第二十一話:聖剣
リアスは一つの事に頭を悩ませていた。
先日、ライザーとのレーティングゲームの際の評価を含めた自分の事について、だ。
戦術は自身が動かないことから一誠が指示を出し、一誠の
婚約は破棄され、ライザーはドラゴン恐怖症で精神的な病を負ってしまったらしい。
婚約の破棄は自分にとって得な事だし、喜ぶべきことだ。ライザーに関しては相手が人間だからと舐め切った上にキレさせるような言葉を吐いたのだから、まぁ自業自得だろう。
問題はその後になって起こった。
レーティングゲームに際しての事は、リアスの評価では無く──赤龍帝である兵藤一誠のモノとなったのだ。
当然と言えば当然。ライザーの下僕悪魔の半数以上は一誠の協力あってのモノだし、ライザー自身を倒したのも間違いなく一誠だ。
赤龍帝だったと言う事も相まって、あのレーティングゲームを見ていた中で彼を下僕悪魔にしようと動いている悪魔が多い。
しかし、現状では手を出しあぐねている。それは何故か、理由は単純だ。
──一誠の強さを鑑みて、自分の駒で下僕悪魔にする事が出来ない。
リアスの
当人は「出来るものならやってみろ」と言わんばかりの態度だが、それではまるで悪魔に転生出来ないと確信している様に思える。
どの道、魔王であるサーゼクスからも余り関与しない様に言い含められているのだが。
(……赤龍帝。場合によっては、神や魔王さえ超える力を手に入れると言う『
それが、今現在目の前で必死に勉強している青年だとは、レーティングゲーム前の自分は露ほども思っていなかっただろう。
●
一誠はオカルト研究部の部室にて授業を受けていた。
講師はリアスと朱乃で交代しながらやっており、アーシアと木場も混ざって勉強している。
山籠りの修行前に取りつけた補習授業を受ける予定だったのだが、生徒一人を優遇しているのがバレると不味いと今更な事を言われ、旧校舎で先輩方に授業を受ける事になった。
幸いというか、何というか。流石に才女と呼ばれるだけあってリアスの頭脳は素晴らしいものがあるし、朱乃だってそれに負けない位に頭が良い。
十日分の授業の遅れを取り戻すのは、そう難しく無さそうだな、と一誠は感じていた。
球技大会まではまともに授業を受けられないと思っていたのだが、予想に反して授業はキッチリやってくれた。約束に関してはちゃんと守るらしい。悪魔は契約に律儀とは事実だったようだ。
そんな折、来訪者が現れる。
「……支取生徒会長? それと、匙だったか?」
三年の
生徒会長の方は知的で冷たい雰囲気があるようだが、匙の方は反対に陽気な雰囲気がある。どちらも悪魔である事は一目で分かった。
『大分見極められる様になって来たじゃないか。こういうのは感覚的な部分が大きいからな、知覚が磨かれるのはいいことだ』
(まぁ、見極められないよりはマシだよな)
眼鏡をの奥、キツイ視線を注がれる一誠だが、動じることなく生徒会長へ視線を返す。そもそも知っていたのだから見極めるも何も無い。
リアス同様、日本人離れした容姿を持つ女性だが、学園内での人気は三番目と案外低い。美女である事に代わり無いにしても、普段の生活態度で恐怖されてるんだろうな、と一誠は思う。
どの道、悪魔なら異性としての対象ではないが。
「……初めまして、兵藤君。先日のレーティングゲームは見せて貰ったわよ」
「それはどうも。賛辞なんてのは要りませんよ。それは俺に向けられる言葉じゃ無い」
謙遜という訳では無く、煩わしいだけ。
一誠の感覚は、どこか人とズレている様な部分がある。堕天使領での殺しの事や、レーティングゲームで攻撃した後の割り切り方。一般的な感性とは到底言えないだろう。
この辺りも、それが一因になっているのだろうか。
「おい、兵藤。お前、会長が折角……」
「良いのです、匙。それよりも、今日は用事があって来たのだから、こちらへいらっしゃい」
会長と匙が移動するのに合わせ、リアスがアーシアを呼び出す。
四人が揃ったところで、朱乃が話し出した。
「アーシアちゃん。こちら、この学園の生徒会長の支取蒼那さま。支取蒼那さまの真実の名前はソーナ・シトリーで、上級悪魔シトリー家の次期当主様ですわ」
朱乃がそのまま説明を始め、一誠は一応ながら情報を聞きとっていく。
この街にいるグレモリー家とシトリー家で実権を握る事となり、昼はシトリー家が。夜はグレモリー家がそれぞれ納める事となった。
「会長と俺達生徒会役員が日中動き回っているからこそ、平和な学園生活を送れているんだ。それ位覚えておいてくれても罰は当たらないぜ? 二年で書記をやってる、会長の『
「そ、そうだったんですか。知りませんでした……私はアーシア・アルジェント。二年生で、部長の『
匙は
