第四十二話:アーシア奪還戦
リアス達はサイラオーグ達と合流し、神殿の最奥部へと向かっていた。
やはりというべきか、グレモリー眷属の面々にはアーシアが攫われた事による焦燥感がにじみ出ていた。
サイラオーグはその様子を見て、リアス達へと言葉を発する。
「焦る気持ちは分かるが、落ち着け。攫ったという事は、何かしら利用しようとしているのだろう。直ぐに如何こうされるとは考え辛い」
「だからって、急がない理由は無いわ。あの子は私の大事な眷属だもの。……それに、攫われたのは私の手落ちなのよ」
自嘲する様に吐き捨て、神殿の最奥部を眼にする。距離は大したものでは無い。直ぐそこまで迫っている。
助けなければならない。大事な眷属で、仲間で、大事な存在なのだから。
その為にはやはり、もっと、もっともっと、もっともっともっと強くならなければならない。
強くなければ、守りたいものさえも守れない。その手からこぼしてしまう。──そんな事は、認めないし許可しない。
傲慢と言われれば受け入れよう。私は悪魔だ。傲慢であればこその悪魔だろう。
努力でどうにかなるのなら、それだけで失いたくない者を守れるのなら、どれだけでも努力しよう。
──それだけの強烈な思いを抱き、リアスは神殿の中へと足を踏み入れた。
「ようこそ、リアス・グレモリーとその眷属。そして、サイラオーグ・バアルとその眷属」
最奥の神殿にいたのは、乱戦の時にアーシアを連れ去った人間。その後ろには、巨大な装置の様なものが備えられていた。
壁に埋め込まれていて、巨大な円形の装置だ。あちらこちらに宝玉らしきものが埋め込まれ、怪しげな光を放っている。よく見れば、奇妙な文様や文字が刻まれているらしい。
まるで魔法陣。何かの儀式にでも使うつもりなのか、と咄嗟に連想する。
装置の中央にはアーシアが磔にされていた。外傷は無く、気絶しているだけらしい。
「アーシアを返して貰うわよ。その子は、私の大事な眷属なのだから」
「……家族ごっこですか? 下らない。元は教会の出だというのに、彼女もどうして悪魔等に成り下がったのか。理解が及びませんね」
蔑んだ眼でリアス達を射抜き、訥々と話し出す。
「まぁ、ディオドラ・アスタロトの様なゴミに凌辱されないだけ、彼女はマシだったのでしょうが」
「……待ちなさい。ディオドラ・アスタロトですって? どういう事なの?」
何故ここで彼の名が出てくるのか、とリアスは言う。サイラオーグも眉を潜め、プリシラの事を見ていた。
「どういう事、ですか。彼が今まで何をしていたのか、あなた達は何も知らないのですね」
プリシラは特に何の感慨も見せず、事務的に淡々と告げる。興味が無いかのようにふるまっているがそれは否だろう。
思い出すだけでも腸が煮えくりかえる。あのような下種が現魔王の一族だというのだから、程度が知れるというものだ。
もっとも、そんな事で油断するほどプリシラは自身の実力を過信していない。一誠の聖なる右の様なものがあるならともかく、彼女は聖人としての力と神の右席としての力──それも、後者に限れば中途半端なものでしか無い力しか扱えない。
油断する理由にならないのは自明の理と言えるだろう。
「彼は教会の──いわゆる聖女と呼ばれる女性を凌辱する事に快楽を見出した、ある意味悪魔らしい悪魔でしたよ」
欲望のままに動くのが悪魔だというのなら、なるほど確かにディオドラの行動は悪魔らしいと言えるだろう。倫理や人道などと言う言葉は通用しない。
彼らは悪魔であって、人間では無い。人間をベースとした倫理観など通用しなくても、何ら不思議ではないのだ。
「でした、か……まるで、見てきたかのような言い草だな」
「別に見てきた訳ではありませんよ。ですがまぁ、彼を殺したのは私ですし。何か思う所はあるかと問われると反応に困りますが」
サイラオーグの言葉に嘆息しそうな様子で答える。世間話でもするかのような気軽さで、ディオドラを殺したと断言した。
左手で髪をかき上げる動作をして、どうでも良さそうに続ける。
「そもそも、エクソシストが悪魔を殺す度に何か感情を抱けと言われても困りますがね……その辺り、貴女はどう思いますか? デュランダル使い」
