第十三話:引き寄せる力
「ちょ、ちょっと待ってライザー! 彼は人間よ!? 貴方と決闘なんてして勝てるわけないじゃない!」
一瞬呆けたかと思えば、リアスが慌てた様子で仲介に入る。
上級悪魔──それも不死身と謳われるフェニックス家の者が、唯の人間と戦うと言う事がどういう事か、リアスは理解しているのだ。
一誠が妙な
不死身という事は、殺し合いにおいて圧倒的なアドバンテージだ。敵となる者は死なないという事実だけで精神を疲弊させられ、比類なく強力なフェニックスの炎を浴びる事になる。
一誠に勝てる要素は──無い。
「殺すまではしない。フェニックスを馬鹿にしたものがどういう末路を辿るのか、それを思い知らせるだけだ」
ギリギリでも半殺し。貶されたと思っているライザーの周りには、戦闘への気概からか火の粉が舞っている。
その様子を見て、リアスはライザーを止める事は無理だと悟った。その為、一誠の方を向いて何か言おうとした瞬間。
「いや、誰が決闘なんて受けると思ってるんですか?」
眉をひそめながら、理解出来ないと言った様子でライザーの方を見ている。
「貶されたとか、悪魔のプライドがとか言ってるんでしょうけど、そんなのは俺にとって何の関係もないことですから──何でもかんでも、自分の思い通りに行くと思うなよ」
一誠の空気が変わった。
元々気は長い方だと自負している一誠だが、今回は余りに自体の流れが急すぎた。一度口を滑らせただけで決闘まで発展しているのだ。キレたくもなる。
そもそも、一誠自身は口が滑ったとも自覚していないのだから、尚更だ。
追記するなら、この辺の事があるから一誠はコミュニケーション能力が低いと思われる。
「言うじゃないか人間風情が。龍さえ殺すと言われる我がフェニックスの業火に焼かれて燃え尽きて見るか?」
「テメェのぬるい炎じゃ火傷もしねぇよ。例えても精々マッチの火が良い所だろ?」
真正面から睨み合ってガン付け合う二人。見た目は普通に不良の喧嘩だが、立場と存在を考えると不良の喧嘩では収まらない。
何せ、ニ天龍の一角であるドライグを身に宿し、聖なる右まで持つ一誠と、不死身のフェニックスなのだ。
今この場で戦えば、旧校舎が吹き飛んでもおかしくない。
「──何なら、今からやるか?」
「──上等だよ鳥頭。跡形も残さずぶっ殺してやる」
火の粉を舞い散らせるライザーと、鞄を床に置いてゆっくり右腕を構える一誠。二人は既に戦闘に移ってもおかしくない状況へと変わっていた。
『相棒。お前、出来れば右腕の能力は隠したいんじゃ無かったのか? この場で使えばグレモリーにバレるぞ?』
ドライグからの冷静な声が聞こえた。対し、頭に血が上っている一誠は次点の候補を上げる。
(……チッ。なら、赤龍帝の力でぶちのめして──)
「お止め下さい、お二方」
一誠が右腕を下げ、拳を構えた段階でグレイフィアが仲裁に入る。リアス達は安堵した様な表情を浮かべ、息をついていた。
「これ以上やるとなれば流石に見過ごせません。ライザー様も、ご勝手な事はなさらぬ様お願いします。本日の目的をお忘れですか?」
「だが、しかし……いや、そうだな。この場は矛を収めよう」
ライザーの方を向いて静かに告げたかと思えば、言葉を聞いたライザーは直ぐに怒りを納めて舞い散る火の粉を振り払う。
グレイフィアの実力を知っての事だろう。魔王の"
故に、此処で怒りの矛を収めるしかないのだ。
「兵藤様、でよろしいでしょうか?」
「……ええ。なんですか」
「ライザー様と貴方様の事は、ライザー様個人の事なので私は口出ししません。ですが、今この場で戦闘を行おうと言うのなら、全力で止めにかかる所存です」
