第四十六話:共同戦線
北欧神話の神──オーディンの来訪と、オーディンへの襲撃。
それを一誠へと教えたのは、他でも無いヴァーリ自身だった。
無論、他に知る方法が無い訳でも無いのだが、ヴァーリの目的上、一誠の協力は必要だと判断したのだろう。
これから相手をする一柱と一体は、生半可な実力では勝つ事など出来はしない。
何故かと問われれば、仮にも「神の一柱」であること。そして、神話の上でとはいえ北欧の主神を噛み殺した牙を持つ狼だ。
あっさりやられる様な神であれば、とうの昔に滅ぼされている。
「……ま、動くには丁度いいタイミングか」
「俺達の目的は分かっているんだろう? お前にしても、奴の行動は厄介な筈だ。手を出されると困る者もいるだろう?」
「あー。まぁ、その辺は対策練ってるが……やっぱり神格ともなると、俺が動いた方が速いか」
「二天龍の共同戦線。未だかつてない試みだが、俺と君なら悪いコンビでも無いと思っている」
「そうだな。少なくとも、今までの関係よりは数万倍マシだろうさ。会った瞬間に殺し合いを始めず、話し合いどころか協力までするんだからな」
現在の二天龍は変わっている。それはお互いに理解していて、つかの間の間だという事も分かっている。
だが、これはチャンスだ。ヴァーリにとっても好機であり、一誠にとっても最悪の展開を防ぐための駒が増える。
だからこそ。
「──さて、行くとするか」
「そうだな。奴が動くのもそろそろだろう。余り無駄な時間を過ごす訳にもいかない」
二人は並んで歩き、黒歌とアーサーの待つ場所へと歩み始める。プリシラは怪我こそ治っているものの、今はまだ、無理をさせるべきではないと判断した。
戦力は二人で十二分。圧倒的実力の二人が、動く。
●
「さて、そろそろこちらも攻勢に移らせて貰うとしようか」
夜空に佇む漆黒のローブを着た美青年。悪意の混じった笑みを浮かべ、愉悦を感じつつ右手を掲げる。
「出て来いッ! 我が愛しき息子よッ!」
彼──悪神ロキの声に応じる様に、空間がたわんで歪む。
その歪みから姿を現したのは、十メートル程度の大きさを誇る狼。銀色の毛並みを持つ、神殺しの存在。
狼の圧倒的存在感に威圧されたのか、相対するアザゼルやリアスたちも絶句している。それは、堕天使側から派遣された護衛のバラキエルや、オーディンのお付きの
格が違うものと相対した時の威圧感。それによる恐怖、息が詰まる様な殺気、ただ睨まれるだけで金縛りにあったかのような錯覚に陥ってしまう。
狼自身は威圧している訳でも無く、ただ視線で射抜いているだけだというのに。
「不味い……おまえら、あのでかいのには手を出すなッ! 危険すぎる!!」
緊張で冷や汗さえかいているアザゼルが、全員に対してそう告げる。
現在の戦力ではどうにもならない。いともあっさりそう判断出来るほど、あの狼は出鱈目な存在だった。
「『
神を確実に殺す牙を持つ怪物。北欧神話の中でも屈指の実力を持つ狼。
ロキ曰く、「試した事は無いが、他の神話体系の神仏にも有効」とまで言わせるほどだ。過小評価など出来る筈も無い。
そして、それは伝説の生物でも上位の悪魔でも、龍でさえ余裕で致命傷を与えかねない代物でもある。
「北欧神話以外の神の血を覚えさせるのは、些か抵抗があるが……まぁ、この子にとってもいい経験になるだろう」
悪意渦巻く笑み。口角を吊り上げ、見下すように最悪の獣を動かす一言を告げた。
「──殲滅せよ」
星明かりの元、夜空の下で銀色の獣が吠える。
透き通る美声は聞く者を魅了し、轟き渡る遠吠えは聞く者を委縮させた。
フェンリルの視線はオーディン。だが、それを守る様に飛んでいる者達からまずは落とそうと、僅かな動作を持って一陣の風と化す。
眼前からその体躯が消え去り、目視するよりも速く、咄嗟にリアスを庇って反応したアザゼルの首へと喰らいつく──
『
──その一瞬の刹那、高速で駆けてフェンリルの動きを縛る。
夜空の下にあってより際立つ白き鎧。見る者を威圧するその鎧は──白龍皇の鎧だ。
「やれやれ、世話をかけさせるな、アザゼル」
本来あらゆる物質を「半分」にしてしまう攻撃を、動きを縛る事しか出来ないフェンリルに対し、舌打ちをするとともに高揚感が身を包む。
──コイツは違う。今までに戦ったどんな敵よりも、純粋に「殺す」為に俺を見ている。
ヴァーリの高揚感とは、詰まる所戦闘欲を満たす事に他ならない。より強い者と戦いたい。その志を持つならば、なるほど神の一柱に挑む事も納得出来る。
だが、しかし。
