じないし、面倒事にも成りかねない。
「それで、そっちは一人殺したんでしょ?」
「ああ。天ヶ崎千草……過激派の実行部隊になっていた奴だ。アーウェルンクスが攻撃した以上、生きているとは考えられない」
それに爆発したのだ。遺体すら残っていないので、死んだと考えた方が自然だろう。
とは言っても、余りにあっさりと片がついてしまったので、どうにも腑に落ちない部分があるのだが……違和感を感じつつも、刹那はそれを話す事は無かった。
「なら大丈夫でしょ。後あっち側で残ってて判明してるのは、月詠と犬上小太郎、ノアの一人。他の生徒に被害が及ばないと良いんだけど、相手が千年伯爵じゃそんな楽観的な考えは捨てた方がいいね」
「私達がわざわざ別々の班になったのも、その為の事だしな」
香奈の言葉に頷きつつ、龍宮が言う。
元々エクソシストの面々だけで班を組み、それぞれが護衛につくという方式でも考えていた。しかし、それでは普段関わらないメンバーが出て来るので不審に思われる可能性もあるし、離れた所にいるよりは一緒にいた方が守り易い。
もっとも、刹那と香奈は同じ班にいるのだが、そもそもこの班のメンバーは別々の行動をするつもりなので余り関係が無い。
アスナはエクソシストではないが、ある程度の実力を持った上でAKUMAの事を知っている為、エクソシストと同じ扱いをされている。
(……まぁ、別に襲う気も無いし、ボクのいる班が一番安全なのかもね)
今回の仕事はあくまでマーシーマに与えられたもので、アスナはサポートするつもりはあれど、実際に手を貸すつもりは無い。
手を貸すつもりが無いというよりは、手助けが必要とは思えないからだ。
「……取りあえず、報告としてはこんなものね」
「それじゃ、明日も引き続き警戒していればいいんでしょ?」
「まぁ、簡単に言えば。連続で仕掛けてくる可能性はそんなに高くは無いけど……AKUMAを向かわせる可能性は十分ある。気を付けるようにね」
祐奈の疑問に、纏めていた香奈が答える。一応数名殺しているのだ、準備などの点を鑑みれば、二日目に動く事は考え辛い。
過激派の目的は木乃香だが、ノアの目的も同じとは限らない。故に、どんな行動に出るのか予測できない部分がある。警戒は怠れないだろう。
「明日には予備戦力でエクソシストが二人位来るらしいけど、それでも気を抜かない様にね。相手はノア、予想の上を行くことだってあり得ない訳じゃないから」
香奈が締めの一言を告げる。今日はこの場で解散となり、各々自分の部屋へと戻って行った。
●
アジトの一つにて、千草は何枚もの符を準備しながら作戦の確認をしていた。
月詠も小太郎も、アジトに戻って来た時は酷く驚いた顔をしたが、何もおかしな事など無い。
ただ、千草は符を使った分身を行使していただけなのだと、それだけで説明は済む。陰陽術に深く通じていない二人を騙す事など造作も無いことだ。
「……それで、そちらの首尾はどうですか、ノア様」
「気にするほどじゃねぇな。あの程度のカスなら、護衛と呼べるレベルでもねぇ。明日は奈良に向かうとロードが言っていたし、そこで全部ぶっ壊してやっても良いんだが……面倒事が一つある」
エクソシストが二人、京都に入り込んできている。昨日の一戦でノアとAKUMAの事を察知したにしては、動くのが速すぎる。
つまり、これはあらかじめ予測された上での行動だ。
まぁ、近衛木乃香が京都に来る以前に大分動いた。あれでばれていないようなら、諜報部隊を一度解体した上で再編成した方が良いだろう。
正規のエクソシスト二人がいる以上、低レベルのAKUMAだけでは攫うのは困難だ。かと言ってシド自身が動く気も無いし、ロードも
とはいえ、伯爵から頼まれた以上は仕事をやり遂げるのがシドと言う男であり。
「……チッ。明日辺り、新しく来た二人をブチ殺しておくか。邪魔だ」
「サポートは必要で?」
「いらねぇ。お前等がサポートに来た所で足を引っ張るだけだろうがよ。邪魔する位なら他の奴等の目くらましでもやってろ」
辛辣な口調で告げるシドだが、正直な話、面倒に感じていた。
もちろんエクソシストに負ける気も無いし、殺したいと思っている。だが、それ以上に奇妙な違和感が拭えない。
まるで、何か
(こう言った直感は、それなりに優れてると自負してるが……今回のはどうにも……)
動物的な勘、と言うなら、エヴァもそれなりに勘が働く。だが、今回の事に出張って来ない辺り、問題は無いと判断しても大丈夫なのだろう。
微妙に煮え切らない感情を抱えたまま、翌日に向けて睡眠をとることにしたシドであった。
●
修学旅行二日目。
旅館の一室で、欠伸を噛み殺しながら食事をとるベル達。
結局、昨夜は刹那が手早く片付け、フェイトが記憶の改竄をしたので、木乃香は攫われた事実そのものを覚えていない。
余計な騒ぎは必要ないし、そもそも相手がAKUMAやノアではイノセンスを持つ者でもない限りまともに戦えない。無論、相当な実力──ナギやラカンクラスの実力者なら、イノセンス無しでも高位のAKUMAを破壊したりノアと戦ったりする事は不可能ではないが──。
この場にそれほどまでの実力者は存在しない。
故に、一度攫われたと士気を落とす必要性が無い。一日守り通しただけで油断するほど頭の出来が悪くなければ、問題は無いだろう。
