第五十二話:京都
東京駅から出発した新幹線は、ゆっくりと速度を増して京都へと向かい始める。
京都で曹操達が事を起こすまでは自由に過ごすつもりの一誠だが、既に九尾を捕えて準備までしてあると言う。最後の仕上げだけ手伝えばいいらしい。
準備をプリシラに任せて出発し、車両の最後尾に一人で座る一誠は、眠そうな顔で窓の外を見ていた。
通路を挟んだ反対側にはイリナと桐生という女子生徒が座っており、一誠の前には松田と元浜という一般の生徒二人が座っている。
三大勢力側としては、どうにかして一誠の行動を制限したいらしく、イリナの他に監視員が幾らか増えていた。イリナ自身も聞かされている様だが、どうにもならないと判断しているのが現状だろう。
なにせ、サーゼクスでも手が出せなかった。アザゼルやミカエルでも結果は同じだろうとされ、手を出す事が物理的に不可能な状況に在る。
その内「これ以上手が出せなくなるレベルになる前に」とちょっかいを出してくる者も出てきそうだ、と一誠は考える。
「イッセー君」
うつらうつらとしていた所で、隣にイリナが座った。
松田と元浜が聞き耳を立てていることに気付き、手早く認識阻害の結界を張る。この程度なら詠唱を軽く唱えるだけで済む為、動く必要も無い。
「何の用だ、イリナ」
「昨日の夜、何処に行ってたの?」
「言う必要があるのか?」
「無い、けど……やっぱり、あの人の所?」
あの人、と言うのはプリシラの事だろう。名前で言わないのは知らないからなのだろう。
実際の所、イリナはプリシラと面と向かって会った事が無い。
アーシアを奪還する際に姿を見ただけで、その時プリシラは気絶していて顔も良く見ていない。遠目でもそれなりの美人、と言う事は分かったが、それ以上の事はサッパリわからないのだ。
そちらも気になるが、イリナの本題はそちらでは無い。
「京都でも、また何かやるつもりなの?」
ミカエルから「出来れば」と前置きされているものの、神の使いであるミカエルに心酔しているイリナからすれば、その命令は絶対と言っても等しく。
一誠の行動を探るために、イリナはその話題を切りだした。
「……こっちも色々あるからな。大人しく静観するなら、お前等には手を出さない事を約束してもいい」
多少迷う様に視線を泳がせた後、一誠はそう告げた。
今回行う実験の事を考えた上での発言だろう。実験に必要なのは九尾と京都という土地だけで、イリナ達は首を突っ込まなければ巻き込まれる事は無い。
ゲオルクが『絶霧』の所有者である以上、実験を行う結界内部への侵入はほぼ不可能に近い。曹操達はグレモリー眷属の力を試そうとしている様だが、それらをたしなめる事は別段不可能でも無いのだ。
(……全く。魔術を使えるようになってからと言うもの、血の気が多くなりやがって。これだから増長した馬鹿というのは嫌いなんだ)
特にジークフリートとヘラクレス。幹部でもある二人は、自分の実力を過信し過ぎている。一誠からすれば片手間でも倒せる相手だが、現時点のグレモリー眷属では一筋縄ではいかない。と言うか、歯が立つかどうかというレベルだ。イリナの身を案ずるなら、出来るだけ接触はさせない方が好ましい。
「そう言う訳にもいかないわ。京都には、三大勢力と協定を結ぶ予定の妖怪が居るんだから」
だからこそ、イリナが一誠の行動を把握しようと動いているのだ。イリナには甘いと知っているアザゼルやミカエルが、便利屋のように彼女を使うことに若干のイラつきを覚えるが、今それを考えた所でどうしようもない。
「……荒事になるのは確実だ。出来るだけ戦力を整えておくんだな」
一誠としても、今回の実験には協力的だ。グレートレッドに関する実験でもあり、魔術と魔法を併用した大規模な実験。特にグレートレッドに関しての情報が手に入る可能性がある為、失敗させるつもりは毛頭ない。
それ以上の情報を与える気は無いのか、肘をついて眠りだす一誠。これ以上は無理だと判断して、「役に立てない私をお許しください、主よ!」といつもながらのテンションを保ったまま自分の席に戻った。
●
そこは暗い、
底の見えない闇とでも言うべきか。なにはともあれ、立ち竦むだけでは意味が無いと判断し、一誠は奥へ奥へと歩きだした。
