四月二十日、加筆修正しました。
第七話:エンカウント
『なぁ、相棒』
「なんだ、ドライグ」
パチン、と右手の指の爪を、ゴミ箱の上で切る音がする。
『今更で悪いんだが、何であの堕天使達を殺さなかったんだ? 相棒は赤龍帝だとバレるのは嫌なんだろう?』
「本当に今更だな……まぁ、簡単に言えば実験さ」
パチン、と爪を切る。深爪にならない様注意し、丁度よくなるように今度は削り始めた。
『実験?』
「そう、実験だ。あいつ等が本当に上の命令を受けて、俺を殺しに来たのかを確かめたかったからな」
『……何の為に、そんな事を?』
「単純に言えば、堕天使側に俺の価値を知らしめるため、ってところか」
堕天使側が一誠を殺しに来たのは、『
これは、恐らく堕天使側の総督──アザゼルが決めた事だろう。これはおよそ間違いない。
しかし、一誠は中級堕天使二人に対し、圧勝した。レイナーレの言葉を聞く限り、一誠にどんな『
一誠は、これを好都合とばかりに利用したのだ。
「奴等にとって、俺は危険な存在だったんだろう。だが、レイナーレ達が俺の『
駒王学園に入ったのも、"この街にある学校"で"魔王の妹がいる"という条件を満たしていたからだ。
この二つの条件があれば、天使側も堕天使側も下手に手出しが出来ない。逆に言えば悪魔側は手を出すのが容易と言う事になるが、三勢力から狙われるよりも一勢力に絞った方が楽ではある。
何より、悪魔の方が相手にし易い。一誠の右腕は、悪魔に対して絶大な効果を持つのだから。
「まぁ、逆にレイナーレ達が上の命令で動いていなかった場合、俺に対して恨みつらみをぶつけに来る可能性がある訳だが……次は容赦なく殺す。一般人に手を出すようなら、グレモリーも黙っちゃいないだろうしな」
この街を管轄する以上、堕天使は下手な動きをすれば簡単に感知される。其処から芋づる式に情報を引き出せば、勝手に潰しあってくれるだろう。
そこまでは望めないにしても、牽制しあって動き辛い状況にはなる筈だ。グレモリーと事を構えたくないであろうアザゼルがレイナーレ達の事を知れば、自分たちで始末に動こうとする可能性も否めない。
どの道、レイナーレ達に生存の道は無いと言う事だ。……いや、本当に上の命令で動いていて、大人しく帰るのなら生存できるのだろうが。
『……そこまで上手くいくのか?』
「行くさ。アザゼルには、どうしたってグレモリーと事を構えたくない"理由"がある。戦争になるってだけじゃ無い、他のデリケートな問題がな」
姫島朱乃。堕天使の父と人間の母を持ち、悪魔に転生した女性だ。現在はリアス・グレモリーの"
彼女の父の事があるからこそ、アザゼルは下手にグレモリーと戦闘になる様な真似は避けたいのだ。
両手の指の爪を切り終え、満足する一誠。おもむろに足を上げたかと思えば、今度は足の爪を切り始めた。
「俺にとって最悪のパターンは、危険性があるからと悪魔の上役に許可を取って俺を殺しに来る幹部級堕天使が数名来た場合だな。その場合は赤龍帝だと言う事を隠す気は無いし、右腕も躊躇なく使うつもりだ」
ついでに、恥も外聞もなくオーフィスに助力を頼むかもしれない。聖なる右もあるのだから、町の一つや二つが滅びる事は確実だろう。
「それに混じって白龍皇まで来れば最悪中の最悪。こればっかりは俺もどうしようもない」
やっぱり街を滅ぼす勢いで力を使う事になるだろう。
『白いのは堕天使側にいるのか?』
「堕天使側とは限らないさ。俺達の事がどこかの勢力に知れれば、其処から全勢力に漏えいする可能性があるんだからな。全く、迂闊に全力も出せないぜ」
ふーやれやれ、と溜息をつく一誠。
「まぁ、しばらくは大丈夫だろうが……数日は様子見だな」
パチン、と爪を切る音が、部屋の中で響いた。
●
数日後。一誠は特に何も無く日常を過ごしていた。
予定通りに行ったかな、と思いつつ、今月は漫画の新刊が出ている事を思い出す。商店街の中にある、そこそこ品揃えの良い書店だ。昔から利用しているので、店長とも顔なじみである。
さて、何が発売してたかな、と思っていると、後ろから声がした。
後ろを振り向いてみれば、シスター服を着た少女が両手を広げて顔面からコンクリートの地面へ倒れていた。痛そうだ。
「大丈夫?」
「──Thank you」
近くまで行ってしゃがみ、手を差し伸べる一誠。何やらぶつぶつ言っていたが、英語なので最後の一言以外さっぱり理解不能である。
