第二十話:新たなる情報
レーティングゲームが終了した。
結果は、当初悪魔達が予想していた物とは大きく違っていたものだった。
通常、レーティングゲームにおいてはフェニックスとグレモリーではフェニックスに軍牌が上がる。
何故なら、如何に消滅の魔力を使えると言っても、リアスは一度もレーティングゲームを正式に体験したことが無い。
経験差と人数差。
如何に魔王を輩出したグレモリー家と言えど、この二つの難題を超える事は不可能とされていた。
そう、
それを覆したのは、リアスでも、リアスの眷属でも無い──たった一人の、人間だった。
●
レーティングゲームが滞り無く終了し、一誠とリアスは部室へと転移された。其処には、既に待機していたのであろうグレイフィアと、怪我を回復して貰ったのであろうリアスの眷属悪魔達。
どうやら血塗れの制服に代わる新しい制服を用意して貰っていたようで、一誠は一息つく。
アーシアの
別室で着替え終わった一誠を部室に迎え、深呼吸をした後、重々しくリアスが口を開く。
「……兵藤君。今回のレーティングゲーム。貴方のおかげで勝てたわ。ありがとう」
「いえ。俺もあの野郎が気に喰わなかっただけなので。利害が一致しただけですよ」
聞かれた事にのみ淡々と答え、先程の戦闘で覗かせていた激憤など微塵も感じない一誠に、リアスが続けて質問をしようとした時。
「この話、私も混ぜて貰って良いかな?」
ゆっくりと扉を開けて入って来たのは、紅髪の男性。落ち着いた風貌をしており、笑みを浮かべながら部室へと入ってきた。
「……お兄様」
リアスの兄。サーゼクス・ルシファー。
旧家グレモリーの長男にして、魔王ルシファーの座につく悪魔。その消滅の魔力は凄まじく、サーゼクス含む魔王四人の実力あってこそ、天使や堕天使勢力とまともに張り合えると言う。
それほどの力を持った、悪魔陣営最強と言っても差し支えのない悪魔。
「はじめまして、兵藤君。先のレーティングゲームは非常に楽しませて貰ったよ。その場にいないリアスに代わっての戦術。人数差と経験差を埋めるやり方は中々に面白かった」
「それはどうも。魔王様に褒めて貰えるとは思いませんでした」
一誠は軽く会釈をしながらサーゼクスに返答し、サーゼクスは近くのソファに腰掛ける。
「さて、君も分かっていると思うが……赤龍帝の力についてだ」
その一言で、部室内の全員が緊張した面持ちを見せた。サーゼクスの
「君が持っていた
だが、問題はその後──
やはりか、と一誠は思う。
魔王であるならば、『
どこか別の陣営に入って戦力になるのは困るし、かと言って何処の勢力にも属さずに暴れられるのも困る。
たった一人で戦況を変えかねない
「正直な話、驚いたのだよ。何せ、
──そして、あの力。魔力では無く、天使のそれに近いあの力についても、出来る事なら話して欲しいと思っている」
「それは出来ない相談ですね」
サーゼクスの問いに対して、一誠は即座に首を振って否定の意を示す。
他の誰かが口を挟もうとしたが、その前に一誠が言葉を続ける。
「そもそも、俺個人にもあれが何なのかが分からないんですよ。生まれつき持っていた力なので、説明しようにも言葉が見つからない」
一誠の言葉を聞き、サーゼクスが口元を隠す様にして何か考え事をする様な仕草を見せた。
「……ふむ。とすると、神側の陣営にいるとされる『聖人』の様なモノなのかな?」
その言葉を聞いた時、一誠は驚きで眼を丸く見開いた。
──聖人が、この世界に存在している?
