第五十四話:小競り合い
修学旅行二日目。
一誠は早朝から座禅を行い、肉体では無く精神を鍛えることに集中していた。
「────」
大きく深呼吸をし、胡坐をかいた膝の上に乗っている霊装を用い、幾重にも魔術を発動させる。それぞれが連続して術を発動させ、まるで生き物のように脈動していた。
強力な結界を張った以上、ホテルに異常が起こる事は無い。前日の内に張った魔術もある為、修学旅行中であっても鍛錬を欠かさない。
むしろ、何時もより集中できているとさえ感じられた。
それはひとえに、あの神格を認識してしまったせいなのか。自身の事となるととことん鈍い一誠は、その辺りの事を良く分かっていない。
『焦るなよ、相棒。奴がこちらに手を出してくる可能性は低い。手を出せるなら、とうの昔にやってる筈だ』
「それは分かっているさ……だがな、あれと相対するだけでも、並みの精神じゃ不可能なんだよ」
相対するだけで押し潰されるような威圧感を感じる。流石は世界最大宗教の神だと思ったものだが、残滓であれなのだから、本体が居た頃の事など想像したくも無い。
ドライグが言うには、『昔はあれほどじゃ無かった』との事だが、神器に封印されてドライグ自身の力が落ちている。昔より強く感じるのも仕方が無い、と一誠は思っていた。
幾らなんでも、残滓の方が強いなどと言う事はあり得ないのだから。
「……よし、取りあえずはここまでにするか」
時計を見てもう直ぐ朝食の時間になる事を確認し、学生服に着替えて部屋を出る。
作戦の決行は明日の夜。残った時間はすくない。
●
何も無かった、と言えば嘘になる一日だった。
京都の妖怪は臨戦状態で殺意を漲らせており、何も知らない一般人を巻き込んででも戦闘を始めかねない状態だった。それだけ八坂と九重が慕われていると言う事なのだろうが、初日の件で既に力関係を分かっていた為、手出しが出来ない状況にあったのだ。
アザゼル達が必死にとりなしたのだろう。本来なら、斃すべき敵を見つけた京妖怪たちは全戦力を一誠へと向けてもおかしくは無かった。
ただし、それをやれば京都の土地が無事に済む保証もまた無く、余り派手な事を起こせないという事情もあって、妖怪たちは遠目から殺意を込めて監視するしか無かったのだ。
(……ま、襲われないと分かっていても、殺意を向けられるのは気分が良いものじゃないけどな)
一般人の居る中では手出しが出来ず、別の場所に転移させようにも魔術を使って妨害出来る以上は下手な手を打てない。
一誠の知らない方法や神器の力で移動させることも、可能性としては考えていた。だが、それらは杞憂に終わっている。
そして今。修学旅行三日目となり、一誠達は京都の散策に出かけていた。
やれやれ、と嘆息する一誠。
「どうした兵藤。何か悩み事か?」
「そう言う訳じゃないんだが……若干寝不足でな」
昨日の夜、女風呂を覗こうとして極秘スポットに向かった元浜と松田。しかし悲しいかな、既にそこはシトリー眷属の面々によって抑えられており、無謀にも突貫した二人はボコボコにされていた。
顔面は酷くはれ上がっており、幾つか絆創膏まではっている場所もある。
そんな状態の松田に悩みを相談した所で意味などある筈も無く、適当にごまかして次の行き先を聞く。
「次は天龍寺だったか。後どのくらいなんだ?」
一誠の質問に、桐生が答えた。
「現地人じゃないんだから、時間まで分かる訳ないでしょうが。まぁ、電車乗った後に徒歩だから……三十分は固いと思うわ」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
そんな会話を交わしつつ、京都駅で嵐山方面へと行く電車に乗り、目的地を目指す。電車から降りた後は天龍寺まで徒歩で行くことになっており、ほどなくして天龍寺まで辿りつく。
趣のある門が出迎え、感嘆の声を出しながら奥へを歩を進める一同。
パンフレットを見ながら、天龍寺の見どころである大方丈裏や雲竜図である『八方睨み』を鑑賞し、天然記念物と言う事で写真を撮れない事を惜しく思いつつ、移動する。
(龍か。東洋の龍ってのはこんな感じなのか?)
