第四話:考察段階
誰もいない山の中、一誠は大きめの岩の上に座り、瞑想していた。
大きく息を吸い、吐く。そして、意識を集中させて"第三の腕"を現界させる。
一誠の意のままに動くその歪な腕は、時間制限では空中分解を起こさない事が分かった。少なくとも、一、二時間程度では空中分解を起こさない。
まぁ、力を使えば必然的に空中分解を起こす事になるのだろうが。
それを確認した後、"第三の腕"を消滅させる。
「ふぅ……やっぱり、力を使わないなら、出現させるだけなら大丈夫っぽいな」
ある程度の調整なら自分の意思で出来るようだが、如何せん一誠に魔術の知識など存在しない。詳しい微調整など不可能に近いだろう。
やはり、この"聖なる右"は最終手段であり、最後の武器だ。無闇に使えないし、使う機会も出来れば少ない方が良い。
使えばどんな敵でも一撃で葬れる自身があるが、『
とはいえ、この世界には"歪み"や"四大属性のズレ"が存在しない為、力はそれなりにあると言うのが救いか。
『……なぁ、相棒』
一誠が静かに考察していると、ドライグが声をかけてきた。
「なんだ、ドライグ」
『お前、この奇妙な腕の正体を知っているのか? 幾らなんでも考察が具体的すぎるぞ』
聖なる右の事を知り、その現界時間や力の調整を出来る限り行っている現状で、ドライグとしてはそう感じたのだろう。
魔術の知識がない以上、調整と言っても割と適当にやっているだけなのだが。"聖なる右"は強大な力であり、術式そのものでもある。力の本体が一誠の中にある以上、多少なり出力の変化は可能だ。
もっとも、"世界に一つだけの特別な右手"も無ければ、"十万三千冊の魔道図書館の知識"も無い以上、この右腕の力を完全に引き出す事は諦めた方が無難と言えるのだろう。
「そうだな、確かに俺は"これ"を知っているよ」
『「
「いや、これは『
大岩から降り、固まった身体をストレッチでほぐし始める。
『じゃあなんだ? お前は天使の力が如何こう、と言っていたが……』
「こいつはな、先天的な才能の一つだよ。完全状態での最大出力はおよそ"世界を救う"事も出来るし、"世界を滅ぼす"事も出来る。とはいえ、俺にはその為の"出力端子"が存在しない訳だけどな」
車に船のエンジンを積んでいる様な物だ。人間である一誠には、この右腕は完全に扱う事は出来ない。
一誠の説明に微妙に納得がいかないのか、ドライグが考え込む。
『……だとしたら、お前は歴代最強の赤龍帝になるかもしれないな』
「かもしれない、じゃないよ、ドライグ。なる、いや、なってるんだ」
現時点でも、歴代の赤龍帝の力を上回っていると確信出来る。それはやわなプライドでは無く、客観的に判断しての事だ。
不完全とはいえ、聖なる右を一度振るえば街の一つや二つ、簡単に崩壊させられる。少なくとも、魔王やそれと同レベルの連中が何人いようと敵では無い。
仮に『
「……オーフィスを超える事も、不可能じゃ無いかもしれないな」
とはいえ、オーフィスを倒す為にどれだけの出力がいるのかも問題となる。
かの世界では、一体で人類の歴史を終わらせられると豪語される大天使を真正面から打ち破れるほどの力を持つ右腕だ。しかし、それは使っている本人が人間よりも"天使"に近いと言う理由もあってこその出力だったのだろうし、一誠にはあれがそう簡単に沈められるなどとは考えられない。
いや、可能性としては一誠の“原罪”が薄まっている事も挙げられるのだが、それを確かめる手段が存在しない為、分からない。
『オーフィスは無限だからな。それと並ぶグレートレッドを倒すには、それでもまだ力が足りないだろうさ』
「だよなぁ。……取りあえず、今は赤龍帝としての力の向上と、右腕の微調整だ。出来る所まではやっておかねぇとな」
いざ使う段階になって駄目でした、では話にならない。最悪の状況を考えて、右腕の調整と並行で赤龍帝としての力も向上させておく必要がある。
『そうだな……はぐらかされていたが、結局この腕は何なんだ?』
「天使長『
『ミカエルのか? しかし、奴はこんな奇妙な腕は持っていない筈……』
「そりゃそうだろう。当の本人にはしっかり右腕に力が収まってるだろうさ。俺のこれは力を使う為の出力端子の様な物だよ」
もっとも、右腕が無ければ機能しない様なものだが。と付け加える。
不完全の癖に、この力があれば力技で解決出来る様な事は大抵解決できる。完全状態になれば、それこそグレートレッドやオーフィスさえ葬れるだろう。
様々な理由から完全状態になる事を諦めるにしても、空中分解直前で止める事位はしたいモノだと、一誠は思う。
