第三十一話:矛盾
ドライグの言葉に、一誠は疑問を覚えた。
ドライグは確かに、『お前が持っている矛盾』といったのだ。それは聞き間違いなどでは無い。
(……どういう意味だ、ドライグ)
『どうもこうも無い。単純な話だ、相棒』
レイナーレ達が襲って来た時、一誠は何故見逃したのか? 一誠自身は確かめる為だといった。だが、事実としてそれは違う。
アザゼルの命令で動いていた事を、一誠は知っていた筈なのだ。知識が劣化しているとはいえ、何の対策も残さずに劣化させていく訳が無い。
それでもなお、一誠はレイナーレ達を殺さなかった。
つまり──一誠は、堕天使の勢力が入ってくる事を望んだのだ。
アーシアを助けたのも、その理由に近いと言えるだろう。何故なら、アーシアは堕天使側に拾われた存在であり、堕天使達が巣食う教会へと来たのだから。
ついでに救う。一誠自身に自覚が無くとも、行動はそうとしかとれない。
勘違いをしていた? リアスが助けると思っていた?
それは違う。確かに一誠は善人と言える人間ではあるし、お人好しな面も確かに存在する。
しかし、それは表面上の話だ。
『本当に力を見せつける気なら、堕天使達を殺して置くべきだったんだよ。それを、お前は殺さなかった──まるで、堕天使の勢力が来る事を期待するかのように、な』
矛盾している。
別段、平穏に暮らしたいと言っている訳ではない。むしろ、オーフィスと関わり合い、グレートレッドを倒すと約束し、『
出来るだけ波風立てない様生きていたのは、他人と関わらない様にする為だ。
どの道、隠し通せるとは思っていない。最悪の場合は三大勢力だけでなく、それと協定を結んだ他の勢力からも逃げ回る羽目に成る。
『フェニックスとの戦闘の際も、似たような物だろう』
あの時、成り行きとはいえ、一誠はレーティングゲームに参加する事となった。
一誠からすれば、オカルト研究部の部室に行く事は何かしら巻き込まれることだと、判断できた筈の事だ。
それを、さも当然の様に部室へと足を向け、結果的に赤龍帝だとバレる切欠を作る事となった。
『お前は偶にだが、行動と言動がまったく一致していないことがある。……そうだな、まるで精神と肉体が別離しているかのようだ』
そのドライグの一言で、一誠には一つの考えが生まれた。
肉体と精神の別離。否、別離というよりも矛盾。本来起こり得ないその現象を、起こす可能性がある現象を知っている。
(──この、記憶か)
前世の記憶。ドライグは感知できないようで、ノイズの様なものが走るという。
これが原因だというのなら、精神に現れている異常も説明がつくのだ。
『兵藤一誠』という一個人に、本来発生する筈のない『
それはつまり、一誠の精神に他人の精神が介入している事を意味する。
白い絵の具に黒い絵の具を混ぜれば灰色に成る様に。幼い『兵藤一誠』に突如として発生した
正史であれば存在しない筈の『聖なる右』も同様。
少しずつ侵食する
(……俺は──)
考え込んでいた一誠の耳に、爆音が響いた。
『
原作通り。また、これだ。
記憶がある所為で、既知感が生まれている。先の事を知れるのは別に良い。──だが、一誠には、どうしても"他人に動かされている"気分になってしまう。
今まで考えなかった訳ではない。
兵藤一誠が手に入れた"知識"と"右腕"。これらを何故手に入れたのか。更に言えば"右腕"は本来、生まれた時から持っている筈の力だ。
聖人や魔術なども含めて、何故、この世界に変質が起こっているのか。
(……今考えた所で仕方が無い、か)
『……また、何かノイズが走っていたぞ。全く、何がどうなっているんだか。こんな事は初めてだ。お前が相棒に成ってから、俺は驚きの連続だよ』
(そいつは良かったな。退屈しない毎日だろう)
『ああ、だからこそ、相棒の矛盾が眼につくんだよ』
レイナーレ達の件、ライザーの件、そしてコカビエルとイヴァンの件。
これらは全て──一部は間接的であるものの──聖なる右の力を使っている。
そして──
『お前は、自分から巻き込まれに行っているんだよ』
ドライグの言葉が、酷く脳内に響く。
龍の因果と呼ぶべきものが、一誠にはある。力を持つ者を引き寄せ、戦いからは逃れられない性質が。
しかし、一誠の場合は少々異なる部分が存在していた。
知識があり、避けられる筈の事を避けない。知識が無くても避けられる様な厄介事でさえ、まるで自分から危険地帯に踏み行っているかの様に行動する。
(……巻き込まれに、行っている。それは何故だ?)
