第三十九話:とある栗毛の転校生
夏休みも終わり、二学期となった。学校という騒がしい日々が始まり、面倒ながらも平和的な日常は未だ続いている。
出来ればこのまま何も無いと良いのだが、生憎と騒動を起こす側の組織にいるので、それは望めないだろう。高校にいる間位は大人しくしても良いんじゃないか、と常々思ってはいるが、考えるだけ無駄。で全て締めくくられていた。
そして、そんな中で騒がしい種が増えた。
「紫藤イリナです。皆さん、どうぞよろしくお願いします!」
栗毛ツインテールの美少女。覚えがあり過ぎるその顔を見た時点で、一誠は嘆息していた。連絡も無しにいきなり転校では、この反応も仕方ないだろう。
もしかすると、サプライズの様な事を狙っていたのかも知れない。だが、一誠に対してそれは逆効果だった様だ。
「……騒がしいのが来たなぁ……」
ちなみに、この独白を聞いてドライグは大笑いしていた。
●
放課後。イリナは転校生という事で質問攻めの目に合い、特に会話する事無く一日を終えようとしていた。
一誠はイリナの傍にいると何かしらの面倒事に巻き込まれると確信していた為、テキパキと片付けて帰路に着く。だが、校舎から出ようとした所で運悪くアザゼルに遭遇してしまう。
「よう、赤龍帝。今からちょっと大事な話があるんだ。他の連中はまだ集まってねぇだろうが、別に良いだろ。お前も来い」
拒否権など無いとばかりに引っ張られ、旧校舎の一室──オカルト研究部の部室へと足を踏み入れた。中には既にリアスと朱乃が待機しており、アザゼルと引っ張られている一誠を見て苦笑していた。
此処に来るのは大抵面倒事が起こった時、と把握している為、溜息をつきながらも他の面々を待つ事にした。
しばらくした後に現れた面々は、一誠の姿を見た後で少し驚いた表情をし、適当に座り始める。
全員が落ち着いたと分かった所で、リアスが口を開いた。
「紫藤イリナさん、貴方の来校を歓迎するわ」
オカルト研究部のメンバーに加え、ソーナ生徒会長もいる。イリナは教会側の立場なので、一応ソーナも聞いておく必要があるのだろう、と一誠は適当に考える。
イリナは元気よく挨拶を返し、ほぼ全員が歓迎する様に拍手をする。
今現在、駒王学園に存在しない天使側からの支援メンバーとして常駐する事になったらしく、相変わらずの信仰の深さを見せていた。一誠はうんざりし、他の面々は苦笑してした。
この辺は何も変わっていないらしい。いや、其処まで長い期間あっていない訳では無いので、そんなに変わるとも思えないのだが。
世間話を始めたイリナとゼノヴィアを見て、アザゼルが聞く
「お前さん、『聖書に記されし神』の死は知ってるんだろう?」
この駒王学園は三大勢力の協定が結ばれた場所でもあり、その縁あってかは分からないが、協力関係の上で重要な土地となっている。ここに来る以上、それなりに知識を持っている事は前提条件として当たり前なのだ。
「もちろんです、堕天使の総督様」
「案外大丈夫なんだな。お前の事だから、『我らが父が既に死んでいる!?』とか大騒ぎして七日七晩位寝込みそうだが」
「ああ、あり得そうだ。私も驚いているぞ。イリナがショックを受けずに此処に来るなんて」
ゼノヴィアの言葉から一拍置き、イリナの瞳から大粒の涙が流れだす。
「ショックに決まってるじゃなぁぁぁぁぁい! 心の支え! 世界の中心! あらゆるものの父が死んでいたのよぉぉぉぉ!? 全てを信じて歩いて来た私なものだから、それはそれは大ショックでミカエル様から真実を全て聞いた時、余りの衝撃で七日七晩寝込んでしまったわぁぁぁぁぁぁ! ああ、主よ!」
相変わらずウザい程の信仰心だな。と一誠は適当な調子で呟く。予想が当たった事にも若干の驚きがあった。
実際、魔術を使う上での宗教防壁を張っているとはいえ、基本的に一誠は無宗教も良い所なのだ。そもそも、本来なら神が死ぬなどあり得ない事なのだし。
一誠が知っている『
ゼノヴィアとアーシアは同感だとばかりに頷き、イリナと共に三人で抱き合う。
悪魔に成った時の事や、魔女と呼んでいた事だろう。イリナはゼノヴィアとアーシアに謝罪し、三人ともども仲良く再度抱き合った。
「……百合か」
「お前、この光景を見てその単語が出る辺り、意外と頭どうかしてるのな」
「アンタに言われたくは無い」
一誠とアザゼルが小声で話し合い、咳払いをして会話を再開させる。
「で、ミカエルの使いって事でいいんだな?」
「はい。ミカエル様は、此処に天使側の使いが一人もいない事を気にしていらっしゃいましたから。現地にスタッフがいないのは問題だ、と」
天使らしく、慈悲に溢れた行為だ。アザゼル曰く、現状でも「度を越したバックアップ体制」を取っているらしいが、それでも不十分だとして律儀に人員を送って来たらしい。
