第三十五話:小休憩
駒王学園、旧校舎。
夏休みとなっても、いつも通り集まったオカルト研究部の面々。それに加え、教師として駒王学園に来てオカルト研究部の顧問となったアザゼル。更には呼び出された一誠の姿もある。
適当な事で呼びつけた訳ではないのだろう。アザゼルの雰囲気が真面目なものだ。
「さて、お前等に集まって貰ったのは、単純な話だ。夏休みの話と、天使側で起こった事だな」
アザゼルが口を開き、伝えるべき内容の概要を説明する。それが、夏休みに冥界へと帰るリアス達のものと、今までに起きた天使側での事件。
「まずは後者だが……リアスと朱乃は知ってるだろうが、イギリスとバチカンにある天使側の教会が襲撃された」
その言葉に、リアスと朱乃、一誠以外の者達が驚愕の表情を浮かべる。
特に、元クリスチャンであるアーシアとゼノヴィアはショックが大きい様だ。眼を見開き、驚きで口が半開きになっている。
リアスと朱乃はサーゼクス辺りから既に聞いていたのだろう。だが、改めて聞くとやはりショックはあるらしく、その表情は険しい。
「そ、それは、どういう事ですか?」
アーシアがどもりながらもアザゼルへと質問し、アザゼルは視線を一度アーシアへ向けてから全員へと説明し始めた。
「夏休み前の話だ。何が目的かはわからねぇが、『
襲撃は余りに唐突だった。余りに迅速過ぎる動きに加え、そもそも何が目的だったのかさえ分からない。故に、セラフ達も対処が遅れてしまったのだ。
その所為で、聖ピエトロ大聖堂における被害は大きかった。せめてもの救いと言えば、使い道の分からない魔導書が盗まれ、天使側の戦力が微量にしか削がれなかった事位だろうか。
「そいつらは恐らく『魔術派』の連中だと、俺は思ってる」
「……『魔術派』? と言うと、前にここに襲撃してきた聖人が使っていた、あの技術の使い手達なの?」
「そうなるな。だが、実力はイヴァンよりも高い奴がいると考えて良い……しかも、天使側にいた聖人が裏切ったらしくてな。こちら側の戦力も大きく削がれた形になる」
悪魔や天使には使えない、未知の技術を使う人間達。魔法は悪魔の使うそれを参考にしたものだが、魔術はそれとは形態が異なる技術だ。
使い手自体が少なく、情報はかなり少ない。
「魔導書がその一つの情報源なんだが、読める奴もいない上に天使側にあった奴は全部盗まれてる。……何が目的なのか、今のところハッキリとはわからねぇな」
アザゼルは溜息をつき、そこで話を区切る。
少しばかりの沈黙が続くが、一誠がその沈黙を破った。
「……それで、前者の話は? 正直、どっちも俺には関係無い気しかしないんだけど」
今の所、この場所に呼ばれた理由が分からない一誠。碌でもない理由ならさっさと帰りたい所でもあるので、話の先を促す。
「ああ、そうだな。夏休みの事だが、お前等グレモリー眷属はレーティングゲームもあるし、戦力強化をしようと思う。簡単に言えば修行だな」
「修行?」
「そうだ。リアス達は丁度冥界に変えることになってるからな。それぞれ個別メニューをこなして眷属全体の戦力を底上げする。実戦経験が積めるレーティングゲームは、こういう事に対して正にうってつけだしな」
ついでに若手同士での顔合わせもやっておくらしく、アザゼルはその辺りの日程も話している。其処まで把握している辺り、グレモリー眷属をかなり気にかけているのだろう。
そして、其処まで話を聞いた所で、一誠が話し出した。
「……結局、俺は何の意味があってここに?」
「お前、魔術が使えるんだろ?」
ああ、なるほど。と納得する一誠。呼ばれた理由に心当たりが無かったのだが、そう言えば一誠が魔術を使えると話したことがあった。
アザゼルはそれを覚えていて、魔術に関しての情報を手に入れようという魂胆なのだろう。
「イヴァンの奴も忙しくてな。それに、あいつが知らない事もお前が知ってる可能性があるみたいだからな」
一誠が魔術を知った経緯が不明だ。だからこそ、その辺りを含めて問いただして置きたい。もしかすると、アザゼル達が知らない情報を持っている可能性もある。
