第十五話:修行
「どうしてこうなった……」
一誠は山道を歩きながら、そんな事を呟く。
木々の生い茂る新緑の森──とある山の一角に、グレモリー眷属と一誠は居た。本来は学校に行くべき時間帯の筈なのだが、何故かこうして山道を登っている。
何故なら、昨日曹操と分かれた後に木場から連絡が入り、今日の朝からライザー戦に向けて特訓をする事になったからだ。
一誠は全く持って関係無い筈だし、そもそも勉強が遅れるのも若干容認しがたい。高校の授業は一週間遅れると取り戻すのが大変なのだ。
その旨を告げたら「後で勉強を見てあげるわよ」等と返され、呆れかえった一誠。
行かないと言ったら「補習を受けさせる」事を取りつけた。レーティングゲームはチーム戦だ。親睦を深める意味合いもあるらしく、来て貰わないと困るらしい。
補習だって受けるのは一誠なのだし、時間が減るから正直どうでもいい。特訓だと言うなら曹操と模擬戦をやった方が何倍も効率的なのだ。
しかし、最終的に高校の単位をある程度優遇してくれる事になったので、一誠が折れた。
特訓させて鍛えておけば、攻撃を受けても怪我が少なくて済む。そう言うリアスの意図を汲み取った事もあるが。
もう最初にかわした約束とか忘れてるんじゃないかと言わんばかりに干渉されまくってる現在だが、喧嘩を売ったのはライザーでも買ったのは一誠だ。リアスに対して文句は言えまい。
その後、翌日になってから早朝に学校へと集合。人間も移動出来る様に調整した魔法陣を使って山のふもとへと移動する事になった。
どうせなら別荘の位置まで飛べよ、と思った物の、これも修行の一環らしい。
「で、後どの位なんすか?」
「そうね……後一時間も歩けばつくんじゃないかしら」
一誠の質問にリアスが答える。土肌の斜面が否応無しに一誠達の体力を蝕んでいくが、この程度で疲れる様なやわな鍛え方はしていない。涼しい顔で登っている。
「後一時間、ねぇ……ってか、良くもまぁそんな大量に荷物がありますね」
「女の子には色々必要なのよ」
「その言葉でバックの中身の大半が予想出来ました」
修行に来ているので、肌が荒れるのは嫌とかそんな事は言いださないだろうが、よくよく音を聞くとガチャガチャという金属音に近い物が鳴っていたので、中身は大体予想がついた。
調理器具なんて必要最低限にして欲しいものだが、食事は人間の体にとって必要不可欠であり、肉体を鍛えるなら食事も良くしなければならない、というのは納得出来る。
とはいえ、流石に巨大なリュックに入るほどの調理器具は必要ないだろ、と思う一誠。
「……先輩は殆ど持って無いから、良いじゃないですか」
呆れた目で木場等が背負っているバッグを見ていた一誠の方を見ながら、小猫がぼそりと呟いた。
「俺はお前等と違って唯の人間だからな。そんなバカみたいな量は持てないんだよ」
実際、一誠は着替えなどを含めても必要最低限の量に絞っていた。食料は山という事で山菜が摘めるだろうし、近くに川があれば魚も取れる。
用意してあるのなら必要はないだろうが、ある程度はサバイバルになる事を覚悟して来ている。熊が現れても倒せる自信はあるが。
「……私達が馬鹿だと言いたいんですか?」
「ちげぇよ、怪力悪魔。お前等の基準で人間語るな、って話だ。そもそもの基礎が違うんだからな」
下級悪魔でも、人間にとっては十分脅威だ。一誠は
もっとも、
「……堕天使を倒した先輩も、十分人間の領域からはみ出てると思いますが」
「
ただし、その気になれば町一つを簡単に滅ぼせる"武器"を所有しているが。
