第二十三話:聖人の実力
数日後、一誠と木場は神父の格好をして街の中の人通りが少ない場所を練り歩いていた。
追手である神父達を次々と惨殺している──つまり、追手の神父だと誤解させれば、引き摺りだす事も可能だろうと踏んだのだ。
この作戦、本来一誠は乗り気ではなかったのだが、木場と共に行動出来る者がいない上に下手に暴走されても困るだけなので、渋々付き合っている。
日は沈みかけており、木場が腕時計を確認する。
「……そろそろ時間だね」
木場はリアスの下僕悪魔だ。これはリアスにも会長にもばれる訳にはいかない事なので、行動は隠密にしなければならない。
これ以上は誰かに見つかる可能性がある。一旦退こうとした刹那、奇妙な感覚が一誠を襲う。
これは感じたことがある。そう、これは──何かしら危険が迫っている時の合図だ。
明確な殺意。それを受け、振り向いた瞬間に上空から攻撃される一誠。
刹那、二つの影が交差した。
「……その首、貰い受けるつもりだったのだがな」
上空より飛来した誰かは、鋭く振るった剣を構え直す。
「あっぶねぇ……助かったぜ、木場」
砕けた魔剣を手にしている木場へと、一誠は礼を告げる。先程放たれた一撃は木場が防いでくれたのだ。
もっとも、防がずともギリギリで避けられた可能性は高い。動きはハッキリと視認できるし、今も油断している様に思える立ち方をしている。
恐らくは染めたのであろう黒く短い髪──それでも黒く染まり切れず、茶色になっているが──をしており、顔立ちは日本人のものではなく西欧系のものだ。
服装は動き易い黒のスポーツウェアで、袖をまくっている。その服の下には筋肉質な肢体があるようで、見えている腕だけでもわかるほど。
つり上がった眼は威圧感を出しており、何もせずに立っているだけでも威圧されている感覚を受ける。
「……どうやら、間違いないらしい」
「そうだね。アレは聖剣エクスカリバーだ。……数日前に僕を襲ったのも、彼だよ」
一誠は違う意味で言ったのだが、木場は聖剣持ちの事を言っているらしい。その会話のズレを理解し、神父服を脱ぎながら返答する一誠。
「ヤバいぜ、あれは。少なくとも、この街にいる悪魔が総出でかかっても勝てるレベルの存在じゃ無い」
リアスや朱乃。ソーナもそれなりの実力者なのだろうが、この男の前では立ち塞がる壁にもならない。
──これが、聖人。
自身が使った覚えのない『人払い』の魔術と、垣間見せた
この男が聖人では無いなど、冗談では無い。とてつもない威圧感と脈動する魔力。既に何かしらの魔術が使われていると見るべきだろう。
これは、バレるかバレ無いか等と言う小さい事を気にしている場合では無い。本気でやらなければ、恐らくは殺される。
用意していた幾つもの防護用魔術を使い、咄嗟の攻撃に備える。その様子を見て、男の眼が一誠を捉えた。
「……この状況を一番理解しているのは、恐らくそこの黒髪の少年だが」
一歩踏み込む。それだけで地面は陥没し、一誠が視認出来ない速度で間近へと迫っていた。まるで、何かを確かめるように。
「聖人では無い……だが、不確定要素は取り除いておくべきだな」
同族の匂いと言うべきものでもあるのだろうか。男は一誠が聖人では無い事を確認して、右手に持った剣を振るう。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
視界を覆う風。
「……クソッ。あの野郎、なんて速度だ」
肩の鎧の一部が欠けている。爆風が視界を覆った後、風を切り裂く速度で剣を振るったのだろう。
驚くべきは、剣の腕と腕力だけで鎧に傷を与えたと言う事だ。エクスカリバーが力をもたらしている可能性はあるが、それを考えてもあそこまでの力が出るとは考え辛い。
七つに分かれた一つであれなら、元々一つだった時代の使い手はどれほどの強さだったのか。魔王や堕天使の幹部を討つことだって、簡単とは言わないまでも、難しくは無い筈だ。
故に、あれは聖剣によってもたらされた恩恵では無い。もしくは、あそこまで上がるものではない。
「……私の持つ剣は『
最速の聖剣。ならば、確かにあれだけの速度が出てもおかしくはあるまい。
幸運なのは、切られた部分が肩の鎧の一部で身体にはダメージが無い事だろうか。
「クソッタレ。予想をはるかに超えて強いじゃねぇか」
流石にここまでとは思っていなかった。全力を出せば音速を超えるとは思っていたが、『
高速で倍加出来るだけマシ、と言うところだろうか。
二人が構え、どちらが先に出るか手を出しあぐねている時──横槍が入る。
「僕の事を忘れて貰っては困るね」
憎悪の炎を抱きながら、木場は自身の作り出した魔剣を振るう。死角となる背後から、殺意に塗れた目をして。
「むっ」
それをあっさりと剣で受け止め、片手で木場と拮抗する。
「先日の悪魔か。わざわざ見逃したと言うのに、難儀なモノだな」
「……ッ! 僕は、お前の持つ聖剣を破壊するッ!」
木場が両手で持って拮抗している状況で、片手に持ち替えて更に魔剣を創造する。
眼だけを動かしてその様子を見ていた男は、木場を観察する様にして言った。
「『
小馬鹿にした様子は無く、淡々と事実を告げているだけと言う風に思える。それを聞き、木場は更に怒りをたぎらせた。
木場の売りは速度にある。だが、木場の動く速度など歯牙にもかけずに粉砕できるであろう実力を、あの男は持っているのだ。
(これだから頭に血が上った馬鹿は──ッ!)