『そうだな。竜王の一体である
西洋龍とは少し違い、細長い身体の龍が東洋龍の特徴らしい。ミドガルズオルムも似たような体躯だった気がするが、アレとはまた少し趣向が異なるとのこと。
その後も天龍寺を一通り周り終え、満足してその場を後にした。
●
観光に来たのでいろんな所を回るのは別段おかしい行動ではない筈なのだが、京都の妖怪たちや三大勢力の一部からも監視されている事を考えると、一誠はどうにも複雑な気分になる。
テロリストである己が悪いと言うのは分かっている。分かっているのだが、此処まで露骨だといっその事壊滅させた方が速いんじゃないかと思い始めてしまう。どの道邪魔になるようなら潰す事も視野に入れているのだし。
京都の町並みが壊れることは本意では無いにせよ、対象が妖怪である以上はある程度抑えることは可能だろう。彼らの居る場所を割り出せば、京都の町には被害はいかない筈だと考え。
まぁ、攻め込むのは俺じゃないけど、と思いながら昼食を取る一誠。
「しかし、何故全国チェーン店」
「何処に行っても味の変わらない店って意外と重宝するわよ。決して行く予定だったお店が空いていなかったとかでは無いわ」
京都に来てまで某中華料理店とは、と思うものの、別に京都の食事に興味があった訳では無いのでそれは良い。エロ二人組とイリナは至極残念そうな顔をしているが。折角修学旅行で来たのだから、現地でしか食べられないものを食べたかったのだろうか。
とはいえ、京都でしか食べられないものって何があったかなぁ、と思う一誠。興味のないことはとことん知ろうともしないのがこの男だった。
「大阪だったら本場のお好み焼きとかたこ焼きとか食べられたんだけどねー。京都だったら湯葉とかかしら」
「腹が膨れりゃ何でもいいよ。極論、食べられれば何でも」
身も蓋も無いことを言う一誠だが、イギリス人ほど味覚は破壊されていないと考えている。故に最低限まともな味付けさえされていれば、と付け足して置くことも忘れない。
身近にいるイギリス人の料理が壊滅的だからなのだろうか。その辺は意外ときっちりしていた。
「で、次は何処に行くんだ?」
「渡月橋よ。そんなに遠くないし、十分かそこらで着くんじゃないかしら」
餃子を頬張りながら答えた桐生の言うとおり、十分ほどで渡月橋のかかる桂川まで移動出来た。
古風な木造の建築物。長い歴史を重ねてきたであろうその橋の上からは、正に絶景と言えるだけの風景を見ることが出来る。山には赤々と茂った紅葉があり、秋の風情を感じさせる。
「知ってる? 渡月橋って渡りきるまで後ろを振り返っちゃいけないらしいわよ」
「え、なんで?」
桐生の言葉に、イリナが疑問を零す。
「何でも、渡月橋を渡っている時に振りかえると授かった知恵が全て返ってしまうらしいのよ。エロ二人組は振り返ったら終わりね。真の救いようのない馬鹿になるわ」
『うるせぇ!』
松田と元浜が声を揃えて言葉を返す。
「あぁ、それともう一つ。振りかえると、男女が別れるって言い伝えもあるそうね。まぁ、こちらはジンクスに近いって話だけど」
「……誰に当て嵌まるんだよ、それ」
「そりゃまぁ、兵藤とイリナ? なんて言うか、殆ど公認カップルでしょ、あんたら」
「周りが言ってるだけだ。別に俺達はそういう関係じゃ無い」
「と言ってるけど、イリナはどうなの?」
桐生がにやつきながらききだすと、顔を赤くしてぶんぶんと横に振るイリナ。顔色一つ変えなかった一誠と違って、からかいがいがある。
この手の噂は自然に収まるのを待つしかない。無理に鎮圧しようとしても、結果的に広げるだけにしかならないのだから。
「まぁ、気にする必要は無いと思うけどね」
