第十二話:予期せぬ未来
アーシアが駒王学園へと転校して二週間弱ほどが経っていた。
学年は二年で、クラスは木場と同じ組。金髪美少女という事もあり、学校の話題は一時期アーシアの事で独占されたほどだ。
そんな中でも、一誠は相変わらず教室の一角で静かに読書に耽っていた。そんな状態でもクラスの噂は聞こえているので、アーシアの事はある程度状況が分かっている。
転生悪魔としてリアス・グレモリーの下僕となり、身の安全と立場を保障された彼女は、日夜自身の
好意か何かは一誠には解りかねるが、木場がそう伝えてきた。
「気になっているだろうから」との事らしいが、木場が言う程一誠はアーシアに関心を向けていない、と思っている。
情愛が深いと言われるグレモリーの卷属に入った以上、心配する意味もない。故に、一誠の関心は最早アーシアへは向けられていなかったと言っても、過言ではないだろう。
教室移動の際にチラリと見た限りでは、元気そうにしていると思えたが。
住む場所は子猫と同じ場所を兼用しているらしく、朝に仲良く登校している所を見かけた事もある。
少なくとも、アーシアに取って現状の生活は楽しめるものであるらしいことは、傍目からでも分かるほどだ。
「……って、何で気にしてんのかねぇ、俺」
『気になるから、じゃないのか?』
「屁理屈だろ、そりゃ」
『だが真実だ。お前があの子に関心を向けなければ、その情報は俺にも入って来ない。何せ、感覚は繋がっている訳だからな』
ドライグは笑みを含んだ声で、一誠へとそう言う。
昼休み、一誠は教室を抜け出して屋上へと来ていた。多少曇っているものの、暑くなり始めた時期なので丁度いいとも言える。
屋上の一角で、空を見上げながら弁当を食べると言うのは中々にいいものだ。
『お前は口では気にして無いと言うが、実際には時折様子を確認しているだろう。行動と言動が合致して無いんだよ』
このお人好しめ、とドライグに笑われる一誠。
事実、死にそうだから助けたと言うのが一般的な感性から来るものだとしても、その後の状況を逐一確認して安堵するのは少々一般の域を逸脱している。
自分の行動の所為で死に追いやったなどと訳でも無く、罪悪感がある訳でも無いというのに。
「……何で気にしちゃうかなぁ、俺」
『さぁな。お前に分からんことが、俺に分かる訳が無いだろう」
それもそうだ、と脱力してフェンスへともたれかかり、また空を見上げる。
青い空の所々に灰色の雲が浮かび、自由に浮遊している。時たま肌を撫でる風は心地良く、昼食を取った直後という事もあって寝てしまいそうになるほど気持ちのいい環境だった。
とはいえ、本当に寝る訳にもいかない。午後からも当然授業があるし、こんな事で一々サボっていては教師からの評価が下がる事は間違いないだろう。
普段の自分は真面目な生徒で通している。余計な亀裂は必要ない。
腕時計を確認してみれば、そろそろ昼休みの終わる時間帯となっていた。弁当箱を持ち、遅れない様に教室へと戻る一誠。
十分前に行動するのが基本なので、教室へと戻った一誠は午後の授業で使う教科書を鞄の中から出そうとしていた。
「……あれ?」
どれだけ探しても鞄の中には教科書は見つからない。学校に置きっぱなしにするタイプでは無いので、必然的に家に忘れてきた事になる。
さて、どうしようかと一誠は考える。
このままでは直ぐに授業が始まる。不幸中の幸いと言うのか、忘れたのは六時限目なので五時限目の授業の後で借りに行けばいいだろう。
問題は、教科書を貸してくれるほどの友達がいたか、という話である。
そもそも、一誠は普段から無口で本ばかり読んでおり、当然部活にも入っていない。簡単に言えば、友人関係が著しく狭いのだ。
そんな一誠が、同日に同じ授業があって、尚且つ教科書を貸してくれる様な友人がいるかどうかというのは、本人からしても少々疑問を持ってしまう程である。
ノートはルーズリーフを使い、後で本来のノートに写せば済む。しかし、教科書はそうもいかない。
「……仕方ない。アイツに頼んでみるか」
●
「え、教科書? 構わないけど、珍しいね?」
「珍しくても、俺だって人間だ。忘れものの一つや二つ位する事はある」
一誠は別クラスの木場に頼み込んでいた。
数少ない他の友人は持っていないと言うし、既知の間柄でもない誰かに話しかけられるほど、一誠はコミュニケーションが高い訳ではない。高かったら今頃もっと友達がいる。
アーシアの時は話す必要が無かった──というよりも、話せないといった方が正しい──ので、途中で罵詈雑言を使っても問題無かった。
