第三十二話:駒王協定
戦闘が終わり、時が動き出したことで、三大勢力の軍も動く事が出来るようになっていた。
それぞれの部隊は、死亡した魔法使いや戦闘の後始末をしている。
その状況を見ながら、一誠は表に出ていたサーゼクスとミカエルを見ている。二人はそれぞれ部隊へと指揮をしていた。
一誠の傍らには片腕を無くしたアザゼル。アーシアの
そのアザゼルが、一誠の近くに腰をおろしながら話しかけた。
「……おい、赤龍帝」
「なんだ」
面倒臭くなったのか、今更敬語を使う気を無くしたのか、一誠の口調は酷くぶっきらぼうだ。
興味の対象が別の何かに移ってしまっている。何か用事でもあるのか、と考えるアザゼルだが、今は深夜だ。こんな時間に約束など普通はしないだろう。
「お前が使ってた魔力弾……あの力、どうにも天使のそれが混じってる様な感じだったが?」
アザゼルの言葉を聞き、一度だけ視線を向ける一誠。
「あれは生まれつき備わっていた力を使ってるだけに過ぎないよ。言っただろう、『今代の二天龍は対極の存在だ』って」
「……旧魔王ルシファーの力を振るう白龍皇と、天使の力を使う赤龍帝か。なるほど、確かに対極だな」
聖人という前例がある以上、人間が天使の力を宿すこと自体は不可能ではない。
一誠の内部にどれだけ力の総量があるのかは知る由もないが、少なくとも、ブーストすればヴァーリと渡り合えるという事はアザゼルも先程の戦闘で分かっている。
代わりに、普通聖人が持つ基本的な運動能力は持っていない。それもアザゼルは予測できている。
聖人クラスの身体能力を赤龍帝の力で最大まで倍加すれば、ヴァーリを超える事さえ不可能ではないのだから。
「お前がそれに気付いたのは何時だ?」
「さぁな。大分昔の話だ。覚えてない」
「なるほど、お前さんは大分昔から内側の力に気付いていた訳だ。赤龍帝の力に気付いたのも、それ位前か?」
「いや、ドライグの方はもっと前だな。小さい頃に話せるようになって、白龍皇の事を知った」
そして、オーフィスと出会った。
いずれ来る白龍皇との戦いの為に力を蓄える。そう言えば聞こえはいいのかもしれない。そう思って、一誠は力の制御に努めてきた。
対外的な理由としては確かに納得出来るものだ。しかし、事実はそうじゃない。
一誠は
いや、力を振るう対象としては確かにヴァーリの事を認めているし、これからも成長を続けるだろうからライバルと見ても良いかもしれない。
だが、それでは足りないのだ。
今のヴァーリレベルが相手なら、現在の聖なる右を振るう相手としては妥当かもしれない。しかし、完成したのなら。
何時か右腕が完成した時、全力で振るう相手は恐らくヴァーリでは無い。
このままいけば、振るう相手は──グレートレッドだろう。
「……かなり早い時期に気付いていた訳か。ヴァーリも相当早かったらしいし、別段不思議な事でも無いのか?」
アザゼルの言葉を聞き、意識を話の方へ戻す。
「だが、お前の中身については興味があるな。聖人は一人こちら側についているが、それとはまた違った感じだ」
「聖人が堕天使側にいるのか?」
「ああ。と言っても、コカビエルの奴が雇っていた聖人だ。お前も知ってるだろ?」
イヴァンと呼ばれた一人の聖人。
聖剣を扱い、傭兵としてコカビエルに雇われた男。相当の実力を持つが、手負いではヴァーリからは逃げるのが精一杯だった。
「ヴァーリから上手く逃げたと思って気が抜けた時に接触した。俺からは逃げられないと思ったからだろうが、抵抗はしなかったな」
イヴァンは確かに強い。あの時のリアス達が総出でかかっても勝てるか怪しい様な存在だ。
しかし、それもアザゼルクラスの敵の前では無意味。大人しく交渉に従い、契約を結んだとアザゼルは言う。
とは言っても、実際に話して交渉したのは別の堕天使らしいが。アザゼル自身がこの街に乗り込んだのなら、騒ぎになってもおかしくない。
「使ってる方の技術にも興味があったからな……"魔術"ってモンにな」
「……それで?」
まるで意図的に情報を引きだそうとしているかのように、アザゼルは一誠の方を見ている。