先程考えた、精神の
──それとも、本来はこの身に宿っていない筈の右腕の力を、思い切り振るいたいだけなのか。
カテレアとアザゼルの攻撃がぶつかり、衝撃が結界を打つ。この程度では破られる様な強度では無い様だが、ガラスの向こうで戦争をやっている様な錯覚をしてしまう。
無意識に、口の端が吊り上がる。
『そうだな。俺もそう思うよ。──お前は、その身に宿す莫大な力を振るう機会が欲しいだけだ』
戦闘そのものが目的では無く、力を振るう事が目的。この二つには、明確な違いがある。
即ち、相手が攻撃してくるか否か。それだけだ。
戦闘ならば、敵がいて己がいて、拳、魔力弾、武器、それらを使って戦い、勝つ事も負ける事もあることだ。
しかし、一誠が望むのはそれでは無い。
自分の身の内にある力を振りかざし、相手が反撃する事も攻撃する事すら許さない、ただの
まるで、『
縛られることが嫌いだというのも、組織などの縛りの所為で力を完全に使えないことがあるからなのかもしれない。
(──そうだとしたら、この機会は絶好のチャンスだな)
カテレアが小瓶に入っていた黒い蛇の様な物を飲む。以前、オーフィスに無理矢理飲まされたものだ。
空間が脈動し、カテレアの力が膨れ上がるのが感じられる。元から強い力を持つカテレアが、力を上げる蛇を飲んだのだ。アザゼルとはいえ、戦うには辛いものがあるだろう。
そして、更には横合いからヴァーリが突撃していくのも視認出来た。
それは、ヴァーリが"反逆した"という事実を示す光景。この状態であれば、ヴァーリと戦っても誰からも咎められない。
(……詰まる所、俺は力を振るいたいだけだった、って訳か。ヴァーリの事を笑えねぇな)
嘆息し、窓を開ける。
ヴァーリが求めるのは単純に強い者との戦闘だが、一誠が求めるのは単純に力を振るう機会そのもの。
ヴァーリは強い者を求めるが、一誠は例え弱い者でも力を振るえればそれで良い。二人の違いは、其処にあるのかも知れなかった。
(ははっ、ヴァーリよりも性質が悪いんじゃないか、俺。……まぁ、ちょっとふっきれたかな)
『そうか。それで、どうするんだ?』
(まぁ、結局右腕は使わないだろうな。魔術も同じだ)
だが、ちょっとだけ違う。
「あの野郎を、ブチ殺す気でやってやる」
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
赤い魔力の奔流が会議室で吹き荒れ、窓枠に足を乗せて──一誠は、外へと飛び出した。
●
木場とリアスがギャスパーを無事助け出し、部室から会議室へと移動しようとしていた刹那、事は起こった。
玄関から出たリアス達の眼の前へと、派手な爆発音とともにアザゼルが落ちて来たのだ。
たちこめる土煙が収まった後、アザゼルが舌打ちをしながら言葉を紡いだ。
「……チッ、この状況で反旗か、ヴァーリ」
「そうだよ、アザゼル」
状況を飲み込めないリアス達の前に、深いスリットの入ったドレスを着た女性──カテレアが現れる。
「和平が決まった瞬間、拉致したハーフヴァンパイアの神器を発動させ、テロを開始する手筈でした。頃合いを見てから私とともに白龍皇が暴れる。三大勢力のトップの一人でも葬れば良し。会談を壊せればそれで良かったのです」
ヴァーリはコカビエルを連れ帰る途中にオファーを受けたと言い、身内から反逆者を出したとアザゼルは自嘲気味に笑う。
理由など知れたこと。強い者と戦う為、アース神族と呼ばれる者達と戦う為に、ヴァーリは『
警戒気味に構えるリアス達三人へと向き直り、ヴァーリは告げる。
「俺の本名はヴァーリ。──ヴァーリ・ルシファーだ」
ルシファーの名が示す者は一つ。それを、リアスは瞬時に理解した。
「嘘よ……そんな……」
「事実だ。もし、冗談の様な存在がいるとしたら、コイツの事だろうさ。俺が知っている中でも過去現在、そして未来永劫においても、世界最強の白龍皇になる」
半分人間であるが故に手に入れた『
ただし、それは何もヴァーリだけに限った話では無い。
「だったらよぉ──俺は、過去現在未来において、最強の赤龍帝だ」
その瞬間、轟音が鳴った。一誠がヴァーリを思い切り殴り飛ばしたのだ。
赤い鎧に身を包み、全身から『
「全く、本当に──今代の赤龍帝と白龍皇ってのは、対極の存在だよなぁ」