情報を漏らさない様に、逐一把握しなければならないというのも少々面倒だが、仕方が無いことだ。
「ネギ、アンタは今日どうするの?」
「うーん……親書を届けるのは明日の予定だし、昨日は襲撃が無かったけど木乃香さんの護衛は必要だろうし……」
「じゃ、あの班と一緒に回るって事でいいのね」
「そうだけど、お姉ちゃんはどうするの?」
「私は一人で見て回るわよ。大仏の所には絶対行くようにって言ってあるし、そこで全員が来た事を確認した後は何処か適当に見て回るけどね」
勘違いしてはいけない。これは修学旅行であって、ただの旅行では無いのだ。学ぶ為に来ている以上、大仏を見るのは絶対だろう。
同様に、木乃香が狙われているという事も失念していない。優先順位は生徒の安全である以上、今日行く場所全域が敵地にも近いのだ。関西でも対処は施してあるだろうが、楽観視する訳にもいかない。
まぁ、余り根を詰め過ぎても駄目だとわかってはいるのだが。
「必要であれば念話で連絡取ればいいでしょ。桜咲さん達って結構強いらしいし、関西からも護衛がついてるから大丈夫よ」
背中を叩いて、ネギの心配を取り払う様に笑う。
まだ心配そうな表情はしているものの、ベルの言葉に納得したらしく、笑みを浮かべて近くに来た生徒たちと話している。
「ベル先生、今日はどこを見るんですか?」
「なんなら僕達と一緒に回ろうよ!」
史香と風香がそれぞれベルを誘っており、ベルはそれを苦笑しつつも断る。先程ネギに言った手前、反故にする訳にもいかない。
二人は「そっかー……」やら「残念です……」と言った様子で落ち込んでいるものの、数秒後にはネギに一緒に回らないかと話しかけに行った。
元気な二人を見て小さく笑みを浮かべた後、奈良へと移動。班員が全員揃っている事を確認して、それぞれ奈良公園へと躍り出る事となった。
●
奈良公園。鹿が大量に住んでおり、至る所に鹿煎餅やらお土産屋などが陳列している場所だ。
「おっちゃん、団子一本や」
「あいよ。毎度あり」
観光地として客足が途絶えない為、この辺りは出店としては稼ぎ場である。同様に、彼女が団子を買った店もそう言った狙いで此処に店を構えている。
観光地とは金銭感覚をおかしくするモノで、旅行とは財布のひもが緩み易い。その為、多少なり高額で売るのが商売人としてのやり口であろう。
彼女──天ヶ崎千草は、団子を食べつつ奈良公園を悠然と歩いていた。
髪は後ろでひとまとめにし、丸眼鏡こそ変えていないものの、服装は昨日と違ってごく普通のモノだ。ばれる可能性は低いし、そもそも見つかった所でどうにか出来る場所でも無い。
『見つかっても構わない』し『人前で殺しても良い』千草達に比べ、刹那たちは『一般人に見つかる訳にはいかない』し『人前で殺人など御法度』である。
この差は歴然だ。
どんな事をしても補充が効くAKUMAと違い、通常イノセンスは破壊されれば治らない上に、世界情勢その他諸々の関係で大げさに動けない。
圧倒的に不利。しかし、伯爵とて経済崩壊からの人類破滅を狙っている訳ではない。ばれたならそれはそれで構わないとしているものの、なるべくならこの手で世界を滅ぼそうとしている。
千年公の渇望とは、正にそれだ。
「っと、おったおった」
ふとした拍子にとある人物を見つけ、怪しまれない様に遠距離から監視する。
ローズクロスを付けたコート。エクソシストの証を付けている彼らは、紛れも無くイノセンスを持ったエクソシストだろう。
(……確か、長門にアルヴァ、やったか?)
服装と長門の背に在る布でまかれた何かが目立っている為か、幾つもの視線が向いている。監視がばれる事は無いと思いたいが、刹那に一度は顔を見られている。
死んだと思われていれば僥倖だが、それでなくとも監視はし続けなければならない。
シドは奈良に着た途端、奇妙な気配を辿って何処かへと行ってしまった。昨日からずっと感じていたらしいが、千草は何も感じていない。故に、代わりに追うことが出来なかったのだ。
だからこそ、シドの代わりに千草が監視をする事となった。不満は無い。そもそも、自我があるだけでAKUMAはノアに逆らえない。
ノアの中である程度優先順位があるものの、与えられた命令に対しては従順に動く。
ある程度周りを見渡せば、ロードを少しばかり遠い所に見かける。彼女も奇妙な気配を感じているのか、時折周りを見渡して何かを確認している様だ。
(……ウチらの知らない所で、何かが起こっている?)
AKUMAは人間に擬態する。自我を持つLv2以上は、故意に姿を見せなければ基本的にばれる事も無い為、情報収集として各地に散っている。
だが、それでも掴めない情報とは存在するのだ。
エクソシスト達の内部情報などは最たるものだが、それらに関してはクリアしている。
つまり、今回のこれはエクソシスト側でも情報が手に入っていないという事。第三勢力の可能性があるという事でもある。
(……厄介やな。やっぱり、早めに潰して置いた方が良さそうや)
リストに乗っているのは、エクソシストの四人。明石、神谷、龍宮、結城。そして、魔法先生でありナギの子供であるベルフローレとネギの姉弟。
状況は、未だ動かない。
本命は三日目。伏線だらけで自由に動かす事すら難しいという……回収、ちゃんと出来ると良いなぁ(え
二日目は手っ取り早く飛ばします。正直書くことが無いモノで。