第九話:一誠の目的
「部長、本当に良かったんですか? 彼を放っておいて」
木場は、部屋から出て行った一誠の事を考えつつ、リアスへと声をかけた。
「八つもの駒を使って転生出来ないと言う事は、相当な実力者と言う可能性があります。現状、野放しにするには少し危険かと」
「……そうね。何も、彼をそのままにしておくつもりもないわ。干渉さえしなければ良いのだから、使い魔を使って監視をするつもりよ」
しばらくは行動を見張らせて貰う。最低限の事はやっておかなければ、有事の際に対応が出来ない。
ましてや、リアスが八つも駒を使っても転生させる事が出来なかったのだ。敵となった場合の危険度は高いだろう。
故に、野放しには出来ない。
「それに、彼は一般人の筈なのに、悪魔の事情や『
朱乃は、先程の会話を頭の中で反復しながら、そう言った。
あり得る可能性の一つとして、そう言った事を深く知る知り合いがいると言う事。だが、彼の普遍的な経歴からは、そういった類の者と繋がる要素は無さそうに思える。
一つに疑問を持てば、次の疑問は簡単に湧いてくる。
「……不思議な人」
子猫は小さく呟き、他の三人もその意見に同意する。
ともかく、普通に調べただけでは出てこない情報がある事も確かだ。その辺りは、追々調べていくしかないだろう。
その場は一旦解散し、夜にまた集まって仕事をする事にした。
●
「……口約束だったとはいえ、早速接触してくるのか」
数日後、一誠は屋上で昼食を取っていた。
よく晴れた、気持ちのいい晴天の日。一誠は基本的に昼食は屋上の一角で取っているのだが、基本的に他に人は居ない。
いや、人がいないからこそ、一誠は此処を昼食場所として選んでいるのだろうが。
「そう言わないで欲しいな。せめて多少の事を聞かせて貰えないと、僕らとしても納得できないんだよ……それに、別に友人になる位は構わないだろう?」
木場は苦笑しながらそんな事を言う。隣には子猫もいて、今日は三人で弁当を食べている。
「……悪魔とか『
直球で聞く子猫。一誠は、まぁ当然の疑問だよな。と思いながら、お茶を一口飲んでそれに答えた。
「お前等、『六次の
キョトンとした顔をする木場と子猫。あ、これは知らないな、と一誠は内心で思う。
そもそも、六次の隔たりと言う事を知らない人も多い。知らなくても別に恥でも何でもないだろう。
それはともかく、この仮説を使えば世界中から情報が集められると言う事になる。つまり、悪魔や堕天使といった情報も、手に入れる事はなんら不可能ではない。
何せ、人の口に戸は立てられぬと言うだろう。どうやっても情報は流れていくものだ。
だからこそ、一誠は自分とオーフィス以外に赤龍帝だとバレる事を避けている。他に気付く可能性があるのは白龍皇のみ。奴が来るまでは、出来るだけ姿を隠し通そうという気概である。
「……それは知らなかったな。そんな事もあるんだね」
「あくまで仮説だけどな。そう言う実験結果が出てる」
調べようと思えば調べられる事なので、詳しい事は言わない。
弁当を食べながら、一誠は金網に背を預けて話し出す。特に意図したものではないが、世間話をする程度の軽さで、木場達の知らない情報を。
「おかげで色々知ってるよ。この街がグレモリーの統括する場所だと言う事も、魔王の妹が二人この学校に通っていると言う事も。最近シスターが近くの教会に来た、って事もな」
「……シスターが?」
「ああ。アーシア・アルジェントって言ってたな。英語が話せないから、ジェスチャーやら本やらを使って教会まで案内した……そう言えば、アイツも『
先日の事を思い出しながら、木場達に情報を与える。
自分から干渉する気は無いが、知らせておく分には何ら問題無いだろう。そう判断して。
「『
「こう、掌から緑色の光が出て、教会行く途中の公園で見つけた子供の怪我した部分に当てたんだ。そうしたら、見る見るうちに怪我が治って行って、最終的に痕も残らずに完治したよ」
あれが『
「……シスター、って事は、天使側か堕天使側かな。そのアーシアって子に関しても、調べておく必要がありそうだ。怪我を直す『
「……そうですね。先日、はぐれ
その神父は白髪で赤い目をしており、剣と銃を使う狂人の様な者だと、木場は言う。
はぐれ
悪魔祓いは神の名のもとに悪魔を滅する聖なる儀式。だが、悪魔を殺すこと自体を楽しむようになるエクソシストがたまに現れる。悪魔を倒すことに生き甲斐や悦楽を覚えてしまった輩は、例外なく神側の教会から追放される。