更に言えば、赤龍帝である以上はその動向を見ておく必要がある。『
ふむ。と一息つき、一誠は簡単に魔術の説明をする。
とはいえ、アザゼルが何処まで知っているか分からない以上、下手な事は言えない。敵対している組織に対して、馬鹿正直に有用な情報をやる必要もないのだし。
有用な情報と言っても、魔術そのものに関して言えば、知られても問題など無いに等しいが。
問題なのは、魔術の元となった神話などが知られることだ。弱点に成る可能性があるそれ以外なら、別に知られても良い。
「──と、まぁ、基本的なのはこれ位ですか」
ある程度の説明が終わり、朱乃の注いだお茶を一口飲む。アザゼルは一誠の話を聞いて考え込んでいる様子だ。
話したのは魔術の成り立ちやその思想。根本的な、それこそ神話や伝説を元に術式を作るといった事も話していない。これは知られれば弱点に成りかねない情報だから、当然だ。
それでも、『神の奇跡を人の手で再現する』という思想には、アザゼルも得心が行ったとばかりに頷いていた。
人の手による奇跡の再現。それほどのものとなれば、確かに魔導書の類は魂を浸食する様な物であってもおかしくない、と。それは、本来神が行うべき事だ。それを人の身で再現しようというのだから、それなりの代価があって当然だろう。
アザゼルの意見は、概ねそんな所だ。
「基本的な、って事は、より深い部分の情報もあるって事だよな。その辺はどうなんだ、赤龍帝」
「俺が其処まで深い部分を理解できてるとでも? そもそも、成り立ちや思想といったものが分かった所で、実際に魔術に作用する様な事が出来る訳じゃない。俺は初心者なんでね。余り深い部分までは知らないな」
使い手の思想がどうあろうと、魔術という技術に影響を与える訳ではない。いや、方向性などは確かに影響を与える事はあるのだろうが、実質的にどんなものが作られるかは当人によって変わるのだ。
もっとも、一誠からしてみれば、元となる神話を知られようと余り関係は無いのだが。
いや、もっとハッキリ言えば、知られた所で問題無い。という事だろうか。聖なる右はその最たるものだろう。
「……なるほど。そんなもんか。俺達堕天使や悪魔、天使も魔術を使えるのか試してみたんだが、出来なくてな……何が原因かと色々研究してたんだが、神の奇跡を再現するってんなら、悪魔や堕天使に使えない理由は分かる」
悪魔は神の敵であり、堕天使は神を裏切った存在だ。だからこそ、神の奇跡を再現する魔術を扱えない。アザゼルはそう判断したようだ。
だが、それだと天使についての説明がつかないな……とアザゼルが思考の渦に入り込む。数分考えた所で、口を開いた。
「……まぁ、ある程度の情報は得られたな。イヴァンの奴は魔術師の思想なんてどこ吹く風だったから、そう言ったことが知れなくて困ってたんだよ」
情報は、どんなに小さいものでも有益に成り得る。そう言って笑う。
イヴァンが魔術師の思想をどうでもいいと思っていたり、そもそも知らないというのは一誠にも納得出来た。
彼がこの街に攻めて来た時、『魔法名』を名乗らなかったのがその理由の一つだ。
「ところで、お前も冥界に来るのか? 赤龍帝が味方となるってんなら、こっちとしてもそれなりの待遇をするつもりだぜ?」
「やだね。俺はそっちの事情とは関係無いだろ? 勝手に争って、勝手に共食いしあってればいい。俺は関係無い」
強調する様に言い、アザゼルは
どうせ戦力面としての期待だろう。と一誠は思っている為、別に良心がどうのこうのというのは無い。敵対勢力に入っているのだから、今更良心も何も無いと言って良いが。
「取りあえず、グレモリー眷属は後日冥界に行く。全員、用意だけはちゃんとしておけよ。八月の後半までいるんだからな」
アザゼルの言葉を持って、その日の報告会は終わりを告げた。
●
「ふーん。アンタがフィアンマかにゃん? ヴァーリが認めてるって言うからどんな奴かと思ったら、見た目は案外普通なのね」
黒い着物を着た女性が、一誠の近くによってそんな事を言う。当の本人は一度視線を向けるだけで反応を示さない。