立ち上がった拍子に吹いた風でヴェールが飛ばされるが、反射的に手を伸ばしてそれを掴む一誠。
シスターの被っていたヴェールの下には、長い金色の髪。腰までありそうなその金髪は、夕陽を受けてより輝いて見えた。
グリーンの瞳が特徴的な、一般的に美少女に分類されるべき少女。──だが、それよりも一誠は彼女の顔に見覚えがあった。
自身の持つ知識は薄れつつあるが、確実にその少女だろうと当たりを付ける。とはいえ、現時点では半信半疑、と言ったところだろう。
取りあえず、このままでは気まずいので、何とか会話をしようとしたのだが。
「…………」
言葉が通じなかった。
こういう時、悪魔である事が羨ましくなる。何せ、音声言語に限るとはいえ、万国共通で言葉が通じるのだ。英語を覚える必要が無いのは楽そうでいい。
それを知っているからか、高校生の全員が全員、英語が出来ると思うなよ……! という理不尽な怒りを持って毒づきながら、一誠はシスターの持つ旅行鞄に目を向ける。
旅行鞄を持つのは、通常は旅行か引っ越しの際の着替え等か、その辺りだろう。ちなみに一誠が本物のシスターを見たのは始めてだったリする。
「えーと……なんだっけ。Where are you going?」
簡単な英文や単語なら会話できるので、足りない部分は身振り手振りで何とかする。何で俺がこんな目に、と思ってたりするが、関係を持ってしまったので仕方が無い。
出来る事なら無視して帰りたいのだが、そう言う訳にもいかないだろう。
「えと、えと、ワタシ、えと……Church……」
「……教会?」
ゆっくりハッキリ発音して貰った英語を聞き取り、シスターの地図が描かれたメモ帳を見て大体確認する。
間違っていたら目も当てられないが、その場合は日本語を覚えずに日本に来た事を後悔して貰おう。と、割と酷い事をさらりと思っていたり。
近くの本屋で先程の質問をし、やはり教会を指差したのであっているだろうと判断した一誠。既に疲れ気味だ。
仕方が無いので案内する事にし、シスターであるアーシア(名前を聞きとるのにも苦労した)は一誠の後ろをついて来ている。
名前と容姿も知識と一致し、やはり彼女はアーシア・アルジェントである事を確信して、教会へと足を運ぶ。
教会へ向かう途中、公園の前を通った。
そこでは男の子が泣いており、隣では母親が泣きやませようとしている。膝を怪我しているらしく、擦り剥いて血が出ている様だった。
関係無いか、と素通りしようとした一誠は、後ろに金髪シスターが居ない事に気付く。金髪シスターと言うと、どうしてもあっちの料理が美味くて話が前後する方を思い出してしまうのは一誠の仕様である。胸の差は大きいが。
それはともかく、アーシアは泣いている男の子の元へと行き、ニ、三言話していた。もちろん、一誠にも何を言っているのかさっぱり分からない。
アーシアはそのまま掌を怪我した部位へと当てたかと思えば、淡い緑色の光が患部を覆い始めた。
その能力も、一誠の持つ知識と一致する──アーシア・アルジェント。この子も『
怪我を直し、男の子を一度撫でてから、アーシアは一誠の近くへと戻ってきた。何か言うが、やっぱり分からない。何で道案内しているかも不思議でしょうがない状況だ。
当然ながら会話が続く訳もなく(そもそも通じて無い)、数分行ったところで古ぼけた教会を見つけた。
この教会が使われていると言う事は聞いた事が無いし、使われている所を見た事もないのだが、灯りが付いている辺り、人は居るのだろう。
「……いや、別に人とは限らないか」
主にレイナーレとか、あの辺。
メモに書かれた地図と照らし合わせながら、アーシアは安堵する様に息を吐いた。
本格的に日が暮れてきた事もあり、一誠は帰ろうとするが、アーシアはそれを止める。どうやら、お礼がしたいと言っているようだ。
しかし、当の一誠は英語の成績が非常に悪い。「オーケーオーケー、アイゴートゥーホーム」などと適当に口走っている。アーシアは自分の英語が伝わっていない事に気を落としたようで、がっくりしていた。
そもそも日本人全員に英語が通用すると思うなよ、等と辛辣な言葉を投げかける一誠。日本語で言ったので、アーシアはやっぱり分かって無い。
項垂れたアーシアは、気を取り直した様に日本語を勉強しようと強く決意する。まずは最初にお礼をする為に、と。
