第三十四話:バチカン襲撃
一誠は『
理由を上げるなら、霊装を作る為と魔導書を読み進める事に時間がかかっているからだ。目が疲れる事も多いので目薬は常備している。
英語やその他の言語で書かれている魔導書を読み解けるのは、単純に魔導書自体が一誠に理解出来る様にしているからである。
そも、魔導書と言うのは「知識を広めるための媒体」に過ぎない。
そして、敵対するものには防衛プログラムを発動させ、知識をより広げるようとするものには毒と共に知識を与える。
故に、文字自体が読めずとも魔術を使うこと自体は不可能ではないのだ。
「フィアンマ、起きてください。約束の時間です」
ふと、一誠の横に一人の女性が現れる。先日『
彼女自身は鍛錬位しかやることが無いので、睡眠は十全に取っている。今回は、一誠に頼まれて時間通りに起こしに来たのだ。
「んー……ふ、あぁぁ……時間か」
欠伸をしながら上半身を起こし、背伸びをしながら目を擦る。起きたばかりで眠気が残っているのだろう。近くにあるペットボトルを取って水を一口含み、軽く柔軟をして目を覚まさせる。
ソファの上で寝ていたが、寝心地は予想以上に良かった。軽く首を動かすと骨が音を立てるが、概ね身体の調子は良いと言える。
「作戦開始まで一時間です。準備を」
「分かった。ちょっとシャワー浴びてくる」
紅いローブを脱ぎ捨てたまま、一誠はこの場所に備えてある一室に入り、シャワーを浴びて完全に目を覚ました。
適当に服を見繕って着替え、先程の部屋──一誠は書斎と呼んでいる場所──へと戻る。
魔導書は常に影の倉庫の中に入れてある。下手に見れば魂が汚染されてしまう為、取り扱いには最大限の注意を払う必要があるからだ。
「もう直ぐ学校は夏休みだが、その前に作戦が決行出来るとはな」
「……貴方、まだ学生だったんですか? そうは見えませんでしたが」
そう見えなくとも学生なのだ。髪の色を赤から黒色に戻したとはいえ、その辺りの疑問はあったらしい。面倒臭がって一誠が説明していなかったこともあるが。
「駒王学園。例の『駒王協定』が結ばれた場所で、魔王の妹二人が在籍し、堕天使の総督がいる学校さ」
現状では、これだけのメンツを同時に相手にするには少々力不足だ。聖なる右の時間制限といい、魔術といい、まだ改良点はある。
そして、何よりも重要な『原罪』に関する事が、今日──解決する。
「……後二十分だ。そろそろ行くぞ、プリシラ」
「はい。今回の作戦、私も全力を持って協力します」
プリシラは一誠の半歩後ろを歩き、一誠は紅いローブを纏ってフードを被っていた。
実質、魔術派のトップ二人となる二人だ。英雄派に属する人間からも一目置かれており、旧魔王派やそのほかの派閥の面々からも一目置かれている。
やはり、聖人という存在が大きいのだろう。フィアンマに関しては
とある一室へと辿りつき、その部屋の中へと踏み入った。
「やぁ、来たね、フィアンマ。ゲオルクはもう準備できてるよ」
ゲオルクは曹操の言葉に頷き、フィアンマが魔術派の人間に目をやると、こちらも大丈夫だという様に首肯した。
「オーフィス、準備は良いか?」
そう聞くと、オーフィスも大丈夫だと言いたげに首肯する。
「良し──これより、バチカン市国、聖ピエトロ大聖堂を襲撃する。各々、自身の役割を記憶しているな? 手筈通りにやれ。全てが終われば、俺達の前に敵は無い」
『ハッ!!』
魔術師とは、決して軍隊の様な組織では無い。そして、魔術師とは個人で存在する生き物であり、他人と組むのはあくまでも必要性を感じた時のみだ。
故に、この状況は余りにも異質な状況に思えた。
「──作戦を開始する」
フィアンマの一言と同時に、ゲオルクが聖ピエトロ大聖堂を隔離。魔術派の人間が一斉に乗り込んだ。
●
転移した次の瞬間、目の前にいたのは上級天使と中級天使の軍隊だった。
直ぐ様こちらを認識した彼らは、光の槍を持って敵意を向ける。少なくとも、一誠とプリシラ、オーフィス以外では勝つことは難しい程の実力者たち。
「『
「邪魔。フィアンマの目的、此処じゃ無い」
一誠達と同じ様に転移したオーフィスが、その上級天使へと光線を放つ。簡単に上級天使を貫いたその光線は、聖ピエトロ大聖堂の壁を貫いて市街地を破壊した。
初っ端から派手にやってくれたオーフィスを見て苦笑しつつ、一誠も魔導書の魔術を使って援軍に来ていたのであろう堕天使を葬っていく。捕縛するのも良いが、それでは時間がかかり過ぎる。
今回の事は余り時間をかけたくない。手早く済ませるに限るのだ。
「プリシラ。右から三体、中級天使だ。迎撃しろ」
簡単に指示を飛ばすと、プリシラはあっと言う間に距離を詰めて戦闘不能にしていく。止めを刺していない辺り、やはりまだ割り切れてはいないらしい。
セラフの面々はいないようで、一誠としては実に好都合な状況となった。
「奥へ行くぞ。オーフィス、派手に暴れるのは構わないが、出来るだけ大聖堂は壊すな。ここはまだ崩壊して貰っては困るからな」
「分かった。ちゃんと手加減する」
上級堕天使の光の槍をさも当然の様に手で払い、叩き潰す。やはり最強という言葉に違いは無いらしい。
分厚い扉を何枚かぶち破った先にあったのは、魔力で満ちた一室だった。
