第三十六話:ダンタリオンの書架
冥界行きの列車の中。
此処は、グレモリー家の所有する列車であり、人間世界と冥界を行き来する為の悪魔側のルートである。堕天使側にも一応存在するのだが、そちらは今回は関係無い。
メンバーはグレモリー眷属に加え、堕天使総督のアザゼル。そして、名目としてはアザゼルの護衛役となったイヴァンだ。
アザゼルは欠伸しつつ列車に乗り込み、後を追う様にイヴァンも乗り込む。リアス達は既に乗り込み、荷物などをあいている席に置いている最中だった。
「さて、今回は冥界で修行となった訳だが……どうにも嫌な予感がするんだよな」
「……それが、私を護衛という名目で近くに置いた理由か、総督どの」
「そうだな。俺としては何も無い事を祈りたいが、生憎と、人生そんなイージーモードに出来てないって知ってるのさ。経験上な」
あいている席に座りこみ、イヴァンを対面に座らせる。窓から見えるのは駒王学園のある町の駅のホームだが、本来一般人の知り得ない地下に存在する特別な場所だ。
足を組んで窓枠に肘をかけ、リラックスした様子で喋っている朱乃達を見る。グレモリー眷属──特に朱乃に関しては、アザゼル自身、出来るだけ気にかける様にしている。
「そうは言っても、貴方自身が出向けばいい話だろう。あの組織はテロ集団だ。貴方が前線に出てもおかしくは無い」
「それもありと言えばありだ。だけどな、それ以前に俺は総督としての立場がある。指揮官が兵隊押しのけて前線に出る訳にはいかないんだよ」
溜息でも吐きそうな様子で、アザゼルは言う。
相手が旧魔王クラスならばともかく、それ以外の戦闘で自身が前線に出る訳にもいかないし、そもそも何時襲撃が来るかわからないのだ。対処が遅れる可能性はかなり高い。
だからこそ、即戦力であるイヴァンを連れて来たのだ。
「……実際、今はかなり不安定な状況だ。しばらく戦争が起きる事は無いと踏んでいるが、奴等がいる以上はそれも叶うかどうか怪しい」
奴等──『
何時如何なる時も警戒するという訳にはいかない。精神が疲弊していては戦闘も満足にできないし、肝心な時に動けないのでは役立たずも良いところだろう。
「そんなに心配なら、赤龍帝も連れてくれば良かったのではないか? 少なくとも、あの少年の実力は認められると思うが」
「……あいつは駄目だ。確かにヴァーリと張り合えるくらいの実力は持ってるが、なんつーかな……こう、底知れない感じがするっつーか……」
何とも抽象的な表現だが、上手く表現できない事にアザゼル自身がイラついている様子だ。
「少なくとも、あいつは戦闘……というか、俺達の側につく事に余り好意的じゃ無い。それでも奴は赤龍帝だ。一応幾つかの保険はかけてあるが、裏に誰かがいるならそれも無駄だろうな」
一誠を監視する様に堕天使の一人に任務を言い渡して置いた。最初は訝しがったものの、相手が赤龍帝と分かるや否や、直ぐに気を引き締め直して監視に当たる事となった。
一応堕天使の中でも上級の部類に入る実力者だ。監視にもなるし、もし敵じゃ無いにしても護衛になるから問題は無い。
「裏に誰かがいる、か……つまり、赤龍帝の事を疑っていると取っていいのだな?」
「ああ。実際、あいつの行動や思想は読めない部分がある。それに、あの体質や雰囲気。どう見たって一般人のそれじゃねぇしな」
夏休み前に変わった、一誠の雰囲気。バチカン襲撃と時期が被るのだが、それだけで疑っていてはキリが無い。
魔術に関しての知識もそうだが、今代の赤龍帝には不明な部分や読めない部分が余りに多過ぎる。ヴァーリの様に力を求めている様子も見えないし、かと言って怠惰に過ごして実力を磨かない訳でも無い。
歴代の赤龍帝とは、いささか異常に奇妙な部分が目立つ。それが一誠だ。
「……そう言えば、聖人のお前から見て、赤龍帝のあの力はどう見える?」