「イヴァンが言ってたんだよ。
アザゼルが言っているのは、恐らく一誠がイリナの怪我を治した時の事だろう。あの時、イヴァンはコカビエルと共に一誠が魔術を使う瞬間を見ていた。
「ちょっとした伝手で知ることが出来たんだよ。それに、俺が使えるのは精々治癒魔術。攻撃用の魔術は使えない」
嘘では無い。現在は何の準備もしていないのだ。一誠が知っている限りの魔術で使えるものは少ない。
そうは言っても、魔導書の力を使えばその程度の事は覆せるのだが。
「へぇ……ちなみに、腕一本生やす事は可能か?」
「無理だ。そんな事、簡単に出来る訳がねぇだろ」
準備をすれば可能だろうが、アザゼルは堕天使だ。一誠の見立てでは、恐らく魔術は使えない。
一誠が使っている魔術は、あくまで"人間用"の物でしか無い。かの世界同様、天使などの存在は人間用の魔術は使えないと見るべきだ。
とはいえ、天使達はそれ以上に強力で凶悪な術式を持っているが……現状、この世界の天使達が使えるかどうかは不明。その辺りは、追々調べるべき事だろう。
「
「準備さえ整えば、不可能じゃ無いかもしれないしな。少なくとも俺は出来ないが」
そもそも、魔術は『神の奇跡を人の手で起こす事』を目的とされて作られたのだ。今はその術式が無くても、作る事は不可能ではない筈だ。
一誠はそんな面倒な事をやる気は全く持ってないが。
「魔導書なら、そう言う事が書いてある可能性はある」
「……魔導書か。あれは駄目だ。昔、一度読んだ人間と堕天使がいるんだがな……一ページ目までは大丈夫だったんだが、其処から読み進めた途端に精神が発狂しやがった」
当然だろう。魔導書が
同様に、神を裏切って堕天したアザゼル達に読める筈も無い。一誠にとってこの辺りは憶測だったが、アザゼルは試した事があるようだ。
アザゼルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、話を続ける。余り思い出したく無いことらしい。
「暴れ始めたから、仕方なく殺した……俺達にとって、あの本は唯の害にしかならねぇんだよ」
だから、一度完全に破壊しようとしたと、アザゼルは言う。──当然ながら、結果は失敗。
それなりに力を持つ魔導書は『破壊する事が出来ない』のだ。仮に『
「俺達が封印するしかねぇ程の代物だ……
力のある魔導書ならば、迎撃機能さえ存在する。アザゼルの判断は正しいと言えるだろう。
下手に手を出して堕天使勢力にダメージが入ったとなれば、戦力の均衡が崩れて戦争に成っていた可能性も否めない。
「封印したって……冥界のグリゴリの施設にか?」
「ああ、グリゴリ本部の地下深くにな。悪魔側では確か、ダンタリオン家の所有する巨大な蔵書に封じてあるんだっけか。魔王領の直ぐ傍だから、賊が来ても数分で軍が駆け付ける、って話だ。天使側ではバチカンやらイギリスやらと、幾つかの場所に分割されて封じられてる筈だぜ」
どの道、教えても読む事は出来ないのだから、と。アザゼルは一誠に情報を与えた。
写本ならばともかく、
一誠は『
少なくとも、バチカンとグリゴリは後回しに成るだろう。回収するにしても、状況によっては分が悪すぎる事になってしまう。
それを言えば悪魔領もなのだが、やり方は幾らかある。少なくとも、守りが薄い場所から狙うのは定石だ。
場所を知ること自体は簡単だ。だが、アザゼルの言葉となると信用度が違う。堕天使の総督が知る情報ならば、間違っている可能性は少ない。
笑みを表情に出さない様にしながら、一誠は必要な事は聞けたとばかりに、家へと帰り始めた。
●
駒王協定が結ばれた数日後。
一誠は黒いコートを着て顔を隠しつつ、『
大きめの円卓と、その周りに座る面々。一人一人が派閥のトップであり、かなりの実力を持つ事は確かだ。
一誠は顔を隠しているが、出席している。──役職名は『魔術派』のトップとして。
他にいるのは、『
その他にも魔法使いや天使、堕天使の派閥があるが、一誠が知っているのはこのくらいだろう。