予想通り、片手で難無く吹き飛ばされた木場を傍目に、男へと視線を固定させる。
不用意に接近戦を挑んだ木場に罵声を浴びせたいのを我慢して、一誠は倍加能力を発動させた。
『BoostBoostBoostBoosttBoostBoostBoostBoost!!』
そして、倍加と同時に多数の魔力弾を放つ。但し、周りの建物に被害を与えない様、ある程度は抑えた威力に調整した状態で──しかしそれでも十分過ぎる威力を持って、男へと向かう。
強力な魔力弾が男へと直撃し、僅かにでもダメージが入っていることを期待したが──やはり、其処まで甘い存在では無いらしい。
「……やはり、一番の脅威は君だな」
赤龍帝。かつて魔王と神が恐れた龍の一体。ならば、不用意に動かれる前に潰すまで。
背筋に走る怖気を感じ取り、一誠は『受ける』ことではなく『避ける』事を優先した。
ほぼ勘に頼る形での回避となったが、それが功を奏する結果となった。
大地が割れる。
聖剣の放つ輝きは一層強まり、振り下ろされた一撃はアスファルトの床を切り裂いてなお止まらない程の威力を弾きだす。
「……バケモンかよ、クソッ……!」
やはり、駄目だ。これは、右腕の力を隠して如何こう出来るレベルの相手では無い。
文字通り、格が違う。
「──何をやっている、イヴァン」
そこで、第三者の声がした。イヴァンと呼ばれた男を警戒しつつ、視界に入れる。神父服を着た初老の男性だ。
「バルパーか。何、追手を始末しようとした所で、彼らに会ったのでな」
その言葉に一誠が反応を示す前に、木場が吹き飛ばされた方向から声がした。
「──バルパー・ガリレイッ!!」
憎々しげにバルパーを睨み、手に持った魔剣で切りかかる。一瞬で切り裂かれるかと思われた刹那、イヴァンがその攻撃を難無く防ぐ。
「『
木場の魔剣を観察する様に見つめ、その直後にイヴァンが聖剣を振るって破壊する。
「一旦退く。護衛をよろしく頼むよ、傭兵君」
「了解した」
頷いてバルパーの後に続き、一誠達の事など見向きもしないイヴァン。先の戦闘で実力差が分かり、其処まで警戒する必要は無いと判断したのだろう。
だが、一誠の事だけは始末しておきたかったとばかりに睨みつけている。
「──逃がさんッ!」
人払いの魔術が解けた直後、高速で移動する人影を一誠の眼が捉えた。
直後、派手な金属音が響いて火花が散る。切りこみをしたのは青髪の少女──ゼノヴィアだ。
「やっほ。イッセー君」
「イリナ!」
隣には、同じ様に剣を構えるイリナの姿。この状況では普通、援軍が来たと喜ぶべき場面だろう。
だが、一誠の判断は全くの逆だった。
「退けッ! 今のままじゃ間違いなくやられるぞ!」
一誠にしては珍しい、異様なまでの焦り。理由は相手が聖人と言うだけでも事足りる。だが──それ以上に、先の戦闘で魔術を使わずに一誠と木場を圧倒したのだ。
魔術を使い始めれば、幾ら人数が居ても勝てるとは思えない。このままでは被害を増やすだけだ。
「バルパー・ガリレイ。神の名のもとに、反逆の徒を切り裂いてくれるッ!」
教会の連中は話を聞かないのがデフォルトらしく、一誠の言葉など聞こえてすらいない。その事に苛立ちを覚えつつ、次の一手を模索する。
──準備が足りない。この一言に尽きる。
聖人の事を舐めていた訳ではない。場合によっては首謀者であるコカビエルを凌駕する力を持っている事も計算していた。
しかし、相対してみて初めて分かる威圧感。これでは、魔術師になりたての一誠が幾ら準備をしようと無駄だろう。
「……どうするのだ、バルパー?」
「退く。ここで戦っても得は無い」
「では、その通りに」
イヴァンの口が動き、しゃがみ込む。すると、次の瞬間には爆風が一誠達を襲っていた。
目も開けられないほどの爆風の中、鎧で守ることで防いだ一誠は逃亡の瞬間を見ていた。
(……地面が陥没している。しかもあの移動の仕方……どうにも、ただ地面を蹴って移動したって訳でも無さそうだな)