ここは神器内部の世界。『覇龍』を使用したことにより、神器内部に封印されていた憎悪や怒りが蓄積し、歴代の赤龍帝達が虚ろなままに過ごす場所。
しかし、此処は本来の場所とは少し
真っ白な空間にテーブル席がおかれている、と言うのが本来あるべき姿だが、その場所は一誠が力技で完全に押さえ付けている。意識を保ったままの歴代赤龍帝も存在する様だが、一誠はそちらに興味を持っていない。
今回居る場所は、更に奥。神器の最奥とでも呼ぶべき場所。数度にわたる実験によって神器への魔術的干渉が可能と言う事が判明。その結果の一つが『神器の強制禁手化』であり、一誠が今おこなっていることそのものでもある。
精神を神器内部に潜らせる。それ自体はどんな神器でも可能だが、基本的に神器に宿るのは強い念のみ。二天龍のそれは憎しみに支配された為、連鎖的に増えていった結果があの状況だ。
後の時代になればなるほど、赤龍帝と白龍皇は憎しみを押さえ付けることが難しくなる。元はドライグとアルビオンの感情が原因とはいえ、彼ら自身がそれを覚えていない以上は原因を取り除くことも不可能。であれば、必然的に押さえ付ける事しか出来なくなる。
やはり、覇を唱えるような力は碌でも無いな、と一人ごちる一誠。
それはともかくとして、一誠が今進んでいる道は全ての神器に存在するモノだ。
異常なまでに厳重なロックがかけられ、本来なら魔術だろうと魔法だろうと、どんな方法を使っても辿りつく事は出来ないであろう場所。
それは──『
人間の深層心理、いわゆる『集合的無意識』と言う部分に存在するのがこの『神器システム』だ。
いや、この存在を利用して作り上げたのが『神器システム』と呼ぶべきだろうか。
浅い部分は個々人で分けられているし、本来深層心理まで辿りつく事などほぼないと言っても過言ではない。そこまで辿りつく為の技術が存在しないと言う事もあるが。
ともかくとして、『人間』の集合的無意識である以上は悪魔や堕天使、天使と言った存在が干渉する事は出来ない。それが存在する混血であれば神器を内包する可能性がある、というのも、深層心理や魂の部分で繋がっているからだ。
聖書の神が作り上げた人間だけが持ち得る武器。そして、それをランダムに持たせる『神器システム』
既に存在しない聖書の神の一端に触れることが出来るかもしれないと、軽い気持ちで深層へと足を踏み入れる一誠。神器を作り出す技術の一部でも知ることが出来れば、いろんな事に流用出来る。そう言う意味では、やはりこの実験は有用だ。
暗い道を手探りのまま歩き続け、遂に重厚な扉の前まで辿りつく。
『……これが、聖書の神が作った神器システムへの最後の関門か』
「恐らくはな。出来れば誰にも邪魔されない場所で、入念に準備を整えた上でこの先へ進みたい」
今やるのは、いろんな意味で危険すぎる。一誠は聖書の神の事を何も知らないのだ。性格も行動も分からない以上、この扉の先にあるのが単純な技術の宝庫と言う訳ではない事は予想がつく。
完全なるブラックボックス。準備を入念に整えておくことが最善だと、一誠は判断した。
「今回は引き返す。扉まで辿りつけると分かっただけでも僥倖だ」
今まで誰も到達しえなかった場所だけに、辿りつける自信は無いに等しかった。だが、その場所まで辿りつけると分かった以上、この先に進むには準備がいる。
そうして扉に背を向け、意識を浮上させようとした瞬間。
『──ふむ、今回は様子見かね?』
ドライグのものではない、声がした。
振り向けば、扉が僅かに開き、そこからこちらを覗きこむ二つの眼──
ゾッ!! と、今までに感じた事のない危機を、本能的に感じ取った一誠。
今までの存在とは圧倒的に格が違う。この場においては一誠でさえ歯が立たないと思わせるほどの威圧感は、なるほど神格と言うに値する存在だった。
ロキなどとは役者が違う。ハーデスなどとは危険度が違う。帝釈天などとは存在感が違う。正に民衆が『神』と崇めるに値する存在。完全を示す黄金の神格。
「お前は……ッ!」
『ふふ……いずれ来たる
重厚な扉が閉まると同時に、一誠の意識は浮上した。
●
意識が浮上すると同時に眼を見開き、身体に影響が無いかを調べる一誠。頬を伝わる冷や汗を感じながらも、今しがた相対したあの存在の事で頭が一杯だった。
一言で表すならば、異常。
(ドライグ。お前、アレの事は知ってるか?)
