独自解釈が多々あります。お気に召さない場合がありますので、ご注意ください。
第三話:雷光の巫女との邂逅
タッタッタッタッタッ。規則正しい足音が夕方の街に響き渡る。
ジャージ姿の子供が、自分のペースでジョギングしているのだ。時折擦れ違う大人は、微笑ましくその姿を追っている。
かつて自分も同じ様に、部活などで汗水流して頑張ったな。そんな事を不意に思い出し、今頑張っている子供を応援したくなる。ひた向きに頑張っている姿に心惹かれたのだろう。やはり、目標へと一途に頑張る姿と言うのは、何物にも替え難い。
しかし、そんな事を思う大人に対し、走っている子供の内心は酷く面倒臭そうであった。
(あー、キツイ。正直小学校低学年の体力で五キロ以上は走り過ぎだ。途中で何度も休憩をはさんだが、やっぱりキツイ。オーフィスに協力すると言った手前、それなりに力を付けないとこっちが狙われると不味い事になる。いざとなったらオーフィスを呼び付けて守って貰おう……でもやっぱり体力は付けた方が良いよな。そう思って走り続けて二時間──道に迷った)
何とも間抜けな事になっている一誠だが、当人からすれば堪った物では無い。
必死に走り込んで体力をつけようとしていたのだが、練習量を少しずつ上げようと言う事になり、取りあえず今までのニ倍の距離である四キロ走る事にした結果が──迷子。
今までと同じルートだと二キロ程になる。それを二週でも全然構わないのだが、正直景色に見飽きた感があり、ちょっとした興味本位で普段行かない道を行った結果がこれだ。
随分と間抜けだな、と自嘲する一誠。
(あー、面倒クセェ事になったなぁ……)
そんな事を呟きながら走りから徒歩へと切り替え、息を整えつつ周りを見渡す。
辺りは普段見ない街並みであり、完全に迷子になった事がハッキリわかる。
『どうするんだ。何処か当てがあるから走っていたんじゃないのか?』
(いんや。当てなんて無いよ。当てずっぽうに走り回ってただけ)
ドライグの溜息を突く声が聞こえたが、そんな事はどうでもいいとばかりに近くのバス停を探す。まずはこの街の名前を知ろうと言う事だ。
後は地図があれば良いのだが、其処までは望めない。先ほどまでは時折擦れ違っていた大人も、周りを見渡せば今は人っ子ひとりいない。
何でだよ、と思うと同時に、違和感を感じた。
──休日の夕方に、人がいない?
確かに、一誠の住む街の近辺はお世辞にも都会とはいえない。しかし、休日にはそれなりに賑わいを見せていた筈だ。町一つか二つ分程度離れた位で、それが変わるだろうか。
しかも夕方。この時間帯ともなれば、会社から帰宅する大人もいるだろう。
『明らかに、何かが起こってるな』
ドライグの言葉に同意しつつ、一誠は当たりをキョロキョロと見回す。
そして──怪しい服装の集団を見つけた。黒い服装をした、ギラギラとした眼の危ない連中だ。色々と道具を持っているようでもある。
十数人の男達は一誠に気付かずに石段を登り、どこかを目指している。
(……どう思う?)
『さぁな。少なくとも、こうなったのは奴等が原因だと言う可能性は高い』
半分以上野次馬根性で、一誠は付いていく事にした。かなりの距離を取り、息を殺しながら、音を経てない様に注意しつつストーカーする。
スパイごっこみたいだな、と思うも、ちょっと油断すると簡単に見つかる可能性があると気合いを入れ直す。
男達は石段を登り終え、山頂に近いその寺の前に来ていた。
(……寺?)