「……私はもうエクソシストでは無い。部長の、リアス・グレモリーの眷属だ。悪魔を殺すというのなら、貴女は私の敵だ」
ゼノヴィアは両手でデュランダルを構え、プリシラを見据える。嫌悪感を表に出さない様にしつつも、プリシラの機嫌は悪くなる一方だ。
やはり、悪魔とは話すだけ無駄だった。元教会の戦闘員とはいえ、悪魔に堕ちた以上は敵──故に、殺す事に是非は無い。
ゆっくりと拳を構え、プリシラはゆっくりと息を吐く。
その様子を見て、戦闘が始まると踏んだのだろう。その場の全員が構え、何時でも戦えるように集中している。
「サイラオーグ。この戦い、私達にやらせてちょうだい」
「……何?」
「あの子を助け出すのは、私達の役目よ。もっとも、勝てなかったら貴方に任せるしか無いけれど」
「……良いだろう。己の眷属が大事なら、守りきって見せろ」
サイラオーグは纏っていた闘気を霧散させ、眷属達にも手を出さない様に眼で合図する。
それを確認した後──リアス達が動いた。
「雷光よ!!」
手始めに動いたのは朱乃。放たれた雷光は轟音と共に神殿を揺らし、プリシラが数瞬前までいた場所を破壊する。
当たっていない。朱乃の動きに先んじてプリシラが動いていたのだ。
一瞬で距離を詰めたプリシラは、前に出ていた木場とゼノヴィアと相対する。二人が剣を持っているのに対して、プリシラは格闘術──それも、素手だ。
「ふッ!」
息を吐くと同時、プリシラへと振り下ろされた聖魔剣を横から叩いて軌道をずらす。驚きに木場の眼が見開くが、それすら遅い。
ゼノヴィアが振るったデュランダルも横から叩かれて軌道がずれ、二人へとほぼ同時に打撃が炸裂した。
「がッ!」
「ぐッ!」
咄嗟に後ろへ飛んで衝撃を減らしたものの、二人は反対方向へと飛ばされる。そして、残るのは朱乃とリアス、小猫。
二人が吹き飛ばされると同時に前に出て、仙術による攻撃でノックダウンを狙った攻撃はしかし、プリシラにあっさりと知覚されて回避を許す。
その際に腕が弾かれ、体勢が崩れた瞬間に地面から水の槍が小猫の身体を貫かんと迫った。
「やらせるものですか!」
ギャスパーの双眸が赤く染まる。時間停止の神器を使用しているのだろう、水の槍の速度が急激に落ちた。
朱乃の放った雷撃が小猫へと迫る水の槍を破壊し、リアスの放った滅殺の攻撃がプリシラのいた場所を削り取る。
プリシラの動きが総じて速すぎる。恐らくグレモリー眷属の中で最も速いであろう木場の速度を持ってしても、彼女の速度には追いつけていない。
殺意のこもった視線で朱乃を睨み、体の向きを変えて一気に肉薄する。
それを易々と許すほど朱乃も弱くは無いが、雷光の攻撃を氷と水の刃で相殺されている。移動の阻害が出来ない。ギャスパーの視界に収まらない速度で動く為に、止められる事すら無いのだ。
直線の動きで懐まで入り込み、強烈な打撃が朱乃を襲った。
ミシミシッ……! と胸部から嫌な音が響き、壁まで弾き飛ばされて倒れる。死んではいないだろうが、しばらく動く事は出来ないだろう。
「ッ、朱乃!」
「余所見をしている暇があるのですか」
直ぐ様身体の方向転換を終え、リアスの方へと向き直る。消滅の魔力を放つも、速度が段違い過ぎて当たらない。
リアスの首へと足刀が放たれ、一瞬で到達するその僅かな間に──木場が入り込む。
聖魔剣を盾として使うも、体勢の悪さとプリシラの身体能力故に聖魔剣が砕ける。だが、それさえ気にせずに何とか防ぎきった。
「ゆ、祐斗……」
「僕は大丈夫ですよ、部長。それよりも、部長は策を……彼女を倒す為の策を練ってください。僕は、その為の時間を稼ぎます」
砕けた聖魔剣の柄を破棄し、新たに創造して再度構える。両手持ちで中段の構えをとり、プリシラの速度に対応できるように集中する。
──加速しろ。
今までの速さで駄目なら、更に速くなれ。追いつけないなどと泣き言は要らない。今やらなくて何時やるというのだ。
守ると誓った。負けないと誓った。失いたくないと思った。
だからこそ、加速する。ヴァーリはプリシラよりも速かった。人間である一誠はそれに対応できていた。ならば、悪魔である木場に出来ない理由は無い。
例えそれは二天龍の力が大きかった結果だとしても、無理を通さねばこの状況は乗り切れない。
