第十話:宵闇の戦闘
一旦家へと帰り、荷物を置いて着替える一誠。服装は黒いジャージだ。
変な物を着るより、動き易い物を選ぶのがベターだろう。どの道、服装など何を着ていても一緒なのだ。
自室で着替え終わった頃、背後にいきなり気配が現れた。
「イッセー、何処行く?」
「……オーフィスか。ちょっと敵対した奴等を潰しにな」
「我も行く?」
「いや、俺一人で十分だ。大した敵じゃ無い」
オーフィスの提案を、一誠は苦笑しながら断る。オーフィスが出る必要などない。出たとしても、何もやる事は無いだろう。
一度だけオーフィスの頭を撫でた後、部屋の扉を開ける。
「帰ってくるまで待ってるか?」
コクン、と頷くオーフィス。それを見て、分かったと言う様に一誠も頷いた。
「じゃあ、さっさと帰ってくるよ」
●
空は暗く、街灯が夜道を照らしている。星明かりも相まって、道を間違える様な事は無い。教会の中でレイナーレ達は儀式とやらをやっている筈だが、一誠にはあまり関係の無い事だ。
教会の前まで足を運び、今一度その姿を目にする。
外装は古ぼけて、神秘的な雰囲気など微塵も感じられない場所だ。
入口へと足を踏み入れ、姿を隠す事などせずに堂々と聖堂までの道のりを歩いて行く。
この時点で、既に堕天使達は一誠が乗りこんできた事を感知するだろう。だが、そんな事はさして問題では無い。
「ドライグ」
『分かっているさ。準備は出来てる。何時でも行けるぞ』
小声でドライグに確認を取り、普段と変わらない歩き方で聖堂の奥まで辿りつき──そこにある両開きの扉を押しあける。
聖堂の中へと足を踏み入れ、内部を見渡す。長椅子と祭壇、見た感じは普通の教会と何ら変わりは無い。違う所と言えば、十字架に磔にされている聖人の彫刻。その頭が、無残にも破壊されていた。
コツッ、コツッ。と、わざと立てた様な足音が響く。
視線を向ければ、其処には一人の神父がいた。白い髪に赤い目。右手には光で形作られた剣を持ち、左手には銃を持っている。
その神父は一誠の姿を見てキョトンとした表情を作り、歪な笑みを浮かべながら質問した。
「おやおやぁ? どーして神父でも無い人間さんが入ってきてんの? 結界が張ってある筈だし、関係者じゃないなら入れない筈なんだけど?」
「入れたんだから、関係者に決まっているだろう」
「そうかいそうかい。俺フリードってんだけどさ、お前見た感じ敵っぽいし? どうせ敵じゃ無くても、こっちに情報寄越さなかった上の人達が悪いって事で? この間悪魔取り逃がしてむしゃくしゃしてんだ、死んで俺の憂さ晴らしになれやぁぁああ!!」
フリードは手に持った剣を構え、高速で一誠へと肉薄する。だが、その刃が届く事は無い。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
暴風と共に赤い鎧を纏い、フリードの振るった刃を受け止める。否、受け止めてさえいない。
鎧そのものがフリードの刃を防ぎ、同時に放たれた銃弾をも弾いている。それを見て分が悪いと悟り、距離を置いて対峙とするフリード。
「んだよその鎧はよぉ! 反則じゃね!? それはちょっと反則気味だぜ!」
コロコロと表情を変えるフリードを見て、一誠は油断なく構える。
「っつーかさ、何でアンタ此処を襲ってんの? あの子? アーシアちゃんが可愛くて仕方ないから助けに来ちゃった! 的な奴ですか? あんなビッチ助けるなんて、アンタ人が良過ぎるぜ。あ、もしかして悪魔と契約しちゃってそんな力手に入れたり? だったら見過ごせねぇなぁ。悪魔退治しちゃうのが俺達
「……ペラペラと、よくしゃべる奴だな」
呆れたように、溜息と共にそう呟く一誠。フリードは姿勢を低くして、銃を撃ちながら一誠へと肉薄する。
高速で振るわれた刃を防ぐ事無く、クロスカウンターの要領でフリードの顔面へと拳を放った。
フリードの刃は傷を付ける事さえ叶わず。一誠の拳はフリードの顔面にめり込んで吹き飛ばした。
「……クソッ、クソッ! どうなってんだよ! テメェ、何をどうやったら人間のままでそんな力が使えんだ、あぁ!?」
逆ギレした様な態度で、フリードは一誠へと問いかける。
「自分で考えろ。尤も、
「そうかよ。だったら、他の奴に聞くとするぜ」
一誠の足元へと数発の銃弾が飛ぶ。それに気を取られている隙に、フリードは背を向けて逃げ出した。
しかし、逃がさない。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