口調こそ柔らかだが、有無を言わせぬ迫力があった。
一誠は軽く舌打ちをし、拳を下ろす。
それを確認した後、グレイフィアはリアスの方を向いた。
「それでは、本日の本題に入りたい所ですが──兵藤様はどうされますか?」
「どう、って言われても……どうするのよ、ライザー」
「こっちの話が終わった後で、じっくり話し合うさ。決闘の日取りと場所をな」
一誠を睨みつけ、ライザーはソファへと座りこむ。どの道このままでは帰る事も出来ないだろうと、一誠もソファに座った。
家に来られては困るし、此処で帰っても余計に話がこじれるだけという可能性が高い。ここで話を終わらせるのが最善だと、一誠は判断した。
●
「いやー。リアスの"
「痛み入りますわ」
ニコニコ顔でライザーの世辞を受け取る朱乃だが、目が笑っていない。普段とは雰囲気が違うと言う事が分かる。
ライザーの対面では、差し出されたお茶に手を付けず、手と足を組んで黙っている一誠の姿があった。
黙して語らず。ライザーが何を言おうと、一誠は何の反応も起こさない。無表情で事の成り行きを見守っているだけだ。
ソファに座っているリアスの肩を抱こうとして振り払われたりしているライザーだが、こちらも一誠の事など眼中にないかのように振る舞っている。
「ライザー、何度も言う様だけど、私は貴方とは結婚しないわ」
「ああ、以前にも聞いたな。だが、そう言う訳にもいかないと言った筈だろう? 君の御家事情は意外と切羽詰まっている筈だ」
「余計なお世話よ。私が当主である以上、婿位自分で決めるわ。それ位の自由は私にもある筈よ」
怒りを抑えているのだろうか。リアスは目元が引きつっている。
対し、ライザーはそれを気にした様子もなく続ける。
「確かに君は基本的には自由だ。だがなリアス、君のお兄様もお父様も御家断絶が怖いのさ。唯でさえ先の大戦で純血悪魔が大勢亡くなっているんだ。これ以上純血悪魔の数を減らす事は避けたいんだよ」
現在は残っているとはいえ、天使や堕天使との小競り合いで断絶してしまう家もある。その可能性を考えれば、純血悪魔の後継ぎを早め早めに生んで欲しいと思うのはよくある事だろう。
それも、貴族主義の悪魔ならばなおさらと言える。
「私は家を潰すつもりは無いわ。家の為なら婿養子だって迎え入れるつもりよ──但しライザー、貴方以外の人をね」
自分で決めた人物と結婚する。リアスは頑なにライザーとの結婚を拒否しているのには、その辺りの願望が強いからなのだろう。
何せ、リアスの兄も自分の想い人と添い遂げる為に奮闘したのだから。妹として憧れる部分があったとしても不思議ではない。
それを聞き、ライザーは溜息をついて答えた。
「……俺もな、リアス。フェニックスの看板を背負った悪魔である以上、この名に泥をかけられる訳にはいかないんだ。リアスの為でもなければ、俺は人間界になど行く気にならなかったしな。この世界の炎と風は余りに汚れている。炎と風を司る悪魔としては、許しがたいほどにな」
ライザーからの威圧感が高まり、リアスの卷属である木場達は息を飲んだ。
「俺は、君の下僕達を全て燃やしつくしてでも冥界に連れて帰るぞ」
火の粉が再度舞い散り、殺意と敵意が肌を打つ。上級悪魔の威圧感に気圧されたのか、アーシアは震えていた。
と、其処までやった所で、ライザーが自主的に炎を抑える。
「……さっきも言われたからな。グレイフィアさんに世話をかけさせる前に止めておくとしよう」
先程の威圧感は
「……では、今回も破談。という事でよろしいでしょうか?」
「そうなるわね。何度やろうと、私はライザーと結婚する気は無いけれど」