「もうお前一人で良くないか? 俺の出番無いじゃねぇか。フェンリルの相手を俺がするのかと思ったら、お前がするって言うし」
オーディンたちを載せている馬車「スレイプニル」の上に立つ、紅いローブを纏った青年。
特にやる気を見せず、あまつさえ眠そうに欠伸をしている彼は、一体何なのか。
「そう言うな、兵藤。ロキだって神の一柱だ。強さは相当なものだぞ」
スレイプニルの上へと移動し、一誠の隣に立つヴァーリ。マスクを外して素顔をさらし、苦笑しながら一誠へと返答する。
「とは言ってもな、俺だってフェンリルの性能に興味があったのは確かだ。お前がやるっていうなら、別に構わないが……後でデータ寄越せよ」
「分かっている。助力を請うのは個人的に抵抗感があるが……それも仕方が無いな」
二人の視線はフェンリルへと向き、その奥にいるロキへと動く。
実質二対二。周りの面々など、初めから戦力に入れてすらいない。入れる必要すらない。
「フィアンマとして、初の禁手をお披露目だ……まぁ、『新型』はどの道初披露な訳だが」
口元には笑み。ロキのそれとは少々意味合いが異なるにせよ、戦闘に対して緊張感など欠片も存在していないのだ。いや、そもそも一誠にはそんな物は必要無いとさえ言える。
火力に関して言えば、この場の誰よりも上回っていると自負しているのだから。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』
一誠の体を赤いオーラが包み込み、一瞬の後にオーラが晴れる。
だが、その中から出てきたのは、アザゼル達の予想を裏切るものであった。
左腕の全体を覆う、流麗なフォルムの赤き鎧。この部分だけローブは消えており、顔の左半分も仮面の様な物に覆われている。
今まで見た事のない、奇妙な禁手。
「本邦初公開。
本来、禁手とは後天的に変える事は出来ない。
これは電子回路の様な物で、一度作り出した回路を新たに作り直す事は出来ない。故に、一度至ってしまえばそれを極めるだけになる。これはほぼ全ての神器持ちに言えることだ。
しかし、正史に置いて兵藤一誠は「
例えそれが今の一誠に達成出来ないことだとしても、今の一誠には正史の兵藤一誠には無い技術がある。
悪魔にはならず天使に近づき、魔王アジュカ・ベルゼブブの手を借りない代わりに英雄たる曹操の手を借り、神器内部の残留意識と対話する事無く抑えつけた一誠の新たな力。
それが、これ。
「名称なんて決めて無いし、決める気も無いが……まぁ、便宜的に禁手Ver2とでも呼ぶか」
左腕にのみ展開された赤龍帝の鎧。そもそも攻撃を受けずに避ける事を専門とする一誠にとって、どれほど防御力を高めようと一緒なのだ。
だからこそ、防御を捨てて他へと当てる。一点に集中させる事で無駄をなくし、より早く倍加の力を使う。
「なるほど。面白い事をやっている様じゃないか、赤龍帝……少しばかり分が悪いが、直ぐに退くというのもなんだな。試させて貰おう」
そう言うロキの右手には、光り輝く粒子が集まっていく。強大な力を集中させ、圧縮させたものだ。今の一誠に直撃すれば致命傷は免れられない。
「神を舐めるなよ、赤龍帝!!」
先の言葉を根に持っていたのか、右手に圧縮された膨大な力を八つ当たり気味に一誠へと放つ。
一誠は焦る様子も見せず、左手の掌をその球体へと向け、静かに力を溜めた。
『BoostBoostBoostBoosttBoostt!!』
圧縮する力はそれほど多く無くてもいい。集める量が少なくても、勝手に倍加して力を集めてくれる。自分でやるより効率的と言うか、正直に言えば楽だ。
圧縮された赤い力の塊は、ロキの放った光球と真正面からぶつかり、大爆発を起こして爆風を辺りにまき散らす。
「なるほど、ロキの力はこんなものか」
涼しい顔をしつつ、一誠が呟く。
実際、先の一撃は様子見に近かった。目測ではあったが、相殺できるだけの力を込めて放った一撃だったので、大体一誠の予想通りに事が運んでいると言えた。
「……ふむ。別段手を抜いた訳ではないのだがな。今代の赤龍帝はかなりの力を持っている様だ。神器の扱いと言い、頭も切れると見た」
「過大評価をどうもありがとう。オーフィスに届かないレベルである以上、この程度じゃ納得は出来んさ」
頭が切れるというのも、一誠本人は否定する。
──俺は正史を知っているだけだ。それを覚えていて、対処法を考えればそれでいい。本当に頭が切れる奴なら、既に俺の目的は達せられているだろう。