『寺だな』
何故に寺? と思いつつも、男達の後ろをなおもつける。辺りは木々が生い茂っている為か、体の小さい一誠が隠れる場所は多い。
茂みに身を隠し、隙間から男達の動向を視認する。どうやら、その寺の者に用があるらしい。
インターホンを鳴らし、誰かが出てくる。ニ、三言話したかと思えば、怒号が一誠のいる当たりまで聞こえてきた。
「お前が堕天使を匿っている事は知っているんだ! やはり、堕天使に魅入られた者は殺さねばならない!!」
口調は荒く、やはり出てきた女性に対してキレていると言うのが一般的な見方だろう。そして、やはり一誠も同じ様に感じていた。
(おいおいおい。なんだこれ。随分と物騒な事になってきたな)
『堕天使がどうこう言っている辺り、教会の関係者……天使側の連中か、それとも別の組織か』
この世界では天使、堕天使、悪魔の勢力で分割されている。
大昔にはドンパチ戦争をやっていたようだが、最近はめっきり戦う事が少なくなっているらしい。それでも、小競り合いが無くなる訳ではないのだが。
そう言った小競り合いの類が、この極東の地で起こっていると言う事だろう。しかも、あの女性は堕天使を匿っているとまで言われている。
否定しない辺り、本当なのだろうが。
『どうするんだ? 俺は別段放っておいても構わないと思うが』
(そうだなぁ……正直な所、あいつら強そうなんだよね。今の俺じゃ勝てる気がしないって言うか、やるだけ俺が危ないって言うかさ)
『それはそうだろう。未だ子供のお前と、数十年と生きて鍛錬した大人では、相手にならないだろうさ』
(だよなぁ。まぁ、運が悪かったってことで、あの人には悪いけど俺は逃げさせてもら──)
バキッ、と足元から音がした。どうやら近くに落ちていた木の枝を踏んでしまったらしい。
「誰だ!」
それなりに大きな音だったらしく、比較的近い所に居たのも相まって、男達にばれた。咄嗟に身を伏せて視えない様にするが、男達は訝しがって未だにこちらを見ている。
(やっべぇ……どうする、ドライグ)
『戦うしかないだろう。見逃してくれるとは思えんな』
自分達の所業をどうとらえるかは彼ら次第だが、目撃者を残すつもりは無さそうだ。堕天使を付け狙う、明らかにヤバめの敵対勢力だろう。
そんな事を考えている間にも、男達の一人がこちらに近づいている。迷っている暇はなさそうだ。
(しょうがねぇ……行くぞ、ドライグ。音は立てんな)
『分かったよ』
『
一誠にだけ聞こえる音で、身体能力が倍加させるのが分かった。
男はゆっくりとした足取りで、警戒しつつこちらに歩いて来ている為、もう一度位は倍加出来そうだ。
現在、一誠はニの三乗──即ち、八倍まで身体能力を引き上げられる。未だ幼い身体だが、八倍まですればデスクワークをやってる様な大人よりも筋力はある。割とギリギリではあるが。
相手が悪魔や天使、堕天使やそれらに祝福された存在ならばともかく、男達は普通の人間の様だ。問題は無いだろうと思い。
近づいてくる男を見れば、右手に西洋剣を持ち、左手には銃を持っている。銃口は真っ直ぐこちらを向いている為、少しだけ移動して射線上から外れる。
男は少し離れた所から弾丸を数発放つが、相手がいる場所が分からない為か、適当に撃っているらしい。既に二度目の倍加は済んでいる。
「おい、何をちんたらしている! 早くしろ!」
リーダー格の男は、一誠の近くにいる男を放って、他の仲間と共に家の中へと入って行った。
男はそれを見て舌打ちをし、西洋剣を勢いよく振って茂みを切り裂く。どうせ狐か何かの類だろうと高を括ったのだろう。
しかし──次の瞬間、男は地に伏す事となる。
『
更に倍加し、八倍化した身体能力を最大限に生かして、脚をばねの様に使って飛び出す。その速度に面食らった男は対応出来ず、一誠は『男の急所』を思いっきり殴りつけた。
変なうめき声と共に、股間を抑えて地に伏せる男。
『…………』
一誠の容赦の無さに、すっかり黙ってしまったドライグ。当の本人はそんな事は微塵も気にせず、剣と銃を奪って男の足の腱を切っておく。
西洋剣の重さに少しだけ顔をしかめ、銃を手にとって重さを実感する。