なら何故話したと視線を向けるが、桐生は笑っているだけで何も言おうとはしない。
そのまま雑談しながら渡月橋を渡り、ふとした拍子に振りかえる──その瞬間、ぬるりとした生温かい感触が身を包んだ。
●
「……チッ」
『これは……「絶霧」による霧か』
見ている場所は先程と何ら変わりは無い。しかし、決定的に違うのは、この場に一誠とイリナ以外誰もいないと言う事。
辺りを見渡せば、遠目に木場達が見える。このタイミングを狙ったのはグレモリー眷属とイリナが揃ったからだろうと辺りを付け、この場に呼び寄せたと言うことはつまり、曹操が直に出張ると言う事でもある。
アザゼルとロスヴァイセが上空を通って木場達と合流するのを目視し、この状況でも一誠の近くにいるイリナを見て溜息をつく。
(……普通なら、敵だと認識してる以上、こんな敵有利のフィールドに創り変わった時点で味方と合流すべきだと思うが)
一誠が手を出さないと信用しているのかもしれないし、この場で居なくなられると面倒だと言うのもあるかもしれない。
だが、どちらにしても一誠は片手間でどうにか出来る問題じゃない。孤立している状況である以上、味方と合流した方がいいとも言える。
「イリナ。お前は連中と合流しろ」
返答を聞くことも無く、荒れ狂う暴風がイリナの肢体をいともたやすく吹き飛ばす。方向は間違っていないので、恐らくは木場辺りに抱きとめられているだろう。
「それで、俺まで巻き込んで何の用だ」
「つれないな。情報提供をする気も無いのか?」
「百聞は一見に如かずと言うだろうが。それに、この状況で情報提供した所で何になる。意味のない行動はしない主義だ」
「手厳しいね」
やれやれと肩を竦める曹操。その後ろでは、白髪の優男──ジークフリートも苦笑したまま一誠の方を見ていた。その更に後ろには、笑みを見せている英雄派の面々。幹部級は二人以外は居ないらしい。
曹操は既に神器を出しており、戦う準備は既に万端だと見える。
「あぁ、そう言えばジャンヌが会いたがっていたよ。『連絡が取れない』って愚痴を零していた」
ふと、思い出したかのように言う曹操。一誠はそれを聞き、辟易したように溜息を零す。
「……またか」
ジャンヌは聖人だ。と言っても、プリシラやイヴァンのような意味での『聖人』ではなく、その有する魂が『聖人』であると言う事。
英雄派に属する『ジャンヌ』は、元々教会に聖人として認定された魂を受け継ぐ寄り代だ。ヘラクレス同様、元々の持ち主の個性が色濃く出ても何らおかしな所は無い。
そして、重要なのは「ジャンヌに神託を与えたのは『
故に、ジャンヌはミカエルの力を持つ一誠に対して『特別な感情』を持ち得るし、それをどう解釈するかは寄り代次第になる。まぁ、そのおかげで半ばストーカーと化しているので、一誠からすれば迷惑極まりないのだが。
「連絡は意図的に無視していたんだよ。女の話は長いから好かん。あいつは特に長いからな」
偶に相槌を打つだけで、一人で延々と話し続けるのだ。色々と忙しい身の上なので、幾ら見た目美少女でも余り嬉しくない。
「そういうものか。まぁ、俺はどちらでも構わないけどね」
そう言いながら笑みを見せる曹操。他人事だと思いやがって、と呟きながら、一誠は歩き出した曹操の隣に並ぶ。
ほどなくしてアザゼル達の前に姿を現し、仰々しい態度で曹操が挨拶する。
「はじめまして、アザゼル総督。そしてグレモリー眷属」
曹操の雰囲気に呑まれたか、聖槍の存在感に目を奪われたか、動きが緊張するのが見て取れた。だが、アザゼルに関してはそれを感じさせない。やはり、年季が違うと言う事なのだろう。
臆することなく一歩踏み出し、アザゼルは会話を始めた。
「お前が英雄派を仕切っている男か」
