第三十七話:魔王主催のパーティー
一誠はアジトへと戻って一段落した後、偶々通りかかった美猴を捕まえてヴァーリの事を聞き出した。
あちらはあちらで大変だったようで、ヴァーリはバラキエルと一戦やって来たらしい。それでも、目的を果たした上でちゃんと戻って来たのだから流石としか言いようがない。
魔導書は厳重な封印がかけられた状態のまま回収されており、一誠はヴァーリからそれらを受け取った後で封印を破壊。倉庫に入れておくことにした。
「
「ああ。詳細はシェムハザとアザゼルしか知らない様な機密でも、俺は一応グリゴリに所属していたからな。アザゼルやシェムハザが何処に隠すかは大体見当がついた」
もしも一誠がそちらに奇襲をかけていた場合、相当な時間がかかった上で見つけ出す事が出来なかった可能性がある。
やはり、ヴァーリに任せたのは正解らしい。
「それで、何が目的なんだ? それ位、聞かせて貰っても良いだろう?」
資料を受け取ろうとした瞬間、ヴァーリが一誠へとそう告げた。一誠は少しばかり考え込む様な様子を見せ、「まぁ、いいか」と呟く。
手近にあったソファに座り、倉庫から適当に飲み物を出す。長く話をするつもりはないが、これぐらいは良いだろうと思った様だ。
「簡単な話だよ。俺はこの組織に属しているが、それを隠している。つまりはばれたくない訳だ」
別にばれても問題は無い気もするが、面倒事になるのは間違いない。両親を人質に取られるのは少々面倒な事になる。
それを回避するために、一誠は神器の知識を集めていたのだ。
「……ドライグの気配、か?」
「そうだな。俺もお前も、龍独特の気配を持ってる。俺はある程度打ち消せているし、お前はそもそも隠す気が無い。だから必要ないかとも思ったんだが……『
『それに、奴は最上級悪魔だ。魔王のパーティに呼ばれてもおかしくは無いってことか』
ドライグが一誠へと確認する様に言う。「ああ、そうなるな」と簡潔に答え、一誠は飲み物を一口仰ぐ。
「まぁ、唯の一時しのぎに過ぎないけどな。今はまだ、バレ無い方が都合が良い」
準備が整っていない。聖なる右が安定さえすれば、後は敵などいなくなる。それまで、邪魔をされる訳にはいかないのだ。
特に、アザゼル辺りにばれるとまた面倒な事になる。実力が高く、生半可な実力では撃退出来るか怪しい。そもそも、アザゼルにばれれば奴一人で来る可能性などゼロに等しいのだ。
「それに、これはお前にも言える事だが──『
なにも、神器について研究しているのはアザゼル達だけでは無い。『
だが、一誠は英雄派──特に、曹操を信用していない。彼の持つ『
対処法はもちろん、魔術以外の戦闘方法を確保して置いた方が良い。裏をかく意味でも、何かしらのイレギュラーな事態に対処する為でも。
「『覇龍』か……一誠、お前は使えるのか?」
「使える。が、完全とは言い難いな。消耗する力を生命力から『
あっさりと手の内をバラす一誠に不信感を持つヴァーリだが、一誠からすれば、別にこの程度の事が知られた所で問題は無いのだ。
魔術と違い、知られた所で対処法は限られている。それに、ヴァーリでも無事に止め切れるかは怪しい。確率は三割あれば良い方だろうか。
唯の
「その辺は追々考えて行くさ。今は、神器の研究と気配遮断の方法だな」
「そうか……なぁ、兵藤一誠」
なんだ? と一誠は視線を向ける。手にはペットボトルがあり、中身を一口飲んでいる最中だ。
「お前の言う隠し玉。『聖なる右』だったか? あれが完成すると、どうなるんだ?」
単なる興味本位。答えて貰えるとは思っていない。唯、単純に気になったのだ。
一誠が三大勢力を相手に事を構えてでも成し遂げようとする『右腕の完成』とは、一体何なのか。ヴァーリは、それを知りたがっている。
「……そうだな。何と言えば良いんだろうな。完成した力は……例えるなら、一つの神話の中心になる事も出来る力だろうし、世界を救う事も、滅ぼす事も出来る力だ」
