第四十話:原初の約束
翌日。一誠は欠伸をしつつイリナと共に登校していた。
なんだかんだと言いつつも邪険にせず、一緒に登校している辺り、一誠もある程度はイリナの事を気にかけているのだろう。
まぁ、根が明るい性格なので気にしなくても大丈夫だろう、とは一誠も思っているのだが。
「でね、私、新しいクラブを作ろうと思ってるのよ」
「へー、そう」
気の抜けた返事を返す一誠だが、それを気にも留めずにイリナは話を続ける。
「うふふ、聞いて驚きなさい。その名も『紫藤イリナの愛の救済クラブ』よ!」
「どこぞの宗教勧誘みたいなネーミングだな」
「内容は簡単! 学園で困っている人達を無償で助けるの!」
「ス〇ット団みたいなクラブだな。まずは鬼姫とオタクを探して来い。代用で木場とギャスパーが使えそうだ」
「ああ、信仰心の厚い私は主の為、ミカエル様の為、罪深い異教徒どもの為に愛を振りまくのよ!」
「お前、本当は駒王協定に納得して無いだろう」
いや、異教徒を罪深いと言ってるだけで、悪魔や堕天使が罪深いとは言っていないのだが。
妙なポーズでトリップした様に話し続けるイリナを横目に、一誠は歩き続ける。相変わらず宗教の事となると周りが見えなくなる奴だ。
「今回はリアスさんのお願いで、オカルト研究部の部活対抗レースの練習を助けるの!」
「ああ、そう。頑張れ」
「ちなみにイッセー君も連れて行くって約束してるからね?」
「お前何勝手なことしてくれてんの?」
相変わらずナチュラルに人の都合を無視する奴だった。
とはいえ、「無理に連れてこなくてもいい」と言われたらしく、行きたくないなら来なくても別に大丈夫との事。先にそれを言って欲しかったが、言う前に反応していたらしい。
「ちなみに聞くが、部員の数は?」
「まだ二人よ」
「……お前と、誰?」
一誠が指差された。後ろを向くが、誰もいない。横に動くが、イリナの指もそれに合わせて動く。
「……何で勝手に部員にしてんだよ」
「冗談よ。まだ私だけ。おかげで同好会レベルで留まっていて、正式な活動と運営資金は規制されているわ。まずはソーナ会長を説得する所からスタートね」
そうは言っても、悪魔の統治するこの地でそんな物が認められるのだろうか。協定が結ばれた以上、不可能では無いのだろう。
……まぁ、そんな変なクラブに入ろうと思う奴がいるのかわからないが。
説得は勝手に頑張れと応援する一誠。会長も副会長も堅物の為、説得は難しいだろうと思っている。
「取りあえずオカルト研究部に籍を置く事になってるの」
「じゃあもうオカ研でいいじゃねぇかよ。ゼノヴィアもアーシアもいるんだし、文句は無いだろ」
「それはそうだけど……やっぱり、一から始めたい、って思うじゃない。ミカエル様の役に立ちたいし」
何故そのクラブを作ることがミカエルの役に立つのか問いただしたいが、トンチンカンな答えが返ってくる可能性があるので止めた。
朝から若干の気疲れを感じながら、駒王学園へと到着した。
●
放課後、一誠はイリナに引っ張られてオカルト研究部に来ていた。特に抵抗らしい抵抗もしていないが、そろそろ理由を言わずにつれてくるのも止めて欲しい、と切実に思っていた。
「何で俺は此処に連れて来られてるんですかねぇ。部員でも無いのに」
「俺が紫藤に連絡しといたからだ。赤龍帝を連れて来いってな」
原因はアザゼルだったらしい。大抵の元凶はこの堕天使でいい気がするな、と一誠は思っていた。
「レーティングゲームの相手が決まってな。サイラオーグ・バアル──バアル家の代表だ。強いぜ、こいつは」
表情は険しい。いつものあっけらかんとしたものではなく、物事を真剣に考えている目だ。教え子であるリアス達の事は大切に思っているのだろう。
ほんの数か月前まで敵同士だった事を考えると、どうにもアザゼルは情に脆いのではないかと一誠は考えていた
リアス然り、ヴァーリ然り、アザゼルの教え子たちは元から才能がある者たちだ。しかし、それをひきだしたのは間違いなくアザゼル。