「曹操と名乗っている。三国志で有名な曹操の子孫──一応ね」
柄の部分で肩をトントンと叩きながら、曹操は気軽に答える。しかし、アザゼルは曹操の答えよりもむしろ、その手に持つ槍を警戒しているようだった。
まぁ、ある意味当然ではあるのだが。
「全員、あの男の持つ神器には気を付けろ。最強の神滅具『
神滅具の代名詞であり、長いこと表に出てこなかった遺物。
「よりにもよって、今の使い手がテロリストとはな……厄介なことだぜ、クソッタレ」
『──ッ!?』
アザゼルの言葉に、後ろで控えていた木場達が息をのむ。それだけで、遠目からでも酷く狼狽しているのが見て取れた。
特に教会に深い関わりのあるイリナ、ゼノヴィア、アーシアの反応は強く、アーシアに至っては聖槍に心を持って行かれそうになるほどだ。
現代に残る
この槍もまた、十字教を主として使う魔術師にとっては厄介な代物でもある。
「お前等、京都に来てまで何を企んでやがる」
「スポンサーの要望を叶えるため、というのが建前かな」
曹操の言葉に、アザゼルは目を丸くする。
「スポンサー……オーフィスのことか? それで、突然こちらに姿を見せたのはどういう訳だ?」
「いえ、姿を隠す必要も無くなったので、手合わせ、顔合わせを兼ねて御挨拶にと思いましてね。アザゼル総督殿には興味があったのですよ」
槍を向けた曹操に対し、アザゼルも光の槍を構えて対峙する。
「上等。九尾の大将を攫ったのも、その娘を攫ったのもお前らだろう。こっちも色々大変なんでね、手早く返して貰うぜ」
アザゼルが構えると同時に、背後にいたグレモリー眷属の面々も戦闘態勢に入る。しかし英雄派は動かず、一誠もポケットに手を入れたまま微動だにしない。
舐めているのか、と視線を向けるも、涼しげな顔をしてそれを受け流す。
「レオナルド」
曹操が呼ぶと同時に、レオナルドと呼ばれた一人の男の子が姿を現す。視線をそちらに移す事無く、曹操は手早く告げる。
「悪魔用のアンチモンスターを頼む」
次の瞬間、表情を見せずにこくりと頷くレオナルドの足元に影が広がった。
不気味にうごめくその影の中から、奇妙な鳴き声を発する異形の存在が徐々に姿を現し始める。渡月橋全体を覆う大きさまで広がった影から、百をゆうに超える異形の存在が生み出されているのだ。
二足で立つ肌の黒いモンスター。全身が太く、隆々とした筋肉に覆われている様に見える。鋭い爪と牙を持ち、むき出しにされたそれらは敵意と共にアザゼル達へと向けられる。
これこそがレオナルドの持つ『
使い手次第では最悪の神器となり得るものであり、危険度は『絶霧』や『黄昏の聖槍』と比肩する。
その事実を受け止め、アザゼルは木場達へと手早く説明し、同時に疑問を零す。
「……本来、神滅具の上位クラスの持ち主ってのは、生まれた瞬間に俺か悪魔か天界が監視下に置く筈なんだが……二十年弱気付かなかったのは、どういう事なんだろうな」
純然たる疑問。古来からそうされてきたと言うのに、この時代に限ってはイレギュラーが多い。
それは、誰かが隠したのか、本当に気付かなかったのか──疑問を解く事は出来ない。
「まぁ、今の神滅具所有者ってのは、過去の所有者に比べると発見に難航しているのも確かだが」
一誠に限って言えば、故意にその存在を隠していた。今考えれば「テロリストだから」の一言で片づけられる説明だが、高校に上がるまで見つけられなかったことを考慮すればあながち間違っているとも言えないだろう。
「……何か、現世に限って因果関係があるのか? 元々神滅具自体が神器システムのエラー、バグの類だとされているからな……此処に来て、それらの因果律が独自のうねりを見せ、俺達の予想の外側へと行ったのか?」