知っている事を再度記憶に刷り込む作業の様なものだが、事実として読んだのは十数年前。記憶は所々おぼろげな部分があるのは仕方ないだろう。
「……兵藤は悪魔じゃないのか?」
「残念。俺は悪魔じゃねぇよ。それとも悪魔だった方が良かったか?」
同じ学園に属する上級悪魔の
悪魔と仲良くなってもしょうがない。現在は隠れ蓑程度に考えて一緒にいるが、必要性を感じなくなれば一緒に行動する意味もない。
「まぁ、俺は人間だが、今後ともよろしく頼むよ、生徒会長。それと、書記殿」
小さく笑みを作り、一誠は匙と握手を交わす。
最後に会長から「学園に仇成す者は誰であろうと許さない」といった旨の言葉を貰ったが、一誠は敵対する時は留意しておこう、と思考した。
その言葉に意味があるなど、到底思えなかったのだが。
●
球技大会当日。
一誠は部活に所属していない為、出るのはクラス別の競技と男女別の競技だけだが、灰色に曇った空を見ながら溜息をつく。
「面倒クセェ……」
「何言ってんだよ兵藤。お前には期待してるんだぜ? 陸上部顔負けの50メートル走とか長距離走とか、体力テストでは学年でもトップクラスの成績を叩きだしたお前をな!」
クラスメイトの一人で、常にエロい話題をしているコンビの片割れが話しかけてくる。坊主頭のスポーツマンの様だが、一誠の反応は薄い。
(……誰だっけ、こいつ)
どうやら名前を覚えていないらしく、酷く冷めた目で松田の事を見ている。松田自身はその視線に気づかず、スポーツ女子のいい所を途切れることなく話していた。
多分放っておいても気付かず一人で話し続けるだろう、と判断して、飲み物を買いに自販機のある所へ移動する。松田は本当に気付かなかった。
(めんどーなこった。何が楽しくてスポーツなんかしなくちゃならねぇんだよ)
スポーツ飲料を購入し、一口飲みながらそんな事を考える。
『偶にはいいんじゃないか? 生死のかかったオーフィスとの訓練より、こっちの方がずっと安全で健康的だろ?』
(別に健康的なんてのはどうでもいいんだよ。まぁ、確かに生死のかかった訓練よりはマシだろうが)
オーフィスはオーフィスなりに手加減を重ねているのだろうが、元が元なので一発でも当たれば昇天しそうな攻撃が多い。
最近覚え始めた魔術はまだ基本的なものばかりで、オーフィスの攻撃を防げるようなレベルになど達していない。
だが、最低限『人払い』の魔術位は使える。
「……何の用だ」
「至急伝えておくべきだと、曹操が言うのでな」
自販機の横に立つ人影。ローブを被ったその男──ゲオルクは、眼鏡の位置を片手で直しながら話し出した。
手早く人払いのルーンを刻み、周囲に人がいない事を確認する。それを確認した後で、一誠はゲオルクの言葉に耳を傾ける。
「この街に聖剣持ちが三人と、堕天使の幹部であるコカビエルが侵入した」
「……それで?」
ゲオルクは一誠の反応を待つが、一誠は対して反応を示さずに先を促す。
「コカビエルに関しても、聖剣に関しても、好きな様にして良いとの事だ。だが、──聖剣持ちの一人が聖人という情報がある」
「……聖人だと?」
堕天使側に聖人がついたのか。その疑問を持った一誠が言葉を続けようとするが、ゲオルクが一誠の言葉を遮って話した。
「堕天使側という訳じゃない。あくまで傭兵。だが、聖人に聖剣エクスカリバーを持たせているらしいからな……油断はするなよ」
「心配には及ばないさ。最悪、この街を吹き飛ばしてでも生き残る」
唯の聖人に負けるほど、一誠は弱くは無い。
だが、逆に言えば右腕に頼らなければ聖人には勝てないと言う事でもある。魔術がもう少し熟練した域にいれば、『
フリーランスで動く傭兵の聖人が、タイミング良くこの街を訪れる──これも"龍の力を引き寄せる性質"なのかねぇ、と一誠は嘆息した。
「三本のエクスカリバーは強力だ。悪魔に対しては、特にな」
聖なる力を宿す剣。かつて一本だった物を複数に分けたとはいえ、悪魔に対しての優位性は変わらない。
その剣を持ってすれば、上級悪魔さえ容易く斬り伏せる事も可能だろう。あくまで、使い手がそれなりの域にいれば、の話だが。
それに、聖剣を使うに当たって、必要な条件は存在する。
「聖人だから聖剣が使えるって訳でも無いだろう。……聖剣使いの因子を埋め込んだのか?」
「どうやら、そうらしい。『聖剣計画』の実験結果を使った物だろう……これは教会も黙っている事は無さそうだからな。出来るだけ気を付けてくれ、との事だ」
「分かってるよ。余計な手出しはしないつもりだが……」
それでも、手を出さざるを得ない状況というのが存在する。特に仕切っているのがコカビエルと来れば、予感は嫌な方向にしか働かないのだ。
「コカビエルは堕天使勢でも有数の戦争屋だからな。総督サマからすれば悩みの種だろう──だが、これで処罰する大義名分が出来た」
それは、つまり。
