第五十一話:悪の華
駒王学園、旧校舎の一室。オカルト部の部室にて。
部屋の一角で、イリナ、ゼノヴィア、アーシアはいろんなファッション雑誌などを見ながら話している。修学旅行を控えたこの時期、服や諸々必要なものを買いに行くと言う事で、三人で相談しているのだ。
オーディンは無事に会議を終え、本国へと帰って行った。良い収穫だったらしい。ちなみにミョルニルは忘れずに返した。
ヴァーリが奪ったフェンリルの行方なども問題になったが、ロキを捕えたことによる情報の追加で対策も練られる。次はそう簡単にやられる事は無いだろう。
一誠の目的はヴァーリの手伝いだったのではないかと言われているが、実際の所は分からない。本人に聞いてもはぐらかすだけで、まともに答えようとしないのだ。
バラキエルも今日帰ることになっており、見送りにはアザゼルが行っていた。
ホテル側で不手際が起こったシトリー眷属だが、こちらはソーナが眷属を庇って腕を負傷。それほど深くないが、眷属の一人がまともに牙で貫かれた為、その血でフェンリルの牙は濡れていたのだろうと判断された。
傷自体は一誠が処置を施したため、痕が残ることも無い。匙は「肝心な時に居ない自分が情けない」と、日夜アザゼルの下でヴリトラの力を使いこなす訓練をやっているらしい。
木場やギャスパーも自分の力不足を感じたらしく、匙と共に特訓している。
そして──
「ううう、もう終わりだわ!」
──オーディンにおいて行かれた
「リストラよね、これ。どう考えてもリストラですよね! 私、あんなに頑張ったのに評価されてないなんて……今更戻っても『護衛がどの面下げて』って事になるのは目に見えてるし……どうしろって言うのよ、もう!」
語ると言うか、もうヤケッパチ全開の状態で叫んでいた。
そんな状態のロスヴァイセに、まさに『悪魔の笑み』と呼べる魅惑的な笑みを浮かべながらリアスが近づく。その手には複数枚の資料がある。
「泣かないで、ロスヴァイセ。貴女の要望通り、教師として働けるようにしておいたから」
あんまりにも哀れだったのか、他の理由があったのか、リアスは駒王学園でロスヴァイセが働けるように手配していた。
但し、見た目は生徒でも通るが本人の要望通り教師として。一応飛び級で卒業していると言う事もあり、教諭としては十分な資質を持つと考えて良かったからだろう。
「それにしても……これから私、どうすればいいのかしら。リアスさんのおかげで職は得たけど、もう戻った所で左遷は確実でしょうし、そもそも護衛なんていらなかったんじゃ……」
そもそもも何も、本来の実力を鑑みれば神格に護衛など必要無い。それでも護衛を付けているのは、ひとえに『
フェンリルの牙同様、あれも神格を死に至らしめる力を持つ。『
『神滅具』の中でも中位に位置する『赤龍帝の籠手』や『白龍皇の光翼』でさえアレなのだ。上位に位置する『黄昏の聖槍』や『絶霧』がどれだけ途方も無いか、予想がつかない。
そして、そもそもにおいてそんなモノを作り出した『聖書の神』は一体何を考えていたのか。死んでしまった今となっては、最早それを知る術は無いのだが。
リアスとしても気にならない訳ではないが、知る術が失われている以上は考えた所で答えは出ない。
「さて、ロスヴァイセ。そんな貴女にこのプラン」
手に持っている書類を一枚見せ、話を逸らす。このままだと話が進まないと、リアスは半ば強制的に話を変えたのだ。
何の為かと問われれば──
「今冥界に来れば、こんな特典やこっちの特典もつくのよ?」
「嘘! ……保険金がこんなに。こっちは掛け捨てなんて……凄い。ヴァルハラとは基本賃金から違います!」
──戦乙女を買収する為だった。
本来、欲望を持つ者をそそのかして堕落させるのが悪魔の生業である事を考えれば、生粋の悪魔であるリアスがこう言った事柄を得意としていることも何らおかしくは無い。
ただ、傍から見れば保険屋さんのお姉さんと言う感じだが。場合によっては詐欺師に見えるかもしれない。
「ついでに、私の所に来ればこういう特典もつくわ」
「……グレモリー家は現魔王を輩出した名門で、特産品は好評だとか」
「そう、そして私達は、常に良い人材を探しているのよ」
リアスが胸元から取り出したのは、赤いチェスの駒──『
