第二十二話:聖剣破壊計画
二人が現れ、数日後の休日。
一誠は特に目的も無く街を歩いていた。
実際には魔術が使える様になったからと、龍脈の状態を確認して回っていたのだが……一誠はその途中で妙なものを見つけた。
「えー、迷える子羊に御恵みを〜」
「どうか、天の父に代わって哀れな私達にお慈悲をぉぉぉぉ!」
白いローブを着た二人組。先日兵藤家を訪れたイリナとその味方だ。
格好の事もあり、見た目美少女な所為で異様な程周りから浮いていた。目立ち過ぎて一瞬逆に分からなかった位に。
何やら相当困っているらしく、眉間に皺を寄せて話し込んでいる。
「なんてことだ。これが超先進国であり経済大国である日本の現実か。これだから信仰のにおいが無い国というのは嫌なんだ」
「毒づかないでゼノヴィア。路銀の付きた私達はこうやって、異教徒どもの慈悲無しでは食事もとれないのよ? ああ、パン一つ買えない私達!」
喧嘩を売っているのか恵みを貰いたいのかどっちかにしろと言いたくなってくる様子だが、次のゼノヴィアと呼ばれた子の言葉で理解出来た。
「ふん。元はと言えば、お前が詐欺まがいのその変な絵画を購入するからだ」
ゼノヴィアが指差した先を見ると、聖人らしき者が描かれた下手な絵画がポンと置いてあった。詐欺まがいというより、詐欺にあったのだろう。
その後どんどん口論がヒートアップしていき、遂にはプロテスタントとカトリックで異教徒だと言い始める始末。
一誠は素知らぬふりをして通り過ぎようかと思ったが、流石にこのままにしておくのもどうかと考え始める。
放っておくとその内常識知らずな行動を取り始めるだろうし、こんな連中が聖人相手に街を守り切れるとも思えない。
流石に、この街を壊される事は御免だ。
だからこそ。
「……お前等、何やってんだよ」
●
「美味い! 日本の料理は美味いぞ!」
「うんうん! これよこれ! これが故郷の味なのよ!」
ファミレスの食事で何が故郷の味なんだと言いたくなったが、それは抑える。
どうせファミレスなんて食品添加物のオンパレードなモノばかりだろうが、言ったところで理解してもらえるとも思えないし、正直どうでもいい。
一誠の事など露知らず、次々と頼んだ品物を平らげて行くイリナとゼノヴィア。
シスターや神父は質素な食事がデフォルトだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。この二人を見ていると自分の常識が疑わしくなってくる。
先程声をかけた後、事情を聞きだしてファミレスまで連れて来たのだ。
……事情と言っても、単純にあちらの不手際だったようだが。
「……お前等、教会で世話になるんじゃ無かったのか?」
「その予定だったんだけど、神父さんが行方不明でね? 流石に勝手に使う訳にも、って話になって」
一誠としては、聖剣持ちにやられた可能性があると感じている。不審死など余り噂になっていないから、死体処理まできちんとやったと言う事だろうか。
そこまで考えて、思考を止める。目の前の皿の量が凄い事になってきたので、呆れているのだ。
元々無駄遣いをする性質では無いし、マンガや小説を多少買うだけで金は有り余っている。とんでもない量を頼んでいる気がするが、多分大丈夫だろう。
後で請求書を送りつけてやろう、とたくらむ一誠。……受け取って貰えるかは別として。
「ふぅー、落ち着いた。本当にありがとう、兵藤君。イリナの友人と言うだけでここまでして貰うとはありがたい」
水を飲みながら唇を舐めるゼノヴィア。頬をついてその様子を見ていた一誠だが、手をひらひらさせながら答える。
「別にかまわねぇよ。つーか、あそこで乞食なんてされてたらそっちの方が厄介だ。危うく警察呼ばれる所だぞ」
明らかに成人に達していない二人が乞食をやっているとなると、何か入り組んだ事情があるんだと勝手な推測をされて警察に連絡される可能性がある。
余り干渉するのは他人のおせっかいとなりかねないが、良心からそう言う事をする人もいるのだ。
「はふぅー、ご馳走様でした。ああ、主よ。心優しき我が友にご慈悲を」
そう言って胸の前で十字架を切るイリナ。やはりと言うべきか、その姿はさまになっている。
「……所で、イッセー君はあそこで何してたの?」
水を一口飲んで落ち着いたイリナが、素朴な疑問を投げかけてきた。
「いや、俺が俺の住む町にいたらおかしいのかよ。散歩だ、散歩」
「ああ、そっか。そうだよね。いや、ゴメンね?」
「何故謝る……まったく、そんな物騒なモン持ち歩いてるんだ。こっちだって気になるっての」
一誠がその言葉を言った瞬間、二人の空気が変わる。
