第十九話:レーティングゲーム・終局
アーシアからの連絡を受け、緊迫感を持って通信機器に耳を傾ける三人。
「状況を把握したい。アーシア、簡潔に状況を言え」
一誠が真剣な様子で、通信機の向こうにいるアーシアへと語りかけた。
アーシアはそれを聞き、直ぐ様一誠達に説明を始める。
『朱乃さんがやられたので幻術が解けてしまって、部長がそれを張り直そうとしたんですが……ライザーさんが襲ってきたので、私達、今大ピンチです!』
「……なるほど。グレモリー先輩、聞いてるんだろ?」
『何かしら。至急、罠と幻術を使って混乱させては居るのだけど、長くは持たないわ』
「塔城とキャスリングしろ。この状況じゃ逃げ切れないだろ」
敬語を使う程余裕がある状況では無いと判断している所為か、一誠の口調は普段のものだ。リアスは特に気にした様子も無く、一誠の言葉に返答する。
『……逃げろと言うの?』
「逆に聞くが、戦力にならないアーシアを連れていながら、ライザーに勝てるのか?」
見た目こそ調子に乗った不良だが、その実力は本物だから性質が悪い。未だ伸びしろがあるにしろ、今のリアスでは不死のライザーには勝てないのだ。
ならば、ここは一旦引いて体勢を整えた方が得策だろう。
誰だってそー思う。
一誠も、そー思う。
「文句を言いたいなら、自分ひとりの力でライザーぶちのめせる様になってから言って欲しいもんだ」
現状では眷属全員の力を使って、ようやく相手に出来るかどうかといった所。実力も高ければ不死という特性もあるが故に、集団戦でさえ精神の疲弊が速いのだ。
いや、相手に出来るかどうか、というのは語弊がある。倒せるかどうかが五分、というのが正しいだろうか。いや、どちらかと言えば分が悪いかもしれない。
だからこそ、今はリアスを退かせて、ここでライザーを迎え撃つ準備をした方が良い。
『……分かったわ。小猫、大丈夫ね?』
「……はい。大丈夫です」
表情をあまり変えぬまま、小猫が首肯するのを確認したその直後。小猫の身体が光に包まれ、次の瞬間にはリアスと入れ代わっていた。
今のがキャスリングなのだろう。実際に使っているのを見たことが無い為、一誠はどうなるのか知らなかったが。
そして、ライザーに攻め込まれただけではチェックメイトでは無いと判断されていると言う事でもある。審判から見て、まだ逆転できる状況なのだろう。
第三者から見てそうなのなら、悲観的には成れない。
「塔城。お前はアーシアと共に旧校舎から脱出。新校舎の方へ移動しろ。其処は放棄する」
『……分かりました』
「ついでに、トラップのある道を来い。飛ぶと狙われるしな。……ああ、ちゃんとトラップは避けろよ?」
『分かってます。私と小猫ちゃんで、直ぐ合流できる様にします!』
「うん。元気があるのは良いが、声は抑えろ。お前等逃げてる途中なんだから」
小猫とアーシアへ連絡を終え、木場とリアスでトラップの解除に動く。一誠は恐らく一番怪我をしているので、休んでいる様に釘を刺された。
多少の時間とはいえ、体力を削ったのも確かだ。十分に休憩して、ライザーとの戦闘に備えなければならない。
(……そういや、あれは無事かな)
先の爆発でやられた可能性も高いが、念の為に探しに行く事にした。案外有用性の高い武器なのだ、チェーンソーは。
廊下へと出て、焼け焦げた廊下の壁を見ながら捜索する。すると、かなりの距離を飛ばされていた上に所々破損している様だが、未だ刃が振動しているままのチェーンソーがあった。異様な強度に一誠の方が驚くほどである。
爆破の中心点からそこそこ離れていたせいだろうか。よく分からないが、無事なら無事で良しとする。他人の武器なのに、随分と愛着が湧いたものだ。
まぁ、必要無くなれば一発で捨てる程度の愛着だが。それはどうでもいい。
「兵藤君、トラップは大体解除し終わったわよ」
「こっちもだよ。校舎内のトラップは余り多くないようだね」
何せ、校舎内部に仕掛けてしまえば、ライザーの眷属さえ移動ルートが限られてしまう。一誠達の本陣である旧校舎でもそうだし、其処まで罠の数は多くない。
それを確認し、一誠が口を開いた所で、アナウンスが響く。
『リアス・グレモリーさまの「
「チッ。流石に見逃すほど馬鹿じゃねぇか」
アーシアと小猫がやられた。回復要員はいなくなり、空中を移動するであろうライザーは直ぐにでもこの新校舎へとやってくるだろう。
直ぐにでも、迎撃の準備をする必要がある。
●
炎の翼をはためかせる人影が、一つあった。
下僕悪魔がやられ、リアスの予想外の奮闘と一誠へのいら立ちを抱えながら旧校舎へと来ていたライザーは、またしても苛立ちで舌打ちをする。
本来なら、下僕悪魔達が戦っている途中で、リアスと一対一の決闘をするつもりだった。グレモリーの当主となるものであれば、断らないだろうという判断もある。
だがしかし、予想に反してリアスは決闘を断った。
一対一では勝ち目が無いと分かっているが故の事であり、一誠に釘を刺されているが故の行動。
事実、上手く行けばリアスの出る幕は無く終わるだろう。だが、それで終わらせようとするほど、ライザーも甘く無かった。
自陣である新校舎に乗り込まれたのも、
それが、このレーティングゲームにおけるフェニックスの優位であり、ライザーのやり方だ。
何せ、アーシアはフェニックスの涙に頼らない回復が出来る。幾ら体力までは戻せないとはいえ、傷を際限なく回復させられると言うのは厄介極まりない。
だからこそ、リアスの
そして、思惑通りアーシアと小猫を倒し、現在は自陣である新校舎へと向かっている。
──あの人間、俺の下僕の武器を奪った挙句、聖水を使って倒しただと?