『……あれは聖書の神だ。しかし、死んだ筈の奴が、何故……』
ドライグにとっても相当な驚きだったのか、普段とは打って変わり、声色に強い困惑が混じっている。
一度深呼吸をし、冷静に先程の出来事を思い返す一誠。
(……恐らく、本体じゃ無いな。あそこへ肉体を持って行く事は出来ない筈だ……だとすれば、奴の精神があの場所に残っているのか?)
言うなれば残留思念。魂の残滓。
あの場所で『神器システム』を正常に動かす為の手繰り手、とでも言うべきだろうか。ともあれ、本体でない事はまず確実と言える。
そうは言っても、納得できない部分は多々あるのだが。
実力としては旧魔王と同クラス。であれば、必然的に一誠は聖書の神以上の力を持つ事となる。一人で旧魔王四人を相手取って互角以上ならばともかく、実際にはミカエルたちセラフがいた。実力はそう離れていないだろう。
なのに、一誠が本能的に命の危機を感じるほどの威圧感がある。残滓である事を踏まえれば、尚更あの現象はおかしい。
(……あの場所にいるからこそ、奴は強気でいられるのか?)
幾つかあり得そうな事を考えるものの、情報が少なすぎてどうにもならない。どの道もう一度潜る必要がある以上、探れることはその時探ればいいだろう。
それよりも今は、京都での事に集中すべきだと頭を切り替えた。
●
ひとしきりの思考を終え、コンビニで購入したおにぎりを食べ終わった頃に新幹線は到着した。
改札口へと足を運び、ひろい駅内ではしゃぐ面々を見ながら、一誠は小さく笑っていた。唯一桐生だけが、地図を片手に先を急ごうとせかしている。
集合場所はホテルのホールとなっている為、迷子になると辿りつけない可能性がある。とはいうものの、同じ駒王学園の生徒であれば目指す場所は同じだ。
駅から出て数分もすれば、同じ制服を着た生徒たちが進む方へと歩いて行けば自然とホテルについた。
京都駅から数分の場所に在る高級ホテル。名前が「京都サーゼクスホテル」とある通り、サーゼクスが手配して作ったホテルになる。少し離れた所には「京都セラフォルーホテル」があり、どれだけ彼らが京都に影響を及ぼしているかが分かる。
グレモリーとシトリーが統括する駒王学園の生徒である為、このホテルを格安で貸し切ることが出来たのだ。もっとも、基本的に「まともに寝られればいい」という考えの一誠には、興味が湧く様なものでも無かったが。
入口にいるボーイに学生証を見せ、ホールまで移動する。煌びやかな造りをしているホテルのロビーを見て、一誠とイリナ以外の三人が圧倒されていた。興味のない一誠はともかく、イリナはグレモリーの城を見たことがある為にそこまで驚かなかったらしい。
そのままホールへと移動し、班のメンバーの点呼。人数確認や諸注意を受ける。ロスヴァイセが百均を日本の宝と言わんばかりの様子で語っているのは、生徒たちも笑っていた。
最後に教師の最終確認を受けて、生徒たちは各々荷物を持って移動を始める。ホテルの部屋へと道具を置きに行くのだ。
ホテルの従業員からキーを受け取り、エレベーターなどを使って移動する。基本的に洋室の二人部屋なのだが、人数の関係上一誠が一人だけで部屋を使うことになっている。
松田たちと同じ階の隅、同じ造りで同じ内装を施してあるその部屋へと、一誠は足を踏み入れた。そうして認識する部屋中に仕掛けられた術式。
(……まぁ、ある意味では当然か)
部屋内部に監視用の術式が施されている。巧妙に隠されてはいるものの、擬似的に天使化している一誠の知覚は既に人間の範疇を超えている。並みの者では気付かずとも、一誠なら気付ける。
この分だと会話も当然聞かれているだろう。術式以外にも盗聴器などがあるかもしれない。
(一般の生徒と一緒にしないのは、巻き込まない為か。アザゼルも良くやる)
半ば呆れたような顔で、しゃがみながら右手を影の中へと入れる。
手の先に触れるのは霊装である『禁書目録』だ。