もしくは、有害とみなされて裏で始末されるか。その二択しかない。
基本的には堕天使がそういった連中を拾って手駒にしている為、普通の
「わざわざこの街で戦闘をする意味は無いと思うがな。戦争になりかねないぞ」
「分からないよ。堕天使は悪魔を嫌ってるからね。堕天使の上役は戦争を望んでいるのかもしれない……堕天使の総督、アザゼルは『
マニアだからな。と、いつもより時間をかけて食べ終わった弁当を片付けつつ、心の中で呟く一誠。
それはともかく、堕天使の総督という立場もあってか、アザゼルの評価は良くない。当然と言えば当然だが、悪魔側では嫌われている存在だ。
(……聖書って、基本的に堕天使と悪魔ってイコールで書いてある事が多いんだけどな)
ルシフェルがその良い例だろう。かつて天界に配備されていた天使の三分の一を引き連れて暴走し、戦争を起こしたという伝説もある。
この世界の現状はそうでは無い様だが。
ルシファーは魔王と呼ばれ、旧魔王は既に死んでいる。この辺りは別段関係のある事では無いので、一誠としてどうでもいい部類の話に入るが。
「それに、君も『
既に一度襲われましたけど何か。
そう言おうとして、昼休み終了のチャイムが鳴る。このまま五時限目をサボタージュしてやろうかとも思うが、余り目立つ真似はしたくない。
「……まぁ、気を付けておくよ」
「君が争いを望まないと言うのなら、悪魔側の庇護を受ける事も視野に入れておいて欲しい」
木場の眼は、いつになく真剣だ。監視の意味合いもあれば、堕天使側に一誠が襲われた時、悪魔側だという証拠を見せる事にも成る。
悪魔に転生出来ない程の強さだと言う事は既に分かっている。ならば、出来る事なら味方にいて欲しいと思うのも無理は無い事だろう。
「まずは友人からで構わないよ。悪魔側の庇護を受けると言う事は、他勢力から手を出し辛いと言う事でもあるからね」
「……考えておく」
そもそも、一誠には明確な目的が無い。取りあえず死にたくない、という事で自衛の力を持っているが、それを使って何かするという訳でも無いのだ。
オーフィスとの約束なら果たそうとするかもしれないが、それ以外には特にやりたい事もない。
漫然とした、変化の無い日常。死んでるように生きたくはない、とは誰の言葉だったか、と薄ら考える一誠。
弁当箱の入った袋を片手に、一誠は木場達よりも一足先に教室へと足を運ぶ。
彼が今、何を考えているのか。それは、木場と子猫には知る由もなかった。
●
学校の帰り道。ボーッとしながら、商店街を抜けて公園の近くへと来ていた。
特に此処に来た理由は無い。だが、小腹が空いたのでコンビニで買ったパンを持ち、夕陽の照らす中で公園のベンチに座る。
──やりたい事、か。
一誠は、今後の事をどうしようかと考えていた。
悪魔側の庇護を受ける。それも良い。敵にならない事を条件提示すれば、最低限の身の保証位はしてくれるだろう。だが、一誠の持つ
人間である所為で、立場が曖昧なのだ。
悪魔になれば悪魔側の庇護を最大限に受けられる。神を信仰して教会へと行き、神側の庇護を受けるのも良い。堕天使側だって、自分で足を向ければ待遇はそれなりに良いだろう。
だが──そんなモノは、どうだっていい。
詰まる所、一誠は"縛られる事"が嫌いなのだ。どの勢力に行くにしても、他の勢力に目を付けられる事となる。中立を保つのは、自由に生きるのは一番難しい事だ。
オーフィスの庇護を受ければ、ほぼ中立としていられるだろう。だが、今度は逆にテロリストとして三勢力すべてから命を狙われかねない。
一誠の知っている通りなら、オーフィスはテロリストたちに"力の象徴"として祭り上げられ、悪魔や天使、堕天使達を倒そうとする為の象徴にされる。
オーフィスの目的はグレートレッドを倒し、静寂を得る事。だが、周りの人間や悪魔等はそれこそオーフィスの目的になど興味が無い。
だから、簡単に言えば──赤龍帝になった時点で、兵藤一誠に憑依した時点で、既に戦いの日常からは逃げようがないのだ。
金や女等には興味はある。一誠だって一人の人間だ、それ位の欲はある。
だが、名声や名誉、英雄などと祭り上げられる事には興味が無い。
一時期は原作をいい方向へ変えよう、と思っていた事もあったが、現在ではそんな事を思ってなどいない。
「……はぁ、憂鬱だ」
