第十一話:決着
赤い鎧を身に纏ったまま、大きく息をつく一誠。
「……取りあえずは、終わったか」
『止めは刺さないのか?』
「いや、刺す。俺達の事を言い触らされても困るし、何よりも此処で殺して置かないとまた襲ってきそうだしな」
殺すことへの忌避感は、既に薄くなってしまった。そんな事を脳裏で思いながら、部屋の中を見回す。
明らかに人間以上の力を持って破壊された人体が、そこらじゅうにあるのだ。
血が飛び散り、腕や足が千切れて、部屋の中で砕けたコンクリートなどの破片が深く突き刺さっている死体等、見るだけで吐き気をもよおす様な物が。
「……吐きたくなって来た」
『大丈夫か?』
改めて部屋の中の惨状を見回したら、そうなったらしい。
若干蒼くなった顔は鎧の所為で見えないが、若干だらりとした格好で目頭を押さえている。
『……それと、こっちのはどうするんだ?』
「あん?」
一誠が後ろを振り向くと、其処にはアーシアが十字架に磔にされたままの状態で其処にいた。息はまだある様で、僅かながら胸が上下しているのが確認できる。
そのままにしておくのも何なので、十字架から降ろして横にする。
顔は蒼く、酷く衰弱しているように見える。
それは避けようが無い。レイナーレは倒したが、アーシアは今にも生き絶えそうな状態だ。
引き抜く段階で意識が戻る様な事があれば、多少なり時間がかかってしまうかもしれない。
しかし、そもそも一誠にはアーシアを助ける義理なんて存在しないのだ。
「……そうだ。俺には、アーシアを助ける義理なんて存在しない。このまま死んだって、グレモリー先輩が生き返らせて──」
そこまで考えた時、思考が止まる。
本当にそうだと、言えるだろうか。
一誠はアーシアが後でリアスに生き返らせて貰える──悪魔へと転生するだろうと思っているからこそ、現在進行しているアーシアの死が関係無いと目を瞑れる。どうなろうと知った事ではないと、戦闘に集中できる。
だが、この世界においてはアーシアとリアスを繋ぐはずの一誠が、その役割をはたしていない。
いや、厳密に言えば木場達から話は行っている可能性がある。しかし、たったそれだけでこの教会に乗り込んでくるだろうか。まして、シスターであるアーシアを助けるだろうか。
リアス・グレモリーは本来敵であるシスターを、
本当にリアスがアーシアを転生させると、誰が保証できる?
「…………チッ」
最初から計算違いをしていた、という訳だ。いや、一誠の唯の思い込みだとも言える。
未来を知っているが故に、思いちがいをしてしまった。
とはいえ、このままではまず百%助からない。アーシアの
「とにかく、レイナーレの野郎を殺して──」
振り向いた瞬間、視界を遮るかのように幾つもの光の槍が降り注ぐ。それらは簡単に弾けるが、下手に避けるとアーシアに当たってしまう為、動けない。
全て防ぎ終わった後に一誠が見たのは、一誠に背を向けて逃走するレイナーレの姿だった。そして、ドアの所にいるその他複数の堕天使。
一誠が開けっ放しにしているドアから外へと、わき目もふらずに逃げ出している。魔力弾を撃つが、レイナーレは被弾しつつも
他の堕天使達にも被弾するが、こちらは傷は治らない。当然だ。彼らはレイナーレの様に傷を治す為の
ドアの向こう側へと消え、ドアを閉めて逃走する。今から追っていては、アーシアは助からない。
「──チッ!」
アーシアへと
●
「──これは、一体……?」
轟々と燃え盛る教会。一誠が放っていた魔力弾が火種となって、教会に引火していたのだ。
地下へと続く道を探す為に魔力弾を放っていたが、余りに雑過ぎた。後始末をする分には火事で済ませるのが一番手っ取り早いのだろうが、一誠としては其処まで狙ってやった事では無い。
とはいえ、この程度の火事では一誠は火傷を負う事は無いだろう。フェニックスの炎レベルでもない限り、
「……何者かがこの教会で戦闘し、後始末として火を放ったと言うのが私の予想ですわ、部長」
朱乃は教会から目を離さず、リアスへとそう告げた。
この場にいるグレモリー卷属の目的は、『堕天使領である教会が火事になっている為』様子を見に来たのだ。
一誠はグレモリー卷属では無いが故に、堕天使領へと戦闘行為の為に踏み入れる意味が無い。しかし、一応この街はグレモリー領でもある。故に、様子を見に来る必要があったのだ。
「一体、誰が此処で戦闘を……」
木場がそう呟いた所で、教会の壁を光の槍が貫き、その穴から一人の少女が飛び出して来た。
黒い翼で身を守ったのか、火事による火傷などの怪我は無いらしい。
「クソッ、クソッ! 化物ッ! 何よ、アイツ……あんな化物に、勝てる訳無いじゃない……ッ!」
息は荒く、何かに脅えている様に思える堕天使を見て、リアス達は疑問を抱く。
「あんなの……あんな奴、人間じゃ無い……」