(さて……監視術式自体を如何こうすれば確実に気付かれる。なら、表面上は何も無い様に、監視術式そのものを誤魔化す術式を張るべきか)
魔術の知識は無論魔導書から。だが、この場において使われているのは魔術では無く魔法。ゲオルクから知識のみえている為、使えはしないが判断は可能だ。
表面上は何もしていない様に見せる張り子の姿。悪神ロキの神話にあるような、姿を変えるものとは少し毛色が違う魔術だ。
どちらかと言えば、ウートガルザロキと呼ばれる神の方が神話としては近いだろう。北欧神話において、トールやロキ達を幻術を用いて打ち倒した神だ。その手の術式には事欠かない。
一息ついて荷物を置いた一誠。直後に部屋のドアがノックされ、返答すると松田達が入ってくる。
「兵藤。午後の予定時間、本来の予定にはないが伏見稲荷に行かないか?」
「伏見稲荷? 別に良いけど、距離的に大丈夫なのか?」
一誠の疑問に、カメラを持った松田が言う。
「先生の許可は貰った。京都駅から一駅で行けるらしいからな」
「へぇ、それは知らなかった。俺も直ぐに準備していくから、桐生とイリナを先に呼んでおいてくれ」
「分かった。早めに来いよ」
それだけ言って、二人は部屋から出ていく。桐生とイリナを呼びに行ったのだろう。
一誠は手早く準備を済ませ、一階のロビーへと足を運んだ。
●
京都駅から一駅の距離を置いて「稲荷駅」があり、そこから下車する事で伏見稲荷の参道へと入ることが出来る。
馴染みのない京都の電車の景色を楽しみながら、移動する事数分。普段から観光客が多い様で、外人や他の学校の生徒たちの姿も見受けられる。
駅近辺のお土産物を軽く見て、五人は伏見稲荷へと歩を進めた。
一番鳥居を抜け、大きな門の前に立つ。両脇には狛犬のような狐の像がある。
(……魔除けの像か。魔の存在を寄せ付けない効果があるようだが、俺にとっては余り関係は無いな)
『龍であっても魔では無い、か。天使の領域に足を踏み入れてるなら、三大勢力の一派と間違われはしないか?』
(俺の言う『天使』と聖書の神が作った『天使』は定義付けが違う。根本的に違う存在だよ)
とはいえ、それをあちらが認識するかどうかはまた別の話。ここでも念の為にウートガルザロキの誤魔化しの術式を張っておくのが賢明と言うものだ。
それに、そうでなくとも京都の存在ではないと言うだけで排除に動きかねない。イリナ達は通行証の様なものを貰っているだろうが、一誠にはそんなものは無い。その点でも、やはり誤魔化しは必要な処置と言える。
まぁ、一誠が『禍の団』側の存在であると言う事は既に妖怪たちに伝わっているはずであり、あちら側が行動を起こさない時点で「無闇に刺激しない」というスタンスを取っているのは間違いない。
チャンスを狙っているのなら、返り討ちにするだけの話だ。
門を抜け、本殿へと進む。写真を撮りながら歩き続け、本殿の奥に在る千本鳥居を見ながら山登りを体験する事となる。
歩き始めて数十分経った頃には、既に元浜は息が上がるほどとなっていた。とはいえ、他の面々は余り疲れた様子を見せていない所を見ると、元浜の体力が無いだけなのだろう。四人の内二人は基礎スペックが違うので比べること自体が愚行だが。
道中、お店を時折見て休憩を入れながら伏見山を登り続ける。元浜は既に息切れ状態ではあったが。
「凄い、絶景ね!」
「じゃあ、写真に収めておきましょうか。そういや、この山って地元の学校が走り込みなんかにも使っているそうよ? 今日は走ってないみたいだけど」
イリナと桐生の話を聞きながら、一誠は京都に入ってからずっと感じていた視線を煩わしく感じていた。
向けられている視線だけで、敵意がありありと見える。一般人がいる為に手を出して無いようなものだ。これでは、何時寝首を掻きに来るか分かったものではない。
手を出さないならそれでいいが、手を出してくるなら潰して置く。そう判断して、誘き出す為に伏見山の頂上を目指す事にした一誠。
「悪いが、俺は先に頂上まで行ってみる」
