第八話:交渉
私──リアス・グレモリーは、はぐれ悪魔であるバイザーを殺す為に、卷属悪魔である三人を連れて、町外れの廃屋へと向かった。
卷属悪魔と言うのは、多種族──主に人間から転生した悪魔の事だ。『
基本的に『
この三人を従えて、私は大公からの討伐依頼へと赴いたのだ。
しかし、目標であるバイザーは廃墟内にはおらず、不審に思っていれば、どこかから強力な魔力が感じられた。
明らかにこの場の全員を凌ぐ魔力で、爆音も聞こえていた。私達は出来得る限り最速で、恐らくはバイザーが何者かと戦っている場所へと急いだ。
そこには──一人の少年がいた。
ジーパンに黒を基調として、白いロゴの入った長袖のTシャツ。見た目だけなら何処にでもいる高校生の様な物だが、その後ろにいる存在が、その少年の異質さを物語っている。
はぐれ悪魔であるバイザーが、肉塊と化していた。
両腕は何かに抉られたかのように消失しており、両足も腹部も全て叩き潰された様にひしゃげている。
私はその姿を見て、呆然としたまま、彼に尋ねる。
「あなた、何者──!?」
彼はその言葉を聞いて振りむき、数秒悩んだような
警戒心を最大まで引き上げ、一挙一動を注視する。何者かは分からないけれど、バイザーを倒したのはこの子だわ。状況からして、そうとしか考えられない。
「……そこまで警戒しなくていいよ。俺は、特に何もする気は無い。と言うか速く帰りたい」
面倒臭そうに髪をかき上げながら、彼はそう言う。
「……貴方が、そのはぐれ悪魔を倒したんですか?」
「ん? まぁ、そうだな。適当に潰して置いた。いきなり襲われたんでな、手加減をする気も無かった」
子猫が質問をすると、ぶっきらぼうに答えてくれた。
なにはともあれ、はぐれ悪魔は倒されたって事ね。そこだけは分かるわ。
「取りあえず、止めはアンタ達に譲るよ。俺には何の関係もない事だからな」
彼はバイザーから離れ、袋の中からペットボトルを取り出して飲みだす。バイザーの事はどうでもいいと言った様子で、歯牙にもかけていない。
祐斗に彼を見張らせ、私は『消滅』の力でバイザーへと止めを刺す。その後、彼の方へと振り向き、質問する。
「貴方の事を教えて貰いたいわね。はぐれとはいえ、一介の悪魔を唯の人間が倒せる筈が無いもの。『
「流石に鋭い。……まぁ、一つ約束して貰えるなら、構わないかな」
「条件によるわね」
「今後、俺には関わらない事。俺は戦闘狂でも何でもない、唯の人間なのでね。悪魔やら堕天使やらの戦争には巻き込まないでもらいたい」
……まぁ、それ位なら当然の要求とも言える事だし、拒否する理由は特にないわね。
「分かったわ。この街を預かる上級悪魔として、グレモリーの名に掛けて誓うわ」
「それは良かった。俺としても、下手に悪魔側と事を起こしたくは無いからな。……取りあえず名乗っておこう。兵藤一誠だ」
それを皮切りに、私達も一人一人自己紹介する。彼はそれを聞き、顔と名前を一致させている様だった。
全員の自己紹介が済んだ所で、彼が口を開く。
「取りあえず、今日はもう遅い。話は明日と言う事でも?」
「構わないけれど、貴方、学校はどこなの? 場所が分からないと話し様が無いと思うのだけれど」
「心配は要らない。アンタの情報網なら、俺の事は名前が分かれば直ぐに調べられるだろう?」
……それは、確かにそうだ。名前とこの街に住んでいる事が分かれば、大概の事は調べる事が出来る。
それに、それを話すと言う事は、彼は今まで私達の近くにいたと言う事。即ち、駒王学園の生徒と言う可能性は非常に高い。
「俺は悪魔じゃないんでね。夜は眠いんだ。友人も待たせている所だし、早めに帰りたい」
手に持ったコンビニの袋を見せる様にして、私達の視線を集める。そう言う理由があるのなら、まぁ仕方ないわね。こちらの事情に付き合わせるのもどうかと思うし。
「分かったわ。明日の放課後に使いを出すから、その子に従ってちょうだい」