一瞬で倍加していき、フリードの速度を一瞬で凌駕し、その右腕を掴み取って地面へと叩きつける。
「あ、がはっ……クソがッ! どうなって──」
左手に持った銃を使って攻撃しようとするが、その前に一誠が顔面を掴んで教会の床へと叩きつけた。強烈な衝撃で、放射状に罅が入っている。
死んではいないだろうが、しばらくは目を覚まさないだろう。
念の為にフリードの持つ剣と銃を破壊しておき、止めを刺そうとした刹那。
「クソッ!!」
振り返った瞬間に、閃光が視界を覆う。どうやら未だ意識があったようだ。振り向くタイミングを狙って、閃光弾を使ったらしい。
視界が白く染められる。咄嗟に防いだが、完全には防ぎきれなかった。増して、薄暗い教会の中だ。いきなりの閃光は効果が高いだろう。
分が悪いと察したのか、走って行く音が聞こえる。足音は段々と遠ざかって行く為、方向はある程度分かった。
「逃がすと思ってんのかよ」
右手の掌に幾つもの魔力弾を集束させる。それを恐らくフリードが走り去った方向へとぶつけ、爆発する。逃げていた方向は大体覚えているし、音で逃げている方向も分かる。
粉塵が辺りに舞い、一誠は視力が戻るまで数十秒を要したものの、段々と視力が戻ってきた。
周囲を見渡してみれば、左半身の大部分が焼けた様に爛れ、左半身の残りと右腕の肘から先は消し飛んでいたフリードの死体が、其処にはあった。
内臓が焼けて飛び出ているグロテスクな光景を目に、一誠は気分が悪くなるのを自覚する。
しかし、そんな事を言っていられない。聖堂内を無作為に吹き飛ばしていき、地下へと続く階段を発見した。
「ここだな。……さて、どれだけあっちには戦力があるのやら」
『怖気づいたか?』
「まさか。だが、そうだな……あんまり数が多いと、ちょっと最悪な気分だ」
先程のフリードの様な死体が、幾つも生まれる事になる。この赤い鎧は伊達では無いのだ。堕天使側にフリードの様な神父たちが何人いた所で、相手になりはしない。
──そんな事よりも、死体を見る事が、一誠にとっては精神力の負担を増加させる事になるのだ。
「まぁ、いざとなれば右腕もある。油断はしないが、無駄に緊張する事もないさ」
『ならいいがな。今のお前の力なら、丸一日ぶっ通しで鎧を発現し続けられるだろうが、それにはお前の精神力と体力が関わっている事を忘れるな』
「分かってるよ」
階段を降りながら、二人はそんな会話を続けていた。
●
階段を抜けた先には、一本の長い廊下があった。両脇には幾つか扉があるが、恐らくは部屋だろうと当たりを付ける。
それらを気にせず、奥へ奥へと足を進める一誠。一番奥と思われる場所まで来ると、大きな扉があった。それを押しあけ、中の様子を見る。
重い扉の先に広がっていたのは、部屋中に大量の神父が待ち構えていた異様な光景だった。全員、フリードの様な光の刃を手にしている様だ。
その奥には、十字架に磔にされた少女が一人。
アーシアだ。
「……なるほど、
一誠は、周りの様子と状況からそう判断した。それを聞いていたのか、赤い鎧を着ている事に戸惑った物の、一誠だと判断したレイナーレが奥から声を上げる。
堕天使の聴力は伊達では無いらしい。鎧でくぐもった声を判別できると言うのだから。
「そうよ。この子の
恍惚とした表情で、レイナーレは語る。
その様子を、一誠は随分と冷めた目で見ていた。その目に興味など無く、憐れむような視線でさえある。
例えその力を手に入れても、アザゼルはレイナーレの事を近くに置く様な事はしないだろう。その事が分かっているからだろうか。
この堕天使がやっている事は、単なる自滅行為に過ぎない。
その間にも儀式は進んでいき、アーシアの身体が光に包まれた。
そして、絶叫が聞こえる。その声はとても苦しそうで、藁にも縋る思いのまま、一誠を見ていた。
「……下らないな。そんな力があるからと、俺に喧嘩を売ったのか」
アーシアの事など眼中にない。街で教会の場所を案内した程度の仲だ。どうなろうと、知った事では無い。
レイナーレを殺す為に一歩踏み出せば、それを皮切りに神父たちが一斉に剣を振るって一誠へと攻撃を仕掛けた。
鈍い音を立てながら、次々に殴り飛ばしていく一誠。掌の上に集まった赤い魔力弾──聖なる右から漏れだした力を集めたもの──を、周りの神父たちへと容赦なくぶつけ続ける。
ミカエルの象徴する右方──つまり、炎の力が宿った魔力弾は神父達に当たる度に爆発し、人体を壊し、焼いていく。
その間にアーシアから大きな光が飛び出して来た。
「これよ! これこそ、私が長年求め続けていた力!
