第二話:龍神との邂逅
兵藤一誠は困惑していた。
腰まである長い黒髪、黒を基調に紫が使われているゴスロリの服を着た、現在の一誠よりも年上に見える幼い少女。
その少女は、一誠が公園で運動していた時に唐突に現れた。
前触れもなく、本当に
「ドライグ、久しい」
『……オーフィス。何で、お前が此処にいる』
一誠の左手に装着されている籠手から聞こえる声に対して、オーフィスと呼ばれた少女は口元に小さく笑みを浮かべるだけだ。
いきなり現れた少女に困惑するしかない一誠だが、その名前に心当たりがあった。
彼の有する"知識"の中に存在する、少女の正体。
それは、"
龍神とも呼ばれる存在だが──一誠には、オーフィスが此処に来た理由が分からなかった。
「我、赤龍帝の宿主に興味がある。今代の赤龍帝、妙な力を持ってる」
『妙な力、だと? それよりも、何故お前にそれが分かる?』
「我、偶然近く通った。その時、赤龍帝の内側からにじみ出るような力、感じた」
「俺の内側から、にじみ出るような力?」
オーフィスの言葉に、疑問を零す一誠。
そんなモノに心当たりのない一誠は、もしかしたらこの体に憑依した時に手に入れた物かもしれないな、と思いつつ、オーフィスへと質問する。
「それを確かめる為だけに、ここに来たのか?」
コクン、と頷くオーフィス。その瞳に映る興味の色は完全に一誠に向いており、一誠の言葉を補足するようにして、言葉を続けた。
「我、グレートレッドを倒したい。赤龍帝のその力、使えるかもしれない」
グレートレッド──『
次元の狭間を飛び続ける、オーフィスさえ真正面から戦う事を躊躇する存在。
それが強さ故なのかは一誠の知る所ではないが、少なくともグレートレッドを殺す為に力を集めているのは確かだ。
いや──オーフィスにとって、グレートレッドは殺す必要は無い。オーフィスの目的はあくまで"次元の狭間"で静寂を得る事であり、グレートレッドを必ずしも殺す意味は無い。
とはいえ、グレートレッドを退ける為にはそれ相応の力が必要だと言う事も確か。
一誠の中にある力に興味を持つのも、ある意味では必然なのかもしれない。
「……なぁ、お前はどうしたい、ドライグ?」
『……それは、お前が決める事だ。俺は何も言わんよ』
ぶっちゃけた話、これは一誠にとっては利点は多い話だ。
仮に一誠の内側にある力を使えなくとも、『
多少なりオーフィスの力になる事は出来るだろう。
とはいえ、一誠はオーフィスに対してそんな事をする義理も無いし、オーフィス側へと加担してしまえば、世界の勢力図が塗り替わる可能性だって存在する。
単純に言えば、後々危険な事が起こるのだ。自衛手段さえままならない状態の一誠では、簡単に殺されるのがオチだろう。
死なない為に、自衛できるだけの力を付けようとしている。だが、それが結果的に争いに巻き込まれた原因ともなれば、笑うしかない。
「駄目?」
ジッと目を見つめてくるオーフィスに対し、一誠は頭を掻きながら悩む。
正直に言って、グレートレッドは一誠が修行した程度で倒せる存在ではないと思っている。
オーフィスを利用し、自衛のための力を手に入れたとしても、その力を持って戦ったところでグレートレッドには敵わない。──ならば、別段協力しても問題は無いのではないか。
オーフィスとグレートレッドの間にどれほどの力の差があるかは明確には分からないが、他人の力を借りようとしている辺り、それなりに差があるのだろう。
ならば。
「……良いよ、やっても。と言っても、俺はまだ小学生だ。実力なんて雑魚に等しい。だから、後十年位は待ってくれ。ちなみに俺の事はイッセーとでも呼んでくれ」
「分かった。十年位問題無い。感謝する、イッセー」
オーフィスは納得したように頷き、感謝の意を述べる。
「……ちなみに聞くが、俺の中の力ってどんなのか分かるか?」
一誠の言葉に、オーフィスは
「良く分からない。でも、天使に近いのは分かる」
それは俺も分かってる。と思いながら、一誠は腕を組んで思案する。
天使の力。この世界における天使の力と言うのがどういう物かは見当がつかないが、悪魔なんかに対しては強力な力だ。少なくとも、それは覚えている。
人間である一誠に、そんな力があると言う事はどういう事か。単純に考えれば親族の誰かが天使、と言う事になるのだろうが、下手な事をすると堕天する筈でもあり。
一誠自身、自分の背中に翼が無い事位確認済みである。色々試しても結局出なかったので、恐らく肉体は本当に人間の物の筈だ。
ならば、余計に意味が分からない。
「少しだけ刺激を与えてみる?」
オーフィスが首を傾げながらそんな事を言う。
やってみる価値はあるだろうが、下手をすると暴発して肉体が吹き飛ぶ、なんて事があるかもしれない。そんな事を想像した一誠は、頭を抱え始めた。
「どうすっかなぁ……使えなきゃ意味がないし、使おうにも使い方が分からない。これじゃ手詰まりだ」
『力を使う方法から分からないのではな。俺もこんな事は初めてだから、アドバイス出来ん。スマンな、相棒』