「……龍脈の中でも、最も魔力が集まっている場所か。聖ピエトロ大聖堂の防御術式はこれから魔力を供給されているらしいな」
部屋に敷かれた陣を確認し、一誠が呟く。
「壊せ。そして、術式を書き変えろ。ここは今後攻略するうえでも重要だ。攻める側の労力が減るからな」
手際良く指示を出していき、魔法陣を一度破壊してから術式の構成にとりかかる。
必要なのは意味のない術式へと書き換える事。龍脈から魔力を吸い上げている以上、この魔力には既に"色"が着いてしまっている。
これから行う術式に、この力は使えない。
適当に書き換えた後で、聖ピエトロ大聖堂の最奥──その一室を見つけた。
「……なるほど。確かに十字教において、最も重要と言える場所かもしれないな」
空気が違う。
普通に生きていては感じる事のない感覚が、この部屋では感じられる。それが『
だが、この場所は儀式を行うには十分な場所だろう。
用意するのは
火は杖を。水は杯を。風は短剣を。土は円盤を。
だが、一つの属性を操るということは、広義において他の属性に影響を与えることである。故に、火属性一辺倒でも使えない事は無い。
しかし、そもそもにおいて、魔術の術式とは一式全てを揃える事に意味がある。純粋に魔術の成功の事を考えれば、例え火に関する術式だろうと、その他の三つの象徴武器を用意する事が前提条件に成るのだ。
まず最初にやるのは『
方向は右方。色彩は赤。象徴武器は杖。
魔術的意味が書かれた術式を構築していく。それは、かつてイギリスやロシアなどでかき集めた魔導書の知識も役に立っていた。
「……こんなものか」
必要な事を全て書き終えた術式の情報量は、相当なものだ。これほどのものを作るとなると、やはりそれなりに時間がかかって仕方が無いと言える。
それでも、魔導書の知識を収集したことで時間が短縮されたのだ。あらかじめ作って置いたとはいえ、やはり書くこと自体にも時間がかかってしまう。
術式の中心に立つ。
術式の効力は既に試してある。術式を使うには此処が一番いいというだけで、別に他の場所で使えない訳ではないのだ。
今からやるのは、『原罪の消去』
とはいえ、完全に原罪を消去できるわけではない。肉体にある『知恵の実』を薄め、肉体を天使に近づける。それが今回の襲撃の目的だ。
「さぁ──始めよう」
●
コツン、と足音が響いた。
バチカン、聖ピエトロ大聖堂。其処は、謎の霧で覆われた後、侵入も破壊も不可能な場所となっていた。
その場所において、一誠は笑っている。歪な様で、傍から見れば微笑む様な表情をした一誠は、踏み出した一歩に測り知れぬ高揚感を感じていた。
──嗚呼、酷く気分が良い。
その肉体から感じられる力は、人間のそれとは違い、かと言って天使のそれともまた違う。いや、近くはあるのだが、決定的にそうだと言えるだけの自信は誰にもないだろう。
その後ろに歩くのは、オーフィスとプリシラ、そして魔術派の人間達。
「……ゲオルク、作戦は終了した」
現状、携帯を使い、隠れ家にいるゲオルクへと連絡を取っている。
『随分と機嫌が良さそうだな。成功したようで何よりだよ」
「ああ、今からでも力を振るってやりたい気分だ。バチカンを粉々にしてやっても良いが、それはまた今度にしよう」
魔導書の回収も出来た。術式の後始末も出来た。成果は上々、戦力の強化も申し分ない。
全てが順調に進んでいる。
(……とはいえ、油断は禁物だな)
目的の一つである原罪の消去を果たしたとはいえ、完全ではない。折角手に入れた魔導書の知識を生かす為にも、原罪を薄めるにあたって『特殊な方式』を取った。
即ち、『薄める原罪の取捨選択』である。
それを行う事によって、一誠は火属性のみの限定的とはいえ、通常の人間用魔術を扱える。更に言えば、一つの属性を操るという事は、広義において他の属性に影響を与えることである為、火属性を介して他の属性を操作することで、実質的にあらゆる属性の魔術を行使できる。
「
「……これと言って変わった所は無いように感じます。少なくとも、今は」
「そうか。別に良いさ。今は対して変わらなくても、段々と慣れれば力の状態も知覚出来るようになるだろう。専用の術式も用意しないとな」
嬉々として話す一誠。単純に戦力上昇を思っての事か、それとも別の感情故かは判断がつかない。
ゲオルクによる『
軽い衝撃があったが、対して気にする様な事でも無い。そして、続いて一誠達の転移へと移る。
『そういえば、ヴァーリから連絡が来ていたぞ。何でも、近々冥界に行くとか』
「ヴァーリがか? 珍しいな。……だが、冥界に行くなら好都合。俺もちょっとばかり用事がある。便乗させて貰うとしようか」
通話を切り、一誠は聖ピエトロ大聖堂の外へと視線を向ける。その表情は、一つの節目を迎えた少々の疲れと高揚感の入り混じったものだった。
──さて、ようやく一つ目の段階が終わったか。
一誠は、誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。
大変なことになってますねェ、現状。
移転するなら多分「シルフェニア」というサイトになるでしょうが、今は移転者が沢山いるので様子見ですかね。
少なくとも、二十日までは消しませんし普通に更新します。