地面をける瞬間、爆音が聞こえた。おおよそ爆発の衝撃で移動距離を伸ばしたり一瞬で移動したりしているのだろう。
厄介だな、と思うと同時に、イヴァンとバルパーを追って走り出した三人を傍目に鎧を解除する。
あの三人は言うだけ無駄だ。人の話など聞いていない。
知らずかいていた汗をぬぐい、人の気配を感じて振り向く。
「……力の流れが不規則になっていると思ったら」
「どういう事か、説明して貰えるわよね、兵藤君?」
リアスとソーナ。二人の上級悪魔が、一誠の事を見つめていた。
●
大体の事を二人に説明し終え、一息つく一誠。
「エクスカリバーの破壊、ね……」
「問題は聖剣の方じゃ無い。むしろ、使い手の方にある」
疲れた様子でそう話す一誠に、二人は緊張の色を持って視線を向けた。赤龍帝であり、
「相手の男はイヴァンって呼ばれてたが……そんなモンはどうでもいい。早めに
悪魔にとっての聖剣の効果を加味しても、イヴァンの方が脅威度は高い。魔王クラスの実力者でなければ、奴を倒す事は難しいだろう。
だが、当然ながらリアスとソーナはにわかには信じられない様子だった。
「……そこまでの敵なの?」
「少なくとも、敵にコカビエルがいる時点でアウトだ。幹部クラスに対して、この街に今いるメンバーではどうしようもない」
最悪、オーフィスを呼び寄せればどうにでもなる展開ではある。だが、それは本当に最後の手段にするべきだろう。
悪魔であるリアスの頼みで
「いま直ぐに援軍を呼ぶなら、まだ間に合うかもしれないぜ」
「……それは出来ないわ」
理由など、詰まらないプライドに違いない。
だが、先日の御家騒動の事もあり、この街が自分の領土だと言う事もあって頼みにくいのだ。
それを悟り、一誠は深く溜息をつく。
「……相対していないとはいえ、相手と自分の力量差を測れないか──そうだな。援軍を呼ばないなら、今日明日にでも街を出た方が良い。街ごとふっ飛ばされるだろう」
立ち上がり、背を向けて歩きながら告げる。リアスとソーナは、忠告を受けてもなお、援軍を呼ぼうとはしなかった。
●
その日の夜。
異常なまでの威圧感を身に受け、窓を開けて外を見る。すると、昼間に戦った聖人──イヴァンが一誠の方をじっと見ていた。
窓を閉め、ゆっくりと階段を下って外へと出る。服装は寝間着のままだが、戦闘をするつもりなら鎧を着るから服装など関係無い。
「何か用か?」
イヴァンへとそう告げるが、何も答えない。ふと、奇妙な威圧感を受けて空を見れば、月光を背に黒翼をはためかせる存在が一体居た。
翼の数は十。まず間違いなく、堕天使の幹部──コカビエル。
装飾の凝った黒いローブを着ている若い男の姿をした堕天使は、ゆっくりと降りて一誠の前へと姿を現す。よく見れば、脇に誰かを抱えているようだ。
「はじめまして、と言っておこうか。今代の赤龍帝」
「何の用だ、って俺は聞いたんだぜ? 答えになってねぇよ、タコ」
威圧感など涼しい顔で流し、あまつさえ侮辱する。コカビエルは傍若無人な龍らしい、と取り合いもしない。
「コイツは土産だ」
脇に抱えていた誰かを一誠へと投げつけ、一誠はその人物を受け止める。月光と星の光で見えたその素顔は、イリナのものだった。息は荒く、酷い怪我で血塗れだ。
呼びかけてもうめき声だけが帰って来て、まともな返事も出来ていない。
「俺達の領土にまで踏み込んできたのでな。丁重にもてなした。後の二匹は逃がしたが、相当な傷を負っているだろう。出血量からして、戦闘が出来るかも怪しいな」
言わんこっちゃないとばかりに溜息をつき、地面に降ろして簡易的な回復魔術を行使する。
本当に簡易的なもので、イリナの深い傷を治すには不十分だ。──しかし、一誠には『
『Boost!!』
二倍に引き上げられた力を、発動する直前の魔術へ与える。
『Transfer!!』
ある程度の傷は治癒し、荒かった息も落ち着いていく。多少放っておいても問題は無いだろう。
怪我を治す過程を見ながら、コカビエルが呟く。