イリナを選んだのは、実力もあるが、何よりゼノヴィアやアーシア等の知り合いがいるからだろう。
今、駒王学園にいるスタッフは大半が悪魔と堕天使だ。魔王の妹二人に総督がいるのだから、むしろ当然とも呼ぶべきなのだろうが。
リアスはと言えば、「名誉ある仕事」である事と「色々とタメに成りそう」という事で魔王から直接まかされた責任感に燃えていた。
イリナが不意に立ち上がると、祈りのポーズをする。──すると、いきなり彼女の身体が輝き、背中から白い翼が生えた。
全員が驚き目を見開く中、アザゼルは顎に手をやりつつ冷静に問うた。
「──紫藤イリナと言ったか。お前、天使化したのか?」
「天使化? そんな現象、あるんですか?」
木場が気になったのか、手を上げつつアザゼルに聞く。アザゼルは一息つき、肩を竦める。
「今までは無かった。理論的なものは一応、冥界と天使の科学者の間で話し合われてはいたが……」
「はい。私は、ミカエル様の祝福を受けることで転生天使となりました」
なんでも、セラフの面々が悪魔側や堕天使側にある技術を転用する事で、転生天使と言うものを可能にしたらしい。神がいなくなった以上、純粋な天使が増える事はもう無い。であれば、必然とこういった手段も必要になってくる。
四大セラフ、他のセラフを合わせた十人のメンバーは、トランプの
これを、天使側では『
ふぅん、と相槌を打つ一誠は、少し不機嫌そうだった。
自身が天使へと近づいたのは自身の為。行ったのは天使に転生する事ではなく、身体の構成を人間から天使へと作り変えることだ。
だが、それは完全では無い。人間よりも天使に近づくとはいえ、あくまで"近い"だけ。そのものに成る訳では無い。
それに、『御使い』と一誠達の天使化は根本から意味が異なる。
「……まぁ、後悔して無いならいいか」
晴れてイリナも人外に成った訳だ、と思い、そんな事を呟いた。
●
「はーい、私、借り物レースに出ます!」
元気よく手を上げて出場の意志を伝えるイリナ。一誠はと言えば、既に本日何度目か分からない溜息をついていた。
どこか住む所が無いかと探していたらしいのだが、アザゼルが適当に言った一言で一誠の家に下宿する事になった。
一誠個人としては正直どうでもいいのだが、両親に伝えると二つ返事でOKを出した。
段々と、着々と外堀が埋められていっている気がするのだが、一誠はもう気にしない事にしたらしい。諦めたとも言う
当たり前の様に家族に馴染んでいるイリナは、当然ながら一緒に登校する事になり、かなりの注目を集めた。曲がりなりにも美少女だ。注目を集めない方がおかしい。
そして、当然ながら隣にいる一誠にも視線が行き、嫉妬と羨望に殺意をミックスさせた視線が朝から投げかけられている。特に同じクラスの松田と元浜。
次の日から始まった体育祭の練習でイリナが走っている時、胸を凝視しているのは、まぁあの二人ならやるだろうと一誠は思っていた。
「よう兵藤。何してるんだ?」
「ん? ああ、匙か。特に何もしているつもりは無い。暇なんだ」
匙はメジャーなど計測する為のものを持っており、少し離れた場所にいるソーナを見て事情を把握する。
「お前も冥界に来ればよかったのに。アザゼル先生から誘われてはいたんだろ?」
「まぁな。良いんだよ、別に。冥界に行くのは死んでからでいい。わざわざ生きてるうちに冥界に行こうとは思わないさ」
「そんなもんか……お前くらいの実力者がいれば、あんな騒ぎには成らなかったのかな」
「何の話だ」
いきなり呟いた匙に、訝しげな視線を向けつつ一誠が聞く。予想はつくが、自分から言おうとは思わない。
「いや、魔王様が主催したパーティが冥界で行われたんだが、その時に襲撃者が来てな……年代は姫島先輩と同じ位で、魔術を使える。なんて言うか、お前に似てるな」
「……俺が襲撃したと?」
笑みを浮かべながら聞く。案外、匙は勘が鋭いのかもしれない。だからと言って、本当の事を教えるつもりも無いが。
匙は慌てて撤回する様に言葉を続ける。
「そう言う訳じゃないって。それに、仮にお前が襲撃したとしても、あの場所には元竜王がいたんだ。ドライグを宿してるお前なら気付かれる」
逆に言えば、其処でしか一誠の無実を証明出来ない。一応、監視していたアザゼルの部下も証言として使えるだろうが、疑いを完全に晴らすのは難しいだろう。
匙自身、一誠の事はそれなりに信用している様でもあるし、問題は無いと思っているのだが。
自分で言った事を気にしたのか、匙は話題を変える様に言う。
「それで、兵藤は競技、何に出るんだ?」
「二人三脚。イリナと組まされた。知ってるか、あいつ人が寝てる間に勝手に決めやがったんだぜ?」