アザゼルの言葉を聞き、一誠は呟くように言葉を零す。距離があるせいか、小さく呟く一誠の言葉は聞こえていないようだが。
「因果関係、か。魔術、聖人、聖遺物、聖書の神……
『気になる事でもあるのか、相棒』
「神器システムのエラー、バグの類。……神滅具ってのは
魔術師として調べ上げた上で、辿りついた一つの結論。
あれらはエラーやバグで創りだされるような存在じゃないし、仮にエラーやバグの類だとしたら余りにも異質過ぎる。
「
断言出来る。あれは、唯の偶然で作り上げられた存在では無いのだと。
少なくとも、神器システムの最奥に未だ残る聖書の神──奴の精神が現存している以上、奴に聞くのが最も手っ取り早い。
「へぇ、そうだったのか、知らなかったな」
同時に、報告を上げていない為に知らない曹操が驚いた顔をする。魔術を扱うとはいえ、神器という特異な存在をそこまで深く知る事は無いと思っていたのだろう。
一誠としても、別にこの程度の情報ならば開示しても構わない。聖書の神の精神が生きていると言う事は、未だ一誠とドライグしか知らないトップシークレットだ。このアドバンテージは有効に活用しなくてはならない。
「後で教えてやる──それより、お前はさっさとあれの相手をしろ」
顎でアザゼルの方を差し、曹操に告げる。
「奴のことだ。『魔獣創造』もこの時点で把握されている可能性が高いぞ」
各陣営に送り込んでいたデータ収集のための怪人。おかげで主要な存在に対してのアンチモンスターを創る事は出来る様になったが、神殺しの魔獣だけは未だ成らず。
世界が滅ぶ可能性さえ出てくる神滅具の恐ろしさを知るアザゼルは、油断も慢心も存在しない。故に、使い手が誰であろうとまず情報収集から始める。
だからこそ、一誠は出来る限り情報を与えないことを選ぶ。
既に手の内を一部見せてしまったが、この程度ならば問題無い。頭の切れる存在に直接調べられることこそが問題となるのだ。
「そうだね。まぁ、こっちの事は君もいるし、大丈夫だろう──では、手合わせ願おうか」
曹操が槍を構え、アザゼルがそれに反応すると同時に走り出す。
槍の先端が開いて光り輝くオーラが現出し、それが刃となって槍を覆う。それだけで肌に感じられる存在感を示し、この空間が震えるほどの神々しさを放っていた。
アザゼルが黄金の鎧に包まれると同時に槍をぶつけ合い、衝撃波が辺りに散らされる。その影響をもろに受けた桂川は大きく波立ち、弾きとんだ水は雨のように降り注ぐ。
曹操とアザゼルは高速で移動しつつ、時折槍をぶつけ合って衝撃波をまき散らしている。
「……模擬戦以外での奴の闘いは久々に見るな」
『相棒との模擬戦なら、遠慮せずに初撃から全力だしな』
見るからに手加減している。如何に相手が聖書に記されし堕天使の総督とはいえ、聖槍の力は神をも殺すに至る刃。完全に互角の勝負になる事はない。
まぁ、禁手を使っているか否かで変わってくるところもあるし、そもそもどちらも本気では無いのだろうが。
さて、と視線を移し、一誠は木場達を見る。
速度を持って悪魔のアンチモンスターを切る木場。圧倒的な暴力によってアンチモンスターを切り捨てるゼノヴィア。堅実な戦い方をするイリナ。背後で指示を出しながら回復役を守り、時折攻撃するロスヴァイセ。そして回復役のアーシア。
チームとしてはバランスが取れている方だろうか。元々グレモリー眷属は、攻撃性に関して相当な修練を積んでいる。中級天使程度の力しか持たないアンチモンスター勢では、些か戦力不足と言わざるを得ない。
ブレインと回復の盾役には戦乙女のロスヴァイセ。なるほど、これも順当なものと言える。
後衛の少ないメンバーだが、全員の欠点をカバーする形でロスヴァイセが動く為、決定的な切っ掛けが生まれない。