『出力端子、ね。これがあれば、俺の力は要らないだろうな』
「ところがどっこい、そうでもない」
制限がある以上、使いどころは極めて限られる。命の危機で使わない様な馬鹿な真似はしないが、最初から使って後から後から敵が出てくるようでは、戦闘の途中で空中分解してやられてしまう。
そうならない様、聖なる右に頼らない強さが必要となるのだ。
「取りあえず、鍛錬は続けるさ。『
とは言っても、聖なる右の特性としては"倒すべき敵や試練や困難のレベルに合わせて、自動的に最適な出力を行う性質"がある為、倍加しても意味がない可能性は捨てきれない。最適な出力にする為に、聖なる右自体が力を抑える可能性があるのだ。
それにプラスして力の上限を計ってみたいところだが、それだけの力を出しても大丈夫な相手がいるかと言えばそうではない。オーフィスなら大丈夫かもしれないが、今度は場所の問題が出てくる。
『力を試したら街が一つ消えました』では洒落にならない。何処の核実験だよ、と吐き捨てる一誠。
『俺としては、白いのと戦って勝てばそれで良いんだがな』
「そればっかりだな、お前。安心しろよ。負けやしねーからさ」
赤龍帝の"倍加する力"を使っても出力が戻るなら、白龍皇の"半減する力"を使っても出力が戻ると言う事でもある。更に言えば、
もっとも、油断すれば負ける可能性がある為、過度な自信を持つ事もしないが。
『しかし、ミカエルの右腕か……本当にそんな強力な力があるのなら、俺や白いのは奴に討ち取られてもおかしく無かっただろうがな』
それは、単純な疑問。
かつて三つ巴の戦いの中で喧嘩を始め、争っていた三大勢力が手を組んでまで倒そうとした存在が抱いた、小さな疑問。
ある意味では当然の疑問とも言える。この力を使えるのなら、魔王や神よりも強いなどと言うニ天龍の力がひっくり返る事になる。
(……まぁ、この世界のミカエルとあの世界の『
世界が違う以上、同一存在であると言う保証も無い。それに、この世界のガブリエルに世界を滅ぼすほどの力が使えるとも思えない。
「気にしなくて良いんじゃないか? コピーがオリジナルを超える、って事もあるだろうしさ」
『……そうか? まぁ、悪魔やら天使やらの事は、基本的には俺達には関係ないだろうからな』
いえ、後十年もすれば無関係じゃ無くなります。
そんな言葉が頭の中を横切る一誠だが、口にも出さなければドライグに分かる事も無い。
オーフィスがこの時点で『
いや、厳密に言えば『旧魔王派』は存在するだろうが、『英雄派』は存在しない可能性が高い。年齢的に。
まぁ、一誠としては聖なる右がある以上、曹操達に引けを取るつもりもないのだが。
(……ん? そう言えば、聖なる右があるけど俺って悪魔になって良いのか?)
そもそも、この時点で修行していれば悪魔になる切欠であろう"堕天使に殺される"と言う事が無くなる可能性もある。いや、一誠個人としては痛いのは嫌なのでそれはそれで全然構わないのだが、折角の知識が役に立たなくなるのは少々勿体無く感じる所があり。
(……いや、原作を良い方向に変えようとしている時点で、既に知識なんてあって無い様なモンか)
既に世界は別の道を歩み始めている。ここからどうやった所で、元の世界の様にはいかないだろう。オーフィスとも約束しているし、それを破るつもりも(今の所)無い。
グレートレッドが死んで世界に変化が現れたら、今度はオーフィスを殺す必要があるなぁ……と考える一誠。出来るのか、かなり疑問ではある。
まぁ、そうなったとしても、オーフィスを殺して正常になるとも限らない訳だが。
こうなると、不用意にオーフィスと約束した事を悔いてしまう。本当に倒してしまったらどうするつもりだろうか。オーフィスが次元の狭間で大人しくしてくれるなら良いのだが、この世界に長く居過ぎて変質しているとも言われている為、どうなるかは実際にやってみないと分からない。
「ええい、面倒臭い。こんな事は後々考えりゃいいや。今考えたってしょうがない」
『オーフィスとの約束か? 俺にとっては別段どうでもいい事だがな』
そりゃ、お前は白いのと戦って勝てばいいんだろうからな。と言う一誠。事実としてそうなのだから、ドライグも言い返せない様だ。
取りあえず今日は家に帰って寝る。と言い、一誠は夕焼けに染まり始めた道を歩き始めた。
今回は若干短め。ドライグと一誠の考察&コミュ回です。要望があった様なので書いてみました。
……この位短めなら、比較的近い頻度で更新できますかねぇ。
幼少期の話で重要な物はともかく、余りだらだらとやると飽きる可能性があるので、原作前の話を少しやろうかなぁ、と思ってる次第です。