「……さて、先日の協定の襲撃だけど」
「失敗だな。そもそも、あそこにカテレアだけを入れるのも間違ってる。本気でトップの一人を殺すつもりなら、全戦力を投入すればよかったんだよ」
曹操が切り出し、一誠はオブラートに包む事などせずに事実を言う。
「まぁ、長期的に見て、今は戦力を減らしたく無いって気持ちがあったからかもしれないがな」
表情は見ることが出来ないが、口元は小さく笑っていて、口調にも笑いが混じっている。
「中途半端に戦力を投入して、中途半端な結果しか出せなかった。協力した魔法使い達も無駄死にだな」
「貴様ッ!!」
頭に血が上ったクルゼレイ・アスモデウスが一誠へと突っかかろうとする。だが、シャルバはそれを片手を上げて制した。
「では、一体どうすればよかったというのだ? 意見を聞かせて貰いたいモノだな、フィアンマ」
シャルバも怒りを抑えているのだろう。一誠を見る目には軽く殺意が混じっている。
「だから言ってるだろ。折角軍を止めて実力者だけしか動けない状況だったんだ。オーフィスの蛇でも使えば、アザゼル位は殺す事が出来ただろうさ」
カテレアと戦った際には『
だが、それはあくまでカテレアと一対一で戦った結果に過ぎない。本当に殺すつもりなら、プライドを捨てて複数で挑めばよかっただけの話だ。
「アザゼルを、か……難しいと思うがな」
ヴァーリは育ての親であるアザゼルの事を思い出しながら、そう言った。
「まぁ、今後狙うならトップ陣がバラバラの時だな。揃ってると厄介だ。個別に襲うのがベストだろう」
もっとも、それをそう簡単に許す相手とも思えないが。
「なるほど……参考にはさせて貰おう」
口ではそう言うものの、心の内でどう思っているかは一誠には分からない。悪魔──それも七十二柱や旧魔王となると、人間を見下す傾向がある。真面目に取り合っていない可能性が高いだろう。
まぁ、別に旧魔王派がどうなろうと、一誠にとっては蚊に刺された程度の損害だ。気にする必要すらない。
その後、現状報告や今後の方針、動きを話し合い、会議は終了を迎える。
●
「全く……こんな無駄な話し合いも初めてだな」
「そう言うな、フィアンマ。
それもそうだが、と一誠は言う。
曹操は小さく笑みを作りながら、質問した。
「所で、君はどうするんだ? 俺達はまだ準備期間。動く事はないが……」
「イギリスへ向かう」
曹操の質問に対し、あっさりと言ってのける。目的など知れたこと。魔導書の蒐集──そして、聖人との接触だ。
「バチカンの方はどうする?」
「そっちは後回しだな。今は戦力が心許無い。攻め込んだ所で、迎撃されて終わるだけだろう」
仮にゲオルクの手助けで隔離されたとしても、
右腕を使っても良いが、余計な事はしない方が良い。情報を与える事に繋がりかねないという理由もあるが。
「我も行く?」
「お前が付いてくるって言うなら、別に来ても良いが……そうだな。お前がいれば、バチカンに攻め込むのも簡単だろう」
とはいえ、オーフィスにはあまり戦闘をさせたくは無い。
何故かと言えば、オーフィスは生まれた時から「力」の桁が違う為、そもそも戦闘の技能を必要としないのだ。
故に、思いついた様な攻撃であっと言う間にバチカンを壊滅させる可能性がある。それは、一誠にとって少し困る。他に方法が無い訳じゃないだろうが、探すのも時間がかかってしまう。
「なら、我も付いて行く」
オーフィスにしては珍しく、興味の色を持って一誠を見ている。
「……まぁ、どの道術式も完成して無いんだ。今はまだ、攻め込む時じゃ無い」
鍵となるのは『天使に至る為の術式』
原罪を薄める為には、当然ながらそれ専用の術式が必要となる。今はまだ、それが完成していない。
故に、バチカンには攻め込めない。
あの術式を行うには、バチカンにある聖ピエトロ大聖堂が最も適しているのだから。
アザゼルの失敗……それは、一誠が魔導書を読めないと決め付けたことだ(何
まぁ、ぶっちゃけ読めないって思うのが普通なんですけどね、アザゼルからすれば。
……ちなみに、次回辺りから本格的に一誠が動きます。