「……もう一人後衛がいると、かなり面倒なメンバーだな」
本来ならサポート役と攻撃役にギャスパーやリアス、朱乃が入るし、前衛にも小猫が入る。こうした陣形で見ると、グレモリー眷属の特徴が如実に出ている様に思える。
惜しむべくはほぼ全員がパワーでのごり押しになってしまう事だろうか。これでは、策によって簡単に瓦壊する事さえ考えられる。
「今の時点でも十分脅威だ。君だって、それは分かるだろう?」
「まぁな。だが、この程度なら幹部級じゃ無くてもどうにでもなる範囲だろう」
ジークフリートの言葉に返答する一誠。過小評価をしているつもりはないが、余りにも見下した発言の様に思えてしまう。
一誠の返答に苦笑しながら、ジークフリートは一歩前へと出る。
「さて、僕もやろうかな。──はじめまして、グレモリー眷属。僕は英雄ジクルドの末裔、ジーク。ジークフリートとも呼ばれているけど、好きな方で呼んでくれて構わないよ」
笑みさえ浮かべるジークフリートの顔を見て、怪訝な表情をしていたゼノヴィアが何か得心した様に頷いた。
「ジークフリート……どこかで見た顔だと思ったが、やはりそうなのか?」
「間違いないわ。あの腰に在る魔剣から考えても、絶対にそうよ」
イリナがゼノヴィアの言葉に同調して頷く。
元々ジークフリートは教会に属する存在だった。イリナやゼノヴィアの元同胞であり、同時に教会を裏切った反逆者でもある。
教会の中でもトップクラスの実力を誇り、『
もっとも、ジークフリートが抜けたと言っても、それを圧倒的に上回る神滅具持ちが教会側にいる。
考えてみれば、聖人を失い、聖剣使いを失い、教会随一の剣士を失った教会というのは、三大勢力の中で最も戦力が低下した勢力かもしれない。
一誠達からすれば好都合以外の何物でもないが、教会側の存在からしてみれば面倒極まりない状況であろう。
「ジークさん! あなた、教会を──天界を裏切ったの!?」
イリナの言葉に対し、ジークフリートは愉快そうに口端を吊り上げた。
「裏切ったって事になるかな。現にこうして、『敵』として君たちの前に居る訳だし」
「……なんてことを。教会を裏切って悪の組織に身を置くなんて、万死に値しちゃうわ!」
「……少し耳が痛いな」
破れかぶれで悪魔になったゼノヴィアが、視線を明後日の方向へ向けながら呟く。聖剣使いとして教会に属していたのに、敵対していた悪魔になったのだ。この反応もまた当然と言える。
その様子を見ながら、小さく笑みを浮かべるジークフリート。
「いいじゃないか。どの道、教会にはまだ最強の戦士が残っている。彼さえいれば、僕とデュランダル使いのゼノヴィアの抜けた穴も埋められるだろうしね。……順当に考えれば、『
と、自己紹介も終わった所で、剣士同士戦おうじゃないか。デュランダルのゼノヴィア。ミカエルの
腰に差した剣を抜き放ち、宣戦布告と同時に剣にオーラを纏わせる。ゼノヴィアの持つデュランダルとは逆に、人にとって良くないものを連想させる負のオーラ──それを纏う剣。いわゆる魔剣というものだ。
そうこうしている間に木場が踏み込み、力を込めた聖魔剣を振り下ろす。
直後、派手な金属音が響き渡り、木場の一撃が容易に受け止められた。負のオーラは衰える事を知らず、聖魔剣の一撃を受けてなお強力な波動を出し続ける。
「──魔帝剣グラム。魔剣最強のこの剣なら、聖魔剣を難無く受け止められる」
両手持ちの木場に対し、片手で涼しい顔をしながら鍔迫り合うジークフリート。
一旦離れて速度による攻撃に切り替えるも、ジークフリートはそれさえも容易く反応し、あまつさえカウンターを決めていく。