「──お、おおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
咆哮する。プリシラの一撃で貰ったダメージが響いているが、この程度がなんだ。これ位、乗り越えなくてどうするというのだ。
プリシラはなおも表情を変えず、至近距離へと接近した上で拳を振るう。一切遊びの無い、殺しに来ている拳。
それを、木場は剣の腹で受け流す。
剣の腹で受けてさえ罅を入れるその威力に驚きを禁じ得ないが、今はどうでもいい。新たに左手に聖魔剣を作り出し、右手の罅が入ったそれを破棄した。
左手の剣を振るう間に右手に新しく聖魔剣を作り出し、ニ刀流でもって斬りかかる。
相手は素手だ。まともに受ければ怪我をする。故に、取る行動は避けるかずらすか。防げばダメージを受ける以上、選択肢からは外して構わない。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
加速する。
プリシラの速度には追いつけない。だからこそ加速する。追いつけない筈が無い。
論理が破綻していようと、そんな些事は問題ですらない。要はやれるかやれないか、その二つだけだ。
一撃で聖魔剣が砕かれるが、その度に作り直す。創造し直し、より強固に、より堅固に、より鋭く作り変えて行く。
──だが、それを持ってしても届かない。
どれだけ強固に作ろうとも、一瞬のうちに一撃入れられて破壊される。作り直すまでのタイムラグがあり、その間に木場はまともに攻撃を受ける。血反吐を吐いて倒れ、立ち上がってもなお吹き飛ばされる。
そもそも、元から防御の薄い木場が一撃を貰った時点で勝負は決していた様なものだ。
速度にモノを言わせて攻撃を避けるスタイルの木場が、至近距離でのごり押しを始めた事で被弾率は格段に上がる。攻撃を捌けないと来れば、それはもう勝敗など火を見るよりも明らか。
故に、殺せる。
「──終わりです」
終焉の一撃が、絶対の力を持って頭蓋骨を粉砕するであろう拳が振るわれ──
「やらせるかッ!!」
──横からゼノヴィアが振るった一撃とぶつかりあった。
派手な音を出して弾かれ、木場を抱えて距離を取るゼノヴィア。額からは血が流れており、先の一撃の余波で軽く切ったと言って血を拭う。
「悪かったな、木場。足をやられていたようで、上手く動けなかったんだ」
プリシラから視線を切る事無く、ゼノヴィアはそう言う。木場の前に立ってデュランダルを構えた彼女は、一度アーシアの方を指さして告げた。
「アーシアが目覚めている様でな、神器の力で治して貰ったよ。残念ながら、あの鎖は外せなかったがな」
そう言っている間にも木場の体が緑色の光に包まれていき、プリシラから受けた傷を癒していた。
視線を向ければ、ギャスパーと小猫、朱乃とリアスも諦める気など毛頭なく、プリシラを打倒せしめんと構えている。
「あの鎖は外れませんよ。『
「……随分と簡単に教えてくれるのね」
「フィアンマからの指示ですので。私の相手をして、時間を稼いでいる間に外そうなどとは考えない事です。……もっとも、それをやるようなら彼女の神器を増幅させた上で
プリシラの言葉に、その場の全員が驚愕の表情を浮かべる。
アーシアの神器は悪魔を治すほど強力だ。使い手が成長していることもあって、遠距離にいる相手も回復出来る。
だが、それは逆説的に利用された際の被害も大きいという事。下手をすれば、このフィールドにいる者達だけでなく、視聴しているであろう各陣営のトップに被害が行きかねない。
それだけは、断固阻止しなければならない。
(……さて、フィアンマも何を考えているのか。この事を相手側に教えておくなど、我々にとっては不利にしかならない筈ですが)
変わらず無表情を装い、プリシラは内心でフィアンマの行動に疑問を抱く。
悪魔やそれに協力をしている陣営の首脳陣。それらを一網打尽にするチャンスだというのに、利用しないつもりなのか。
事実、先程まで静観を決め込んでいたらしいサイラオーグとその眷属達も、こうなっては話が別だと武器を構えている。
(……いや、そもそも知った所で破壊は不可能。ならば、一体何が目的で……?)