赤龍帝と白龍皇。倍加と半減。天使長の力を宿す者と旧魔王の血筋の者。
あらゆる意味で対極。聖と魔を明確に表す様な二人は、この場を持って相対する。
先程殴ったダメージはそれほどでもないのか、吹き飛ばされたヴァーリは悠々と元いた場所へと戻ってきた。
「……兵藤一誠。やる気になったのか。俺としては嬉しい限りだ」
「ああ、全くだ。この間よりもやる気が出てるぜ。
酷く、気分が良い。先程悟った事を思い出し、気分が高揚する。
力を振るうという事を意識し、体の隅々まで力を張り巡らせる。今なら、コカビエル程度なら簡単に倒せそうだとさえ思ってしまう。
事実、今の一誠は
「──さぁ、行くぞ」
ゴッ!! と爆発がリアス達の視界を覆った。
同時に放たれた魔力弾は中間地点で爆発し、余波で大地が削れている。アザゼルとカテレアも、唖然とした様子で二人の戦闘を見ていた。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
倍加した直後に拳をぶつけ合い、逆方向へとそれぞれ吹き飛ぶ。
更に倍加していく一誠の力に対し、一度触れた為にヴァーリはその力を半減させていく。だが、倍加の速度に追いつかない。
背中のブースターを使って高速移動する一誠。当然、ヴァーリもそれを待ち構える。同時に空へと跳躍し、魔力弾をぶつけ合った。
衝撃波が空間を揺らす。
更に右腕を付き出し、一誠の掌から巨大な魔力弾が放たれた。
「──ッ!!」
寸での所で避けたヴァーリだが、その直後、後方で轟音を鳴らしつつ地面が抉れる所を目視する。
「余所見してんじゃねぇよ」
一誠の言葉にハッとしたように、視線を戻す。──其処には、幾つもの魔力弾を滞空させる一誠の姿があった。
『
ヴァーリがまばゆい光に包まれ、辺り一帯の魔力弾の威力を半減させる。直後、ヴァーリの魔力弾によってそれらが相殺された。
「──ああ、嬉しいな。これほどとは思わなかった。これで隠し玉があるというのだから、胸が躍るなッ!」
ヴァーリが本気を出す。倍加した一誠を上回る速度を持って至近距離へと接近し、拳を振るった。
一誠はそれを紙一重で避け、魔力弾を手に纏わせて振りかぶる。当然ヴァーリに防がれるも、天使の力を込められた一撃は悪魔であるヴァーリに効いたらしく、鎧には小さく罅が入っている。
「力を振るう、ってのは、やっぱり中々に楽しい」
知識の中に聖なる右の事があったからだろうか。本来のその莫大な力を知っているからこそ、より昇華させて完全な状態で使いたいと思ってしまう。
今のままでも十分過ぎる力だが、やはり右腕から放つものに比べれば微々たるものだ。それを集束し、倍加させて補っているに過ぎない。
「お前は、より強い奴と戦いたいんだろ?」
「ああ。俺はより強い者と戦い、世界の天辺──最強を目指す」
それは、いずれオーフィスをも倒すという事に他ならない。いや、一誠が知っている限りでは、目標はグレートレッドだろう。
『真なる赤龍神帝』がいて、『真なる白龍神皇』がいないことが気に喰わない。だから、自分がその座に着く。
「その為にオーフィスに着く、か」
「君が言えた事じゃないだろう? 君だって、その力はオーフィスの為に使おうとしている」
至近距離で二人の拳がぶつかり、衝撃波が辺りに散る。
「オーフィスの為。まぁ、それもあるな──だが、厳密に言えばそれは違う」
そうだ。オーフィスの為だけという訳じゃない。これは、紛れも無く一誠自身の為だ。
「俺は、俺の持つこの力を完成させたいのさ」
だからこそ、その為の要素が全て手に入るオーフィス側へとつく。三大勢力側に着いても構わないが、あれらは人間の意志など尊重しないだろう。
貴族である悪魔は、その辺りがより顕著だ。だからこそ、力で全て奪える『
一誠の両掌に『
「この程度しか使えない、未完成な力をな」
力が爆発する。両掌から放たれたその力は、ヴァーリを掠めて新校舎の結界へと直撃した。
余りの威力に爆風が吹き荒び、結界の直撃した部分に罅が入っている。とはいえ、やはり三大勢力のトップ三人が張ったものだ。罅は小さく、直ぐに修復する。
「……これで、未完成か。なるほど、オーフィスが味方に引き入れたがるわけだ」
