第二十四話:イリナとの約束
イリナは、酷く重たい
体中が重い。全身が鉛になってしまったかのように感じられ、指一本動かす事さえもが億劫に感じられる。イヴァンとの戦闘で酷くやられたせいだろう。
眠気もある所為で頭が回らないが、一度深呼吸をしてしっかりと目を開けた。
視界の中にいるのは一誠。何やら着替えているようで、上半身は裸だ。
「……い、イッセー君。何やってるの……?」
声を出して、自分がベッドに横になっている事に気付いた。
「まだ寝てろ。お前、結構酷い怪我してたんだからな」
そう言われて、寝たまま腕や顔を触ってみるが、傷が無い。蓄積したダメージこそあるが、傷そのものが存在していない。
そして気付く──今の自分が、下着一枚だと言う事に。
「い、イッセー君……私、何で下着だけなの……?」
「俺が脱がした。血塗れの服でベッドに寝せると後始末が大変なんだよ」
さも当然の様に言うので、一瞬呆けてしまうイリナ。だが、徐々に一誠の言葉を理解して、顔がみるみる赤くなっていく。
周りを見ると、血塗れの服が床の上に置いてあった。近くに血に濡れたタオルもあるようで、出血して肌についていた血はあれで拭ったらしい。
「イッセー君の馬鹿! 変態! エッチ! スケベ!」
まずは脱がされた事に怒るべきと、ベッドの布団の中に更に深く潜り込みながら一誠を罵倒する。
服を着終えた一誠は、それを聞いてあきれた表情を見せる。
「良いだろ別に。汚れたら後始末するのは俺なんだ、あんまり手間をかけさせないでくれ」
表情を変えずにそう告げる一誠。イリナの事を全く意識していないとでも言う様に、口調も行動も何ら変化が起こらない。
「今からコカビエルと雇われの傭兵を叩き潰してくる。帰って来なかった場合……は、考えなくていいか。どの道負ければこの街ごと消し飛ぶだろ」
ベッドの傍まで来て、告げた。まるで今から友人の家に遊びに行く様な気軽さで、堕天使の幹部と戦闘をしに行くと言うのだ。
イリナは、直ぐに反発した。
「駄目よ、一誠君! ……一度戦って、分かったの。コカビエルもだけど、あの傭兵……人間なのに、人間じゃないって思いたい位に強い」
「そりゃそうだろうな。コカビエルが雇う程の人材だ。弱いって事は無いだろうさ」
一誠がイリナを踏まない様気を付けながらベッドの上に腰をおろし、一息ついてイリナが語り始める。
「私とゼノヴィアと木場君。三人で戦っても、歯が立たなかった。あしらわれてるような感じで、ゼノヴィアが奥の手を出そうとした時にコカビエルが襲撃してきたの」
「……それで聖剣を奪われ、お前はボロボロにされたって訳か。人の忠告を聞かないからそうなる」
更に聞けば、木場とゼノヴィアはボロボロになりつつも逃げる所を見たらしい。味方を助けようとしてやられては話にならないからだ。
「戦わないって選択肢もあったろうに。無茶をしやがって」
「私は教会の命令を絶対にしてるから。殉教しても、聖剣だけは破壊できれば……そう考えてた」
しかし、聖剣を破壊するどころか、逆に手酷くやられる程の実力者だった。圧倒的とさえ言える実力差に、恐怖さえ覚えるほどに。
聖剣も奪われた。このままでは、教会に顔向けできないと零す。
「だから……だから、援軍を呼んで。今戦うのは止めた方が良いよ、イッセー君」
「無理だな」
イリナの言葉を、一言で切る。
「俺には教会への伝手が無い。俺には堕天使を動かすコネが無い。俺には悪魔を呼ぶ手段が無い」
魔王を呼ぶと言うのなら、リアスとソーナの事を引き合いに出せば可能だろう。だが、一誠には呼ぶ為の、連絡する為の手段が無い。
それに、今から援軍を呼んだ所で間に合うとも思えない。リアスとソーナの判断力の悪さに、呆れると同時に怒りさえ覚えてしまう。
「詰まらないプライドと命を天秤にかけて、プライドを取る奴は唯の馬鹿だ。俺は命を取る──だからこそ、連中を叩き潰してくるんだよ」
赤龍帝の力だけならば、確かに勝てないだろう。しかし、一誠には奥の手がある。
聖書において、天使の中でも最強の力を誇る『天使長』の名を冠する力が。
時計を確認し、ベッドから立ち上がって出て行こうとした時、イリナが引きとめる。ベッドの中から腕だけを出し、一誠の右腕を掴んでいるのだ。
だが、その手は酷く弱々しい。傷は治っても体力が戻った訳ではない。イリナは、起き上がるだけの体力も無いからこそ、腕を掴むだけにとどまっている。
