第二十五話:聖人と白龍皇
「今のは、一体……?」
リアスの呆然とした呟きが、静かに響く。
理解不能の一撃──いや、二撃が放たれた駒王学園には、ボロボロの姿になったイヴァンとコカビエルの姿があった。
「ぬぅ……一体、何がどうなって……」
グレモリー眷属との戦闘中、突如シトリー眷属の張っていた結界を突き破って外部から攻撃された。
それは寸分違わずイヴァンを吹き飛ばし、続いてコカビエルを吹き飛ばす。
聖人と堕天使の幹部を、こうも簡単に吹き飛ばすだけの威力。だが、何かがとんできたであろう方向には、小さな山しか無い。あそこからは、余りに遠すぎて遠距離攻撃など出来はしない。
なのに、攻撃された。
それも、圧倒的な実力を持つ筈の強者を吹き飛ばすほどの威力を持って。
「……やれやれ、流石に倒すまでは行って無いか」
現れたのは、赤い鎧を着た一誠。やはりと言うべきか、原罪も薄めずに天使に関しても魔術的な意味では碌に知識が無い。使いこなせていないのでは、威力が下がって当然だ。
そして、一誠の口ぶりからは、自分が攻撃したと言っている様にも聞こえる。
だが、おかしい。
攻撃された場所と、現れた場所が違い過ぎる。二つの距離は余りにも遠く、瞬間移動したとしか思えない程に。
「貴様……赤龍帝ッ! 貴様が攻撃してきたのかッ!」
コカビエルが声を荒げて問いただす。奇襲を受けた事に対して激怒しているのだろう。
「さぁな。案外、お前の事を気に喰わない奴からの攻撃からかもしれないぜ? 例えば……お前の元仲間とかな」
「……アザゼルだと……ッ!」
コカビエルが一番に思いついたのはアザゼルらしく、憤怒の表情を浮かべている。それほどに嫌っていると言う事だろうか。
思考を繰り返すコカビエルは、目に見えて負傷していた。
満身創痍とは言い難いが、先の一撃が大分効いていると見える。足取りはおぼつかず、黒い羽根はボロボロになっているのだから。
「……いや、そもそも、何故お前がそれを知っている。転移でも出来なければ、先程攻撃が飛んできた場所からここまで移動出来た理由が説明出来ない。しかし、元から知っているとするのなら、攻撃の場所にいる必要は無い」
つまり、
「貴様、アザゼルと組んでいたと言う事か……ッ!」
「ちげぇよ、間抜け」
ゴッッ!!! と爆発が起こる。
それは、コカビエルの放つ特大の光の槍と、一誠の放つ魔力弾がぶつかった音だった。
球状に膨らむ衝撃波が爆風を生み、校舎のガラスを残らず叩き割って行く。結界はギリギリで間に合ったようで、被害が街に行く事は無い。
「そもそも、アザゼルが来てるなら俺がここに来る必要は無い。それに、俺は堕天使なんぞと手を組む気は一切合財無い」
右手を掲げ、今まででも最大級の魔力弾を生成する。本来、威力が高過ぎて使えないレベルの攻撃だ。
欠点はと言えば、至近距離で放てない事と、連射が効かない事、被害が大き過ぎる事、若干の溜めが必要な事だろうか。
それを、コカビエルへと放つ。
「舐めるなよ、人間があァァァァッ!!」
特大の光の槍が生成され、一誠の放つ魔力弾と正面からぶつかり合う。
とんでもない衝撃が響き、砂塵が辺りに舞い散る。リアス達は身を屈めて凌いでいたようだが、あの爆風は鉄筋で出来ている校舎を揺らすほどだ。
直撃した光の槍では防ぎきれず、コカビエルは受け止める事では無く避ける事を選ぶ。戦士としての本能、生き残る為の本能が、受けるべきではないと警鐘を鳴らした。
高速で移動するコカビエルは幾つもの光の槍を生成し、一誠へと放つ。それを馬鹿正直に受ける筈もなく、一誠は地面を蹴って移動する。