そんな事を話している内に、一誠達は別荘へと到着した。
●
別荘に到着し、一休みしている一誠達。
山の一角にあるこの木造の別荘はグレモリーの所有物らしく、普段は見えない様に仕掛けがしてあるとか。
そんな説明を右耳から左耳に聞き流しつつ、水を一口飲んで汗をぬぐう。流石に山を登って汗をかかないと言うのはあり得ない。
木造建築独特の木の香りを感じながら、自分の荷物を持って用意された部屋へと移動する。
リビングに大半の荷物が置いてあるが、一誠の荷物は自分しか使わないので部屋に移動させておく。間違えられても困るのだし。
木場と同室であるものの、別段不満は無い。メンバーを見れば、この分け方は当然なのだ。文句がある訳も無い。
手早くジャージへと着替え、ストレッチをしながら外で軽く身体を動かす。
「それじゃ、まずは僕と特訓と行こうか」
木場はそう言って、持っていた木刀を一誠へと渡す。木場の手にはもう一本木刀があり、一誠に渡した後でそれを構えた。
「俺は剣なんて使えねぇぞ。精々チャンバラが関の山だ」
「大丈夫だよ。剣術の練習だけじゃなくて、動体視力とか反射神経、見切りの力を養うものでもあるから」
木刀の重さを確認しつつ尋ねる一誠に対し、素早く構えて一誠を見据える木場。
「見切り、ねぇ……まぁいいや。早速やるとしよう」
剣道で言う中段に近い持ち方で剣を構え、木場の出方を見る。まずは肩慣らしとばかりに数合打ちあう二人だが、反応できていると分かった木場は段々ギアを上げて行く。
隙を見せない様に細かく剣を振る木場だが、一誠は全て紙一重でかわすか、木刀でいなしているだけだ。
「斬りこまないのかい?」
「まだ、な。下手に斬り込んでもカウンター喰らうだけだ。特に
人間状態のままでは、幾ら強化しようと限界があるのだから。……曹操達英雄派は人間のままでとんでも無い身体能力を発揮しているが。
「なるほど……まだ付いてこれるね? じゃあ、もう一段階ギアを上げよう」
フッ、と一瞬木場の姿が消えるも、一誠は直ぐ様しゃがみ込んで横凪に振るわれた剣を避ける。初動こそ速かったが、その後の動きは目で追える範囲の動きだった。
一誠はそのまま右手に持った木刀を振りまわす様に、木場へと剣撃を浴びせる。
太刀筋こそ滅茶苦茶だが、予想外の動きに一瞬気を取られる木場。
その瞬間を見計らい、しゃがんだ際に掴んだ石を投げつける一誠。
木場は僅かに反応が遅れるものの、バックステップで一誠の剣を弾いて石を避ける。
そのまま数秒間睨み合い、息をつく。
「……凄いね、兵藤君。さっきのはあんまり手加減した訳じゃないんだけど、簡単に避けられた上に反撃喰らうとは思わなかったよ」
本当に驚いている様な口ぶりだが、構えを解こうとはしない。まだ続けるつもりなのだろう。
「まぁ、一応特訓したからな」
オーフィスの攻撃をただただ避け続けると言う、一見地味で一歩間違えば一瞬で死ぬ様な特訓だが。
とはいえ、一誠が出来るのは避けるまでだ。攻撃に関しては全く持って当たる気がしない。
「でも、兵藤君はまだ
『元の能力を倍にする』という単純極まりない能力だが、単純ゆえに凶悪。
木場が勘違い──一誠が勘違いさせたのだが──しているとはいえ、能力の一つという意味ではあっているので別段間違いでも無いこの能力を、一誠は未だ使っていないのだ。
その癖、避ける事に関しては超一流。木場の攻撃は掠ってすらいない。
オーフィスとの修行の所為か、やはり人間のレベルを超えているようにしか思えない程のレベルだ。
「でも、避けるだけじゃ勝てないよ。攻撃法も学ばないとね」