さっきまでの穏健な雰囲気はどこへやら、今はゼノヴィアからの濃密な威圧感が一誠を襲っていた。顔色一つ変えていないが。
同様にイリナからも威圧感が来ているが、こちらは当惑したような表情を浮かべている。
「……何故、エクスカリバーの事を知っている?」
「へぇ、エクスカリバーってんだ。見た目明らかに剣だから、何かの
その言葉を聞き、ゼノヴィアが苦虫を噛み潰したような表情をする。カマをかけられたと分かったのだ。
「まぁ、落ちつけよ、二人とも。ここは公共の場で、ファミレス。他人の迷惑にならない様にしましょうって習わなかったのか?」
ドリンクバーから持って来たジュースを飲みながら、緊張感など無く二人へ告げた。
その様子に毒気を抜かれたのか、ゼノヴィアとイリナは威圧感を潜ませる。
「……分かったわ。でも、どうしてイッセー君が私達の事を?」
「私達の事を、って言われてもな……俺はその剣が気になったから聞いただけで、特に何も知らないが」
相変わらず抜けてんな、と呟く一誠へ、ゼノヴィアは鋭く視線を向けていた。
「だが、私達の威圧を受けて顔色一つ変えない辺り、何も知らないと言う訳じゃないだろう? 知っている事を全て吐いて貰おうか」
一触即発とまでは言わないが、酷く険悪な雰囲気だ。
「知っている事、ねぇ……少なくとも、こんな場所で話す事じゃないと思っているが」
三人が居るのはファミレスだ。何処から話が漏れるか分からない。そんな場所で、不用意に隠している話をするべきではない。
それは二人も承知したようで、場所を変える事を提案した。
●
人払いのルーンを辺りに刻む。
ゼノヴィアとイリナにバレ無い様に気を払いながら刻み、公園のベンチに座り込む三人。
横に並ぶ形で、イリナとゼノヴィアはそれぞれ一誠の横に座っている。もしどちらかに攻撃を開始しても、もう片方が背中を切れるようにだ。
とことん信用ないな、俺……と自嘲しながら、背を持たれかけて足を組む。
「それで、何を聞きたいんだ?」
「まずは三大勢力についてだ」
裏の勢力について全て知っているかどうか、という事だろう。
「悪魔、天使、堕天使の三大勢力だろ? この街を仕切ってるグレモリーの事も知ってる。昼間はシトリーが治めてるらしいが……人間の街なのに、悪魔が治めるってのもおかしな話だよな」
「そうだな……次だ。今回の件、何処まで知っている?」
「何も。ただ、お前等が教会の勢力って事は一目でわかった。信仰をして、天使からの祝福を受けている事が感覚的に分かったんでな」
そして、其処から連想し、悪魔の街に天使の使徒が来たとなれば、何かが起こっていると予想する事は難しくない。
「一応、グレモリーとは繋がりがある。……ああ、別に魂をかけて契約やら何やらをしたって訳じゃ無く、単純に不干渉の条約だ」
イリナとゼノヴィアの表情がコロコロ変わるので、一誠は見ていて笑いそうになる。
「不干渉……それを結ぶと言う事は、イッセー君はどこかの組織に属しているの?」
「……そう言えば、微妙に信仰のにおいがするな。カトリックか? プロテスタントか?」
「俺はどこの組織にも属していない。だからこその不干渉だ。ちなみに信仰なんてあって無い様なモンだよ、俺は」
悪魔に少しでも対抗する為に聖書の序文覚えただけだから、と言う。
イリナは目をキラキラさせながら一誠の手を握り、興奮した様子で告げた。
「そうよね! 悪魔は生かしてはいけない害悪よね! ああ、主よ。やはり私の選んだ道は間違ってなどいないと友は証明してくれました──!」
何やら勝手にトリップしているイリナを放って、一誠とゼノヴィアは話を進める。
「何かしらの
「ああ、『
それを聞き、ゼノヴィアの眼が大きく見開かれる。酷く驚いているようだが、それでも警戒を緩めない辺りは流石だと言えるだろう。
「……人間が赤龍帝の力を使う、か。なるほど、私達二人相手でも勝てると言う自信があっての事だな?」
教会の連中は根こそぎこう使い難いのか畜生。と心の中で暴言を吐きながら、剣を構え出したゼノヴィアを抑える。人払いがしてあるとはいえ、こんな場所で真昼間から銃刀法違反など勘弁してほしい。
イリナも驚いているようだが、こちらは一誠に敵意が無いと分かっているようで剣を構えなかった。
「……まぁ、何だ。相手は分かってんのか」
一応知らない事になっているので、取りあえず聞く一誠。
「相手は聖剣三本を持っていて、『
どうやら、ゼノヴィア達は相手側に聖人が居る事を知らないらしい。知ってるなら、天使達ももっと強力な戦力を投入してくるだろう。
少なくとも、この二人が聖人レベルの実力を持つとは考え辛い。
一誠の考えている事など知らず、ゼノヴィアは一つの疑問を口に出す。