いや、聞いても意味が分からないからと言って使うのはどうかと思うのだが。
それはともかく、一誠は教科書を借りる為に木場の教室を訪れていたのだ。周りの女子のヒソヒソ声が何とも気持ち悪い。
大方BLネタにでもされているのだろうが、一睨みすると直ぐに目を逸らした。一誠の事はあまり良く思っていないようだ。
「一誠さん、教科書忘れたんですか?」
「ん? ああ、アーシアか。まぁな。そうでもなきゃ、わざわざここまで来たりしないっての」
教科書を取りに行っている木場を待つ間に、アーシアが一誠の近くへと来ていた。木場と一誠の会話を聞いていたらしい。
「それじゃ、私の教科書を貸しますよ」
「……いや、気持ちは嬉しいんだけどさ。アーシアの教科書ってグレモリー先輩のだろ?」
転校してまだ二週間足らずの為、多数の教科書その他諸々がまだ準備し終わっていないのだ。内容が変わっている訳ではない為、去年リアスが使っていた教科書を使い回している。
制服だけは、何故か異様に準備が速かったようだが。
「あうう、そうでした……部長の私物を借りていたんでした……」
流石に他人から借りている物を更に他人に貸すと言うのは抵抗があるらしい。又貸しというのは後々厄介な事になり易いので、気を付けるようにとでも言い含められているのだろうか。
そもそも使い回しのお古なら、余り関係が無い様にも感じられるが。
「あはは。まぁ、自分の教科書が届くまでの辛抱だよ」
教科書を持って戻ってきた木場が、アーシアを慰めるようにそう言う。ショボンとしたアーシアはそれを聞いて頷いていた。
「はい。これで良いんだよね?」
「ああ、悪いな。後で返しに来るよ」
「うん。放課後だし、何なら明日でも構わないからね」
木場の言葉に対して手をひらひらさせながら、一誠は自分の教室へと戻った。
●
そして放課後。
六時限目の授業が担任の授業だったので、そのままHRに突入し、いつも通りの余計な雑談等を聞きながし、重要な連絡は特になかったのでそのまま帰る事になった。
一誠は木場に教科書を返しに行くも、教師の雑談が長かった所為か、木場達のクラスは既に帰りのHRを終わらせて殆どの生徒が帰っていた。
どうすべきか、と悩む一誠。木場は明日でいいと言ってくれたが、一誠本人としては借りた物は早々に返すべきだという考えを持っている。相手にもよるが。
出来るだけ関わりたく無い部類の人間……というか、悪魔ではあるが、今返して置かないと後々面倒事に巻き込まれそうな予感がするので、木場を探す事にする。
場所は恐らく旧校舎だろう。
いつも通り部室で他の悪魔と共にたむろっている筈だ。いなければ明日返す事にしよう。
そう考え、一誠は旧校舎へと歩を向けた。
●
木造の旧校舎の中を、鞄を持ったまま歩き続ける。
一度行ったきりだが、部室の場所はある程度覚えている。後は話声や気配である程度は察せるだろうと踏んで、旧校舎に踏み行った。
相変わらず古い校舎だと思うが、使える物を使い回すのは別段悪いことではない。安全性云々はどうにかしているのだろう。悪魔なのだから人間よりも余程頑丈ではあるのだろうが。
そう思っている内に部室の前まで辿りつき、ノックして扉を開ける。
中を見ると、いつも通りのオカルト研究部の部員がいて──その中に一際異質な存在が一人、居た。
全員の眼が一誠に向けられる中、一誠の視線は一人の女性に注がれていた。
銀色の髪を三つ編みにして纏めており、瞳の色も銀色のメイド服を来た若い女性。悪魔であると仮定すれば、別段外見など幾らでも変化できる。見た目で年齢を計る事など出来はしないだろう。
だが、──それ以上に、ヤバいと本能が告げていた。
この女性の実力を肌で感じ取り、相対するなら右腕を使わざるを得ない。ほぼ確実に、赤龍帝の力だけでは勝てない。それほどの脅威をこの女性から感じている。
「……あなたは?」
銀髪の女性が、訝しげに一誠の方を見て言った。あちらも一誠の異質さを肌で感じ取ったのだろう。言葉の端々に警戒の色が含まれている。
「友人に借りていた教科書を返しに来ただけの一般生徒ですが……あなたは?」
どの道誤魔化し切れはしないだろうが、それでも誤魔化そうとする一誠。目を細めて警戒の色をあらわにしている銀髪の女性は、一度お辞儀をして一誠へと向き直った。
「私はグレモリー家に仕えるものです。何かご用があるのであれば、なるべく手短にどうぞ」
「どうも」
どうにも重要な話の最中だったらしい。それを感じ取った一誠は、一度肩を竦めて木場へと教科書を返す。