「いや、お前の速度じゃ避けるのが精一杯で攻撃とか無理──」
人の話を聞かず、木場は一気に距離を詰めて剣を振るう。今度は縦に斬って来た。
それを寸での所でかわし、右手に持った木刀を横凪に振るってみる。案の定簡単に見切られたが、距離を取る事に成功する。
「……今日は、カウンターでも良いから攻撃に関しての方法を学ぶ必要がありそうだね、兵藤君」
剣術の才能がある無しに関わらず、剣を持った相手との戦闘経験は案外使えそうな気もするので、一誠は二つ返事で了承した。
●
ブンッ、と目の前を高速で拳が横切る。
黄色のジャージを着た小猫を見て、見た目は子供の癖に、と一誠が毒づく。
小猫の振るう拳の威力が上がった。
とんでもねぇな、見た目小学生の癖に、と一誠が毒づく。
小猫の振るう拳の速度が跳ね上がった。
こんな小さい身体の何処にこんなパワーがあんだよ、と一誠が毒づく。
小猫の振るう拳の鋭さが増した。
「……ええい、何だこの無限ループ。ろくに反撃も出来やしねぇ」
「……何で先輩はそんな身軽にかわせるんですか。割と本気でやっているんですが。……殺す気で」
最後にボソッと付けたされた言葉に対してキレそうになりつつ、一誠は一歩引いて小猫の拳の範囲から出る。
身体が小さい分、懐に入り込まれさえしなければ避けるのは容易い。リーチが短いからこその回避法だ。
これを木場で試そうとしても、速度が違い過ぎて多少の距離では意味が無い。更に言えば剣を持っている為にリーチが長いのだ。範囲が広くて速度が速いなら、動かずに見切る事に徹した方が効率的でもある。
小猫は格闘技にも精通している為、下手に近づくと返り打ちに
とはいえ、これでは一誠も反撃できない。小猫の拳の範囲では無く、一誠の拳の範囲という非常に微妙な距離を保てばいいのだろうが、生憎と一誠にそんな高度な技術は無い。
至近距離でちょこまかと動かれると、距離を保つのも面倒だ。攻撃出来ないが攻撃を受けない、そんな距離を常にとっている。
おかげで全然修行にならない。
「……ちゃんと戦ってください、兵藤先輩」
「やだよ。お前鳩尾に抉り込むように打つんだもんよ。死ぬわ、お前の腕力でそんなの喰らったら」
それは挑発した一誠にも非はあるのだろうが、避けながら喋っているので案外余裕があるのかもしれない。
「そんな訳で、俺に当てられたらクリアだ。異論は認めない」
「……じゃあ、本気で行きます」
前傾姿勢を保ち、地面を蹴って一誠へと近づく小猫。一誠はそれを見切った様に横へと動き、小猫はその動きについて行く。
一誠の服はジャージで、掴める部分が少ない。相手の服を掴んだ方が攻撃を当てやすくなるが、この場合は殴った方が速いと判断した。
高速で振るわれる拳に対し、紙一重で避けて行く一誠。時折足元に攻撃を仕掛けてくるのが鬱陶しい、と小猫は感じていた。
「俺は特に格闘技に精通してる訳じゃないが、足元を容易に動かせないなら攻撃範囲が狭まる、ってことぐらい分かるぞ?」
一誠は笑いながら、小猫の攻撃を避け続ける。どの道、一誠の腕力では当てた所で大してダメージにならないのだ。
何か、攻撃に関しての動きや武器を手に入れる必要がありそうだ、と一誠は感じていた。
『相棒は避けるのが上手いからな。どの道、
(そりゃそうだが……お前の力も、右腕も無しに戦うってのはやっぱ無謀かねぇ)
一応悪魔限定とはいえ、武器なら用意している。というか、曹操に用意させている。
本番になれば、倍加だけとはいえ
(……やっぱ、一度の倍加だけってのは、縛りプレイにしちゃ無茶が過ぎるか?)