確かに、世界が混じっていると言っても過言では無いこの世界に、聖人が居たとしても何らおかしくは無い。
だが、事実として"居る"と断言されるとは思っていなかった。
「……その反応を見る限り、『聖人』の存在は知らなかったようだね。だが、君と同じ様な奇妙な力を持つ人間というのは何度か発見されているのだよ。時期的に見て、三つ巴の戦争が終わった辺りからかな? 人間界で、異常な力を持つ人間が発見され始めた」
──それが、聖人。
「天使に近い力の性質故か、彼らが悪魔側に着く事は無い。しかし、その力は我々悪魔にとっては脅威の一言に尽きるのでね。色々と調べているのだよ」
とはいえ、天使達の中でもトップシークレットらしくて、情報は殆ど集まっていないのだがね、とサーゼクスは続ける。
「彼らは常に二十人程度。それ以上増える事も無ければ、それ以下に減る事も無い。『神に愛された子』と呼ばれている存在だ」
必ずしも天使側についている訳では無く、フリーで動いている者がほとんどだと言う。どちらかと言えば、組織に属する方が稀らしい。
「……そんな存在が、居たんですか」
一誠が聖人についての情報を集めている最中、リアスからも声が上がった。
「私も初耳よ、お兄様」
「そうだな。この事を知っているのは、恐らく各魔王とその眷属位だろう。──先程も言ったが、これはトップシークレットだ。存在自体は確認できているものの、どれほどの脅威になるのかが分からない。無闇に情報をばらまく事は出来ないのだよ」
聖人自体は普通の人間と見分けがつかない。実力は相当高いが、無闇に情報をばらまくと人間を悪魔に転生させるのを渋る者が続出しかねない。
何せ、上級悪魔でさえ簡単に倒してしまう可能性があるのだから。そうなると、やはり悪魔は数が減る一方となってしまう。
「……まぁ、お喋りはこの辺にして。この事は秘密だよ、リアス。余り言い触らされると困る。何せ、異常なまでに強力な魔法を使うとも聞くからね」
それを聞いて、一誠の疑問が一つ解消された。
聖人とは『生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間』であり、"偶像崇拝の理論"で『
その聖人の使う"魔術"が"魔法"と認識されているのなら、天使側でも魔術の存在は余り表ざたになっていないことが分かる。
もしくは、知っていたとしても"神"が情報を封じているか。居なくなった後でも情報を封じているとは厄介だな、と溜息をつきたくなる。
しかし逆に言えば、神側の陣営の本拠地であるバチカンなら、あるいは魔術に関する書物が残っている可能性が出てきた。
そして、これなら曹操とゲオルクが魔術について知らなかったのも頷ける。そもそも、魔術の存在を魔法と勘違いしていた可能性があるのだから。
後で情報を整理する必要があるな、と思いながら、サーゼクスの言葉に耳を傾ける。
「それで……兵藤君。君は、どうするのかな?」
「どう、と言われても……俺は、どの陣営にも入る気はありませんよ」
その言葉を聞いて、サーゼクスが一度頷いてから一言。
「続きを聞かせてもらえるかな」
「そもそも、俺は普通に学校生活を送ろうとしているだけですよ。今回の件はライザーが喧嘩をふっかけてきただけで、俺からは何もしようとしていませんから」
そちらから無闇に手を出さない限り、こちらからは何もしない。
声に出して喋りはしないが、暗に告げている。
「……そうか。まぁ、それなら安心だ。人間を我々の争いに巻き込むのは少々心苦しいのでね」
笑みを浮かべながら、サーゼクスはそう言う。
「他にも幾つか聞きたい事はあるのだが、今夜はつかれているだろう。付き合わせてしまって悪かったね」
怪我が治っているだけで、根本的に疲労が取れている訳では無い。今日はゆっくり休むのが吉といったところか。
今日はここで解散する事にして、各々家へと帰って行った。
●
ペチペチ、ペチペチ。
誰かが自分の額を叩いている。また母親だろうか。今日は流石に眠いので学校に行く気は無い。後であっちで記憶操作でも何でもやってくれるだろう。
そこまで考えた所で、寝返りを打って夢の中へダイブしようとするが──
「イッセー、起きる」
バチン! と頬を強く叩かれ、痛みで意識が強制的に覚醒させられた。
「痛ぇ……」
寝返りを打って仰向けになり、顔にかかる誰かの黒髪を鬱陶しそうに払う一誠。
未だ眠気が取れた訳ではないが、部屋の中にいる二人を見て、強制的に意識を覚醒させていく。
「……随分と速い登場だな、曹操、オーフィス」
「お疲れ、一誠君。まぁ、今回はオーフィスが行きたいと言いだしてね。レーティングゲームでの事をねぎらいに来たんじゃないかい?」
時刻は朝の七時。学校に行くには若干起きる遅い気がするにしても、昨日の──というか、今日の就寝時間を考えるとかなり速い。