膂力は圧倒的とまでは言わないまでも、ヴァーリに軍配が上がる。だが、こと魔力を集束した一撃に関すれば一誠に軍配が上がるのは間違いない。
「これなら、『
『それは得策では無いな。確かにそれを使えば勝てるだろうが、現時点で奴は味方だろう。この場で殺したいというのなら、それでも構わないが』
「そうか、ならやってみようじゃないか、アルビオン。──『我、目覚めるは、覇の理に──』」
「おっと、其処までだぜぃ」
ヴァーリがアルビオンと会話し、『
三国志の武将が来ている様な鎧を纏った、爽やかそうな顔つきの男性。
「
美猴。闘戦勝仏の末裔──簡単に言えば、西遊記に出てくる孫悟空の末裔だ。
「そうもいかないんだぜぃ。他の奴らが本部で騒いでるぜぃ? 北の
「何? カテレアの奴、やられていたのか?」
ヴァーリが視線を向けた先には、片腕を失ったアザゼルとリアス達のみ。カテレアの姿はどこにも見当たらない。
一誠との戦闘に集中し過ぎて、カテレアの事にまで気が回らなかったらしい。一度嘆息した後、構えを解いて一誠の方を見る。
「今回はここまでだ。……だが、いずれ決着はつけよう。それが
「良いぜ。何時か、決着はしっかりと付けてやる」
二人とも、隠している手札がある。それをここで使うのは簡単だが、少々面倒な事態に成りかねない。
故に、ここで戦闘は打ち止めとなる。
美猴は棍を手元に出現させ、クルクルと回した後に地面に突き立てる。直後、ずぶずぶと沈ませていく。
「また会おうぜぃ、赤龍帝」
「心配しなくとも、直ぐに会う事に成るさ」
美猴の言葉に、ヴァーリが苦笑しながら答える。同じ組織に居るのだから、会う機会は幾らでもある。今回は最初の出会いだったというだけに過ぎない。
一誠は鎧を解き、小さく笑みを浮かべながらヴァーリへと告げる。
「あばよ」
「ああ、またな」
次会う時は味方だ。何をやるにせよ、二人が真正面から戦う事は無い。それは、まだ後の事だ。
──そして、三大勢力の会談を狙ったテロは、終息を迎える。
こういう事考えるにいたった考察(興味無い方は読み飛ばす事をお勧めします)
1、まず最初に「憑依」という事について考えてみた。
基本的に他人の精神がキャラの精神を乗っ取る事を憑依と呼ぶ訳ですが、ウチの場合は「他人の記憶を持った原作キャラ」という妙に分かり辛い事に成ってます。
どちらにしても、他人の精神に対して強制的に介入していることには間違いない訳で。その辺を考えると「異常が無い方が異常」という結論に行きつきました。
暴論だとは思わなくもないです。どっち道影響を与える事に代わりは無いので、これで良いかなぁと。
2、異常が起こった結果。
別に矛盾で無くてもよかった気はしますが、一番やりやすそうなのが矛盾だったのでこれに。軸が無いと言われてたのは、そもそも軸に成る部分に異常をきたしていたから。
別案としては殺人狂(零崎化)とかマッドサイエンティスト(木原化)とか考えたんですが、前者は当然ながら規制で没。後者はアザゼルと気が合いそうな事に成りそうでしたが、他人を躊躇なく犠牲にしてる時点で駄目だろうjkという事で没。
最終的に行き着いたのが禁書での魔術師となります。こいつ等も大概独りよがりの他人に迷惑かける様な連中ですし。(偏見)
魔術師という事で、能力自体は神の右席から選ぶ予定でしたが
ヴェント→敵意もったら気絶というチート。戦闘にならない→没
テッラ→限定的すぎる上に使い難い。葡萄酒飲める年に成るまでに原作始まってる→没
アックア→コイツの強みは普通の魔術を聖人以上の出力で扱う事なので、一誠を聖人化とか考えましたが赤龍帝の力使うとヴァーリをあっさり超えそうな気がする→没
フィアンマ→時間制限付きの限定チート。でも一回使えば終了という理不尽さ。幼少期から使えてもおかしくない→決定
という感じで決定されました。更に言うとヴェントのは霊装が必要ですし。
アドリア海の女王でも良かったんですが、これはこれで色々と冗談にならないので没。
個人的な気持ちが入っているというのは否めない(おい
こんな感じで決められました。聖なる右を持っている以上、フィアンマっぽいキャラにしたいというのは事実ですが、使いこなせないと思うんで劣化に成る可能性大です(え