「しらねぇよ。寝てるお前が悪いんだろ、それは」
額に手をやり、やれやれだぜとばかりに溜息をつく一誠。
「良いじゃないか。イリナちゃんって美少女だし、幼馴染なんだろ? やってやれよ。ちなみに俺はパン喰い競争だ」
「段々と外堀が埋められている気がするのは俺だけだろうか」
可愛いから何をやっても許されると思うなよ、と思いつつ、軽くストレッチをして動けるように準備する。
今、学校では世話をするのは幼馴染と言う事で、役目が一誠に回ってきつつある。これを外堀を埋められていると認識せずして何と言う。
イリナ自身は気付いてないのか、一誠の両親とかなり仲良くしているが。仲良くする度に父親が「絶対に嫁にもらえよ」と言うのは勘弁してほしい。
「サジ、何をやっているのですか。テント設置個所の確認をするのですから、早く来なさい」
「我が生徒会は唯でさえ男手が少ないのですから、働いてくださいな」
増やせよ、とは思わないでもないが、増えるとすればソーナの眷属悪魔が増えた時だろう。現状でも女ばかりの様なので、男が来る可能性は低いだろう。
匙は慌てて会長と副会長の所へと戻って行った。相変わらずこき使われているらしい。
『……ヴリトラの宿主、案外勘が良い様だな』
(気にするほどでもないさ。それに、気付かれた所で何も変わりはしないだろうし。ばれても学校には通うつもりだからな、俺)
『四面楚歌の状況になるぞ? それでもいいのか?』
(お前、今まで何を見て来たんだよ。むしろ、学校にいる間の方があっちからは手を出し辛いだろう。一般人が多い訳だしな)
過激な連中が動かないとも言えないが、その時はその時。三大勢力を非難する口実が増えるだけだ。
真正面からかかってきたとしても、負ける気はしない。既に魔導書は集まり、知識を検索する霊装も完成した。時間制限は無くなったと言って良いだろう。
「イリナ、俺達も練習するぞ」
「分かった! 任せて、私運動は得意だから!」
「さっきまで別クラスのゼノヴィアと競争してたもんな。一応言って置くが、俺は人間だぞ。本気出すなよ」
転生天使のイリナと違い、身体能力は一般人レベルだ。全力を出されると困る。
「え、でもイッセー君だし、大丈夫でしょ?」
「おい。今何を持って大丈夫と断言したのか詳しく聞かせろ」
首を傾げながら聞くイリナに対し、一誠は問い詰めようと視線をやる。どの道二人三脚用の紐で足を結ぶ必要があるので、近づいた後で問いただした。
「んー……なんていうか、経験則?」
「お前数か月前までバチカンにいたよな。俺と会ったの何年振りだと思ってるんだ」
「何でもいいじゃない。それより、練習よ練習!」
「あ、馬鹿。いきなり歩きだしたら……」
イリナが結んだ方の足を勢いよく踏み出したものだから、一誠はバランスを崩して見事に倒れた。後頭部は打っていないようだが、背中は思い切り打ちつけたらしい。
軽く目元をひきつかせながら、イリナを見る。やった本人は慌てて足を戻し、立ち上がれるように手を差し伸べる。
「この野郎……」
「ご、ゴメンイッセー君……次は気を付けるから」
背中の土を払いながら立ち上がり、互いに腰の部分を掴んでゆっくりと歩きだす二人。
運動神経がいいのか、イリナは初めて十数分程度でコツを掴み、軽く走れる程度にまでなっていた。一誠もそれに合わせている辺り、やはり運動神経は良いのだろう。
何度かそれを繰り返し、少し休憩を入れる為に足の紐を外す。ペットボトルのスポーツ飲料を口に含みながらイリナを見ると、汗を拭きながらやる気に燃えていた。
「よーし、今度はダッシュで出来るようにやるわ! ほらイッセー君、今からやるわよ!」
「ハッ倒すぞお前」
休憩に入ったばかりで碌に休んでもいないのに、何故始めなければならないんだ。と説教している一誠を見て、やはりドライグは大笑いしていた。
●
放課後、オカルト研究部。
グレモリー眷属にイリナ、アザゼルがこの場にいて、先に来たメンバーは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
遅れてきたゼノヴィア、アーシア、イリナは理由が分からず、首を傾げて質問する。
「どうかしたんですか?」
イリナの質問に対し、リアスが答えた。
「ええ、若手悪魔のレーティングゲーム戦、私達の次の相手が決まったの」
グレモリー対シトリー戦を切っ掛けとして、若手の六家が総当たり戦でレーティングゲームを行う事になっている。もちろん、グレモリーも他家と戦う事になっていた。
「次の相手は──サイラオーグ・バアルよ」
唖然とした表情のまま、その場の全員が言葉を失っていた。
イリナが出るとどうしてもギャグが混じります。シリアスが基本の筈なのになぁ……。