来るならせめて夕方にしろよとは思わないでもないが、来てしまった物は仕方が無いのでベッドに腰掛けたまま話し出す。
「イッセー、お疲れ」
「ああ、ありがとな、オーフィス。頼むから起こす時はもう少し穏便にやってくれ……曹操、お前の事だ。労いに来たってだけでも無いだろ」
「まぁね。分かっているじゃないか」
鏡を見て紅葉の様に赤く掌の痕が付いている頬を確認している一誠へ、曹操が笑いをこらえながら言った。
手には一冊の本。それを、一誠へと投げて渡した。
「魔導書だよ。君がレーティングゲームで精を出している間に、俺達は魔術について情報を手に入れた」
表紙は割と新しめの製本であり、手作り感が所々に見られる。一誠がジッと見ている横で、オーフィスも本をジッと見ている。
「……これ、何だ?」
「初心者教本、らしいよ? それを持っていた魔術師曰く、ね」
パチモン臭いものだが、一誠が中身を見るとあながち間違いでも無いと言う事が分かる。
文章などは全て英語だが、一応読めない事は無い。アーシアとは会話できなかったが、読み書きと会話では全く違うのだ。読み書きが出来る人間でも、会話が出来ない人間は居る。
一誠がそうなのだから。
「……魔力の精製、か」
呼吸法などで血液の流れや内蔵のリズムなどを無理矢理いじることで、普段とは違うエネルギーを精製する。それを持って術式に流し、魔術を発動させると言うものだ。
実際にやってみれば、妙な力が体の内部に生まれるのを知覚できる。これは常々体内に『
「パチモンでは無さそうだ。しばらくはこれで魔術に関して学ばせて貰おう──それと、一つ聞きたい事がある」
「ん? また何か調べたい事でもあったのか?」
「聖人の存在を知っているか?」
ああ、と曹操は忘れていたとばかりに髪を掻きながら話し出した。
「あれは魔法使いらしい。魔術は恐らく関係無いだろう」
その答えに対し、一誠は首を横に振って曹操の答えを否定する。
「違うな。本当に聖人と呼ばれる人間なら、魔術を使う筈なんだよ──この教本を持っていた奴。もしかすると、"魔法とは少々形態が異なる技術"とでも呼んでいなかったか?」
「……ああ、そう呼んでいたよ。魔術とは一言も聞いていない」
ゲオルクに聞いても、魔法では無いと判断された技術だ。故に、これを魔術に関する記述が乗っている魔導書と判断し、一誠の所へ持って来た。
納得したように、一誠は一度頷いて話し出す。
「だろうな。太古の昔に滅ぼされた技術ってのは、大方魔術の基盤になる技術だろう──それを元に、恐らくは十九世紀辺りを境に魔術は発展している」
魔法が元からあった所為か、魔術は魔法の一形態として捉えれている可能性が存在する。
それは別に良い。だが、その一方で魔術師は必ず存在するのだ。
「……どうしてそこまで言い切れる?」
訝しげに聞く曹操に対し、一誠は簡単に答えた。
「正確にはアレイスター・クロウリーが生きていた時代から、だな。黄金の夜明け団ってのは、魔法使いの中でも有名な組織だった筈だ」
まごう事無き天才集団。魔法という存在の所為か、魔術は余り発達していないと考えるにしても、この教本に『
一誠が知っている限りでは、別位相の存在を見つけたのはアレイスターの筈なのだから。
「魔王サマから直に話を聞いてな。聖人の使う魔法にしても、一度見てみたい──本物の魔術なら、俺達の役に立つ筈だぜ」
「なるほど……だが、その聖人とやらが素直に話を聞いてくれるのか?」
「さあな。だが、その辺は口八丁手八丁でどうにかするしかないだろう。努力しなきゃ何も手に入らないさ」
にやりと笑う一誠に対し、曹操も笑みを浮かべる。
「魔術についてと、魔法の一部奇妙な形態の術についても調べさせておく。その辺りはゲオルクが詳しい筈だ。聖人の方も、出来ればスカウトしてみよう」
「ああ、頼むぜ。こっちとしても、今は水面下で動きたい。しばらくは監視されそうだからな」
「赤龍帝の力、結局使ったんだっけ」
「あの鳥野郎にブチ切れてな。思わず
やれやれとばかりに肩を竦め、溜息をついて座り直す一誠。その顔には反省の色は無い。どうやら過ぎたことだと流す事にしたらしい。
「俺も、そろそろ赤龍帝の力と右腕以外にも手札を増やさないとな」
隣に座るオーフィスの頭を撫でながら、一誠は呟くように言った。
二巻終了。取りあえず聖人の存在だけはほのめかして置きたかった回です。
当初は出すつもり無かったんですが、魔術が使える世界なら聖人が生まれてもおかしくないよなぁ、という訳で出す事にしました。色々使えるので。
オリキャラは精々一人か二人でしょうけども……どうなるんだろうか(え
後は魔術に関する考察その他。魔法の一形態として認識されていたりいなかったり(おい
次回からは三巻。ちょくちょく飛ばしていく予定ですが、それなりに話数がかかるかもしれません。早く禍の団が暴れる辺りを書きたい。