故に、リアス達の戦力なども正確に把握している。だからこそ、険しい表情が拭えなかったのだろう。
「まずはアガレス家とアスタロト家の戦いだな」
用意したビデオは二つ。シーグヴァイラ・アガレスとディオドラ・アスタロトのゲーム。サイラオーグ・バアルとゼファードル・グラシャボラスのゲームだ。
試合前予想ではアガレスの勝利が当然のものとされていたが、その結果が覆された。
「……ディオドラのパワーアップが異常過ぎるわね」
「ああ。その辺はあのゲームを見ていた連中全員が思っていたことだ」
アガレスとアスタロトの戦い。序盤、中盤は戦術面での戦闘となり、ディオドラはシーグヴァイラに追い詰められていた。
ところが、いきなりパワーアップしたかと思えば、孤軍奮闘。『王』自らが先陣に立ち、眷属は皆サポートに徹する位で、シーグヴァイラの眷属を次々と撃破していった。
魔力にひいでたウィザードタイプとされるディオドラだが、その魔力はリアスに劣る程度。決してシーグヴァイラを真正面から打ち倒せるほどの力は持っていない。
「実は、本来ならお前等の相手はサイラオーグじゃ無く、ディオドラになる筈だった。だが、このレーティングゲームが終わった数日後に眷属と屋敷にいた女中含め、全員が行方不明になってな。恐らくは『
一誠はその言葉を聞き、面倒だから全部消しとこうとプリシラに命令した時の事を思い出した。
どの道ディオドラが救いだった者達だ。奴が死んだ以上、生きる意味は無い。一人残らず殲滅したとのプリシラの言葉は、今でも耳に残っている。
『せめて、死後には安らぎを──Amen』
悪魔となって死んだ以上、その魂は無となって消える。死後は存在しないと、プリシラは知っていた筈だ。
それでも彼女は、祈らずにはいられなかったらしい。ディオドラに悪魔にされた女性たちは、皆元は神を信じるシスターたちだったのだから。
「……まぁ、行方不明になった以上はどうしようもないって事でな。ゼファードルもサイラオーグとの戦闘で潰れちまったみたいだし、必然的にサイラオーグとリアスで組まされたって訳だ」
「ゼファードルが潰れた?」
リアスの疑問にアザゼルは答えず、見ればわかるとばかりにビデオを再生させる。
そこに映っていたのは、圧倒的なまでの『力』だった。
緑色の髪を逆立て、ヤンキーの様な風貌をした男、ゼファードル。そして、短い黒髪に野性的な顔つきをした筋肉質な男、サイラオーグ。
どちらも自分の持つ『力』に絶対的な自信があったのだろう。事実、ゼファードルのもつパワーは六家の代表の中でも抜きんでていた。
だが、サイラオーグは桁が違う。
サポートやテクニックこそ他の面子に負けるものの、他家より抜きんでているゼファードルの数倍のパワーを持つ。真正面から戦えばまず勝てないと思わせるほどの闘気。
それを持って、ゼファードルを真正面から打ち砕いた。
「……なるほど、潰れる訳だ」
心身ともに戦いの恐怖を染み込まされた。これでは、戦いの度にトラウマが蘇ってまともに戦えまい。
ゼファードルは、此処で脱落だ。
「結果は知っていましたけど、此処までとは思いませんでしたわね……」
「……これが、次に私達が戦う相手、か」
朱乃とゼノヴィアが呟く。これほどの力を持つ怪物が相手である以上、小手先の技術ではどうにも出来ない。純粋にパワーで打ち砕く事もまた、むずかしい。
一誠は、サイラオーグの闘いを見ながらふと考える。
──こいつ、戦い方がプリシラと似ているな。
『どちらも近接戦闘に秀でた奴だからな。正面から戦えば、より力の強い方が勝つだろうさ』
(……まぁ、プリシラが負けるとも思えないが……サイラオーグは厄介だな。早めにつぶした方が良さそうに思える)
『あの聖人をぶつけてみたらどうだ。負けたとしても、それはそれで良い経験になると思うぞ』
(そうだな。今まで殆ど負けたことが無いって言ってたし。負けるのも経験の内、か……負けないに越した事は無いんだが)