剣を使って腱を切る際、人肉を切ると言う初めての経験に、不快感を感じた一誠。しかし、こうしておかなければ後々立ち塞がるかもしれない。故に銃も剣も返さないし、目を潰して視力も奪って置く。姿を見られたのだ。殺す事だけはしたくないが故の、最大限の譲歩。
堕天使側に属していると思われては、こちらの立場が危ない。赤龍帝とはそう言うモノだ。現時点で何処かの勢力に目を付けられると言うのは、最悪の一言に尽きる。
腱を切る際に、目を切る際に発された男の絶叫は、彼が呻いている今でさえ痛烈に脳裏に刻み込まれている。身を守るだけにしても、龍という性質は否応なく戦いを求める事になるのだろう。──その辺りは、覚悟を決めるしかない。
嫌な汗をかいて、剣と銃を持った手には自然と力が入る。
『……大丈夫か、相棒』
「心配するな。大丈夫……大丈夫だよ、ドライグ」
それは、ドライグに向けた言葉と言うよりも、自分に対して言い聞かせる様な物にも聞こえた。
突如、家の中から悲鳴が聞こえる。正直、もう此処には危険しか無い上に、自分の存在がバレると言う最悪の状況が待っている可能性がある。
しかし、だ。
「今の声……幼い、子供の声だった」
『助けに行くつもりか? ……止めて置いた方が良い。さっきの奴こそ不意を打って倒せたが、他の奴等はそうはいかないぞ。……赤龍帝だと言う事がバレるのは、嫌なんだろう?』
「ああ、嫌だね。それがどこかに、誰かにバレるのは最悪の一言に尽きる。自分の価値はハッキリわかってるつもりだ」
銃声が何度か聞こえる。怒号だって、何を言っているかは分からないが、聞こえる。悲鳴だって聞こえているし、変な爆発音の様な物だってハッキリと聞こえている。
それでも、やはり。
「やっぱり、分かっててこのまま見逃したんじゃ……後味が悪いよな」
ドライグが溜息を吐く声がした。白龍皇と戦う前に命の危険と言うモノは出来るだけ合わせたくないのだろうが、この後ずるずると後悔を引き摺るよりはマシだ。
腱や目を切った際の男の悲鳴が聞こえていたのだろう。二人の男が出てきて、こちらへと歩いて来ている。警戒心は高く、まともに戦っても勝てる気がしない。
その為、まずは移動する。返り血は付いていないし、足裏にも血は付着していない。銃と剣だけを持ち、一誠はあちらからは見えづらく、こちらからは見えやすい絶好のポイントを確保した。
歩いて来た男達の一人が、倒れた男へと様子を見にしゃがみ込む。そして、もう一人は当たりを常に警戒している。まともに攻撃は出来ない。
なら──まずは、足を奪う。
両手で構えた銃──一誠の手でも十分持てる位の小さめのハンドガン──の引き金を引き、銃声と共に弾丸が射出される。弾丸は真っ直ぐ飛んで警戒していた男の足に当たり、痛みに呻いて倒れ込む。
もう一人は直ぐ様動いて木の後ろへと身を隠し、こちらの様子を窺っているようだ。
しかし、それとて一誠の予想の範囲内だ。
『
そして、ここ最近発現した、倍加とセットにするべき力。
『
力の『譲渡』だ。突発的なアイデアだが案外上手く言った様で、最大強化された銃を撃つと、強烈な弾丸が盾にしている木を貫いて足があるであろう場所を撃ち抜いた。
その分反動が大きかったが、足を踏ん張って何とか耐える一誠。悲鳴が聞こえてきたため、恐らくは当たったのだろう。
倒れている男達の目も潰して置きたいところだが、生憎と彼らは未だ銃を持っている。不用意に近づくのは危険極まりない。
故に、先程から悲鳴の上がっている家の方へと走り出す。姿を見られない様に、最初に倒して置いた男のローブを頭からかぶって。
窓から様子を窺い、その光景を目にした。
ボロボロの室内。畳は抉れ、タンスは倒れている。テーブルは引っ繰り返されており、夕食だったであろう物が散乱している。
「その子を渡して貰おう。忌々しき邪悪な黒き天使の子なのだ」
堕天使の子? と疑問を浮かべる一誠。彼の知っている中で、それが当てはまる人物が一人だけいた。しかし、何処に住んでいるかまでは明言されていなかった筈で──
(此処に住んでたのかよ!?)