少なくとも、惑星一つ破壊する事くらいなら、訳は無い。一誠はそう言う。
「──、」
驚愕の所為か、唖然とした様子で一誠を見るヴァーリ。一誠が簡単に話した事もそうだが、何よりもその内容──惑星を破壊できるという程の力に、驚いていた。
確かに、『無限』を冠するオーフィスであれば、それ位は可能かもしれない。グレートレッドとて、オーフィスが正面から戦うのを渋る以上、同格の力を持つとみてもおかしくは無い。
だが、星とは其処まで簡単に破壊できる存在では無いのだ。
地面を抉ったりする事は、強力な力を持てば大体の者が出来る。町一つ、国一つ落とすことだって可能かもしれない。だが、星一つとなるとスケールが違う。
「……なるほど。三大勢力を敵に回しても、その力は手に入れる価値があるな」
「必要時以外に使う気は無いけどな、こんなモン。戦闘以外に使えるってのは割と利点だろうけどよ」
奇跡を起こす右腕。逸話通りであれば、死者を蘇らせたり、身体を蝕む病を無くす事だって出来るだろう。将来的にはそれで小銭を稼ぎながら過ごすのもありかも知れない。
一誠はヴァーリの事を信用している。それこそ、曹操よりは、確実に。ある程度の情報を与えておけば、こちらが信用しているというスタンスを見せることにもなる。
ヴァーリがその辺りを分かっているかは定かではないにせよ、無駄にはならないだろうと思っている。
「まぁ、何だ。魔導書も手に入れた。神器に関する情報も手に入れた。後は霊装を完成させるだけ、か」
それも、後十日程あれば完成する。その時は、調整をする必要があるな、と一誠は考えていた。
●
二週間後。一誠は冥界のアジトから出て行く途中の黒歌を見つけた。
特にコソコソと動いていた訳ではないが、知識の事もあり、気になったので声をかけてみる事にした一誠。
「何処に行くつもりだ、黒歌。今は待機する様になってる筈だろ」
「フィアンマかにゃ。ちょっと抜け出して、悪魔側主催のパーティに行ってみようと思って。妹がいるのよ」
笑ってはいるが、その笑顔には何処か翳りが見える。妹との関係が複雑なのだろうが、一誠には特に関係ある訳ではない。
だが、これはある意味一つのチャンスだ。
「それで、抜け出して悪魔側のパーティに、ね……良し。俺も暇なんだよ。ついて行くが、構わないな?」
「……別に良いけど、ばれない様にして欲しいにゃー」
「一応、そう言う事には慣れてるんでね。俺から感じる天使の気配も、今は微弱な物だろう?」
訝しげな様子で一誠の事を見る黒歌だが、確かに気配が感じにくいという事を確かめると、アジトを抜けだして移動を始める。魔導書の知識を用いることで、空間転移を可能としたのだ。
任意の場所に飛べるが、一応ながら座標を特定する為のポイントが必要となる。なので、今回は素直に移動する事にする。
とは言っても、方向さえ分かれば、水平方向なら例え一万キロメートル離れていようと移動出来るので、移動時間などほんの些細なものだったが。
「凄いのね、あんた。魔術派って皆変な連中だし、戦力として期待して無い奴も多いから、こんな事が出来るなんて思わなかったわ……それに、その妙なのも」
「魔術派はそもそも、俺が技術や知識面でのバックアップの為の派閥に過ぎないんだよ。いわば、俺の為に作った派閥とも言えるな」
無論、それ以外にも利用価値はある。だが、大半の目的はそれだけだ。戦力としてなど、元から期待していない。魔神クラスならばともかく、聖人クラスとまともに戦えない以上は戦力として期待する方が間違っている。
一誠は右肩にある第三の腕を消しながら、適当に返した。
「この腕は隠し玉だ。『禍の団』の内部でも、一応俺はトップクラスの実力は持ってると自負してるよ」
と言っても、まともに使ったのは曹操との一戦のみだが。それ以外で、敵の真正面から使った覚えは無い。