速度を売りとする木場にとって、己よりも速い相手はアドバンテージを奪われる事と直結する。プリシラとの戦闘の際は、他の眷属による牽制や身を削るような戦い方をしてようやく足元に届くかと言ったところだった。
現時点では一人。この状態であれば、あの時の様に連携でどうにかする事など不可能。──端的に言えば、木場一人では容易に殺される。
それを理解したゼノヴィアとイリナは、迷うことなく剣を振るう。
木場が離れた一瞬、ジークフリートを挟み込む形でイリナとゼノヴィアが斬りかかった。
しかし、腰に差してある剣をもう一本引き抜き、視界に入れる事無く剣戟を防ぎきるジークフリート。舐めている訳ではないのだろうが、実際に戦っている三人からすれば屈辱的な事だろう。
「アーサーと同格のジークフリートを相手に、あの三人が何処まで持つか、だな」
たった一人でフェンリルの子供相手に戦えていたアーサーと同格。今の木場たちがその域まで達していない以上、敗北は時間の問題だ。
速度の木場。力のゼノヴィア。技術のイリナ。
三者の振るう刃はほぼ同時に、かつ別方向からジークフリートに襲いかかり──そして、ジークフリートはそれさえも止めた。
「──ッ!?」
驚きに息をのむ。さもありなん、ジークフリートの背中から銀色の鱗に包まれた奇妙な腕が生えていたのだ。
「驚いたかな。これは『
右手にはグラムを。左手にはノートゥングを。そして『龍の手』にはバルムンクを持ち、一斉に襲う刃を防いでいる。
木場はそれを見て、苦々しげに口を開く。
「……同じ神器使い。けれど、あちらは剣の特性どころか、神器の能力も開放していない、か」
「ついでに言えば、禁手も魔術も使っていないけどね」
笑みを浮かべながら伝えられる残酷な現実。そして、ジークフリートの一言に引っ掛かるものを覚えるイリナ。
「……魔術、も?」
「あぁ、知らなかったのかな? 英雄派の幹部は魔術が使えるんだよ。僕の場合、元々宗教の信仰心があったから楽なところもあったしね」
宗教防壁の話はイリナたちも知っている。そして、英雄派が魔術を使えると言う事は、それを指南した者がいると言う事であり、彼らには一人だけ心当たりがあった。
──兵藤一誠。
此処に来てなお、木場達の前に立ち塞がる高き壁。立ち向かう事すら赦さないような、絶対的な壁が、そこには存在する。
魔術の有無というのはそれだけ重要な要素となり得る。人間のみに許された特異な術であり、使い手次第では人外の存在を超える事すら難しくない技。それは魔法とて同じことだが、一誠の使用した魔術が余りにも強く印象に残っている。
ギリッ──! と歯を食いしばり、自然と剣を持つ手に力が入った。
元々敵で、スパイの様に三大勢力側にいたと言う事は理解している。それでも、一度は肩を並べて戦った味方が、一転して己を殺す為に技術を渡す。それに、言い知れない憤りを感じてしまうのは何故なのか。
情に厚いグレモリー眷属であるからこその感情とも言えるし、一誠がそれだけ上手く取りいっていたと言う事の証左でもある。
視線を向けようと、ポーカーフェイスを貫く一誠の表情からは何も読み取ることが出来ない。
それはまるで、「お前たちには何も出来ない」と言われている様で、酷く心を乱される。
「──余所見をする程の余裕があるのかい?」
コンマ一秒以下の戦闘において、刹那の間とはいえ視線を外す事は死と同義だ。故にこの瞬間、木場の首が飛ばなかったのは本当に偶然としか言いようが無い。
ジークフリートと木場の間に入り込み、一刀のもとに両断されかかった首を守る様にイリナが剣を振るう。同時に、ゼノヴィアはジークフリートへと二刀を持って攻勢に移った。
イリナの持つ剣は通常の天使が使う光の剣では無く、対フェンリル戦で見せたものより若干弱まっている『光り輝く剣』。