まさか隣町とは思わず、あんぐりと口を開けて驚く一誠。ドライグは一誠の様子を不思議そうに見ている。
そんな事を思っている間に、事態は急転していた。母親らしき人物が、子供を庇って前に出たのだ。何を言ったかは聞いていなかったが、守ろうとしている事だけは様子からでも分かる。
「……貴様も、黒き天使に心を穢されてしまったようだ。致し方あるまい」
男が刀を抜き放ち、振るったその瞬間。
一誠は、咄嗟に銃を放った。
「──ッ!?」
いきなりの銃声。そして、その弾丸が自分の腹部を貫いている事を確認すると、男は膝をついて一誠がいるであろう方向を向いた。
「何者だ!」
「捕えろ! 早くしなければ、忌々しい堕天使が来るぞ!」
その口ぶりからでも、彼らが堕天使を恐れている事は容易に分かる。
直ぐ様ブーストを開始し、近くの茂みへと身を隠した。母親らしき人の後ろにいた女の子、あの子の悲鳴が聞こえてこない辺り、未だ母子共に殺されていないと判断できた。
(……あの男が放ったのがニ発。俺が倒す為に三発。そして、さっきの一発……弾切れか)
茂みに隠れた時点でリボルバー式の銃を見てそう判断し、銃を捨てて西洋剣を持つ。剣の使い方など分からないが、何の抵抗もしないままでは死ぬしかない。
あそこで助けなくても、恐らくあの女の子は助かっただろう──母親は死んだだろうが。それは、知識で分かっている事だ。
だから、この後の状況が大凡予測できる。
母親が殺されても子の方は殺されていない。ならば、後数分程時間を稼げば大丈夫だろう。
『相棒、後ろだッ!』
ドライグがそう言った瞬間、勢いよく振り抜くも、固められた拳で殴られた一誠の体は簡単に投げ飛ばされた。西洋剣は殴られた拍子に落としてしまった。
「……ガキだと? しかもこの剣。まさか、お前があいつ等を?」
訝しげに一誠を見る男。疑惑に満ちた目だが、確信を持った様子でもある。
男は、ニヤリと笑って一誠の方へと歩き出した。
●
(不味い……非常にまずい)
『だから俺は止めろと言ったんだ』
現在、両手両足を縛られて拘束され、男達の監視下にある。一誠の視線は、先程切られかけた母親へと向けられていた。
その女性は黒く艶のある髪をしており、後ろにいる女の子も同じ様に艶のある黒髪をしている。
「それで、ガキ。お前は何で俺達に攻撃して、こいつ等を助けた?」
「理由、ね……お前等、俺が木の枝を踏みぬいた時、俺の方に何発か発砲したろ。だから、ちょっとやり返してやろうと思ったんだよ」
『
縛られているんじゃ、腕力を強化した所で抜けられはしない。
「言うじゃねぇか。それで、この二人を助けた理由は?」
「無い。唯、その人が切られそうになったから助けただけだ」
助けたと言うよりも、一誠自身があの後の光景を見たくないと、本能的に思ってしまったからだろう。
人を切れば血が出る。それを直前に、身をもって体験していた一誠は、母親が切られればどうなるかハッキリと予測出来た。
だからこそ、咄嗟に腕を動かして、その先の光景を拒絶しようとしたのだろう。
「……知り合いか何かか?」
「いや、何にも知らない。赤の他人だよ」
「赤の他人? それにしちゃ、一丁前に助けようとしてたなぁ、おい!」
固めた拳で殴られる。ぐわんぐわんと視界が揺れるが、それ以上に殴られた場所が痛かった。
初めての感覚だ。憑依する前にも何度か大きめの怪我をした事はあったが、こんな風に人に悪意を持たれて殴られた事は無かった。
「しかし、末恐ろしいガキだぜ。武器もなにも無しに、俺達の内三人を無傷で倒すなんてな」
「油断してたんだろうよ。……いや、待て。もしかすると、何かしら強力な『
先程殴られたとき以上に、衝撃が来た。