レイナーレは、誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。そして、その呟きを聞いて、何故かリアス達は一誠の事を思い出した。
何の根拠もない、唯の直感だ。
しかし、彼女達はどうしてもその考えを振りはらう事が出来なかった。はぐれ悪魔を返り血一つ浴びずに倒していた
「逃がす訳ねぇだろうが、堕天使」
リアス達の視界に入ったのは、真っ赤な鎧だった。
右側の脇に金髪の少女を抱きかかえ、左手の先は鮮血で濡れている。そして、左手のある場所は──鮮血が溢れているのは、レイナーレの胸からだった。
「……あ、……ッ」
口から血を噴き出し、顔だけを一誠へと向けて睨みつける。
「ついでだ。
レイナーレの胸元から淡い緑色の光が出て、一誠の掌に収まる。それを確認した後、一誠はアーシアの胸元へとその光の球を与えた。
元々アーシアの持っていた
所々火傷をしているが、まだ
「……あなた、まさかとは思うけど……兵藤一誠?」
リアスは、確信こそない物の、そうだと感じていた。鎧の中から聞こえた声もそうだが、一誠自身の独特の雰囲気がそう思わせている。恐らくは聖なる右の力を無意識に感じ取っているのだろう。悪魔にとって、アレは天敵にも等しい。
「……だとしたら、これを知ったお前等も殺しておく──」
その言葉を言い終わる前に、全員が一斉に戦闘態勢を取る。まるでその言葉を予期していたかのように、素早く。
「──と、言いたい所だが。俺も疲れた。それに、魔王の妹に手を出そうとは思わないさ。魔王を相手にする気もない」
本音は間違いなく後者だが、相手をしようと思えば出来るのが笑えない所でもある。
アーシアを寝かせ、一誠は鎧を解除した。その顔には疲労の色が濃く見えている。身体的な疲労よりも、精神的な疲労の方が強いのだろう。
「……その子、どうするつもりなの?」
「どうにも。唯、目の前で死なれると気分が悪くなると思っただけだ」
事切れる寸前だったアーシアを救ったのは、聖なる右の力だった。
右腕というのは、奇跡の象徴だ。
『神の子』は右手をかざすだけで病人を癒し、死者を蘇らせた。十字を切るのは右手であり、洗礼の聖水を振りかけるのも右手で行われる。
未だ『人間』である一誠に死者を蘇らせる事は出来ないかもしれないが、少なくとも延命措置は可能だ。
「ただ、そうだな……アンタの卷属にしてくれるなら、そっちの方が楽だろう。俺にはこの子と会話する事さえ出来ないからな。……この子は悪魔を癒したと言われ、聖女から魔女と呼ばれた子だ。回復要員としては十分だと思うが?」
ぞんざいな口調で、一誠は続ける。
「それに……どの道、アーシアには行く所が無い」
グレモリーは情愛の深い一族だ。悪魔を癒す
此処にリアス達が居たのは予想出来たが、理由は知らない。それでも、チャンスはこの一回だけだと思っておいた方が良いだろう。
「……そう。分かったわ。この子には『
「言っただろ。単に目の届く範囲で死なれると気分が悪いだけだって」
嘆息しつつ、一誠はそう言った。
「素直じゃないのね」
リアスはそれだけ言い、アーシアへと『
その間に、一誠は静かに帰路についていた。
●
「お帰り、イッセー」
「ああ、ただいま。オーフィス」
家に帰り、部屋で迎えてくれたのはオーフィスだった。あの後、律儀に待っててくれたのか、と思いつつ、ベッドへと倒れ込む。
オーフィスはその様子を見て、首を傾げながら質問する。
「……疲れた?」
「ああ、疲れたよ。酷い疲れだ。気分が悪い位にな」
何人もの神父と戦い、殺しを経験し、血を見て、血を浴びた。今まで持ったのが不思議なくらい、一誠はつかれている様だった。
「そう。……じゃあ、我、一緒にいる」
「……オーフィス?」
ベッドの横に腰掛け、手に持ったチョコを一誠へと渡してくるオーフィス。それを受け取りながら、不思議な顔をする一誠。
「疲れた時はチョコ。そう言ったの、イッセー」
一瞬ポカンとしつつも、直ぐに笑みを浮かべた。
オーフィスなりに気を使ってくれたのだろうか。この世界に興味は無く、次元の狭間で静寂を得たいと言っていた無限の龍神が。
それは、何かが変わって行く切っ掛けの一つかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
手には、未だに殺した時の感覚が残っている。
(……これだから、殺すのは嫌だったんだ)
肉を貫く感覚。骨を砕く硬い感覚。血に触れたぬるりとした感覚。それら一つ一つが、あくまで常人の精神力しか無い一誠を追い詰める。
しかし、受け入れるしかない。赤龍帝とは力を呼び寄せる。今後も人を殺さずにいられるとは、思えない。
オーフィスから貰った小さなチョコを一つ、口へと放り込んだ。
「……これを食ったら、寝る。疲れたからな」
「……分かった。おやすみ、イッセー」
「ああ。おやすみ、オーフィス」
次元の狭間へと消えていく少女の背中を見ながら、口の中の甘い感触を味わった。