リアスは凛とした表情でグレイフィアに告げ、ライザーを睨みつける。その瞳には、明確な拒絶の意志が垣間見えた。
「……本来ならレーティングゲームでもして決着を付けて頂こうと思っている方もいるのですが、お嬢様は未だ"
"
これでは、余りにもライザーに有利過ぎる。許嫁として決めた事は確かだが、これでは納得できないまま力尽くでやってしまう事になる。
リアスの兄も父も、何とか納得させたい所ではあるのだろう。
「公式なレーティングゲームこそ成熟した悪魔しか参加できませんが、非公式な純血悪魔同士のゲームならば半人前でも参加は可能です。この場合、多くが身内同士、または御家同士のいがみ合いになっていますが」
「……でも、今は其処まで強要する気は無いと?」
「もちろんです。この条件の場合、卷属悪魔が半分にも達していませんので、お嬢様が不利過ぎます。サーぜクス様も、其処まで選択肢を絞ったやり方は好いておりません」
グレイフィアの言葉に、リアスが嘆息する。
それを聞き、ライザーが声をかけた。
「だったら、足りない卷族の代わりに其処の人間を入れれば良いだろう」
その言葉に、一瞬リアス達はキョトンとした表情を浮かべた。しかし、理解した瞬間に勢いよく机を叩いて反論に移る。
「馬鹿を言わないで頂戴。この子は一般人よ。何の関係も無いのに、巻き込ませる訳にはいかないわ」
「何の関係も無い、って訳じゃないだろう? 少なくともリアス達の事を知っているし、こちら側の事情もある程度は把握しているらしい。精々"
ライザーとしては、一誠を片付けた上でリアスとの婚約を早めたい。なら、同時に相手をしてしまえば良いと考えたのだ。
とはいえ、それは余りに無茶が過ぎる考えでもある。幾ら上級悪魔とはいえ、唯の人間をレーティングゲームで使役する事など出来る筈も無いからだ。
しかし、ライザーはそれを実践しようと言う。
「ライザー様、それは流石に許容できません。純血悪魔のいがみ合いに人間を巻き込む事もそうですが、何よりもお嬢様が拒否しています。サーぜクス様も御父君も、ゲームに関しては未だ二の足を踏んでいる状態ですから」
「分かっているよ、グレイフィアさん。唯の冗談だ。"
「好き勝手言うじゃねぇかよ、鳥頭」
流石にライザーの言葉が頭に来ていたのか、言葉の端々には怒気が含まれている。
「俺の価値なんてのは他人が決めるものだが、お前の言い方は癪に触るものがある」
「何だ。別に間違いじゃないだろう? 人間風情が出過ぎた真似を──」
「いいえライザー。その子、"
ライザーの言葉を遮って発したリアスの言葉に、ライザーはおろかグレイフィアも驚きの表情を見せた。二人にとって、これは予想外の事だったのだろう。
一誠はどうでもいいと言った風な顔をしているが、グレイフィアは観察する様に一誠の事を見ていた。
『おい、相棒。お前こういう事態に巻き込まれるのは嫌だったんじゃないのか? 今回はいやに乗り気の様だが』
(別に乗り気な訳じゃないさ。敢えて言うなら、今代の赤龍帝である俺は"厄介事を引き寄せる性質"が異常に高いんじゃないか、って懐疑的なだけだ。これ以上は姿を隠しても無駄かも知れないしな)
堕天使レイナーレ達に狙われた時もそうだが、幼少期にオーフィスと会った事やバラキエルと会った事も、それが原因の一端を担っている可能性は十二分にある。
『とうとうやる気を出してくれたか? これを機に、俺達の力を知らしめてやるってのも良いかも知れんな』
(勝手な事言ってんじゃねぇよ脳筋。あくまで可能性だ。俺のスタンスは変わらねぇ)
あくまで目的は平穏──というか、自堕落に過ごす事。