イリナとて、今まで何もせずに過ごしてきた訳ではないのだ。一誠の力を借りる形になっているとはいえ、それを制御する為の努力はまごうことなくイリナ自身のもの。
魔剣グラムによる斬撃を弾き、追撃に移るゼノヴィアの背後に隠れる様にイリナが疾走する。元々二人は教会においてもペアで行動する事が多かった──その為、二人で戦う状況には慣れているのだ。
木場も直ぐ様思考を整理し、二人の動きをカバーする様に動き、剣を振るう。
しかし、それを以てしてもジークフリートには傷一つ与えられない。それだけジークフリートが規格外の強さを持つと言う事であり、余りの実力差に歯がゆさを感じる三人。
──そして、またぶつかろうと構えた瞬間、アザゼルと曹操が互いに多少の傷を負って戻ってきた。
「小競り合いとはいえ、傷を負うとはな」
「流石に無傷で済むとは思ってないよ。お互い本気じゃ無いとはいえ、相手は聖書に記されるような存在だ。傷位負うさ」
一誠と曹操は軽口を叩きながらも視線を外さず、この場にいるメンバーの実力を見極めようとしてた。
「まぁ、実力は想定の範囲内だろう。お前はどうだ、曹操」
「似たようなものだよ。でも、出来れば早いうちに摘むかデータを取っておきたいところだ」
今は良くても、いずれ脅威となり得る相手。それだけグレモリー眷属のことを認めているのだ。
「……一つ聞きたい。貴様ら英雄派が動く理由はなんだ?」
戦闘態勢のまま、ずっと疑問に思っていた事を口に出すアザゼル。それに対し、曹操は目を細めながら答えた。
「俺達の活動理由は実にシンプルだよ、堕天使の総督殿。『人間として何処までやれるか』──それを知りたいだけさ。異形の者達を、人外の化生を倒すのは何時だって人間だ。だからこそ、俺達は貴方達の前に立ち塞がるんだよ」
「……やはり、お前も英雄の子孫だな」
アザゼルは眉を寄せ、苦々しげな表情をする。
曹操は人差し指を青空にまっすぐ突き立てた。
「──よわっちぃ人間のささやかな挑戦だ。蒼空のもと、どこまでやれるのか、やってみたくなっただけさ」
にやりと笑みを浮かべる曹操。その隣で嘆息する一誠。
英雄派の目的は総じて曹操の言ったことに通じる。一部の者は人外の存在を憎んでいたりと、復讐のために『禍の団』に入った者も少なくない。
無論、『禍の団』自体の目的はグレートレッドの排除。この一つさえ達成できるのであれば、トップに立つオーフィスは何も文句を言わないだろう。
一誠とて、オーフィスとの約束が無ければ神上を目指す事は無かっただろう。聖なる右を持っているからと言っても、これ以上の力を求める必要性も無かったからだ。
降りかかる火の粉は今のままでも振り払える。如何に龍の力を宿しているからと言っても、立場を明確にすれば余計な手出しはしない方が賢明だと分からせる事が出来る。
しかし──一誠自身が『約束は破らない』と決めている。
一度約束をした以上、オーフィスの願いをかなえることに異論は無い。が──と一誠は思う。
グレートレッドを倒した後、一誠はどのような人生を歩むのか。強大な力を持つが故に、一生多様な組織から狙われ続ける可能性もある。
それは、ちょっと面倒だな。と思う一誠は、その視界に突如現れた魔法陣を見る。
アザゼル達と一誠達の中間地点に現れた魔法陣。それ自体は見覚えがある──ペンドラゴンの紋様だ。
「……ルフェイか」
光と共に現れたのは、魔法使いの様な恰好をした一人の少女の姿だった。
遅れて申し訳ないです。もっと早くに投稿出来たはずなんですが、切りどころを見失って結局一万字を超えました。
……次はもっと早く投稿出来ると良いんですけどねぇ。