不味い。それだけは、知られる訳にはいかない。それを知られれば、一誠自身だけでなく、家族も不味い事になる。
「だとして、どうするんだ? 殺すか?」
「馬鹿言うな。抵抗出来ない様に両手両足潰して、『
先程一誠が倒した仲間の恨みを晴らす意味もあるのだろう。いやな、気持ち悪い笑みを浮かべて、男はそう言う。
「まぁ、まずはこっちだ。いい加減堕天使のクソ野郎も帰ってくるだろうからな。其処のガキは殺して置く必要がある」
「何度凄んでも無駄です! この子は、絶対に渡しません!!」
母親は男達を強く睨みつけ、その後ろにいる子は一誠を時折見つつも恐怖におびえている。
『……どうする。腕一本でも代価に出せば、一時的に「
ドライグがそう言う間に、男は刀を構えた。
そして──驚くほどあっさりと、母親を斬り殺した。
大きく袈裟切りにされた母親は、ゆっくりと倒れて血の海を作り出す。
「母さまああああぁぁぁぁぁっ!!」
女の子の悲鳴が木霊する。母親が目の前で斬り殺されたのだ、そのショックは計り知れない。
そして、同じ様に一誠もショックを受けていた。
血の海に沈む死体。泣き叫ぶその子供。血の鉄臭いにおいが鼻腔に入り、脳が揺らされた様に気分が悪くなる。嫌な汗をかいているのが自分でも分かる程だ。
濃密な"死"の感覚。一誠には、それが直視できなかった。
「さて、後はこっちのガキと堕天使のガキか……こっちのガキから先に始末しておくか。おい、両手両足を切っても良い様に治療用の符を用意しておけ」
『フェニックスの涙』程ではないが、それなりに治癒効果のある符。それを使い、瀕死のまま『
「両腕と両足、何処から切り落とされたい? 堕天使に与したお前が悪いって事を、その足りない頭に叩きこんでおくんだな」
もっとも、『
刀を振り、刀に着いた血を半円状に飛ばす男。
「じゃ、まずは右腕から行こうか」
縛られていたロープが解かれるも、一誠の身体は簡単に抑え込まれる。
(……ふざけんな)
ギリッ! と歯を食いしばる。だが、そんな事など気にせず、男は刀を振り下ろす──
「こんな所で……死んでたまるかよォォォオオオオオ!!!」
瞬間、閃光が全員の視界を覆った。
●
まばゆい閃光が終わり、目を開けた先には──男はおらず、家が半壊していた。
「な、何だ……なんだよ、その気味悪ぃ腕はあああああ!!」
男達の一人が、驚いた様に声を上げる。
その視線の先を一誠が追いかけると──一誠の右肩に、奇妙な『第三の腕』が出現していたのだ。
不恰好な巨人の腕のような歪で禍々しい光の塊が、其処にはあった。
「……『聖なる右』……?」
一誠は、その光景に呆然としながらも、小さく呟く。その腕に見覚えがあったのだから、驚くのも無理は無い。
ゆっくり立ち上がり、黒いローブを頭から被り直して、思考を開始する。
『聖なる右』
それは、不恰好な巨人の腕のような歪で禍々しい光の塊として発現し、彼の意思のままに動く一つの"力"だ。元となったのは天使長『
どんな邪法だろうが悪法だろうが、問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、千年の安息を保障した右方の力。
それらの奇跡の象徴たる、ミカエルの『右手』を元にした命名だ。
「……なるほどな。オーフィスの蛇を弾く訳だ」
龍と言う存在は、聖書においては「悪の象徴」とされる。そして、莫大な力を持つこの『聖なる右』は、これだけでも多くの十字的超常現象を引き起こせるだけの力を持つ。
聖書で『赤い龍』をミカエルが倒した様に、この右手は
『右方の赤』にして火と太陽の象徴。最強の天使の力が、一誠の右手に宿っていると言う事。
天使に
「ど、どういう事だッ!?」