ふぅん、と返す黒歌。使い魔であろう黒猫を放ち、パーティ会場へ入り込ませる。視界を共有しているのか、黒歌は目を閉じたまま動かない。ついて来たのは良いが、突如として暇になった一誠は、倉庫から一本の杖を出し、正常に動くかどうかを確認している。
一応ながら、自分の霊装なのだ。確認しておくのは当然と言えるだろう。
直ぐ近くでパーティがあっている所為か、ある程度の距離を置いて警備兵がうろついている。かなり遠くにいる為、悪魔の視力でも捉える事は不可能に近い。
やる事もなく近くの木にもたれかかり、暇を持て余して欠伸をしていると、突然黒歌が目を開けて笑みを浮かべた。
「どうした。何かいい事でもあったのか?」
「妹が私の使い魔を見つけてくれたみたいでね。今、こっちに向かって来てるにゃん」
「そりゃよかったじゃないか。感動のご対面だな」
適当な調子でそんな事を言い、ゆっくりとした動作で立ち上がる。尻についた土を払い、背伸びをして軽く体を動かす。
ようやく暇をつぶせそうだ、と歩きだした黒歌の後を追い、一誠も歩き始めた。
そのまま数分程歩くと、容姿が黒歌とは対照的な発育途中で小柄の少女がいた。グレモリー眷属の一人、塔城小猫だ。
「──っ! あなたは」
酷く驚いた様子で小猫が全身を震わせる。黒歌はそれを気にせず、軽い調子で話しかける。一誠は特に返答する必要性を感じず、黙ったままだ。
声自体は微妙に変質させてある為、フィアンマ=一誠と結び付ける事は難しい。
「ハロー、白音。お姉ちゃんよ」
「黒歌姉さま……」
パーティ会場に紛れ込ませた一匹の猫で此処まで来るとは、何を考えているのか、一誠にはよく分からない。もしくは、何も考えていないのか。
どちらでもいいか、と思考を打ち切った。
「そこにいる連中。気配を隠しても無駄にゃん。私は仙術を使えるから、気の流れの少しの変化だけで大体分かるにゃん」
黒歌が茂みに向かって告げると、意を決した様子で四人の人物が現れた。リアス、木場、朱乃、ゼノヴィアだ。
小猫は驚いた様子でその四人の名前を呼び、確固とした様子で聞いてくる。
「何故貴女が此処にいるの? まさか、このパーティ会場でテロを起こすつもり?」
「まさか。本当は冥界で待機命令が下りてたんだけど、私はちょっとした野暮用で此処に来ただけにゃん。白音に用があったからね。コイツは暇だからついて来ただけにゃん」
「まぁ、間違ってはいないな。特にやる事も無かったんだ。だが、悪魔側の警備体制を確認しておくって理由もあるぞ」
明らかに後付けなのだが、その辺は別にどうだっていい。
「それで、お前は妹と会えたわけだが……どうするんだ。このまま帰るか?」
「そうね。帰るとしましょうか。ただし、白音は頂くにゃん。あの時連れて行ってあげられなかったからね」
あの時、というのが何時かは分からないが、黒歌は連れて帰る気満々の様だ。仙術が使える種族は貴重である為、ヴァーリもオーフィスも文句は言わないだろう。
黒歌が目を細めながら小猫を睨むと、怯える様に身体をビクつかせる。それに気付いたのか、木場が一歩前に出て告げた。
「この子は僕達グレモリー眷属の大事な仲間だ。連れて行かせる訳にはいかない」
断固とした様子で言う木場には、普段とは違う、力強い意志が感じられた。
「御立派だことで。だが、まぁ。俺達二人を相手にして勝てると? 今回はその子を貰えれば黒歌も納得するだろうし、そっちの方が被害は少なくなると思うがな」
リアスが一歩前に出て、憤慨した様子で黒歌を見る。
「この子は私の大事な眷属よ。指一本触れさせないわ」
「あらあら? 何を言ってるのかにゃ? その子は私の妹で、私は姉よ。上級悪魔にはあげないにゃん」
黒歌とリアスのにらみ合いが数秒続き、睨みを先に止めたのは黒歌だった。にっこりと笑みを浮かべ、告げた。
「めんどいから殺すにゃん」