魔力に長けたウィザードタイプがリアスと朱乃の二人だけという現状、リアスは戦力強化として移動砲台と成り得るロスヴァイセを眷属として迎えようと言うのだ。
これには、この場に居た全員が驚いていた。
テクニックタイプとしては木場やギャスパーがそれに当たり、パワータイプとしてはゼノヴィアがあたる。小猫はテクニックとパワーの中間と言ったところだろうか。アーシアは戦闘をしないので何とも言えないが、入れるとするならウィザードだろう。
ちなみに試合には参戦出来ないが、イリナを考えるとするならパワータイプに入る。
「……なんだか、運命の様なものを感じますね。私の勝手な妄想かもしれませんが、最初に会った時からこうなるのは必然だったのかもしれません」
ロスヴァイセは紅い駒を受け取り、部室内を眩い閃光が覆う。そして、目を開けた時にはロスヴァイセの背には悪魔の羽が生えていた。
このシステムを作ったアジュカ・ベルゼブブの隠し要素があったらしく、本来一つで済むか分からない戦乙女を『戦車』の駒一つで悪魔に出来た事は大きい。
残るは八つの『
現状決まってはいないが──複数使ってでも、強力な眷属を集めるべきだとリアスは判断している。
歓迎ムードに包まれた部室内を見ながら、いずれ刃を交えるであろう敵を思い浮かべながら。
●
「はじめましてだな。歓迎しよう、『
一誠はソファに腰掛けたまま、尊大な態度を取って目の前の青年へ語りかける。青年は訝しげに一誠の事を見つつも、隠す事をしない威圧感に冷や汗をかく。
冥界の一角に用意されたアジトの一つで、本来なら英雄派である青年が立ち入れる場所では無い。
しかし、資料に目を通している一誠を筆頭に、何かしらの実験と言う事で此処に送り込まれた。
「……俺は、一体何をすればいいんですか?」
立場的には曹操と同じ、一つの派閥のトップだ。旧魔王派程ではないが、それなりに礼儀を正して置いた方がいいかと敬語を使う。
しかし、一誠は手を振りながら否定した。
「敬語は要らない。プリシラは素で敬語を使うからそうだってだけだ。好きなように話していい……で、此処に呼ばれた理由だったな」
まぁ、それも言ってしまえば実験の一言で済むのだが。
曹操から「魔術派のトップが話があるらしい」と言われて此処に赴いただけで、青年自身には此処に呼ばれる理由が皆目見当もつかない。
その辺りの事を分かってか、一誠は単純に言い表す。
「魔術による神器の刺激──まぁ、いうなれば強制的に『禁手』状態へと移行させる実験みたいなモンだ。心配しなくても害は無い」
初期段階ならともかく、既に一つの技術として確立しつつある『禁手化』の実験。当然初期の実験には死者が出たが、それは悪魔や堕天使側の神器持ちを使っているので問題などある筈も無い。英雄派であればそう考えていて当然だ。魔術派はそもそも理由など必要とせずに動くのだが。
今回はその集大成。恒常的に禁手化出来るかどうかはまだ分からないが、一時的に禁手に至る事位は可能だろうとしている。
「英雄派の連中にこの技術を渡すのは気に喰わないけどな。幹部五人が魔術も使えてる以上、それも言ったところで無駄かもしれないが」
「……魔術派ってのは、『禍の団』の中でも小さい派閥だろう。なんで最大勢力の英雄派に対してそんな態度で居られるんだ?」
青年の疑問は、正にそこだった。
魔術という力は確かに魅力的だ。才能の無いものでも扱える技術なのだから、魔法より余程普及していてもおかしくない。
現に曹操やゲオルク、ジークフリートといった幹部の面々は既に魔術を会得していると言う。
教えたのが一誠だったとしても、実力が上回っていなければこんな態度は取れないと思いつつも、自分達のトップこそが最強だと思ってしまう自分がいた。
だからこそ、この質問。
それに対し、一誠は簡潔に答える。
「組織内で俺が一番強いからだよ。もちろんオーフィスをぬかした上での話だがな」
「……曹操よりも、か?」
「当たり前だろう。一応言っておくがな、『禍の団』内部でオーフィスと張り合える可能性があるのは、俺かヴァーリか曹操くらいだぞ」
それ以外は話にならない。そして、一誠は『禍の団』内部においてのランキングでトップだという自負がある。