「……ふむ。お前も、この聖人と同じ様に魔術を使えるのだな」
「まだ見習いレベルだけどな。そこの聖人ほどじゃねぇよ」
魔術という単語を知っている。それはつまり、魔法に関してもある程度深い部分まで知っていると言う事だ。魔術は基本的には魔法の一形態として捉えられているのだから。
だが、そんな事は一誠にとってどうでもいい。
「もう一度聞くぞ。目的はなんだ」
この状況で一誠に対して接触を図る意味。
赤龍帝としての力に目を付けたのか。否、奴は
単純に戦力として数える為にか。否、奴には聖人がいる。アレ以上の戦力を求める意味は無い。
魔術と言うモノを調べる為か。否、奴は魔術と言う一つの学問には興味が薄い。それに、知るつもりならイヴァンと言う使い手がいる。一誠の所に来る意味が無い。
それらよりも、もっと可能性の高い事。即ち──
「──宣戦布告だ」
やはりか、と思う。
この堕天使は戦争を望んでいる。血に飢えた戦闘狂。戦いに飢えた戦争狂。堕天使の幹部達も扱いかねるほどの実力者であるが故に、抑えきれなかった貪欲な獣。
悪意を持った声で、一誠へと話しだした。
「この街は魔王の妹が治めている事位、知っているんだろう? 魔王の妹である二人。まぁ、あれらはどうでもいい。犯して殺せば魔王の激情が俺に向くかもしれないから、それでもいいがな。……しかし、ミカエルも詰まらん奴だ。聖剣を盗めば部隊を動かして討伐に来ると思ったが、寄越したのは雑魚の聖剣使い二匹に雑魚の神父共──全く持って、興醒めだよ」
一人語りを聞きながら、一誠は何度かイリナに回復魔術を重ねがけする。小さい傷なら治せるので、多少は効果はあると言う事だ。
魔術を使いながら、一誠はそれに答えた。
「興醒めしたお前は、魔王の怒りを買う為にこの街で暴れるってことか──それで、何故俺の所へ来る?」
コカビエルが戦争を望んでいるのなら、一誠に手を出す必要は無い。一介の人間である一誠に手を出しても、何ら政治的な意味合いは存在しないからだ。
「言っただろう。お前は赤龍帝だ。ならば──その力を、俺に見せてみろ」
「ゴメンだね。面倒クセェ。戦いたいなら天界に攻め込むとか、冥府で一人悪魔領に攻め込んで神風特攻でも何でもやってろよ」
酷く冷めた目で、コカビエルへと返答する。
事実として、一誠はこの戦いに興味が無い。街が吹き飛ぶのは嫌だが、姿をばらすのも御免だ。どの道、正史通りなら白龍皇がどうにかするだろう。
介入しても得が無い。ただ、それだけの理由に過ぎない。
「……ならば、そうだな。この五本の聖剣を持って、お前を本気で戦わざるを得ない状況を作るとしようか」
五本。それが意味する数字は、イリナの持つ聖剣とは別に──ゼノヴィアの持つ聖剣まで奪っているという事実。
「目の前で親を殺されれば、怒りを持って俺を殺しに来るだろう?」
ドバンッ!! と衝撃が走る。イヴァンの持つ『
それを、
一誠の姿は既に
「……やれやれ。どうにも、俺が戦わずにこの事態を回避する、って事は無いらしいな」
やや疲れた口調で、一誠はそう言う。
「良いだろう。誘いに乗ってやるよ。そんなに死にたけりゃ、しっかり殺してやる」
今まで威圧すらしなかった一誠から、明確な殺意が放たれる。『
だが、それでもなお、コカビエルは笑う。
実力で示すなら、今の一誠はコカビエルよりも多少弱い域にいる。『
「クク……良い殺意だ。今夜、駒王学園で儀式を行う。お前が来なければ、恐らくはこの街が消し飛ぶぞ?」
最後まで笑みを浮かべたまま、コカビエルは夜空へと消えて行った。そして、それについて行くようにイヴァンも、砲弾の様な速度で移動していった。
先の方書きたくなって来たので巻いて行きます(おい
取りあえず、五巻辺りまでは足早に進む可能性はあり。最低限の描写はしていきますけども。
禍の団に行くとオーフィスとの絡みも増えるので、文句はありませんね?(待て
と言うか、正直聖人がアックアにしか見えなくなって来た(おい