その瞬間、森を包むように結界が張られた。黒歌の空間を操る術だ。この結界により、外部から助けが来る事はおろか、この場で何をしようと外に漏れる事は無い。
警戒した様に戦闘準備をするグレモリー眷属の面々。
その時、巨大な影が現れた。
「リアス嬢とその眷属がこちらに向かったと報告を受けて来てみれば、結界の中に閉じ込められるとはな……」
「ほう、『魔龍聖』タンニーンか。直に見るのは初めてだな」
巨大な体躯を見て、一誠が口笛を吹く。その口元には、小さく笑みが浮かんでいた。
「ドス黒いオーラだ。このパーティには相応しく無い来客だな」
タンニーンの唸り声の様な声を聞き、黒歌も戦闘準備をする。元竜王の首を持ちかえれば、オーフィスとて文句は言わないだろう、と。
「やれやれ。相手をするのは俺だろうに」
「あら、嫌なら変わって上げても良いにゃん」
「いや、いい。あっちの相手をするよりはマシだろう。それに、あのレベルの相手に通用するか、まだ試していなかったものでな」
倉庫の中から霊装である一本の杖を取り出す。赤く塗った杖。その先端には、掌に収まるタイプの円筒形で、側面には細いリングが幾つもあるそれをはめ込んでいる。
杖自体は幾らでも作り出せるものだが、先端にあるそれは違う。一誠は便宜的に『禁書目録』と呼んでいるそれは、一誠の倉庫にある魔導書から術式を検索する機能を備えているのだ。
その為だけの霊装。それ以外に使用用途は無い。
「さて、タンニーン。俺の相手をして貰うぞ」
杖を軽く振り、先端をタンニーンに向ける。検索された術式が展開され、一瞬にして複数の閃光が舞った。
タンニーンは素早い挙動で空へと舞い上がり、その閃光を避け、一誠の方を見る。
「それで終わりか? 妙に気配が薄い奴だが、人間か?」
「生憎と、人間だよ。唯の人間とは言い難いがな」
術式を展開させ、小さく呟いた後で浮遊する。
魔術師は空を飛ばない。何故なら、魔術によって飛んでいた場合、撃墜魔術による攻撃で落とされかねないからだ。撃墜魔術自体外れることが少ない。多大なリスクを冒してまで飛ぼうとはしない。だから、通常は地面すれすれを滑空する様に飛翔する。
だが、今は違う。この場に魔術師は一誠だけであり、相手は空にいる。浮遊用の魔術を使った方が良いと判断した。
「さぁ、行くぞ」
直後、一誠の目の前から扇状に衝撃波が走り抜ける。広大な範囲に広がった衝撃波はタンニーンを容易く吹き飛ばすかと思われたが、間一髪のところで翼を翻して上空へ回避。
そして、空一面を覆う程の大質量の火炎を吐きだした。
「……やれやれ、此処までとは驚いた。流石は元竜王と言うべきか」
魔法陣が幾重にも広がり、火傷一つ負っていない状態で溜息をつく。これでも威力を抑えている方だろう。本気になられると、少し厄介だ。
「ほう、人間の割によくやるな。このタンニーンの一撃を受けるとは、何とも楽しませてくれる!」
「怪物を倒すのは何時だって人間なのさ。ちゃんと手加減してるんだ、感謝して欲しいね」
吐き出された炎と、一誠の背中から出現した赤い翼が激突する。辺り一帯に衝撃波をまき散らすが、当の二人は気にした様子もない。
「お前等、一体何を相手にしているか分かっているのか? なんにせよ、この人間の相手は俺がやろう。リアス嬢とその眷属共。俺がコイツの相手をしている間にその猫を倒してみろ。──魔王の妹とその眷属だろう? この位の苦難、乗り越えて見せるんだな」
タンニーンは決して一誠から視線を外さず、リアスへと告げた。
「俺相手に一人で良い、か。舐められたものだな、でかい蜥蜴の癖に」
「人間風情にやられるほど、俺も弱くは無いぞ。ヴァーリチームと並んで独断行動が多く、『蛇』を与えられていないチームである魔術派。その一人だろう?」
「フィアンマだ。実質的には魔術派のトップだよ。更に詳しいことが聞きたいなら、俺を倒してからにしろ、蜥蜴風情が!」