班の皆に断りを入れ、一誠は階段を駆け上がる。他の観光客の邪魔にならない様にしつつ、どこか開けた場所が無いかと探し回った。
人間だった頃から体力には自信があった一誠だ。天使に近づいたことで、その辺りの能力も強化されている。
そうして辿りついたのは、木々の生い茂った薄暗い場所。奥には古ぼけた社があり、人気は無い。
「……ま、ここなら良いかな」
そう感じている間に、一誠の周りを取り囲むように気配が分散する。元から複数で監視していたのだろう。最早隠す事をしなくなった気配が空気を緊張させ、重苦しい雰囲気が漂う。
数秒経ち、こちらから何か仕掛けた方がいいのか。と一誠が思い始めた所で、声が響いた。
「……京の者では無いな?」
声がした方向へと視線を向ければ、そこに現れたのは小学校低学年くらいの身長をした金髪の少女。いや、一誠が注目したのはそこでは無く、頭に生えた耳だ。
──狐の耳。
京都の妖怪を治める総大将は九尾の妖孤。そして、目の前の尊大な態度を取る少女。現総大将を見た事は無いが、それだけ分かればある程度の予想はつく。
端的に言ってしまえば、曹操のやったことのとばっちりが自分に来ているのだ。溜息の一つもつきたくなってくる。間違っている可能性もあるので、特に断定するつもりも無いが。
「よそ者め、よくも……ッ! かかれッ!」
少女の合図を皮切りに、複数の気配が姿を現して一誠へと襲いかかる。
「母上を返して貰うぞ!」
襲われている一誠はと言えば、やはりかと言わんばかりに嘆息しながら、襲いかかってきた敵を見た。
山伏の格好をした、黒い翼と鳥の頭部を持つ連中。神主の格好をして狐の面を被った者たち。総数を数えるのは面倒なので数えないが、それなりの数がこの場に集まっている。
その者達が一誠に対して攻撃を仕掛けたのだ。それなりに練度を持つらしく、連携にも穴が無い。まともに戦うのは愚策と言える。
が、しかし。それは相手がまともな存在であればの話。
辺りに結界を張って逃がさない様にしつつ、その結界を自分で破壊しない様に聖なる右の使用を控える。その状態であっても、一誠には負ける要素は無い。
振り下ろされた錫杖を紙一重でかわし、影から霊装を取り出す。
「『硫黄の雨は大地を焼く』」
詠唱と同時に杖の先端が赤く輝き、術式を発動させる。
空中に突如として現れたオレンジ色に灼熱する矢の様な物の雨。それは一つや二つではきかず、吊り天井を彷彿とさせるほどの数を持って彼らへと襲いかかった。
結果など言わずと知れた事。
コンクリート程度なら簡単に砕くほどの威力を持つそれらが、人体に襲いかかればどうなるか。聖人や肉体が強化された超常存在ならばともかく、中級の悪魔や天使でもまともに食らえば致命傷になる魔術だ。この場にいる妖怪が生き残れる筈が無い。
だからこそ──そこは、地獄と形容するのが一番適切だろう。
血の海に沈む山伏。力無く四肢を投げ出している神主。
数秒前まで一誠を殺さんと敵意を向けていた者達は、恐らく発動した魔術の『不味さ』を肌で理解し、金髪の少女を守った。そうでなければ、幼い少女は生き残る事など出来なかった。
死骸を盾に生き残った少女は、血塗れのままで呆けたように辺りを見ている。そして、ゆっくりと辺りの惨状を理解すると同時に、一誠へと敵意をこめた視線を向ける。
フェンリルの様な本物の『怪物』と相対した経験のある一誠からすれば、恐怖など感じる筈も無い敵意。
殺されたモノの恨み。攫われた母の心配。眼の前で虐殺をおこなった一誠への憤怒。それらが少女の内で渦巻いていても、事態の急変に感情が追いついていない。感情を処理しきれない。
故に、言葉に出来ない感情を、唯一誠に視線でぶつけるしかない。
「哀れだな。戦場じゃ『子供だから』なんて言い訳は通用しない。結果が全てだ」
だから、この結末も当然と言えば当然。
魔術で創られた鎖によって縛りあげられた少女は、どこかへと強制転移させられた。