……他に理由が無いとは言わないが。
「……イッセー君。死んじゃ駄目だよ」
小さく呟かれたその声を聞いて、頭を掻く。
先程も言ったが、一誠はプライドか命かなら命を選ぶ。死ぬ事は無いだろうと自負しているが、イリナはそれでも安心出来ないらしい。
「約束だよ? イッセー君、小さい頃から約束だけは絶対に守ってたから。絶対に死なないでね」
その言葉に目を丸くする一誠。だが、苦笑しながらもしっかりと頷く。
「分かったよ。約束だ。ちゃんと戻ってくるから、今は寝てろ」
心配性な幼馴染の額へとデコピンをして、一誠は扉を開けて出て行った。
●
駒王学園、運動場。
そこは、既に酷い有様だった。
シトリー眷属が結界を張っているおかげで周りに大きな被害は出ていないものの、グレモリー眷属とゼノヴィアは既に満身創痍だった。
「──どうした、その程度か?」
眼前で力を振るうのは、イヴァン。聖人としての力を十全に使え、尚且つ多様な魔術まで使いこなす歴戦の傭兵。
その男の手には、五本のエクスカリバーを統合した一振りの剣。聖なる輝きを持ち、イヴァンが扱う事でゼノヴィアの奥の手である『デュランダル』とさえまともに打ち合う事の出来る聖剣だ。
朱乃がリアスに黙ってサーゼクスに援軍を求めたものの、コカビエルとバルパーが用意した魔法陣の所為で、残り十五分程度で街が丸ごと消し飛んでしまう。
援軍に来たゼノヴィアと木場も、一度乗り込んだ際のダメージがある為か、動きは酷く鈍い。
絶望的な戦力差。数で勝っていようと、質で負けていては話にならない。そう言う状況だった。
「僕は……僕は、同士たちの為にも、聖剣を破壊しなくてはならないッ!」
「同士? ……なるほど、読めたぞ。貴様、『聖剣計画』の生き残りだな?」
クク、といやらしい笑みを浮かべ、バルパーは一人で語り始める。
「あの計画の生き残りとは、全く持って運命とは数奇なモノだな……まぁ、君達のおかげで人工的な聖剣使いを作り出す事が出来た。その点だけは、感謝をしておこうじゃないか」
その言葉に、酷く狼狽した様子の木場。
聖剣計画とは、失敗したからこそ木場とその同士たちは殺された──ならば、成功したとは一体どう意味なのか?
疑問に思う全員に、バルパーが語り出す。
「聖剣を使うにはとある必要な"因子"があるのだよ。君達はそれらの基準にこそ満たなかったが……それらを抽出して集めることで、聖剣使いを作り出す事が出来た」
聖なる因子を抜き取り、結晶化し、聖剣使いとなる者の肉体へと入れられる。
そして、人工的な聖剣使いが生まれるのだ。
「この実験によって、聖剣使いの研究は飛躍的に向上した。それこそ、人工的な聖剣使いを作り出すまでにな……だが、ミカエルと教会の者どもは私に"異端"の烙印を押して排除した。だからこそ、私は奴等に復讐するのだ。研究結果だけを奪い取り、捨てた教会の者どもへと……とはいえ、未だに研究自体は続けられている様だが。ミカエルの事だ、因子を抜いても殺すまではしていないのだろう。その点は、私よりも人道的だな」
「──同士たちを殺して、聖剣に適合する為の因子を奪ったのか?」
「そうなる。この球体はその時のものだぞ? ……尤も、其処の聖人には必要無かったようだがね」
元から聖なる因子が多かったのだろう。聖人と呼ばれる故か、単純に才能と呼ぶべきか。どちらにせよ、リアス達は運が悪かったとしか言いようがない。
「これは要らん。どの道、環境が整えば幾らでも量産できるのだからな……まずはコカビエルと共にこの街を破壊し、世界各地にある伝説の聖剣を集める。そして聖剣使いを集めた上で、ヴァチカンへと戦争を仕掛けてくれる。イヴァンよ、お前の力を貸して貰う事になるが?」
「私は報酬さえ貰えれば文句は言わない。何を目的としようと、
イヴァンには、バルパーの目的は興味をひくものでは無いのだろう。単純に傭兵として、用意された報酬分の仕事をこなしているだけ。
例え戦争が起きようと、この男は仕事を淡々とこなすだけで何も変わらない生活を送るのだろう。むしろ、戦場が増えたことで依頼や報酬が増える可能性がある。
行動において聖人とは到底呼べない様な男だが、実力においては確かに相当のモノを持っている。
「そんな事の為に、この街を……ッ!」
リアスが憤慨した様子で拳を握るが、その強力な消滅の魔力を持ってしても、バルパーへと届く事は無い。イヴァンが全て防ぎきっているのだ。