「言うか、人間めッ!! 此処は『あの世』と呼ばれし地獄こと冥界だ! 貴様ら雑魚が後悔するには最高の場所だと知れッ!」
爆発が幾重にも重なる。その爆音が響いている所為か、下にいるリアス達にはフィアンマの名が聞こえなかったらしい。時折見上げつつも、一誠の事に気付いた様子もない。
ゴッ!! と太いビームの様なものが発せられる。俊敏な動きでそれを避けるタンニーンだが、同時に赤い翼が弾けてレーザーと化し、襲いかかる。
流石に数が多く、避けきれない。幾つか当たりながらも、致命傷だけは避けて動いた。
(……強いな。流石に派閥のトップと言うだけはあるか。それに、奴はまだ底知れぬ何かがある様に思えてならない)
それは、タンニーン自身の経験に基づく勘の様なものだった。だが、勘だからと言って一笑に付すには少々嫌な予感がした。
先程言っていた言葉も気になる。即ち、「ちゃんと手加減してるんだ」という言葉。
少しばかり、分が悪いかもしれない。
リアス達に黒歌の事を任せたとはいえ、状況は芳しくない。毒霧の所為で朱乃とリアス、小猫が戦闘は出来ない状況だ。ゼノヴィアと木場は、それぞれデュランダルと聖魔剣を持っているからこそ無事なのだろう。
しかし、二人だけで勝てるほど黒歌は弱くない。余り時間をかけるとリアス達の身が危ない。
逆転のカードが無い。どうすれば、この状況を打破出来る。タンニーンが其処まで考えた所で──
「──考え事か? そう言うのはもっと安全な場所でやるんだな」
閃光が飛び交う。反応が僅かに遅れていれば、頭部を貫かれていたであろう一撃。ギリギリで避けたが、身体には僅かに傷が増えている。
(仕方が無い。成長の機会かも知れんが、今回は少しばかり荷が重い)
全力を出すには場が悪い。足手まといもいる状況では、こちらが不利。故に、援軍を呼ぶしかないだろう。
タンニーンは地に降り、グレモリー眷属を守る様に前に立つ。木場とゼノヴィアが後ろに回っているのを確認した後に口を開き、大質量の火力を放った。
「クソがッ! この野郎!」
黒歌ごと焼きつくす業火。最大威力は隕石の衝突にも匹敵するとされる竜王のブレス。手加減されているとはいえ、真正面から受けていれば防ぎ切れるものではない。
リアス達も、タンニーン自身でさえ、今の一撃でやったと感じた。現に、結界は今の一撃で破れている。
「──今のは、少しひやっとしたぞ」
だから、声が聞こえた時、少なからず驚愕の表情を浮かべた。
風が操作される様に動き、辺り一帯を覆っている煙を掃う。その先にいたのは、第三の腕を現出させた一誠と、多少なり驚いた様子の黒歌だった。
悪魔である彼ら彼女らには、この腕はある意味で天敵。神の敵を切り裂くミカエルの右腕を摸した存在は、嫌が応にも注視せざるを得ない。
そして、あの腕を見て、血相を変えた悪魔が一人──朱乃だ。
「あれ、は……まさか…………フィアンマ……?」
茫然自失といった様子の朱乃。その視線は、変わらず第三の腕に注がれている。
「どういうことだ、朱乃嬢。お前さん、あいつを知っているのか?」
「……知っているという程ではありません。ですが、かつて一度だけ、命を救われたことがあります」
そう言えばそんな事もあったな、と一誠は呟く。特に興味は無さそうだ。驚きの連続で唖然としているリアス達を見ても、特に何か思った様子は無い。
元より、あの時の行動はかなり突発的だったのだ。聖なる右を発現する切っ掛けになったとはいえ、余り頻繁に思いだすような出来事でも無い。一応覚えていたものの、再開した直後に話さなかった辺り、もう覚えていないものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
そもそも、まともに顔も覚えていない上に十年程度前の事だ。聖なる右を見せる以外の方法では、朱乃が判断できる筈もない。
「……どういう事かにゃん?」
「昔の話だ。大した意味もない」