少なくとも、ライザー限定で見れば
「……数も質も上と来れば、後は戦術でどうにかするしかないよな」
ぼそりと呟いたその一言を聞いて、小猫の攻撃は更に激しさを増した。……結局、唯の一度も当たらなかったが。
●
黙々と食事を取る面々。
一日目の修行を終え、用意された夕食を食べていた。多種多様な料理があるが、そのどれをとっても美味い。
朱乃が作ったらしい料理に舌鼓を打ちながら、一誠は黙々と食べていた。
小猫や木場も、料理が美味い所為かどんどんと箸が進んでいた。その光景を見て、ニコニコと笑みを浮かべる朱乃。
ある程度食べた所で、リアスが静かに口を開いた。
「……さて、それじゃ、今日一日修行してみてどうだったのかしら。教えてくれると嬉しいわね、兵藤君」
「ん? ……んぐ。そうっすね。まず、木場は速度があって攻撃も早い。避けるのは至難ですし、コイツも
で、塔城。彼女はパワーはありますけど、リーチが短い所為で攻撃が当て辛い。これに関しては彼女自身の身軽さがあるんで、どうにかなると思いますよ」
口の中の物を飲み込み、お茶を飲みつつリアスへと告げる。観察眼なんてそんな大層な物は持って無いので、一誠自身が感じた事をそのまま言っただけだ。
「そう、それで、木場と小猫は今日一日兵藤君と戦ってみて、どうだったの?」
「……兵藤先輩は、避けるのが上手いです。一度も攻撃を当てられませんでした」
「あはは。それはしょうがないよ。僕でもまともに攻撃を当てるのは殆ど無かったんだし、それも殆ど死角からの攻撃だからね」
しょんぼりと肩を落とす小猫を、木場がフォローする。
事実、小猫では速度が足りない所為で当たらない。木場は速度があって攻撃が当てられても、パワーが足りない所為で決定打に成りえない。
相性が悪ければ、一人も倒せずにやられる可能性がある。
「なるほど……アーシアは魔力操作に関しては大丈夫のようだし、朱乃も上手くやってるわ。改善点も見えた様だし、取りあえずの成果はまずまずといったところかしら。何か意見はある?」
リアスが締めようとした時に、一誠が発言した。
「やっぱり、戦術面でどうにかした方が良いですね。質はまだ分かりませんが、来る前に見せて貰った感じだと殆ど負けてないじゃないですか、相手」
負けの回数も、相手方の家を立てての事だ。ライザーが劣っていると言う証拠にはならない。
「数で劣っていて、質でも劣っている可能性がある……なら、後は戦術面でどうにかするしかない。その辺り、グレモリー先輩はどう考えているんですか?」
各個撃破なんて言ったらハッ倒そう、と思いつつ、リアスへと問いかける一誠。
「そうね、基本的にはゲームの舞台となる場所によって決める物だけど、方針位は決めて置いた方が良いかもしれないわね」
そう言って、考え込む様な顔つきへと変わる。その間に幾つか料理を食べながら、一誠も戦術面での事を思案する。
(……相手の実力が分かんないんじゃ、どうしようもないよなぁ。ビデオとかねぇのか)
取りあえず見せて貰ったライザーの戦歴を見て、ライザー自身が得意とする戦術は分かる。──
ライザー自身が相手の駒を倒しきる事もある。本人が不死身だと言う事が、相手にとって相当のプレッシャーになっているらしい。この辺りはライザーとその眷属の戦歴で確認できる。
「……取りあえずは、多少の時間がかかっても犠牲が少なくて済むように戦う、って事かしらね」
悪手とは言わないが、ベターとも言えない。そんな答えだ。
とはいえ、眷属悪魔の数が少ない以上、その答えは戦力状況に大きく関係している。一人減れば他のメンバーの負担が大きく増えるのだ、回復要員がいる以上、この判断は間違っていない。
しかし、それは個々の負担が増える事も示す。
傷ついた仲間を庇ってやられたのでは話にならない。無理なら無理と、諦めるだけの状況判断も必要になってくる。その辺りに関しては、リアス次第といったところだろうか。
そして、この日はそれぞれ風呂へと入り、汗を流して夜にまた修行。一誠は人間なので夜の修行には参加しないが、その分昼間にやっているので問題は無い。
──十日後、修行を無事終えた一誠達は、決戦当日を迎えた。
修行編なんて面白くもなんともないので一話で
避ける事に関しては人間離れしている一誠ですが、禁手化した状態では普通にパワータイプという。
それでも見切りが出来るだけ原作よりずっとマシですが。