「……明日で良かったんだけどね」
「居る場所が分かってたんだ。出来るだけ早く返したかったんだよ……こんな雰囲気だとは思わなかったしな」
チラリと銀髪の女性を見て、一誠はそのまま部屋を出ようとする。
だが、見計らったかのように床の魔法陣が光り出し、誰かがこの場に転移して来た。
紋様を見ても何処の誰かは特定できないが、少なくともこの状況ではまともな事にならないだろう。お家騒動なら学校で話すなよ、と溜息をつく一誠。
実際、リアスの家に仕える者と言っている以上はお家騒動で間違いない。そして、一誠が知る限りでは──現状、相手にしたくない悪魔だ。
そんな事を考えている間にも、魔法陣から熱気が溢れだし、火の粉が散る。
炎が溢れだし、其処に男性のシルエットが浮かび上がる。男性はその炎を片手で薙ぎ払い、姿をあらわにする。その姿を見て、ドライグが一誠に告げた。
『こいつ……フェニックス家の者か?』
赤いスーツを着た金髪の男。スーツを着崩しており、ネクタイはせずに胸元をはだけさせている。ワイルドだと思う反面、一誠には不良が大人ぶっている様にも映っている。
「ふぅ、人間界は久しぶりだ……何だ、お前」
いきなり目の前に現れた人物に対し、一誠は同じ言葉で返してやろうかと一瞬思った。
直ぐに考え直し、部屋を出ようと現れた男の横を通って部屋の出口へと足早に向かう。
しかし、そう簡単には行かなかった。
「待てよ、お前。悪魔じゃないが……人間とも違うな。いや、人間ではあるが、何か天使の気配に近い様な……」
何とも要領を得ない答えだが、あちらからしてみれば一誠の存在は既知の範囲外なのだろう。言葉に詰まるのも無理は無いと言える。
「ライザー、彼は何の関係もないわ。一般人よ」
それを言っている時点で一般人では無いと言っている様な物だが、一誠は気付かない振りをしつつ部屋のドアへと向かう。
しかし、出口に行く前にライザーと呼ばれた男に首根っこを掴まれた。
「一般人? いいや違うね。この感覚は、堕天使や天使のそれと酷似している。教会側の人間じゃないのか?」
「いいえ。彼の事は私が保証するわ。教会側では無いし、堕天使側でも無い。それに、悪魔側でも無いわ」
一誠の事を必死で弁護するリアス。一度約束した以上、関わらせない様にしたいのだろう。
ライザーの方はそれでも納得がいかないのか、ジッと一誠の方を見ている。まるで、何か証拠でも探すかのように。
「何か用でも? 俺は借りた物を返しに来ただけなんで、さっさと帰りたいんですが」
一誠の言葉など聞こえていないかのようにしてライザーはジロジロと一誠を見ており、その表情には嫌悪の色が浮かんでいる。
天敵でもある天使の力に近いものを感じ、悪魔の本能的な部分で嫌がっているのだろうか。その辺りはよく分からない。
「──俺には、お前が唯の一般人とはどうにも思えない。リアスの発言云々をぬかしても、お前からは異質なモノを感じるからな」
真剣そのものの顔で、ライザーは一誠へと告げた。
一誠は溜息をつきながら顔を逸らし、首根っこを掴んでいた手を払う。
「だとしても、どうだと言うんですか? 俺は別にアンタと敵対をする気もないし、あんた等の事に興味もない。不干渉という事にしましょうよ。好き好んで喧嘩したい訳じゃないでしょう?」
この際、悪魔関係の事を知っているかどうかを隠し通す事は無駄だ。納得しない限りは逃がさないだろう。なら、話してしまった方が速い。
落とし所を決めようとする一誠だが、その表情は面倒だと言わんばかりのものだ。
「七十二柱の一柱、フェニックスの者ならその位の器量はあるでしょう?」
笑みを浮かべてそう言う一誠だが、ライザーはそれを突っかかってきた事に対する皮肉と受け取り、口元を引くつかせる。
一誠としては、こう言えばリアスがいる手前逃がしてくれるだろうと踏んだのだが、判断を誤った。
「言うじゃないか、人間が。俺の器量が狭いと言いたいのか? それとも、フェニックスの者は器量が狭いとでも言いたいのか?」
おや、何だか齟齬があるぞ。と認識する一誠。
「正直に全て話せば見逃してやっても良かったんだがな。フェニックスの名に泥を塗られたとあっては、そうもいかん」
「いや、俺はそんな事は──」
事が一誠の予期しない方向へと転がって行く。
「良いだろう。ならば決闘だ」
若干勘違い要素が入っております。……ライザーは余り嫌いじゃないんですけどねぇ。このままだとサシでの戦闘からフルボッコが目に見える(え
レーティングゲーム関連は次話にて。