男達が逃げていく。一誠はそれに気付かず、唯思考の海に没頭していた。
しかし、
「……これは、一体……!」
この家に住んでいた
家が半壊していると言う状況を理解し、其処から逃げ出そうとしている者達を見て、家の中で血の海に倒れている朱璃を見て。
バラキエルは、沸点を一瞬で突破した。
直ぐ様逃げている者達を皆殺しにし、鮮血の滴るその姿のまま、未だ立ち尽くす一誠の近くへと歩み寄る。
辺りは既に薄暗く、一誠の様な子供がいて良い時間帯では無い。その上、その右肩から生えている不格好な腕が、バラキエルの警戒心を最大限にまで上げる結果となった。
「貴様、何者だ!」
朱乃と一誠の前に立ち、子を守る親の様に立ち塞がる。この状況では、一誠が敵だと思っても仕方ないだろう。
しかも、第三の腕からは天使の様な力も感じるのだ。これで警戒しない訳がない。
「……『
バラキエルの声で、一旦思考の渦から意識を覚醒させる。バラキエルの後ろに倒れている女性が見えるが、発現したばかりの『聖なる右』では流石に死者は蘇らせる事など出来ない。
本来の聖なる右であれば出来るのだろうが。
月と星だけが明かりとなるこの場所で、第三の腕は不気味な光を纏っていた。
この場所を襲った男から奪ったローブを未だに頭から被っている為、バラキエルから顔は見えていない。
「……朱乃、本当か?」
バラキエルが問うが、朱乃はなおも嗚咽を漏らして母の体を揺するだけ。バラキエルの言葉など、聞こえていない。
「……まぁ、その様子じゃ無理かな。戦闘の意思は無いよ。唯、偶然通りがかっただけだから」
それだけ言い残し、其処から一誠が去ろうとした時。
「待って!」
「朱乃!」
朱乃と呼ばれた少女が、一誠の方へと顔を向けていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔だ。それでも、言葉を告げた。
「……助けようとしてくれて、ありがとう」
その言葉に、驚いたバラキエルと一誠。助けられなかった以上、お礼を言われる筋合いは無いと思っていたので、一誠にとってかなりの驚きだった。
「要らないよ、礼は。助けられなかったんだし。そもそも助けようと思って此処に来た訳じゃ無かった」
興味本位で取った行動が、結果的に一人の少女を助けた。本来の歴史ならば、バラキエルはもっと早くに着き、姫島朱乃を救っていただろう。
しかし、この世界においては朱乃は殺されてもおかしくなかった。それを救ったのは──紛れも無く、一誠だ。
「……また、会える?」
その言葉に苦笑する一誠。彼女の方が一つ年上の筈だが、この場においては一誠の方がずっと大人に思える。いや、精神的な意味では一誠の方がずっと上なのだろうが。
数秒考え、一誠は顔を見せない様にしつつ、答えた。
「『右方のフィアンマ』……この名前を覚えていられたら、また会えるさ」
かつて、一誠の知る世界で『聖なる右』を所有していた男の名だ。黒いローブを身に纏ったままでは、顔は見えないだろう。バラキエルがいる以上、見せる訳にもいかない。
第三の腕を消滅させ、右手をひらひらと振りながら、一誠は石段を下りていく。
●
なお、『聖なる右』の力には『途中に障害物がなければ水平方向に無限に移動出来る』という能力があり、平地に下りた時点で堕天使側の監視を一瞬で撒く事に成功。
バレ無い様に途中でローブを捨てたのは良いが、帰り道が分からずに途方に暮れ、結局帰ってから親に説教をされたのは余談である。
能力は『聖なる右』です。説明は後々入れていきますが、不完全なのでチートであってチートじゃないです。制限付きチートですw
……そろそろ原作に入りますかねぇ。特に書く話も無いですし。