だが、其処に敵がいた。
「邪魔をするぞ」
ズンッ! と地面が揺れる。イヴァンが振り下ろした大剣──クレイモアによる攻撃だ。
エクスカリバーは先程の一誠の攻撃で折れており、柄が地面に落ちている。木場がそれを呆然と見ているが、気にするほど余裕をかます一誠では無い。
「ダメージは蓄積してる様だな。動きが鈍いぜ?」
距離を取って魔力弾を撃つも、高速移動で避けられる。と言っても、かなり無理をして動いている様に見えるが。
もっと速度に磨きをかけなければならないようだが、今考えても仕方が無い。
大剣の一撃を避け、拳を振るって至近距離で魔力弾を放つが、イヴァンの纏う魔術防護に守られてダメージが通らない。
(最初に戦った時に効かなかったのは、あれが原因か……っつか、何重に重ねがけしてんだよ、あれは)
生半可な攻撃では効かない。だからと言って、至近距離で強力な攻撃を加えれば自滅しかねない。あれを簡単に貫通した右腕の力を思って、改めてすげーと思う一誠。
加えて、コカビエルも忘れてはならない。歴戦の戦いを生き残り、聖書に名前を連ねる堕天使の幹部。やはりと言うべきか、手負いのままでも、その強さは一誠が今まで戦った者達とは違う。
……まぁ、オーフィスはそもそも戦闘行為自体を知らない様なものだったし、曹操は一度攻撃をぶつけ合っただけなので戦闘したとも言えないからなのだが。
(これ見よがしにボーっとしてくれやがって、あの野郎ども)
チラリと視界に入ったグレモリー眷属を認識して、一誠は舌打ちする。
二人が手負いであるからこそ、一誠は余裕を持って攻撃を見切る事が出来る。だが、だからと言って油断して良い理由にはならない。
魔力弾を地面に放ち、一旦距離をとる。直ぐ様詰められるかと構えれば、罠か何かの可能性を考えて動かない二人。
「……流石に強いな、お前等」
「貴様も、其処まで実力を付けているとはな。人間とはいえ、赤龍帝。油断や慢心は死の元か」
油断なく構えるコカビエル。一誠の実力を知り慢心を捨てた状態ならば、負傷した状態とはいえ聖人との二人がかりで五分の勝負に持ち込む事は可能だろう。
イヴァンの方もクレイモアを構えており、妙な動きをすれば直ぐに切りかかれる状況にあった。
どうにかして隙を見つけなければ、ジリ貧でやられるのは一誠の方だろう。
(……やっぱ、後一撃位は放っておくべきだったか?)
一誠はいうなれば遠距離砲撃タイプ。近接格闘も出来ない事は無いが、それをやるには実力と経験に差があり過ぎる。止めて置いた方が無難だ。
コカビエルは何を言っても聞きそうにない。イヴァンも似た様なモノ。
だが、イヴァンを見て一つの考えが生まれる。一誠はそれに賭け、動くことにした。
「ゼノヴィア! お前、こいつ等倒すの手伝え! 神の名に掛けて、異端を排除するんだろうが!」
ゼノヴィアへと援護の要請をするが、先の高速戦闘を見た所為か、剣を構えても動かない。否、動けない。
「……神? ク、ククククク、ハーハッハッハハッハハハ!!」
一誠が神の名を出すと、コカビエルは急に笑い出した。この隙に攻撃しても良さそうだが、恐らくはイヴァンに阻まれるだろう。
「無駄だ。そいつの仕える神は、とうにいなくなっている」
コカビエルの告げたその言葉に、三人が揺れた。ゼノヴィア、アーシア──そして、イヴァン。
●
魔術を使うには、必然的に『宗教防壁』が必要となる。それは、どこかの宗教の信徒である事を示すものだ。
そして、イヴァンの使う魔術には十字教のそれが見受けられる。魔術の教本がこんな所で役に立つなど、思ってもみなかった。