「ふむ。私の時にも使った、あの天使の様な力についてか? それなら、私達が使っているものとは少々質が異なると言えるだろう」
「質が異なる?」
「私達が『
偶像崇拝の理論と呼ばれるものがある。
これは、姿や役割が似ているもの同士はお互いに影響しあい、性質・状態・能力などとしても似てくると言う魔術理論であり、十字架や神の像は元来なんの神秘も持たないレプリカであるにもかかわらず、本物の力が宿るのはこのためだ。
聖人が強力な力を振るえるのも、この理論によるものだとされている。
だが、当然ながらオリジナルのほんの一端の力を解放している聖人でさえ、その力を完全に制御する事は難しい。
しかし、一誠のそれは完全に制御されている。そこが、イヴァンにとっての違和感だった。
「本来、私達でさえ手に余る様な莫大な量の『
つまり、あれだけの威力を出せるという事は、それだけの力を内包しているという事に他ならない。
威力を瞬間的に底上げする方法としては
「……なるほどな。『
監視を付けて置いたのは正解だな、と小さく呟いた。
●
「やれやれ、アザゼルも相当俺の事を疑っているらしいな」
足元に崩れ落ちている堕天使を一瞥し、適当に魔術で記憶を改ざんする。今はまだ、姿をさらす時ではない。
『夏休み前に集められた時、かなり奇異の目で見られたからな、相棒』
「ああ。俺から感じる雰囲気が変わった、って所だろう。天使に近づいたのは良いが、この辺りは少し面倒だな」
少し鬱陶しい。と呟く一誠は、記憶を改ざんした堕天使を放って歩きだす。その先には、空間の裂け目の様な場所があった。中から覗いているのはオーフィス。
移動手段も準備する必要があると感じるが、現状ではオーフィスやゲオルクの手を借りる方が速いのだ。こればかりは仕方が無い。
「アザゼル、邪魔?」
オーフィスが、ふとした拍子にそんな事を聞いてくる。特に意図があった訳ではないのだろうが、一誠は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ああ。あいつは厄介だな。頭も切れるし、実力もある。ああいうタイプは出来れば敵に回したく無い」
『だが、敵対する以上は何時かぶつかるぞ?』
「分かってるさ。頭を使った駆け引きは少々骨が折れるだろうが、実質的な戦闘なら幾ら対策を取られたって無駄だろうしな」
何百年、何千年と生きているであろうアザゼルを相手に、頭脳戦をやっても勝てる保証は無い。だが、実質的な戦闘というのなら、負ける確率はかなり低いだろう。
「……じゃあ、消す?」
「それもありだろうが、今はまだ駄目だ。あいつの能力には目を見張るものがあるからな」
それらの知識を無視しても出来ない事は無いし、無理にやらなくてもいい事ではある。だが、戦力強化を言う意味では確かに必要な人物だ。
「"利用価値のある奴は運が良い。くだらないジョークを言っても殺されずに済むチャンスが残っているんだからな"」
どこかで見た様な言葉が紡がれ、自分で納得する様に頷く一誠。
まずはプリシラと合流だな。と言い、次元の狭間を超えてとある部屋に辿りつく。
そこは、連続して肉を打つような打撃音が絶え間なく聞こえてくる部屋だった。
白い鎧を纏ったヴァーリと、魔術を十全に使ったプリシラが肉弾戦をやっている。現状、本気で殺す様な技や魔術は使用していないようだが、それでも音速を軽く超える戦闘劇には目を引かれるものがある。
普通の人間では視界に映らない様な速度。鎧を纏っている相手に躊躇なく拳を打ちこむプリシラもそうだが、鎧を纏っている
「随分と楽しんでいる様だな、ヴァーリの奴」
「ああ、フィアンマ。あの子、聖人っていうんでしょ? 前に一度他の聖人と戦ったことがあるからって、ヴァーリが戦いたがったのよ」