「了解。それじゃ、俺はこれで」
彼はそそくさと歩き始め、一度だけ私達の方へと視線を向けてから、恐らく家のある方向へと帰って行った。
その姿を見送っていると、祐斗が口を開く。
「良かったんですか? もしかしたら、
確かに、彼からは
でも、それならこの街に来た理由が分からない。上役の指示であれば私の所に連絡が来る筈だし、何か妙な事をしようとしているにしても、悪魔と対面した時の彼の表情は落ち着き払ったものだった。
戦闘への意思が感じられない。ならば、危険は無いだろうと私は判断した。
「……まぁ、はぐれ
「それは……そうですが……」
私の言葉に、祐斗は口ごもってしまう。まぁ、私の事を思って言ってくれてる言葉なのだし、
今日の所は部室に帰ってから情報収集。彼に関しての資料を集めないと。
「…………」
「……朱乃?」
彼の姿を追っていた朱乃は、どこかボーッとした様子なのが分かる。声をかけて見ると、ようやくこちらに反応を返したけれど。
何か気になる事でもあったのかしら。その旨を聞いてみると、朱乃は首を横に振った。
「そう言う訳ではありませんわ。唯、どこかで会った事がある様な、奇妙な感覚がしたものですから……」
自分でも良く分からない、と言う事ね。朱乃は一時期いろんな所を渡り歩いていたし、偶然会っていても不思議では無いわ。
その辺りも含めて、調べておかないとならないわね。
●
翌日、放課後。
一誠が鞄に教科書類を片付けていると、教室入り口付近から黄色い声が上がった。
同学年でこういった声が掛けられるのは、非常に数が限られている。ふとそちらを見て見れば、案の定昨日会った木場祐斗だった。
金髪が特徴的な、端正な顔立ちをした美少年。いわゆるイケメンと言う奴だ。
「やぁ、どうも」
木場はニコニコスマイルのまま、一誠へと話しかける。警戒心を抱いている事は直ぐに分かるが、一誠は特に気にした様子もない。それに、挨拶に対して一瞥するだけで返答しない。
少しの間沈黙が生まれるが、黙々と教科書類を片付け終えた一誠が口を開く。
「グレモリー先輩の使いで来たんだろ。何処に案内されるかは知らないが、案内はよろしく頼む」
鞄を肩に掛ける様にして持ち、木場へとそう話しかける。
昨日感じた雰囲気と違うからか、木場はキョトンと面食らった様な表情になる。しかし、直ぐにいつも通りの表情に戻ってから頷いた。
「それじゃ、僕に着いて来て欲しい」
女子たちからの奇妙な声を無視し、一誠と木場は教室を出た。
●
木場に案内された場所は校舎の裏手だった。
現在は使われていない、取り壊す予定さえもが不明な旧校舎が、其処にはあった。
昔はちゃんと使われていたのだが、現在は人気が無い為に学園七不思議があるほどだ。とはいえ、外見こそ木造で古いものの、窓も割れていなければ壊れた部分も分かり辛い。使おうと思えば使い回せる部分はあるだろう。
安全上の理由から、その辺りは無理だと言う事も分かるが。
それはともかく、一誠と木場はこの旧校舎の廊下を歩いていた。ニ階建ての建物であり、一誠たちはニ階の奥へと足を運ぶ。
道中廊下などを見渡していた一誠だが、廊下も使われていない教室も割と綺麗にしている。掃除はマメにやっているのだろう。
目的の場所へはほどなくしてついた。
『オカルト研究部』
空き教室の一つにそのプレートが立て掛けられており、その部屋の中に誰かがいる事も分かる。
「部長、連れて来ました」
木場が引き戸の中へと確認を取り、「入ってちょうだい」と言う事がした。木場はその言葉通りに扉を開け、中へと足を踏み入れる。
一誠は木場に続いて部屋の中に入るが、その部屋の奇妙な文様に目を奪われた。
室内の至る所──床や壁はともかく、天井にまで魔法陣の様な物が描かれているのだ。その中でも最も面妖で特徴的なのは、部屋の中央にある巨大な魔法陣。
不気味さと異質さを肌で感じ、奇妙な感覚が一誠を襲う。
その他にはソファやデスクが幾つか置かれており、木場以外の他の三人もソファに座っていた。