一誠の右腕の様な出鱈目さでもない限り、絶対に負けないという事は無い。聖なる右とて、負ける可能性は常に存在しているのだから。
もっとも、負かせるだけの存在が、この世界にあるのかは見当がつかないのだが。
「……で、結局俺を呼んだ理由が未だに不明なんだけど」
「お前ならどう戦う? それを聞こうと思ってな」
建前だな、と一誠は悟る。
恐らく、このビデオを見せた上での反応を見たかったのだろう。ディオドラの件に関しても、アザゼルの視線は一誠の方を向いていた。
イリナに家での様子を聞いている様でもあるし、そろそろ隠し通すのは難しいかもしれない。
「……此処までパワー特化になってる以上、真正面から戦って勝つのは難しい。他の眷属の力量にもよるが、デュランダルによる攻撃が一番通り易いと思う」
「ふむ。聖なる力を使った攻撃か。だが、もしそれが通用しなかったら?」
「超至近距離からの姫島先輩の攻撃。どの道、幻術とか使えない以上はどうしようもない」
小猫の仙術は使えるだろうが、そもそも一誠はそれを知らない筈なのだ。冥界に行って修行をしていない都合上、知っていれば何かしらの情報源がある事を教える事になる。
「体内に直接作用する様な攻撃が出来れば、どうにか出来るかもしれないけどな。少なくとも、至近距離からのデュランダルが一番通用し易いと思うが」
「……なるほど。小猫、お前の仙術が使えるかも知れんぞ」
仙術? と眉をひそめる一誠だが、説明は後だとばかりに小猫と話している。
知っている事を知らない振りしなければならないというのも、少々億劫なものだ。
●
「それで、結局どうなったんですか?」
「最終的には、サイラオーグとリアスの試合が始まった直後にゲームを乗っ取ることになった。ゲオルクが手伝うんだと。旧魔王派の連中が殺したがってたから、勝手にやらせてやれ」
一誠はいつも通りアジトの一つにいて、目の前に座るオーフィスの髪を梳かしていた。黒く、艶のある髪だ。
オーフィスは一誠へと視線をやりながら尋ねる。
「グレートレッド、その時見ることが出来る?」
「ああ。ヴァーリの情報だと、そうらしいな。あいつが嘘を言うとも思えないし、信用してもいいんじゃないか?」
罠にかけられようと、オーフィスが相手では無駄もいいところ。世界の頂点に立つ以上、生半可な事は意味を成さない。
プリシラはと言えば、一誠の斜めに位置する場所に座っていた。視線を一度向け、告げる。
「お前もまだ術式が完成して無いんだ。今のままでも十分戦えるだろうが、無茶はするなよ」
「分かっています。ですが、悪魔と戦うのであれば、私を前線に置いて欲しいのですが」
「今回の作戦は旧魔王派が実権を握ってるんだよ。俺達はサポート。まぁ、あいつ等がやられたなら別に出て行っても構わないんだろうが……」
どの道、今回の戦闘には余り興味が無い。プリシラとサイラオーグのカードには興味が湧くものの、旧魔王派の作戦を押しのけてまでやる事でも無いのだから。
どれだけの人数を殺せるかは連中の実力次第だが、相当な数を用意する様だし、これを機に潰れてくれた方が楽かもしれない。
ゆっくりと櫛を動かしながら、一誠はそんな事を考えていた。
「まぁ、旧魔王派の連中にとやかく言われない範囲でなら、別にいいんじゃないか? 俺達の役目は作戦開始の合図くらいだしな」
作戦開始の合図は、レーティングゲームの開始直後に行う。ディオドラが受け持っていた役目は、アーシアを使って観戦室にいる重役もろとも吹き飛ばす事だった。同じ様に動けば文句も出ないだろう。
もっとも、ディオドラがシーグヴァイラ戦でオーフィスの『蛇』を使った為、作戦が見抜かれている可能性もあるが。
それでも実行すると言った以上、一誠には口出しをする権利は無いし、する気も無い。
「グレートレッドを倒す為に集めたメンバーだった筈だが……ものの見事に自分たちの利権に走ってるよなぁ、奴等」
一誠自身も利権に走っているが、これは一応オーフィスの目的に沿った上での事なので問題無い。