「実際の所、君はこの事を聞いてどうするつもりなんだ? 私達に協力してくれると言うのであればありがたいが……」
「……そうだな。個人的には、お前等の勝手な闘争になんて巻き込まれるのは御免だよ」
だが、
「連中の目的はしらねぇが、何にも知らない一般人巻き込む様な屑なら、協力はするさ」
表面上では、少なくともそう取り繕って置く。
本来なら聖人の基本的なスペックを確認しておきたいと言うのが本音だが、それをぶっちゃける訳にもいかないのだ。
傭兵だと言うなら、味方に引き入れる事も可能だろうし。
「そうか。あの赤龍帝が力を貸してくれると言うのなら、こちらとしてもありがたい」
話は終わりだと言う風に立ち上がり、メモ帳を取り出して何かを書き始めるゼノヴィア。一誠はその間に人払いのルーンを解いていた。
メモ帳を切り離し、一誠へと手渡す。
「私達の連絡先だ。必要な時は此処へ連絡してくれればいい」
「ちなみにイッセー君の携帯番号はおばさまから頂いたわ」
「了解、っと。相変わらず勝手なことする母親だ」
苦笑しつつも早速携帯に登録して、メモ帳を折り畳んでポケットにしまう。
「さて──何か、言いたい事でもあるのか、木場?」
一誠が振り向いた先。公園の入口に、憎悪の表情を浮かべた木場が立っていた。
●
木場がここに来たのは、本当に偶然に過ぎない。
だが、
先日、部室でイリナとゼノヴィア相手に話し、ゼノヴィアと一騎打ちをして負けた。その後、リアスの所を飛び出して聖剣使いを探しているらしい。
細部に違いはあるものの、大幅な世界の動きは見られない。その事を確認できただけでも、ここで木場と会えた事は良しとするべきだろう。
何せ、一誠が仲介する事で木場とゼノヴィア、イリナの協力戦を約束させる事が出来た。
そして、互いに持っている情報を明かす事にした。隠しごとをしていては、最悪の場面に対応出来ない。
「バルパー・ガリレイ。かつて聖剣計画の中心となっていた男で、『皆殺しの大司教』と呼ばれている男で、今は堕天使側についている」
恐らく、敵が聖剣を扱えるのもこの男のせいだろう、とゼノヴィアは話す。
それなら、と木場が前置きをする。
「僕の持っている情報も提供した方が良さそうだね。……先日、エクスカリバーを持った者に襲撃された。君達が部室に来た日だよ。その際、神父を一人殺害していた」
「何!?」
眼を見開き、驚きをあらわにするイリナとゼノヴィア。一誠は目を細めるだけで、驚いた様子は見られない。
「詳しくは分からなかったけど、相当の実力者だよ。……何せ、僕が手も足も出ない様なレベルだったからね」
憤怒の形相を見せる木場。聖剣使いに手も足もでなかったという事実が、それほど木場にとって心のダメージになっているのだろう。
このままでは、自暴自棄になって死にかねない。
一誠としてはどうでもいいが、木場が死ぬと今後どのようなイレギュラーが発生するか分からなくなる。出来れば、今はまだ生きていて欲しいものだ。
「……ふむ。傭兵を雇ったと言うのは本当だったか。君の実力は私も分かっているつもりだが、手も足も出ないとなると相当な実力者だろうな」
木場の話を聞いて、冷静に考えるゼノヴィア。
「こうなると、教会本部に援軍を頼んだ方が良さそうな気もするが……」
「何言ってるのよゼノヴィア! この任務は私達が受けたものよ! 大体、悪魔と組むのだって私は反対なんだからね!?」
「そうもいってられる状況じゃないだろう。聖剣三本にコカビエル。しかも相当な使い手と来た。主の為に戦う私達は殉教を"良し"としているが、犬死にする気は毛頭ない」
イリナの言葉を受け流し、ゼノヴィアは思考を続ける。
「……しかし、君を殺さなかった辺り、何を考えているのだろうな。堕天使側からすれば悪魔は敵。生かす理由はどこにもない」
三大勢力の一つに属するのなら、他の二つの勢力は必然的に敵となる。堕天使側に属する者が、悪魔側に属する木場を殺さなかった理由。
一誠としては、大方リアスへの挑発のつもりなのだろうと考えているが。
堕天使側の情をかけられて生き延びた。それをリアスが恥と取るのなら、コカビエルが相手でも喰ってかかるのではないか、と。
もっとも、それはコカビエルの考える都合のいい未来なのだろう。他に目的があるならまだしも、戦争屋のコカビエルが戦い以外の事を考えるとも思えない。
ひとまず、敵の居場所を掴む事が先決だ。
協定を結んだり色々と。ぶっちゃけ聖人の名前とか考えるのめんどくせぇって今頃になって思ってしまいました(おい
次回は聖人と邂逅です。今後も登場する事になるオルウェルさん的な立ち位置の方(え
……ダレモシナナイトイイナー。