狂喜の表情を見せ、狂ったように高笑いしながら、レイナーレはその光を掴み、抱きしめる。
途端、まばゆいばかりの閃光が儀式場を飲み込んだ。
光がやんだ時、緑色の光を全身から発する堕天使が、其処にいた。
「うふふ、アハハハハハハハ!! 遂に、遂に手に入れたわ! 至高の力、
狂った笑い声を儀式場に響かせているレイナーレを見て、一誠はレイナーレが堕天使に堕ちた事が理解できた。
良くも悪くも、堕天使とは欲に忠実だ。だからこそ、聖書などでは悪魔と堕天使は同一視される。
レイナーレが天使から堕天使に堕ちたのも、アレだけの"欲"があったからこそだろう。
「……過ぎた欲は身を滅ぼす、という言葉を知らないのか、あの堕天使」
『力に溺れたニ天龍の力を使うお前が言うとは、皮肉が効いているな』
それもそうだ、と笑みをこぼす一誠。辺りにいる神父たちを次々に薙ぎ払って行くが、その数はまだまだ多い。
神父たちの振るう刃は鎧を通らないが、あまりの数の多さに辟易する。
骨を砕く感覚。皮膚を裂く感覚。人体を殴打する感覚。
人として余り褒められた行為でない事は、一誠とて分かっている。それでも、邪魔する以上は潰していくしかない。
「ちょっと派手なの行くか」
『そうだな。余り時間をかけ過ぎるのも面倒だろう』
パンッ! と両掌を合わせ、離す。
その間に真っ赤な球体が現れ、漂っていた。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
『Transfer!!』
ブーストした力が魔力弾へと譲渡され、上へと放つ。
そのまま、打ち上げられた魔力弾は天井周辺で派手な大爆発を起こした。
その爆風の余波だけで神父の大半は吹き飛ばされ、身体を強く打ちつけて動けなくなっている。この地下室自体もガタガタになっており、何時崩壊してもおかしくない。
爆風で飛んできた何かの破片に当たって小さな傷が幾つか出来たレイナーレだが、アーシアから奪った
「……ちょっと、これ、どういう事よ……!」
赤い鎧を着た一誠が、死屍累々となった周りの神父の事など気にせずに歩を進め、レイナーレへと確実に近づいて来ていた。地下空間であるこの部屋では、逃げ場が無い。
「終わりだ、レイナーレ」
「い、いや……来ないで……来るな、来るなぁぁぁああッ!!」
幾つもの光の槍を、半狂乱になりながら投げ続ける。圧倒的な数の神父達をものともせずに叩き潰し、自分も狙われている。一誠の着ている赤い竜の鎧のプレッシャーも相まって、威圧感は半端では無い物となっていた。
レイナーレの投げた槍の雨を強行突破し、右の拳を強く握る。
そして、その拳はレイナーレの顔面へと吸い込まれる様に──
「死に晒せッ!!」
ドゴンッ!! と、ひどく鈍い音が地下室に響き、レイナーレの体が数メートルの距離をノーバウンドで吹き飛び、壁に直撃する。
そのままずるずると床に崩れ落ち──倒れた。
アニメでのフリードがどう見ても一方通行なんですが。口調とか下ネタとか。
この作品では大した見せ場もなく退場です。フリードファンの方、すみません。
堕天使レイナーレはまたも顔面パンチ……これだけでは終わりませんけども。