表面上は無表情を装っているが、明らかに動揺している。戦闘において動いてはならない筈の目線が、微妙にブレた。
瞬間、右腕を付きだし、集束させた魔力弾を一気に放つ。
「舐めるなッ!!」
溜めが少なかったのか、コカビエルの放つ最大級に巨大な光の槍と拮抗し、破られる。
「これで終わりだ、赤龍帝ッ!」
コカビエルは笑い、勝利を確信する。──その瞬間、確かにコカビエルは油断した。
「いいや、終わるのはお前だよ、コカビエル」
付き出した右腕を上げる。その動作に引かれる様に、左手で放った魔力弾が光の槍に当たり、軌道をずらした。
光の槍が方向を変える。
巨大な威力を持つ槍は一誠の真上を通り、再度集中していた右腕の魔力弾をコカビエルへと放つ。赤い軌跡を描きながら飛ぶ魔力弾は真っ直ぐコカビエルへと向かい、直撃する──
『
その直前に、何者かによって妨げられ、威力が半減した。
威力を半減されたとはいえ、かなり威力を持って放たれた一撃だ。コカビエルを倒すには十二分の力だったようで、煙を上げながら墜落していく。
「……ドライグ」
『ああ、今のは間違いない──白いのだ』
先程までコカビエルがいた上空。夜の闇と相反する白い色の鎧を着て、その者は存在していた。
言い知れぬ威圧感が身を蝕み、知らず知らずのうちに恐怖してしまう存在。それは、一誠の着ている鎧に似ていた。
鎧は顔まで覆われている為に素顔は見えないが、威圧しても戦闘をしに来た様な雰囲気は持っていない。
白い鎧を纏ったその者は、ゆっくりと地面に降り立ち、コカビエルを一度見てから一誠の方へと視線を向ける。
「『
先程一誠の攻撃を半減したのは、恐らくコカビエルに当たる直前に掠る様に触れたのだろう。とんでも無い技量を持っている。奴からすれば、一誠の攻撃が遅いだけかもしれないが。
「……ふむ。君の始末もつけなくてはならないな。コカビエルがやられたんだ、少しは楽しませてくれよ?」
そう言った直後の──声からするに、若い男──白龍皇は、イヴァンへと高速で戦闘を仕掛けた。
「むっ!」
当たり前の様にそれに反応し、クレイモアを片手で軽々と振りまわして白龍皇とぶつかる。
直後、クレイモアを持っていない左手でポケットをまさぐり、幾つかのカードの様なモノを出す。手に持った一枚以外にも、複数枚のカードがばらまかれた。
それら一つ一つに何か刻まれており、イヴァンが小さく呟くと蛇となって白龍皇へと向かった。
──ルーン文字による魔術。イヴァンが使ったのは、恐らくそれだろう。と一誠は予想を付ける。
ルーン文字は一つ一つが意味を持つとされ、魔術の中でもとりわけポピュラーな部類に入るモノだ。文字の組み合わせで多様な魔術が使え、状況に応じて戦法を変えられる。
「……この程度か?」
『Divide!』
白龍皇としての能力である、『触れたものを半減する』力が使われた。蛇は小さくなり、簡単に引きちぎられる。
しかし、それでもイヴァンは不敵に笑うのみ。
「まさか、この程度では終わらんよ」
ばらまかれたカードがそれぞれ炎を吹き出し、蛇の様にうねり、勝手気ままに動いては三次元的に模様を描いていく。
とんでもない技量に、一誠は笑うしか無かった。
「……ふざけてやがるな。──これが、聖人」
世界で二十人といない、神に愛されて生まれた存在。
魔法陣を描いた炎は次々に作り変えられ、クレイモアを持って白龍皇と拮抗する。怪我をしていた筈だが、どうやらコカビエルと戦闘している間に治していたようだ。
自分では付いていけない、超高速戦闘の域。そもそもあんなことをやるつもりもないのだが、自分が酷く置いていかれている気分になる。
