第三十話:テロ
一瞬の妙な感覚の後、一誠は数度瞬きをした。
部屋の風景は変わっていない。だが、三大勢力のトップの面々は警戒する様な顔つきで外を見始めている。
サーゼクスとミカエル、アザゼルが同時に手をかざし、校舎に強力な防御結界を展開した。
直後、外には次々と現れる魔法使いの大群。攻撃目標はこの新校舎。
「……テロか。まぁ、想像できた事態ではあるな」
ぽつりと呟くアザゼル。自分達の立場を考えれば、反発する者がいても当然だ。分かっていてもなお押し通したのだから、あちらが強硬策に出てもおかしくない。
ヴァーリはと言えば、ポーカーフェイスを気取って椅子に座ったままだ。
グレモリー眷属で動けるのはリアスと木場、ゼノヴィアだけらしい。状況の変化についていけていないのか、戸惑った表情を見せる。
「外……魔法使いの連中か」
校庭には地上、空中を問わずにローブを着た魔法使いらしき敵がうようよと出てきていた。
悪魔の魔力体系を伝説の魔法使い『マーリン・アンブロジウス』が独自に解釈し、再構築したものが魔法の類となる。悪魔を元としているが、悪魔にも出来ない事を可能としている部分もある。
魔術は魔法とは形態が違うものの、神のシステムによって長い間封じられ、研究されてこなかったので魔法の一形態として認識されている。
故に、魔術よりも魔法の方が有名で尚且つ使い手が多いのだ。
「放たれている魔力から察するに、一人一人が中級悪魔程度の力は持っているらしい」
サーゼクスが冷静に観察しながら言う。その魔法使い達の魔法が雨の様に降り注いでいるが、結界に阻まれて攻撃が通らない。
「さっき、時間が停止したのは一体……」
「時間を止めたのは、恐らく力を譲渡で切る類の
「……このテロの為に、私の可愛い下僕が武器にされてるって訳ね。一体どこでギャスパーの情報を……しかも、大事な会議を狙うなんて、ここまで侮辱される行為も無いわ!」
怒り心頭といった様子で、紅い魔力を発しているリアス。長い間引き籠っていたとはいえ、ギャスパーという眷属への情愛は深い様だ。
「この分だと、外に待機してた天使、堕天使、悪魔の軍勢は全部止められてるな。全く、リアス・グレモリーの眷属は末恐ろしい限りだ」
窓際に近寄ったアザゼルは、一度手を掲げて光の槍を多数出現させ、振り下ろすと同時に光の槍が魔法使い達を貫いていく。
雨の如く降り注ぐ光の槍を前に、魔法使い達の強固な障壁でさえ意味を成さない。堕天使の総督なのだ。むしろ、この位の実力は当然と考えるべきだろう。
槍に貫かれ、血まみれとなって地に落ちる魔法使い。それらには目もくれず、アザゼルは周りを確認する様に見渡した。
「この学園は結界に覆われている。にもかかわらずに結界内に転移出来てるって事は、敷地の内と外に転移用魔法陣を繋げている奴がいるって事だ」
このままジッと座して待てば、力が高まり続ける『
もしも止められたのがトップの誰かならば、その瞬間に校舎ごと葬られてもおかしくは無い。
「それに……あちらさん、どうにも相当な兵力を裂いてるらしいな」
アザゼルの視線の先では、先程倒した魔法使いと同じ様な格好をした連中が次々と現れていた。
それを視認したサーゼクスは、溜息をつきそうな表情で言葉を紡ぐ。
「先程からこれの繰り返しだな。……考えたくは無いが、裏切り者がいる可能性もある。気を付けるべきだろう」
内情に詳しい事とテロの方法。この二つを鑑みれば、確かに裏切り者がいてもおかしくは無い。
首脳陣はここで座して、敵の親玉が出てくるのを待つ。人間界に被害を出さない為にも、学園の結界は解けない。無闇に動くのは敵の罠にはまる恐れがある。
と来れば、取るべき行動は二つ。
「囮と奪還だな。囮はヴァーリ、お前がやれ。白龍皇が前に出れば、連中も注目せざるを得ない。ハーフヴァンパイアの奪還だが──」
アザゼルが面々を見渡した中で、リアスが一歩踏み出した。
「私が行きますわ。部室には『
「なるほど……それなら、敵の虚を付ける。何手か先んじえるだろうね」
リアスの言葉に、サーゼクスが頷きながら思考する。
だが、リアス一人で行くには少々キツイ。敵の数は多く、また中級悪魔程度の力は持っているのだ。油断すればやられる可能性は高い。
サーゼクスはグレイフィアへと視線を向け、一つの提案をする。
「グレイフィア、『キャスリング』を私の魔力方式で複数人転移可能にできるかな?」
「そうですね。ここでは簡易的な術式でしか使えそうにありませんが、お嬢様ともう一方くらいなら可能かと」
「ふむ。リアスと誰かもう一人……」
「サーゼクス様、僕が行きます」
サーゼクスがグレイフィアと話し終え、リアス達の方を向いた時、木場が一歩前へと出て名乗りを上げた。
リアスの騎士として、この場で動ける者として、木場はギャスパーを助けに行くと言ったのだ。
「……よし、君なら大丈夫だろう。『
この停止時間の中で動けている事も評価されたのだろう。サーゼクスは木場が行く事を一瞬思案した後、頷いて許可を出す。
準備が出来るまで待つしかない二人へと、アザゼルが声をかける。