「コカビエルを倒せるほどの戦力の投入──白龍皇がこの街に来るかも知れねぇな」
無論、アザゼル本人やバラキエル辺りが来る可能性もある。だが、一誠の知っている通りであれば、白龍皇が来る。
「曹操はタイミングを見計らって白龍皇に声をかけてみるつもりだと言っていたが……兵藤はどうするんだ?」
「どうもしないよ。それはお前等の仕事だろ。俺は魔術に関して調べて行くさ」
「……了解した。それじゃ、俺は帰る」
霧の様なものに包まれたかと思えば、次の瞬間には姿を消していた。『
●
(聖剣、ねぇ……)
数日後。帰路についた一誠は聖剣について思考を巡らせていた。
聖なる力を持つ剣。稀代の錬金術師が作り出す様なものらしいが、魔術を使ったり錬金術を使ったりと出自は余りハッキリとはしていない。
魔術を使うのなら、金の錬成位は可能なのだが。学術的に価値が無いとはいえ、戦闘用にはそこそこ使えるものだったリする。
一誠は興味が無いのでそっち方面は余り調べていないが。
そんなモノよりも、問題は聖人の方だ。
『聖人の存在は俺達が封印された後に確認されている様だし、今までに会った事は無い。……世界に二十人もいないのなら、一生のうちに会う事さえ殆ど無いだろうしな』
それに、代々龍に憑かれた者は短命だ。生きている内に会う事が無いとしても不思議ではない。
(連中は基本的に"核兵器"と比喩される様な化けモンばっかりだ。まともに相対すれば、堕天使の幹部だろうと上級悪魔や上級天使だろうと勝てるだろうさ)
特に、この世界のそう言った存在は弱い。聖人が本来存在する禁書目録の世界であれば、ガブリエル一人で地球を滅ぼす事は簡単だ。
地球自体を破壊することだって、準備を含めて三十分もあれば可能だろう。
不完全な出現かつ強力な魔術の準備中であったとはいえ、そのガブリエルと一時的に相対出来たのが"聖人"なのだ。
使っている術式の関係もあるだろうが、それと同レベルに捉えるとしても相当な強さだと分かる。
『……毎回思うんだが、お前は一体どこからそんな情報を得ているんだ』
呆れた様な声が聞こえてくるが、一誠は答えない。
(ともかく、今は魔術に関して情報を得ることが先決だ)
家に着いてドアを開ける。考え事をしていたせいで気付かなかったが、家の中から妙な力を感じた。
不審に思いながらも、一誠は談笑する声の聞こえるリビングへと足を踏み入れた。
「これが一誠の小学校の頃の写真よ。この頃から一誠は妙な子でねぇ。教えてもいないのにプールの中をすいすい泳いだりもしてね。私とお父さんは目をパチクリさせたものだわ」
「……何を人のアルバム勝手に見せてんだよ、母さん」
一誠に気付いた母親が、振り向いて一誠の方を向く。
「あら一誠、おかえりなさい。いいじゃない、ちょっとくらいアルバム見せたって。減るものじゃないんだから」
溜息をつきながら頭を抱え、駄目だこりゃと小さく呟く。
「そうじゃ無くて、俺のアルバム見せられても困るだけだろ、そっちの二人は」
一誠の見た方向には、二人の女性がいた。十字架を胸に下げた、一誠と同年代位の女の子だ。
栗毛の女性と、緑色のメッシュを髪に入れている目付きの悪い女性。見た目こそ美人だが、唯のキリスト教徒で無い事は一誠の眼には明らかだった。
二人とも白いローブを着ていて、教会の関係者である事は直ぐに分かったが。
「こんにちは、兵藤一誠君」
「他人行儀だな、イリナ。昔はよく遊べって引き摺りまわしてたのに」
一誠へと微笑みながら話しかけてきた栗毛の女性へ、笑みを浮かべながら答える。
「あれ、そんな昔の事覚えてたの? 恥ずかしいなぁ」
紫藤イリナ。昔近所に住んでいて、よく一緒に遊んだ子だ。遊んだと言っても、一誠の記憶には引き摺られている事しか記憶にないが。
もう一人の女性とイリナの間には、布に巻かれた二つの得物が置かれていた。
一誠の持つ右腕の力にも似た、聖なる力の気配。
「改めて。久しぶり、一誠君。あの頃はまだ小さかったから、水に流してくれると嬉しいわ。しばらくは近くの教会にいるつもりだから、話したい事とかあったらそこを訪ねてくれればいいわ。個人的にも、思い出話に花を咲かせたいしね」
久しぶりに会えたと言う事でか、イリナの表情には笑みが浮かんでいた。
三巻に突入、と。ペースとしては速いのか遅いのか。一巻に何話ぐらいかけるべきなのだろうかと悩みます。内容の厚さによって違うんですかねぇ。
それはともかく聖人が登場。木場は写真を見て無いので普通のまま。
……聖剣持ちの聖人とか、今のリアス達にとっては死神も同然ですよねぇ。
まぁ、元のスペックからしてリアス達には死神ですが。
ちなみに前回ので勘違いしている人が多い様ですが、サーゼクスは「似ている」と比喩しただけで一誠は聖人ではありませんよ?