幾らか客観的に成り切れていない部分もあるが、その辺りを加味しても十分最強だと言えるだろう。
ならば、必然的に英雄派の面々より実力は上だと認識する事になる。
「ついでに言えば、プリシラだってまともな戦闘で負ける事は無いだろうさ」
聖槍を扱う曹操とは圧倒的に相性が悪いが、それ以外の面子ならば十分まともに戦える。それだけ聖人の実力が高いと言う事でもあるが。
話は此処で終わりだと席を立ち、青年を連れて奥の部屋へと入る。
そこには魔法陣が敷き詰められており、その中央に座るようにと一誠から指示された青年。言われるがままに魔法陣の中心に立ち、次の指示を待つ。
「そこに座れ」
胡坐をかいて座る青年。魔法陣の外側から様子を見る一誠は、準備が整ったことを確認してから、右手に持った杖を以て魔法陣を起動させた。
中央から最も離れた場所に描かれた四つの魔法陣から、線が徐々に光り出して中央へと向かう。
光が全ての線をなぞり終え、一際強く輝いたその瞬間だった。
「──ぁ、が……ッ!」
「ん? ……反応が少し強いか。まぁ、誤差の範囲だな」
神器は人間の内部──言うなれば魂と繋がっている。故に、無理に干渉すれば身体にも影響を与えることがままある。今回は正にその現象が起きているのだ。
とはいえ、これは今までの実験でも十分に認識出来ていた。数値が多少高いのが気になるが、神器と強く同調した為だろうと当たりを付け。
どの道、禁手に至る為には何かしらの強い切欠がいる。魔術が心身に与える影響にプラスして、神器そのものにも働きかけている為に禁手へと至り易いと言うだけの話だ。
──ゆっくりと、しかし確実に、神器は至り始める。
胸の中央から液体が零れ落ちる様に、黒い影が全身へと広がり始めた。まるで身体を飲み込まんとするかのような印象を受けるが、余程の無茶をしない限り神器は使用者を傷つけようとはしない。
そして、彼は境地へと至った。
「──ようやくか」
実験のデータをもとにした予想を付けてはいたが、実際に成功するとなんとも感慨深いものがある。このデータをもとに、他の幾つか並行して進めていた実験も進む事だろう。
取りあえずは青年の様子を確認しようと一歩踏み出したその時──黒い影が槍のように一誠へと向かってくる。
眉をぴくりと動かすも、右手に持った霊装で魔術を発動させ、攻撃を全て防ぐ。攻撃の出どころである青年の方を見れば、視線を彷徨わせた、虚ろな表情で立っていた。
全身を包む鎧の様な禁手は、ゆらゆらと陽炎のように揺れている。
「……意識が飛んだか。廃人になってないなら、まだ治療のしようはあるが……」
考え始めた一誠へと、黒い影が迫る。今度の攻撃は槍では無く、本体による打撃だ。先程と同様に魔術で防ぎ、迎撃のために在る程度威力を抑えた魔術を使用する。
強烈な突風が砲弾のように青年へ襲いかかるも、全身を煙のように霧散させてそれを回避した。
「なるほど。さっきの得体のしれない感覚に対して、咄嗟に身を守る事を考えた訳だ。この辺りは使い手によって違うだろうが、ある程度方向性が絞られることになるな。今後の課題と言ったところか」
プリシラは一誠の言葉をメモし、部屋の外で見ているであろう他の魔術師達も様々な意見をかわしている。襲われている一誠の事など気にも留めず、己の欲望を満たすように。
一誠は一誠で、青年の執拗な攻撃を紙一重で避けながら、その禁手の能力を暴いていく。元の身体能力はそれほど高い訳でも無いので、神器も魔術も使う事は無く、攻撃を避け続け、時に反撃をする。
ある程度の能力が分かった所で、少しだけ離れて青年を観察した。
眼光は未だに虚ろながらも、戦闘訓練を積んでいる為か、動きそのものは無駄が少ない。無意識下でも訓練の成果が出ているらしい。
そこまで見て、一歩踏み込んだ青年を爆発による余波で吹き飛ばす。単体に対する攻撃はともかくとして、青年の禁手の能力は逃げる場所が無い程に広範囲を攻撃されると避けられないと判断したためだ。
無論、ここの壁を壊さないように注意はしたし、プリシラはそもそもこの程度で怪我を負う様なヘマはしない。
頭を打ったためか、気絶した青年。彼を一瞥した後、プリシラへと告げた。
「……大体だが、準備は整った。こっちは何時でもいい、と曹操に伝えておいてくれ」