堕天使が来た時は戦闘をしたが、わざわざ自分で争いの種をまく様な事はしたくない。今回の件に関してはほぼライザーの勘違いなのでどうしようもないが。
それに──一対一なら誤魔化す事はほぼ不可能だが、多対多なら誤魔化す余地が出てくる。
負けてやることも考えたが、一誠だって痛いのは嫌だ。出来る事なら怪我はしたくない。
それが原因でフェニックスの名が落ちるのは勝手だが、一誠の名が売れるのは勘弁願いたい所ではある。
「レーティングゲームってのがどんなもんかは知らないが、団体戦なんだろ? それで良いと言うなら、俺だってそれでいいさ」
どの道、この戦闘は避けようがない。それなら、出来るだけ誤魔化せる可能性が高い方に賭けるのが道理というものだ。
「ほう、言ってくれるじゃないか、人間。俺はレーティングゲームでは今の所勝ち星が多い。その俺のメンバーを見ても、その態度が崩せるにいるか?」
パチン、と指を鳴らすと同時に部屋の魔法陣が光りはじめる。
そこから現れたのは、総勢十五人の女性たち。ライザーの卷族らしい。
「……女ばっかだな」
「……言う事はそれだけか?」
「それ以外に何がある」
魔力もあるし、全員がそこそこ高い水準で戦闘力を持っているのは確かなのだろう。そうでなければ、レーティングゲームで勝ち星が多いと言う事は無いのだから。
それでも、一誠が本気で相手をしようと思えば一秒も持たないレベルの相手だ。いや、それを言ってしまえばグレイフィアとて相手になるかどうかは疑問があるが。
「ゲームは十日後だ。リアス達はレーティングゲームは初めてだろうから、それなりに準備をしたいだろう? それに、それだけあれば実力の底上げだって可能な筈だからな」
余裕を持った表情で、ライザーはリアスにそう告げた。
リアスも力の差がある事は理解しているのか、特に反論する事無くそれを受け入れる。
「それじゃあな、リアス──それと、人間。お前は俺の手で倒してやる。上級悪魔を侮辱した罪を思い知らせてやるよ」
最後に一誠の方を向いてそれだけ告げ、下僕悪魔と共に魔法陣の中へと消えて行った。
●
家に着き、溜息を付く。
正直言って、フェニックスを相手取ると言うのは少々面倒だ。
不死身の上に、龍の鱗にさえ傷を付ける炎。無論本気で戦えば勝てるのだろうが、出来れば右腕も禁手化も見せたくは無い。
どうにかして
──俺の部屋に、誰かが居る?
オーフィスだろうかと考えるが、部屋の中から感じる気配は三人。数が多い。
警戒しつつも部屋の扉を開け、中にいる人物を見て、絶句した。
「やぁ、初めまして。兵藤一誠君、で良かったんだよな、オーフィス?」
「そう。我の協力者」
「なら良い。さて兵藤君。悪いね、お邪魔させて貰っているよ。ちなみに、俺はオーフィスを首領とした『
オーフィスが居るのまではまだいい。それは分かる。今までだって何度も来ていた。
だが、ちょっと待て。何故、この男が此処にいる──?
学生服らしきものを来た黒髪の少年。学生服の上に漢服と呼ばれるものを羽織った、見た目的には年の近い少年。
その横には学生服の上にローブを羽織った少年。こちらも歳は近そうだ。
しかし、漢服を身に纏った少年の存在感が半端ではない。──気を抜けば、殺されてもおかしくないほどに強いと、肌で実感できる。
それを感じつつ、一誠はその名を聞いた。
「──曹操という。以後よろしく、今代の赤龍帝」
曹操とゲオルクの登場。禍の団フラグが乱立しました。
オーフィスに口止めしていた訳でも無いので、曹操は一誠が赤龍帝だと知って……口止めとかしてないっすよね?(おい
描写は特にして無い筈。