「コイツを持っていけ、二人とも」
アザゼルが放り投げたのは、腕輪だ。奇妙な文字が幾重にも刻まれている、特殊なアクセサリーの様なモノ。
「
木場がそれを受け取って説明を受けている間に、リアスはグレイフィアから特殊な術式を額から受けていた。
アザゼルはヴァーリの方へと向き直り、言葉をかける。
「ヴァーリ、お前はさっきも言った通り、囮だ。白龍皇が出てきたとなれば、連中も黙って見ていられないだろうからな。出来るだけ気を引け」
「俺がここにいる事は、あっちも想定済みじゃないのか?」
「それでも、お前が出る事に意味があるんだよ。注意を引けば、それだけ中央にあの二人を送り込んだ時の効果は上がる」
「旧校舎のテロリストごと、問題のハーフヴァンパイアを吹き飛ばした方が速くは無いか?」
ごく自然に発言したヴァーリへと、複数の突き刺さるような視線がいく。アザゼルは溜息をつきながら、ヴァーリへと返答した。
「あのな、これから和平結ぼうって時にそれは止めろ。最悪の場合はそれにするだろうが、助けられるなら助けた方が良い。これからの為にも、な」
「了解」
アザゼルの言葉を受け、納得はいかないものの、理解した。そんな微妙な表情を浮かべ、息を吐きながら窓へと近づいていく。
一歩目を踏み出した時、ヴァーリの背中から白い翼が展開される。
二歩目を踏み出した時、ヴァーリは小さく呟く。
「──
『Vanishaing Dragon Balance Breaker!!!!』
音声が響き、直後に白いオーラに包まれるヴァーリ。光が止んだ後、ヴァーリは白い輝きを持つ鎧を身に纏っていた。
一度だけ一誠へと視線を向けた後、マスクがヴァーリの顔を覆う。会議室の窓を開け、其処から外へと飛び出した。
「赤龍帝。お前、出る気は無いか? お前も
ヴァーリと共に目立たせ、奇襲を成功させようという試みなのだろう。
その提案に対し、一誠は首を横に振る。
「狙われているのは俺じゃありません。それに、どの道この場にいる貴方達を倒せるような奴が出てくるとも思えませんからね」
ミカエル、アザゼル、サーゼクス。天使長の名を冠する天使と堕天使の総督、更にはルシファーの名を持つ魔王。この三人を同時に相手にして倒せるのは、それこそオーフィスの様な存在だけだろう。
一誠とて、現状では勝てない事は分かっている。町一つ吹き飛ばす程度の力では、この三人は打倒し得ない。
「そうか。そいつは残念だが……まぁ、ヴァーリ一人でも十分だろう」
ヴァーリの実力をハッキリと分かっているからこそ出る言葉。あの程度の連中にやられる訳が無いと確信しているし、むしろ一誠を出さない方が好き勝手に暴れられるという可能性もある。
だからこそ、一誠を本気で囮に使おうとは考えていなかった。
(……間近で見ると、実力の凄まじさが垣間見れるな)
魔力弾をものともせずに宙を舞い、魔力弾を以って敵の魔法使いを次々に沈めて行く。圧倒的な戦闘能力があってこそ出来る事だろう。
とはいえ、この程度の事なら一誠にも出来る。流石に空を飛ぶ事は出来ないが、薙ぎ倒すだけなら可能な範囲だ。
『……相棒が本気で戦っても、今回は勝てんだろうな』
(随分と弱気だな。珍しい事もあったもんだ)
ドライグがつぶやいた言葉に、若干の驚きを交えながら答える一誠。
『何、今回の戦いでは奥の手は出さないんだろう? 生死のかかった切羽詰まった状況ならともかく、今回の事でお前があれを使うとは思えないからな』
(当然だ。こんな生死がかかった訳でも無い戦いで、あれを使う訳にはいかないさ)
『だからこそだ。相棒の使う魔術は強力なものがあるが、それも使う気が無い。必然的に俺の力だけを使う事に成る訳だが、どこかで手抜きをするんだろう?』
つまり、ドライグはこう言いたいのだろう。
『全力で戦え。死に物狂いで、この後が無いと思う位に、全力で』
今までの戦いは別に良かった。ドライグ自身、一誠を鍛えるためにも戦闘経験は必要だと判断していたからだ。相手がオーフィスだけでは、多様な戦闘経験を積む事は難しい。
しかし、今度の相手は因縁のある白龍皇だ。
右腕を使わないにしても、ドライグとしては全力で戦って欲しいのだろう。手抜きなど無く、泥臭くとも力強く。
(……俺が、お前の力を使いこなせていないとでも?)
『そうは言わないさ。だがな、相棒。
挙げるとすれば、怒り。最も単純で、最も人が力を求める感情。
(……つまり、余計な事を考えずに、アイツをブチ殺す事だけを考えろって言いたいのか?)
『そうだ。怒りで我を忘れろとは言わない。「
(……良い機会、だと?)
訝しげな感情をドライグへと向ける。一誠の前ではアザゼルが『
『お前が持っている矛盾。それをふっ切れば、もっと
今までの一誠の行動を思い返し、ドライグはそう言った。
次回はそろそろヴァーリとの戦闘その一になりそうです。
……木場が妙に目立ち始めているのは何故か(え
凄いどうでもいいですが、白い翼を展開するという表現を見るとどうしても垣根を思い出す自分がいますw