疑問は尽きないが、今考えても仕方が無い。
例え何を考えていようと、プリシラにとってフィアンマは信用に足る人物だ。少なくとも、曹操やゲオルクなどよりはずっと。
プリシラは油断なく構え、敵を見据え──地面を踏みつける。
地面を踏みしめた部分、石畳の隙間から水が漏れだしてくる。ルーン文字をあらかじめ刻んでいたのだ。それを走るごとに発動させ、膨大な量の水を操作している。
更に、床や地面に魔法陣が幾つも現れた。
「此処を持って、凍結地獄は姿を現す──
北欧神話に置いて、最も下層に存在する冷たい氷の国。その名こそ、ニブルヘイム。
その名の通り、水を瞬時に凍らせ気温を下げ、挙句の果てには人体の動きさえ阻害する。地獄と言うにふさわしい場所だろう。
魔術とは常に下準備が必要である。
今回のこれはゲオルクの助力によって成されているが、この場所以外で使うのはほぼ不可能に近い。準備に必要な時間が長すぎるため、罠として以上の使い道は無いのだ。
凍結した氷が刃と化し、プリシラが走り出すと同時に射出される。その速度はおよそ音速を超えており、辺りに衝撃波をまき散らしながらサイラオーグとぶつかる。
「魔術派、それも相当実力は高いと見た。ここで戦えるとは、嬉しいぞ」
「生憎と、悪魔は嫌いでして。死んでください」
手の中にある何かが、僅かに光を帯びた。否、それは光を受けて反射したのだ。
闘気を纏わせ、小細工は無駄と言わんばかりに力を振るうサイラオーグに対し、プリシラは左腕を引いた。──僅かに見えたそれは、ワイヤーだ。
「──凍れ」
地面から現れた水がサイラオーグへとまとわりつき、それが一瞬のうちに氷結する。如何に強烈な闘気を使って身体を守っているとはいえ、ワイヤーによって三次元的に描かれた魔術を覆す事は不可能だったらしい。
下半身と右腕を凍らされたサイラオーグは、しかし慌てることなく左腕のみでプリシラの相手をしようとする。
しかし、当然ながら腕一本と腕二本では数が違う。一撃を防げても二撃目が防げない。
故に、サイラオーグがプリシラの拳を受けて吹き飛ぶのも、なんらおかしい事は無いのだ。
ただし、ダメージは余り受けていないのだが。
「……随分と頑丈なのですね」
本気を出していないとはいえ、ある程度の力は込めた。木場程度ならノックダウンさせるのは訳無い筈だが、サイラオーグには余り効いていない様だ。
プリシラに限らず、聖人とは基本的に『本気』が出せない。と言うより、出しても時間制限がある為、諸刃の剣の様なモノなのだ。
魔術による範囲攻撃で他の面々は相手が出来ているものの、長引かせたくは無い。
「この程度で倒れる様な軟な鍛え方はしていないのでな」
小さく笑みを浮かべながら構えるサイラオーグは、本気での戦闘を行えることに喜びを感じている様だった。
四肢に力を入れ、それぞれついていた紋様がはじけ飛ぶ。同時に、濃密なオーラとなってサイラオーグの闘気が溢れだす。自身の枷を外したのだ。
つまり、今までの彼は力を限定していたという事。
サイラオーグ自身に多少の不快感を感じつつも、プリシラは身体強化の術式を持って更に強化する。構えたまま、その視線は殺意に塗れ──告げる。
「──殺す」
「──やってみろ」
ドゥッ!! と空気が爆発した。
一瞬で距離を詰めた上で、その速度を保ったままで腕を振り抜いたのだ。余りの速度に衝撃波が起きているが、サイラオーグは左腕一本でそれを凌ぎきっていた。
それでも、僅かに顔がゆがむ。先の一撃とは比にならない一撃だ。
とはいえ、サイラオーグならば耐えられない一撃では無い。直ぐ様その状態から反撃に移り、強烈な拳がプリシラへとクリーンヒットする。
プリシラが防御をした上で、身体ごと吹き飛ばす。それがどれだけ出鱈目な事かは、実際に戦った木場達が良く分かっていた。
「……凄い」
「あれが、サイラオーグの実力……悔しいけど、私たちじゃ及ばない域ね……」
リアス達がそう言っている間にも、二人の戦闘は止まらない。
辺り一帯の凍結した氷が融解し、水となって術式を形作る。三次元的に張られた陣が魔術を発動させ、サイラオーグへと迫った。巨大な質量を持っている以上、まともな手段では止めることさえ難しい一撃──否、この場を破壊せんとする程の物量。
しかし、それだけで止められる男では無い。
「ぬうぅぅッ!!」
巨大な質量を持つ水の鎚を弾き飛ばし、更に後続として向かってきた水の槍をかわす。
プリシラはその間にサイラオーグの懐へと潜り込み、全力の拳を顔面へと振るった。
クロスカウンターの要領でサイラオーグも拳を振るい、二人は同時に拳を受けて反対方向へと吹き飛ぶ。
「……流石に、若手第一位と言われるだけはあるようですね」
「褒めても何も出らんぞ。だが、良いな。良い拳だ。これほど真正面から俺と戦える奴など、今はそういないのでな──お前等、手を出すなよ。リアスもだ」
唇の端から流れる血を拭いつつ、口内を切って出てきた血を吐き捨てるプリシラ。サイラオーグも似たようなもので、こちらは流れる鼻血を拭う様子さえ見せずに立ち上がっている。
サイラオーグは全力を振るえる事に喜びを感じているのか、他のものが手を出す事を許さない。
直後、互いに視線を交わし合い、プリシラはより殺意を、サイラオーグはより闘気を噴出する。
踏みしめた地面が反動で罅が入り、二人が至近距離で拳を振るう度に衝撃波が吹き荒ぶ。何度も何度も肉を打つ生々しい音が木霊し、時折放たれる魔術がこの部屋そのものを破壊していた。
凍結地獄となり、ジッとしていれば凍死してしまいそうなこの場所で、二人のいる場所だけは熱気に満ちている様だ。
空気が揺らぐほど濃密な生命力が、オーラとなって身体を守っているサイラオーグ。
魔術によって、そもそもこの凍結地獄をものともしていないプリシラ。
唯の殴り合いだというのに、その速度も威力も常軌を逸脱している。遠目に見ているリアス達には、認識すらほぼ不可能な速度だ。
(……これでは駄目だ。この程度の悪魔にやられている様では、魔王を殺す事など出来はしない!)