例えどれほどの理不尽だろうと、事前に知っていれば対処は容易い。ましてや、今の一誠には正史には無い力があるのだ。不可能な話では無い。
「二天龍を同時に相手取るというのは、少々厄介だが……我が息子よッ!!」
ロキの言葉が発せられると同時、フェンリルがヴァーリを振り切って一誠へと迫る。
リアス達には視認すら出来なかった。アザゼル達は諦観の念を抱くだけだった。ヴァーリは奥の手を出す事を期待した。
そして、フェンリルは一誠へと牙を届かせる事無く弾き飛ばされる。
「せっかちな奴だ。そう焦るなよ、ロキ」
右肩から生えた異形の腕が蠢き、右手に持った杖が足場を作るための魔術を発動させる。その上に立ち、数百メートルの距離を吹き飛ばされたフェンリルを見据える。
大きな怪我は見られない。悪神ロキの息子とは言え、北欧神話の存在だからだろうか。効果が微妙に薄いらしい。
まぁ、もっとも。そんな事は些事でしか無いのだが。
「今まで、これを全力で放った事なんて数えるほどしか無いんだよな。だから、ちょっと本気を出させろよ」
ヴァーリとの戦闘くらいだろうか。全力で集束された魔力を放ったのは。
ロキも本気では無い。ならば、全力で放つには丁度良い相手ではないか。
「神もかくやと言う程の傲慢ぶりだな。なるほど、確かに二天龍の宿主らしい。龍の様な性質はちゃんと備えている様だ」
ロキの傍にはフェンリルが佇み、一誠の隣にはヴァーリが構える。
敵意と殺意が二人と一柱一体の間に渦巻き、爆発するための火種を欲する。まさに、その状況は爆弾と言い変えても良かった。
しかし、ロキは敵意を収めてしまう。
「二天龍が見られて満足した。実力もそれなりに在るようで結構。──今日は一旦引き下がるとしよう」
マントを翻し、歪めた空間の中へと姿を隠していく。
「だが、この国の神々との会談の日! またお邪魔させて貰う! オーディンよ、次こそは我と我が子フェンリルが、その喉笛を噛み切ってみせよう!」
彼らがこの場から退場すると同時に、蔓延していた敵意と殺意は霧消して消えた。
●
駒王学園近くの公園。スレイプニルはその場所へと降り立ち、一誠は念の為に人払いの魔術を行使して、会談を執り行う。
グレモリー眷属にイリナ、アザゼルとバラキエル、オーディンとロスヴァイセ。そして、一誠とヴァーリに美猴、黒歌とアーサー。
戦力としてはそうそうたる面々が、この場に集まっていることになる。
「……おまえら、なんで此処に来たんだ?」
「その理由は、むしろ聞くまでも無いと思っていたがな」
精神的に少々疲弊した様子を見せるアザゼルが一誠へと質問し、一誠は視線を一度イリナへと向けて答えた。
それだけで納得し、大きく息を吐いてヴァーリを見る。
「兵藤の方は分かったが、ヴァーリ、おまえらは? あの場所にいた口ぶりじゃ、お前が兵藤に助力を頼んだように聞こえたが」
一誠が自分の意志で動いているのなら、恐らくヴァーリ達は此処にいない。一人でどうにでもなると、他人と協力する事は無い筈だ。
だが、ヴァーリが此処にいて、理由が不明なら話は変わってくる。
目的が分からない。強い者と戦う事だけがヴァーリの目的であり、その最大の目標がグレートレッドである以上、ロキ達と戦う理由は無い様に思える。
ロキ達が強いからというのなら、それ以上に強い存在が『禍の団』にもいる。わざわざ程度の低い存在と戦う必要は無い筈なのだ。
「オーディンの会談を成功させるためには、ロキ達を撃退する必要があるんだろう? なら、アザゼル達にとって悪い話では無い筈だ」
全員を見渡し、ヴァーリが不遜な物言いで告げる。
「先の戦闘でも、アザゼル達だけじゃロキとフェンリルを抑えきれなかった。英雄派が活動している所為で各勢力は大騒ぎの上、こちらにこれ以上の戦力を裂く事も出来ない」
アザゼル達にとって、この話はまさに渡りに船だ。目的がなんであれ、十分な戦力を得られる事となるのだから。
そして、それはこの場にいる全員が分かっている事でもあった。
「流石に俺一人ではロキとフェンリルは相手に出来ない。だが──」
「──俺とヴァーリが組めば、別段不可能って訳でも無い」
二天龍の共同戦線。それが何を意味するのかを悟った面々は、驚愕の表情で二人を見た。
「この戦い。俺と兵藤一誠、二天龍は共同戦線で事に当たることにした」
段々と短くなってないかなぁと思いつつ、四十六話です。
フィアンマとしてばれて最初の禁手が……と言う事で、今まで出番が少なかったドライグがアップを始めました。
ロキ戦はそこまで長くするつもりも無いですし、英雄派もそろそろ本格的に動き始めるでしょう。