黒歌が溜息でも吐きそうな様子で、二人の戦闘を見る。流れ弾が飛んで来ない辺り、プリシラは純粋に身体能力の向上だけを魔術でおこなっているのだろうか。ヴァーリも半減の能力を使っていない様だし、一応限度は分かってやっているのだろう。
適当に切り上げさせ、水の入ったペットボトルを投げ渡してプリシラに告げた。
「どうだった、ヴァーリの相手は」
「強いですね。伊達に旧魔王の血筋という訳では無さそうです。全力でぶつかれば、また違った結果に成る可能性はありますが」
聞けば、二十分以上は闘い続けていたという。それだけ戦っても決着がつかなかったので、引き分けとしたらしい。
まぁ、どちらも全力では無いのだ。この戦いの結果には余り意味は無いだろう。
「今日は休め。準備を整え、明日にでもダンタリオン領に襲撃をかける予定だからな」
「明日、ですか」
いささか性急過ぎるのではないか、と思わなくもないが、フィアンマが決めたことであればと納得をするプリシラ。
ヴァーリもそれに合わせて襲撃をするらしく、黒歌と話している。
「専用術式の方はまだ出来ていない。どの道、調整はお前自身の手でおこなう必要があるがな」
「……原罪を薄め、天使へと近づいたことで使用出来る様になった魔術、ですか」
本来ならば、原罪を薄めた副作用によって通常の"人間用魔術"は使用できなくなるのだが、一誠とプリシラは"薄める原罪を取捨選択"する事によって人間用魔術も扱える。いいとこどりの状態だが、神上に成る為には余り褒めらた行為ではない。
原罪とは、本来切り離すべき"悪"なのだから。
「オーフィスは今回は留守番だな。襲撃と言っても、あそこの守りは其処まで堅くない」
分かった、とオーフィスが返答するのを確認して、一誠は襲撃の準備をする為に部屋を出て行った。
●
そこは、巨大な図書館だった。
冥界は悪魔と堕天使に二分されている。だが、そもそも冥界には海というものが無い上に、悪魔と堕天使を合わせた総数も人間よりずっと少ない。
故に、旧七十二柱の一体であるダンタリオン領ともなれば、それなりの土地面積である事は明白だった。
「しかし、大きいな」
建物を見上げ、一誠が静かに呟く。
図書館とは、本を所蔵する場所だ。だからこそ、その中でもトップクラスに大量の本を所蔵する図書館とは相当広いと思っていた。
しかし、実物は予想をはるかに超える。
二階建て、地下三階まである上に縦横の広さが五百メートル以上ある。内部にはそれだけの蔵書があるという事なのだから、期待は出来るのだろうが。
入口から堂々と入り、奥へと歩を進める。入口にいた悪魔が訝しげに見てきたが、特に何も言ってこない。気配のそれは天使と似通っている今、駒王協定が結ばれた事もあって通しても良しと判断したのだろう。
奥へと進み、壁際の扉を開けて地下へと降りる階段を発見した。
地下へと降りる。階段自体は鉄製なのか、酷く足音が響く。
「……地下三階。いや、違うな」
もう一つ、巧妙に隠されてはいるが、更に奥がある。ゆっくりと壁を撫で回し、壁の固さを手で感じた後──魔導書を取り出し、壁を切り裂いて奥へと歩きだす。
「……よく気付きましたね、こんな仕掛け」
「仕掛け自体は簡単だ。本来あった通路に、新しく壁を用意するだけだからな」
ただ、其処から意識をずらす様に結界を張ってあるのが巧妙だと、一誠は言う。
足元に仕掛けてある感知用の術を無視して素通りし、警報が鳴ったのも気にせずに辺りを見回す。
「まぁ、それはどうでもいい。それよりも、何故そんな回りくどい事をしてまでこの場所を隠したがったのか──これが、恐らくは原因だろうな」
地下四階に降り立った一誠の視界の先にあったのは、膨大な蔵書。それら一冊一冊が魔力を帯びている。
それでも全てが魔導書という訳ではない。写本も幾らか混じっているし、そもそも悪魔文字で書かれた魔導書と呼べない魔導書まで存在する。