「あー。良いよ、別に。そう言う事もあるって」
ちょっと落ち込んだドライグを慰めつつ、更に思案し始める。
こうなると、本格的に手の出しようがない。天使に近いと言わしめている以上、天使の力を直に触れるかしてみれば分かると一誠は思っているが──やはり、当てがない。
一誠の知り合いに天使なんていないし、堕天使もいない。しばらくは赤龍帝として、その力を使えるように体力を付けるしかないだろう。
「我、待ってる。ドライグと現赤龍帝の成長、楽しみ」
「楽しみ、とまで言うか」
オーフィスの瞳には、強い興味の色が浮かんでいる。其処まで期待される事に慣れていない一誠には、その視線は少々むず痒い物だ。
一誠が考えている時、表出した籠手からドライグの声が聞こえてくる。その口調には、少しばかり愉悦の感情が混じっているのが分かった。
『俺と此処まで会話する宿主も珍しいからな。俺に気付く速さと言い、期待できる宿主だよ。……まぁ、少々才能がない部分もあるようだが』
「言うな。俺だってそう言うのは分かってんだよ」
一誠は根本的に運動能力が高くない。鍛えているおかげで同年代では高い方だが、鍛えなければお世辞にも運動が出来るとはいえないのだ。
ドライグも一誠自身もそれを分かっている為、余計に鍛錬を欠かさない様にしている。
そんな事を話していると、オーフィスが一誠の頬に触れた。
肌の感触は人間と何ら変わりない、小さな女の子の手だ。これが世界でも一、ニを争う程最強に近い存在だと言って、誰が信じるだろうか。一誠だって、知識がなければ信じられなかった。
「……少しだけ、手助けをする」
頬に触れている手から、何か力を感じた。オーフィスが何かしようとしてる事は一目瞭然だ。
オーフィスは頬に触れていた手をそのまま唇の所まで持っていき、口を手で覆う。
その後、強制的に何かを飲ませるような、喉を何かが通る感覚がした。息がしづらい為、若干涙目になりつつある一誠。
バヂッ! と言う音がしたあと、一誠は驚いたようにオーフィスに言葉を──出そうとして、オーフィスが驚いているのを目の当たりにした。口を覆っていた手が弾かれている。
「……蛇を使って強くしようとした。けど、何かに弾かれた。こんな事初めて」
「……弾かれた?」
「良く分からない。体内に入れようとした蛇も、何かに弾かれて焼かれた」
『蛇』とは、オーフィスの力を使って作られた力の増幅装置の様な物だ。それを使えば、それなりの力を手に入れられる。
だが、弾かれたと言う事がどういう事か、一誠にはさっぱり分からない。
『内側にある天使の力に近い物が、邪魔をしているのかも知れんな。
「え。それって、俺ヤバくないか?」
『現時点では発動していない。さっきオーフィスが蛇を入れようとした時だけ、ざわつく様に力がうごめいたのが分かったがな』
「蛇を入れようとした時だけ?」
『相棒。お前、オーフィスの蛇を拒絶しただろう。もしかしたら、それが原因かも知れん』
拒絶した事が原因で蛇を弾く。と言う事は、一誠がドライグを拒絶すれば『
「何故拒絶する? 我、イッセーの為に蛇を入れようとした」
「いや、いきなりあんな事されたら誰だって拒絶するわ!」
不思議そうに首を傾げるオーフィスに対し、一誠は額に青筋を浮かべ、口元をひくつかせて反論した。一誠としては、何でそこでオーフィスが不思議がるのかが不思議でしょうがない。
下手に刺激すれば不味い事になる可能性があると言うのに、オーフィスはそれを気にも留めていない。大丈夫だと言う確信があったのだろうか。
『だが、逆に言えば、拒絶しなければ大丈夫と言う十分可能性はある。とはいえ、オーフィスの蛇を入れるのは俺としては反対だがな』
そんな物を使っても意味がない、とドライグは言う。
ドライグとしては、やはりオーフィスの力等借りず、宿主となった一誠自身の力と赤龍帝としての力だけで、二天龍の片割れである白龍皇に勝ちたいのだろう。
十秒ごとに力を二倍にすると言う単純な能力だが、その分力が溜まった後は凄まじい強さを誇る。
無論、倍加した力に宿主が耐えられる事を前提として、だが。
「……受け入れたりしねぇよ。俺は、そんなモンに頼る気は無い」
デメリットだってある。蛇が体内にあると言う事は、何らかの方法でその蛇を刺激されれば、最悪死に至る可能性があるのだから。
時間はある。正攻法で攻めても、今のところは問題無いだろう。
楽をしたいという気持ちが無いわけではない。だが、此処で楽をすれば後々不味い事になる可能性がある。楽をする訳にはいかないのだ。
『それでこそ赤龍帝だ。偶に夢に出る煩悩99%の相棒とは大違いだぜ』
原作の物語を夢で見ているらしかった。一誠は、俺が憑依しているせいだろうかと考えるが、そんな事は考えるだけ無駄だと考えるのを止める。
結局、一誠はショートカット出来る様な道を知らない。正攻法しか知らないなら、それだけで攻めるしかないだろう。
オーフィス初登場。禍の団フラグが立ちました(おい
……いや、あくまで口約束程度ですし、曹操達と手を組む可能性も高くは無いんですが。