黒い髪と着物。それよりも特徴的なのは、頭にある猫耳と着物の間から出ている尻尾だろう。
「何の用だ。それと、この本を読もうとしない方が良い。魂が汚染されるぞ」
奇妙な気配を感じたのか、一誠の背後に回って魔導書を読もうとする彼女へ警告を飛ばす。直ぐに理解したようで、魔導書の中身を見る事無く一誠の正面へと戻ってきた。
「……なんでアンタはそんなモン読んでるのよ。自分だけは大丈夫、とかそういう奴かにゃん?」
「そうだな。現状、これを読み解けるのは俺だけだろう」
一誠が特に迷う事もなく返事をした事に対して、彼女──黒歌は溜息をついた。からかいがいが無いと感じたのだろう。
そんな折、部屋の扉が開いて一人の人物が入ってきた。
「何をしているんだ、黒歌」
「ヴァーリ。ちょっと話してただけにゃん。私も今は暇だしね」
「そうか……フィアンマ、お前はまた魔導書を読んでるのか?」
「数が多くてな。一度は目を通して置かないと、必要な時に知識を使えないだろう?」
相変わらず本から目を離す事無く、一誠は淡々と告げた。一応その為の霊装も作ってはいるのだが、何分初めて作るので時間がかかっている。
完成すればかなり便利になるのだが、今は知識の収集努めた方が良いと判断した。
「ところで、冥界に行くと聞いたが?」
「ああ。正確には次元の狭間に用があるんだが、俺達は冥界に待機する様に言われてる」
派閥が違う為に言う事を聞く義理など何処にもないのだが、同じ組織にいる以上、余り波風を立てようとはしていないらしい。
一誠はそこでようやく視線を本からヴァーリへと移し、告げた。
「俺は冥界に用がある。魔導書が封印されているらしい場所にな……お前、堕天使側にいたんだろ? 封印されている場所を知ってる筈だ」
「……なるほど。俺は、グリゴリの建物内でそれが封印されている場所を知っている。だから案内させたいと?」
「場所を教えるだけでも構わないさ。場所さえ分かれば、対して時間をかけずに電撃戦で終わらせられる」
わざわざ戦闘をする必要は無い。時間制限がある以上、調子に乗ればやられる可能性だって存在するのだから。
もっとも、それとてかなり低い確率ではあるが。
「そうか……」
ヴァーリはと言えば、何やら考え込む様な仕草をして、答える。
「グリゴリの方は俺が奪って来る。お前に任せると、辺り一帯を更地にしそうだしな」
「ん? 良いのか? ……育ての親の組織だからかは知らないが、何時か足元を掬われるぞ?」
「かもしれないな。だが、良いさ。いつかアザゼルとも決着を付けたい」
何処までも戦闘が目的な事に対し、一誠は小さく笑ってしまう。ヴァーリらしいとも言えるし、何処までもぶれないその心意気に好感を覚える。
自分のやりたい事を何時までも見失っていた俺とは大違いだ、と思う一誠。色々な要因が重なったとはいえ、今では世界的テロリストをやっていると親に言うとどうなるのか、バラす気が無いとはいえ気になってしまう。
「ついでだ、ヴァーリ。
「
主に『
一誠も目的は同じなのだ。『
ものに出来れば、必ず力の向上につながるだろう。その為の
「俺とプリシラは悪魔領──ダンタリオン家の書庫を狙う。霊装も、後二、三週間もあれば完成する」
俺を殺す機会があるとすれば、霊装が完成するまでの間かな。と漏らす一誠。
それは、端的に言って「ヴァーリでは勝てなくなる」と言っている様なものであり、挑発にも近い。
しかし、ヴァーリは気にすることなく、言った。
「俺は最強を目指す。だから、お前がどれだけ強くなろうと、俺は必ずお前を超えるぞ」
……なんでしょう。何か、ヴァーリが主人公っぽく……あれ?
それはともかく、にじファンに載せれるのは恐らくこの話か次話位までかなぁと思ってます。五巻には入りましたが、相変わらずリアス陣営は目立たない。
……目立つ機会は、きっとある筈……。
レーティングゲームの巻はともかく、それ以外なら多分。
あ、それと移転場所が変更に成りました。詳しくは活動報告を見ていただければいいのですが、「〇〇を応援・支持するHP」というサイトにて連載させて貰う事に成りました。
これ以上の変更は起きない……筈(何