オーフィスは視線を一誠の方に向けつつ、聞いた。
「フィアンマがいれば、グレートレッドに勝てる?」
「んー……どうだろうな。流石に、お前やグレートレッドは規格外過ぎて力が測れない。やれる事はやるつもりだが、曹操やヴァーリと本気でチームを組むなら……もしかすると、勝てるかもな」
それほどに規格外。夢幻を冠する龍は、それだけ強力でレベルが違う。
「どの道、今俺がやっているのは通過点だ。グレートレッドを倒す為なら、ちゃんと協力するさ、俺は」
「……そう」
元通り一誠に背を向けたオーフィスは、小さく笑っていた。同じ龍と言う事で何かしらの繋がりでもあるのか、オーフィスの態度は他の面々に対するそれとは少し違う。
その様子を見て、何処となく違和感を感じたプリシラ。
「……フィアンマは、何故そこまでオーフィスの目的に協力的なのですか?」
プリシラが、ふと浮かんだ疑問をぶつける。フィアンマほどの人材を見つけた事もそうだが、そのフィアンマが自分の目的を通過点と称するほど、オーフィスの目的を第一に置いている。
何かしらの契約が結ばれているのか、協力する見返りに何かを得るつもりなのか。そんな言葉が紡がれるが、一誠はそのどれにも頷かない。
口元には苦笑が浮かび、適当な調子で話し始める。
「契約ってほど高尚なものじゃないし、見返りなら俺の右腕を完成させる事だろうな。特に何かを求めてる訳じゃない」
「ならば、何故?」
まともな人間なら会う事すらなく一生を終える。一誠の二十年にも満たない短い人生で、オーフィスと出会い、オーフィスの目的に執着する理由とは何なのか。
プリシラは、何故かそれが気になって仕方が無かった。
「……俺が
「……いえ、特に聞こうとした訳でもありませんから、知りませんが」
「俺はさ、
赤龍帝は白龍皇と対立し、殺し合う。教会に居た際にも何度か聞いたことだ。ならば、ヴァーリと一誠は不仲なのか? その疑問は、ほかならぬプリシラ自身が否定した。
──不仲どころか、友人と呼べるほどに仲が良い。
従来の二天龍保持者とは違う。この二人は異質だ。
互いが互いを何時か打ち砕くという事は忘れていないのだろう。だが、今代の宿主達は決着を付けるよりも優先すべき事がある。
皮肉にも、二人揃ってそれが同じことなのだが──まぁ、今はそれは関係無い。
「十年位前だったかな。突然オーフィスが俺の前に現れて、味方に引き入れようとした」
当時の一誠は聖なる右の発現すら出来ない未熟者だった。脆弱で貧弱。グレートレッドどころか、そこらの下級悪魔にさえ殺されてもおかしくなかった。
現に朱乃の件では、聖なる右が覚醒しなければ死んでいただろう。
「まぁ、取りあえず滅茶苦茶弱かった訳だよ。聖人でも無ければ、魔術の存在も知らない。神器の存在だけは早期から気付いてたが、使いこなす事すら出来て無かった」
だから、その時に約束したのだと、一誠は言う。
「十年経てば、俺も多少なり強くなるだろうと思ってな。いないよりマシ、ってくらいに思ってたんだが、右腕の存在をその後に知って驚いたよ」
もっとも、オーフィスはその存在を一誠より早く気付いていたようではあるが。
「なんにせよ、一度交わした約束は破らない主義でな。こうして十年経った今、オーフィスの味方として此処にいる訳だ」
「……なるほど」
納得した様に頷くプリシラを見て、一誠は続ける。
「だから、お前との約束も破るつもりは無い。掲げておいてなんだが、本当に至れるかは分からないんだけどな」
苦笑する一誠。かつてプリシラに神上へと至る為に手を貸してほしいと頼み、それを条件としてプリシラの願いを叶えると約束した。
「今回の事は特例だ。今後旧魔王派と手を組むことなんざないだろうが、足元見られない様に気を付けておけよ」
「分かりました」
頷き、答える。
プリシラとて、悪魔と手を組む事など御免被る。故に、下手な事はしないだろうと思い。
近く迫った作戦の日の事を考え、一誠は小さく息を吐いた。