「ようこそ、兵藤一誠君。一応お客だし、歓迎するわよ」
一誠はデスクを挟んでリアスの対面に座り、木場は一誠の後ろに控える。有事の際、後ろから抑える為の人員だろう。
それで良い、と一誠は思う。人間だからと簡単に心を許すなら、何時寝首をかかれてもおかしくない。
「それで、何が聞きたいんですか? 個人情報の殆どは手に入ったでしょう?」
「そうね。拍子抜けするほど簡単に手に入ったわ。……兵藤一誠。学業は平均的でスポーツは平均よりも高い結果を出し、優秀な成績を持って駒王学園へと入学。その後、特に何事もなく学園生活を送り、現在に至る、と……家系を遡ってみても、魔術師だとか英雄だとか、そういう血が流れている訳でも無い、普遍的な一般人」
「そうですね」
リアスが読み上げる報告書に対し、にべもなく肯定の意を示す一誠。
「でも、貴方が何かしらの『
リアスは疑惑に満ちた目で一誠を見る。見られている本人は緊張感もなくお茶をすすっているが、やがて口を開いた。
「……そうですね。『
自嘲するかのように、一誠は薄く笑う。嘘をついている事を出来るだけ見抜かれない様、視線は手に持ったお茶へと向けている。
「……そう。分かったわ。人間のままはぐれ悪魔を倒す位だし、出来れば私の下僕悪魔になって貰いたかったんだけど」
「下僕悪魔、ですか?」
「ええ。この『
魅力的でしょ、と手に持った紅いチェスの駒の様な物を見せながら、リアスは一誠へと説明する。口調の軽さから、本気で言っている訳ではない事が分かる。
代わりに天使や堕天使の使う光の攻撃に弱くなったりするのだが、その辺りは説明していない。その辺はやはり悪魔と言うべきだろうか。
リアスのセールストークに対し、一誠は笑いを堪えていた。
よりにもよって、天使の右腕を持つ俺を悪魔にか、と。
「ククッ……ええ、下僕に
長い寿命にも広い領地にも、多少なり興味はある。
だが、それ以上に『不可能』だという事が、既に分かっていた。リアスはその様子を知らず、自分の意見を変えて下僕悪魔になると言う一誠を見て少し驚いていた。
一誠の差し出した左手の上に、リアスの持つチェスの駒が置かれる。
「うん、貴方に相性が良さそうなのは『
まず一個。一誠の左手の掌の上へと置かれる。本来、悪魔へと転生する事に同意したなら吸い込まれる筈のチェスの駒は、変わらず其処にあった。
「……駒一つでは足りないのかしら」
そう言って、リアスは二つ目、三つ目と試し、最終的に八つ全ての駒を置いても、一誠を悪魔へと転生させる事が出来なかった。
チェスの駒の必要な数は、その人物の素質や才能、駒との相性もある。
一誠の場合、駒との相性は良かった。その状態で八つ使ってもなお転生出来ないと言う事は、それだけの素質や才能を秘めていると言う事でもあるのだ。
(まぁ、当然だな)
『相棒は俺の「
(それに、あの右腕は元は天使──ミカエルの力だ。悪魔に転生させようとした場合、聖なる右が強制的に弾く可能性も存在する)
『
とはいえ、リアスは『
「……どういう事? 貴方、それだけの実力を備えているって言うの?」
「さぁ。そのチェスの駒の事については、あまり詳しい事は知らないので、どうとも」
訝しげに一誠を見るリアス。他の面々も、『
「取りあえず、俺に関しては余り干渉して来ないでくれると助かります」
それだけ言って、一誠は鞄を持って部室から出て行こうとする。
「待って。貴方の『
疑惑の視線。本当にそうなのかと暗に告げ、一誠の反応を見ているらしい。
「本当ですよ。俺の『
備えているだけで、『
今度こそ立ち上がって部屋から出ていき、部屋には考え込むリアスと、一誠を疑いの眼差しで見る卷属達の姿があった。
関わるなと牽制する話。ついでに転生出来ない辺りを明言しておきました。
ぶっちゃけると、転生する意味も特にないですし。長生きする程度で(え
それでも関わっちゃうのがこの話なんですけどね(おい