ライザーがイラついているのは、正に一誠の事だ。
自分の眷属の武器を奪うまでは、まだ分かる。聖水を使うのも、軟弱な人間の思いつきそうなことだと判断出来る。
しかし、眷属十四人と戦っておきながら、未だに誰も倒せないとはどういう事だと、再度舌打ちをするライザー。
無論、自分の手で一誠を倒したいと言う感情もある。だが、このレーティングゲームはそれ以上にリアスとの婚約がかかっているのだ。
悪魔世界の未来にかかっていることだと自負しているし、ライザー自身もリアスに好意を抱いている。だからこそ、多少強引でも縁談を進めたかった。
脆弱で貧弱な人間風情に、フェニックスに盾突くと言う事がどういう事かを思い知らせる。そう言う目的もあった。
だが、結果はどうだ。リアス陣営と戦って、自分以外は全滅。レイヴェルは恐らく自分でリタイヤしたのだろうからそれは良いとしても、他のメンバーはリアスの下僕と人間の三人組にやられている。
どういう事だ、と思う。
確かに、人間であったとしても、
そう思いながら、新校舎へと辿りついた。
辿りついて最初に感じたのは、静寂。余りにも、周りの風景とはかけ離れた程の静けさが、辺りに漂っていた。
(──罠を張っているのか、奇襲をかけようとしているのか。どっちかだろうな)
だが、自身は不死身のフェニックスだ。臆することなく、悠々と歩を進める。
そして、正面玄関から校舎の中へ入った途端、防御の為に纏っていた炎が消滅の魔力によって消し飛ばされる。
「リアスかッ!」
消滅の魔力が飛んできた方向を見定め、フェニックスの業火を展開する。自分の妻になる女だ。丁重に扱わねばならない。
しかし、それでも他の下僕が周りにいる筈だ。その考えがある為、業火を展開した。
そして、予想通り。
「はあぁぁぁぁッ!!」
龍の鱗にさえ傷を付けるフェニックスの炎を、一時的にでも封じる氷の魔剣。木場の仕業だ。
先程のユーベルーナへの攻撃の際、倍加した魔力は自身の魔力と小猫の魔力から補われていた。その為、魔力量が少ない現在では余り長くは持たない。
しかし、それで十分。
「──行くぞ、クソ野郎」
リアスと挟み込む形で、一誠がチェーンソーを片手に現れる。
「上等だ! 人間と上級悪魔の、格の差って奴を教えてやる!」
木場の魔剣でも抑えきれないほどの熱量。生身の一誠であれば、焼け焦げて死んでもおかしくない程だ。
しかし、抑えきれないだけであって、木場の魔剣の効果は確かに存在していた。だからこそ、至近距離でも一誠は死なない。
背後からリアスの魔力が飛び、ライザーの左腕を吹き飛ばす。だが、直ぐ様炎と共に蘇る。
「無駄だぞリアス! 何度やろうと同じだ! この俺は、殺せない!」
一誠の振りまわすチェーンソーに触れることで融解させ、使い物にならなくする。これだけで、一誠の攻撃手段はゼロも同然だ。
何せ、上級悪魔が相手では聖水も十字架も大した意味を持たない。防御手段だってない。
だからこそ、木場の魔剣が抑えきれないほどの力が一誠を襲った瞬間、木場とリアスは息を飲んだ。
(──?)