悪魔は殺す。堕天使も天使も、邪魔をするようなら殺す。
濃密な殺意が渦を巻き、闘気のオーラに守られているサイラオーグを倒す為に、聖人としての全力を込めた一撃を放つ。
(……何と言う殺意。悪魔を毛嫌いしているようだが、それは構わん。こちらも全力で叩き潰すのみ!)
闘気がより濃密に集束される。観戦室にいるであろう魔王やその他の神仏を、易々と殺させる訳にはいかない。
凝縮されたオーラが集束し、異常なまでの膂力で攻撃を続けるプリシラへと、殺すつもりでの一撃を放つ。
──瞬間、二人の拳が直撃すると同時に、今までとは比べ物にならない衝撃波が辺りを舞った。
既に二人とも肉体的な疲弊は大きく、プリシラに至っては『全力』を出した反動が来ていた。
(この程度で、終わる訳には……!)
出来る限り魔術で治療を施しつつ、悲鳴を上げ始めた身体に鞭を打って立ち上がる。
(ぐ……これほどまでとは……魔術派に此処までの武闘派がいるとは思わなかったな)
先の一撃で使い物にならなくなった右腕を一度だけ確認し、口元に流れる血を拭って構える。
この時点ではほぼ互角。プリシラには反動が来ているが、サイラオーグは片腕が使えない。いや、この状況になれば、二人の闘いに置いて遠距離攻撃を持つプリシラの方が若干有利とも言えるだろう。
どちらにしても、後一撃。
それで決まるが、プリシラにはまだ敵が残っている。一撃を受けてもフォローできる味方がいるサイラオーグと違い、プリシラは現段階では一人。
故に、実質的には詰みの状況。
それを、二人は既に理解している。
「……次で決める。お前は強い。それだけは、俺が認めよう」
「……悪魔に認められた所で、嬉しくとも何ともありませんね」
フィアンマを頼っても良いが、あちらも戦闘中だろう。オーフィスがいるとはいえ、彼女の本来の目的は別にある。それを達成するまで、ここに来るとも考え辛く。
静かに、プリシラは集中する。魔力を練り上げ、乾坤一擲の一撃を放つ為に構え──疾走する。
それは正しく現在出せる全力の一撃であり、サイラオーグも全力で持ってその勝負に出ようとした瞬間だった。
「──あ」
プリシラの胸を、光が集束した一撃が貫く。
疾走していた足が止まり、背後から攻撃してきた何者かを視界に入れる。
「貴様……ベルゼ、ブブ……!」
「やはり、人間風情には若手悪魔の一体も倒す事が出来なかったか」
軽鎧を身につけた若い男性。マントを羽織り、宙に浮かぶその男は、見下すようにプリシラへと告げる。
「お前はもう用無しだ。フィアンマ同様、我々の邪魔なのだよ。人間風情が我々と同格だと勘違いする事。それそのものが我々への最大の侮辱だ」
──シャルバ・ベルゼブブが、その場へと降り立った。
シャルバ登場の回。
死亡フラグの匂いがピンピンするぜ……(何
現在の実力的にはプリシラ≧サイラオーグ位。ヴァーリには勝てないまでも善戦する、って感じですかねぇ。……サイラオーグとヴァーリってどっちが強いんでしょうか。