バルパーが興味を無くしたように因子の結晶を投げ捨て、転がって木場の足元へと辿りつく。
静かに屈みこんで、それを手に取る。
愛おしそうに、哀しそうに、懐かしそうに、その結晶を撫でていた。
「……皆──」
木場の頬を涙が伝う。それは、同士たちに対する悲哀の涙か。それとも、バルパー達に対する憤怒の涙か。
直後、木場の持つ球体から光が発される。淡く、神々しい光。それは校庭を飲み込み、地面からポツポツと何かが現れる。
それは、人の形をしていた。
木場を取り囲むように現れた、青白く淡い光を放つ少年少女たちの姿。
「……この戦場に漂う様々な力が、因子の結晶から魂を解き放ったのですね」
朱乃の言葉が静かに響き、人影は語り出した。口を動かし、聖歌を紡ぎ、とても温かく優しい声で。
『聖剣を受け入れるんだ——』
『怖くなんて無い——』
『たとえ、神がいなくても』
『神が見ていなくても——』
『僕たちの心はいつだって——』
「——ひとつだ」
彼らの魂が輝き、天へと昇る。そして、大きな光となって木場へと降り注いだ。優しく、神々しい光が。
●
「……至ったか、木場」
駒王学園より数キロ離れた山の中。傾斜があるその場所で、双眼鏡を手に状況を把握しているのは──一誠。
『
コカビエルと戦うのではなかったのか、と問われ、真正面から戦う馬鹿は居ないと返す。
「不意打ちするにしても、ヤローは歴戦の猛者だ。気付かれる可能性は大いにある」
『
何せ、あの状態での魔力弾による攻撃は歴代の『
ライザーの時はリアスにまで被害が行かない様に力を調整しなければならなかったし、イヴァンと戦闘した際も付近の建物を消し飛ばす恐れがあった為に使えなかった。
詰まる所、威力が大き過ぎて扱い辛いのだ。
最大まで溜めた攻撃など、オーフィスに放った事しか無い。もっとも、それでも力を削る事は出来なかったが。
ともかく、上空に向けて放つにしても、リアス達に被害が行かないとも限らない。それに、あれは至近距離で使うと自分までダメージを負いそうで余りやりたくない。
「……お、あれが木場の
聖と魔。二つの相反する力が混じり合った剣が、木場の手の中に創造される。
イヴァンと正面から打ち合えている辺り、強度はかなりのモノらしい。それでも、イヴァンの強さに匹敵している訳では無い様だが。
「さて、そろそろかな」
ゼノヴィアとアーシアが神の不在を知るまで待つべきかと思ったが、待ち切れないし待つ意味が無い事に気付いた。
余り時間をかけ過ぎると厄介だ。本当にこの街が消し飛ぶ。──それに、彼女達が強くなろうと成るまいと、一誠には関係無い事だ。
一誠は大凡の方向を再度確認し、右腕を構える。
そして、口の中で小さく呟く。
直後、莫大な閃光が迸った。
音が消えたと感じるその現象は、一誠の右肩に出現した第三の腕から発されていた。
それは一直線に駒王学園の方向へと向かい、シトリー眷属によって成されていた結界など妨げにすらならずに破壊し、内部へと攻撃する。
手応えはあった。
確かな手応えを感じ、再度それを放つ。ただし、次の標的は別の敵だ。
再度放とうとした時、右肩の部分から嫌な音が聞こえてきた。メキメキと言う、異常な音が。
強力な攻撃を発したが故に、空中分解を起こしかかっているのだ。
「チッ、この程度でか……やはり、早々に補強の術を見つける必要がありそうだ」
赤龍帝の力だけでは足りない。どの道グレートレッドまで倒す必要があるのだ。右腕を完全に完成させる為の準備をした方が良い。
もっとも、それは今から模索すべきことだが。
『行くのか?』
「ああ、ダメージは与えた。後は
トン、と一歩踏み出す。張られていた結界は一誠に壊されていて、再度構築されるまでに時間がかかる。その間に、他人から見えない位置に移動したのだ。
水平で、尚且つ間に障害物が無ければ、一誠は何処までも移動が出来る。
第三の腕を消し、
激戦が、始まる。
気付いたらイリナがヒロインっぽくなっていた。な、何を言っているか(ry
……まぁ、ある意味鍵には成るんでしょうけど。
グレモリーサイドは簡単に済ませました。原作を読めば分かりますし、余り原作のを使うと消される恐れがあるので。
そして結局空中分解する右腕。一撃で倒すには学校ごと消し飛ばすのが一番簡単でした(おい
次回は戦闘。とうとう白龍皇が出て来ます。