炎が爆発し、一誠へと衝撃を与えようとした瞬間、ライザーには一誠が右腕で十字を切るのが見えた。
そんな物に意味などある筈が無いのに。
そんな物でフェニックスの炎を防げるはずが無いのに。
一誠は、焼け死ぬはずの炎を受けて、左腕に火傷を負うだけで済んだ。
「──ックソが! いってぇなこの野郎!!」
火傷して赤くなった肌を見ながら、一誠はライザーへと悪態をつく。
そのままライザーから距離をとり、木場と落ち合おうとした瞬間、爆風が吹き荒ぶ。
炎を纏った爆風は廊下の中央を駆け巡り、咄嗟に近くの教室へと隠れた一誠の向こうにいた木場へと直撃した。
ユーベルーナから受けたダメージもあったし、他のライザーの下僕との疲労もあった。一誠とは基礎スペックが違う為、平気ではあったものの──ライザーの一撃を受け、炎に飲み込まれて倒れた。
『リアス・グレモリーさまの「
アナウンスと共に木場が光に包まれ、何処かへ転移される。
「強敵だよ、リアス。君の下僕達は──だが、この戦いは君の負けだ。早めに
「ふざけないで頂戴。まだ私は戦えるわ」
「そうか……人間、お前はどうする? 俺に土下座して謝ると言うのなら、許してやらんでも無いぞ?」
その言葉を聞いて、一誠はピクリと眉を動かした。
「自分の様な脆弱な人間が、高貴なる悪魔のフェニックスに盾突いて済みませんでした、って言えば、まだ死なずに済むかも知れんぞ?」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら、ライザーが一誠の居る方向へと語りかける。
その間にリアスがライザーの頭を消し飛ばすも、炎と共に瞬く間に再生されてしまう。このままでは、確かに手詰まりのチェックメイトだ。
「聖水や十字架なんてチャチなモノに頼らざるを得ないほど、貧弱な人間が、この俺に勝てる訳が無いだろう? ──リアスはいずれ俺を倒せる様になるかも知れんが、今はまだ無理だ。大人しく
一誠の方へ語りかけた後、リアスの方へと振り向いて言う。
詰まる所、一誠の事など眼中にも無い。ライザーにとって、リアスとの結婚こそが第一であり、一誠はその為に利用したに過ぎない。
少なくとも、部室で会った時点ではそんな事は考えていなかったが、冷静に考えればそうだと言う事に気づけた筈なのだ。
このレーティングゲーム。一誠にとって、得る物など何も無いと言う事に。
勝てば悪魔側から一誠が眼を付けられ、負ければ屈辱を受ける。このゲームは、受けない事が正解だったのだ。
その人間を見下しきった様子を見て、利用されたという事実を突き付けられて、一誠は何かが切れた様な気がした。
●
ゆらり、と廊下に一つの人影が増える。
「……どうした、人間。謝る気になったのか?」
軽薄な笑みを浮かべていたライザーだが、振り返って一誠を見た瞬間、その笑顔がなりを潜める。
一誠は傷だらけで酷い状況だ。血は至る所から出ているし、一度殴っただけで倒れてしまいそうな程弱っている様に見える。
しかしその一方で、その表情は激憤に塗りつぶされ、殺意と悪意がライザーへとハッキリ向けられていた。
「おい、焼き鳥野郎。俺はお前が嫌いだ。ブチ殺したいほどに大っ嫌いだ。人の事を蔑んで、見下して、価値が無いと言いながら利用してる様なお前が、大っ嫌いだ」
「ふん。それは力の無いお前が悪いだろう? 頭が悪い所為でこの戦いに出てきて、まんまと利用されるんだ。悔しけりゃ、俺を倒してみろよ、人間」
ピリピリとした威圧感が、場を満たす。背後にいるリアスは息を飲み、緊張している様子が見て取れる。
「だったら、ブチ殺してやるよ、悪魔風情が──『
たった一言。左腕から発された言葉で、ライザーとリアスは驚愕の表情を見せた。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
轟!! と爆風が校舎を内側から揺らす。
圧倒的存在感を有する一誠は、真っ赤な鎧に包まれ、その場に佇んでいた。
「
ライザーが呆然自失とした様子から、リアスよりも速く立ち直る。だが、目の前で起きている事はそれ以上に認めがたいことだった。
何せ、かつて冥界の三すくみの勢力が戦争していた時代、神や魔王さえ上回るとされた二天龍──その一角を封じた
「行くぞドライグ。いけすかねぇあのクソ野郎をブチ殺す」
『おうよ! ハハハッ、やっとまともな戦闘相手に会えたぜ!!』
相手が上級悪魔という事もあってか、ドライグのテンションが跳ね上がっている。豪快に笑うその声は、本当にうれしそうでさえあった。