『……あの聖人。俺達とやってた時は本気じゃ無かったんだな』
(そうだな。コカビエルとの共闘である以上、フレンドリーファイアの可能性があるし)
と言うか、これ完全に某ウィリアムさんだよなぁ、と呟く一誠。水か炎かで違うものの、この分だと実は二重聖人でしたとか言い出しかねない。
……まぁ、『
これは、どちらが凄いと言うべきなのだろうか。
片や『白龍皇』として、二天龍の一角の力を使う本来のルシファー家系譜の男。
片や世界で二十人といない聖人の一人にして、傭兵として行く度の戦場を超えてきた男。
やろうと思えばこの二人を纏めて薙ぎ払えるが、空中分解しかかってるので、現状恐らくは無理だろう。
そんな事を考えていると、二人がぶつかる上空で大規模な爆発が起こった。
「……これは、どっちかやられたんじゃねぇの?」
『……とんでもない戦いだな』
一誠が簡易的なルーンを使った魔術で風を起こし、煙を掃う。現れたのは、白い鎧が煤だらけになった白龍皇の姿だけだった。
「……逃げられたか。とんでもない奴だ」
ぼそりと呟いた声は夜風に紛れて聞こえず、再度地面に降り立つ。
特に負傷は無いようで、疲弊した様子も見せずにコカビエルを肩に担ぐ。そのまま白い翼を広げ、飛び立とうとする。
『無視か、白いの』
鎧の宝玉が一部輝き、ドライグが外にも聞こえる様に声を出した。
『無視では無いさ。だが、実際私達の間にどんな会話がある?』
白龍皇も同じ様に鎧の宝玉が一部輝き、声を発していた。声からするに、先程話していた男とは別のものだ。
『……そうだな。特にない。だが白いの、以前の様な敵意が伝わって来ないが?』
『それは赤いの、お前も同じだろう。そちらも今までと段違いに敵意が低いぞ』
『お互い、戦い以外の興味対象があると言う事か』
『そう言うことだ。こちらはしばらく独自に楽しませて貰うよ。偶には悪くないだろう? また会おう、ドライグ』
『それもまた一興か。じゃあな、アルビオン』
二匹の会話は終わったようで、それっきり声を出さない。
「……もう良いのか、ドライグ」
『ああ、話す事は話した。これ以上は無用だ』
「そうかい。だったら、俺はそろそろ帰らせて貰う。疲れた」
ぶっきらぼうに告げ、そのまま飛びあがって移動しようとした時、背後から声がかかる。
「──いずれ、決着を付ける時が来る。それが白龍皇と赤龍帝の
「──言われるまでもない。お前こそ、一撃で倒れる様な無様を晒すなよ?」
一誠と白龍皇は互いに視線を交わし、逆方向に移動する。
●
予想外の乱入者を迎え、戦の終焉に誰もが口をつぐんでいた。
木場が殺したバルパーの遺体を背に、木場が口を開く。
「……部長」
「……何?」
先の聖人と二天龍、コカビエルの戦闘を見ていたからだろう。木場の眼には、強い決意が映っていた。
否、木場だけでは無い。朱乃も、小猫も、神の不在で精神が不安定にあるアーシアとゼノヴィアを見た後で、告げる。
「僕は、もっと強くなります。あの戦いに混ざっても良い位に、終生あなたとあなたの仲間達を守れる様に──」
「……ええ、ありがとう。私も、もっと強くならなくてはならないわ。誰かを失わない為にも」
木場の言葉に感化されたのか、それとも先の戦闘がリアスの精神に火を付けたのか。強い決意を秘めて、言葉を告げた。
イヴァンがチート臭いと言うか。もう戦い方完全ウィリアムさんと言うか(おい
後々再登場しますけどね。
そんな訳で三巻も大詰めです。四巻辺りからはようやく一誠を禍の団として動かしていきます。第一章、完!的な感じで(え
あくまでも正体ばれない様に、ですが。