そんな事は露知らず、一誠は既に帰路に着いていた。アーシアと手を振って別れ、帰りに本屋で漫画の新刊を買ってから家に着いた。
●
その日の夜。一誠はコンビニから帰っていた。
オーフィスがいきなり来たかと思えば、「我、チョコ食べたい」などと言いだしたので、コンビニまで行く羽目になったのだ。今度はチーズでも食わせて見ようと思っていたりする一誠。袋には裂けるチーズも入っている。
真っ暗な夜空には満月が浮かび上がっており、月明かりに照らされた夜道は街灯が無ければ心細く思える。
コンビニから家までは案外遠く、近道をしようと少しばかり不気味な道を通っていた。しかし、一誠はどこ吹く風と言った様子だ。
「何でオーフィスにパシられてんだろうな、俺」
『知らん』
ドライグからも辛辣な言葉が返され、若干沈む一誠。ペットボトルのジュースを開け、一口煽る。
しかし、どちらかと言えば別の事に集中している様な雰囲気だ。一誠の言葉には、あまり考えずに適当に返した。そう言った様子が分かる。
『……相棒』
「分かってるよ」
ガサガサガサガサ、と草をかき分ける音がした。
次の瞬間には草の中から槍が飛びだし、一誠が一瞬前まで居た場所を突き刺す。
難無く不意打ちを避けた一誠は、宙に浮く全裸の女の上半身を見て、小さく呟く。
「……はぐれ悪魔か」
はぐれ悪魔。
いわゆる、主を裏切って殺した悪魔の事だ。悪魔に転生し、その力を自由に使いたくなり、最終的に主となった者さえも殺して自由になろうとする狂犬。
はぐれ悪魔は悪魔・天使・堕天使のいずれの勢力にも狙われる、いわば被害を出す野良犬の様な物だ。
この状態では少し不味いな、と判断する一誠。
「ドライグ」
『分かっている』
一言の会話で思考を理解し、直ぐ様構える一誠。数秒の間睨み合い、一つの声によってその静寂が破られる。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
暴風が吹き荒れ、一誠は赤い鎧を身に纏って姿を現す。通常状態でも行けない事は無いが、アレは少々時間がかかるので却下。オーフィスが部屋で待っているのだ。余り時間をかけたくは無い。
余裕を持った一誠は、相手の姿をハッキリと見る。
全裸の女性の上半身と化物の下半身を持った、奇妙な生物とも言えない異形。悪魔にも色々いるらしいが、転生する前の種族が人間とは違うのかもな、とドライグは言う。
「じゃあ、アレはケンタウロスの出来そこないとかそんなんか?」
『知らん。居たとしても見た事が無いな』
興味も無さそうに返答するドライグ。それを傍目に、観察を続ける一誠。
下半身は四本足になっており、全ての足が太く、爪も鋭い。尾は蛇となっていて、一つ一つが独立して動く様だ。
体躯は五メートル前後。後ろ足で立ち上がればもう少し行きそうだ。
「奇妙な鎧を着おって──捻り潰してくれるぅぅぅぅぅ!!」
「やかましいんだよ、雑魚」
ドゴンッ!! と、強烈な拳が悪魔の腹部につきささる。両腕に持った槍を潜り抜け、背中に着いたブースターを使ってブーストし、悪魔を殴りつけたのだ。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
身体能力をはね上げ、次々に殴り飛ばしては魔力弾をぶつけて肢体を吹き飛ばす。
僅か数秒で肉塊と化した悪魔を尻目に、一誠は『
「あなた、何者──!?」
赤い髪が夜の暗闇でも映える。青い双眸は突き刺すような視線と共に一誠に向けられており、周りにいる卷属であろう三名も最大級の警戒心を向けている。
(ありゃ。不味いとこ見られちまったかなぁ?)
『お前が解いた直後に来た。ギリギリだったな、相棒』
(そうか、そりゃよかった)
ギリギリとはいえ、見られていないと分かってホッとする一誠。後ろにいるはぐれ悪魔を追って来たのだろうが、既に瀕死どころか肉塊と化している。
死んでいないだけで、この状態は殆ど死んでいるのと同義だ。
返り血は鎧にこそついたが、『
取りあえず、この後の事を考えて頭を抱える一誠だった。
実は一度消えたんですが、一時間ほどで何とか書き直しました。記憶って案外持つもんですね(え
リアスとその愉快な仲間たちとエンカウント。次回で会話ですな。ようやくここまで来た、と言う感じです。