パンを一口かじり、そんな事を呟く。
そのまま考え事をしていると、視界に金髪のシスターが映った。アーシアだ。
「アーシア!」
特に何をしている訳でもなく、公園の近くを通って何処かへ行こうとしている所へ、一誠は声をかける。
一瞬驚くような表情をしたかと思えば、アーシアは一誠の方へと歩いて来た。
その顔には疲れが色濃く見られ、どう見ても何かおかしいと感じられる。取りあえず買っておいたもう一つのパンをやると、何度か一誠に返そうとしたが、それを一誠が拒むので最終的にアーシアが折れてパンを食べ始めた。
お腹がすいていたらしく、黙々と食べている。
アーシア・アルジェント。かつて教会では聖女と謳われた、優しい心の持ち主。
最終的に悪魔を助けた事により、アーシア自身は魔女とされて教会から追放。堕天使側の組織に拾われる結果となった。
(……この子も、周りに流される人生を送ってるんだよなぁ)
悪魔を治したのは自分の意思だろうが、聖女と担ぎ上げられて毎日毎日来る人皆を治していた。まるで人形の様だ、と思う。
治す事に忌避感は無かったのだろう。だが、それを好都合とばかりに教会は彼女を利用している。──やはり、何処の組織も同じという事だ。
天使も堕天使も悪魔も変わらない。力のある者を利用し、都合が悪くなれば捨てる。其処に理由があったとしても、捨てられる事に変わりは無いのだ。
アーシアがパンを食べ終わるのとほぼ同時に、一誠の前へと一人の女性が現れた。
「お? 堕天使レイナーレだっけか。何の用だ? また懲りずに襲ってきたのか?」
挑発気味に、一誠はそう言う。先の結論の所為で、少々虫の居所が悪いらしい。
だが、レイナーレは警戒しつつも襲ってくる気配は無い。一誠に対して怒りや侮蔑的な視線を向けてはいるが、自分ひとりで勝てる相手ではないと分かっているのだろう。
「残念だけど、貴方の相手をしている暇は無いの。アーシア、逃げても無駄なのよ?」
レイナーレはアーシアへと告げ、アーシアは怯える様に身を縮こまらせる。後半の言葉は英語で発言した為、一誠には何と言ったのかが理解出来ない。
一誠はアーシアの様子を横目で確認しつつ、レイナーレへと問うた。
「アーシアを使って何するつもりだ? 回復要員携えて、この街の攻略でも行う気かよ」
「言ったでしょう、貴方の相手をしている暇は無いの。アーシア、貴方の
一誠に対して早口で言ったかと思えば、英語でアーシアへと話しかける。別に意識的にやっている訳ではない為、通訳とか出来そうだよなぁ、等と緊張感の無い事を考える。
アーシアは一誠がレイナーレよりも強いと言う事を知らない。そして、一般人である一誠を巻き込む訳にはいかないと思ったのか、一歩前へと出る。
「そう、いい子ね。次からは逃げちゃ駄目よ」
震える体を抑える様にしながら、アーシアはレイナーレの後へと続く。レイナーレはいやらしい笑みを浮かべ、アーシアの行動に満足げに頷く。
レイナーレはアーシアを抱き、黒い翼をはためかせて宙へと浮く。
「そうそう、忘れていたわ──貴方、何時か私の手で殺すから。この子の
冷やかな、殺意と敵意のみを込めた目で一誠を睨みつける。アーシアの
それだけ告げたかと思えば、レイナーレは空高く飛び上がり、視界から消えて行った。
レイナーレ達が居なくなった後、ベンチに座ったまま、小さく呟く。
「……俺を殺す、か」
『どうするんだ? あの程度なら相棒の相手じゃないだろうが、流石に回復系の
「そうだな……どの道、敵に回るなら一緒だろう。知ったとしても、報告できなければ意味が無い」
『……それは、つまり』
「ああ、殺す。ハッキリと目の前で敵対宣言されたんだ。奴等が行動を起こす前に、全部纏めて叩き潰してやるよ」
レイナーレ達が何を目的として、何をしようとしているのかは知らない。
だが、目の前で「何時か殺す」と言われたのだ。殺られる前に殺る。能動的か受動的かの違いでしか無い。
ベンチから立ち上がり、ゴミ箱にパンの袋を捨ててから、一旦家へと帰る。
「さて──跡形も残さずに殺せば、始末も考えなくていいだろう」
後始末の仕方など知らない一誠は、全部纏めて消し飛ばせばいいと、そう言う。
レイナーレ死亡フラグ。ついでに他の堕天使にも。
次回は戦闘な訳ですが、聖なる右は未だ出番なしを予定してます。
十二巻が手に入らない……!オーフィスとか一誠とか気になってしゃー無いです。