「……随分と量が多いな。これは手間がかかりそうだ」
「そうですね。ですが、探す必要は無さそうですよ?」
「あん?」
プリシラがとある方向を指さす。其処には、英語やラテン語で書かれた魔導書の数々が存在していた。かなりの量ではあるが、一纏めに出来る位の蔵書数らしい。
その本棚まではそれなりに距離があるのだが、プリシラはハッキリと見えているらしい。視力が相当良いのだろう。
本棚まで近づき、一冊手にとって開く。プリシラは中身を見ない様に、少し離れた場所にいる。
「……当たりだな。他の棚も一応確認しておくが、選別は後々やればいいか」
手に持った『天使ラジエルの書』を閉じ、倉庫の中にいれ込む。ダンタリオンという悪魔は相当な節操無しらしい。
●
その後、一時間ほどかけて選別と回収を終え、図書館の外へと出向いた。
警報が鳴ったのも気にせずに回収作業を続けていた為、ある程度は敵がいる事も覚悟してはいたが──
「これは少々予想外だな」
多数の悪魔と堕天使の混合部隊。中には上級悪魔や上級堕天使もいるようだ。
今まで手を組むどころか憎み合う様な間柄だった二つの強大な力を持つ種族が、たった二人の人間相手に最大級の警戒心を向け、あまつさえ援軍を要請している。
それだけ一誠とプリシラの事を警戒しているという事だろう。だが、二人は感知用の術を使って侵入が知られた。あれは恐らく、ダンタリオン家の持つ叡知によるものだろう。だが、それだけで中にいる人物を判別できる物だろうか。
一誠は知らなかったが、入口にいた悪魔こそがダンタリオン家の長男だった。自身の家とも言える場所である図書館の内部を熟知しており、監視用の術を使う知識も持ち合わせていた。
だからこそ、天使側に残る情報と照らし合わせ、この二人の脅威度が高いということが知られたのだ。
「『
丁度良い、と口元に獰猛な笑みを浮かべる。両手にはそれぞれ一冊ずつ本が握られており、小さく言葉を紡いで魔術を発動させる。
「プリシラ、お前は手を出すな。本当は霊装が完成した後でやる予定だったが、前倒しだ。──魔導書の力を確認する」
魔導書を全て使うという訳にはいかないが、目の前にいる混合部隊はそれなりの人数を誇る。ある程度は良い実験台として使えるだろう、と一誠は判断した。
「かかってこいよ、雑魚共。『
紅いローブによって顔も隠されているが、その口元に浮かんだ笑みは隠されていない。何より、その声色は力を振るう事を楽しんでいるように感じられる。
悪魔・堕天使達が一誠を見、構えた所で──一誠の持つ魔導書から、異質な力が感じられた。
例えるならそれは、見るだけで怖気が立つ様な穢れた物。触れるどころか視界に入れる事すら忌避する様な、この世に在ってはならない異界の叡知。
「
一瞬にして一誠の周りに多数の魔法陣が浮かび上がり、射出された堕天使達の光の槍を難無く防ぎきる。その様子に驚愕の表情を浮かべる堕天使達だが、一誠は気にすることなく、もう一つの魔導書を読み上げた。
瞬間、爆風と轟音が辺りに広がり、一誠の背中に真っ赤な翼が展開される。炎よりも、血に近い色彩の翼が。
ゆっくりと歩く。その歩調は決して速くは無く、ゆったりとした足取りだ。だが、見る物が見れば死神の様に感じる。それほどに威圧感があり、両手に持つ魔導書が忌々しかった。
「さて、実験というには少し派手な気もするが、まぁ良いか。精々足掻けよ、人外共」
原作に出てませんが、何となく使ってみたかったので使わせてみました(え>ラジエルの書
他にもいくつか候補があったんですが、中身が分からないので適当に選んだ結果がこれです。後悔はしてない。
そろそろ五巻の内容も中盤……五巻は原作に殆ど関わってねー、というww
六巻か七巻辺りからは関わりそうですけどね。