それよりも、結界が壊されて悪魔達がこちらに気付いた。優先順位はこちらが高い。迎撃するか、逃げるか。
どの道、このまま逃げ帰るのも少々癪だ。敵意を向け、何かしようとした瞬間──タンニーンが動いた。
「させんッ!!」
何かしらのアクションを起こそうとした一誠を止めにかかるタンニーン。それは、悪魔としても生存本能かもしれないし、龍としての生存本能かもしれない。
生き残るには、絶対に何もさせるな、という絶対命令。それが行われ、高速で迫る。通常であれば、龍の威圧感を間近で受け、音速を超える速度で巨体が迫れば、反応が鈍くなっても何らおかしくは無い。
だが、一誠はそれらの要素とは全く持って無縁だった。
唯一度、右腕を振るうだけで。それだけで音がかき消され、爆発する様に閃光が視界を覆い、莫大な力の奔流が生まれる。
タンニーンは、次の瞬間には数百メートル後方へと吹き飛ばされていた。
「最初はお前か。邪魔なんだよ、雑魚の癖に」
最上級悪魔クラスの実力を持ち、元竜王でさえあるタンニーンへと、よりにもよって「雑魚」とのたまう。それがどれほどの事か、分からない筈は無いというのに。
しかし、現にタンニーンの実力を圧倒している。異形なる腕は妖しく輝き、凶悪なまでの存在感を放っていた。
その強烈なまでの聖なる力は、黒歌の毒霧さえも晴らしている。徐々に調子を取り戻しつつあるリアス達を見て、更に追撃を加えようとした刹那。一誠と黒歌の背後の空間が切り裂かれた。
「そこまでです。悪魔側は既に気付いていますよ。ここで戦争を起こすつもりですか」
背広を着た若い男性。手に持つのは聖なる力を発する聖剣──聖王剣コールブランド。
「お前、ヴァーリの所にいたんじゃないのか?」
「黒歌の様子を見に来たんですよ。余りに遅いのでね……そうして来て見れば、貴方までいる。全く、軽々と動かない欲しいものです」
溜息をつく男性。一誠は魔術派という、一つの派閥のトップだ。軽々しく動いて貰っては、立場上困るものがある。
だが、一誠は特に気にせず、嘆息する男性へという。
「暇なんだよ。旧魔王派の奴等は動いてる様だが、俺達は駄目なのか?」
「時期が悪い。それに、旧魔王派は勝手に暴走しているだけですよ。貴方から見れば、旧魔王派がどうなろうと大して変わりはしないのでしょうが」
そもそも、戦力として見ていない。一誠一人で戦力としては事足りている為、旧魔王派がやっているのは一誠にとっては露払いに等しい行為だ。
北欧の神々どころか、天使や堕天使、悪魔の連中さえまともに葬れない出来そこないの集団。それが、一誠から見た旧魔王派という派閥。
「全員、そいつらに近づくな! 手に持っているものが厄介だぞ!」
至る所から血を噴き出しながら、タンニーンが現れる。無理をしているのが見てとれるような状態だが、一誠達は動きを見せる様子は無い。
「聖王剣コールブランド……カリバーンとも呼ばれる、およそ地上最強の聖剣が、白龍皇の元に……」
苦々しげに語るタンニーン。コールブランドがどれほどの脅威か、もしかすると知っているのかもしれない。
「しかし、ニ刀? 腰に差している方も聖剣だな?」
「ああ、こちらは『
「……そんなに話して大丈夫なの?」
「ええ。私もそちらの聖魔剣使いとデュランダル使いに興味がありましてね。出来れば、お手合わせ願いたいものです」
口元に笑みを浮かべながら、木場とゼノヴィアを見据える。
視線を向けられた二人は、聖魔剣とデュランダルを構えながら、男性を見る。
「結局、お前も白龍皇眷属ということだな。人の事は言えんだろう、アーサー」
一誠が溜息をつきながら男性にそう言い、足元に術式を展開していく。このまま魔術による転移で移動しようというのだ。
「そうですね。まぁ、今はまだ、青い果実でしょうから……」
この先強くなる事を期待する、とアーサーは暗に告げ、一誠達は転移した。