一誠は右手をライザーへと向け、魔力弾を精製する。
一誠の放つそれは悪魔の使う魔力弾に似ていて、実は根本から違う。
魔力の様に見える物は、一誠の身の内に存在する『聖なる右』の力の大本だ。其処から漏れ出ている力を龍のオーラとして、集束して撃ち出す。魔力と違うのは、『
それが、十数個。狭い校舎の中で、ライザーへと放たれる。
「お、おおおおォォォォォォッ!!」
リアスは直ぐに近くの教室内へ身を隠したものの、ライザーはそうもいかない。至近距離での攻撃だ。ライザーの背後に現れた巨大な炎の両翼が、魔力弾を相殺しようとぶつかり、その勢いを減衰させる。
そして、減衰した炎をロケットの様な速度でブチ抜き、ライザーの懐へと潜り込む。
『
しかも、相手は悪魔なのだから。
「まず一発」
振りかぶり、炎を突き破ったそのままの速度でライザーを殴り飛ばす。
殴り飛ばされたライザーは、そのまま凄まじい速度で吹き飛ばされる。
ライザーを殴り飛ばした後、一誠は廊下に立ち、見据えた。あの程度で倒れるようなら、不死身とは呼べない。
「──クッソがァ! 人間、テメェ赤龍帝だったのか!!」
「だったらどうしたよ。恥も外聞も無く、土下座して謝るか?」
「ふざけろ! 火の鳥と鳳凰、不死鳥と称えられたフェニックスの業火を、その身で受けて焼け散れッッ!!」
先程よりも数段増した、膨大な炎の質量。火炎に身を包む様は正に火の鳥と言え、神々しくも禍禍しくも見えた。
ライザーの背中から出現した炎が振るわれ、一誠へと迫る。しかし、焦る事など無い。発現したばかりの頃ならいざ知らず、一誠はこの状態を完全とは言わないまでも、使いこなせるのだから。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
瞬く間に能力が倍加していく一誠。悪魔の性能など完全に超越し、人間でありながらも人間を超えた力を振るう。
その状態で放たれた魔力弾は正に、ライザーにとっては"最悪"の一言だ。
聖なる力を含む魔力弾は、ライザーの炎を相殺してなお力を失わず、ライザーを飲み込む。執拗なまでに魔力弾を打ちこみ続け、ライザーがその度に死ぬのを視認していく。
「テメェ、フェニックスは不死身だと、死なないと言ってたよなぁ」
ライザーの返事など聞く気は無い。最後通告──いや、単純にライザーの心を折る意味で告げる。
「だったら、
弾幕の密度が増す。聖なる右の大本となる力は、確かに有限でこそあるものの、ほぼ無限に近い量だ。実際に発揮出来ないだけで相当量の力があるし、微量な力でさえ赤龍帝の力で何倍にも膨れ上がる。
悪魔にとっては、最悪の相性と言えるだろう。
●
それが続いたのは、何秒だろうか。いや、何分だろうか。それとも、何時間だろうか。
止む事の無い爆音と炎の爆ぜる音。時折ライザーが反撃してくるが、一誠はものともせずに消し飛ばす。
この場での勝者は、既に決定していた。
十字架や聖水よりも、"聖なる力"としての濃度が高い『
その事もあり、ライザーの精神は著しく疲弊していた。
例えフェニックスの涙を持っていようと、疲弊した精神までは治せないのだ。もっとも、フェニックスの涙はレイヴェルとユーベルーナが持っていた。この場にはもう存在しない。
遂にフェニックスの業火が消え去り、倒れ伏したライザーが学校の廊下に姿を現した。
「あ……ぐ……」
ギリギリの所で意識を失っていないらしく、弱々しくうめき声を出している。
一誠はそんなライザーの近くまで歩いていき、ライザーの頭を踏みつぶす様に足蹴にした。
「どうしたよ、フェニックス。不死身じゃ無かったのか?」
そのままぐりぐりと頭を踏みつけている一誠。表情は鎧で見えないが、笑う事も無く、憤怒と殺意をライザーに向けている。
「ク、ソ……が……!」
未だに動こうとするライザー。だが、精神が疲弊した所為で碌に炎も出せなくなっている。
それが分かっているからか、一誠は動こうとはしない。
「……ふん。散々見下していたくせに、このザマかよ。雑魚が」
最後にライザーの顔面を蹴り飛ばして、意識を落とす。瞬間、アナウンスが校内に響いた。
一誠がブチ切れちまったぜ……な回(え
まぁ、流石にここまでボロクソ言われるとキレてもしょうがないよね、という話に。おかげで赤龍帝だとバレまして(え
しかもテレズマ入りの魔力弾を撃つもんだから魔王にも多分眼を付けられると言うwww
今後の行動次第では本格的に禍の団に行く事になりそうな感じです。(拠点的な意味で)